第26話 好きな人、愛する人

「初めまして、天野くん。有沙の父の月島和樹つきしまかずきです。君のことは有沙から聞いているよ。付き合っていることもね」


 第1印象は思っていた感じと違って怖そうな人ではなく爽やかな人で優しそうな人だった。


(これならそこまで緊張せずに話せそうだ)


 想像していたのはもっと顔が怖くて「よく来れたな。来てもらって悪いが君は帰れ」とか言われるかと思った。


「2人ともそこに座りなさい」


 有沙のお父さん、和樹さんにそう言われて俺と有沙は失礼しますと言ってから並んで目の前にある座布団の上に座った。


「天野くん、有沙から婚約の話は聞いているのかな?」


 聞いていなければその話から少しする予定だったようで俺は首を縦に振った。


「はい、聞きました。関係のない俺が家庭の事情に首を突っ込むのはいけないとわかっていますが有沙さんのお父様には頼み事があります」


 緊張して手に汗が出てきた。大丈夫と自分に言い聞かせてなんとか言うことを思い出す。


「頼み事? 何かな?」


 初対面だが、和樹さんは優しく俺の言葉を待っていてくれる。


(娘にもそうやって聞いて上げてほしいものだ)


「有沙さんの言葉をちゃんと聞いてあげてください」


 和樹さんの目を真っ直ぐと見てそう言う俺を隣にいた有沙はこの後のことを不安に思いながらも見守っていた。


「……まだ何か言いたそうだね。思うことがあるなら聞く。言ってみなさい」


 俺を見て和樹さんはまだ何か言いたいことに気付き、話を聞いてくれるようだ。


「有沙さんは、お父様が好きで婚約の話を受け入れるつもりです。ですが、それは好きで選んだ選択ではありません」


 俺はそこまで言って隣にいる彼女を見た。有沙は言う決意をしていて小さく頷いた。


 俺ばかりが話していても有沙が思うことを伝えなければ意味はない。今度は有沙の番だ。


「私は……」


 何度もお願いしてダメと言われてきたからか有沙は中々言葉が出てこないでいた。


 彼女の手が震えていたことに気づいた俺は優しく手を握った。


(大丈夫……いつもと状況は違うから)


「お父様、私は、千紘とこれからも一緒にいたいです。婚約の話はなしにできませんか?」

「……天野くんのことが好きなんだね」


 怒るかと思っていたが優しくそう言ったお父さんに有沙は驚いていた。


「好きです。私、初めてなんです。家族と同じくらい愛する人ができたのは」


 好きではなく愛する人と言われて俺は顔が赤くなっていくのを感じた。


「有沙は、ここ最近変わったね。話を聞かなくてすまなかった」


 頭を下げたお父さんを見て有沙は、お父様と呼んだ。


「お父様……千紘との交際を認めてほしいです」


 最後の言葉は、ちゃんとお父さんの方を見て彼女は伝えた。


 返事に悩んでいるのか暫くシーンと静まり返る。


 ドキドキしながら返事を待っていると和樹さんは、口を開いた。


「天野くん、娘が悲しむようなことをしたらすぐに別れてもらう。君が有紗を大切にしてくれると信じているよ」

「はい、有紗のことは俺が必ず守ります」


 この前、初華に言われた、守るというのはボディーガードという言葉が似合うかもしれない。


「そ、それってつまり千紘と付き合ってもよろしいのですか?」


 有紗は、念のため、もう一度お父さんに確認する。  


「あぁ、認めるよ。だが、何か起こせば別れてもらう。わかったか?」

「はい。千紘、今日は側にいてくださりありがとうございます」


 自分の気持ちは言葉にしないと相手には伝わらない。彼女は、何度もお父さんに説得しだだろう。


 相手にわかってもらえるまで。今日、伝えたことはお父さんの心にちゃんと届いただろう。



***



 話し合いが終わると紗奈さんに夕食を食べていかないかと言われて一緒に食べることになった。


「天野くん、いつも有沙のために夕食を作ってくださりありがとうございます」


 作った料理を紗奈さんは俺の目の前にあるテーブルに置くタイミングでお礼を言う。


「いえ、俺は誰かに料理が振る舞うことが好きなので」

「あら、そうなんですね。いつか天野くんのお母様にもお会いして話したいわ」


 それはいくらなんでも早くないだろうか。付き合い初めてまだ間もないのに親同士が集まって話すのは、まだ先な気がする。


 そういうのは結婚前とかがいいのではないかと思いながらも俺は母さんに言っておきますと言っておいた。


「天野くんは、何か趣味とか特技はあるのかしら?」


 終わらない質問タイムに隣に座っている有沙は怒っていて頬を膨らませていた。


「お母様、質問は夕食の後にしてください。美味しそうな夕食が美味しくなくなりますので」

「そうですね、ごめんなさい。さて、食べましょうか」


 料理は、南さんが作ったものでどれもとても美味しかった。帰りは送ってくれるそうでその時にでも南さんに言おう。


 夕食を食べ終えると俺と有沙は紗奈さんに捕まっていた。


「得意なことは料理とバスケですね。どちらも趣味でバスケはたまに友人と休日にやっています」

「千紘のバスケは、カッコいいんですよ! お母様にも見ていただきたいです」


 趣味を言うと隣に座る有沙は、楽しそうに話していた。


 彼女が楽しそうに笑うと俺も自然と笑ってしまう。彼女にはやっぱり笑顔が1番似合う。



***



 帰りの車で有沙は俺にもたれ掛かって寝ていた。たくさん話して疲れたのだろう。


 幸せそうに寝ている彼女にふと頬をさわってみたいなと思った俺は手を伸ばそうとしたが、有沙のお父さんの言葉を思いだし手を引っ込める。


(……何してるんだろう。少しだけ彼女に触れたいと思ってしまった)

 

「天野様、有沙様の頬はふにふにですよ」

「へっ!?」


 気付いてたら家の前まで着いており、南さんは後部座席に座る俺と有沙を見ていた。


「さ、触りませんから……」

「今は……ですね。すみません、邪魔してしまって」

「あの、南さん。俺の話、聞いてました?」



***



 有沙達が帰った後、ある男は家族で撮った写真を見ていた。


「学生の恋愛なんてお遊び同然だ。少しでも自由にしてやろうと思ったが間違えだったか……」

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