第32話 んんっ、してませんわ!

 お昼休憩が終わり、午後からの1番目の競技は、借り人競争だった。


 お題が難しくないものであることを願い、俺は紙があるところまで走った。


(お題は……)


「大切な人……」


 俺はお題を見てすぐに頭に浮かんだのは有沙だった。彼女も借り人競争に出るので近くの待機列にいた。


「有沙、来てくれないか?」


 彼女の目の前に手を差し出すと、有沙は嬉しそうにもちろんですと言って手を取ってくれた。


 彼女と手を繋ぎそのままゴール。手を繋いでゴールするルールはないが何となく手を繋いで最後まで走ってしまった。


「ごめんな、走らせて」


 あまり動くことを好まないため俺は彼女に謝った。


「いえ、千紘と走れて嬉しかったです。お題がとても気になります」


 お題は後で1位の者だけが発表される。俺は有沙をすぐに見つけてゴールまで走ったので1位になった。


 前で発表されるのはとても恥ずかしいが、付き合っていることだし大切な人というのはおかしくないよな?


「さて、1位の方。完璧美少女と呼ばれる月島有沙さんを連れてきましたがどんなお題でしたか?」


 マイクを持った生徒が俺に聞き、紙に書かれたお題を読み上げた。


「大切な人です」


 そういうと応援席からキャーと女子の盛り上がる声が聞こえたり、やっぱりそういう系のお題だよと男子からの声が聞こえた。


「おーっと、さすが彼氏さん! お幸せに!」


 恥ずかしいからマイクでそういうことを言わないでいただきたい。


「千紘、私を選んでいただきありがとうございます」


 有沙はそう言って嬉しそうに待機列へと戻っていった。




***




 体育祭は終わり、夕飯前に有沙は俺の家に来ていつもの場所で寝転がっていた。


「だらぁ~。今日は疲れました」


「俺も。お疲れ様、有沙、活躍してたな」


 今日は少し暑かったので冷たい麦茶を彼女のために淹れた。


「千紘も頑張っていましたよ。あっ、膝枕しましょうか? 癒されますよ」


 さっきまでぐで~とだらけていたが、彼女はソファから起き上がり、膝をトントンと優しく叩いた。


「いいよ、有沙も疲れてるだろうし」


「私のことは気にせず言う通りにしてください。ここに寝てください」


 彼女は、物凄い圧でそう言ってきたので俺はお言葉に甘えることにした。


 ゆっくりと彼女の膝に頭をおき、目を開けると目の前には顔を覗き込む有沙がいた。


「頑張りましたね、千紘」


 まるでお母さんのように彼女は優しく頭を撫でてくれた。それが心地よくて寝てしまいそうになる。


「千紘と出会ってから毎日が楽しいです。一緒にご飯を食べて、休日は同じ時間を過ごして……千紘がいたので私は寂しくなかったです」


 俺も一緒だ。有沙と出会ってなければ1人でご飯を食べて休日は1人で家にいただろう。一人暮らしを選んだ時にそれは想像していたこと。


 彼女といることで一人暮らしの寂しさが紛らわすことができていた。


「俺も有沙と一緒にいたからここ最近は寂しいとは思ったことがない」


「ふふっ、一緒ですね。これからも私の側にいてください」


「もちろん。有沙の側にいるよ」


 和樹さんに頼まれたんだ。側にいて支えてやりたいし、守りたい。俺が有沙とどういう関係であっても彼女がこれからも幸せであるために。


「そう言えば明日、初華さんとお茶をしにカフェへ行くのですが、千紘もどうですか? 人数が多い方が嬉しいのですが……」


「俺が行ってもいいのか? 女子だけの方がいいんじゃないか?」


 俺がいることで雰囲気が悪くなるのは嫌だし、男子がいたら話しにくいこともあるだろう。


「大丈夫ですよ。ひまりさんと奥村くんも誘う予定なので」


 深がいるならという気持ちになり、俺は行こうかなと言う。すると彼女は表情がパッと明るくなった。


「では、決まりですね。楽しみですね、お茶会」


 


***




 翌日。放課後は、有沙と初華でお茶会だ。楽しみで朝からずっと放課後のことを考えていた。


 休み時間、1人で自販機に行ってお茶を買う。やっぱり夏は麦茶に限る。


 麦茶を買い、教室に戻ろうとすると廊下でポスターを貼りたいけれど背が届かず困っている女子を見かけた。


「貼りましょうか?」


「えっ、あっ……」


 急に後ろから声をかけたので彼女は驚き、ポスターを持ったまま固まってしまった。


「驚かせたのならすみません。困ってるようだったので」


 先輩か後輩かわからないので敬語で話すと彼女は顔を赤くして口を開いた。


「ばっ、バカにしてるのですか? 背が低くても届きますけど!?」


「バカにはしてませんけど……」


「いいえ、してますわ。どうせ声をかける前にピョンピョンしている私を見て笑っていたのでしょ?」


「してたんですか?」


「んんっ、してませんわ!」


 彼女は咳払いし、背が届かないからと行ってピョンピョンしていなかったと言う。


 なんかわからないけどこの人面白い人だな。自分で言って自滅してる。


「じゃあ、困ってないようなので俺は行きますね」


 そう言って立ち去ろうとすると彼女は俺の腕を掴んできた。


「ま、待ちなさい! 困ってないとは行っていませんわ。こ、これをあそこに貼っていただけませんか?」  


 最初からそう言えばいいのに、有沙みたいにあんまり人に頼ることに慣れていない人なんだろうか。


「いいですよ。これですね」


 彼女からポスターをもらい、言われた位置に画鋲でとめた。


「あなた何年生?」


「2年です」


「同級生じゃないですか。敬語じゃなくても良いのですよ。私は6組の城市桐子です。あなたは?」


「5組の天野千紘」


 自己紹介すると城市さんは、眉間にシワを寄せて何か思い出そうとしていた。


「あなたあの方の彼氏か何かですか?」


「あの方? 誰のことですか?」


 初対面だからという理由もあるが相手が敬語で丁寧な言葉で話してくるため同級生だが俺も敬語を使う。


「月島家の娘ですわよ。この前、体育祭で大切だとか言っていたでしょ?」


「……あぁ、はい、言ってましたね」


 こうして初対面の人までも知られていると少し恥ずかしいな。


「月島さんとはどういうご関係で?」


「関係って……恋人ですよ」


「なっ! そ、そんな……」


 凄い反応で驚かれ、俺は何をそんなに驚くことなんだろうかと不思議に思った。


 城市さんは、そんなから一言も話さず固まっていると後ろから有沙の声が聞こえてきた。


「千紘、中々戻ってこないので来てしまいました」


 彼女はそう言って城市さんがいることに気付いていないのか後ろから俺に抱きついた。だが、数秒後、彼女はハッとして離れ、俺の腕にしがみつき、城市さんの名前を呼んだ。


「桐子さん、こんにちは」







         

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