第29話 推しでもないVtuberの家に凸した話 匿名記事作成サービスより

 突然だがVtuberの家に凸をしたのでちょっときいてほしい。反省はしている。あと性犯罪の話ではないから安心してくれ。どうせ特定できるだろうが、そのVtuberの名前はAとする。


 マスダ民がどんなVtuberを見ているのか知らないが、Aはチャンネル登録者数5万人ほど。大手ではない。ちょい有名な奴に取り上げられたから伸びてるけど、正直慣れてない感じで面白くはない。コメントを頻繁に読んでくれるから配信に行ける時は行くくらいの感覚だった。


 しかし配信をきいているうちに、漏れは大変なことに気がついてしまった。


 先述の通り、Aは配信に慣れていないことがモロバレで、前世がある奴ならやらないような失敗を頻繁にやらかす。バイト先の話だったり、酔った勢いでバイト先から家に帰るまでツブヤイターの配信機能で喋り続けていたり、自分の位置情報を不用意に発信するクセがあった。危機意識がないんだと思う。


 最初は気にもとめなかったが、配信を聞くうちに、コンビニの位置やコンビニからAの住むアパートまでの距離、乗っている電車の話が、漏れの近所と非常に似通っていることに気がついた。コメントを頻繁に読んでくれるから配信に行ける時は行くと書いたのは本当だが、実のところこの一致に気がついてから、気になってしまったという方が正解だ。配信でのコメントにキツめに注意をされたこともあり、一杯食わせてやりたい気持ちが大きくなっていった。


 最初に書いたように、特定していかがわしいことがしたかったわけではない。危害を加えたかったわけでもない。Vtuber、いや配信者とかいう、漏れとそう変わらない一般人のくせにチヤホヤされている人間が、匿名の優位性を崩された時、どうなるのか知りたかったのだ。


 漏れはいわゆる無キャである。陰キャのコミュニティに馴染みたくて流行のアニメやゲームは追いかけているけれど、他のオタクのようにイラストを描いたり語り合ったりする熱量を持てた試しがないし、そもそもアニメも漫画もそんなに好きではない。アイドルとか声優とか、そういう仕事の美人はこちらを見下してそうで嫌いだから、推しという感覚もわからない。性欲は人並みにあるが、恋も愛もよくわからないから、美少女コンテンツに興味も湧かない。でも運動はできないし、陽キャのノリは嫌いだから、なんとなくインターネットに入り浸っている。


 そして決定的な出来事が起きた。


 ひょんな出来事で、Aの最寄駅がわかったのだ。東京某所。漏れの最寄駅と同じだった。


 Aがよくするコンビニの入店音のモノマネからバイト先は割り出せる。コンビニは複数あるが、ごみの捨て方やよく来る客から、どのコンビニかはわかった。バイト終わりの配信から考えて、そのコンビニから酔った足で三十分ほどにあるアパート。コンビニからは車通りの多い大通りを歩かなくてはいけなくて、古くて木造で外に階段が取り付けてある、ユニットバスのぼろい学生が多く住んでいるアパート。地元民には簡単に割り出せた。


 あっさり場所がわかってしまって驚いた。


 漏れははやる心臓を抑えて、アパートのドアのすぐ横につけてある、音符マークがついたインターホンを押した。配信上でインターホンが鳴っていた。ビンゴ。


 部屋からA(の中の人)が出てきて殴られるかもしれない。警察沙汰になるかもしれない。顔を晒されてデジタルタトゥーになるかもしれない。今更ながら足が震えたが、漏れが危惧、あるいは期待したようなことは何も起こらなかった。


 二、三回インターホンを押したが、Aの反応は無視だった。せめて顔くらい拝めないかと近くをはっていたが、深夜に人っ子一人いない住宅地にいるのは気まずい上にトイレに行きたくなってきた。


 ああそうか。漏れは何をやっても舞台に上がれない側の人間だったのか。なんだか急に全てがバカバカしくなって、惨めになって、家路についた。


 A様。大変申し訳ありませんでした。


 途中にすれ違った金髪の美人が、全てを見透かしているような気がした。漏れはなんて下らない人間なんだろう。


記事への反応 -

masuda:20221204

通報しました


masuda:20221204

創作乙

漏れとか頑張ってネット民感だしてるのに『はやる心臓』とか謎の金髪美人とか綺麗にまとめようとしたせいで台無し


masuda:20221204

A誰かわかった


masuda:20221204

トレンド入ってた奴か?ちゃんと事実を元にしたフィクションですって書けよ。現実の事件に寄せすぎててひたすら不快だわ




※※※




 現実なんだよなぁ。


 家凸犯の記事を読んで、何とも複雑な気持ちになった。もちろん個人情報がコレだけ大々的にばらまかれているのは問題だ。記事を載せているプラットフォームに連絡を入れ、消してもらうように働きかける。


 幸いこの記事が載せられているプラトフォームは、行動が早いことで有名なので、すぐに消してもらえるだろう。


 なぜ本物だと断言できるかといえば、コンビニのこととかアパートのこととかの情報もそうだが、創作認定の原因にもなっている金髪美人の存在である。


 あのとんでも配信を知り、みっくんの身の危険を案じた大輝は、親切にも様子を見に行ってくれた。私がいこうとしたのだが、美宇からストップがかかったのだ。美宇がストップをかけたのは、女の子じゃ危ないなんて、私と同い年とは思えないほど古臭い理由だったし、危ないのは大輝だってそうなのだけど、用心深い大輝は深夜まで営業している激安ショップでカツラを買い、軽く変装をしていったそうだ。そこまでされたら美宇もノーを言えなかったらしい。


 そしてそのカツラというのが金髪だったわけである。


 当のみっくんはというと、酔い潰れていたのとトラブルで、ややになっていて、通話でお説教じみたことを言ったら逆に怒鳴られてしまった。あなたを心配して、と言った言い回しがお節介と受け取られたらしい。


 メンタル不調は私も覚えがあるので、みっくんが何もかも攻撃と受け取る精神状態にいることは想像できたし、そういう状態にある今のみっくんの言葉が、本心とは必ずしも言えないのはわかっているが、無力感を感じたのは否定できない。


 家もバイト先も割れてしまい、しかも今回はインターホンを押しただけとはいえ、周りへの迷惑になりかねないとなれば、引越しをしたりしばらく身を潜めたりしなければならない。明確なストーカー被害と判定されるかは微妙だが、この記事を見せつつ警察にも相談しなくては。


 記事の魚拓を取りながら、私はため息を吐いた。


 この記事には『漏れ』という人物が、Vtuberに対してどんな気持ちで接しているのか、その複雑な感情が表れている。


 特に、漏れがVtuberに対して抱いている無力感や疎外感、そしてVtuberが注目を集めていることに対する嫉妬といった感情は、妙に生なましかった。家凸犯のことは人としてもオタクとしても軽蔑するが、特別ではない側の人間のひねこびた感情は、私だって持っているものだ。


 多分そういくらも経たないうちにみっくんからは謝罪のメールが来るだろうし、私は炎上の対応に当たらなければならないし、何も悪いことしていないのに善意でみっくんの様子を見にいった大輝には、しばらくみっくんを預かってもらうことになりそうだ。預かるって言い方おかしいけど、他にいい表現が見つからない。


 起きてしまったことはしょうがない。粛々と対応するだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る