第22話 ガーベラ

 ラーメンを食べ終えた拙者は、さっきと同じように少女が寝ている部屋であぐらをかいている。

 静かなこの部屋でスー、スー、と少女の寝息だけが耳に流れ込む。


 (君はこの世界の人間じゃない)


 石竹さんに言われたその言葉が、頭の中で繰り返される。

 正直なところ気づいてた部分はある。


 拙者の視線が自身の左手薬指に落ちる。


 この薬指に結ばれた赤い糸もそうだ。自分に見えているモノが、他の人には見えてないってことに。

 他者が放つ言葉も色の付いた靄がかかったように見える。

 あいつらと戦った時もそうだった。


 拙者の視線が少女のほうへ。


 この子が拘束され銃を向けられた時も間に合うはずがない距離だったのに、気づけば前に立って、この子へ放たれた弾丸を防いでた。

 腰に刺さってた刀を手にして、色々な呪文?を唱えてた。

 初めて口にしたあの数の単語を拙者は、生まれてから知っているような何度も使ったことがあるような感覚だった。

 拙者は、後ろ腰に回していた刀を取り出し目の前に持ってくる。

 あの森で目覚めてからこの刀をちゃんと見るのは初めてだ。

 黒い鞘に納められた刀。表裏おもてうら確認したが、鞘には特に目立ったしるしなどは無かった。

  次に刀を鞘から抜いた。鞘から顔を出した刀身は、ガラスのように透明ながらその刃は研がれておらず指でなぞっても切れることは無かった。

 模造刀や木刀に近いこれには、刀本来の命を絶つような役割は無かった。ただ…

 その刀身に傷は無く。またあの時のように何らかの言葉が頭の中に浮かぶことも無かった。


 「見えてこねぇのは、…嫌だな」


 刀を鞘に戻す。

 身に着けていたコートを毛布代わりにした拙者は、少女の隣でこの子と同じように横になることにした。


_____


 「なに読んでんだ?」


 とある学校にある一つの教室でのことだ。

 俺は、隣で本読んでいる女子に聞く。その本には、本屋で貰えるような一般的な紙製のカバーが付けられていた。そのため隣の彼女がどんな本を読んでいるのか?分からなかった。


 「ん?これはね。『2000年代の勇者』」


 タイトルを読み上げながら彼女は、本に着けられているカバーを外し始める。

 カバーが外れ徐々に見え始めるその本の表紙。

 表紙には、西洋の鎧を着た青年とその後ろに大きな竜のイラストが描かれていた。


 「あ、ラノベか」

 「面白いのか?それ」


 「面白いよ!特に主人公がカッコよくてさ」


 俺の質問に彼女は眼を輝かせ、「興味あるの?」と言わんばかりの表情を見せてきた。


 「試しに読んでみる?」


 「いやいい。文字ばかりだと眠くなるんだよ俺」


 そう言い彼女のお誘いを断った。


 「かわりにこれやるよ」


 俺は、持っていた学校指定のカバンを開け中から1枚のカードを取り出し、それを彼女の机の上に置いた。


 「何これ?」


 机に置かれたそれを彼女は手にする。

 カードには、1輪の花が収められており、枠には彩りのあるマスキングテープが囲っている。


 「ガーベラのしおりだ。貰い物なんだけど俺 使う機会ねぇからさ」


 「かわいい。ありがとう」


 しおりを受けとった彼女は、俺に笑顔を見せる。

 彼女の視線がしおりに戻る。

 しおりを見る彼女からふふ、と笑い声が漏れていた。


 「どうした?」


 「!いやなんでもないよ」


 笑い声が出てたのが恥ずかしかったのか?彼女の顔は少し赤くなっていた。



—————


 「ガーベラ…」


 拙者の口から出たそのな言葉が耳に流れる。


 「ガー、ベラ?ってなに?」


 寝ている拙者の顔の前で少女がしゃがみこんでいた。


 「あ、ええっと」


 起きあがる拙者を少女は、ジーッと見つめている。


 「ガーベラって言うのは、君の名前だ」


 …何を言っているのだろうか拙者は。

 君の名前だという前に、そもそもこの子に名前を聞いてないじゃん。

 名前があるのか?ないのか?も分からないのに。

 拙者の言ったことをわかっているのか?少女は、キョトンとした表情をしている。

 そりゃそうだよ。


 「…ガーベラ」

 「えへへ!ガーベラ」


 少女は、両手を頬に当てニヤケ顔になっていた。

 あれ?案外気に入ってくれた。


 「ガーベラ」

 「ガーベラ」


 その後も少女は、部屋の中でその言葉を復唱しながらぴょんぴょんと跳ねていた。

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