インターネット・バケモノズ〜バーチャルの裏側のラブ&コメディ〜
刻露清秀
デビュー前夜
第1話 引きこもりニート、職を得る? その①
B omochi「
NoName「バチャ豚脳破壊されてて草なんだ」
わっさわさ「一期生はもう空中分解ってことでファイナルアンサー?」
とあるVtuberの炎上解説動画についた野次馬どものコメントにぽちぽちと低評価をおし、通報する。引きこもりニートな私の日課になっている。恋沼ひかる、二十二歳、無職。それが今の私のステータス。
大学は今年の三月に卒業したが、無職のまま半年がすぎていた。メンタル面に不調があり、卒業前から引きこもり状態になっていたので、卒業できただけマシかもしれない。カウンセリングを受けたり、就職相談会に行ったり、何もしなかったわけではないけれど、外出するたびに崩れる体調を言い訳にして、最近は完全に部屋に引きこもってインターネットでVtuberの情報ばかり見ている。
以前はもっと多趣味だった。紙の本を読むのが好きだったし、映画を観るのも好きだった。声優さんや同人誌のイベントに参加したり、美術館や博物館、それに野外での天体観測やプラネタリウムに行くのも大好きだった。でもメンタルをやられていると小説や漫画を読んでいても集中できないし、ニートの引け目で家のテレビは使いづらい。外出する趣味は論外。趣味で察することができるかもしれないが、私はオタクで喪女である。ついでに腐女子。
引きこもる前からVtuberは好きだった。それこそ黎明期、私が高校生だった頃から追いかけている界隈である。何度か推しが引退し炎上し、このVtuberが推しだとはっきり言い切れるVtuberはいない、オタクと呼べるのか怪しい現状だが、それでも情報を追い続けている。インターネット上の、清濁で言えば濁だらけの情報と感情の洪水は、ロクな考えを生まない頭を、疲れさせることができて良い。
充電器につなぎっぱなしのスマホが振動した。なんだろう。画面を見ると親友から電話だった。珍しいこともあるものだ。
我が親友は小学校の頃からの友達で、私を腐女子の道に引きずり込んだ張本人ではあるものの、私とは正反対の明るい性格だ。働かなくても一生暮らせていけるレベルの、超がつくお嬢様だが、当然引きこもりになることはなく、特殊ではあるが仕事もしている。時間を確認するとまだ午後二時だった。平日の昼間に通話をかけてくる理由はなんだろう。私はおそるおそる通話にでた。
「も……もしもし」
危ない。家族以外と話さないから、声の出し方を忘れかけている。一応は若い女のはずの自分の声が、ずいぶんしわがれていて驚いた。
「ひかる?」
親友の声がいつになく心細そうだ。
「
「……どうせ知ってるでしょ。大変なのよ、うちの事務所」
「ちょうど解説動画見てたとこ。どこまで本当なのこの話」
「ほら、やっぱり」
そう。我が親友こと
「え〜と。とりあえず、新人五人のうち三人がデビューできなくなったのは本当?」
「本当。あと実はシークレット枠の女の子が一人いたんだけど……その子は家庭の事情で年内のデビューは難しそう」
「そっか……」
つまりシークレット含めて六人いたはずの一期生が二人になった、と。
「美宇に彼氏がいるの、私は知ってたけど、これ漏らしたのって新人?」
「そう。こんな零細事務所でもミス・アノニマス砲を食らうとはね。凸待ちにうちのデビュー予定者が凸っただけなんだけど」
時系列を整理するとこういうことである。まず事務所立ち上げと前後して、新人プロデュースの企画が持ち上がる。事務所のために他社から引き抜いた敏腕マネージャーが取り仕切り、男女合計六人のデビューが決定。シークレット枠以外の五人がツブヤイターアカウントを開設し、ファンとの交流を開始。だがしかし、敏腕マネージャーがまさかの失踪。それを受け女性の新人二人が脱退。ここまでの流れと美宇が彼氏持ちであることを、脱退したのとは別の男性の新人が、物申す系Vtuberの凸待ちでぶちまける。情報漏洩は当然のことながら解雇。新人デビューのグダグダさと、宇宙ランが彼氏持ちであることでユニコーン勢が激怒。え〜っと、こんがらがってきたけど、要は今残っている新人は男性二人で、代表の彼氏バレにより事務所はただいま炎☆上☆中! イマココ! ……詰んでね?
「ひかるが人間不信になる気持ちがわかったよ。信頼してたマネージャーは失踪するし、新人の女の子はデビュー前に二人も辞めちゃうし、残った男のうち一人は暴露野郎だったし」
「美宇……」
明るい性格の彼女でも、さすがにこたえているようだ。
「私は別に失踪されたわけじゃないからさ。美宇の方がよっぽど酷い目にあってるよ。心ないこともたくさん言われただろうに美宇は頑張ってるよ」
「うん……。まあ、でも、こういうのはどっちが酷いとか、そういうのないよ」
自分が傷ついている時に、こういうことがサラッと言える、我が親友はそういう人である。若くして事務所を立ち上げるだけの才覚も人望もある。たまに親友を名乗っていいかわからなくなる。太陽みたいな人って比喩は、美宇のような人間のことを指すのだろう。
「美宇ってほんとなんで彼氏もちなの? 今からでいいから私と結婚しない?」
しんみりしたくてニートに電話したわけじゃないだろうし、話題を変えてみた。
「へぇ? そういう冗談が言えるくらいには世紀の大失恋から回復してるわけね。社会復帰もあと少しじゃない?」
「うっ。藪蛇だった……。別に大失恋とかそんなんじゃないから」
「じゃあなんなのよ」
「……本当は見下されてたのがショックだったというか」
「あたしは最初から、あの人嫌な感じがするって言ってたじゃない。まあ、あたしの人を見る目も大概アレだけどさぁ」
美宇のいう『あの人』というのは、私の元研究室仲間兼サークル仲間であり、私に
「もはや社会に向いてない」
なんて言い放った男である。ことわっておくと、その当時、私は引きこもりでもニートでもない、ただの大学生だった。今となっては認めたくないけど、私はほんの少しだけ、その人のことが恋愛的な意味で気になっていた。
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