西暦2059年4月12日(土) 20:10

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 夏に、水筒の中の氷を路面に落とした時、こういう感じにあっという間に消えてなくなって行ったのを見たことがある、と。

 溶けるように消えていく総人数を見つめ、ランクDチーム『すっとこどっこいファイターズ』のリーダー、『恥まみれの一歩』は肝が冷えていた。


 "原作"に一行たりとも描写されない、モブの中のモブ。不寝屋まう激推しのファン。エンジョイ勢チームを率いるアマチュアの名将でもある。

 ポシビリティ・デュエル5年目の彼だが、こんな序盤の形が100Hundred vs.バーサスで発生したのを見たことはない。


 探知系のスキルとずば抜けた実力があれば可能なことかもしれないが、その『ずば抜けた実力』がどれほどのものかを想像して、恥まみれの一歩は身を震わせる。


 時折流れる心地良い風だけが、彼の心をささやかに落ち着かせてくれていた。


「どうします、恥まみ先輩」

「これ明らかに変ですよ恥まみ先輩」

「するなら偵察からがベストでしょうか」

「まうちゃんの視聴者参加型配信って定期的に変なことになりますよね。やっぱまうちゃんって変人に好かれる才能とかあるんじゃないですか?」


「まうちゃんに飛び火させるんじゃない。とにかくこの湿地帯を抜けよう」


 恥まみれの一歩の言葉に頷き、すっとこどっこいファイターズは歩き出した。


 すっとこどっこいファイターズは、現役学生の格闘競技部員やアマチュア格闘家などが集まった、バトル配信好きの男達総勢34人のコミュニティである。

 連帯感が強く、スポーツマンシップも強固で、互いに敬意を払う前提の絆がある。


 幸運にも序盤で全員合流できたすっとこどっこいファイターズは、沼地を抜けるべく歩き出した。

 今日のフィールドは『標準セット:湿地帯Q』。

 見通しが悪い森と、足を取られるぬかるみがフィールドのほとんどに展開されている戦場である。

 ポシビリティ・デュエルのフィールドはセットが同じでも毎回ランダム生成で変化するものが多いため、地形を熟知することはできない。


「リーダー! このフィールドで有利なのってどんなやつなんすか!」


「いい質問だ新人! ゲリラ戦特化のミリタリー系、自然を利用するナチュラル系、中央の巨大人型隕石を素早く確保する陣地重視系や、湿地帯に足を取られない飛行系が有利なことが多いぞ!」


「あー、いいですねえ! おもろそう!」


 足を泥濘に取られ、先も見えない木々の合間を歩き、みっちりと詰まった野草を引きちぎりながら、すっとこどっこいファイターズは進んでいく。


 一見してひどく面倒臭そうだが、全員がどことなく楽しそうだった。


「リーダー、まうちゃんのメンバーシップ限定壁紙もう見ました!? 水着ですよ水着! たぶんあと三ヶ月くらいで新水着来ますよね!」


「可愛いよなぁ!」


「けっこうえっちでしたね!」


「けっこうえっちだったなぁ!」


 同じ趣味があって、同じ推しがいて、同じ場所で楽しい時間を共通できる、有名人の周りのモブの不思議な繋がり。

 昨日の推しを話して、今日の推しを楽しんで、明日の推しを楽しみに待って、そんな自分と同じ毎日を送っている仲間と語らって日々を過ごす。

 原作者がバーチャル配信者の世界で愛したものが、この世界には満ちていた。


 その時、心地の良い風がふわりと流れて、カウンターが動いた。


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 笑い合っていた恥まみれの一歩、及びすっとこどっこいファイターズの面々は、気を引き締め直す。


