西暦2059年4月15日(火) 19:14

 Vliver事務所というものはいくつもあり、その中に◯期生や、得意分野特化チーム●●、歌ユニット■■……といった分け方がなされる。


 風成善幸が知る『原作の世界』における『原作主人公』の所属事務所、"エルスケーナ"。

 YOSHI&東郷が今現在参加している公認イベント『デイ・ブレイク』の開催にあたり協賛している事務所、"arcLIVEs"。

 そしてYOSHIを招いた事務所"エヴリィカ"などなど。


 事務所単位で推す人や、各事務所のギャルっぽい人を選んで推す人、巨乳推し特化オタクな人、歌うまVのみ登録する人、そして同期デビュー勢をまとめて追う人。様々な人達が居る。


 YOSHI達に挨拶していた『すっとこどっこいファイターズ』は、基本的に不寝屋まうガチ推しのエンジョイチーム。ゆえに彼女がデビューしたTwin Twinkle Twelveの十二支の同期の名前を全員がきっちり記憶していた。


「みみちゃん可愛いよな。もっとまうちゃんとコラボしてくれたら嬉しいのに……」

「わかる」

「わかるわ」


「リーダー! 皆集まりましたよ!」


 彼らは以前、不寝屋まうの配信にYOSHIが殴り込んで来た時、YOSHIと交戦してボコボコにされたチームでもある。


「全員! 集まったか!」


「「「 押忍! 」」」


 すっとこどっこいファイターズは、現役学生の格闘競技部員やアマチュア格闘家などが集まった、バトル配信好きの男達総勢34人のコミュニティ。本日は4人での参加である。


 仲間でまとまって参加した人達は他にも居たが、開始15分で仲間全員が集まることができたのは、このすっとこどっこいファイターズのみ。

 序盤の幸運だけで見れば、おそらく今回の参加者で最強と言って差し支えないだろう。


「たまたま近くに皆出現ポップしててよかったなぁ。よし、皆今日は楽しむぞー!」


「おー!」「おうよ!」


「ええ、我らすとファイのかっこいいところを全国区に知らしめてやりましょう!」


「新人! すっとこどっこいファイターズな! すっとこどっこいファイターズ! 略すな!」


「? 何故すとファイと略してはいけないのでしょうか、センパイ」


「俺達は常にギリギリを攻めて行くからだよ。あんまり露骨に公式を擦らない方が良い」


「なるほど……」


 リーダーが『恥まみれの一歩』、仲間3人が『バキバキ』『陸奥の睦月』『東北の県』。恐るべきことに全員の登録名が格闘漫画のパロディだ。

 もうちょっと言うと、彼らがちょくちょくオフ会で集まる超美味いラーメン屋に置いてある格闘漫画のパロディネームである。


 アマチュアは名前など適当でいいのだ。所詮ハンドルネームでしかないから。SNSのアカウント名を変えるくらいの気分で変えてしまっていい。

 人によっては、アマチュア時代に適当な名前で活動し、そのまま有名になって仕事にしてしまったために、なんて読むのか分からない変な名前で地上波に出演するハメになってしまっている人も居るのだとか。


 だから、プロよりアマチュアの方が適当かつふざけた名前は多い。怒られたら変えればいいから。そうそう名前を変えられないプロとは、そこが明確に違うところだ。

 ノハラ・ミサエルとか。


「今日は試合で御尊顔を拝謁できるのはタツミさんとみみちゃんくらいですかね?」


「そりゃな。まあでも我らが推しのまうちゃんの配信予定は入ってなかったし、まうちゃんも流石に寝てるだろ!」


「そうですね!」


「俺等がイベントに出てる間にまうちゃんが活動してるなんてことはまずないよなぁ! 確信があるぜ!」


「まさかまうちゃんが突然思いつきでエヴリィカの先輩の真似をして仲間のイベント配信を実況してたりとかするわけないですよね! HAHAHA!」


「まさかそんな不運なことがあるわけないだろう! HAHAHA! そうなったら俺達はまうちゃん激推しのくせにまうちゃんがチームメイトの応援実況をしてるのをリアタイできなかったクソアホドマヌケ無能になってしまうじゃないか!」


