第15話 ハッピーバーズデーひかる
本日、2022年10月15日は私の二十三歳の誕生日である。美宇とディナーの約束をしているが、昼間から付き合って欲しい仕事があると言われ、珍しく新宿の本社ビルに向かった。
去年の誕生日は周りがとっくに就職が決まっている中で、ただ一人秋募集の面接を受けまくっていたけれど、そんな私もどうにかこうにか社会人をやっているわけで、人生ってわからない。
最近は、モデレーター作業は家からリモートでしているので、夜型かつ変則的な出勤と膨大なリモート作業という謎な就業形態だが、そんな自立してんだかしてないんだかわからない娘の誕生日でも盛大に祝ってくれるので、うちの親って菩薩か何かだと思う。私は親だけはウルトラレアをひけたわけだ。本人の能力はアレだけど……。
「こ、こんにちは〜」
美宇の秘書さんとか、まだリアルであったことがない0期生の二人とか、そういう人たちがいることを予想してドアを開けた私だったが、そこにいたのはよく知っている人たちだった。
「ハッピーバースデー!」
事務所でそう声をかけてきたのは大輝とみっくんである。
「え、あれ、どうして?」
「サプライズ!」
奥のいかにも社長室っぽい部屋から美宇も出てきた。そういえば我が親友はそういうの好きだったな。
「まだデビューから日は浅いですけど、いつもお世話になっているので……」
「ま、お祭り騒ぎにはノラなきゃ損っしょ」
ユニット共同で買ったという菓子折と、大輝からはまた別にメッセージカード付きの小さめの箱をもらった。
「え〜、点数稼ぎに来てんじゃん。俺も払うよ、いくらだった?」
なんてみっくんが言っているので、個人で用意したものらしい。点数稼ぎいうなし。断ろうかとも思ったけど、みっくんの申し出を丁重に断っている大輝をみると、それも悪いのでやめた。家に帰ってから開けよう。
「ちなみにあたしはご自宅に牛肉とワイン送りつけといたから、ご両親と飲み食いしてね!」
我らが代表のいう『牛肉とワイン』は、サラリーマン家庭では買うことのない代物なのだが、これもありがたく受け取る。
「いや、なんか、すごいたくさん貰っちゃって、なんてお礼をしていいのやら」
「何言ってんのよ! ひかる頑張ってたでしょ」
「そ、そうですよ。本当、僕とか、あの、お話きいてもらって……助かりました」
美宇はともかく大輝にこうも褒められるとは思ってなかったので、ちょっと面食らってしまった。
「あ、ありがとう……」
「俺はね、まあ直近で、いろいろ、やらかしてるんでお世話になっているというか……」
「それはそう」
「即答?! 最近ひかるちゃん当たり強くない?」
「そんなことないでしょ、
「お前もだよ大輝! あとなんでいきなり本名で呼ぶわけ? ……まあいいけど。ひかるちゃん、一ヶ月同い年だけど変わらずよろしくってことで」
こういう会話もちょっとこなれてきたというか、まだまだだけど、ちょっとしたチーム感が出てきた気がする。なんでもかんでも『てえてえ』を連呼するリスナーは同族嫌悪でゾワゾワするけど、ユニットで仲がいいのはいいことだ。
「んまあ、なんだか明るくなったのはいいことだね」
「そうだねユニットの空気感が明るくなったのはいいことだね」
「ん? 俺はひかるちゃんのこと言ったけど」
「そ、そうですよ! 僕らは、まあいろいろありましたから、もう仲良くなるしかないですけど、ひか、恋沼さんはずいぶん変わったじゃないですか! ちゃんと僕らのこと考えてくれてるし、話しかけやすいし、優しいし、けっこう面白いし」
なんか今日やけに大輝に褒められるな。美宇とみっくんも同じことを思ったらしく、二人とも黙って大輝を見守っている。どういう状況?
