第7話 はんぶんこ

 「こっち、こっち、」


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なぁ」


 出会ってから間もない少女にコートの裾を引っ張られながら拙者たちは、枯れた森の中を歩いていた。

 ふと空を見上げるも綺麗な青い光景は、そこには無かった。ただ…幾つもの白い雲が、その広大な空をおおっていた。

 空を見上げていた拙者の視線が、自分の左手薬指におくられる。そこには、まだあの赤い糸が結んであった。その糸が伸びている先も変わらず少女の左手薬指のままだ。

 (?この子の手って、こんな人ぽかったけ)

 少女の手を見たとき、そんな些細ささいな疑問が頭の中をよぎった。

 その些細な疑問に少し首をかしげたが、気にしないことにした。それよりこの糸もそうだが、この少女は何者なんだ?

 分からない。そんなことを考えながら少女が引っ張ていく方向に足を動かす。この子が進むスピードは意外にも速く、いつの間にかさっきの場所から結構な距離を進んでいた。


 「ねぇ君。どこまで行くの?」


 少女がどこへ向かっているのか?皆目見当がつかない拙者は、今更いまさらながら当たり前の疑問を少女に投げた。すると少女は立ち止まり、こちらを振り返る。

 何かを言うのか?と少女に視線を送る。


 「ん⁉お前もしかして、」


 ぐぅ~~

 あることに気づいた時だった。拙者と少女との間で、緊張感のない音が響いた。

 お互いの視線は、音の出どころである少女のお腹へ向けられていた。


 「腹減った」


 少女が裾を引っ張り、拙者に食い物を要求してくる。

 少女の要求に拙者は、(何か無かったかな〜)と考えながら身につけている服のポケットをあさった。

 手に何かが触れ、それをポケットから取り出した。

 ポケットから出した拙者の手には、クッキーの入った小袋があった。

 小袋にはクッキーが2枚入っていて、拙者は小袋の封を切り、そこからクッキーを一枚取り出した。

 クッキーを手に取る拙者を前にして少女は、ワクワクしているのか?目を輝かせながら素早く裾を引っ張る。


 「わ、分かったから、ちょっと待てって」


 膝を曲げその場にしゃがみ、手に持ったクッキー1枚を少女に渡した。

 拙者の手からクッキーを取ると少女は、その小さな手でクッキーを掴み食べ始めた。

 リスのように小さく頬を膨らませながらモグモグとクッキーを食べ進める。

 拙者の前で少女は、あっという間に食べ終えてしまった。


 「ん!」


 クッキーのカスが付いた手が拙者のほうに向けられる。

 少女は、気に入ったのか?もう1枚クッキーを要求してきた。

 拙者は、手に持っていた小袋からもう1枚のクッキーを取り出し、少女に渡した。


 「おかわりか?はいよ」


 少女は笑顔で拙者からクッキーを受け取った。少女がクッキーを手に持ったのを確認した拙者は、空っぽになった小袋を小さく折り畳みポケットにしまった。

 ポケットに小袋を突っ込み、拙者が視線を戻すと少女は、食べずにクッキーを持ったその手を止めていた。


 「どうした?食べないのか」


 拙者の言葉に少女は、首を横に振った。

 少女は、空いている手をさっきと同じように拙者に向けた。

 

 「ごめんな。それが最後1枚なんだ」


 少女の持つクッキーを指差す。

 少女は拙者に向けていた手を下げ、自分の手にあるクッキーを見つめ出した。

 少女のその姿を目にした拙者は、少女に対しての少し申し訳ない気持ちが生まれていた。

 拙者の目の前で、両手でクッキーを持つ少女。すると少女は、突然両手でクッキーを割った。

 少女の行動に驚いていると少女は、割ったクッキーの片割れを拙者に向けた。


 「あげる。はんぶんこ」


 差し出されたクッキーを前に拙者は、目をパチクリさせた。

 「いいのか?」と聞くと少女は、大きく首を縦に振った。


 「ありがとな。いただきます」


 少女の手からクッキーを受け取り、それを眺めてた。どうしてか?その割れたクッキーを少し目に納めておきたいと思った。


 「いただきます?」


 耳にした言葉に少女が、首を傾げた。

 

 「いただきます。っていうのは、なんだろうな~。え~と。。ってことかな」


 「元気!」


 少女は、自分の手に持つ割れたクッキーを見て、また目をキラキラ輝かせていた。

 拙者は、そんな無邪気で明るい少女を目に、手に持っている割れたクッキーを口に運んだ。

 拙者の言葉を少女も真似まねてやった。


 「いただきます」


 「い、いただきます」


 目が覚めてから初めて口にするもの。それは片割れだったけど忘れられないような味だった。

 モグモグとお互いにクッキーを頬張った。

 この食べるという短い時間が拙者は、すごく幸せな時間だった。ただ……


 拙者のこの行動が、1つ後悔も同時に生んでしまった。


 クッキーを食べ終わり、再び森の中を進もうと腰を上げた時だ。


 「あ、見つけた!」


 「すいませーん」


 後ろから声が聞こえた。

 人の声が。


 

 

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