新年だよ! 箱で結束しよう!
第39話 蒼川ハクトのダンジョン配信⁈ side大輝
「
インカムから恋沼さんの声がする。
「あ、はい。無事ログインできました」
そう答えながらも、僕の頭の中には無数のハテナマークが飛び交っている。ログイン? ゲームか何かだろうか?
でも僕の目の前に広がっているのは鬱蒼とした森。映画とかドラマでみる樹海みたいな。都合よくモヤまでかかっている。ゲームのジャンルでいったらホラーゲームでも始まりそうな雰囲気だ。そんな中に僕は何故かインカムだけつけて放り出されている。何気なく顔を触って気がついたのだが、眼鏡をしていない。僕は軽い近視なので、眼鏡がなくてもある程度は生活ができるけれど……。
と、自分の格好を確認していて気がついたのだが、こんな山の中にも関わらず、僕はかなりの軽装だ。見覚えのない青緑のパーカーに、ハーフパンツ、白い靴下にパーカーと同じ色の靴……。何かがおかしい。
ふと目の端に見慣れないものが写った。なんだこれ?
どうも背中に何かついているらしい。取ろうとすると、その白い綿毛みたいなものも移動する。おかしいな。格闘しているとインカムから恋沼さんの笑い声が聞こえた。
「尻尾追いかけてると、ほんとワンちゃんみたいだからやめなよ」
犬扱いされた……。尻尾追いかけて犬扱いされた……。恋沼さんにワンちゃん扱い……ちょっと嬉しいけど。
「こら尻尾振らない。わざとでしょ」
いろいろ恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。いっそ自分で掘ってやろうか、犬だし。
遅ればせながら僕は理解した。これは夢である。夢の中で僕は、ハクトの姿で、しかもコスプレとかではなく、ハクトそのものになって何かしようとしているらしい。恋沼さんの指示を聞いて、ハクトの格好……ということは絶対に配信関係ではあるのだが。
「え〜っと、恋沼さん。ここはどこで、僕はこれから何をするんでしたっけ?」
「え! 大輝どうしたの? 今流行のダンジョン配信だよ! 富士山ダンジョンでモンスターホーク討伐RTAだよ。ゲームくそ雑魚のかわいそーなハクトくんは、カラダはって稼ぐしかないもんね♡ざぁこ♡」
我が夢ながらとんでもない設定だなぁ。なんだ富士山ダンジョンって。あと恋沼さんの話し方がおかしい。恋沼さんはそんなこと言わない。でも僕の夢っていうことは、つまりこれは僕の潜在的な願望…………深く考えるのはやめよう。
「恋沼さん、配信ってどうやったら開始できるんですか?」
「は? そんなことも忘れたの? つっかえないなぁ」
「ご、ごめんなさい」
「うそうそ。配信スタートっていったら開始で、やばいもの写ったりした時は配信オフって言えばいいよ。ダンジョン配信はトラブル多いし、ぶつ切りも含めてエンタメみたいなとこあるから、撮れ高は気にせず、安全第一でね。コメント欄は読み上げ機能が勝手に読み上げてくれるから、適度に拾ってね」
飴と鞭の使い方が異様にうまい恋沼さん(仮)の説明で、なんとなくダンジョン配信の仕組みがわかった。要はものすごく進化したVRみたいなもんだろう。
「ステータスは開けば見れるけど、スキルアップ音声は大輝にしか聞こえないよ」
「へ〜」
よくできた夢だなぁ。ものは試し。ちょっと見てみよう。
「ステータス、オープン!」
勘で言ってみたのだけど、本当に目の前にステータス画面が広がったから驚いた。
『蒼川ハクト』
『種族:半人半魔』
『ジョブ:配信者(Lv.9)』
『待機中の配信:【ダンジョン配信】モンスターホーク討伐目指します!【新人Vtuber】現時点の同接(0)、コメント(3)、高評価11』
『HP+100、MP+100』
空中で手を動かすとスクロールができる。本当にゲームみたいで面白いなぁ。僕はゲームが得意ではないけれど、こういうゲーム風演出はテンションが上がる。しかしLv.9で高評価11って……。カンストしてどのくらいかわからないけど、夢なんだからLv.9999とか、ダンジョン配信で激バズり⁈ 僕だけレベル無限大な件について、とかそういうのあってもいいのにな……。変なところが現実よりだ。
『固有スキル:ネガティブ思考(Lv.50)、ぼっち耐性(Lv.60)、片思い耐性(Lv.75)、BSS適正(Lv.85)、陰キャ(Lv.90)、意中の相手がいても妄想だけで満足して行動に移していないのでは? 相手に迷惑かも、なんて良い人ぶってないで現実を見』
「やかましい!」
辛口注意と書かれた、ツブヤイターのなんたら診断みたいなことを言い出したステータスウィンドウに向かって、思わず叫んでしまった。余計なお世話だよ、僕の夢のくせに。叫んだ途端、都合よく消えるステータスウィンドウ。ご都合の使い方、間違えてるよ絶対。
「……恋沼さん見ました?」
「ン? ナニモミテナイヨー」
絶対見られた。さっきのざぁこ♡と違って、本当に言いそうなセリフなところが余計に腹立たしい。これは夢、これは夢、これは夢、これは夢、これは夢……。なんなんだよ、もう! 僕の夢のくせに無駄に恥かかせてくるなよ、もう!