「あ、あの、僕の顔に何か……?」
大輝が居心地悪そうにしている。しまった、しまった。
美宇による私の誕生日パーティー昼の部は、みんなでケーキを食べて、ミーティングをして解散という運びになった。
それからバースデーソングをみっくんのギター伴奏に合わせて大輝が歌ってくれるという、無料で聴いていいのかそわそわしてしまうようなイベントもあった。
しっかし大輝は歌うめぇなほんと……。ビブラート? 音圧? なんもわからんがなんかすげえ……。脳が……震える……普通に感動してる……。いや、ほんとに歌がうまい……。脳内で三点リーダーが乱舞している……。語彙……生きろ……。
ミーティングの内容としては、デビュー三週目に突入するにあたっていよいよ解禁される、事務所の先輩方とのコラボ配信の打ち合わせが主だった。ハクトのチャンネルも返ってきたし、クロノのチャンネルは登録者数が急増中なので、いよいよ収益化も近い、はず。
ちなみに今日はハクトが午前中に配信をやっていて、この後夜にクロノの配信がある予定である。美宇とは早めにディナーに行って、事務所に帰ってきてモデレーターをする。
ミーティングの後、明日は学校がある大輝と、この後に配信を控えている大輝を駅まで送った。
「というか、二人ともわざわざ来てくれてありがとうね、遠かったでしょ」
「いやいや、俺バンドマンやってた頃はこの辺が根城だったし、今も最寄り明大前よ?」
「いいとこね」
明大前は兄ビルがある吉祥寺にも、ここ新宿にも電車一本で行けるから、という意味だったのだが、みっくんは首を振った。
「いや駅から徒歩十五分って説明されたのに本当は三十分かかる上に、ユニットバスでエレベーターないから」
「あ〜。それは大変だ」
「大輝は最寄りどこだっけ?」
「小田急線の喜多見駅です」
いいとこ住んでんなぁ。その辺りは高級住宅地として名高い世田谷区成城近辺である。しかも実家の一軒家に住んでるってことは……大輝ってもしかして家がお金持ち?
「それじゃあね」
と二人に手を振って、何気なくスマホを見ると、LIMEにチャットが来ていた。仕事のことかと思いチェックすると、送り主は意外な人物だった。
『お久しぶり。大学時代に天文サークルとゼミで一緒だった鏡面大樹です。さすがに覚えてると思うけどどう? マルチとかではなくて、と書くと怪しいけど(笑)、久しぶりに連絡とりたいなと思って。元気にしてる?』
私の引きこもりの遠因を作った人。私が一時期好きだった人。しっかりと社会人として生活を歩んでいて、それを見るのがつらかった。勝手に。
不思議なほど、気分は凪いでいた。そういえばこの人も『ひろき』だったな、とか少し前までは心に引っかかっていたことを、今更のように思い出した。
既読をつけてしまったので、何か返そうと何回かメッセージを書いては消して、書いては消して。結局
『お久しぶり。元気だよ』
とだけ送った。それだけなのに、なんだか疲れてしまって息を吐いた。
そういえば、大輝とみっくんと顔合わせをした時は、電車に乗るだけで胃が痛かったな。外出するたびに体調が崩れていたはずなのに、気がつけば私は健康に出歩いて、一年前は顔も知らなかった人たちに誕生日を祝われている。
わからないものだ、人生。
私は美宇とディナーの予約をしてある店へ向かった。
休日の新宿は、大勢の人が行き交っていた。目的地に向かう間、何人かと目があったけど、以前のように視線を恐れることはしなくなった。
ショーウインドウにはちょっとおめかしした平凡な女が写っていた。相変わらずそばかすが浮いているけれど、青白かった肌はそれなりに日焼けし、目の下のクマはいつの間にか消えていた。元から童顔だし、みっくんが高校卒業したてだと勘違いしたぐらいだから、このまま頑張れば数年後には美魔女になれるかも。なんてね。染めずに伸ばしたボブは少しだけクセが出てきているので、今度美容院に行こうかな。
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