最終話 絵本の続き

 屋敷のカウンター内で固定電話が鳴り響く。

 俺は受話器を手に取り耳にあてるが、何も聞こえてこない。


 「もしもし…」


 電話の相手に呼びかけるも反応は無かった。が固定電話のほうから通信音とは違う別の機械音が響いてきた。

 固定電話に備え付けられていたコピー機から紙が出てくる。

 文字が印刷された紙だ。


 (あ、ファックスか)


 俺は耳にあてていた受話器を戻し、印刷されてくる紙を手に取る。

 紙に目を通す。

 紙には、物語が描かれていた。

 物語の数行を読んで気づいた。誰がこれを描いて、誰がこれを送って来たのかを。

 1枚の紙に描かれているタイトル。


 【タイトル:続・島の探検隊】

 【作者:石竹 連】


 ファックスで送られてきた紙の束は、弟が描いた絵本の続きだった。

 俺は紙1枚1枚に目を通した。

 紙に絵は全く無く。ただただ文字が連なったていた。

 

 数分後、俺は送られてきた物語すべてを読み終えていた。

 感想があるとすればそれは、…


 「…最悪な結末だな」


 誰もいない屋敷の広いフロアにある一階カウンター内で、俺はそう零した。

 静かな空間にまたプルルルル、プルルルル、と電子音が鳴り響く。

 固定電話にも相手の番号が表示されていた。

 俺は受話器を手に取り、それを再び耳にあてた。


 「もしもし」


 「もしもし久しぶりだね。律兄さん」


 「ああ、そうだな。れん


 電話の相手は、絵本の著者であり、ファックスを送った者でもある。俺 石竹律の実の弟 石竹せきちくれんからだった。


 「送られてきたモノなら目を通したぞ」


 俺は受話器越しに連に伝える。


 「さすがの速読だね。まぁそれを見計らって、僕も電話したからね」


 「…だろうな。なぁ連、これはマジなのか?お前の想像とかではなく」


 俺は連に紙に描かれている物語の内容について聞いた。


 「…マジだよ」


 連からの言葉に俺は手に持っていた紙束を落とす。

 手から離れた紙束が流れるまま床へ降りる。


 「兄さん。感想が聞きたいんだけど」


 連の言葉に呆然とするも俺はそれを口にした。

 


 感想を言い終え、弟は「そう。分かった」と言い電話を切った。

 俺はカウンター内の椅子に崩れ落ちる。手に持ったままの受話器からはツー、ツー、と音がしていた。


 「医者は中立の立場だ。患者が善であれ悪であれ、それでも直し平等に接するのが今の我々の役割だ」


 昔々、先生から聞いた言葉を思い出す。


 「先生。俺は貴方の教え通りやりました」

 「先生を恨むわけでも責任を押し付けるわけでもない。でも先生、これがその結果なのでしょうか。俺はどうすれば良かったんですか?」


 俺は今はもう亡き師に対して再び教えを乞う。

 屋敷の天井を見上げながらも、その景色を隠すように俺の手が覆いかぶさる。

 床に重なるように落ちている数枚の紙。

 その中で他の紙と被さることなく読める文があった。


 『厄災の少女を失った青年は悲しみの打たれ、刀を手にする』

 『刀を手にした青年の姿が変貌していく。その刀からは既に不殺は無くなっていた』

 『青年の眼にはもう正しさも、優しさも、思いやりも、それら全てが見えなくなっていた」


 こんな形で彼らの結末を目にするなんて思っていなかった。

 ただ紙に描かれただけの物語。俺はそれに…

 空想であって欲しいと願う。

 嘘であって欲しいと願う。

 彼らが楽しく生きていて欲しいと願う。

 明かりすら点けづ暗い屋敷の中で、ただそう願った。


 他者から見れば出来のいい作品だと言うだろう。

 面白い物語だと言うだろう。

 俺だって言うさ…これが…フィクションならな。


 何もできない俺はただ椅子の上で泣き崩れていた。

 この年になって似合わないと言われるだろう声を出しながら。

 ただ…その結末を悔やんだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る