第29話 そういうところがズルい

 週末、俺と有沙は水族館デートに来ていた。きっかけは、テレビでお出かけスポットの特集を見たことだ。


 俺も有沙も小さい頃以来水族館には行ったことがないので久しぶりに行ってみようと思った。


 乗り換え含め電車に20分ほど乗り、そして徒歩5分の場所に水族館はあった。


 入場チケット購入後、2人とも初めて来た場所のため館内パンフレットをもらい、近いところから順番に見ることになった。


 デートであれば手を繋ぐべきだろうと思った俺は、有沙の手を優しく握った。


 すると彼女は顔を真っ赤にしてあわてふためきながら俺の顔を見てきた。


「ち、千紘……?」


「えっ、あっ、ごめん。嫌だったか?」


「いえ、そんな! 嬉しいに決まってます! これからも是非手を繋ぎに来てください!」


 手を繋ぎに来てくださいと頼まれたことは初めてだが、嬉しいのなら良かった。


 手を繋ぎたくないとか言われたら俺はショックで数日立ち直れないかもしれない。


 手を繋ぎ、まず最初に来た場所はオットセイがいる水槽だった。


「か、可愛いです……。ずっと見ていられるかもしれません」


 水槽に手をつき中にいるオットセイをじっと見ている有沙の方が可愛いと思いながらも彼女の隣に立ち、俺もオットセイを見ていた。


 オットセイを満足したのか次のところへ向かおうとすると後ろから誰かに声をかけられた。


「月島さんだよね?」


 彼女の名前が呼ばれ、有沙は後ろを振り向き、声をかけてきた女子2人の名前を口にした。


「渡辺さんと大野さん。偶然ですね」


 有沙は一瞬で切り替え、いつもの学校での月島有沙の丁寧な口調と天使のような笑顔へ変わっていた。


 さっきまでのふにゃ~んとした表情は、一体どこに行ったのやら……。


「もしかしてデート?」


「はい、そうですよ」


「前から思ってたけど2人ってお似合いだよね。デートの話、今度のお茶会で聞かせてね」


「……はい、少しならいいですよ」


「やったっ! 楽しみにしてるね。じゃあ、また学校でね」


 2人から手を振られ、有沙は、彼女達に笑顔で手を振り返していた。


 彼女達と有沙は、おそらく去年のクラスメイトだろう。それより気になったことがある。


(お茶会ってなんだろうか……)


「休日だからといって気を抜いてました」


 有沙はそう言って近くにあったイスへと座った。


「さっきの2人は去年同じクラスだった人達か?」


「はい、去年、仲良くしていた方達です」


「そうなんだ。ところでお茶会ってなんだ?」


 言えないことかもしれないが、気になっていたのて尋ねてみた。


「女子会みたいなものですよ。放課後、教室でおやつを食べながら話すだけです」


 彼女がたまに放課後は残るから一緒に帰れないと言っていた。それはそのお茶会とやらがあったからだったんだな。


「千紘も参加しますか?」


 彼女は俺がしないと答えを返すことをわかっている前提で小さく笑いながら聞いてきた。


「参加したら気まずくなるだろ」


「そうですかね? 千紘が来たら質問責めに合うと思いますよ。私とのことを特に」


 彼女が言う質問責めに合うところを想像するだけで嫌な気がした。


「遠慮しておく……」


「ふふっ、さて、そろそろ次へ行きましょうか」


 彼女はイスから立ち上がり、俺の手を取り、指と指を絡めた。


 



***





「ず、ズルいですよ、ペンギンさん」


 何がズルいのかわからないが有沙はのんびりしているペンギンを見て羨ましそうにしていた。


「何がズルいんだ?」


 ペンギンを見ても羨ましいと思う点は特になく俺はただ可愛いとしか思っていなかった。


「だらぁ~ってしてるところがです!」


(……うん、いつも通りの有沙だ)


 おそらく今ペンギンを見ているお客さんの中でペンギンを見てのんびりとしているところを見て羨ましいと思うのは有沙ぐらいだろう。


 だらっ~ってしているところが羨ましい以外何か思わなかったのだろうか。


「千紘、次はクラゲですよ」


 ペンギンを見るのに満足したのか彼女は、俺の手を引いて次のコーナーへ移動する。


 次に立ち止まったのはクラゲの水槽がある場所だった。


「ど、どこを見てもクラゲですね」


 左右、上とどこを見てもクラゲがいるのに有沙は驚き、見ることに集中していると他の人と当たりそうになっていた。


「人に当たりそうになってるから気をつけて」


 そう言いながら咄嗟に彼女を胸の方へ抱き寄せる。


「あっ、ありがとうございます。気を付けます」


 いつまでもクラゲ水槽の前で抱きついたようなことをするわけにもいなかいので彼女は俺から離れて再び水槽に目を向ける。


「千紘、綺麗ですね」


「そうだな……」





***





 次のコーナーへ行く前に途中にカフェがあり、そこで昼食と言っていいのかわからないがフロートを頼んだ。


 フロートの上にペンギンが乗っ取り、いわゆる映えるスイーツだ。


 有沙はフロートであるのは同じたが、俺と違って上にはクラゲが乗っていた。


「かっ、可愛いです! 千紘、是非撮らせてください!」


 自分が頼んだクラゲフロートの写真を撮った後、俺のペンギンフロートも撮ろうとしていた。


「どうぞ」


「ありがとうございます。千紘、フロートだけじゃなく千紘も撮りたいので写ってくださいね」


「えっ、あぁ、うん……」


 俺が写らないようにフロートを彼女に渡そうとしていたが自分も写ってほしいと頼まれた。


 写真を撮られることは苦手だが、有沙の頼みならば写るしかない。


 写真を撮った後は、2人で撮影し、邪魔にならない場所で食べた。


「美味しかったですね」


「そうだな。あっ、口元に上に乗ってたクリームが付いてる」


「えっ、ほ、ほんとですか?」


「うん。取るからじっとしてて」


 そう言って人差し指で彼女の口元に付いたのを取った。


「ん……取れたよ」


「…………」


「有沙?」


 彼女は顔を赤くして、俺の胸にトサッと寄りかかってきた。


「そういうところズルいです」








         

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