「それもそうですねぇ! すみませんセンパイ、ありえないことを言いました!」


「かまわんかまわん!」


 格闘家達は暴風雨の中、暴風雨でもかき消せない声量で大笑いした。全員が体育会系なのでだいぶ声がデカい。無意味に。


「しかし皆タツミさんとみみちゃんだとみみちゃんなんだな。全員一致とは思わなかった」


「それはまあ」

「ねえ」

「だってほら」


「「「「 うん…… 」」」」


 不寝屋まうは小柄で貧乳。

 タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーは大柄で巨乳。

 蛇海みみは小柄で貧乳。


 つまりはそういうことである。


 Vliverの界隈には、外見を理由に好感度をプラスするリスナーがだいぶ多く存在している。それこそ、子供系のVliverが新しく大人系の巨乳ボディを使い始めるだけでリスナーが増えることもあると言われるくらいである。


「貧相で細くて薄い感じが良いんだよね。それが可愛い。昔から僕はお風呂で胸のあたりをぺたぺた触って溜め息吐いてる漫画のヒロインが好きでさ、そこからずっと貧乳がまんべんなく好きなんだ」


「うわ」

「こいつ」

「わかるよ」


「みみちゃんも可愛いけど、やっぱまうちゃんが理想中の理想ですわ」


 不寝屋まうへの熱い風評被害が垂れ流され、暴風雨に飲まれて消えていった。


 YOSHIの義妹・蛇海みみへの風評被害は微妙に継続される。誰も聞いてないだろうからいいだろの精神だ。


「ってか僕ら皆まうちゃんガチ推しでタツミさんよりみみちゃん派ってことは全員低身長の貧乳好きでしょ。ロリコンとはまた別の話で。社会人として上手くやってる低身長貧乳の美少女が好きな人種」


「「「 …… 」」」


「……こんな話してたらYOSHIさんが僕ら全員ぶった切りに来そうですね。なんかちょっと見た限り、仲間へのセクハラを許す人には見えませんし」


「やめろよ! 本当に来そうだろ!」


 すとファイの4人のスタート地点は、サイバーパンクの街の北西。パイプの区画だった。


 鉄パイプを繋げて壁を作り、鉄パイプの柱に貼り付けて、鉄パイプで織り上げた天井を乗せて家屋が出来る。各家屋に鉄パイプが燃料や水を運び、移動するには鉄パイプで作られた道路を行くべし。


 地面などどこにも見えず、殺人的な降雨は鉄パイプの隙間をすり抜けて落ちていき、水たまりなどどこにも出来やしない。

 雨水に濡れた鉄パイプは異様に滑りやすく、この上を走るのはそれなりに慣れが必要であるようだ。YOSHIであれば平然と走れるのかもしれないが、すとファイの4人はもう既に3回滑っている。


「今日寝たら鉄パイプの悪夢を見そうだ……」


「リーダー! あっちの方に普通のコンクリの路面が見えますよ!」


「お、よし。そっちに行こう」


 しかし、そこに待ち受けていたのは。


「ウワーッ!」

「ウワーッ!」

「ウワーッ!」

「ウワーッ!」


「「「「 バケモンしかいねー! 」」」」


 大量のゴリラトパス幼体の群れだった。


 上半身はゴリラ。

 下半身がタコの八本足。

 ゴリラの骨格と分厚い筋肉に、タコの柔軟で強靭な筋肉が一体化し、その上に黒い毛が生え揃う。

 幼体ゆえ、体長は1m程度か。


「キモ……いやだいぶキモいな!」


 タコの足、つまり足に吸盤を備えた魔獣。

 つまり活動可能範囲が非常に広く、その上暴風の影響も受けにくいというマップにマッチした難敵と言えるだろう。


 壁を歩くゴリラトパス。

 歩道橋の裏側を歩いているゴリラトパス。

 暴風に乗ってビルの壁から壁へと飛び移るゴリラトパス。

 それらが一斉に、すとファイの4人を見た。


「逃げましょう! やべーっす!」


 声を上げて逃げ出そうとするメンバーを、リーダーが掴み止める。


「いや待て待て! これ、いわゆる『怪物の棲家モンスターハウス』だけど……今回だけはチャンスだ! 逃げるな!」


「どういうことだリーダー!」


「この幼体を倒して出て来たオーブを3つ集めたら勝ちだ! 試合序盤に巣が見つかるなんてめったにない、はず! ここだけでオーブ3つ稼ぎきって勝てるかもしれない!」


「!」


 4人の気持ちが沸き立つ。

 4人が4人、体育会系の不寝屋まう推しというフィジカル系オタク。『勝ち』が手の届きそうなところにあると、気が高ぶってしまうらしい。


「運が向いてきたぜ……就職活動する時に『リーダーとしてチームを率いてPDの大型大会で優勝したことがあります。人間関係の調整は得意です』って備考欄に書けるかもしれん! うおおお!」


