第38話 ある夏休みの日

「朝か……」


 基本、いつも起きる時間は7時頃だ。学校がある日はお弁当を作るため30分早いが、今は夏休みのため遅めに起きる。


 起きて服に着替え終えるとキッチンに立ち、2人分の朝食を作る。


 今日は彼女の好きなベーコン、卵が挟まったサンドイッチだ。飲み物は先に淹れてしまうと温くなるので後で淹れることにする。


 朝食の準備を終えると玄関へ向かい、家を出る。そして隣の家のインターフォンを押して彼女が出るのを待った。

 

 これが夏休み中、毎日やっていることだ。彼女はこうして起こしにいかないと起きてこない。


 数分待っているとドアがそっーと開いた。出てきた彼女は寝間着のまま眠たそうだった。


「おはよう、有沙。朝食できたから……ってどこ行くんだ?」


 いつもなら朝食と言ったらすぐに着替えて俺の家に行くと言うが、彼女は無言で自分の家の中へ戻り、ベッドのある自室へと入っていこうとする。


「ちょっと、どこ行くんだ?」


 お邪魔しますと小声で言って彼女の家に入り、有沙が入っていった部屋へと入ると彼女はペンギンのぬいぐるみを抱えてベッドに寝転がっていた。


「まだ寝るのか?」

「眠いです……千紘も寝ましょうよ」

「寝ない。だらだらするのは朝食の後でもいいから取り敢えず食べないか? パンが固くなるし、美味しくなくなる」

「そ、それはダメです!」


 ガバッと起き上がり抱き抱えていたペンギンのぬいぐるみがベッドの上から下へ落ちた。


「ペンギン……これ、可愛いな」


 ペンギンを拾い、ぬいぐるみをじっと見て可愛いと言うと有沙がコクコクと頷いた。


「わかってるじゃないですか、千紘。このペンギンさんは、とても可愛いのです。毎晩一緒に寝てい……えっと、あっ……き、聞かなかったことにしてください!」


 もうそこまで言ったら聞かなかったことにするのは難しい気がする。


 恥ずかしがることなんてない、毎晩一緒にこのペンギンのぬいぐるみと寝ているなんて凄い可愛いじゃないか。


「はい、大切なペンギンさん」


 ペンギンのぬいぐるみを彼女に渡すと有沙は顔を真っ赤にしてペンギンを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。


「あ、ありがとうございます……。着替えて準備しますので先に行っておいてください」

「わかった。俺が行った後、寝たらダメだぞ」

「そんなに心配なら着替え終わるまで見ていていいのですよ?」


 それはダメだろ。着替え終わるまで見ていていいってそれはつまり彼女の着替えているところを見るということ。


「み、見ないから……」


 そう言って彼女の部屋を出て自分の家へ戻る。


(あの場に残っていたらどうなっていたのだろうか……)


 顔が少し熱いように感じながらも俺は、ソファに座りで彼女のことを待っていた。


 さっき部屋に行って思ったが、有沙はぬいぐるみが好きなんだな。


 勉強とかスポーツとか頑張っているし、ご褒美的なものを上げたら喜ぶんじゃないか?


 まだ具体的なものは決まっていないが、ぬいぐるみを渡して喜ぶ有沙を想像してしまう。


 今日、こっそりショッピングモールでも行って買うか、それとも本人に聞いて買ってあげるか、どちらがいいのだろうか。


(デートに誘ってみるか……)


 彼女が来るまでいろんなことを考えていると玄関から音がした。


「お邪魔します。千紘、起きれましたよ」


 リビングへとてとてと俺のところへ来てどや顔で言ってきたのは有沙だ。


「偉いな、やればできる」


 頭を優しくて撫でながら子供を褒めるような言い方をしたが、彼女は嬉しそうにする。


「ご、ご褒美にキスしてくれません?」


 顔を赤らめてそう言って彼女は目をつむって待っていた。


「わかった。頑張ったもんな」


 俺は目をつむって待つ彼女の唇に重ねて優しくキスをした。


「……今日は何だかいろんなことが頑張れそうです。千紘、美味しいうちに朝食を食べましょう」

「そうだな」


 いつも通り、決まった場所に向かい合わせになって座った。


「「いただきます」」



***



 朝食を食べ終えると交代制で今日は有沙が食器洗いをしてくれた。


「有沙は、今日、予定あるのか?」


 デートに誘うと決めたので相手のスケジュールを聞いてみる。


「予定はないですよ。今日も1日千紘と過ご……も、もしかしてどこか行くのですか?」


 俺と家で過ごす気満々だったらしく俺がスケジュールを聞いてくることからどこか行ってしまうのではないかと思い、急に悲しそうな表情をした。


「いや、有沙と久しぶりにデートしたいなって思ってて。ショッピングモールに行かないか?」

「デート! はい、是非行きましょう! ふふっ、千紘とお出かけ……ではなくデート楽しみです」


 食器洗いを終えた有紗は、そう言って洗面台にある鏡を見に行った。


「髪結おうか?」

「いえ、大丈夫です。千紘は、私のどんな髪型が好きですか?」

「そうだな……」


 彼女はいつもおろしているだけが多いが、出かけるときはポニーテールだったり、両サイド三編みをしたりといろんな髪型をしている。


「どんな髪型でも好きだけど、おろしてるのが一番かな」

「……で、では、千紘が私に初めてくれたプレゼントのこのヘアピンをつけていきますね」


 そう言って彼女は、まだ嘘の恋人であった時に買って渡した黄色のヘアピンをつけた。


「ショッピングモールに行くと言っていましたが、どこか行きたいところがあるのですか?」

「ん~そうだな……雑貨屋とか本屋に。有沙はどこか行きたいところあるか?」

「私は特にないので千紘と一緒にいられるなら嬉しいのでどこへでも付き合いますよ」


 今日のデートでは彼女に好きなぬいぐるみを選んでもらってプレゼントするのが目的だ。それプラス彼女とのデートを楽しもう。


 準備があるからと言って有沙は一旦自分の家へ戻っていった。集合時間を決めてマンションの下での集合となった。


(少し早かったか?)


 準備ができ、マンションの下へ行くとまだ有沙は来ていなかった。


 待っていたらすぐに来るだろうと思っているとマンションの方へ向かって歩いてくる人がいた。


 その人は俺に気付き、こちらへ来た。


「天野くん、こんにちは」


 そう言って俺に声をかけてきたのは有沙の父親である月島和樹だった。

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