第19話 穏やかな教室

 翌日の朝、教室に行くと少し教室がざわめいている。何か事件でもあったのか? 俺は周囲を見渡す。特に違和感はないが……

「あ、今井くん!」

 声をかけてきたのは前田だ。

「この格好どうかな? スラックスにしたんだけど」

 全身を見ると、下にスラックスを履いている。これで教室がざわめいていたのか。しかし足が長いな。スラッとしたモデル体型がよく映える。

「ああ、似合ってるな。予想通りだよ」

「そう? よかった。スカートもいいけどたまにはスラックスもありかもなあと思ってるんだ」


「お、葵ちゃんズボンじゃん。珍しいねえ! もっとよく見ないと」

 溝口がふざけた様子でメガネをかけて前田を眺める。

「もう、やめてよ。恥ずかしい」

「ごめん、ごめん。冗談だって。急にどうしたの?」

「んー気分転換だよ。深い意味はないかな。前から買ってはいたんだけど着ていなかったから、たまには履いてみようと思ってね。意外と似合うでしょ?」


 去年からスラックスという選択肢が増えたらしいが、なんだかんだで女子はスカート、男子はズボンという人が多い。そんな中、前田がスラックスを着てきたらそりゃざわめくな。

「すまない、前田。こいつデリカシーがなくてな」

 嗜めているのは松平だ。相変わらず溝口とは真逆で落ち着いた性格をしているやつだ。上手くバランスが取れている二人組だよ。

「ははは、俺にデリカシーなんてあるわけないだろ。とりあえず他のクラスの奴にも教えてやらないとな」

「だから恥ずかしいからやめてって! 怒るよ?」

 少し顔を赤くしている前田。溝口も不穏な空気を感じたのかすぐに逃走していった。逃げ足も早いな。


 休み時間、机の整理をしていると、阿部に話しかけられる。

「前田さんの格好見たか? パンツスタイルも可愛いな」

「ああ、よく似合ってるな。まあ似合う人はなんでも似合うのかもしれないな。どんだけ奇抜な服装でも着こなすんじゃないか?」

「確かにそうだな。ありうるよ。しかし…… 制服といえばスカートと思っていたが新しい扉が開いた気分だ」

「ね、僕も新しい発見をしたよ。久しぶりに刺激的な朝だったなあ。ちゃんと毎日学校に来るもんだねえ」

 会話に山田が加わる。相変わらずボールペンを回している。無駄に上手い。

「新しい世界が見えてよかったな」

「他人事だな。そもそも今井はどういう女の子の服装が好きなんだ?」

「考えたことないな…… ワンピースとかかなあ」

「オタクかよ。清楚系美少女が好きなタイプか?」

「そういうわけではないが…… なんとなく、1番絵になりそうな気がするなあ。風にはためくロングワンピース。それが1番絵になりそうだ」


「なるほどね。まあ確かに美少女といえばワンピース、というイメージあるもんね。ライトノベルの絵なんかでもよく見かける気がするね」

「山田はどうなんだ?」

「僕は…… ボーイッシュな格好って言えばわかる? そういうのが好きかなあ。元気で明るくて何も難しいことを考えてなさそうな子がいいんだよね」

「運動部系女子か。なるほどなあ。いいセンスしてるぜ」

「まあね。実物がいいのかはわからないけど、漫画や小説に出てくるそういう女の子は好きだよ? 現実世界に存在するかは自信ないけどね」

「いるいる、どこかにはいるぜ」

「おい、俺と山田の扱いが違うぞ。そういうお前はどうなんだ?」

「俺はミニスカート一択だな。綺麗な太ももと、パンツが見えそうで見えない感じ、これこそが1番絵になる格好だろうが。うちの高校はそこそこスカートが短い子が多いから想像が捗るわ。後はシャツが短くてへそを出している奴だな。KPOPスタイルっていうのか?最近流行ってるみたいだが、あの健康的にセクシーな感じがいいな。ちょっとやんちゃな感じもたまらないよ」


「ああ…… そういうタイプか。健全な男子高校生だな。しかし…… 頼むから盗撮で捕まるようなことはやめろよ?」

「安心しろ、今時はインスタでいくらでも見ることができる。それに学校でも毎日見れるのに写真を撮る意味なんてないだろ。ただ、これも直で見ることができるのはおそらく高校生の間だけだ。今のうちに満喫しておかないとな。そういえば、この階にいいスポットがあるの知ってるか? さりげなく上を見るとな……」

 阿部の言葉が止まる。ふと視線の方を見ると…… 前田と野口がこちらを見ていたようだ。前田は無表情だが、野口は明らかに「こいつら最低」という顔をしている。


「あー、俺じゃないから、阿部だからな?」

 とりあえず阿部の発言なので本人に責任を負ってもらおう。仕方ない。俺と山田はその場から逃亡することにした。

「さてと、トイレに行くかな」

「僕も行こうっと」

「おい、今井くーん、山田くーん、どこ行くんだよ……」

「面白そうな話してたね。とりあえず今からそのスポット連れていってくれる?」

「はい……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る