西暦2059年4月15日(火) 19:36

 人間の多くは、老化の過程でいくつかの感覚を失い、色んな大人に成長していく。

 「すげー人はすげーんだ!」と思うような素直な心もまた、その一つだ。

 素直な尊敬は本当は誰の心にもあるのだが、歳を経るにつれてそれをすぐに取り出すことが難しくなっていってしまう。

 大人になってもなお流行りものに毎回素直にすげーすげーできる大人というものは、意外と少なく、探さないと見つからないことすらある。


 だから大人という生き物は、すぐに「すげー!」と言い出して夢中になる若者を見ると、無性に眩しく感じてしまうのだ。


 気付いた時にはもうとっくにそういう風に生きられなくなっていた自分が居て、もう元には戻れなくってしまっているから。


「YOSHI大先生ー! ちょっとぶりでーす! 前の配信から大先生のことおっかけてますー!」


 試合前、YOSHIに元気に話しかけに行った姪っ子を、ドン・バグは微笑ましく見守っていた。


「あたし、『ネム』ってハンネでやってまーす! あ、憶えなくても大丈夫です! YOSHI大先生に名前を憶えていただけるなんてなんと恐れ多い……憶えていただけたら嬉しいですけどへへへ……」


「おれは『ドン・バグ』という名前でやってます。今日はお手柔らかにお願いします、YOSHI先生」


 姪のネム。

 叔父のドン・バグ。

 名前は当然ハンドルネームで、2人はリアルでも血縁者というリスナーコンビである。


 2人に話しかけられたYOSHIは、淡々とした対応を始める。ドン・バグの目から見たYOSHIは、どこか減り張りの強い影そのもののような……底が見えない谷底が人になったかのような、そんな印象を受ける青年だった。


「君達2人も参加するのか」


「はい。姪にせがまれましてね」


「はーい! 今日はライバルですよ大先生ー!」


 声を張るネム、淡々としたYOSHI、そしてネムが有名人に失礼を働かないように注意を払っているドン・バグ。横合いにはアチャ・東郷も居る。


「大先生とはなんだ?」


「えへへ。あのですね、あたし、まうさんをお姉さんみたいに思ってて。あ、もちろん失礼なので本人には言えないんですけど! お姉さんみたいに思ってるまうさんの配信スタイルとか勉強して、いつかまうさんみたいなVliverになれたらなーって! 思っちゃったりしてるんです! まうさんが先生なので、その更に先生であるYOSHI大先生が心の大先生になるわけです! まだ何も教わってませんが!


「……そうなのか。……ん? "まだ"?」


 一見して元気で落ち着きの無い姪っ子を、落ち着いた叔父が面倒を見ているようにも見える。

 けれど本当は、枯れた人生に熱量を与えてくれるネムを、ドン・バグはとても大切に思っていた。


 大人になると、熱が去る。

 大人になると、趣味が減る。

 大人になると、夢中になれなくなる。

 そういう人は、世の中に少なくない。

 ドン・バグもそういう人間だった。


「エヴリィカ6期の募集はもう終わっちゃいましたけど、エヴリィカ7期の募集にはあたしも申し込むつもりです! 落ちたって8期に申し込みます! もし受かったらまうさんの後輩、YOSHI大先生の同僚になれるかもと思ってワクワクしてます! その時はよろしくお願いします!」


「……何? 君、エヴリィカに入るのか」


「分かりません! 受からなかったら入れないので。でも入るならエヴリィカがいいですっ! あたし、ここが一番楽しそうで、みんな優しそうだなって思ったんですっ! だから、ここがいいなって!」


 姪っ子が誰かに夢中になっているのを見守って、姪っ子の熱い推し語りを聞いて、時には姪っ子と同じものを好きになって、『好きの熱』を姪っ子から分けて貰っているタイプの大人だった。


