第38話 謝罪より感謝とともに未来の話をしよう

 初のリアルライブは概ね成功したものといってよい。


 インターネット上では、ライブの感想レポートが上がり、喜んでいいのかわからないけれどレポスレも建ち、ライブを観たファンたちからは、感動のコメントが次々と届いたことで、ツブヤイター上で一次#感情交差点1stリアルライブがトレンドに入るほどだった。


闇月リズ@Vtuber応援系Vtuber (@YamitukiRizu)1日前

ライブ実は参戦してました〜。最高だったからレポ書いた(画像4枚じゃおさまんなかったのヤバ😅)。フラスタ企画参加してくださった皆様ありがとうございました! ツリーに画像載せさせていただいてます!

#感情交差点1stリアルライブ


八代桜(@Cherry8th)1時間前

無料配信枠見た。絵面はアレすぎたけど演出良かった

#感情交差点1stリアルライブ


virtualaのオタク(ランたそ激推し) (@rantasoLOVE)18時間前

一期生のライブトレンド入りおめでとうございます

#感情交差点1stリアルライブ


ハクメンV@V視聴垢(@hakumen V) 20時間前

現地いたけどバリくそ良かったです。またあったら行くけど、それはそれとして3Dへの期待高まる

#感情交差点1stリアルライブ


 いや、なりすましで困ってたのにあの規模の会場にいたとか席を特定されかねない詳細なレポとか発信していいのか、闇月さん。貴女も活動者でしょ? と他人事ながらちょっと心配になってしまう。リスナーは配信者に似るのだろうか……。当たり前だけど、こういう場面で真っ先にファンアートを描いてくれていた月下さんは沈黙を貫いている。


 やらかしたことはコトだけど、月下さんこと遠藤賛理香は、そのまますぐに収監……というわけではなく、みっくんにナイフを突きつけたこと、赤城クロノの個人情報をばら撒いて不利益を与えたこと、リズさんになりすまして迷惑行為を行ったこと、など並行して裁判を行っている最中である。犯罪歴があるわけでもなく、本人は反省しているそうだから、そう不利な判決にはならないだろう。


 彼女もまた『ナイフ女』として個人情報をばら撒かれている最中であり、美大を受験するもうまくいかずに専門学校に入学したことや、美術展に落選していたことまで特定されている。証拠はないが月下さんであることも噂が流れているので、よほど絵柄を変えない限り、ファンアートは描いたらすぐに周りのオタクにバレてしまうから、少なくともインターネット上にはアップできないだろう。自業自得といってしまえばそれまでだけど、彼女のイラストの上がっていないタイムラインはなんだか味気ない。


 月下さんのイラストを利用したサムネイルは、変更しても良かったのだが、本人が作品に罪はないし、『月下さん』との時間をなかったものにしたくないと主張したので差し替えはしなかった。オタクとしては、推される側の『みんなの言葉に支えられてます』なんて言葉は、定型文化されていることもあって、そこまで信用のおけるものではなかったのだけど、感情交差点を通じて、推されることにより得られるパワーをよくも悪くも体感しているところだ。


 ハクトとクロノも、ファンへの感謝の気持ちをSNSで表現し、コメントに応えていた。


蒼川ハクト@リアライありがとうございました(@aokawa_hakuto)1日前

みなさんの応援があってこそ、素晴らしいライブができました。心より感謝申し上げます。これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします!


赤城クロノ@新年本格復帰 (@akagi_krono)1日前

温かい応援の言葉をありがとうございます。ライブが開催できたのも、活動を続けられるのも皆さんのおかげです。最高だぜお前ら!


 ファンの愛と応援が、私たちをさらに前に進ませる力になる。そして、事務所の先輩方から届いていた、メッセージも公開になった。以下はそれぞれの先輩からのメッセージである。敬称は省略させていただく。


宇宙ランからのメッセージ:


感情交差点の二人へ。ライブ開催おめでとう! ハラハラさせられることも多いけど、二人がこの事務所で活動することを選んでくれて本当に嬉しいです。至らないことも多い運営ですが、これからもチームとしてがんばっていきましょう。


これからもさらなる飛躍を期待しています。感情交差点は、まだまだ輝き続けるでしょう。広い宇宙の中で、キミ達の冒険はまだはじまったばかりだ!


ギンガミキからのお祝いメッセージ:


ライブ開催おめでとう! 二人の設定画を描いていた時からは想像もしていなかった、びっくりすること、ドキドキすること、そしてたくさんの楽しいことが起きました。これからもたくさんの面白いことを作り出していってください。楽しみにしてるよ!


天河ゆんからのお祝いメッセージ:


先輩として、あまり関われる機会がなかったですが、これからはもっとできることが増えると思います。ライブ頑張ってね!


