第17話 もう少し一緒にいたい

「帰らないのか?」


 午後9時になりそろそろ家に帰るべきなのではないかと俺は有沙に言うが、彼女は帰ろうとしない。


 嬉しそうな表情で彼女はソファに寝転びだらぁ~としていた。


「もう少し一緒にいたいです。まだ千紘と……ほ、本当の恋人になれたという喜びに浸っていたいので」


 一緒にいたいと言われては帰れとは言えないな。俺もまぁ、今、有沙が家に帰ったら寂しいと思ってしまうが……。


「じゃあ、泊まっていくか?」


 付き合い始めてすぐに家に泊まるかと誘うのはどうかと思ったが考えるより先に提案してしまった。


「やっぱり、さっきのは冗───」

「泊まりたいです。今、家に帰ったら1人になって寂しいので」


 冗談と言ってこの話をなかったことにしようとしたが、有沙は俺の言葉を遮って泊まりたいと言った。


「お風呂は家で入ってきます。か、確認しますが、も、戻ってきていいのですね?」


 戻ってくるというのはつまり泊まってもいいのかという確認だろう。


 俺が言ってしまったことだ。取り消すこともできるが彼女が泊まりたいと言っているのにダメだとは言えない。


「有沙が戻ってきたいなら俺は構わない」

「……わかりました。では、一度戻りますね」


 そう言って彼女はソファから起き上がり、自分の家へ帰っていった。


 深やひまりに今日のことを聞かれても黙っておこう。付き合い始めてすぐに相手の家に寝泊まりとか普通にダメだろと突っ込まれそうだ。


 有沙が警戒していないのはおそらく今までフリだが、俺と付き合っていて信頼している関係であるから。


(も、元々付き合っていたんだし、泊まることはそんなにおかしなことではないはず……多分)


 有沙が帰ってくるまで自分もお風呂には入ったり、勉強をしていた。


 勉強を始めること数分、自分が集中できていないことに気付いた。


(ダメだ……有沙がいつ来るか気になりすぎて集中できん)


 勉強を一旦やめてふとスマホの画面を見るとひまりからメッセージが来ていた。


『深から聞いたよー。今日、あーちゃんに告白するんだって? どうだった? まさかするって言ってやっぱ勇気がでなかったからしてないなんてないよね?』


 深の奴、ひまりに言ったのか……。まぁ、言われて困る話でもない。


 てか、ひまりは俺のこと何だと思ってるんだ? 俺がするって言ってやらない詐欺をする奴に見えるのだろうか。 


『告白したよ。この話はまた直接会ったときに話すから今は黙秘で』

『おぉ、やるね、千紘くんや。いい話を待ってるぜ』


 話したら質問責めに合いそうだなぁ。まぁ、相談に乗ってもらったりしたことだし構わないが。


 ひまりとメッセージのやり取りを終えると家のインターフォンが鳴った。


 急いでドアを開けにいくとそこには枕を持った有沙がいた。


「布団も持ってきた方がいいですか?」

「いや、お客様用のがあるから大丈夫だ」

「では、必要ないですね。枕は自分のじゃないと寝られないので持ってきちゃいました」


 枕を抱きしめながら小さく笑う彼女を見て可愛いと思った。


 自分のじゃないと寝られないと言っていたがこの前、俺の枕、使われていた気がするんだけど。


 彼女を家の中に入れるとすぐにお気に入りの場所であるソファへ座る。


「そうです、千紘に渡したいものがあります」


「渡したいもの?」

「はい、クリスマスプレゼントを用意しました」


 まさかクリスマスプレゼントを用意してもらえているなんて思っておらず彼女から受け取った。


「ありがとう……開けてもいいか?」

「どうぞ」


 受け取った袋の紐をほどき、中を見ると袋の中にはマフラーが入っていた。


「おぉ、マフラー。欲しくて買おうとしてたけど買ってなかったから凄く嬉しい」

「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいです」

「まさかもらえるとは思ってなくて用意できてないんだけど、有沙は何かほしいものあるか?」

「気にしなくてもいいのですよ。私が渡したくて用意しましたし」


 彼女はそう言ってくれるが、もらってそれで俺はなにもしないのはどうなんだろうか……。


「けど……」

「それならチーズケーキを作ってほしいです」

「いいよ、明日でもいいか?」 

「はい、楽しみにしていますね」


 

***



(あっ、卵がない……)


 昼食にオムライスを作ろうとしたが冷蔵庫に卵がないことに気付いた。


 有沙はすやすやとソファに寝ていたので起こすわけにはいかない。ここは、俺だけで近くのスーパーにでも買いに行こう。


 寝ている彼女に小声で行ってきますと言って家を出た。


 家を出ると有沙の家の前で立っている女の人がいた。


 偶然立ち止まっているようには見えない。有沙の家の方を見ているし。怪しい奴かもしれないが、声をかけてみるか。


「あの……どうかされましたか?」


 声をかけてみるとその人は俺のことに気付き、じっと見てきた。


「あなたは、もしかして有沙様といた……」


 有沙のことを知っているということはもしかして彼女の知り合いだろうか。


「有沙……有沙さんのお知り合いですか?」

「はい、そうです」

「有沙なら今────」

「千紘! 南さんとは話さなくていいです!」


 自分の家のドアが開き、有沙は俺の手を握ってきた。彼女の手はいつもより力強かった。


「南さん、帰ってください」

「それは無理です。有沙様にお話があります。ところでその方は?」

「……私の大切な人で彼氏の天野千紘くんです」


 彼女に紹介され、俺は軽く頭を下げた。すると南さんと呼ばれる女性は、俺のことをじっと見てきた。


「そうですか……」

「お父様に頼まれて来たのなら私は何も話しませんので今日は帰ってください。千紘、スーパーに行くのなら気にせず行ってきていいですよ」


 彼女はそう言って俺から手を離した。


 南さんは有沙と2人で話したそうなので俺は彼女に言われた通り、スーパーへ向かうことにした。

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