ライブを成功させよ
第33話 羞恥心など捨ててしまえ
周りの人々が笑い声を上げ、騒ぎ立てているなか、私は一人、沈んでいた。
すでにここに来たことを後悔していた。でも来てしまったからには仕方がない。私は駅の広場で、ある男を待っていた。
夜の冷たい風が私の肩を撫で、街灯の光が路面に揺れていた。
彼は約束の時間に遅れている。私は時折、近くの騒がしい居酒屋の中から聞こえてくる歓声に耳を傾けた。その笑い声や会話は、私の孤独感を一層深めた。
なんでこんな場所で待たなければならないのかと、私は自問自答する。賑やかな駅の広場は、寂しさを感じさせる場所だった。私はこの再会が何をもたらすのかを不安に思いながら、彼の姿を待ち続けた。
「待った?」
はたして、やってきた男は、黒いコートを身を包み、いかにも社会人らしい社会人になっていた。
「……まあ、そんなに待ってないよ。でも、久しぶり、鏡面くん」
「なんか堅苦しいなぁ。恋沼、元気だった?」
「うん」
「そうは見えないけど。まあいいや、居酒屋予約したから行こうぜ」
彼の言葉はいつかのように軽快で、私はなんだか肩の力が抜けてしまった。彼の一言は私に取っては引きこもりの原因になる程のことだったけど、言った側は何にも覚えてないみたいだ。
クロノの不注意からの住所バレ、家凸、個人情報流失、ナイフを突きつけられる、と一連の出来事で、virtualaはてんやわんやの大忙しである。ただでさえ年末の忙しい時に、クリスマスにはライブもあるし、一連の炎上で【悲報】Vtuberさん、キラキラネームのDQNだったwwwwwww【顔バレあり】だの、『virtuala赤城クロノの中の人(魂)が確定! 高校中退の元バンドマンで素顔はイケメン?』だの、アフィカ……、広告収入目当ての記事を書く人々に群がられたり、いわゆるイナゴに好き勝手言われたり、記事を消させるのもイタチごっこだ。
ナイフを突きつけてきた元同級生は大人しく警察の指導を受け、その様子を配信していたクソガキさんは、『企業所属なめとんのかボケコラ(意訳)』と弁護士から連絡がいった途端にアーカイブを消したのだが、インターネットの怖さは、情報が拡散されていくところにある。本当に怖いのは、
「……恋沼、仕事大変なの?」
「へ? ああごめん」
「なんかやつれたよね」
目の前の出来事に集中していなかった。鏡面はいかに大手企業の営業職が大変な仕事なのか熱弁してくる。ちょこちょこ年収マウントをとってくるのが腹立たしいが、付き合うのも億劫なので、適当に流しておく。私の職種はエンタメ業界とだけ伝えてある。
私が鏡面と食事をとっているのは、もちろん鏡面に未練があるからではない。山積みの仕事から逃れるためでもない。いや、それはちょっとあるかな。とにかく、私としては、一度鏡面とちゃんと向き合うべきだと思ったのだ。思いが拗れる前に。
月下さんこと遠藤賛理香の行動は、完全に理解ができることではないけど、自分の中にいる理想の相手を見つめて、現実のその人を見ることができないのは、思い当たる節があってドキッとしたのだ。私の場合は理想の相手ではなく、恨んでいる相手だけど、私の中で彼が、現実の鏡面とかけ離れた存在になってはいないか、確かめたかった。誕生日からちょくちょく飲みに行かないかと誘われていたので、のってみたと言うわけだ。
結論から言えば、私の中の鏡面への執着は、良くも悪くも消え失せた。ちょっと自慢したがりで、自信がないから他人を貶めてしまう悪癖もあるけれど、立派に社会人として働いていて、責任感もある普通の人。私と関わる必要もないだろうし、もう会うこともないだろう。私の知らないどこかで、誰かと幸せにいてくれたらそれでいい。
「それでさ、恋沼」
「うんうん」
「お前学生のとき俺のこと好きだっただろ」
「……うん。まあ」
気がついていたのか。それであの発言は……。もうどうでもいいけど。
「社会に出てみてわかったんだよ。付き合うのもその先を考えるのも、大事なのは容姿とか要領がいいとか、そういうのは大した問題じゃないって」
いい感じの雰囲気を醸し出しているけど、つまり私は容姿が悪くて要領も悪いと言いたいので? 要領については否定できないけど、ぶっちゃけ鏡面は人のこと言える容姿では……。いやいや、オタクは二次元を見慣れすぎていていけない。みっくんの顔バレにどうこう言ってる有象無象を見ればわかるじゃないか。三次元の人間の顔なんて、どっかしらおかしいのだ。ちなみにみっくんの容姿については、イケメン死すべし派閥と、大したことないチー牛じゃないか派閥と、女殴ってそうな顔派閥が存在する。勝手に戦え! そしてどっかいけ! 書き込みは消せ!
