第10話 下の名前で呼んでくれると嬉しいです

『用が終わりましたので今から行きますね』


 母さんが家に来て一緒にお昼を食べて終わった頃。月島からメッセージが送られてきた。


「母さん、今から月島……月島さんが来るんだけど」

「月島さんね、お隣さんだったかしら?」


 母さんには月島は家が隣であることと友達であることは伝えている。


「うん、もうすぐ来るって」


 そう言うとインターフォンが鳴ったので俺はドアを開けにいった。


「お、お邪魔します。千紘、お母様は────」

「あら、あなたが月島さんね! 初めまして、千紘の母の天野香織あまのかおりよ」

「ふぎゅ」


 母さんにぎゅっと抱きしめられ、月島は苦しそうにしている。


「母さん、苦しそうだから離してやって」

「あら、ごめんなさい。可愛くてつい」


 ついって……。初対面とか関係なくすぐ抱きつくところ、何だかひまりと似てる気がする。


「は、初めましてお母様。千紘の友達の月島有沙です」

「あら、お母様は早いわよ。香織でいいわ、有沙さん」

「は、はい、香織さん」


 彼女は母さんに対して緊張している様子だった。


 いつまでも玄関で立ち話するのもあれなのでリビングへ行き、ソファへ彼女と母さんを座らせ俺は下のカーペットがあるところに座った。


「ところで気になったのだけれど有沙さんは千紘と呼ぶのに千紘は有沙さんのことを名字で呼ぶのね」


 母さんはそう言って俺の方を見てきた。名字で呼ぶことは何かいけない事なのだろうか。

 

「ダメなのかよ……」

「そうねぇ、有沙さんは千紘にどう呼ばれたい?」


 母さんは隣に座る彼女に尋ねる。すると月島は小さく微笑んだ。


「私はどう呼ばれてもいいですよ。ですが、下の名前で呼んでくれると嬉しいです」


 月島がそう言うと母さんはニコニコと微笑んでいた。


「だそうよ、千紘」

「……あ、有沙がそう言うなら今日から下の名前で呼ぶことにするよ」


 俺がそう言うと有沙の顔が真っ赤になった。それを見て俺も顔が赤くなっていくのを感じる。


 名前を呼ぶ度に照れてたら大変だな。けど、下の名前で呼んだら喜んでくれたのでこれからは下の名前で呼ぼう。


「初々しいわね。2人はまだ付き合ってないのよね?」

「はい、まだ付き合ってませんよ。ね?」


 有沙は母さんの質問に答えて、俺に聞いてきた。


 ま、まだってことは今後付き合う可能性はあるってことだよな?


「あ、あぁ、今は付き合ってないよ」

「そうなのね。有沙さん可愛らしいから他の人に取られないようにね」


 母さんは俺にだけ聞こえるよう耳元でボソッと呟いた。


「そう言えば千紘。部屋が綺麗ね。一人暮らしがきっかけで綺麗にしないといけないことに気付いたのかしら」


 母さんは辺りを見渡してこの前来たときとは違うことに気づいた。


「えっと、有沙に掃除をしてもらって……」

「あらそうなの?」


 母さんが有沙に確認すると彼女はコクりと小さく頷いた。


「お弁当や夕食を千紘に作ってもらってるのでそのお礼です。なので私がやりたくてやってます」

「なるほどね。足りないところを補い合ってるってことね。有沙さん、これからも千紘のことよろしくお願いしますね」

「は、はい。香織さん、千紘のことは私が見ていますから心配はいりませんよ」


 そう言った彼女は、俺に笑いかけてきたのでお礼を言う。


「ありがとな……」



***



 母さんは、一人暮らしはどうかと俺に聞いたり、有沙と話した後、そろそろ帰らないとと言って帰る準備をし始めた。


 母さんはまた家に来るそうで「そのときはまた有沙にも会いたい」と言っている。どうやら母さんは有沙のことが気に入ったらしい。


 有沙も母さんと親しげに話していて楽しそうだったので俺としては嬉しい半分、少し不思議な気持ちになった。


 母さんが帰ると有沙はソファに座りだらぁ~と寝転んだ。


「いつにもましてだらぁ~だな」

 

「今日は少し疲れたのでだらぁ~の日です。あっ、決して香織さんとお話して疲れたわけではありませんよ。午前中にあった用に少し疲れてしまっただけですから」


(だらぁ~の日って毎日な気がするが突っ込まないでおこう)


「そう言えば午前中は何してたんだ?」


 そう尋ねると彼女は黙り込んでしまった。もしかしたら聞いてはいけないことだったかもしれない。


 答えなくていいよと言おうとしたとき、彼女は口を開いた。


「お父様に会いに行っていました」

「そうなんだ。その様子だとまた何か言われたって感じだな」

「はい……」

「何か困ったことがあれば相談に乗るからな」

「……では、相談ではないのですが、1つお願いしてもいいですか?」


 彼女はソファに座り直し、俺のことを真剣な表情で見てきた。


 彼女の問いかけに俺はコクりと小さく頷く。


「私の側にいてほしいです。もちろん、千紘に好きな方ができたらその方の側にいるべきですが、それまでは一緒にいてほしいです」


 彼女が寂しがり屋なことは俺の家にいることが多くなってきた時から気付いていた。


 俺もいつの間にか彼女がいないのは寂しいと思うようになっていた。一緒にいてほしいというのはこちらからもお願いしたいことだ。


「俺は有沙を1人にしないよ。俺のわがままなんだけど、有沙には側にいてほしい。有沙がいないと寂しいし……ってごめん、なんか変なこと言った」


 言った後から恥ずかしくなってきた。すると有沙はソファから立ち上がり俺のところに来て両手で手を握ってきた。


「変ではありません。嬉しいです。私も千紘がいないと寂しいです」


 そう言って笑う彼女を見て俺はドキッとした。


 有沙とは嘘の付き合いをすることになって一緒にいることが増えた。一緒にいるうちに関係は友達となり、そして今は友達と呼ぶような関係ではなく特別になっていると思う。


「千紘、これからもよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ、よろしく」

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