 YOSHIと話せて大興奮しているネムを見て、人生に大切な何かを忘れないように生きている……ドン・バグは、そういうタイプの大人だった。


「それでは! 今日はあたしもおじさんも負けませんよっー!」


「すみません、うちの姪が。でも、優しく対応してくださって本当に感謝してます。……まあ、試合では手を抜いたりしませんけどね?」


 YOSHIとの会話を終えて、YOSHI達から離れて、ネムは興奮冷めやらぬといった様子でドン・バグの袖を引き、声を上擦らせる。


「おじさんおじさんおじさん! 見た!? さっき私が話してたの見た!?」


「ああ、横で見てたよ」


「生まれて初めて有名人とあんなにお話できたかも! それも世界大会で優勝とかしてる人にっ! きゃー! わー!」


 左手で叔父の袖を引き、右手をブンブン振り回す少女は、客観的に見ても可愛らしいVliverリスナーで、叔父から見れば目の中に入れても痛くない姪っ子だった。


「楽しかったかい?」


「うん! ありがとおじさん! イベントに参加申し込んでおいてくれてありがとう! あたしを誘ってくれてありがとう! 帰ったら肩揉んであげる! あーまだドキドキが収まってないよ!」


「……まだ始まってもいないけど?」


「……そうだった!」


 試合開始前に有名人と話せただけで満足してしまい、そのまま帰ろうとしてしまっている姪に、ドン・バグはどこか楽しげに苦笑した。


「ネムは本当に好きな人が増える子だね。おじさんはどうしたらそんなにサクサク好きな人が増やせるのか、ちょっとよく分からないくらいだよ」


 叔父の何気ない言葉に、ネムは本当に何を言っているのか分からなそうな表情で、首をかしげる。


「人を好きになることは幸せなことだよ? あったりまえじゃん! この世で一番幸せな人って、きっと誰だって好きになれる人じゃないかなぁ」


 迷いなくそう言い切るネムは、社会の怖さなんてまるで知らなくて、若々しい危うさをうっすらと宿していて、けれどそれ以上に真っ直ぐで純朴な輝きを宿していた。


 ドン・バグは、自分が大人になっていく過程で忘れてしまった何かを、姪っ子を見守る過程で思い出していく。それはきっと悪いことではないはずだと、彼は思うのだ。


「そうだね。うん、君の言う通りだ」


 誰かを好きになることを誇る彼女が、好きな人がたくさん居ることを誇る彼女が、かっこいいプロゲーマーも可愛い配信者も一緒くたに好き好き言う彼女が、ドン・バグにはとてもまばゆく見える。

 だから彼は今日も、姪っ子の遊びに全力で付き合うのである。


「おじさんも自分の推し見つけなよ~」


「君の推しがおれの推しさ。ってかねえ、推し探しってオッサンにとっちゃ結構面倒臭いんだよ。親しい人が推してる人は気になったりするけど、自分から探したりするのは中々ね……」


「えー、分かんない感覚だなぁ」


「ははっ」


 彼女の好きに引きずられて、枯れた自分が何かを好きになっていく感覚が胸を満たして、それが暖かくて楽しいから。




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 GAME START

________◢




 かくして、試合は始まった。


 チームメンバー全員集合最速はすっとこどっこいファイターズの4人であったが、彼らから15分ほど遅れてネムとドン・バグも合流に成功する。

 合流地点はマップ南西。

 魔女の箒で空を飛ぼうとして暴風で墜落しかけた魔法少女を、カマキリバッタセミのキメラに変身した男が「知ってた」と言わんばかりに跳び、空中でキャッチする。


「あ、おじさーん! やっと会えた! ねえねえ聞いて聞いてっ、ここに来るまでの間にゴリラトパスの幼体を3体も倒しちゃった!」


「おお。すごいじゃないか、魔法少女さん」


「えへっ」


 照れる魔法少女。

 少女を抱えて着地する虫の男。

 2人は豪雨の中、肩を並べて歩き出した。


「あ、むしのおじさん! あっちにちらっと緑っぽい感じの光見えなかった!? YOSHI大先生かも! 行ってみよう! ね、ね?」


「あれは信号機だよ」


「えっ」


 和気藹々と進む叔父と姪。


 しかし結論から言えば、2人だけの嵐中紀行は10分と続かなかった。


「うおおおお~!!! ミサイル・ファイヤー! YOSHIに負けてタツミに負けて次負けたら三連敗なんて許されるかァッー!!!!」


「「 !? 」」


 試合開始から三十数分が経過したそのタイミングで、ネムとドン・バグは空から降ってきたミサイル男に、2人まとめて粉砕されるのだった。


「「 ぎゃーっ!! 」」


 爆発オチなんて最低である。






 ネムとドン・バグが接近するミサイル男に気付いた時にはもう遅く、迎撃するもバリアで弾かれ、逃げようにも速すぎて不可。ネムとドン・バグが横っ飛びにかわそうとしたところに、叩き込まれた全方向爆破。かくして2人同時の撃破判定であった。


