第13話 ネガティブはほどほどに

 真面目に活動をスタートさせたのに、謎の前世疑惑にAIの誤ペドBANとは、さすがにハクトおよび大輝ひろきが可哀想である。折しも借りていた機材を兄ビルに返したいと言っているので、ついでにちょっと話を聞くことにした。愚痴を聞くくらいしかできないが、何もないよりいいだろう。


 裏ではネガティブ全開だが、それは表には出さず、おはようとおやすみのツブヤキは欠かさないし、予定表も修正し、明るく元気に振る舞っているハクトを見ると、運営の贔屓目を差し引いても報われて欲しいところだ。リプ返もマメなタイプなのに、


みるくん (@mirumiruuuu!)5時間前

 レヴ……ハクトくんおはよ


もちゃこ (@mochyachyann)3時間前

 また会えて嬉しい


 こういう触れづらいリプがついているせいで、それもできていないのが不憫でならない。


 個人的に厄介だな、と感じるのは、この手のリプを送ってきているのが、アンチというところだ。ハクトが嫌いで困らせたくてやっているわけではなくて、中の人ネタを忌避するV文化がわかっていなかったり、単純にレヴァンティンのファンでメッセージを送りたかったり、自覚がないタイプの荒らしなのだ。しかしながら扱いを間違えると反転する可能性が高いところが厄介。それからVがわかってないだけではなく、往々にして知る気もないのが厄介。


 もちろん、前世疑惑のレヴァンティンがガッツリやらかしているせいで、自覚があるタイプの荒らしも存在する。そういう人は、美宇が指摘するような低評価ダンクと通報、ツブヤイター上だとタグ付けしてデマの拡散をメインに行っている。美宇の秘書が運営しているvirtuala公式アカウントと、デビューに合わせて作ったユニット『感情交差点』の公式アカウントで、デマや誹謗中傷に対する注意喚起をし、ハクトとクロノにも拡散してもらったのだが、あまり効いていないようだ。


 機材返却の手続きをした後、大輝を誘って公園を歩いた。


 兄ビルのある吉祥寺は、程よい静けさと賑わいのある町である。小学校から高校までこの町に通った者としては、オシャレな店がすぐに移転してしまう、とかそういう不満はあれど、暮らしやすいいい町だ。


「今一人暮らししてるんだよね? もう慣れた?」

「そうですね、だいぶ慣れました」

「すごいなあ、私なんて実家から出れる気しないよ」

「僕も実家をでたわけではないですけどね」


 大輝のご両親は海外に駐在に出ているらしい。実家である世田谷の一軒家に大輝は今、一人で住んでいるのだ。


「大学はどう?」

「一限はリモートにしてほしいです」

「超わかる」


 他愛もない話をしながら池の周りを一周する。かなり個人的な話をしているように思われるかもしれないが、お互いに個人情報を握り合って信頼関係を築いていくのがvilutualaスタイル。大輝も私が実家暮らしであることや、美宇と私が小学校から高校まで同じ学校に通っていたこと、就活に失敗して美宇に拾われたことなど多くのことを知っている。美宇が茶目っけを出していろいろ喋ったせいで、腐女子で最近まで引きこもりだったことまで知っている。何度も擦って悪いけど、そういうところどうかと思うぞ、我が親友。


 公園の近くのコーヒーショップで、コーヒーを飲むことにした。


「あ、今日は二階ですか?」


 店長さんが話しかけてくれる。気さくでオシャレな店長さんは顔見知りである。


「はい、あ〜、空いてます?」

「空いてますよ。久しぶりですね」

「ああ、はい」


 ややぎこちない会話を交わす。私、陰キャの元引きこもり。知り合いが相手でもなんとなく会話がぎこちないのはご愛敬。


「前はよくきていた、とかそういうことですか?」


 二階に上がったタイミングで大輝が尋ねてくる。


「そう。引きこもる前はね」

「そうですか……」


 空気をまずくしてしまった。


「ま、まあ私のことはおいといて。開始早々、大変だったね」

「ええ、まあ」


 もともと暗い空気がさらに淀む。


「事実無根の疑惑はともかく、僕は……なんていうか。代表にお声がけいただいて、自分なりにVtuberのこと、勉強してたんですけど、実際やってみるとうまくいかないことばかりで……。あの、いや、えっと当たり前なんですけど、やっぱり僕は拙いなって……」


 気に病むのは真面目がゆえだと思うし、向上心があるのも勉強熱心なのも素晴らしい。素晴らしいが……。

 

 当たり前〜! 未経験者がいきなり全部完璧にやれるわけないやろが〜い!