 ゆんさんが少しばかり匂わせているのは、新年に公開されることが決定した感情交差点の3Dモデルお披露目のことである。実は一期生はハーフアニバーサリーで3D公開が既定路線だったのだが、脱退が相次いで凍結されていた。二人の活躍を見て、再び企画を進めることになったのである。シークレット枠でデビューが遅れに遅れていた女子一名も、いよいよデビューに向けて動き出しているし、新年のvirtualaはますます盛り上がりそうだ。忘れてたけど、クロノの本格復帰も新年だし。


 ライブが成功し、私の気分は上がりに上がっていた。そして年末、大輝の家で内輪のホームパーティーが開催された。


「ねえ三ツ星、買ってきた材料これでいいですか?」

「いい。あ、高いの買ってきたな? まあいいけどさぁ。大輝がよく買い物に行くスーパー、野菜は鮮度よくないし高いから、駅前の青果店の方がいいよ」

「あそこちょっと遠いんですよ〜」

「数メートルしかかわんないだろ。あと今日のとこは料理はやるけど、洗い物はやってね」

「いいですよ。食洗機使いますし」

「食洗機ぃ?」

「うちのは節水設計だから自分で洗うよりいいんですよ! 節水ですよ節水! 三ツ星、節水って響き好きでしょ!?」

「……好きだけど」


 意外だったのは、みっくんがわりと……の範疇に収まりきらないくらい家事が得意なことが判明したことだ。別れた元カノと同棲していた時も、ある程度家事を担当していたらしい。本人は居候になっていることをひどく気にしていたけれど、大輝としてはかなり助かっているみたい。


 大輝の家は、暖かくて居心地が良く、まだ飾られているクリスマスの飾り付けが、まるで童話の中にいるような気分を醸し出していた。


「クリスマスの飾り、なんとなくしまえなくて」


 大輝がちょっと恥ずかしそうに笑った。


「当日はライブだったもんね。綺麗でいいじゃない」

「そう言っていただけて良かったです」


 ワインの栓が開いて、三人だけの楽しい宴会が始まった。みっくんは最初の一口しかワインに口をつけなかったので、私も大輝もいい感じに酔っ払ってしまった。完全にお酒への依存を捨て切れたわけではない、とみっくん本人は言っていたけれど、だいぶ自制が効いているようで安心した。


 結局、お酒が抜けて始発がでるまで、大輝の家で休ませてもらうことになった。


「き、客間を片付けます!」


 ちょっと休ませてもらうだけだからいいと言っても、酔っている大輝は頑固で、ドタバタと客間を片付けに行ってしまった。この家、どういう家なんだろう。めちゃくちゃ広いし……。


「あのさ、ひかるちゃん」


 不意にみっくんが言った。


「ごめんね、たくさん迷惑かけて」


 一瞬、その迷惑がなんのことかわからなかった。炎上のことだったり、すっかり忘れてたけど酔って怒鳴ったことだったり、よく考えなくてもいろいろあったけど、その度に平謝りされてきたし、それぞれ違う原因でトラブルが起こっていたので、気にならなかった。それもそれで問題か。


「……もう『ごめんね』は要らないかな」


 謝ることではない。その段階はもうすぎた。


「ありがとうの気持ちなら、喜んで受け取る。これからもいろいろあると思うけど、その時も謝罪より感謝がほしい。だってどうせ、一緒にがんばらなきゃいけないんだからさ」

「……ありがと」

「どういたしまして」


 もう一度同じことをやれと言われたら嫌だけど、ここまで悪くない道のりだったと思う。大輝が戻ってくるまでの間、二人で取り止めのない話をした。


「ひかるちゃん、噂によると悪い男と個室で酒飲んでたんだっけ?」

「何その嫌な噂……みっくんもだけどうちの代表って大概口軽いなぁ」

「代表からきいたんじゃないよ。ひかるちゃんの可愛いワンちゃんからきいたの。俺と違って理性が感情を上回るタイプだから、いつまでたってもアクション起こさないかもしれないけど、しっかり拗らせるタイプのヘタレだから弄ぶのはやめたほうがいいよ」

「みっくんあの量で酔ってるの? なんの話してんのよ。それに誰が私のワンちゃんよ、さすがに失礼でしょ」

「それから?」

「……何もない」

「ふーん」


 長めに目を合わせてくる。なんか、こう……見下ろされるのムカつくから踏み台が欲しいな。


「まあ、わかってはいそうだからいいや」

「うるさ」


 クリスマスライブ以降、妙に意識してしまうことがないわけではないけど……。それでも、今はこの関係が心地いいから。


「……なんかありました?」


 大輝に尋ねられても、二人して


「なんでもない!」


 と答えた。大輝は不満そうだったから、あとでフォローしなきゃ。でも、これから、あとで、なんて躊躇なく言えるくらい、未来も居たい場所ができた。それって素晴らしいことだと思う。


 恋沼ひかる、二十三歳、企業Vtuberのマネージャー。それが今の私のステータス。


 猥雑なインターネットでバケモノになったり、容赦ない現実リアルにへこんだりしながら、私たちは明日も生きていく。どんな未来が待っているかはわからないけど、今が最高に楽しいから、きっと大丈夫。

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