第15話 君の前だけ自分らしくいる

「有沙。君の将来は決まっているし何も心配はいらない」


 小さい頃。お父様からそう言われた。将来に困ることはないから何も心配しなくていいと。


 言われたこと守って、言われたことだけをきっちりとやってきた。


 言われたこと以外はやらなかった。やっても怒られるだけ。


 父は有名企業の社長だ。私はその娘。だから振る舞いには気を付けろと言われて私は育ってきた。


 何があっても笑顔でいて、勉強やスポーツは皆よりできているのが当たり前。月島家でいる限り、私は私を殺して生きなければならないみたいな空気があの家に住んでいた時にはあった。


 そうやって生きてきたけどここ最近は両親と離れて自由に過ごしたいと思うようなった。


 だが、やはり行きたい高校や一人暮らしをすることをお父様に説得するのは簡単じゃなかった。


 お母様の言葉もあって何とか許してもらえたが、一人暮らしに関しては何かあったらすぐに戻ってこいと言われている。


 私はもう一人で生きられるし、心配しなくてもいいといつか言えるようになりたい。苦手な料理もできてお父様を安心させられるようになったらきっと許してくれるはずだ。


 将来のことはまだわからないけど私は自分が決めた道を進みたいと思っている。誰かに決められるのは嫌だから。


 両親から離れて暮らして私は自由になれたと思っていた。けど、私は自由になんてなれてなかった。





***





「あっ、起きたか?」


 12月23日。終業式が終わり家に帰っきてすぐに、彼女は制服を着たままソファの上で寝ていた。


「……私、寝てましたか?」


 まだ眠そうな顔をして彼女は起き上がった。


「10分くらいかな。寝てたよ」


「そうですか……」


 嫌な夢でも見たのだろうか。また悲しそうな表情をする。


 そんな彼女を見て気付いたら俺はそっと優しく彼女の頭を撫でていた。


「千紘……?」


「何かあったのなら相談に乗る。1人で抱え込むのはよくないからな」


 彼女の隣に座り、話してくれるのを待つ。話してくれないのなら彼女がまたいつものように元気でいるまで俺は側にいる。


 彼女は下を向き、そして俺の肩にもたれ掛かった。


「私は、一人暮らしを始めて自由になれたと思っていたんです。家にいたら窮屈で居心地が悪かったので」


 彼女のお父さんが厳しい人であることは以前、聞いていた。それもあって家には用がない限り自分から帰ることはないと言うことも。


「ですが、私は自由になりたくてもわがままになれないんです」


「それは……怒られたくないからか?」


 そう尋ねると彼女は目を閉じ、口を開いた。


「ずっと言われたことだけをやってきたから思ったことを言いにくいんです」


 今まで言われた通りにやってきていたのに急にやりたくないと言うのは言いにくい。けど、それで自分がやりたくないことをやるのは間違っている気がする。


「そっか……有沙はもう少しわがままになってもいいと俺は思うよ。言いたいことがあるなら言わないと」


 あの高校に行きたい、一人暮らしがしたい、それを親に言うことと一緒でやりたいことがあるのならきちんと言葉にして親に伝えればいい。


「有沙がどうしたいか、それが一番大切だから。嫌なら嫌って言わないと後でつらいのは自分だ」

 

「自分がどうしたいか……」


「うん、有沙がどうしたいか……」


 ちゃんと相談に乗れているか不安だが、俺が言えることはこれぐらいだろう。


 どうするかは俺が決めることじゃない。有沙がどうしたいかだ。


「千紘、相談に乗ってくれてありがとうございます。あ、後、明日のクリスマスパーティー、やっぱり参加したいです」


 そう言って小さく笑う彼女はいつもよく見る笑顔だった。


「うん、待ってる。きっとひまりが喜ぶよ」


「はい、私も皆さんとクリスマスパーティーができるなんて嬉しいです」


「俺も……。話は変わるけどクリスマス当日なんだけどさ、その日は一緒に過ごさないか?」


 そう尋ねると彼女はえっ?みたいな驚いた表情をしていた。


「い、一緒にですか?」


「うん……他に一緒に過ごしたい人がいれば断ってくれても構わない」


 彼女はさっき好きな人がいると言っていた。もしかしたら俺よりもその人と過ごしたい可能がある。


「千紘と過ごすクリスマスがいいです」


 そう言って彼女は俺の膝へ寝転がってきた。


 寝転がると彼女は、小さく笑って手を伸ばし、俺の頬を触ってきた。


「千紘はやっぱり私の側にいてほしいです。そして私のことを一番近くで見ていてほしいです」


「……うん、約束したからな」


 そう言って俺は彼女の頭を優しく撫でた。


「千紘の前だけ肩の力を抜いてだらぁ~ってします。学校では急に変わるのもあれなので今まで通りでいて、少しだけ自分らしくいます」


「うん、有沙がそうしたいならそれでいいと思う」


 人間そんなに強くない。たまに肩の力を抜かないと壊れてしまう。だからそれでいいと思う。


「有沙、この前の言葉の続きだけど俺も有沙のことしか見てないから」


 目を見てそう言うと彼女はふふっと笑い、俺の頬から手を離した。


「言いましたね。言ったからにはもう取り消せませんよ?」


「うん、取り消さないよ。一緒にいたい時は側にいるし、見てほしいと思う時には見てるから」


「はい……。私は幸せ者ですね」







***






「ただいま」


 家に帰ると明かりが付いていた。玄関に靴があったので誰が帰ってきているのかはすぐにわかった。


 自分の部屋に行かずリビングへ向かうとそこには兄がいた。


「お帰り、初華」


「うん……そう言えば、兄さん、お見合いの相手はどうだったの?」


 初華は気になり尋ねてみることにした。


「真面目そうで優しそうな人だったよ」


「そっか……。やっぱり兄さんって……いや、やっぱり何でもない」


 言おうとしていた言葉が兄に言うべきことではないと判断し、初華は自分の部屋へ荷物を置きに行くのだった。









         

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