第16話 ディナータイム・ガールズトーク

 美宇は美味しいレストランをよく知っている。そして私たちはとっても気が合う。


「最近彼氏とはどうなの?」


 女二人、長話をしているとそういう話がしたいこともある。私は美宇にそれとなく(?)水を向けた。


「それがさ〜」


 美宇の表情が暗い。


「え? やっぱりバレた影響で何かあった?」

「…………順調!」

「なんだよ〜もう」


 美宇のバーチャル体、宇宙ランは銀盾も獲った実力Vtuberである。裏の仕事が多すぎて露出が減っているものの、virtualaの人気筆頭。彼氏がバレて……というかバラされてしまい、炎上したり、ガチ恋が離れてしまったりと苦労をしたので、関係がギクシャクしているのではないかと心配していたのだが、杞憂だったようだ。


「まあ古参のリスナーさんでも登録解除する人多かったし、荒れたし、彼氏バレなんてするもんじゃないな、とは思ったけどね。あたしは元々『宇宙ランはみんなのアイドル、それをプロデュースするあたしは恋もするしトイレも行く一般人』ってスタンスだったけど、それが受け入れられるとは限らないから」

「う〜ん。難しいね」


 美宇はそう言うが、宇宙ランはアイドルを名乗ったことはない。メタいけども設定的には、『地球文化を愛する侵略系コスモ☆ハムスター娘』である。でもVtuberというだけでアイドル的な見方をされることは、良きにせよ悪しきにせよあるわけで、ガチ恋や異性との関わりを嫌がるユニコーン気質のファンがつくのは、避けられないことなのかもしれない。既婚者や恋人がいることを公表し、その手合いのファンをある意味で切り捨てていく売り方をするVtuberもいるけれども、彼氏ができた時、美宇は公表せずにファンの夢を守る方を選んだ。


 ちなみに、Vtuber界隈におけるガチ恋やユニコーンは、両者キャラクターに恋をしているのか、その後ろにいる中の人に恋をしているのか、など宗派は様々で、言葉を使う人によって定義が違うこともある。少なくとも、あなたはガチ恋だね、ユニコーンだね、と他人に言うのはやめた方が良い。Vtuber界隈でユニコーンまたはコーンと揶揄されるのは、女性Vtuberが異性と接触するのを嫌がる男性ガチ恋オタクが多いが、コーンの中には別にガチ恋ではなく、萌え系アニメのような男性が存在しない世界観を楽しみたいだけのオタクもいるので、定義づけが難しい。というか原義的には、そのものズバリ処女厨なのだが。


 こういうことを言うと男オタクばかりディスっている風に聞こえるかもしれないが、女オタクは女オタクで、ガチ恋も異性との接触を嫌がる層もいるし、カプ厨や関係性厨、BLカップリングをやりだす腐女子もいるし、ママリスと言われるなんでもかんでも甘やかして肯定すればいいと思っているような連中もいる。私も美宇も、Vtuberは中身が人間のナマモノであり、それでカップリングを組み、あまつさえ鍵もかけないで垂れ流す腐女子は極刑ものだと思っているタイプの腐女子だが、こういう身内での戒律の厳しさや不寛容さ、それに伴うインターネット学級会の常態化は、女オタクの悪いところなのかもしれない、と自戒する。


 オタクとして思うのは、オタクなんて大なり小なり気持ち悪いもので、己の気持ち悪さを自覚して行動するより他はない、ということだ。インターネットの住民なんて、みんなバケモノだ。もちろん私を含めて。


 おっと、話がそれてしまった。


「……私は、美宇が言ってた『ファンに依存しすぎないようにリアルの生活も安定させる』って考え方、好きだよ」

「ありがと」


 彼氏ができた時に美宇が言っていたのは、リアルの幸せを掴めないのをインターネットの活動のせいにしてはいけない、自分の幸せは自分で掴むものでファンのせいにして逃げてはいけない、ということ。彼氏だけが幸せの形じゃないし、インターネットが充実してればそれでいいと言う活動者はもちろん立派だけど、所詮オタクは活動者の幸せを背負えないし、変に背負おうとして厄介になることも多いので、私は美宇の考え方もまた、立派なもんだと思う。


「ところで、ひかるはいい人いないの? 楽しいよ、彼氏いると」

「う〜ん。今のところはいないかなぁ」


 ふと鏡面から連絡が来ていたことを思い出した。


「あ、そういえば、例の、世紀の大失恋の人から連絡きたよ」

「はあ⁈ なんて送ってきやがったのよ! 見せなさい!」


 私からスマホをむしりとるようにして、鏡面からのメッセージを見た美宇は、眉を寄せてため息を吐いた。


「きっもちわるいなぁ。もう文面だけでじっとりしてる」

「いや文章は普通だと思うけど……」

「そんなことないわよ! (笑)をチャットで使ってくるやつにロクなのいないんだから!」


 我が親友、堂々と暴論を吐く。ネット上では言わないようにしてほしいところだ。燃えるから。


「……というか、この人も『ひろき』だったのね。おんなじ名前名乗ってもはや大輝に失礼まであるわ」

「鏡面の方が年上だけどね」

「関係ない! うちの大輝の方がかっこいいもん。顔も学力も格上よ! いっそ言ってやりなさいよ、『お前なんかよりはるかに顔も能力もあるイケメンと楽しくお仕事してます』ってさ。自分から突き放しといて誕生日に連絡とってくるとか、ひかるをなんだと思ってるわけ?」

「美宇のじゃないでしょ……。あと見た目いじりは双方に失礼。学力については私と同じ大学だから、間接的に私を落としてるけど大丈夫そ?」


 美宇は荒い鼻息を落ち着けていた。


「何よ、ひかるったらまともなこと言って。たしかに容姿や学歴にいろいろ言うのは失言だったわ。……ひかるが気にしてないならあたしが怒ることじゃない。ひかる大人になったね」

「そりゃ二十三歳だから」

「そうじゃなくて。……成長した。落ち込んで、引きこもって、卑屈になって、そういうループから抜け出せたんでしょ。自分でもそう思わない?」

「そうかなぁ」


 どうだろう。本質的には何も変わってないと思う。でも、少しは変われていたなら、嬉しいな。


「そういえば大輝に、意外とひょうきんな人ですねって言われた」

「あら、わかってるじゃない。ひかるは陰キャで内弁慶なおもしれー女だもんね」

「陰キャは余計よ」


 楽しいひとときは、あっという間にすぎていく。


 ちなみに、大輝が個人でくれた誕生日プレゼントは、水色に白いふわふわの生き物が描かれたマグカップだった。私が好きな可愛いイラスト。そういえばマグカップを割ってしまった話をした気がする。覚えててくれたんだな。


 メッセージカードには


『お誕生日おめでとうございます。描かれているのは日本スピッツだそうです。僕がこの絵のマグカップを贈るのはどうなんだろうと思いましたが、恋沼さんが好きそうだったのでこれにしました。使っていただければ幸いです。ハクトとしても、ユニットでもお世話になりますが、今度ともよろしくお願いします。この一年が素敵なものになりますように』


 そう綺麗なペン文字が並んでいた。

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