「リーダーの辛いリアルが垣間見えた」


 4人が飛び込む。

 走り出す。

 彼らはリアルの格闘技も楽しみ、ネットのフルダイブVRも楽しむ者達。強い風の中で揺らがない足腰の運用は、下手なゲーマーよりも優れていた。


 ボクシングの左フックが、レスラーのタックルが、総合格闘家の回し蹴りが、ハードパンチャーの右ストレートが、それぞれあっという間にゴリラトパスを倒していく。


「お、意外と楽……」


「そりゃまあ幼体は一対一なら初心者でも倒せるバランスにしとかないと、ゲームとして楽しくないだろうし」


「それもそうですね」


 楽勝ムードが漂う。

 無駄口が増えてくる。

 今日の彼らの幸運はかなりもので、だいぶ長続きしているようだ。


「……おっ! 来た来た! オーブ! オーブ1個見つかったよリーダー!」


「でかした!」


「HAHAHA! 思ったより楽勝だったな!」


 試合開始直後に合流成功。

 そのまま数分でハント対象の巣を発見。

 そして広範囲スキルによる大規模狩猟ではなく、一体ずつしか倒せない格闘攻撃で、あっという間に一つ目のオーブを獲得してみせた。


 マップもランダム、出現位置もランダムな序盤は、運が絡みやすいとは言う。言うが、ここまでの幸運の上振れはもはや伝説級と言っていいだろう。


 楽勝ムードの中、一人がなんともなしに振り返り、振り返った首が上を向いて……目が見開かれ、口も開いた。ついでに虐殺の幕も開いた。


「……来たぁ」


 ズシン、ズシンと、『それ』が歩くことで僅かに路面が揺れ始める。


 それは、成体のゴリラオクトパス。おそらくは全長18mにもなろうかという個体だった。

 体重も100トンはゆうに超えているだろう。

 1000mを超えるビルもそこら中にある、スケール感が狂ったサイバーパンクの町並みに、その巨体は酷くマッチしていた。

 巨大と巨大。

 天をも貫く高層ビルの壁面を、タコ足と吸盤がしっかり掴み、壁にしがみついたゴリラトパスが咆哮する。


 彼らは気付く。


 このビルが、ゴリラトパスが登っていく『木』であったことに。

 並び立つ無数の巨大ビルの数々は、『森』であったということに。

 ここは、ゴリラトパスの森なのだ。


「でっけ」


「子供をやられたから助けに来たのか。いや、仇討ちに来たのか?」


「見つかったらやばそっすよ」


「大丈夫だ、今は静かにしてれば……」


 すとファイは無理をせず、近くの大木の陰に隠れて息を潜める。

 まだ発見されていないという幸運を活かして、ゴリラトパス成体が去るのを待ち、また幼体を狩ろうという目算のようだ。


 その選択は正しい。

 上手く行けばこのまま勝てるだろう。

 だが、彼らには一つ誤算があった。

 試合序盤、彼らを溺愛した幸運の女神は、今この瞬間に目移りしてしまっていたのである。


「ん?」


 たまたま空を見上げていた一人しか気付いていなかった。その時、空を駆けた輝く流星に。


 それが大木に命中し、爆裂。


「……ほわっつ?」


 大木は折れ、隠れていた4人が現れる。

 そして、爆音によってゴリラトパス成体が4人の方を向き、4人の1人が手に持っているオーブを発見してしまう。

 怪獣のこめかみに、青筋が走った。


 怒れる大怪獣が吠える。

 その咆哮だけで空気が押し出され、暴風と豪雨の全てが吹っ飛んでいく。

 大怪獣は近くの手頃な50m級ビルを引っこ抜き、それを抱えて4人に飛びかかる。


 何が起こったのかまだ全く把握できていない4人をよそに、ゴリラトパスは終わりを振るう。


「何何何!?」


「どうなってんの!?」


「わからん!」


 振り上げられるビル。


 振り下ろされるビル。


 怪獣がビルを武器として振り回し、その結果として見えていたはずの空の全てがビルに覆われ、『ああこれに潰されるんだ』と確信するというレアな体験を、4人は同時に味わった。


