第20話 デートのお誘い

3時間目は音楽の授業だ。音楽室に移動しなければならない。俺は教室を出て、音楽室に向かう。音楽室は学校の端にあるので休み時間全て使わないと授業に間に合わないのが面倒だ。


「今井くんっ」

後ろから前田に声をかけられる。

「音楽室遠いよねえ。教室から離れすぎだよ」

「急いで歩かないと間に合わない遠さだよな」

「ね。お手洗に寄ったらもう遅刻確定だからね。そういえば今度デュエットのテストあるじゃん? あれ誰と歌うの?」

 音楽の期末テストは実技試験なのがこの学校恒例だ。しかし今回のテストはまさかのデュエットで「オペラ座の怪人」を歌うという試験である。男女に自由に二人組を作って、順番に皆の前でデュエットを披露するという無茶な企画だ。歌が上手い人同士で組むペア、仲良い人と組むペア、余り物で組むペア…… 色々な組み合わせがある。


「ああ、俺は伊藤だよ。特に下手でも上手くもないコンビだから恥をかくこともないからな。前田は誰と組むんだ?」

「伊藤さんか。本当に仲良いんだね。私は溝口くんだよ」

「溝口か。あいつ声でかいから目立つんじゃないか?」

溝口は歌が上手いというわけではないが、とにかく声が大きいので、歌の授業中にいつも声が一人聞こえるレベルである。

「私は目立たないからいいんだ。ちょっと歌には自信がなくてね……」

「ああ、音痴なのか」

「そんなはっきり言わないで」

前田は少し顔を赤くしている。完璧人間に見えるが弱点はあるものだな。

「まあ人間不得意なこともあるもんだ。気にするな」

「そんなこと言われたらすごい気になるよ。そこまで下手じゃないからね? ただちょっと音程を取るのが苦手なだけだから……」

「ああ、大丈夫だ。わかってるぞ。この事は誰にも言わないでおこう」

「どうせテストでバレるからいいんです! まあそれまでに練習しとくよ……」


「今井くんは苦手なこととかないの?」

「俺は、数学だな。前田に教えてもらわなかったら今頃大変なことになってたよ」

「ああ、数学ね。役に立ったならよかった。勉強以外は?」

「うーん、狭いところは苦手だな。閉所恐怖症とまでは言わないが、狭くて暗いところにいると出たくなる」

「ああ、わかるわかる。映画で潜水艦とか出てきた時、あそこに乗ると思うとちょっとゾッとするもんね。高いところは大丈夫?」

「ああ、特に問題ないな。バンジージャンプは怖いかもしれないが、ジェットコースターくらいなら問題なく楽しめるな」


「そうなんだ。ねえ、今度一緒に遊園地遊びに行かない? ジェットコースターとかでストレス発散したくてね。涼子は高いところダメなんだ」

「いいが、どこに行くんだ?」

「あそこがいいんじゃない?」

 前田が提示したのはここから電車で1時間くらいの場所にある遊園地だった。近すぎず遠すぎずちょうどいいな。

「いいぞ。ちょっと部活の予定を確認するな。8月になると暑いから7月中がいいよな?」

「そうだね。私も見てみる。じゃあまた連絡するね」

 そういうと前田は走って音楽室に向かって行った。さて、なんとなく快諾してしまったが…… 一つ大きな問題がある。土日に行くとすると、私服だ。しかし、女の子と遊びに行くような服は俺は持っていない。高校に入ってから制服で活動する時間がほとんどなので、私服を買うという発想自体がなかった。


 流石に中学時代のセンスで勝負を仕掛ける気にはならない。真っ黒でドクロマークのTシャツを着て行った日には…… 学校掲示板で晒されかねないな。きちんと揃えなければ。


「という事で、伊藤助けてくれ」

 俺はいつもの昼休み、討論部の部室で伊藤に相談していた。困った時の伊藤だ。伊藤の私服は全くわからないが、女子はみんなセンスがいいに違いない。

「なんか前田さんと仲が進展してるわね。遊園地とか完全にデートじゃない?」

「……確かに。まあでも何か考えがあるのかもしれない。事件に関して」

「…… 何があるのよ」

「…… 俺にはわからないが。とりあえず俺に似合う服を見繕ってくれ。予算はここは強気に5千円で上下を考えている」


「いいけど、5000円なら、そんな高い服は買えないよ? まあカジュアルで清潔感があればいいか」

「ああ、引かれなければいい。高校生らしい無難なファッションであればいいんだ」

「わかった。とりあえず部活終わりに校門前集合ね」


 部活が終わり、下校時間。校門で伊藤と合流し、向かった先は…… ユニクロだった。

「やっぱり高校生ならユニクロね。ここならハズレはないわ。無難にポロシャツとパンツを買いましょう」

「なるほど! 天才だな! 師匠と呼ばせていただこう」

「とりあえず私が見繕うから試着室で着てみてくれる?」

色々と伊藤が探してきた服を試着し、伊藤がチェックする作業を繰り返す。

うーん、これは微妙ね。これも微妙ね。これはいいかも……


そんなチェックを繰り返すこと30分、ようやく伊藤のお眼鏡にかなう上下セットが完成した。

「これなら予算内で悪くないファッションでしょう。私が太鼓判を押すわ」

「確かに清潔感は完璧だな。伊藤は天才だ」

「とりあえず無難にデートは完了させてきなさいよ。黒歴史にならないようにね」

「ああ、何か困ったことがあったら伊藤に電話するよ」

「やめなさいよ?」

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