第6話 顔合わせ その②

 問題の我が親友が訪れたのは、それから少ししてのことだった。


「ごめんごめん、遅くなった〜」


 そう言いながら入ってきた美宇は、一人の若者を連れていた。


 毛先は金髪で根本は黒髪。ちょっとグラデーションを入れたいわゆるプリン頭に、耳にはピアス、首には細いパールと星のネックレス。黒地に白い英字のTシャツと、細めのジーンズ。ひょろっと細身だけど身長は高く、長めの前髪に隠れてはいるが、あっさりした顔だちで、いわゆる塩顔というやつだろうか。年齢は、私や美宇と同じ二十代半ばに見える。アコースティックギターらしき、黒いケースに入った大きな荷物を背負っていた。


「どうも〜、代表と一緒に来たんで遅刻カウントはナシってことで!」


 ヘラっと口角をあげれば、こっちも釣られてしまうような、人好きのする笑顔ではあったけれど。


 ちゃ、チャラい人だ……!


 消去法で考えるまでもなく、クロノの演者だろう。ツブヤイターの文体から受ける印象とも合致する。あれはネット弁慶で現実はもっと暗いかも、と考えていたけれど、普通にまんま……というかちょっと系統が違うけど、トーンが同じ人だった。ピアスばちぼこの人リアルで関わるの初だよ。


「あ、ひかる、大輝ひろきくんとは挨拶した? ……みたいね。こちらクロノの」

「赤城クロノの中の人っす。虎門とらかど三ツ星おりおんです、どうも〜」


 どうも、が口癖なのかなこの人。名前、おりおん……?


「三ツ星レストランの三ツ星でおりおんって読むんすよ。ま、キラキラネームっすね」


 キラキラネームの人に会ったのも初めてかもしれない。今まで関わってこなかった世界の人すぎる……。あとオリオン座って星三つじゃないよな……。私は美宇に文句をいうことも忘れて、別世界の住人に圧倒されてしまった。


 我々オタクとは相入れない人種では? Vtuber見てる人なんてオタクの中でも独特だけど大丈夫? なんて多方面に失礼なことも思ったけれど、この人も声に特徴があるな、と気がついた。大輝くんとは違った系統で、ややダミ声というか、クセのある声をしている。もちろん悪い意味ではなく、不思議と惹きつけられる印象的な声だ。


「大輝くんおひさ」

「あ、ハイ、お久しぶりです……呼び捨てでいいですよ」

「かったいなぁ大輝、もっと仲良くしようぜ〜、二人っきりになっちまった一期生なんだし」


 中の人同士は面識があるようで、ぎこちないながらもチーム感らしきものができている。馴染む……必要はないだろうけど、良い関係を築けるだろうか。


「そういえば下の名前で呼んでるんですね」


 私の放った呟きは主語が抜けていたけれど、ニュアンスで伝わったらしく、美宇が補足してくれた。


「大輝くんって呼んでるのは、そのまま外で呼んでもいいようにだよ。亥ノ森くんって名字珍しいから。万が一ハクトくんだってバレても個人が特定されないようにっていうか、あ、あと今更あたしに敬語使わないで。むず痒くなるから」

「あ、うん。本名で呼んじゃっていいの?」

「これはあたしの経験則なんだけど、あんまり独特なあだ名つけるとあだ名を忘れるんだよね。あたしも本名教えるくらい仲良い人には、美宇って呼んでって伝えてあるよ。名字が宝蔵寺で珍しいから。前は適当によくある名字をあだ名にしようとしてたんだけど、うまくいかなくて」

「じゃあ虎門くんは?」

「う〜ん。正直どっちも珍しすぎるよね」


 事務所代表の言葉に、虎門くんはひょいと首をすくめた。


「バ先のあだ名はトラさんっすよ」


 ジャケット肩にかけてそうなあだ名だなぁ。


「あだ名かぶってるとそれはそれでバレそうじゃない?」

「気にしすぎじゃないすか?」

「だけどなんか事務所ネームみたいのあったらよくない? かっこいいでしょ」

「代表、あだ名忘れたら意味ないって自分で言ってたっしょ」


 この二人ももうそこそこ仲が良さそうだ。美宇は代表と呼ばれているらしい。


 事務所で使えて、本名からそう遠くなくて、バイト先とかぶってない名前、か。なんだろう、大輝くんが下の名前だから合わせた方がいいんだろうか。私としては亥ノ森くんと呼ばせてほしいところだけど、みんなが大輝くんと呼んでるなら合わせよう。でも三ツ星かぁ。略しづらいな。オリ……おー……う〜ん。漢字は三つの星でしょ? 星……三つ……。