 現在時刻、19:36。魔女っ子系魔法少女・ネムの正念場は、此処から始まる。


「何!? なんだったの今の!?」


 叫ぶネム。隣にもう叔父さんはいない。


 恐るべき初見殺し。

 気付いたら飛来し、気付いたら爆殺されているという意味では、実にミサイルらしい。

 紛うこと無く先手必勝の体現者だ。

 ミサイル男───ノハラ・ミサエルの初見殺しに対応できるアマチュアレベルの人間などというものは、決して多くはないのだろう。


 ネムの再出現リポップ地点はマップ北東。ネムとドン・バグが合流した地点が南西であったため、ちょうど正反対の位置に飛ばされてしまったようだ。


「こ、こわ~。ミサイルになって突っ込んでくる人はじめて見ちゃった。すっごいなぁ。あたし怖くてあんな速く飛べないよたぶん……」


 ネムは魔女の箒で飛んで叔父を探そうとするが、先程落ちそうになったばっかりだったので、ひとまず飛び上がるのはやめる。

 やがて周りを警戒しつつ、ひとりぼっちで歩き始めた。ひとりぼっちが寂しいのか、少女の小さな手はスカートをぎゅっと握り締めている。


 暴風雨のサイバーパンク世界は常に薄暗く、夜道を一人で帰る時のような不安をかき立てた。

 年頃の女の子からすれば、少しばかり心が苦しくなる恐怖だろう。


「このマップ恐いんだけど~。暗いし風強いし、暗いし風強いし、暗いし風強いし……もっと別のスキル持ってくればよかったかなぁ」


 そして、不安に追い打ちが来たる。

 マップ北東に居るネムには知るよしも無かったが、このタイミングでマップ西北西のエリアにて、すっとこどっこいファイターズがゴリラトパスの幼体を大量に狩り、ゴリラトパスの成体が出現。

 それを引き金トリガーとして、マップの各所にゴリラトパス成体が出現した。


 出現位置はランダムであったが……運が悪いことに、その内一体の出現位置はネムのすぐ近くであった。笑えないほどに運が無い。


 成体の咆哮が、ネムの周囲の空気を揺らす。


「なに!? なになになに!? なにぃ!」


 そして、ネムには運も無ければ、経験も無かった。『ゴリラトパスの成体とは戦うべきではない』という定説が、慌てることで頭からすっぽ抜けてしまうくらいには。


 ネムの慌てた砲撃が、22m級のゴリラトパス成体へと放たれる。


「てりゃー!」



 【名称:マジカル☆キャノン】【形質:魔力砲撃】

破壊力:6

絶対力:16

維持力:8

同調力:0

変化力:0

知覚力:0



 雨の中を直進する、色鮮やかな光の魔力砲撃。

 しかし、ゴリラトパス成体に命中した瞬間、霧散する。当然のように効かない。対人戦用スキルによる破壊力6の攻撃ではかすり傷一つ付かなかった。


 逃げを選んだすとファイ4人衆と違い、攻撃を選んでしまった代価として、ネムはゴリラトパスにしっかり見つかってしまった。

 大怪獣と少女の目が合う。

 少女は脳裏に不寝屋まうを思い浮かべ、不寝屋まうの1番可愛いポーズを真似して、媚びた。


「……ゴリラさん、許して(はぁと)」


 返答は咆哮だった。

 空気が破裂したようにビリビリと震える。


 ゴリラトパスがその辺から拾った5mサイズのビルの瓦礫を、思いっきり投擲し、それがネムの近くに着弾して、地面や木々もまとめて吹っ飛ばす。

 ぶわっ、と、アバターを操作しているリアルのネムの背筋に冷や汗が流れた。


「ぎゃー! ぎゃー! これ死ぬやつ! また死んじゃうやつ!」


 箒に乗ったネムは暴風に叩き落されないよう、できるだけ高度を低く抑えて地面スレスレで飛行する。しかしそれでも、暴風によってまともに飛ぶことはできず、ネムは飛翔速度を下げてコントロール重視で飛ぶしかなくなってしまう。

