第42話 感情交差点ミーティング〜今後の活動と新人ちゃん〜

「みっくん、聞こえる?」

「大丈夫」


 今日は定例ミーティングの日。大輝ひろきの都合で今日はリモートである。


「大輝は大丈夫?」

「大丈夫です。すみません、リモートにしてもらって」

「いや、気にしないで」


 大輝は大学三年生。有名私立大学の文学部で勉強していて、文学研究会の部長もしているらしい。今日は部活動の引き継ぎ関連で大学に用事があり、いつもの兄ビルに来れなかったのだ。


「部長さんなの知らなかったけど、大変そうだね」

「いや、大変ではないんですけど、うちのサークルは三年生で引退なんですけど四年生の卒業コンパは謎にあったり、次期部長がなかなか決まらなかったり、ちょっと揉めてて。試験も近いので、あんまりごちゃごちゃしないでほしいんですけどね」


 大学生らしい言葉の数々が、ちょっと懐かしい。ちなみに私がいろいろと思い入れのある天文部は、文化系のわりにノリが体育会系で、コンパの際にはまずい焼酎を一気飲みしなければならない決まりがあった。コンパは私が二年生の時にコロナ禍で消えたから良いのだが、活動そのものもだいぶ制限され、存続が怪しかった。そんな中で奔走していたのが、私と鏡面大樹。お互い天文好きで三年生になってからは研究室も同じなので、話す機会は多かった。今となっては、いい思い出だ。


「そっか、そういう時期か。単位は大丈夫そう?」

「それは、頑張ります」

「まあ、会社としては、学業に支障をきたしてほしいわけじゃないので、今回みたいに都合が悪い時は言ってね。他企業とのミーティングならともかく、身内の会議は融通きくから」

「ありがとうございます。あっ、メールさせていただいた、来年度の教育実習の件なんですけど」

「あ、時期わかった?」

「まだ正確には未定ですけど、五月の末から六月の二週目までです」

「は〜い」


 スケジュールアプリに予定を書き込む。スケジュール管理は、いかにもマネージャーの仕事という感じがして、個人的にはテンションが上がる。


「俺、よくわかってないんだけど、大輝ってなんの先生の免許とろうとしてんの?」

「中高の国語です。母校が中高一貫なので、中高どっちでの実習になるかまだわかんないですけど」

「へ〜。国語って色々あるけど、古文、漢文、現代文どれ?」

「免許的には全て教えられますよ。専門は近代日本文学なので、教科でいうと現代文ですけどね」

「あ〜。なんかそんなこと言ってたね。え、そういや実習期間って全部配信できねえの?」


 みっくんが疑問を挟む。


「大学としては不用意な発言を防ぐため、SNSは全て鍵アカウントにしてください、という説明でしたね。社会人をしながらVtuberをなさっている方もいるので、甘えかもしれませんけど、不用意なこと喋りかねないので、実習しながら配信は難しいです。母校とはいえ、受け入れ先の学校に知られたら大変なことになりますし。教職の先生いわく、実習中に身バレして大炎上したイースタグラマー兼グラビアアイドルが先輩にいるらしくて」

「いろいろキャラが濃いな、その先輩。まあでもそっか、学校の先生とかお堅そうだもんな。Vtuberってバレたらやばいか。リアルJKの情報網エグそうだし、少しでもリスクは減らさないとな」

「うちは男子校なのでJKはいませんけどね。そのぶんオタクが多いので、Vtuber知ってる生徒が少なからずいそうなのが怖いです。まあ蒼川ハクトを知ってる人間はいないでしょうけど、代表はバーチャル興業さんとコラボして登録者増えてるので、知ってる人間もいるかもしれなくて」

「だな〜。あと、いきなり一ヶ月も休むのをどう説明するかだよな。下手したら謹慎とか病気とか取られかねないっしょ」

「年末に謹慎してた同期がいますしね」

「それは言うなよ」


 みっくんの指摘はなかなか鋭い。Vtuberというか配信者は、活動頻度が大切なので、二人にも活動開始から一ヶ月は毎日配信、それ以降もなるだけ配信をするようにしてもらっていた。クロノは謹慎を挟んだものの、ハクトはほぼ毎日配信を続けている。いきなり一ヶ月、例えば旅行とか魔族の修行とか誤魔化して休んだとして、杞憂民が騒がないわけがない。とはいえ馬鹿正直に実習に行きますと宣言するのも、それはそれで身バレにつながりかねない。クロノと違って、ハクトはここまで個人情報を出さずにこれている。


 大輝が教員免許の取得を目指しているのは、virtuala所属前からである。教員を目指しているというよりも、免許のために勉強している不純な学生だ、と自虐していたけれど、三年間頑張って勉強してきたのは尊敬に値すると思う。うちの代表の方針は、『V活動は人生と両立してこそ』だし、ぶっちゃけ職業として不安定なVtuberを続けたいのなら、資格は取れる時に取った方がいいと思う。そりゃあ蒼川ハクトとしてガッポガッポ稼いでくれるのが、事務所としても一番いいのだけど、うちでの活動を優先してほしいので資格は諦めてください、なんて非情なことは言わないのが、virtualaの良さだと思う。美宇じゃないけど、V活動だけが人生じゃないし、活動のために他を投げ打つのは、ちょっと違うんじゃないかな、と私も思う。


