第10話 記念すべきデビュー配信 赤城クロノの巻

「ラーメン、イケメン、オレつけ麺……あれ?」


 初配信からアドリブでとちった男、赤城クロノである。


「ち、ちっちゃいことは気にしない、それワカチコワカチコ〜」


miroro「なっつ」

ランたそ激推し「ネタ古いぞ大丈夫か?」

闇月リズの推し活チャンネル「つけ麺?」


「ラーメン、つけ麺、オレつけ麺! はいどーも、赤城クロノです! よろしく!」


 どうあがいてもつけ麺なのかお前は。コメント欄がわりとノリが良くて助かった。ハクトのコメント欄にいた箱推しらしき人、チラホラそうでない人もいる。


miroro「つけ麺なのか……」

闇月リズの推し活チャンネル「怒涛のつけ麺推し」

にんにん丸「つけ麺なのか(困惑)」


「好きな食べ物はラーメン‼︎ 」


ランたそ激推し「いやつけ麺ちゃうんかい!!!!! 」


 コメント欄から総ツッコミを食らう。その通りだよ。


「いや、つけ麺も好きだけどね。ちな醤油派。お前らは? 」


 初配信からくだけすぎじゃ……。ヒヤヒヤしながら配信を見守る。


xoxo「登録よろしく♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 スパムを一匹駆除。幸い配信は荒れたり冷えたりはしていない。


「あ、出汁は豚骨派だわ。豚骨醤油しか勝たん」


 ラーメンネタで盛り上がるコメント欄。豚骨塩派、豚骨味噌派、坦々麺派などさまざまな派閥があるらしい。いや坦々麺は坦々麺では?


「えーっと、綾小路もみまろさん『ラーメンを食べる場合、外見よりも内臓が勝負です。男も女もアラサー過ぎたら内臓勝負です』。そうなの? わからん」


 なぜよりによってそのユーザー名を取り上げた……。あとポロっとアラサー以下なのバラしてない? いや流石に杞憂がすぎるか。あと数年でアラサーだしな……。君も私も……。あとまあ年齢はバレたところでそんなに問題はないか。初配信からリスナーと積極的にコミュニケーションをとっているのは好印象だ。


 ちなみに杞憂という言葉はVtuber界隈でスラング化し、杞憂民という単語も生まれている。ちょっとした行動に推しが炎上しないか心配したり、厄介化してお気持ち長文を送りつけたりする杞憂民。招かれざる客だが、もともと厄介に片足を突っ込んだVtuberファンである私には、他人事とは思えない存在でもある。もちろん、どんな理由があろうとも推しと周囲に迷惑をかけてはいけないんだが。


 コメント欄は相変わらずラーメンの話で盛り上がっている。ラーメン最強か? 


闇月リズの推し活チャンネル「やっぱ博多ラーメンだよ」

ランたそ激推し「辛ラーメンはラーメンか否か」

にんにん丸「ラーメンってついたらラーメン」


 リスナー同士でやり取りしてるのは若干気になるが、まあ後々酷かったらリスナー調教をしてけばいい。悲しいかな、初配信に来た人が固定リスナーになるとは限らないし。


 ラーメンで盛り上がっている間に、どんどん時間が過ぎていく。まだスライドだしてないのに……。


「あ、やべ! 自己紹介! オレ様の名前は赤城クロノ! 新進気鋭、半人半魔のVtuber! 推しマは🚦信号と🔴赤丸と⚫️黒丸! ユニットが信号モチーフだから信号、あと名前から赤と黒だぞ! 覚えろ!」


 後半十分で一気に捲したててくる。そんな一気に言われても覚えられないってば。あと信号モチーフは消えた黄色が目立つから積極的には話さないことにしたの忘れてるし……。


「えーっとタグはそのまんま名前で、その他もハクトのやつ名前変えればよろしい。いいねとかリプ返とかけっこうするんで、ツブヤイターのフォローよろしく! よろよろよろ! あ、あとファンネーム? ハクトと共通な。歩行者」


闇月リズの推し活チャンネル「さっきハクトくんの配信できいたし」


「は? リズお前、そういうこと書くなって。冷えっから。ま、ハクトともどもよろしくってことで」


 リスナーを名指しでイジるのはリスクが! 私の中の杞憂民が暴れ出す。落ち着け落ち着け。コメント欄荒れてないじゃん。中の人もそうとはいえ、やたらフランクにいくなと思ったら、『闇月リズの推し活チャンネル』はツブヤイターでクロノとよく絡んでいる個人勢のチャンネルだった。でも配信内でのコミュニケーションの取り方はちょっと考えてもらった方がよいかも。


