第3章 君の側にいるために

第24話 新学期

 桜咲く季節。今日から新学期だ。クラス替えがあり、知り合いが1人ぐらいいたらいいなと思いながらマンションの下で有沙のことを待っていた。


 いつもなら準備ができ次第、彼女を迎えに行くが、今日は先に下に降りていてほしいと昨夜、彼女から言われた。


 近くにあった鏡を何となく見ていると鏡に彼女が写った。


「おはようございます、千紘」


「お、おお……おはよう」


 急に背後から声をかけられたので驚いてしまった。鏡を見ていてキモいやつと思われていないだろうか。


「今日から新学期ですね。同じクラスになれるといいですね」


 彼女はそう言って歩き出したので俺も隣に並び歩く。


「そうだな、一緒のクラスだといいな」


「はい。私だけ去年は皆さんとクラスが違っていたので今年は一緒がいいです」


 会った時から思ったが、今日は朝から有沙はご機嫌だ。いつもなら眠そうに俺の肩に寄りかかってくるのに……。


 って、これじゃあ、肩に寄りかかってほしいと言っているようなものじゃないか。


 隣にいてそれだけでもいいのにもっと近くにいてほしいと思ってしまう。


 距離が縮まっていくにつれて彼女にもっと近づきたい、触れたいという気持ちが強くなっていく。


(触れたいってダメだろ……)


 大切にしたいと思うなら自分の気持ちで思うままに動いては行けない。


 有沙は割りといつも近くに来てくれるが、どういう気持ちで寄ってきてくれているのだろうか。


(好きだから……か?)


 彼女みたいに名前を呼びながら近寄るのは……俺にはできないな。


「千紘、どうかしましたか?」


 考え事をしている時に時々、彼女のことを見ていたらしく有沙は俺の顔を覗き込んできた。


「えっと……今日は何だか距離があるなと」


 俺は彼女と付き合い始めてから決めていたことがある。それは彼女にはできるだけ思ったことを言葉にして伝えることだ。


 だが……どうやら彼女を困らせるようなことを俺は言ってしまったようだ。


「さ、寂しいのですか……?」


「……そ、そうなのかも……しれない……な」


 寂しいと言われれば確かにそうなのかもしれない。俺も彼女と一緒で寂しがりやだったのか。


 彼女は少しずつ俺の方へ寄り、そして手を繋いできた。


「大丈夫です。千紘の側には私がいますから。寂しくないですよ」


 そう言って有沙は俺の肩にもたれ掛かってきた。


「ありがとう」





***





 学校へ着くとすでに新しいクラスが書かれた紙が貼られており、自分がどのクラスになったか確認できた。


 1組から順番に名前を探していると隣で同じくクラスを確認してた有沙が嬉しそうな表情で名前を呼んできた。


「千紘! 同じクラスですよ!」


「えっ、嘘、何組?」


「5組です。ひまりさんと奥村くんの名前もありました」


 彼女に言われて4組から5組の方を見ると確かに名前があった。


 ひまりと深と一緒で今年は有沙もいる。これから1年間、楽しくやっていけそうだ。


 新しいクラスへと有沙と一緒に移動すると教室には既にひまりと深がいた。


 教室に入ってすぐにひまりは有沙に抱きついてきた。


「おはよ、あーちゃん! 大吉パワーが効いたのかな」


「そうですね。ひまりさんと同じクラスになれて嬉しいです」


「も~なに言っても可愛いなぁ~。千紘、今年もよろしくね」


 有沙に抱きついたままひまりは目の前にいる俺に向かって手を挙げた。


 どんな体勢でよろしくって言っているのだろうかと思いながらも小さく手を挙げてよろしくと言った。


 すると後ろから誰かに肩を叩かれた。


「あっ、有沙と千紘。同じクラスなんだ」


「初華さん、今年も同じクラスなんですね」


「うん、よろしくね」


 有沙は嬉しそうに笑う中、初華は俺のことをじっと見ていた。


 理由もわからず見られるのは気持ちが悪いので初華に尋ねた。


「何だ?」


「いや、ボディーガードは必要なさそうって思っただけ。今年はクラスに有沙を守れる千紘くんがいるからさ」


「ボディーガードってなんだよ……」






***





 放課後、いつも通り、千紘と一緒に帰るつもりだったが、今日は予定があり、有沙は教室を出て1人で学校を出た。


 本当は千紘と一緒に帰りたかったが、とうとうお父様に呼ばれてしまった。


 どんな話をされるかは大体予想外ついている。おそらく千紘との関係についてだろう。


 もし、そうであれば私が千紘のことを彼氏と紹介したと南さんがお父様に言ったと思われる。


 憂鬱な気持ちになりながらも私はある場所で待っていると車が止まった。すると、車から運転をしていた南さんが出てきた。


「有沙様、お一人ですよね?」


「私以外に誰か見えますか? 千紘は無関係なのでいませんよ」


 一緒にいてほしい気持ちもあったが、自分の家のことを千紘に話して巻き込むのだけは嫌だ。


「そうですか……。どうぞ」


 車のドアを開けてもらいありがとうございますとお礼を言って車に乗る。


 本当は家に帰って千紘と今日の出来事を話そうとしていたのだが、お父様に呼ばれては断れない。


 車が動き、実家へと向かう中、外の景色を見ているとふと千紘に夕食はいらないということを伝え忘れていたことを思い出した。


 言っておかないとおそらく千紘は2人分まで作るだろう。


「南さん、友人にメールを送ってもいいですか?」


 信号で止まっているタイミングで私は後部座席から南さんに尋ねた。


「いいですよ……。有沙様、変わりましたね」


 どうその後に何か言っていたが、声が小さく、有沙は聞き取れなかった。


 何を言ったのか聞こうとしたが信号が青に変わったので話しかけるのをやめた。


 千紘にメッセージを送ると数分後にわかったと一言、返事が返ってきた。


(……千紘の作るご飯、食べたかったです)






***





 帰りの車で私はあることを決めた。この気持ちを大切にしたい。けど、それと同じくらい大切な気持ちもある。




 だから私は──────









     


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