「配信スタート!」
どういうシステムだかよくわからないけれど、とっととダンジョン配信をしてこの悪夢を終わらせてやる。今ならFPSをやっても三人くらいはキルできるんじゃないだろうか?……言い過ぎましたごめんなさい。
『おはよ〜』
『おはおは』
『モンスターホークなら富士山ダンジョンより高尾ダンジョンの方が近くてよくない』
『初見です』
コメント欄が機械音声っぽい声で読み上げられていく。誰が話しているのかはわからないけど、これはこれでアリかもしれない。
「おはようございます。蒼川ハクトです! そうですね、たしかに高尾ダンジョンの方が近いんですが、このフィールドが良くてですね、富士山ダンジョン挑戦です! 初見さん、ゆっくりしてってくださいね!」
とはいえ、モンスターホーク討伐って何すれば……?
しばらくコメントと話していると
『ハクトー! うしろー!』
振り返ると目の前に鷹の爪があった。とっさに横っ飛びで避ける。さすがモンスター。結構攻撃的だ。
だがしかし、これが画面上ならともかく、VRだかなんだか知らないが現実と同じように動けるフィールドである以上、僕は普通のゲーム配信よりは善戦できるはずだ。高校三年生の時の反復横跳び七十七回の記録は伊達じゃないっ……! なんか自分で思ってて自分で悲しくなってきた。
『少し歩いたところにある神社に弓矢あるからそれ使え』
『は? ネタバレ厨消えろカス4ね』
『避けれてえらい。かわいい』
『lovelovelove』
ああああああああああああああ! 悲しくなっているうちにコメント欄に指示厨兼ネタバレ厨と暴言厨と、なんでもかわいがる人とスパムが! 怪獣大乱闘かな⁉︎
『また来るよ!』
モンスターホークの追撃を交わすと、足元に何か転がっていることに気がついた。ナス?
ナスを手に取ると、ピコンと音がして、ステータスウィンドウに説明文が写った。
『ナス(Lv.10)』
『固有スキル:ナスビーム(三回まで)』
いや、ネーミングセンス……。色々とツッコミどころはあるが、これを使うしかないようだ。もう散々っぱら恥はかいた。後は野となれ山となれだ。
「な、ナスビーム!」
叫んでモンスターホークに投げつける。ナスから閃光が放たれ、ギリギリでモンスターホークにダメージが入ったようだ。バサバサと軌道が逸れ、空中で消えるタカの見た目のモンスター。なんだか心が痛むなぁ。
と思う間もなく、もう一羽やってくる。
「ナスビーム!」
今度は外してしまった。ふざけた名前のスキルだが、あと一回しか使えない。今度は外さないようにしなければ。
「ナスビーム‼︎」
ピカっと光って消えるモンスターホーク。再びステータスウィンドウが開いた。
『蒼川ハクトはモンスターホーク二羽を討伐した!』
僕は疲労感でその場にしゃがみ込んだ。見上げると、美しい富士山が見えた。
※※※
つ、疲れた……。初夢で疲れた……。いや、初夢って大晦日からお正月にかけての夢じゃなくて、お正月から二日にかけてみる夢なんだっけ? だとしたら今の夢が一富士二鷹三茄子でも、特に意味がないのでは?
カオスな夢で変な時間に起きてしまった。水でも飲もうかと、眼鏡をかけ、カーディガンを羽織って寝室を出た。リビングからテレビの音がする。
「ん? 大輝起きちゃった? めんごめんご」
部屋着でソファに寝っ転がり、テレビを見ているのは急に同居人になった三ツ星である。リラックスしているのはいいが、なんか休日のお父さんみたいな……僕の父は休日にテレビを見る人間ではないけど。
「別にいいですけど、明日はお正月配信があるでしょう? 遅くまで起きてていいんですか?」
だからこそ僕は早寝をし、カオスな夢をみるはめになったわけで。
「あ〜。いいの、いいの。俺、年越しは紅白からの『さる年やってくる年』からの『今年も現地でしまだささ』って決まってるから」
「渋いですね……」
「はぁ〜? まあ追ってるバンドがなんかしら出る時はその限りじゃないけども。しまだささ最強っしょ。日本語フォークはいいぞ」
「フォークも聞くんですね」
「まあ、詳しくはないけどね。ギター一本で語るってスタイルは、ちょっと憧れる」
曲を作る人間だけあって、アンテナは広く張っているようだ。ゴリゴリのロックなバンドマンから見てどうかは知らないが、音楽に関して、三ツ星は尊敬できる人間だと僕は思う。ちゃんとした軸があるからこその、登録者なり同接で、炎上をして休止を挟んでなお、数字を伸ばしているのは、その軸がぶれないからなんだろう。
ダンジョン配信かぁ。実際にあったとしたら夢はあるけれど、そうはいかないわけで。
「なんか元気なくね? どしたん話聞こか?」
「それ本当に口に出す人いるんですね」
「流石にネタ。テレビの音量下げるね」
「気にしなくていいですよ。目が覚めちゃったんで、僕もしまだささ見ます」
「お! い〜ね〜。隣で解説しよっか?」
「それはうざい」
こんな年越しも悪くない。新年はいい年にしたいな、とそんなことを思った正月の早朝だった。
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