「どんだけ〜!」


 思わずツッコミをいれてしまう。急に私の口から飛び出した往年のネタに、大輝が困惑している。しまった、このテンションは適切ではなかったな。でも言わせてもらおう。


 なんて言ったら伝わるだろう。クオリティが低くてもいいと言いたいわけじゃない。そういう尺度ではなくて活動について考えて欲しい。


「その、なんだろう……音程外さないだけが心に響く歌じゃないでしょ? それと同じでどんなに拙くても心に響くコンテンツってある……と私は思うから、あまりネガティブになりすぎないで欲しいかな。配信うまいVtuberが欲しかったら、美宇は貴方を選ばないよ。うまいのが必ずしも良いわけじゃないの。それに今は音外しまくったような配信でも、積み上げていけば音程外さない配信になるから。今拙いからって歌うこともしないで上達する?」

「……しないと思います」


 少しは伝わっただろうか。


「そうだよね。だからさ、思うことは多いかもしれないけど、経験値は無駄にならないからさ、一緒に頑張ろうよ。ね? 私もそう頼れる人間じゃないけど、できることは全力でやるから。一応、企業というチームで『蒼川ハクト』を運営してこうとしてるわけだからさ。なんかしたり顔でいろいろ言っちゃったけど、愚痴を吐く相手が欲しいなら黙って聞くし、力になりたいと思ってるから。一緒に頑張ろ、理不尽なことも多いけど」

「……はい」


 ほんの少しだけど、大輝の表情が明るくなった気がした。眼鏡ごしに目が合う。関係ないけどまつ毛長いなあ、マスカラ要らなそう……。少しだけ目の縁が赤かったのは、触れて欲しくないだろうから、見なかったことにする。


「……恋沼さんって、意外とひょうきんな人ですね」

「そうかなぁ?!」


 それはあまり言われたことがないぞ。あとひょうきんって今日日きかないなぁ。悪い気はしないけど。




※※※




 さて散々悩まされた偽の前世疑惑だが、意外なところからくつがえることになる。


「ご機嫌よう。お疲れ様でした〜」

「おつおつ〜」


 週末のユニットコラボは、ハクトのチャンネルが取り戻せていないので、クロノの枠のみで行っている。なので、枠まわりの管理は、私もモデレーターとして入ってはいるが、みっくんが行っているわけだ。


 配信自体は滞りなく進み、早くもデビューバフが切れかけという数字的に厳しい面はあるものの、平和に終わりそうな配信だったのだが。終了の挨拶を終え、画面を切り替えて、配信を切るだけになった段階で事件は起こった。


「は〜、終わった終わった。ね〜、このままここに代表きて反省会って流れでいいんだっけ。繋ぎっぱでいい〜?」


 クロノ……というかみっくんのいう『ここ』とは通話アプリ上のチャンネルのこと。ユニットコラボ用のチャンネルなので、美宇とミーティングをするところとは別だが、この通話アプリを使い慣れないみっくんは混乱しているようだ。そして配信が切れていないことに気がついていない。コメント欄は


にんにん丸「Cパートきちゃ」

miroro「もしや反省会聴ける?www」

みるくん「クロノくんうっかり笑」


 など、わざとなのかミスなのか判断がつかず、トラブルを楽しんでいる様子。


 慌ててチャットを飛ばすが、完全オフモードのみっくんの声を聞いて、大輝も配信が切れたものと判断したらしい。


「ん、あ〜。いやここじゃないですよ。ここはユニットコラボのためので……」


 咳払いをして話しはじめた声は、思っきし地声である。


miroro「?!」

にんにん丸「いや誰」

ミルキーチャーム「声ひく。え、ネタ?」

みるくん「えハクトくん地声これ?」

ランたそ激推し「ハクトきゅんの反応的に事故だなこりゃwww」

詩月サラ「え地声イケボなんだが」

ytc9999「放送事故www」


 コメント欄がひとしきり困惑したところで、ようやくみっくんが私のチャットに気がついた。


「ひ、ハクトごめん、配信切れてない‼︎」

「はぁ!?」


 個人情報とか話してなかっただけ良かったのだが、みっくんのうっかりで地声バレし、両声類とはいえ女性のレヴァンティンとはかけ離れた声、かつそれが声真似など声を作っているタイミングではなく完全なる放送事故の中での出来事だったので、ハクトの前世疑惑は立ち消えたのであった。


 困らされたわりにあっさりとした幕引きになったが、インターネットなんてそんなものだ。

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