 走って逃げても逃げ切れる相手ではない。

 飛行しか選択肢は無い。

 しかし、暴風が邪魔でどうにもならない現実は、いかんともしがたかった。



【名称:フレア☆サンダー】【形質:魔女の箒】

破壊力:0

絶対力:4

維持力:12

同調力:0

変化力:14

知覚力:0



 この箒は破壊力に振っていないため、暴風を破壊しながら飛ぶことができない。

 変化力を応用して暴風を無効化する仕様も技量もないため、変化力があっても真っ直ぐに飛べない。

 ゴリラトパス成体から彼女が逃げ切れないことは明白で、それはネム本人にも分かっている。


 ゴリラトパスが地面を思いっきり拳で叩くと、いかな原理か、地面からいくつもの岩の塊が飛び出して、ネムを押し潰しにかかった。

 巨大モンスターが持つ、遠隔属性攻撃だ。


「うっひゃぁ!?」


 ネムは必死に大きな岩塊は避けるものの、小さな岩はかわしきれずに当たってしまう。


 だが小さな破片であればなんとか、ネムの服が持つ自動防御機構が弾くことに成功した。

 『魔法少女は大怪我なんてしない、女の子向けにグロは要らない』───そんなこだわりが、スキルの形で彼女を守る。



【名称:マジカル☆ドレス】【形質:強化魔女服】

破壊力:0

絶対力:14

維持力:12

同調力:0

変化力:4

知覚力:0



 YOSHIが前回のまうの視聴者参加型バトルで見抜いたネムのスキルセットは正しかった。

 スロット1、魔法攻撃。

 スロット2、空を飛ぶ箒。

 スロット3、魔法の服の自動防御。

 しかしその全てをゴリラトパス相手に使ってなお逃げ切れていない時点で、もはやネムに打つ手は残っていない。


「はっ、そうだ! こんな時こそYOSHI大先生の動きを真似して……うおー!」


 更に追撃で地面から生えてくる岩塊の群れに、ネムはYOSHIの空中殺法をイメージし、それをほんの数%ほど再現することに成功。岩塊の全てをかわしきる。


「よしっ!」


 そしてかわすことに集中しすぎたせいで、森と道路の狭間に立つ街灯に正面から激突した。


「きゅぅっ」


 箒から転がり落ちるネム。

 迫りくるゴリラトパス。

 詰みである。

 ここはもう大人しくやられてちょっとの時間ロスも覚悟でリポップするしかないか、とネムが覚悟を決めないといけなくなってきた、そんな時。


 豪雨の壁をぶち抜いて、翼ある戦士が飛び込んだ。その斬撃が、したたかに怪獣の眉間を打つ。


「えっ!?」


 付いた傷は僅かだったが、痛みは確かに通ったようで、ゴリラトパスは痛みに呻く。


 その大剣は、使い手が非常に解像度高くイメージした『破壊』のイメージを内包する。YOSHIが回避のために剣の腹を蹴っただけで、風を纏ったYOSHIの足が砕けたほどに。


 右手に燃える大剣。

 左手に海賊風味の短銃。

 背には翼、頭には角。

 右剣左銃の和風婦警なる竜人。


 ネムのテンションゲージが一瞬で上がりきり、ゲージを振り切る。興奮が爆発した。


「せ……設定過剰積載ドラゴンっ!」


 ネムがガチ推しする不寝屋まうのTTT同期、『異世界で魔王を倒した勇者一行に一時期協力していた、魔王軍の裏切者である竜と魔族のハーフの戦士で、日本に転移してからは政府との契約で婦警として活動し、その過程で昔ながらの日本にかぶれ、古風な喋りや陣羽織を好き好んでいる竜人』という設定のTTT最強の戦士。