「ひかるちゃん、それで今回なんのミーティングだっけ?」

「あ、そうだ。ご存知の通り新人がデビューするんだけど、二人の時とは事情もデビューの仕方も違うので混乱がないように情報共有します。お手元の資料をご覧ください」


 お手元の資料をご覧ください、社会人になったら言ってみたかった日本語の一つ。正確には共有したファイルなんだけど。


「え〜と、まず二人と大きく違うのは、今回の新人さんは、正確にいうとVではないけど、個人勢として別プラットフォームで活躍されてた方だね。家庭の事情で一年活動を休止されてて、その間に乗っ取り被害にあったからツブヤイターのアカウントを作り直してるけど、転生ではなく個人勢から加入って形をとってます」

「Vではない個人勢ってどういうこと?」

「立ち絵がある顔出ししてない配信者さんとかですか?」

「大輝、正解」


 Vtuberの定義というのがそもそも難しいのだが、ざっくり言ってVtuberとは、Real Tubeという動画投稿プラットフォームで活動している、バーチャルな存在のことである。メタいこというと配信者や動画投稿者を表す固定キャラクターがいて、それが動き、Vtuberを名乗ったらVtuberでいいと思う。特に動画勢の場合は、動画の登場人物がVtuberであって投稿主とは別の場合もあるからややこしいけども。別のプラットフォームをメインに活動されている人は、Vライバーと呼ぶこともある。ファンの間でも定義づけは揉める。


 今回の新人さんは、別プラットフォームで、SNSのアイコンのような本人を表すイラストは持っていたものの、それは動いたり配信画面に常に映っていたりせず、VtuberやVライバーを名乗っていなかったので、正確にはVではないと表現したのだ。


「今回の新人さんは固定キャラの見た目と、ハンドルネームを引き継いでるの。ここまでOK?」

「わかりました」

「ん〜と、要は、俺がオリオンって名前で金髪キャラでVtuberデビュー、みたいな?」

「ちょっと違うかな。例えるなら、クロノのところのリスナーさんの八代桜さんが、ツブヤイターのアイコンのキャラクターで、名前そのままでVtuberデビューみたいな」

「なるほど」


 わかってくれたようでよかった。ちなみに八代桜のアイコンのキャラクターは、彼と仲のいい絵師さんが描いたオリジナルキャラクターであることを観測ずみだ。ツブヤイターで定期的に流行する、アイコンについて説明するハッシュタグで八代が説明をしていた。


「いわゆるママは二人と同じくミキさんだけど、キャラデザの一部と名前の権利は新人さんの中の人が持ってます。固定キャラのイラストをもとに、ミキさんがリメイクして2Dモデルにしてます。二人と契約内容が違うけど、事情が違うので、事務所の贔屓とかそういうことではないのを理解してほしいな。質問あれば受け付けるよ」

「僕たちはオーディション後に、こういうキャラでいいですかって連絡が来ましたけど、新人さんは最初から決まってたんですね。活動内容も前世、というか個人勢時代から変わらないんですか?」

「大幅には変わらないみたいね。許可出てるから教えるけど、女性でゲーム勢だよ。もともと大会とか出てたセミプロ的なストリーマーさんで、でもゲーム以外のコンテンツ充実させたくて、美宇にコンタクトとったんだって」

「お〜。virtualaにいなかったゲーム実況ガチ勢か。俺らとはだいぶ活動内容が違いそうだけど、新人さんのマネージャーもひかるちゃん?」

「違うよ。新人さんのマネは、美宇の希望で繁体字が読める人を探して、やっと見つかった人だから」


 私の説明を聞いて、二人の反応が少しだけ遅れた。


「はんたいじ?」


 と、耳慣れない言葉にポカンとしているのがみっくん。国語の教員免許獲得を目指している大輝は、それが関係あるかわからないけど、すぐにピンと来たようで、


「新人さんって台湾の方なんですか?」


 と尋ねてくる。そうか。この情報から伝えなきゃいけなかった。


「え〜と。言い忘れてたんだけど、新人さんは日本在住の香港の方です」

「……それ、一番大事な情報じゃね?」

「ごめん」


 美宇から聞いた時、一番驚いた情報だったのに、『待遇面と権利問題で二人が不満に思うようなことがないようにしないと!』という意識が先行して伝え忘れてしまった。


「ひかるちゃん、抜けてるとこあるよね」

「個人情報バラ撒きマンには言われたくないかな」

「まあまあ。代表にコンタクトをとった、ということは日本語が堪能な方なんですよね」

「うん。ネイティブレベルで喋れるし、読み書きもできるってさ。別プラットフォームでも日本語中心で配信してたからリスナーの七割が日本人らしい。コメントも日本語がほとんどで、たまに英語と繁体字と簡体字だって」

「はえ〜。グローバルだなぁ。俺らも香港語できるようにならないと」

三ツ星おりおん、香港で主に話されている言語は広東カントン語です。ちなみに台湾、香港、マカオで使われている漢字が繁体字で、中国の他の地域では簡体字が使われているんですよ」

「はえ〜」


 感情交差点とはあらゆる面で方向性が違う彼女の存在に、ソワソワするのは演者も同じようで。私たちは、箱でどんな企画ができるか、コラボできるなら何がいいか、なんて取り止めのない話で盛り上がったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る