 Vliverの視聴者参加型配信は空気が緩いとはいえ、これは試合だ。楽しくあってもいいが、不真面目に適当にやることは許されない。


「よし、皆、沼地を抜けたら───」


 恥まみれの一歩は、後方の仲間へと振り返って。


 言葉が止まった。


 5人居たのに、4人しか居ない。


 一番後ろを歩いていたはずの仲間が、脱落消滅のエフェクトを残して、消え去っていた。


「……あ」


 今、減った1人は、自分の仲間なのだと。

 リーダーが気付いたから、全員が一斉に気付いてしまい、全員が一斉に振り返って仲間が1人やられたことに気付いてしまう。


 全員が同時に同じ動きをすると、集団に大きな視覚的死角ができる。

 リーダーにつられて振り返った3人の内、1人の首がするりと落ちた。

 テーブルから箸が落ちる時のように、ごく自然に、滑らかに、けれど確かに誰かの行動の影響によって、するりとその首は落ちていった。

 それと同時に、心地の良い風が恥まみれの一歩の頬を撫でる。


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「走れ!」


「は、はひ」

「はい!」


 恥まみれの一歩は、リーダーとして最高最適な判断を下した。

 一瞬でこの判断ができる男はそういない。


 ここは周囲が見難い森。

 加え、足を取られる泥濘が速度を殺す。

 2人やられてなお敵の姿を視認できない以上、もはやこの森に留まること自体が自殺行為だ。

 『森で敵から一方的に攻撃された時の対応スキル』を、このチームの生き残りは一切持っていなかった。


 いや、それは正確な表現ではないかもしれない。

 、と言うのがおそらく正しいのだろう。だからこその、この絶望的状況なのだから。


「とにかく、敵が攻撃する時の姿さえ見えていない状況を脱する! 敵の姿さえ見えれば俺達の実力があれば逆転、ないし一泡吹かせられるかもしれん! 昨日皆でやった特訓を思い出せ!」


「はい!」

「はい!」


 がさ、と音がする。

 反射的にそちらを見ても、何も居ない。

 葉が擦れた音のようだ。


 がささっ、と音がする。

 反射的にそちらを見ても、何もしない。

 木の枝が跳ねて、枝と枝がぶつかった音のようだ。


 そうして、恥まみれの一歩は気付く。

 これはフェイントだ。

 本体が動く音を隠すための偽装。

 意識を散らすための囮。


 全方向から散発的に聞こえる音が、集中力を削ぎ、意識を四方八方に散らし、隙だらけになったプレイヤーを殺すために飛び出した『本体』の初動を隠してしまう。


「ヤバい奴がいるなっ……!」


 そう呟いた直後、心地の良い風が首を撫でた。そんな気がした。、恥まみれの一歩は反射的に首を押さえる。


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 けれどそれは気のせいで、落ちたのは彼の後ろを走っていた仲間の首だった。


「り、リーダーぁ!」


「あと少しだ! あと少───」


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 とうとう、彼の後ろに続く仲間の足音が消えた。

 走り続ける彼の脳裏に、過去に見たインタビュー動画で、プロリーグの選手が言っていた言葉が蘇る。

 窮地にて脳が勝手に必要な情報を引きずり出して思考に浮かべるのは、競技者の多くが持つ勝者の資質だ。


「なんだっけ、なんだっけ、動画で言ってた内容は───」


 だが、その言葉が脳裏に蘇った、その瞬間。


『試合の序盤でありえない展開を作り、ありえない状況で惑わせて、場をかき乱し、最終的に望んだ流れに持っていくタイプを、我々は詐欺師と呼びます。その戦法が悪だからではなく、惑わされたら負けになるからです』