 ファン曰く、設定過剰積載ドラゴン。


 赤と黒のいただき、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーの降臨であった。


「戦々恐々。いやはや、大怪獣どのは恐いで御座るなぁ。震えてしまうで御座る」


 言葉とは裏腹に何も恐れていなさそうな飄々とした口調で、余裕綽々に微笑み、タツミは手の中で短銃をくるくる回した。


 ゴリラトパスが太く巨大な剛腕をタツミに向けて振り下ろすと、タツミは強烈に羽撃はばたき、右にスライドするようにしてかわした。



【名称:ドラゴウイング】【形質:高速移動翼】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:9

同調力:0

変化力:21

知覚力:0



「脱兎之勢。そんな動きでは逃げる女子おなごを射止めることは難しいで御座ろうな」


 実のところ、タツミの飛行用スキルは暴風対策がなされていない。YOSHI同様にこのマップでは明確に不利が付いている一人だ。


 暴風で思うように飛ぶことはできず、なんとか飛べても精度がだいぶ低い。なのでタツミは早め早めに判断し、普段より強く大きく翼を動かして飛ぶことで、力任せにゴリラトパスのパンチの連撃を避けていく。


 本来非常に高い機動力を持つタツミは試合序盤から大きな存在感を示すプレイヤーだが、今回はこの飛行デバフによって普段と比べてだいぶ遅い動き始めになってしまっていたようだ。


「!」


 苛立ったゴリラトパスが地面を叩くと、地面から無数の岩塊が飛び上がる。全てに攻撃判定がある、ゴリラトパスの岩属性攻撃だ。


 それを見やり、おもむろに翼を畳んで落下していくタツミに、ネムは驚愕の声を上げた。


「え!?」


 落下していくタツミが、岩の合間に滑り込むように落ちていく。


 落下中に岩に衝突しそうになると、畳んだ翼を一瞬豪快に動かして避け、更に落下。地面ギリギリで急上昇をかけ上下反転のUターン、再び岩の合間を飛び上がっていく。


 次々と地面から飛び出す無数の岩の数々を壁代わりにして、先程までの飛行よりずっと楽そうに飛び回って行く。


 岩攻撃と同時に掴みかかるゴリラトパスだが、22mの巨体をもってしてもタツミは掴めず、逆に1番細い小指を大剣によって強烈に斬りつけられてしまった。かすり傷だが、ゴリラトパスは痛みに苦しみの声を漏らす。



