第19話 ラインを考えよう

「ガイドライン決め……?」


 ミーティングの際に話してみたところ、みっくんはポカンとしている。


「リスナー調教ってことですか?」


 大輝ひろきは話が早くて助かるが、リスナー調教ってネットスラング、字面、というか耳で聞いた時の語感がヤバイなあ。まあ私がよく使う『助かる』とかも、スラング化しているから、それを知らない人からしたら、こいついっつも助けられてんなってなるかもしれないけど。


「ちょ、調教……?」


 案の定みっくんが引いている。


「え〜と、リスナー調教っていうのは、V界隈でリスナーさんに守ってほしいこととか、やっちゃダメなことを説明することのスラングというか。ファンがマナー悪かったら、推しの印象が悪くなるでしょ? あと配信者本人が嫌な思いをすることもあるから、だからルール決めるってこと」

「はあ……」

「リスナー調教もそうだけど、あとライン決めかな。やりたいのは。運営としても、二人がどういう売り出し方はいや、とかこういうことされちゃ困るっていうのをお互い把握しておいた方がいいかなって。あ、これはなんていうか線引きのスラングね」

「スラングばっかじゃん」


 せ。正論……。こういうところにオタクのダメさというか、社会経験のなさが響いているんだよな、多分。


「僕は恋沼さんの話し方わかりやすくて好きですよ。確かに活動初めてもうすぐ一ヶ月で、配信にも慣れてきましたし、そういうこといったん決めておくのはいいかもしれませんね」


 う……大輝の優しさが逆に心に痛い。運営が不甲斐ない大人代表選手でごめんよ。


「え〜でも偽前世関連で荒らしてきたリスナーはともかく、調教? しなきゃいけないほど変なリスナーいるか? あと売り方に関しては現時点でNGにしたいこととかある方がまずくないか?」

「売り方に関しては好き勝手やらさせてもらってますからね、僕の収益化記念とか、ライブやること決まってたりとか」

「それな。やれることは全部やるべきっしょ」


 不満が出てこないのはまあもう一ヶ月、されどたかが一ヶ月なわけで当たり前といえば当たり前か。


「ガイドラインについては、よくある鳩禁止と初見詐欺禁止くらいにして、あとは誹謗中傷と不快になるコメントはしないでね、配信者が不快に感じたらタイムアウトやブロックの措置をとるよ、ぐらいでいいんじゃないですかね」

「ひかるちゃん鳩って何?」


 みっくんが私に尋ねる。


「他の配信者に今〇〇何してるよ〜とか助けてあげて〜とかコメントすること。例えばクロノとハクトが同時に配信していて、ハクトがゲームの攻略に苦戦していたとするでしょ?」

「ありそうだな」

「それをみたハクトのリスナーが、クロノの配信に『ハクトくんがゲームで苦戦してるから攻略法教えてあげて』ってコメントしたらそれが『鳩』とか『伝書鳩』っていわれる迷惑行為」

「それそんなに迷惑か?」

「う〜ん。みっくんは気にしないかもしれないけどさ。リスナー目線で考えてみてよ。クロノの配信に来た人はが見たくて来てるわけでしょ?」

「まあそうだな」

「そのクロノの配信を邪魔されていることになるのよ。鳩は」

「は〜ん。ちょいわかった気がする」


 ついでにあのことにも触れておくか。


「あと配信内で他のVtuberに言及するのは、配信やってる人にとってはその人に興味ないって取られかねないからね。その人が話題に出さない限りは同じ企業所属でも話題に出さないでねってガイドラインに書いてあるVtuberも多いし、あとはリスナー側が話題に出しまくって触れづらい話題に触れざるを得なくなるとか、配信主側が行動を起こさなきゃいけなくなるから、そういう企画でもない限りはやらない方がいい行為だと思うよ」

「……なるほどね」


 みっくんの眉間に、少しだけシワが寄った気がした。


「配信中に他の人の話題になるのが迷惑って意味では予告しないで電話かけたりコメント欄いったりってエンタメとして成立させるには」

「……あ〜もういいわ、だっる」


 しまった、と思った時にはもう遅く、それまでは素直に聞いていてくれてたみっくんはやさぐれモードに入ってる。


「要はハクトの記念配信のコメントに小言いいたいわけでしょ?」

「あ、いや、それだけじゃ」

「あれは悪かったよ。大輝、ごめん」

「僕はそんな気にしてないですけど」

「ほら、これでいい? 周りくどい言い方すんなよ。別にちゃんと言ってくれれば直すって」


 空気が凍りつくとはこういうことだろうか。鏡面に指摘された私の社会不適合性ってこういうところか。


「ガイドラインとか口実だろ? 荒らしがきた時はモデレーター権限でブロックしまくってなんとかしてたじゃん。俺に小言を言いたいがためにリスナー悪者にするのは違くない?」


 調教の語感の悪さが、ここで悪い意味で活きてしまっている。どうもみっくんは私がリスナーを悪者にして間接的に小言を言おうとしたと感じたらしい。


「いや、モデレーター頼りの配信をいつまでも続けるわけにはいかないでしょ。ガイドラインがあった方がリスナーさんも何をしたらいけないのかわかりやすくていいですよ。『ちゃんと言ってくれれば直す』じゃないですけど、言ったらやめてくれる人もいるんですから」


 大輝が丸く収めてくれたし、帰り際みっくんにも


「きつくいいすぎたごめん」


 なんて謝られてしまって、ただ私のコミュニケーションの下手さだけが浮き彫りびなってしまった。落ち込む……。


 久しぶりにメンタルに響くトラブル起こしてしまったなあ、としょぼくれながら、私はコンビニで買ったコーヒーを飲んだ。

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