「終わりです。悲しいね」


 轟音。

 崩壊。

 激震。

 全力で振り下ろされたビルによって砕ける路面、走る衝撃、広がる地震。周辺のビルも次々倒れ、灰色の土煙が広範囲へと拡散していく。


 成体ゴリラトパスはフンと鼻を鳴らし、攻撃に巻き込まれないよう逃げていたゴリラトパス幼体達を連れて、その場を去っていった。











 さて、何が起こったのか。


 それを確認するには、少しだけ時を遡り、少し離れた場所を見る必要がある。


 時は巻き戻ること10分間、すとファイ4人が幼体狩りを始める少し前、すとファイが目もくれていなかったビルの屋上に、彼は居た。


「そんな装備で大丈夫か? この弓を見てそうお思いのリスナーさんも居るでしょうが、大丈夫です問題はありません。まあ本当は僕も狙撃銃とかの方が使い慣れてんですがねゲームだと、でもヨッシーが弓使えって言うから! 僕はヨッシーを信じてやってっから! だから実際狙撃するなら弓使おうって言ってるヨッシーが本当に正しいのかは、わ、わかんないっピ……」


 アチャ・東郷である。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯アチャ、自害しろ

◯アチャ、自信を持て

◯アチャ、自分を信じろ



 YOSHIは東郷の要望を聞き、東郷の得意分野を把握し、東郷に最適な立ち回りを考慮して、東郷と話し合った上で最適なスキルセットを提示した。


 東郷が持つ一つ目のスキルは、弓。


「まーヨッシーが言うにはね、ただ撃つだけなら弓より銃が良いそうなんですわ。引き金引くだけで撃てるから。接近された時に一瞬で撃てるのは銃であって、弓ではないと。銃VS弓VSダーク……おっと動き出したのぅあの4人が」


 東郷が見下ろす先、はるか下方の大通りで、すとファイの4人とゴリラトパス幼体の戦いが始まっていた。


「でも、ヨッシーが言うには僕には『変化力』の適性があるそうなんですね。考えて戦う思考のプレイヤーには変化力が合ってるとそう言われたもんで、まぁ僕はやれやれと弓を受け取りやれやれだぜと練習して既にやれやれの達人に」


 弓に、生み出された矢が現れる。

 弓と矢を別々に生み出したということは、弓と矢は別々のスキルであるということだ。


 東郷の二つ目のスキルは、矢。


「というわけでね、練習した弓射を皆さんにお見せしたいところなんですがね、すぐには撃ちません。撃てねんだわ。何故か? 初心者だからです! 4人に勝てるわけないだろ! だからこうしてね……遠くからチャンスを待ってね……殺すしかなくなっちゃったよ」


 東郷がデタラメに強ければ、4人を即座に一掃し、ゴリラトパスを独占してさっさと勝ち筋を確立できていたかもしれない。

 でも、できない。

 東郷はそこまで強くはないから。

 数の差を覆せるほどではないから。


 だから冷静に、自分の技能と向き合って、現実的な手段を考慮した。

 つまり、彼らがオーブを出した時点で横から撃って奪ってやろうという目論見である。


「まあ僕のリスナーは僕に優しいと信じているので、まさかコソコソと隠れて狙撃準備してる僕のことをコメント欄でチキン野郎とか罵ってる奴は居ないと思いますが……」


 東郷は、コメント非表示&タイムラグ設定によって、自分側からは見えていないコメント欄に呼びかける。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯YOSHIならできたぞチキン

◯東郷さん頑張れー

◯YOSHIなら行けたぞ

◯逃げるな卑怯者ォ!

◯YOSHIの弟子だろ、行けチキン

◯一人で頑張るってYOSHIの墓前に誓っただろ!



「居ないと、信じていますが!!!!!」


 東郷の悲鳴に、コメント欄で笑いが起こる。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯ワロタ

◯リスナーの先が読まれてる

◯調教されたコメント欄

◯いつもこんなんなんだここ

◯大会の仕様で強制的にコメント見れないのか



 多くの人達が配信画面を見て笑い、話題に乗ってやって来ていた配信者の一部が、感心したように口笛を吹いた。


 東郷にコメント欄は見えていない。

 つまり東郷は、まず発言し、その発言にリスナーがどう反応するかを読み切って、コメントに対して面白くなるリアクションを取ったのだ。

 コメント欄が見えていてベテランの配信者ならばできる人も居るが、コメント欄が見えていない新人Vliverである東郷がこれをこなせるのは、非凡な対人先読み能力の産物としか言う他ない。