 彼は、森を出た/彼は、敗北を確信した/彼は、森の外で待ち構えていた男を見た。


「……あ……」


 オールバックの白髪。

 黒褐色のレザー風味の服装、されど和風で。

 その右手から伸びるのは、深緑の光を形にした風の刃。

 全身を走る深緑の風は、彼が扱いの難しい『風遣い』であることを示している。


 9年前、恥まみれの一歩が毎月楽しみに読んでいた小学生向け漫画雑誌ロコロココミックの表紙には、彼が居た。それからずっと彼を見てきた。

 すっとこどっこいファイターズの頼れるリーダーだったはずの男の心が、一時少年の心に戻る。

 無表情な風遣いの顔を見つめて、にっと笑った。


「そういうスタイルのプレイヤーか。なるほど、分かった」


 森を抜けるまで、5秒から10秒というところだっただろう。

 その短時間を、"彼"は非常に丁寧に使った。

 プランを組んで、どう倒すかを決めて、すっとこどっこいファイターズの意識を個別に上手く誘導し、ノーリスクで殺せる位置に居たメンバーから1人ずつ仕留めていった。


 その過程で恥まみれの一歩のスタイルを理解し、今脳内で詰みまでの流れを完成させたのだろう。

 こうなったらもう勝てないことを、恥まみれの一歩自身がよくわかっていた。


「へ、へへ」


 だが、拳を構える。

 構えはボクサー。

 恥まみれの一歩の戦闘スタイルは、この電脳のフィールドにて最強のボクシングを天に示すこと。


 恥まみれの一歩の礼節に、彼も風の刃を構えて応える。

 戦いの礼節は頭を下げることではない。

 全力で挑むことだ。


「ファンです、YOSHI先生。俺の名前は……どうでもいいんで覚えなくていいっす。まうまうチャンネルの配信にようこそ。オススメは居合斬りゲーのクリア耐久配信です。32時間ずっと絶えない可愛いらしい悲鳴が味わいです」


「………………………………………そうか」


 少し、長い沈黙があった。


「一手、ご指南を」


「悪いが、仕事で教える相手はもう決まってる」


 両者、同時に踏み込んだ。


 ボクサーの足が光る。

 『素早く動く足』、『素早く動く腕』、『威力を上げるボクシンググローブ』。それがゲームプレイヤーとしての、このボクサーの力だ。

 光る拳が、凄まじい勢いでジャブを連打する。


 その1つ1つを、YOSHIはひらひらとかわす。

 ハンマーのような一撃を、機関銃のように放っても当たらず、舞い落ちる葉を殴ろうとしているような気分になって、ボクサーはにぃぃぃと笑った。


 右でジャブを1、2、3。

 直後に左の豪腕によるストレート。

 目にも留まらぬ、ボクサーらしい四連打。

 それを1つ1つ丁寧に、YOSHIはかわした。


「……祓う風の、魚……」


 ぼそっと、ボクサーが呟いた。


 かわしていく。

 ぬるりと、滑らかに。

 空を走る、風のように

 水を泳ぐ、魚のように。

 そして、流れるように右手の風の刃を振るう。


 すらり、すらり、すらり、と美しく。

 ざん、ざん、ざん、と小気味良く。

 超高速で振るわれる風の刃を、ボクサーはゲームにも反映される反射神経でかわして、かわして、かわしてかわしてかわして。

 防戦一方になり反撃できなくなった者の宿命として、最後の一撃はかわせない。


 鮮烈な深緑の一閃が、ボクサーを一刀両断にした。


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 YOSHIは腕を水平に振り、風の刃を納刀する。


「……今の動き、プロボクサーの類か? Vliverのリスナー層どうなってるんだ。色んなやつが居すぎ……いや、そういえばニュースでVliverファンのプロ格闘家は時々見るな……珍しくないのか……?」


