第28話 距離の接近
午後の授業中、休み時間はとにかく周りを警戒して見ていたが、怪しい動きをする人物はいない。そして掲示板にも水着に関する投稿はされていない。全く動きはないようだ。俺は1日中この問題について考えながら過ごしていた。部活もとりあえず参加するがいまいちやる気が出ない。同期の奴らには「体調でも悪いのか?」と心配されていたが、そのレベルで落ち込んでいたようだ。さて、どうしたものか……
「今井くん!」
部活が終わり、帰ろうとしたところで声をかけられる。振り返ると前田だった。
「前田か」
「そうだよ。帰りながらでいいんだけど、話できる?」
「ああ、いいぞ。一緒に帰るか」
「今日、ありがとうね。休み時間は色々周りをキョロキョロしてたけど怪しい人がいないか見てたんでしょ?」
「ああ、そうだな。ただ…… 特に怪しい動きをする人はいなかったな」
「そうなんだ。まあ、毎日何か起こるわけじゃないもんな。毎日盗撮されたり何か盗まれたら気が参っちゃうよ」
「まあな、ただ警戒しかできないのが歯痒くてな」
「私のためにごめんね。その気持ちだけでも十分だよ」
「誰かにこのことは話したのか?」
「いや、水着については涼子以外は伝えてないよ。帰り道で話したから他の人は聞いていないと思う。話しても見つかるとは思えないしね。一旦大人しくしてる」
「確かにそうだな。言ったところで何か良いことがあるわけでもない、か」
俺達は通学路を一緒に歩く。駅までの道は一直線だ。学生以外の人通りは少なく、蝉の声だけが大きく響いている。
「こんなことがこれからも続くのかな? そう考えると怖いなあ……」
こんな時になんて答えれば良いのかが俺にはわからない。犯人探しを請け負った身としては何も進捗がないという報告しか出来ないのが申し訳ないと感じているが、謝って欲しいわけではないだろう。
「今井くんなら解決できると信じているからね、お願いね?」
「ああ、任してくれ。心配するな」
俺は強く頷くのが精一杯だった。
「最初は私のことが好きな男の子が何かしてるのかなあ、くらいの軽い気持ちだったけど水着を盗むなんて悪意を感じるよね。そこも怖いんだ」
そう、盗撮と水着の窃盗の間にはあまりにも高いハードルがある。その進み方には違和感を覚えるほどだ。だからと言ってそこから何が言えるというのは現時点ではないが…… そこにも何かヒントがあるのかもしれない。
「そこは何か引っ掛かるところがあるんだよな。ただそれが何なのかはわからないが」
頭を掻く俺に対して前田は笑顔である。
「まあ、そんな悩まないで。本当は私が解決しないといけない問題なんだからさ」
「そういうわけにもいかないだろ。心配なのは心配だ」
「そう…… ありがとう」
そのまま前田は無言になってしまう。俺もただ、今までの事件に思いを巡らす。次の盗撮が起こるヒントはなかったか?そんなことを考えていると駅に着いた。
「ねえ、今日だけど家まで送ってくれない? ちょっと怖くて」
「ああ、良いぞ。昨日の今日だからな。大丈夫だ」
「ありがとう。家が見えるところまでで大丈夫だから。男の子と一緒だと安心できるし」
前田が電車を降りるので俺もついて行く。鈍行しか止まらない少しマイナーな駅だ。初めて降りたが、目の前に住宅街が広がっていた。
「駅に何もないんだよなあ。少しはカフェとかレストランとかあっても良いと思うんだけど。コンビニだけなんだよね」
「まあ、閑静な住宅街ってやつでいいんじゃないか? 俺のところは店は多いが煩くて気が滅入ると思うぞ」
「そっかー、まあ痛し痒しってやつか。でも少しくらい何かあっても良いと思うんだよね」
「大学生になったらそういう所に引っ越してみたらどうだ? お試しに」
「いいね」
そういうと前田は俺の手を掴んだ。
びっくりして前田を見ると少し恥ずかしそうだ。
「ねえ、こうやって恋人みたいに手を繋ぎながら帰ったら盗撮犯が出てきたりしないかな? おびき寄せてみようよ」
「びっくりしたぞ。なるほど…… それはありかもしれないな。ただ俺は汗っかきだから気をつけてくれ」
「私もだからお互い様だね」
女の子と手を繋ぐなんて初めてかもしれない。俺は緊張とドキドキが混じった感情を抑えるために周囲をキョロキョロと見回し、警戒するように心がける。そうでもしないと気が動転してしまいそうだ。
「男の子と手を繋ぐなんて初めてだけど、恥ずかしいね……」
「俺もだ。世の中のカップルというのはすごいんだな」
「ね。ちょっと尊敬しているよ……」
前田はずっと足元を見ている。俺は周囲をキョロキョロする。そんな帰り道が10分ほど続いた。
「あ、あそこ私の家だからもう大丈夫だよ。ありがとうね」
「ああ、わかった。特に怪しい人影はなかったが…… 帰ったら掲示板チェックしてみようかな」
「そうだね、何かあったら教えてね。私あの掲示板苦手だからあんまり見たくないんだ」
「ああ、わかった。じゃあまた明日な?」
俺は前田と手を離し、帰っていく前田を見届ける。幻覚か事実かはわからないが、しばらくは手に前田の熱を感じたままであった。
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