「えーっと時間がないのでこの辺で。あ、そうだ! オレ様特技ギターなんだよね!  披露する機会はそう遠くないと思うんでお楽しみに! じゃあな!」


 怒涛のデビュー配信は終わった。




※※※




 午後八時。事務所ビルに程近い、ロゼワインが美味しいビストロに来ている。


「はい。まずは二人ともお疲れ様〜! かんぱ〜い! ひかるもおつかれーい」


 はしゃいでいるのは私の幼なじみにして親友。代表として初配信の振り返り配信をしてくれていた。


「三人とももっと飲みなよ〜。経費で落とすよ〜」

「本当、美宇ちゃん様さまだね」

「まあね〜」


 私の親友は親から引き継いだ不動産と投資でがっぽがぽに稼いでおり、ぶっちゃけ大赤字なvirtualaは彼女の資金力なしには回らない。一方的にもらってばかりなのは心苦しいのだけれど。


「じゃあ遠慮なく」


 真剣にメニューを見ているみっくんと、事務所代表との懇親会に目が泳いでいるハクトこと大輝ひろき。対照的だなぁ。


「……お疲れ様とか、言っていただいていいのでしょうか? しょ、初動が大事なのにあんなグダグダした配信をしてしまって……。も、も、申し訳ないです……」

「大輝〜、暗い暗い暗い〜。お前ネガティブ大魔神じゃん。俺もお前も初めてにしちゃ上等、上等、バッチグーチョキパーっしょマイメン」


 おおむね言いたいことはみっくんが言ってくれたが、言い方がすこぶるうざい。あと貴方はもう少し反省してもバチは当たらないのでは? 


「てかハクトの配信見てたんだけど、やっぱ中身のネガティブくんとかけ離れててびっくりだわ。何あのあざとい生き物」


 みっくんがウインクしてみせる。まあわかるけど、あんまりいじるのはどうかなぁ。Vtuberって現実の人間と離れているところが良さでもあるわけで。


「みっくん、その辺で。大輝もそんな気にしなくて大丈夫だから。二人とも今日は帰ったら早めに寝て。細かいところは気になるとこあったけど、ほぼ素人から初めて、ちゃんと配信できたのってすごいんだから。カッコよかったよ。才能あるから頑張りなさい。私は二人を信じてるから」


 割って入ったら何故か二人とも、いや美宇まで驚いた顔をしている。私、何かやらかした……?


 自慢じゃないが私はわりと深刻なコミュ障喪女である。異性の友達はいないし、同性の友達も美宇とあと数人しかいない。もちろん彼氏もいない。実家の居心地がいいばっかりに、子ども部屋おばさん一直線。ありがたいけどマジやばい。


「ひかるってばけっこう二人のこと考えてるのね。厄介オタだから厳しいこと言うかと思ったら……。あたしは嬉しいよ」


 我が子の成長を見守る母のような眼差しの美宇。美宇の中で私ってもっと陰湿な人間なんだろうか。みっくんと大輝に最初に伝えた情報が、幼なじみはともかく、陰キャ、怒ったら怖い、腐女子の三点セットなわけだし。別に恨んでいるわけではないけど…‥。


「ま、いっちょ頑張りますか」


 ぐるぐると肩をまわすみっくん。こういう妙な空気の時、彼の軽さはありがたい。大輝は黙っている。あちゃー。


「あの」

「あ、あ、あ、あの!」


 被ってしまった。


「が、頑張り、ます。あの。僕、頑張るので、あの」


 うすうす気がついてはいたけど、大輝も私の同類なのかもしれない。まだワインに口をつけてもいないのに、大輝の頬がうっすら赤い。照明に照らされて、眼鏡の奥の瞳が輝いて見えた。


「あの、あと、その、褒めてもらえて嬉しいです」


 何この可愛い生き物。みっくんと同じようなこと思ってしまったの、謎の敗北感がある。いや蒼川ハクトはどんだけ可愛いくてもあざとくてもいいんだが、生身の成人男性(年下)にそういうこと考えるのはわりとマズい気がする。子ども部屋おばさんのセクハラおばさんとか洒落にならん。しっかりしろ私。親を泣かせるな私。


「大輝、青春してるとこ悪いがそんなキラキラした目で言うことじゃないぞ……」


 みっくんが何か言っている。ちゃんと聞いとかなきゃ……。


「いま、大輝の瞳がキラキラつった? 」

「は? 」


 うわ、みっくんに引かれたのけっこうショック……。いや腐女子脳が暴走した感は否めないけど本当にそう聞こえたんだもん……。


「どーせ私は喪女の子ども部屋セクハラおばさん……」

「聞き返しただけで勝手にネガるなよ……」


 少々やらかしたのと、思っていた百倍はみっくんの酒量が多かったこと以外は無事に、お疲れ様会は終わったのだった。

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