第6話 喫茶『MINAZUKI』
「わ、私は何をしているのでしょうか……」
夕食を食べ終えた後、月島は俺が作ったプリンを食べてそう呟いた。
「美味しいか?」
目の前のイスに座り、感想を聞くと彼女はコクコクと頷いた。
「プリンを食べることが私にしてほしいことなんですか?」
「まぁ、うん……月島に食べてほしかったから」
してほしいことと言って思い付いたのが試食してもらうことだった。初めて作ったのだが、美味しいと言ってもらえたので成功と言ってもいいだろう。
「……ほ、他にないのですか? 例えば膝枕してほしいとか、頭を撫でてほしいとか」
プリンを完食し終えた彼女は、もっと他にないのかと尋ねてきた。
膝枕はさっきしてもらったし、頭を撫でてほしいってそれは────
「それって月島がしてほしいことじゃないか?」
「そ、そんなこと今は思ってません。な、何かお手伝いできることはないですか? 下手ですけど料理でも掃除でもします」
料理という言葉を聞いて俺はあることを思い出した。
あまり彼女にはさせたくないことだが、店長が困ってたしな……。
「じゃあ────」
***
「いらっしゃいませ。喫茶『MINAZUKI』へようこそ」
まるでメイド喫茶かのような挨拶になっているが、接客はしっかりできていた。
俺は週に何日か喫茶『MINAZUKI』でバイトをしている。
その店の店長がこの前、ハロウィン当日は新作のケーキが出てお客さんが多いから働ける人手が足りるだろうかと悩んでいた。なので月島に1日だけバイトをやってみないかと頼んだ。
一通り、事前に店長から接客などは教わっていた。今のところ全て完璧にこなしており、店長は感動していた。
「月島さん、このまま働いてほしいわ」
店長がそんなことを呟いていたがおそらく月島はバイトをやりたいとは言わないだろう。
なんせこのバイトを1日だけやらないかと言ったときに一瞬、めんどくさそうな表情をしたからだ。
「千紘、お客様に運べました」
注文されたものを運び終え、キッチンの方へ戻ると月島がニコニコしながら俺の元へ来た。
「偉いな。頑張ってるようだし帰ってたら月島が好きなもの作るよ」
「それは楽しみです! 頑張らなくてはなりませんね!」
やる気があることはいいことだが、張り切りすぎて何か問題を起こしたりしないかと心配だ。
「月島さん、これ8番テーブルにお願いできる?」
「はい!」
いい返事をして言われた通りの場所へ持っていこうとするが、トレーに乗っているものが重く、月島はそっと運んで見ていてそわそわする。
(大丈夫だろうか……?)
心配なので見守っていると通りかかったところの近くに座った人が急にイスから立ち上がり月島に当たりそうになった。
「だ、大丈夫か?」
何とか俺がトレーを支えることに間に合ったが、お客さんに当たり、トレーに乗っているものが下に落ちるところだった。
「千紘、ありがとうございます」
「重いし俺が運ぶけど」
「い、いえ、これは私に任された仕事なので運びます」
「そうか。気を付けてな」
「はい、気を付けて運びますね」
彼女が無事運べたことを確認し、キッチンへ戻るとレジの方を任された。
暫く、仕事をしていると月島が何やらお客さんと話していた。
「ねぇ、この後、暇?」
いかにもチャラそうな大学生が彼女にそう尋ねていた。
「あの注文は……」
「注文より俺は君と話がしたいな。ねぇ、終わった後どう?」
「どうと言われましても……」
月島は大学生がヤバい奴だと悟ったのか一歩下がった。
「だからさこの後、俺達と────」
「お客様、ナンパする場所じゃないんですけど」
「ちっ!」
月島の前に立ち、その大学生にそう言うと何だよお前みたいな顔をされた。
(何か、最近よく舌打ちされるな……)
「千紘、また助けてもらいました。ありがとうございます」
「困ったらすぐに助けを呼べよ。俺がすぐに行くからさ」
「…………」
「月島?」
月島の顔を見ると顔が真っ赤で、もしかしたら熱があるのかもしれないと思った。
心配になり、手を彼女のおでこに当てると彼女は驚いたのか体がビクッとした。
「あ、あの……」
「熱はないな。しんどいなら店長に言って──」
「わ、私、大丈夫です。千紘は心配性です」
「ご、ごめん……」
また怒られてしまった。一度彼女を信じて心配することをやめてみるか。
決意し、レジへ戻ろうとすると後ろから誰かに服を引っ張られた。
振り返るとそこには何か言いたげな表情をしている月島がいた。
「どうした?」
「えっと、その……し、心配してくださりありがとうございます」
「……お、おう」
言いたいことが言えたのか彼女は俺の服から手を離し、キッチンへと行ってしまった。
***
「今日はありがとね、月島さん」
バイト終了後、店長は月島に今日手伝ってくれたお礼を言っていた。
「いえ、貴重な経験ができましたし、何より楽しかったです」
初めてのバイト。彼女は不安なことだらけだったと思うが、大事なことが起こらず無事終わった。
俺も店長も彼女の働きっぷりには驚いていた。さずか学校の憧れの人だ。
「ねぇ、これからもここで働いてみない?」
店長がそう聞くと予想通り彼女は首を横に振り断った。
「そうしたいところですが、親が許してくれないと思うので」
「そう、それならしょうがないわね。はい、これは今日手伝ってもらったお礼よ」
店長から受け取ったものはこの店で売っているクッキーだった。
「ありがとうございます」
「じゃあ、千紘くんはまた来週ね。月島さんは次はお客さんとして是非来てね」
「はい、行きます!(千紘のバイト姿を見るために)」
行きますの後になぜか俺の方を見てニコニコしていた彼女。その笑顔は俺は理解できなかった。
喫茶『MINAZUKI』から出ると月島は俺の腕に抱きついてきた。
「千紘、帰ったら膝枕を希望します!」
「わかった。今日は頑張ったもんな」
そう言って優しく頭を撫でると彼女は幸せそうに小さく笑うのだった。
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