第29話 繰り返される逸話

 「ほんの少しぶりだな青年」


 聞き覚えのある声が拙者の背中へ送られる。

 声の主と思われる男が空を切るように腕を上げ、その手に持っているであろう拳銃を背中で感じる。


 「…ああ、」


 手に刺さった矢から全身を燃やすような痛みが駆け抜ける。

 小さく小刻みに息を吐く。胸に抱えているガーベラの耳にその呼吸は届いているであろう。

 ガーベラを抱えている手をゆっくりと離していく。


 「いい、ガーベラ。拙者が合図したらあのぐるぐるまで全速力で走って…」


 胸の中でしゃがみ込むガーベラが拙者の言葉に頷く。

  ガーベラは目が見えない。が、拙者の顔を見るその表情は悲しそうだった。

 ガーベラを抱えていた拙者の右手。後ろにいる男にもその手は見えていない。

 拙者は、その右手を腰に刺している刀の柄にあてる。

 ゆっくりと深呼吸をし、頭の中で浮かんでくる言葉を唱える。


 「…大蛇おろち

 「迦楼羅かるら…」


 拙者の周りをもやが包む。

 靄の出始めに後ろで男が、引き金を押す。弾丸は靄を切り裂き拙者の右肩を貫通する。


 「…っ、走ってガーベラ」


 拙者の合図で靄の中からガーベラが走り出す。

 右腕が機能しなくなり手首がぐらっと傾く。一瞬のうちで左手で腰から刀を抜き、踵を返し男に向かって体当たりする。

 体当たりは男に入るも腕でガードされたのが分かる。

 拙者が体当たりした男は、ガーベラを殺そうとしたリーンとかいう男だった。


 「…リーンとか言ったけ。…何のようだ」


 左手に持った刀を構えて、リーンと対峙する。

 周辺では拙者が呼んだ大蛇と迦楼羅が暴れ、奴の部下を倒して行っている。


 「君にようは無い。私はただ任務を遂行するためにここにいる」


 拳銃を構えるリーン。

 冷静に任務のために目の前に立つリーン。それに対して拙者は、動かない右腕と毒に侵されている状態。

 足が負傷しているとはいえ約10メートル。ガーベラが到達するまで耐えればいいことだ。

 今にも切れそうな息を吐き、全身に呼吸が伝わる。


 「任務ねぇ、拙者からしたらしつこい奴にしか見えねぇけど」


 煽り口調でリーンを拙者に集中させる。

 リーンの言う任務がどんなものかは分からない。

 そんな拙者の心でも読んだのかリーンは、拳銃を構えつつ語り出した。


 「君は、あれが何なのか理解しているのか?」

 「あれは、この世界に存在してはいけないモノだ」

 「あれは、かつてこの島にいたとされる白蛇の子だ」

 「政府の人間が興味本位で研究を始めたが、あの子は暴れ逃げ出した。その時何人もの人間が死んだ」

 「そんな存在を放っておくわけにいかないと言う政府の指示の元、私たちはあれを排除する」


 リーンが政府の指示で動いていることは理解した。けどお前ら人間が勝手に始めておいて危険だから処分するだと。

 だから人間は…


 「身勝手だ」


 怒りで歯を食い縛る力が強くなる。気づけば口は切れ、血が流れていた。


 「分かった。その政府も、その身勝手に付き合うお前らも」

 「ガーベラのためにお前ら人間は殺す」


 「見てくれから君も人間だろうに」


 リーンの持つ拳銃から弾丸が放たれる。拙者はそれを刀で弾く。

 接近戦に持ち込むために近づこうと試みるが、リーンは、後退し一定の距離を保とうと動く。

 とっととかたをつける。

 拙者はリーンへ向け、持っていた刀を一直線に投げる。

 リーンは最小限の動きで、近づいてくる刀をひらり躱わす。

 だろうな。戦い慣れした人間なら最小限の動きで、次の行動に繋げようとする。

 刀が避けたリーンを過ぎ去る瞬間拙者は、


 「編層」


 頭の中で浮かんできた言葉を唱える。

 拙者の身体はいつの間にかリーンが避けた刀の側に立っていた。

 突然拙者との距離が詰まったことに驚きを見せるリーン。

 空中で流れる刀を左手で掴み。リーンへ向け刀を振る。


 「うぉぉぉー!」


 刀の一撃をもろに喰らったリーンが側にあった木に激突する。

 リーンをぶっ飛ばした拙者の口から荒い息が漏れる。


 「こんな簡単にこちらの作にハマってくれるとは、」

 「いや、言い伝え通りと言うべきか?」


 木に背中を預けるリーンが口にする。


 「どう言うことだ」


 「なぜ私が君から距離を取ったと思う?」


 リーンの言葉に拙者は思考を巡らせる。


 「まさか⁉︎」


 そして一つの結論に辿り着く。

 拙者の身体が自然とガーベラのほうへ向く。

 ガーベラは左足を引きずりながらも拙者の言うとおりにまっすぐ進んでいた。


 「ガーベラ!」


 拙者が少女を呼ぶ。

 そして瞬間に気づいた。それは間違えだったかも知れない。


 拙者の声にガーベラが振り向く。


 「させるか!」


 バン!


 リーンが放った拳銃の玉が、拙者の左手に貫通する。

 しかしそんなこと構わず拙者は左手に持っている刀を今度は、ガーベラへ向け一直線に投げた。

 

 「編層!」


 痛みを息切れを無視するように無理に声を絞り出して叫ぶ。


 バン!


 一瞬にしてガーベラの側に辿り着く。

 ガーベラの顔が目に映る。

 そして…どこからか放たれた鉛玉がガーベラの胸を貫く。

 目の前でガーベラが倒れていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る