第30話 天然と養殖の厄災
「ガーベラ!おい、しっかりしろガーベラ」
「なぁ、ガーベラ!」
刀を手から離し、両手で少女を抱きかかえる。
ガーベラの胸から赤黒い液体が溢れ出る。その液体は止まることを知らないように。
「…お兄…ん…」
「…ガーベラ⁉」
弱く小さな声を出すガーベラ。
口の端から血が流れているにも拘らず、ガーベラは笑顔を浮かべる。
「…がはぁ!」
ガーベラが口から大量の血を吐き出す。
笑顔を見せる少女の感情を無視すように少女の身体は悲鳴を上げている。
コートの袖を口で破き、ガーベラの胸の穴にあてる。
苦しむガーベラを前に拙者は、吹き出す血を抑え込むことしか出来ない自分が情けないと感じる。
(そうだ!)
拙者はあることを思い出した。
屋敷を出る時に石竹さんから貰ったモノを。あのよく分からないカプセルを。
石竹さんが言うには、万能薬の試作品だそうだ。
万能薬といってもどんな効果があるか分からない。でも今はこれに賭けるしかなかた。
「ガーベラ、あのカプセルを飲もう」
拙者は、コートのポケットから例のカプセルを取り出す。
取り出す瞬間、拙者の肩に何かかすった気がしたが、そんなことはどうでもいい。
カプセルを持つを拙者の手を感じたのか?ガーベラは首を横にゆっくりと振った。
「なんで?…これを飲めばもしかしたら助かるかも知れないんだよ?頼むよガーベラ」
拙者はガーベラにカプセルを飲むよう頼む。
それでもガーベラは、そのカプセルを口にしようとはしなかった。
ガーベラの手がゆっくりと上がり、その手が拙者の頬に触れる。
拙者の腕からガーベラの身体が離れる。
拙者の視界からガーベラが見えなくなる。
拙者の口にやわらかい何かが触れる。
唇だ。
一瞬の出来事だ。
唇が離れ、再びガーベラの顔が目に映る。
腕から少女の重さを感じる。
ガーベラが笑顔を浮かべる。
「ま…一緒に…クッ…ー食べ……な」
途切れ途切れに耳に届けられるガーベラの声。
「また食べよう。今度はさぁ10枚・20枚。いっぱい食べよう!」
「だから…」
「…お兄……」
拙者の言葉を遮るようにガーベラは続ける。
「なに…?」
「…大…好きだ…よ」
ガーベラのその言葉を耳にする。
その言葉を最後に少女を抱えている腕に全体重を感じた。
ベットから寝相を悪くする子供の様に腕を外に出すガーベラ。
外に出された腕のその手のその指に結ばれているはずの赤い糸は、見えなくなっていた。
拙者は、ガーベラを抱える腕の自身の左手薬指を確認する。
そこにも結ばれていたはずの赤い糸は、もう無かった。
死んでしまった。
枯れてしまった。
命の灯が消えてしまった。
赤い糸はほどけてしまった。
ガーベラを強く胸に抱きしめる。
「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!!!」
腹の底から感情が溢れ出る。
感情は噴火した火山のように。
空から轟く雷のように。
ガーベラを枯葉の上に寝かせる。
拙者は、羽織っていたコートをガーベラに上から掛けてあげた。
手放していた刀を握り直し、立ち上がる。
刀の柄だけ持ったため、鞘だけが床に落ちる。
「…殺す。お前ら全員、いや人類すべてを……」
拙者の言葉に目の前に映るリーンは、動じていない。
気づけば全方位を彼の部下が囲んでいた。
しかしそんなこと既に拙者は気づいていた刀を手放した時点で。
刀を手放したことで拙者の持つ力が強制的に解除され、大蛇と迦楼羅の攻撃が止んだのだ。
左手を伝い握っている刀からポタ、ポタ、と赤黒い液体が落ちる。
いつの間にか撃たれてたようだ。
口から荒く息が漏れ出る。
消耗から肩で息をしている。
そんな拙者に対して容赦しないようで、目の前でリーンが手を上げている。
その手がゆっくりと降りる。同時に囲んでいた彼の部下たちが一斉にライフルを引き金を引く。
拙者へ向け放たれる弾丸の雨。その全てを拙者は、
「はああぁぁ――――!!」
刀の一振りで薙ぎ払った。
刀が起こした大きな風によって勢いを失った弾丸が、次々と落ち葉の上に転がる。
そして一瞬の速度で部下たちへ接近し、刀で切り伏せていく。
彼らの切れらた位置から血が噴き出す。
ふと刀に視線を向けると、持っていた刀は変貌していた。
ガラスの様に透明だったその刀身は黒く染まっており、片刃だったのが両刃になっている。
その刃は切る者全てを綺麗に映すほど輝いていた。
頭の中で言葉が浮かび上がる。刀の名前が。
【天叢雲剣・変異】
その刀で俺は切り伏せていく。リーンの部下たちを。
聞こえてくる。彼らの悲鳴が、
聞こえてくる。化け物だ!という声が、
聞こえてくる。助けてという声が、
聞こえてくる。貴様!という男の声が、
聞こえてくる。止まない雨の音が、
そんな言葉が耳を流れていく。
そして俺は全てを切り伏せていった。やがて眼の前が真っ暗になった。何も…無くなった。
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