 結果だけを見れば圧倒的な勝利であったが、油断できる要素など何も無い。

 もし、善幸/YOSHIが油断していたら。

 もし、森の中で仲間を削らず集団にリンチされていたら。

 もし、今の戦いに便乗した狙撃手か何かが横槍を入れて来ていたら。

 結果は違っていたかもしれない。


 最強は居ても、無敵は居ない。


 それこそが、この競技の本質である。






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 風成善幸/YOSHIには、3つの呼び名がある。

 それぞれ3つの言語圏で呼ばれた異名だ。

 そしてそれら全ての呼び名が、YOSHIという存在を示すものに繋がっている。


「あ、あの風……あの色……」

「おいおいおい」

「一般Vliverのお遊び配信に怪獣王みたいなやつが」

「これはバズる」

「これは切り抜かれる」

「言っとる場合か!」


 『アトリビュート』。

 ポシビリティ・デュエルにおいても、そう呼ばれるものはある。

 「これがあるなら彼で間違いない」と言い切れる、そういうものを、人はアトリビュートと呼ぶ。


 聖痕が、聖者の証明となるように。

 聖剣が、勇者の証明となるように。


 雷がゼウスを示すように。

 海がポセイドンを示すように。

 明星がイエス・キリストを示すように。


 体を風に変えた姿。

 その身に纏う深緑の疾風。

 右手から伸びる緑光の光刃。

 それら全てが、彼を示すアトリビュート。


「……祓う風の魚、風切羽、八相飛び……!」


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【 残り 80/100 人 です 】


 誰かが言った。

 YOSHIはあんまりにも身軽でいっつも跳んでるから、かの有名な八艘跳びのヨシツネの生まれ変わりさ、と。


 誰かが言った。

 風のようで、刃のようで、羽のようだと。


 誰かが言った。

 松尾芭蕉の句にある、お祓いをした清浄なる空間で、水面から飛び出して風の中を泳いだ魚っていたよな、と。


 どこでも跳んで、風の中を泳いで、羽のように軽やかに斬る。


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「よ……YOSHIだ! 本物だぁ! わぁ!」


 騒ぎ立てる参加視聴者達を尻目に、善幸はこの先の展開を予測して、有用な方策を組み上げる。

 思っていたよりレベルが高い、少し厳しいかもしれない、と。

 善幸は眉根を寄せた。






 『ポシビリティ・デュエル』は子供が皆気軽に遊ぶゲームであり、大人が皆本気で打ち込む競技でもある。そういう意味では、原型的な野球のそれと立ち位置が近いのかもしれない。


 基本ルール、拡張ルール、アレンジフォーマット、個人作成MODなど、無限に近いバリエーションがあり、その全てを楽しみ尽くすには一生でも足りないとされる。


 だが、基本原則さえ覚えていれば、小学生でも楽しく遊べる。

 そういうゲームだ。


 このゲームのプレイヤーは、基本ルールにおいて誰もが3つの『スキルスロット』を持っている。

 そして、自分の想像や妄想を形にした『イマジナリスキル』を規定の範囲で自由に作ることが許されている。

 この3つのスキルをセットして戦うのが、ポシビリティ・デュエルである。


 この競技においては、人に内在するありとあらゆる個性が武器になり、強さになる。自由度の高さゆえ、人は可能性を試される。


 イマジナリスキルは1つにつき30点の点数が与えられ、これを6つのスキルステータスに割り振り「こういう感じの能力だ」という下地を作り、そこに強固な『スキルのイメージ』を吹き込むことで完成する。


 人や物を壊す『破壊力』。

 スキルとスキルの衝突時に高い方が勝つ『絶対力』。

 スキルを遠方に届かせたり長時間効果が残るようにする『維持力』。

 何かと何かをシンクロさせる『同調力』。

 何かを何かに変化させる『変化力』。

 感じる力を全般的に操る『知覚力』。


 30点という配点が決まっているため、最強無敵の能力は作れない。

 30点を上手く配分すれば、どんな能力も作ることができる。

 30点を配分した3つのスキルを組み合わせて、より高い完成度のスキルセットを作り上げていく。


 そうして最後に出来上がったスキルセットは、その人自身を表す個性の名刺のようなものになる。

 それが、ポシビリティ・デュエルである。


 たとえば、善幸のスキルセットはこう。




【名称:疾風】【形質:全身風化】

破壊力:0

絶対力:12

維持力:8

同調力:0

変化力:10

知覚力:0


【名称:牙閃】【形質:風の刃】

破壊力:5

絶対力:20

維持力:0

同調力:0

変化力:5

知覚力:0


【名称:風読】【形質:感覚延長気流】

破壊力:0

絶対力:5

維持力:1

同調力:0

変化力:2

知覚力:22




 全身を風に変えるスキル。

 腕から風の刃を生やすスキル。

 そして、風を流動させて感覚器として扱うスキルである。


 この構築は近接戦に非常に強いことが見るだけで分かるものの、同時に弱点も見ればすぐ分かる。

 飛び道具がない。

 防御スキルがない。

 嵌まれば勝てる、といった尖った殺し技も無く、回復スキルや封印スキルのような便利なものもない。


 近寄って、かわして、斬り殺す。

 それだけの構築だ。


 それぞれの数値に機械処理による厳密な計算が行われるため、千人千色の自由な妄想と想像をぶつけ合うゲームながらも、完全に同じ状況で同じイマジナリスキルを千回ぶつければ千回同じ結果になる再現性こそが、この競技の現実性を高めるのだ。