 そして、この流れで『誰が一番楽しんでいるか』と言えば、それはに他ならない。


 新規勢は、東郷のことも知らない。東郷のリスナーのことも知らない。この配信チャンネルが普段どういう配信をしているのかも知らない。ゆえに、新鮮味がある。

 新規勢が「配信してる人もリスナーもなんかおもろいな」と思ってくれたら、それで勝ちだ。

 ここは新規勢から見ても『居心地の良い場所』に見えるだろう。

 次の配信も見に来るようになるはずだ。

 それが配信者の主な仕事である、『固定視聴者を増やす』ということである。


「もし試合が終わって僕がアーカイブ見に行ってそこに僕を臆病者扱いしてるコメントがいっぱいあったらね……許さんぞ! 絶許! 僕をバカにしたら神様だって殺して見せますからね、YOSHIが」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯草

◯他力本願寺

◯もっと自分の強さを信じて

◯その弓は敵は撃たないのにリスナーは撃つの?


 東郷はを計算に入れて、自分の発言から数秒置いて、自分の発言にリスナーがちょうど反応したタイミングで、見えていないリスナーのコメントに反応したかのような発言をする。


「くっ……コメント欄で軽んじられている気配がある! 僕の尊厳が失われていく! お前ら笑うな! 僕は毎日ヨッシーとアーカイブ見て過酷なトレーニングしてるんだよ! 特訓の成果見てて……」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯(笑)

◯草

◯口を開けば語録

◯w



 新規勢の視聴者がくすっと笑い、数人の現役配信者は「コメントがどういう感じであっても良い感じのレスポンスになるように言葉を選んでるな」「こういう言葉選びをするとコメントと矛盾しないのか」とまた感心した様子を見せた。


「まああのね、皆で特訓してたんですよ。不寝屋ちゃんも伊井野ちゃんも今は仮眠取ったりしてると思うんですけども。あの子らもね、見えてないとこでPDの猛特訓してるんですよ、僕より背のちっこい女の子がよう頑張りよるって感じでねぇ」


 東郷は弓を引き絞り、照準を合わせ、数分後には来るであろうチャンスを待つ。


 弓は構えているだけなら、スキル発動状態にならず、維持力などによる維持判定は発生しない。ゆえに、構えて待つ。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯見とるけどなうちら

◯見てるよ~


◯まうちゃん!?

◯いのりちゃん!?

◯チームメイトの人だ

◯チームメイトの人達だっけ?



「皆様は僕らがヨッシーから作戦や戦術を教わるだけだと思ってるだけかもしれませんがね、それは違うよ! ヨッシーは意外と自主性に任せる男ですからね。しかも天然だから不寝屋ちゃんにツッコミ入れられまくってて、男と女なのにまったくもうずっとボケとツッコミしててもう……じれってーな僕ちょっとやらしい雰囲気にしてきますわ! とか言うと僕の方が不寝屋ちゃんにしばかれたりしてね」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯これマジやからな

◯ほんとーなんだよ~


◯うける

◯わろた

◯いのいの笑って眺めてそう

◯お友達に迷惑かけるのやめなさいアチャ



「ヨッシーが結構自主性に任せてくれるから僕らも結構僕らだけで話し合ったりしてね、伊井野ちゃんの助言なんか結構ためになるんすよ。伊井野ちゃん、とにかく準備と段取りの考え方が良いんだぜ。僕がこうして立ち回ってるのも、伊井野ちゃんの『攻撃した瞬間には勝つ準備が終わってたらいいよね~』っていうアドバイスを思い出したからでして」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯わ~覚えててくれてるんだ~

◯へーやるやん


◯優秀

◯有能

◯たいへんえらい



「不寝屋ちゃんもね、あれでうちのチームだとYOSHIの次くらいに狙撃避けるの上手くてね。こっそり練習に付き合ってくれてたんで、PDで動く的に当てる感覚とかも身に着けさせてもらったからにはもう……ネ……勝つしかない、このビッグウェーブで」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯まうちゃんやさし~

◯ちょっと練習に付きうただけで大げさな


◯天使

◯慈母

◯不寝屋ちゃんみたいな幼馴染が欲しかった

◯シャアが母親にしたがるレベル



「ヨッシーの奴もさ、怒んないんだよ。苛立ちもしねえの。僕が分かるまでやるって、ずっと言ってんだよ。仏頂面で。大して寝ないでずっと俺のスキル適性分析とかしててさ。で、『お前はもっとできる』とか言い始めんの。僕にはまだ全然可能性があるとか言うんだよな、やばたにえんだった」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯わかる

◯わかる~


◯まうちゃんといのりちゃんの心が一つに!

