第4章 2人の約束

第36話 見てくれないのですか?

「月島社長、最近、ピリピリしていませんか?」


 同じ職場で働く1人にいつもと違う様子に気付かれ、月島和樹は、心配をかけないよううっすら笑った。


「してないよ。ちょっと思い通りにいかないことがあっただけだ」


 何もかも思い通りにいくと思っていた。けど、ここ最近の有沙は自分の意思でやりたいことをやっている。


 一人暮らしは少々心配だった。料理ができないことから本当に一人暮らしさせてよいのかと。


 けれど、彼女が何度も頼み、一人暮らしをすることを諦めなかったので承諾することにした。彼女がこうして自分がやりたいことを言ったのはこれが初めてだったからだ。


 一人暮らしを初めてから有沙は家に帰ってくることはあまりなく、連絡もしなくなった。


 過保護だと思われるかもしれないが、有沙の様子を見に行くことにした。自分は仕事で忙しく行く時間がないので南さんに頼んだ。


 そこで知った。有沙は隣に住んでいる人の家によく出入りしていると。初めは、相手が無理やり誘って家に連れていっているのかと思っていた。


 けど、自分から彼の家へ行っていることを知り、有沙は彼のことを好きだと気付いた。


 君の将来は決まっているし何も心配はいらないと言って、結婚相手も私が決めようとしていた。それが彼女にとって幸せなことだ。


 この前、天野くんが娘の話を聞いてやって欲しいと頼まれた。聞こうとしなかったのは事実だ。どんな奴かわからん男に娘は渡したくなかったから聞かなかった。


 天野くんと会って話してみたが、有沙には似合わない人だと思った。だが、あそこで付き合うことを認めないと言っても有沙は諦めないだろう。


 だから学生であるうちなら別にいいだろうと思い、交際を許した。けど、そのまま交際を続けることには反対だ。


「社長、そろそろ時間です」


「あぁ、そうだな」






***





 夏休みに入り、俺と有沙、ひまり、深の4人でプールに遊びに来くことになった。


 駅前で集合し、電車に乗ること数分。プールの施設に着くと着替えるため男女で別れた。


「千紘、楽しみだな」

 

 着替え終えると隣にいる深がそんなことを言ってきたが、何が楽しみなのかわからない。


「何が楽しみなんだ?」


「そりゃ、彼女さんの水着だよ。どんな水着着てくるか気にならないか?」


 深にそう言われて俺は頭の中で想像してしまった。


 どんな水着で来るかまだわからないのに有沙はこういうのを着るんじゃないかとほんの少し期待してしまう。


「き、気にならなくわない……」


「そこは気になるって言ったらどうなんだ……。まぁ、月島さんがナンパされないよう千紘は今日、彼女の元から離れないことだな」


「わかってる」


 有沙は、可愛いし、スタイルもいい。知らない男にナンパされることは間違いないだろうから今日はできるだけ彼女の側にいよう。


 またこんなことを思っていたら彼女に心配性と言われそうなので言われない程度に。


 ロッカーを閉め、更衣室を出て俺と深は、有沙とひまりが着替え終わるのを待った。


 深と談笑しているとひまりの姿が見えた。有沙はというとひまりの後ろに隠れていた。


「お待たせ、2人とも。ど~やらっしぃ~でしょ?」


 そう言ってひまりは、俺と深に水着を見て欲しいアピールをしてきた。


 そこはやらしいではやく似合うかどうかを聞くところじゃないのだろうか。


「うんうん、凄い可愛いよ、ひまり。そう言えば、月島さんどうしたの?」


「ちょっと恥ずかしいんだって。すっごい可愛くない?」


 ひまりは、そう言って後ろを振り返り、有沙をぎゅっと抱きしめた。


「うん、可愛い」


「ち、千紘は、本当に直球過ぎます!」


 彼女は、顔を赤くしながら俺に向けてそう言った。


「さてさて、何からする?」


 有沙から離れて深と手を繋ぎに行ったひまりは、どうしようかと聞く。


「私、水中バレーというのをやってみたいです」


「おぉ、いいねぇ、あーちゃん。じゃ、やろっか、ビーチバレー!」


 ボールは、レンタルできるらしくひまりと深が借りに行ってきてくれた。


 俺と有沙はというと2人が戻ってくるのを待っていた。


「……日焼け対策ってやつか?」


「えっと、もしかして、ラッシュガードのことですか?」


「う、うん……室内だからちょっと疑問に思って」


 言っておくが、決して水着が見たいから聞いているわけではない。そう、決して……。


「は、恥ずかしいからですよ……。ですが、千紘が見たいというなら……脱ぎますよ?」


「んんっ!?」


 ここで見たいと言えば彼女はラッシュガードを脱いで水着を見せてくれるだろう。


 けど、素直に見たいと言って冷たい目を向けられると思うと……。


「む、無理に見せなくてもいいんだぞ……」


「無理? 私は千紘が見たいというなら恥じらいを捨てて脱ぎます!」


 恥じらいは捨てなくていい気がする。彼女が無理をしている気がして俺は見ないという選択肢を選ぼうとした。


 だが、その時、彼女は、俺の手を握った。


「み、見てくれないのですか?」


「んっ!?」


 ドキッとしないわけがない上目遣いに、うるっとした目。


(ここで見ないとは言えん……)


「み、見たい……です」


「わ、わかりました。千紘のために脱ぎますね」


「お、おう……」


 俺のためとか言われたら変な妄想に掻き立てられるな。


 ドキドキしながら彼女がラッシュガードを脱いでいるところを見ていると有沙は顔を真っ赤にしていた。


「千紘、見すぎです」


「えっ、あっ、ごめん!」


「別に見ても構いませんが、そんなに見られると恥ずかしいです」


 話している間に彼女は、ラッシュガードを脱ぎ終わり、水着が見えた。


「!!」


(か、可愛い……) 


 有沙が着ていたのは上下が分かれているタイプの水着だ。


 大人しめの色だが、それはそれで彼女に似合っている。


「可愛いよ。有沙にとても似合ってる」


「あ、ありがとうございます……」


 彼女は、顔を赤くしながら聞こえるぐらいの声で俺にそう言った。


 そして彼女はひまりと深が戻ってきた頃にはラッシュガードを着ていた。理由は恥ずかしいからだそうだ。








       

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