「みっくん?」


 口の中で転がしていたらそれっぽいあだ名になった。


「あ、いいね! みっくん! 呼びやすいし一般的! 本人的にはどう?」

「あ〜、いいすね。くん付けて呼ばれることほぼないんで新鮮っす」


 美宇の方を向いて話していた虎門くん改めみっくんは、くるりとこちらを振り返った。いや、さっきはああ言ったけど、私からみっくんとか親しげに呼ぶの、結構気まずくないか?


「ひかるさんはひかるさんでいいすか?」

「あ、お好きなように……。私は表には出ないので呼び方はなんでも……。敬語も使わないでいいですよ」


 ニパッて擬音が似合いそうな笑顔で、みっくんは笑った。


「そ? や〜、まあ仲良くしよ。そっちも敬語使わなくていいよ。ラフにいこ〜ぜ、気楽に。年上ばっかで緊張するっしょ?」


 ん? いや、まあみっくんは年上の可能性があるけど、美宇は同じ歳だし、大輝くんはおそらく年下では?


 困惑している私をよそにみっくんは続けた。


「俺も高校中退してるからわかるよ。世の中世知辛いよな。高卒でよく頑張ってるよ、ひかるちゃんは」

「いや、大卒ですけど」

「え」

「そう。美宇と同い年」

「まじぃ?! 一個下じゃん」


 おいおい、追求しそこねてたけど、美宇。腐女子とか陰キャとか引きこもりとか、余計な情報ばっか教えといて、誤解が生じてるんだけど? 私の視線を感じて、事務所代表は言い訳を始めた。


「いや、あたしはちゃんと小学校からの幼馴染みって伝えたよ?」

「幼馴染みってだいぶ広い意味の言葉じゃないすか! ……いや、ね。え〜と。若く見えるね」

「……子どもっぽくて悪かったね」

「違う違う違う!」


 いろいろ言いたいことはあるけど、思ったより仲良くなれそうでよかった……のかな。


 顔合わせのためだけに集まった訳ではない。デビュー前の打ち合わせも兼ねている。私たちは会議室で話し合いを始めた。


「え〜っと。この前ひかるがスペースで共有してたデビュー配信前の自己紹介ショートと広告を出すことだけど、二人としてはどう? やる気ある?」

「いいんじゃないすか? てかボイスツブヤキで声出していいですか? ツブヤイター稼働してるのにいつまでも声が出ないからだんだんフォロー解除されてるんすよ」

「僕も賛成です。有名どころの方はまた別でしょうけど、声わからないと応援しづらいのかな? って体感はありますね。もう姿は出してますから、声も出してしまっていいと思います」


 お〜なんか、すごく、それっぽい話をしている……。リアルでお仕事モードになる美宇を初めて見た。かっこいいな、我が親友。私がショートを提案したのは、特にハクトはチャンネル収益化の指標になる登録者数千人に届きそうだったから、ダメ押しでデビュー配信前に数字を伸ばしておいて、デビューから日をおかずに収益化を狙いたい、という意図である。まあ、そううまくいくかはわからないけど。


 これから二人がメインで活動することになるRealTubeには、ショートという短い動画を流してくれる機能があって、チャンネル登録をしていない人にも動画を見てもらいやすいので、固定ファンの少ない新興Vtuberは力をいれると良いとされている。あとこれとは別にプラットフォーム上では広告も出せるので、これも出してくれないか美宇と相談中である。


「んで。言い出しっぺのひかるは気になることある?」

「あ、うん。二人とも歌勢…‥って聞いてるけど合ってるよね」


 歌ってみたの許諾など、収益化しているかしていないかで色々変わってくるし、活動の方向性ははっきりさせておきたい。要はハクト……というか大輝くんから歌に関する言及がないのが気になる。


「そだよ。ライブやりたいって話も進めてるから把握よろしく」

「あ、そういう扱いなんですね」


 この通り温度差がある。


「それについては、二人に自己紹介とってきてってお願いしてるから、それ見ればいいんじゃない?」


 事務所代表の一言で、自己紹介動画観賞会が始まった。

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