◯チームの心が一つに!

◯パワーも一つに!

◯いいですとも!



「だからもしこの射撃が当たって、この作戦が上手く行ったら……そいつは俺の成功ってだけじゃなく、俺達チーム全員の成功ってことで───」


 成体のゴリラトパスが現れる。

 すとファイの4人が大木の陰に隠れる。

 アチャ・東郷の体が、深く深呼吸を重ねる。


「───よろしくぅ!!」


 放たれた矢が、暴風の狭間を突き抜ける。


 ほんの一瞬の間、矢を放った直後の東郷の脳裏に、YOSHIが東郷へと与えた教えが、一つ一つリフレインしていった。



───ポシビリティ・デュエルにおいて、射撃系は人気のスキルだ。強いし、使いやすいし、かっこいいからな

───初心者から上級者まで皆使ってる。そんでまず初めに覚えるべきが……

───今、調整で東郷のスキルセットに組み込んだ弓の、スキル配分だ



【名称:L'Arc】【形質:7種の矢放つ虹の弓】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:25

同調力:0

変化力:5

知覚力:0



───維持力が高い飛び道具には"何かをそのまま遠くに届ける"能力がつく

───たとえば絶対力の高い手裏剣を維持力の高い念動力で操る、とかな

───この弓が矢を遠くに届ける

───東郷のスキルセットには、変化力が高く汎用性が高い矢を合わせた

───この矢に、6つに絞った属性変化を搭載するんだ。7つじゃなくてな



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

破壊力:7

絶対力:13

維持力:0

同調力:0

変化力:10

知覚力:0



───2スロット使った割には、破壊力も絶対力もそこそこの弓矢だ

───力押しで勝てる構成にはしてない

───頭を使え

───その方がお前には向いている


───お前はきっと


───強い銃じゃなくて便利な弓で勝つ男だ



 東郷が一瞬で放った矢は、2本あった。

 片方は『爆発』。

 片方は『轟音』。

 大木を折るための一射と、ゴリラトパス成体に気付かせ誘導するための一射。それがゴリラトパスの激怒を4人のすとファイへと向けさせた。


 2スロット使って絶対力13相当の射撃攻撃は、決して強くはない。一般的な防御スキル1枠で防がれてしまう上に、残りスキル枠が1枠しか残らないため、そのまま負けてしまいかねない。


 このスキルに適性があるのは、戦場で考え、考え、考え、自分より強い敵を倒し続けることができる者だけだ。


「あ、ちょっと解説するのだ。解説する時はやはりこういう口調なのだ。ゴリラトパスの成体は普通にやっても倒せないのだ。しかも感知能力も高く、維持力の射程に換算して50点相当の五感能力を保有しているのだ。たとえば破壊力1維持力29の長距離射撃で攻撃しても、すぐバレるのだ」


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯命中おめでとうなのだ

◯マイティフォースの絆なのだ

◯解説感謝なのだ

◯これなんの語録なんですか?



「つまりゴリラトパスから見て維持力50点相当の範囲にあの4人が居て、その範囲外に僕が居る時にあの4人の近くで爆発を起こすと、ゴリラトパスはあの4人にだけ気付いて僕には気付かないのだ。ヨッシーが教えてくれた裏技なのだ」


 東郷は解説しながらビルを駆け下り、ゴリラトパスの成体が破壊した爆心地に足を踏み入れる。

 大きめの隕石でも落ちたのか? と思わせるほどに徹底して破壊されたその地に、ゴリラトパス以外の生存者は居ない。


 そして、破壊の中心地点には、オブジェクト設定がなされていないため、物理攻撃によって破壊されないオーブがきらきらと輝いていた。


「しゃおらぁ! オーブゲットぉ!」


 掴み上げたオーブを掲げる東郷。


「……なんかモンスター利用した不意打ちみたいな勝ち方だったのでちょっとかっこよくないが、許して! 新規さん! 僕狙撃兵なんで許しておくれ! 真正面から戦って強いバトルは不寝屋ちゃんとかヨッシーとかがやってくれっから! たぶん」


 コメント欄は、褒めと笑いに満ちていた。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


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◯誰もバカにせんてw

◯いやあナイスショットよ

◯この距離で当てるのか…俺以外の奴と…

◯狙撃うっうーうまうま上手い

◯初心者とは思えませんでした!