 だからこそ。


 誰もが最強にはなれても、無敵では居られない。


【 残り 77/100 人 です 】


 5人ほどの参加者が並んで、各々の重火器を撃った。

 服装が同じアニメの制服であるため、同じチームではないが同じ趣味ではあると思われる、臨時共同戦線の弾幕構築。

 狙うはYOSHI。

 両手ショットガン、巨大マシンガン、2丁拳銃、両肩バズーカ、召喚した人型ロボットの腰バルカン砲と種類はまばらだ。


 だがその中の3つは『YOSHIのようなプレイヤー対策で流行ったビーム弾』を発射するものであった。


「おっと」


 5人分の弾幕の間を、風になってするすると抜けていくYOSHI。


 しかしビーム弾の内1つがかすり、YOSHIの左肩が焼け──独特の痛覚設定を入れている──YOSHIの顔が痛みに歪んだ。


「撃て撃て撃て!」

「今日はこんなマジな奴だとは思って無かったぞ!」

「陣形崩すなよ、弾幕作れ!」

「こんだけ撃ってんのになんで当たらんのぉ!」


 YOSHIは上昇しながら避け、急旋回して下降しながら避け、森の中へと逃げ込んだ。


「一旦、あの重火器勢は後に回しておくか」


 1スキル30点。

 3スキルで90点。

 これが基本ルールの絶対だ。


 これこそが、ポシビリティ・デュエルのバランスを保っている。

 たとえば稀代の天才とも呼ばれるYOSHIが1スキルで30点のシールドを作ったとしても、敵が2人なら、敵は合計で180点分の攻め手がある。

 力任せを選べば、勝てないのだ。


 今もそうだった。

 一人分の弾幕だったら、YOSHIはさらりとかわして瞬殺していただろう。

 数を並べて、5人合計450点分の火力を叩き込まれたがために、YOSHIは撤退と後回しを選んだのだ。


「前世でも、そういや俺が得意な投球コースと苦手なコースも徹底的に研究されて対策されてたな……こういうルールが平等なゲームで、勝つための努力をしてるやつに対策されると、いつも思い出してしまう」


 YOSHIは世界を制覇した。

 そして、世界の対戦環境はどうなったか?


 YOSHIの猿真似が流行った。

 そして、YOSHI対策が進んでしまった。


 YOSHIの真似をするプレイヤーが増え、それを狩れる相性の良いスキルセットが流行り、そのスキルセットを極めた人間が登場して、環境にYOSHIが相性が悪い相手が環境にどんどん増えて、YOSHIのスタイルの対策が研究され、研究結果がネットで拡散され皆の知る所となっていく。