【名称:ドラゴテール】【形質:メカニカルブレード】

破壊力:9

絶対力:21

維持力:0

同調力:0

変化力:0

知覚力:0



「て……敵の攻撃を逆に利用して風除けにした!? 敵の岩を暴風壁代わりに!? えっ、すっご……」


 風が邪魔なら、アプローチを変えればいい。

 岩が無い広い空間で暴風に晒されるより、岩の隙間の狭い空間で悠々と飛べている方が、ずっと攻撃は避けやすい。

 少なくとも、タツミにとってはそうだった。


 ゴリラトパスがタツミへの攻め手を変えようとすると、タツミはゴリラトパスの眼球を狙って短銃を撃つ。ゴリラトパスは先程から与えられる痛みを嫌い、眼球を片手で庇った。

 そうしてゴリラトパスの視界が己の手で塞がれた瞬間を狙って、タツミはゴリラトパスの視覚的死角に滑り込むように飛び、怪獣の首裏に回る。


 風を切り裂く翼。

 メカニカルな大剣を握る両手。

 闇夜にも煌めく美しい瞳。

 竜たる美女は、全体重を掛けて大剣を振るい、首裏を斬られたゴリラトパスは痛みに吠えた。


 遠くからその戦いを見ていたネムは、タツミの洗練された豪快さに目を奪われていた。


「対人特化ビルドは絶対力に多く振るから、破壊力がたくさん無いとダメージすら与えられない巨大モンスター相手は不利なのに……すごー!」


 やがて大怪獣とタツミの戦いは戦闘のテンポを加速させ、人間の10倍以上の歩幅とリーチを持つゴリラトパスと、それを翻弄するタツミがその場を離れていく。


 ネムが「ん?」と気付いた時にはもう、タツミもゴリラトパスも見える範囲には居なかった。夜のとばり、雨の幕、視界を阻むものたちがネムに遠見を許さない。


 ネムがなんだったんだろうかと思う間もなく、ゴリラトパスをタツミがネムの前にひらりと軽やかに飛来した。


「あ。居たで御座るな」


 "もしかして助けてくれた?"と思うネム。ネムの中で、タツミの好感度がこっそりと上がった。

 その推測はおそらく合っている。

 無事だったネムを見て、タツミはどこかほっとしたような表情をしていたから。


「わー! 本物タツミちゃんだ……あ」


 しかし、すぐに今回オーブを取り合うライバルであることを思い出し、『あたしじゃタツミちゃんには勝てない!』と青ざめた顔をヘンテコに歪ませる。


 ネムはくるりとタツミに背を向け、全速力で逃走を開始する。


「逃げろー!」


 そして、すぐに木の根っこに足を引っ掛けてずっこけ、サイバーパンク特有の廃材の山へと突っ込んでいった。


「んべっ」


 崩れる廃材。

 埋もれるネム。

 半泣きで廃材から這い出て来るネムを見て、タツミは美人らしさを維持していた表情を一瞬だけほにゃっと緩めて微笑み、すぐにハッとして元の美人顔へと戻した。


「1度だけ。1度だけ君を見逃すで御座る」


「はえ?」


「仲間を探すなり、オーブを集めるなり、戦う準備をするなり、好きにするが良いで御座ろう。どうせこのルールでは他人を撃破するだけでは何ら得は御座らん」


 タツミはそう言って、口元に人差し指を当てて、しーっ、と、ネムにウインクをする。


 詳しくは言わないけど分かってほしい、といった風味の美人の所作。


「微に入り細を穿ち語るのは無粋で御座る。誰か1人のリスナーを特別扱いしてはならんと、マネージャーに言われてるで御座るしな」


「! あ、あの! 前のエヴリィカ感謝祭で、あたしタツミさんのステージの時もペンライト振っててて、えっと、それで……!」


「そうで御座ったか。では、覚えているVliverも誰か居るかもしれんで御座るなぁ。こんな可愛い子のことは忘れんで御座ろう」


「……!」


 タツミは動機を語らなかった。

 が、分かる人には一発で分かる。

 たとえばタツミの性格を大なり小なり知っているファンなら、もはや発言の意図を考察する必要すら無く分かってしまうだろう。


 タツミはゴリラトパスの幼体を狩りながら立ち回っていたはずだ。

 勝利条件はそれだけなのだから。


 だがその途中、ポシビリティ・デュエルに大して慣れていない少女が恐ろしいモンスターに襲われているのを見つけてしまった。しかも昔イベントでちょっと見た覚えのある、ファンであると推測できる子が。


 本当ならスルーしても良かっただろうし、タツミ自身も「ここで助けるのはちょっとズルな贔屓になっちゃうかなぁ」と思いつつも、性格上見逃せなかった。


 いい体験をしてほしい。

 ゲームを楽しんでほしい。

 負けまくって終わった悲しい思い出になってほしくない。

 ちょっと頑張って生き残って活躍もできた良い思い出になってほしい。

 できるだけ皆が楽しめたと言える形で終わってほしい。


 そんな思いでちょっとした、ちょっとだけのファンサービスをしてしまう。

 それがVliverとしてのタツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーのスタンスである。


 かくして成体のゴリラトパスを引き付けてネムから引き剥がし、ネムの無事を確認して、そして去る。タツミにとっては何の得もない数分だったと言えるだろう。


 だが、ファンのために何の得もない数分のファンサができないのであれば、その人間はきっとVliverには向いていない。

 何万何十万という人間に無償で楽しさを与えることを繰り返し、それを地盤に生計を立てるのが、Vliverという職業なのだから。


 ネムは若さとアホさゆえ、タツミのそういう優しい気遣いを詳細に理解できていたわけではなかったが、なんとなく気付けたことを拾い集めて、『タツミちゃんは優しい』ということは理解した。