「不意打ちじゃない僕のかっこいい感じの活躍は今後をお楽しみに! 僕もね、世界最強の師匠に鍛えられて今急速に成長してますからね! 方法は分からないがヨッシーが僕を強制的に成長させてくれるんだ! 敵を倒せる実力レベルまで!」


 東郷はオーブをポケットに入れ、そそくさと南に向かって移動する。


「ここで南に移動するのはさっき見たノハラ・ミサエルとカチ合わないようにする狙いがあるのだ。今の時点でタイマンはしたくない相手なのだ。厄介な相手とぶつからないように動きつつヨッシーとの合流を目指すのだ」


 鉄パイプのエリアをノシノシ歩いているゴリラトパス成体に背を向けるように、東郷は走り出した。

 そうして移動すること数分。

 マップの南西側の大通りで、東郷は"それ"を発見した。。


「で、つまりリスナーの皆さんが思うほどドラゴンクエストモンスターズ9は難しく……ん?」


 東郷の3つ目のスキルはこれまた変化タイプであり、応用することで遠くを見ることもできるという、『ある』発想を元にしたスキルだった。

 このスキルを持ち、警戒を欠かさなければ、東郷はお喋りしながらでも遠くの敵を一方的に発見することができる。



【名称:l'œil】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:4

同調力:0

変化力:26

知覚力:0



「蛇海ちゃんじゃないの」


 彼が発見したのは、蛇海みみであった。


 白いドレス、薄青の髪。

 小さな身体に眠そうな目。

 白いドレス、無数のリボンと、可憐ながらも蛇の抜け殻を思わせるアバターデザイン。

 今回、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーとして参加しているはずの……YOSHIの妹だ。


 東郷がサイバーパンク自販機の陰に隠れるのとほぼ同時に、みみはゴリラトパスの幼体を一瞬で8体同時に倒し、発生したオーブを掴み取った。


「!」


 東郷が持っているもので1つ。

 みみが持っているもので1つ。

 あと1つあれば、それでこのゲームは終わりだ。3つ集めれば勝者となる。

 ここで、蛇海みみを東郷が倒せれば、東郷はオーブを2つ持ってYOSHIと合流できる。


 『YOSHIが誰かに負けるわけがない』と信じている東郷からすれば、オーブ2つをYOSHIに手渡せたなら、その時点で勝ったも同然と思える。


 深呼吸を繰り返し、冷静に、冷静に、東郷は試合前の会話を思い出していた。


───みみ、今レートレベルどのくらいだ?

───……最近ずっと絵のお仕事とかお歌のお仕事か配信とかしてたものでぇー。恥ずかしながら鈍りに鈍ってグングン下がってレベル2917ですぅー


───東郷、お前レートレベルは?

───……1518です……

───来月一週目には4000まで上げるぞ。東郷


 鈍る前の蛇海みみは個人スコアのレートレベルが3000超えクラス。東郷は1518、普通に考えれば勝ち目はやや薄いラインだ。


 しかしみみはややブランクがあり、実態的な強さはレベル2917より更に下まで下がっている可能性がある。更に東郷が先に気付いた以上、東郷は有利な位置から先手を取って戦闘を始められるだろう。ともすれば、初撃の狙撃一発で勝利できるかもしれない。


 東郷は迷った。メリットとリスクを天秤にかけて迷った。


「……よし」


 そして、逃げるのではなく、弓を握った。


 思い返した記憶の中で、東郷に期待し、東郷の可能性を信じてくれていたYOSHIの言葉が、東郷の背中を押してくれていた。


 信じてもらえたことに、結果で報いたいと、アチャ・東郷の心は叫んでいる。


「待ってろヨッシー。見てなリスナー。本日のMVPはいただきだ。今日皆の推しの子になってやるかならな? 見とけよ見とけよ」


 雨の中、水に濡れるみみの髪は、磨き上げた青ガラスのように美しかった。

 東郷が矢をつがえる。

 矢を引き絞る。

 そして、手を離す。


 放たれた一射は、豪雨を引き裂くように飛翔し、次なる戦いのゴングを鳴らした。



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