第26話 決めたからには

「わかった。最後に聞いてもいいか?」


「はい……」


「諦めて自分の気持ちを無かったことにするのはよくない。本当に別れることを選んで婚約者との将来を選ぶのか?」


 彼女には前に一度伝えたはずだ。自分の気持ちは大切にするようにと。


 返事を暫く待っていると彼女は涙を流していた。見られたくないのか俺に抱きつき胸に寄りかかった。


「……千紘」


 小さい声だったが、俺にはちゃんと聞こえた。だから優しく問いかける。


「なんだ?」


 問うと彼女は顔を上げて俺の顔を真っ直ぐと見て口を開いた。


「相談に乗ってほしいです」






***






 彼女と1週間ほど話した結果、週末に俺は彼女と一緒に有沙のお父さんに会いに行くことになった。


 急に行くわけにも行かずお父さんには有沙に週末に俺と有沙が行くことを伝えてもらった。


 行くことを却下されるかもしれない思ったが、有沙のお父さんは許可してくれた。


 身だしなみを整え、彼女にもチェックしてもらい、見た目は大丈夫なはずだ。


「千紘、準備はいいですか?」


 電車で彼女の実家に向かう中、彼女は俺にそう尋ねてきた。


「……あぁ、大丈夫だ。緊張するが、有沙が隣にいてくれるからな」

 

「はい、側にいます。千紘……今日は、よろしくお願いします」


 有沙のお父さんに会うと決めたからには、後は思ったことを口にして伝えるだけだ。


 目的地に近づくにつれて心臓がうるさくなっていく。こういうときは深呼吸だ。


(……よし、大丈夫……なはず)


 電車から降りると駅前に黒の車が止まっていた。車の前には前に会った南さんが立っていた。


「この前、お会いしましたね、天野様」


「えっ、あっ、はい……天野千紘です」


 南さんに様付けされて俺は驚き、自己紹介した。以前、有沙に南さんとは話さないでくださいと言われていたが、話してしまった。


「私は月島家の家政婦をやっております。南若菜です。有沙様と千紘様は後ろにお乗りください」


 そう言って南さんは、車の後ろのドアを開けてくれた。


「ありがとうございます。南さん、千紘には私の許可なく変なことを聞かないでください。千紘も南さんに聞かれても答えないでください」


 有沙は南さんには冷たい目をしてお願いし、俺には笑顔でお願いしてきた。


「わかりました。変な詮索はやめてほしいということですね」


 南さんの言葉に有沙は頷き、後部座席へと乗ったので続いて俺も乗った。


 ドアを閉めてもらい、南さんが運転席へ乗る間に俺は彼女に耳元で聞いた。


「前から思ってたんだけど南さんと仲悪いのか?」


「いえ、そんなことないですよ。勝手にお父様に報告されるのが嫌なだけです」


 車に乗り込んだ南さんにも聞こえるように彼女がそう言うと南さんはシートベルトをする前に後ろを向いた。


「有沙様は、まだあの件に関して怒っているのですか?」


「怒るに決まってるじゃないですか。お父様にお願いされたからと言ってあれは酷いです」


(仲が悪いようにしか見えない……)


 何の話をしているか俺にはさっぱりわからないが暫く続きそうだと思い、俺は間に入った。


「喧嘩はやめてください。有沙、一旦落ち着こうな」


 そう言って彼女の頭を優しく撫でてると彼女はすみませんと小声で謝った。


 それからは気まずい時間だった。有沙と南さんは一言も言葉を交わさなかった。







***





 彼女の実家の前に着くと車から降りて有沙と一緒に家の中へ入る。


(に、庭がある……)


 家の敷地には池のある大きな庭があり、その前を通過する。


「千紘、あまり気を使う必要はないですからね。自分の家だと思ってもらっていいので」


 家の鍵を取り出しドアを開けた彼女はそう言って家の中に入って行くので俺も後を着いていく。


「あら、あなたが天野くんね」


「お、お邪魔します……」


 家に入ると綺麗な女性が立っており、挨拶したが誰だかわからない。もしかして有沙のお母さんだろうか。


「初めまして、母の月島紗奈です。有沙が迷惑かけたりしてないかしら? 有沙からの話だと料理を作ってもらっているそうだけど」


 紗奈さんに肩をガシッと掴まれて質問された。初対面じゃない距離感に俺は驚き、有沙に助けを求めた。


 すると彼女は苦笑いして紗奈さんの手を取った。


「お母様、千紘が困ってます。それに私は迷惑なんてかけてませんよ」


「そうなんですか?」


「迷惑とは思ってませんよ」


「そうですか。私はあなた達の交際を応援していますよ。家がお隣同士で仲良くなった……とてもいいわね」


 紗奈さんは1人でテンションが上がっており、俺と有沙はどうしたらいいかわからないでいた。


 有沙のお母さんってもっと厳しそうに見えたが全く違った。とても優しそうな人だ。


「お母様、お父様は?」


「和樹さんならもう待っているわよ。天野くん、また後でお話ししましょう」


 そう言って紗奈さんはどこかへ行ってしまった。


「すみません、千紘。お母様はああいう方なので」


 有沙は申し訳なさそうに謝るが俺は紗奈さんが明るく、優しい方で安心していた。


「いや、優しそうで親しみやすかったよ」


「それならいいのですが……。あっ、部屋まで案内しますね。家は広いのではぐれないように」


 そう言って彼女は俺の手を取り、はぐれないように握ってくれた。


(緊張してきた……)


 先ほど紗奈さんと話して少しは緊張が解けた気がしたが気のせいだったようだ。


「千紘、大丈夫ですか?」


「……うん、大丈夫だ」


 有沙のお父さんに認めてもらうためにもいいところを見せよう。


 ある部屋のドアを開けて中に入っていく彼女の後を着いていくとそこには1人の男性が座っていた。


「お父様、こちらが私とお付き合いしている天野千紘くんです」


 有沙に紹介され俺は背筋を伸ばし、頭を下げて一礼してから口を開いた。


「初めまして、天野千紘です」











 

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