 恩義を覚え、ネムは瞳を輝かせる。


「タツミちゃん!!!!!! 推します!!!!!!!! 今日からいっぱい推します!!!!!」


「そ、そうで御座るか。それは素直に嬉しいで御座る。ありがとう」


 ネムの鼻息荒い推し活熱量に、タツミはちょっと引いているようだった。


 タツミが引いている熱量と、ドン・バグが枯れた人生に注がれている熱量は、根本的には同じものなのかもしれない。


「あの、タツミちゃんはこれからどうするんですか? やっぱりYOSHI大先生と戦いに?」


「不言実行。彼の打倒は必ず成し遂げるで御座る。しかしその前にみみ殿を見つけなければ。可憐な彼女を守るのが、それがしの今日のお仕事ゆえ」


「みみちゃん……? あっ」


 タツミの言葉を引き金にして、ネムの記憶の欠片がしゅるしゅると浮上する。


 マップ南西、ネムが叔父ドン・バグと合流する直前、大きな交差点を通り過ぎた時、そこで確かにネムは見ていた。

 大通りの彼方に、蛇の抜け殻のようなドレスを身に着けた可憐な少女が佇んでいるのを。


「見ましたよ?」


「……ござ?」


「南西の方で見ましたよみみちゃん。えっと、大通りの方だったはず……?」


 タツミが目を見開き、楽しげに笑む。


「助かる。感謝するで御座るよ、少女殿」


「何言ってるんですか! あたしはさっきタツミさんに助けられたからこうして今タツミさんと話せてるんですよ。タツミさんのファンサが回り回って返ってきてるだけですっ! ねっ」


 ネムは年相応に身振り手振りで気持ちを伝えようとして、それが誰の目にも若々しく見える初々しさで、タツミは少しばかり新鮮な気持ちになる。


「これで貸し借りなしですよ! 仲間と合流したら戦いを挑みに来ますから、待っててください! 手加減無しでいいですからね!」


「……ふふっ。いい子だね」


 そして一瞬、素が出てしまう。


 素を出してしまったタツミは気恥ずかしそうに咳払い一つ。すぐに演じるキャラに戻った。


「こほん。良識を備えた童で御座るな。では、貴女によき今日、楽しめる今日が有りますよう」


 翼を広げ、低空飛行で飛び立つタツミ。


 腕がちぎれそうなくらいにぶんぶんと振って、それを見送るネム。


 嵐の中で2人は別れた。


「みみさんが戦ってたら、ばばーんと助けてあげてくださいねー! 後であたしも配信アーカイブ見ますからー!」


 そしてネムも走り出す。


「よーし! 楽しんで頑張るぞっ! こっからすっごい大活躍して、全員びっくりさせるんだ!」


 そして、転び、滑り、川に落ちた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 死ぬ気で這い上がったネムは、更なるガッツを見せて南へ向かって走り出す。


「し、死ぬかと思ったよぉ! こんなあんまりにもあんまりにだっさい死に方やだよぉ!」


 そんなこんなで、あくせくと走り、ネムはほどなくして他のプレイヤーを発見した。


「そこのおじさん!」


「……」


「推しは誰ですか!」


「……は?」


「推しが被ってたら見逃してあげますよ! そうじゃなかったらバトルが始まりあたしの将来性に溢れた魔法の恐ろしさを見ることになるでしょう!」


「今は雑魚って自己紹介か?」


「……そうとは言ってません!」


 特徴の無いアバターデザイン。

 声からして年上男性なのは明白だ。

 だがどこかやる気が無い……正確に言えば、ネムと戦う気が無さそうな男であった。


「名前教えてください! 勝負しましょう!」


「どっか行け」


「あ、知らないんですか? ちょっと面倒臭い操作をすれば目の前の参加者の登録名は誰にもでも見れるんですよ? えーっとこれをこうして……トーテツさん! トーテツさんですよね? 今のあたしはテンション上がってるからたぶん強いですよ!」


「……こいつ……」


 びしっ、と敵を指差す魔法少女。

 元気はいっぱい、やる気もいっぱい、けれど実力は中途半端で、若者特有の向こう見ずな自信だけは溢れるほどあって。

 目の前の男がチーターであるだなんて、まるで想像もしていない。


 トーテツは"調子が狂う"とでも言いたげな顔で「なんだこいつは……」という表情をしているが、実は狙っていたYOSHIらが全然見つからず、他のプレイヤーとも全然出会えず、嵐の夜を一人で歩く、寂しい旅路の最中なのであった。




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Ghoti' 前世で読んでたガチ競技系世界に転生してバーチャル配信者達の師匠になった オドマン★コマ / ルシエド @Brekyirihunuade

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