チョコチップクッキー

 カラン♪コロン♪

 店の扉に付けられている小さなベルが、店内に響くほどの音を鳴らす。

 理由は俺・黒崎くろさき桜夜おうやが、外から店の中へと入って来たからだ。

 店内は真っ暗で、カウンター席テーブル席ともに椅子が上げられている。入口側の電子時計は今、5:55分を表示している。

 店は開店前だ。

 そんな中俺がこれからすることは、…強盗!なわけでは無く。とある事情から店の開店準備をすることになっているのだ。

 ふぅ~あ~

 身体はまだ眠いのか?大きな欠伸が漏れる。眠そうな目を両手で擦りつつ背負って来たリュックからエプロンを取り出した俺は、カウンターの中のキッチンへと入っていく。

 ちなみにリュックは、カウンターから下ろした椅子の上に乗っけた。


 「ヤバイ。マジで眠い」


 カウンター内のシンクにある蛇口をひねり水を出す。さっと手を洗い愚痴をこぼすも仕事に取り掛かった。

 調理器具を手入れし指定の配置へ。ガスや水道の調子および調味料の残量確認などのまずはキッチン周りを済ませる。

 次に布巾とアルコールを手にカウンターやテーブルを除菌していく。その際に備えられている紙ナプキンやつまようじの補充も行う。

 店の開店時間は7時30分。それまでにテキパキと作業をこなす。


 「テーブルの水は開店直前。忘れないように」


 やることを口ずさみながら手を動かす。

 それから除菌作業を終えたのち、レジの起動準備をする。と言ってもレジ機械の電源を入れるだけだから特に張り切ることでも無いが。昔は現金ってのがあったらしく人間の手で一つ一つ目を通すらしい。想像するだけでめんどくさそ~と思う。ハイテク化に感謝だな~。

 と考えるもやることはまだある。俺はコーヒー豆を取りに行くため店内奥の扉から裏の倉庫へ足を動かす。

 うちの店は喫茶店で、様々なコーヒーを提供している。その豆も数種類取り寄せている。

 奥の扉を開け入る。扉の先にはもう1枚扉があるが、俺はその脇にある階段で下へと降りていく。先ほどの扉は店の従業員が休むための場所で、コーヒー豆や料理に使う食品その他の既成品は全て地下にある保管庫に保存されている。

 保管庫の前に辿り着いた俺は、扉のドアノブに付けられている液晶パネルに数字を打ち込んでいく。この保管庫はパスコードが必要で、そのパスコードも従業員が退職するごとに変えているらしい。

 保管庫の物は、それだけ厳重に管理されている。

 パスコードを打ち終え、ガッチャとという扉の音とともに液晶には解除が完了した文字が表示される。

 扉を開け、保管庫の中へ足を踏み入れる。


 ガサゴソ、ガシャガシャ、サクサク、


 保管庫へ入ると小さな音が流れてきた。

 保管庫の場所は地下だ。壁の厚さも結構あり、虫や鼠すら簡単に入ってくることは不可能に近い。

 俺は壁に付いている電気のスイッチへ手を伸ばし、恐る恐る電気を点ける。

 保管庫の中が天井の電気によって、明るく照らされる。

 室内が明るく照らされた同時か?聞こえていた音が止んだ。

 

 (気のせい…か?)


 と思い室内を見渡しても音の発生源は分からなかった。がよく見ると端のほうに木箱が1つあった。木箱の影なら大人1人でもしゃがめば隠れられる大きさだ。

 俺は音の主に気づかれないようにゆっくりと木箱に近づいた。

 木箱の傍に着いた俺は1回2回と深呼吸してから木箱の影を覗いた。するとそこには…


 「…子供?」


 子供?がいた。

 その子と俺の眼が合う。

 その子は床に座り込み両手で掴んでいる何かを口に挟んで止まっていた。口にしているモノをよーく見ると、茶色く欠けた円盤の形で黒い点々があるそれ。

 うちの店で出してるチョコチップクッキーだ。

 保管庫にあった在庫から取り出したのだろう。その子の足元にはクッキーの入っていた箱が転がっていた。

 現場の状況を把握しようと考えていると目の前で座っていたその子が、立ち上がった。

 その子はそのまま俺に近づいてくるなり急に、匂いを嗅ぎ始めた。

 

 (何をしているのだろう?この子は)


 初対面の子に匂いを嗅がれるなんてどんな状況だよ。とそんなことを思っていると


 「…そこにいるのはだれ?」


 俺に対してその子は初めにそう口にした。

 その言葉に少し驚いてしまった。この空間には俺とこの子しか居ない。なのにこの子は、そこにいるのは、と言った。他に誰かいるのか?と思い後ろを向くもそこには人の影なんて無かった。

 まさか!この子には見えない何かが見えているのだろうか?って考えたが、一つの可能性が浮かんだ。

 俺はそれを確認するためその場でしゃがみ込み自分の目線をその子に合わせる。


 「なぁお前。もしかして目が見えないのか?」


 俺の言葉にその子はコクリと首を縦に振った。

 その子の反応にホッと胸を撫でおろす。幽霊じゃなくて良かった~。ってそうじゃねぇよ。心の中で自分で自分につっこみを入れる。

 

 「初めまして、俺は黒崎桜夜。君は」


 俺は自分から挨拶をし、この子が誰なのかを確認した。


 「私はガーベラ!」


 「ガーベラ?」


 「うん!ガーベラ。ガーベラの名前はね、お兄さんにつけてもらったの」


 そう言ってガーベラと名乗るこの子は、自分の名前を何度も言う。


 「そっか。お気に入りなんだね」


 「うん!」


 ガーベラは笑顔で俺の言葉に返事をしてくれた。

 この出会いから俺。いや俺たちは新しい事件へと巻き込まれて行くのだった。


 

 

 

 

 

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