 本日初めて参加するVliverの視聴者参加型配信の一般リスナーが、YOSHIを殺せるスキルセット構築をしているのは偶然ではない。

 必然なのだ。


「まったく、退屈しない。最高の競技だ」


 世界で一番有名な日本人競技者であるということは、世界で一番対策された日本人であるということなのである。


 YOSHIは立ち回りの予定を修正し、フィールドをもっと効率的に使うことを考え、より"この配信のリスナーに最適化した"戦術を再構築し始めた。






 しかし、動き出す者達も居る。

 YOSHIが居ると聞き、一時的に手を組む者達が増えていく。

 YOSHIと距離を取る者も居れば戦いを挑みに行く者も居る。

 こと自分の力量に自信があるタイプのエンジョイ勢は、YOSHIの居場所に見当をつけ、群がるように移動を始めていた。


 そして、一番乗りがYOSHIに腕の鎌を叩きつける。


「おいおい」


 YOSHIは絹の手触りの如く風の刃でそれを受け流し、反撃の一閃を振るう。

 その男は、に力を込めて跳び、豪快にYOSHIの一閃を回避する。


 男は、虫だった。

 両腕がカマキリ。

 両足がバッタ。

 それ以外がセミ、そういう姿。

 虫嫌いが見たら卒倒しそうな様相である。


「なんというか、きっしょいな……」


「かっこいいだろ?」


「その格好で女子の配信に来るな」


「おれさ、まうちゃんの『やぁだ~、またやん~』が聞きたいんだよ」


「分からん。俺にはお前達が何も分からん」


 YOSHIは優れた観察眼で、すぐにイマジナリスキルがどうセットされたか、スキルセットを的確に見抜く。


 スロット1、バッタの足。

 スロット2、カマキリの腕。

 スロット3、セミの体。

 これはそういう構築だ。


 恐ろしいのは、イメージの精度。

 アニメに出てくるようなデフォルメされた虫ではない。リアルな虫をじっくり観察していなければ、ここまでリアルな虫キメラにはならない。

 だからこそ、キモさ抜群であるのだが。

 これこそまさに個性と言えるだろう。


 男はバッタの足で跳び、セミの顔で鳴き、カマキリの腕を振り上げて、YOSHIとの距離を詰めに来る。


「援護するよー! むしのおじさーん!」


「!」


 YOSHIは顔も動かさず、その場で横に飛んだ。

 虫キメラの鎌が空振り、そして、一瞬前までYOSHIが居た場所を"キラキラの魔法"が通過していく。

 YOSHIが空をちらりと見れば、そこには箒に跨って飛ぶ小学生くらいの魔女らしき装いの少女が居た。


 1対2。


「おお、ありがとうな。魔法少女さん」


「いえいえー」


 どうやら、虫キメラと魔法少女は知り合いらしい。

 YOSHIは手早くその辺りに転がっていた小石を広い、ノータイムで鋭く投げる。

 小石は相当な勢いで直進し、プロ野球選手の投球を思わせる正確さで、魔法少女の額に当たった。


「おっ!?」


 少女の反応から、YOSHIは瞬時に構築を見抜く。

 スロット1、魔法攻撃。

 スロット2、空を飛ぶ箒。

 スロット3、魔法の服の自動防御。


 YOSHIが手早く仕留めようと動き出す前に、視界に新手が二人分映る。

 1対4。

 YOSHIは深呼吸し、風の刃を構え直した。


「面白い状況みたいですねえ」


 新手の片方は、サングラスに縞柄のスーツの男。

 己の周囲に、鉄で出来た雀蜂と蟻を数え切れないほど従えている。


「ワァ……」


 もう片方の新手は、課金ストアで200円のゴブリン型アバターを使っている男。

 身体能力は人間と同じなのでそこは問題ないが、YOSHIはそのゴブリンが周囲に『毒ガス』を撒き散らしていることを光の屈折から見抜き、目を見開いて口を塞ぎ、後方に下がる。

 あのガスの中にうっかり落ちたなら、風になったままでも即死がありえるだろう。


「……もうひとり、か」


 そして、あと1人。

 もうひとりがゆらりと参戦し、これで1対5。


 セミカマキリバッタの虫キメラ。

 空を飛ぶ魔法少女。

 小虫使いのスーツの男。

 毒ガスを撒き散らすゴブリンの男。

 そして、今来た男。


 YOSHIは冷静に考える。

 ここから勝つ方法を。

 できれば無傷で勝つ方法を。

 まだまだ敵は多いのだ。


 が。


 その思考は、一瞬で吹っ飛んだ。


 最後に来た男が何故か、スキル3つを同時発動し、善幸が事前に資料で見たことのある姿に変身したからだ。


「ん?」


 その男はいきなり、姿


 YOSHIは困惑する。


「え……あの……なんで……不寝屋まうさんの配信に参加して、不寝屋まうさんに変身してるので……? え? 辺境のVliver村に伝わる蛮族の風習とかそういう?」


 YOSHIが戸惑いつつ、問えば。


「? うちは一向に不寝屋まうですが? 何をおかしなこと言うとるねん」


「こわ」


 狂気の返答が返ってくる。

 善幸/YOSHIは、心底戦慄した。


 推定されるスロット構成はこう。


 スロット1、姿が大好きなまうちゃんの容姿になるスキル。

 スロット2、声が大好きなまうちゃんっぽくなるスキル。

 スロット3、笑い方と喋り方が大好きなまうちゃんっぽくなるスキル。


 推しのVliverが好きすぎて、ガチ恋をして、憧れと愛がカンストした挙げ句に、『大好きな人そのものになりたい』という性癖を爆発させた男の個性だ。


「そんなに不寝屋まうは愛せるVliverってこと、なのか? そんなに好きなのか?」


「うちは不寝屋まうだから不寝屋まうのことが好きとかそういうことないんよ、自分やしね」


「こわ」


 善幸は心情的に一歩引いた。

 物理的にも一歩引いた。

 そして、もう一歩引いた。

 合計で三歩引いた。

 2回分の人生の中でも、トップ3に数えられるレベルのドン引きだった。


「こいついつもこれやってんのか?」


 YOSHIが問うと、キメラ男、魔法少女、スーツの男、ゴブリンが、同時に顔ごと目を逸らした。


 それは、世にも恐ろしい肯定であった。


 ここまで恐ろしい肯定を、YOSHIはかつて見たことがなかった。

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