「恋沼、聞いてる?」
聞いてないです! てか興味ないです! 帰っていいですか! とは言えないのが私である。あ、私はみっくんの顔は普通にイケメンだと思っている。女殴ってそうはちょっとわかるけど、前髪長めでぷりん頭になっている髪型と、ピアスばちばちでネックレスとかアクセサリーじゃらじゃらで黒多めの服装のせいだと思う。あと身長が高いから怖く見えるけど、中身は気のいいサブカル兄ちゃんだし。なんかいい匂いするし。香水かな? あれ。
いやみっくんの容姿大好きな人みたいになってしまうけど、そういうことでもなく……。いや顔が好きは別にいいのか? あのトラブルメーカー気質的に恋愛対象ではないけど。向こうからしてもお断りだろうし。
「それで、もしよかったら、また俺と飲みに……」
「ごめん鏡面くん興味ない」
「は?」
「いや、失礼だけども。ほら、その、仕事! 仕事が忙しいしさ」
「あのさぁ」
鏡面が腕組みをする。なんか嫌な予感……。
「エンタメ業界ってだけでブラック確定だけどさぁ、中途で、しかも恋沼のスペックで入れる企業って時点でお察し……」
おお……、チクチク言葉がこんなに連続で出てくることあるんだ……。とはいえ、まるで応えてない自分にびっくりだ。鏡面は長々と何か言っているが、耳に入ってこない。半年前に聞いたら卒倒しそうな言葉の数々であるにも関わらず。
美宇に、大輝、みっくん。美宇の有能秘書集団に、今動いてくれている弁護士さん、直接会ったことはないけど通話はさせていただくミキさん……。いろいろな人と関わらせてもらって、卑屈な引きこもりニートだった私も、ちょっとは強くなったということだろう。役割と居場所に、そういう大切なものに、強くしてもらったともいえる。私の大切なものが、鏡面みたいな『社会一般』からどう見えているのかはどうでもいい。そんな視線に恥じ入るくらいなら、羞恥心など捨ててしまえ。鏡面がいう『社会一般』様が世界のすべてじゃないし、そんなものには向いていなくていい。
「割り勘でいいよね、もう帰る」
鏡面のお説教をぶった切って店をでた。鏡面の方が飲んでたのに全くの割り勘だったことにはちょっと不満だったけど、まあいっか。まだ言いたりなさそうな鏡面をどう振り切ろうか考えていると、店の前で見知った顔を見つけた。
「
「ん、何」
「こ、恋沼さん」
そうだ。鏡面もひろきだった。めんどくさいなあ、無視しよ。
「こんな時間までどうしたの、一緒に帰ろ」
「え、あ、はい」
「この子送ってくから! じゃあね鏡面くん!」
ぞんざいな捨て台詞で超絶美形の手を引いて帰っていく女。客観的に見るとわりとやばいけど、そんな些細なことは気にしないことに決めたからいいのだ。
「あ、うん。じゃあね」
唐突な同名の美形の登場と退場に、鏡面は面食らっていた。ちょっとだけ、ざまあみやがれ、なんて思ったのは自分でも性格悪いけど、鏡面のお説教も性格悪かったのでヨシ!
私は大輝の手を握って、夜の町を突き進んだ。ほろ酔いだったこともあるけど、いろんな意味で、強くなれた気がした夜だった。
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