第20話 キスしたら起きるかもよ

 3学期始業式。学校へ着き、教室の中に入ると先に来ていたひまりが駆け寄ってきた。


 ニコニコしながら来るので何か嫌な予感がしたが気のせいだろう。


「おっはよ、千紘」


「あぁ、おはよう。ニコニコしてるけど何かいいことでもあったのか?」


 何があったか聞いてほしそうな表情をしていたので聞いてみると待ってましたみたいな反応をされた。


「千紘、料理得意だよね?」


「そりゃまぁ……得意と言えばそうかな」


 人に自慢できる程ではないが料理はできる方だと思っている。


「なら、料理教えてくれない? 私もさ深に美味しいって言われるようなものを作りたいのよ」


「ついに料理する気になったのか……」


「ついにって何よ。私、やる気あるし!」


「やる気あっても前に教えたときギブアップとか言って途中でやめたじゃないか」


 過去にあったことを言うとひまりは目をそらした。そんなの言ったかな?みたいな顔をしても俺は覚えているからな。


「こ、今回はギブしないよ」


「ん~まぁ、わかった。土曜日でもいいか?」


「うん、いいよー。千紘の家に行くから」


「わかった。食材だが、必要なものは買ってきてくれよ」


「おうよ、任せて!」


 とても不安な言葉を残して彼女は友達のところへ戻っていく。


(そう言えば何を作りたいんだ……?)


 結局、何を作るかわからなかったのでまた後でひまりに聞くことにした。






***





 土曜日。朝からひまりは俺の家に必要な食料を持って訪ねてきた。


 有沙に今日のことを言うと味見係になると言って彼女も来ていた。


「いや~ごめんね、愛の巣にお邪魔しちゃって」


 ひまりがそう言って愛の巣って何だよと突っ込みを入れようとしたが、有沙が先に口を開いた。


「あ、愛の巣……なんて、ふふ」


「あーちゃんがニヤけてる……。ズルいぞ、千紘。こんなに可愛らしい子を独占するなんて」


 ひまりはキッチンで買ったものを袋から出すのを放棄してソファに座っている有沙に抱きついた。


 やめたれと言おうとしたが有沙はひまりに抱きつかれていることを嫌と思って無さそうだったので言わないことにした。


「彼氏だから独占していいんだ。で、いつから作るんだ? あっという間にお昼になるぞ」


「わぁ~それはダメ! 深に食べてもらうために生姜焼き作るって決めたし!」


 ひまりはそう言って慌ててキッチンへ戻ってきた。


 1時間程かけて生姜焼きの作り方を俺がひまりに教えながら作っていた。その間、有沙は眠くなったのか座ったまま寝ていた。


 いつもならソファを占領するような寝方で寝ているのに今日は違った。いつもと違う理由は、おそらくひまりがいるからだろうけど。


「できた!」


「美味しそうだな」


 ひまりは自分用の生姜焼きを作り、俺は自分の分と有沙の分を作った。


(作ったし起こそうか……)


 ひまりが自分が作った分を写真で撮って深に送っている間、俺は彼女が座っている隣に座った。


「有沙、昼食作ったけど食べるか?」


 肩をゆさゆさと揺らしながら聞いてみるが、中々反応がない。


 どうやって起こすか考えているとひまりがニヤニヤしながら提案してきた。


「キスしたら起きるかもよ」


「しない……。まぁ、起きた後に食べたらいいことだし、ラップでもかけて置いておくか」


 ソファから立ち上がりキッチンへ行こうとするとぎゅっと服の袖を掴まれた。


 後ろを振り返るとまだ半分目が開いてなくて眠そうな有沙が俺の服の袖を掴んでいた。


「……もうお昼ですか?」


 どうやらぼんやり聞こえていたようで彼女はそう尋ねてきた。


「うん、生姜焼き作ったけど食べるか?」


「食べます!」


 彼女はさっきまで眠そうにしていたが生姜焼きを作ったと言うとバッとソファから立ち上がった。


「あーちゃん、千紘にガッツリ胃袋掴まれてるね。千紘は、いつから料理するようになったの?」


 全員がテーブルの前人気座り、食べようとする中、ひまりが俺にそう尋ねると横で有沙が私も気になると言いたげな表情でこちらを見ていた。


「そうだな……中学2年の頃かな」


「そんな前からだったんだ。一人暮らしするためとか?」


「いや、やっておいた方が将来役に立つと母さんに言われて教わっていただけだ」


 あの時は、料理なんてと思っていたが今では母さんに感謝したい。


 両親が仕事の都合でお母さんの実家へ行くとなった時、俺はもう今の高校に行くと決めていた。変えるのが嫌で俺は一人暮らしすることを決めた。


 家事や勉学がほどほどできていなればおそらく両親から一人暮らしは許されていなかっただろう。


 掃除が苦手なことを両親は知っていたので俺は大丈夫だからと何度か話して話は収まった。


 一人暮らしをしてやっぱり料理はできた方がいいなと思った。だから母さんから教わっていたことは無駄じゃなかった。


「料理ができるっていいですね」


「千紘に教えてもらえばいいじゃん! ねっ?」


「まぁ、俺で良ければ……」


 教えるのは不得意なわけじゃないし、教えられるだろう。


「では、是非教えてください」


「わかった。そう言えば有沙は、家が厳しそうだけど料理とかできていないとダメっとかは言われてこなかったのか?」


「家事は南さんがしていたので特に言われてこなかったですね」


 南さんって確かこの前、有沙の家の前まで来ていた人だよな。どんな人だろうか。


「南さんって?」


 俺が聞くより先にひまりが南さんがどんな人かを有沙に尋ねた。


「南さんは、お手伝いさんです」


「お、お手伝いさん!? お嬢様じゃん」


「お手伝いさんがいるからといって凄い家ではないのですよ」


 彼女はそう言って小さく笑った。


 家政婦がいるなんて知らなかった。付き合っているが俺はまだ彼女のことをほとんど知らないのかもしれない。


「話すのはいいが冷めるから食べないか?」


「そうだね、食べよっ」


「はい、食べましょう」


 作った生姜焼きは見事に大成功だ。お代わりがほしくなるほど美味しかった。


「有沙、美味しいか?」


「はいっ、美味しいです!」


 彼女が料理を作れるようになっても俺が彼女に料理を振る舞えたらいいな。









     

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