西暦2059年4月15日(火) 20:01

 試合前、YOSHIと東郷の会話の中で、東郷がポロッと漏らしたその言葉を、YOSHIはそのまま受け止めた。別に深読みなどはしなかった。


「……あいつと、千和と、僕。ここの同期3人は、同じゲームの配信界隈出身なんだ。そっから名前とアバターを変えて新人Vliverとしてデビューしてる。今のキャラ付けする前の、普通の女子やってた頃のタツミの話し方とか蒸し返されたら、タツミは困る。分かるだろ?」


 YOSHIが他者の発言のそういう部分に興味を持つような性格だったなら、また違う形の過去・違う形の未来もあっただろう。


 誰にも過去はある。

 生きてきたこれまでがある。

 無かったことにならない人生がある。

 それが今を作っている。


 その過去に意味があったか、価値があるか、必要だったか、不必要だったのか。


 それを決められるのは、現在いましかない。











 アチャ・東郷の勝利プランは、まずオーブを取った直後の蛇海みみの気の緩みを突き、先制攻撃。できればこの初撃で勝つというもの。


 そして初撃で仕留められなかった場合は、すぐに身を隠してゲリラ戦を開始。嵐によって周囲が確認しにくいみみを疑心暗鬼に陥らせ、背後を取って次の狙撃で決めるという次善策まで備えていた。


 狙撃系ビルド使用者の立ち回りとしては百点満点の立ち回りと言えよう。


 東郷の作戦にミスと言えるものがあったとすれば、それはたった1つだけ。自分がポシビリティ・デュエルの経験が浅いという自覚が、少しばかり足りていなかったことだろう。

 彼は元々慎重なタイプだが、このタイミングではもう少しだけ更に慎重になっておくべきだったかもしれない。


 蛇海みみはここでゴリラトパスの幼体を狩っていた。つまり、この一帯にはゴリラトパスがうようよ居るということだ。


 東郷は矢を放った瞬間に、自分に飛びついてきていたゴリラトパスに気付かなかった。


「!?」


 ゴリラトパスが東郷に組み付いたことで姿勢が崩れ、矢が逸れ、みみの肩の薄皮1枚を貫くだけに終わる。

 驚き振り返るみみ。

 よだれを撒き散らし叫びながら東郷に掴みかかっているゴリラトパス。

 東郷は瞬時に手の中に矢を生み出し、それをゴリラトパスの眉間に突き刺した。



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

破壊力:7



 流れるような手並み。あまりにも鮮やかな手捌きでゴリラトパスを即死させ、死体を蹴り飛ばし、すぐさま立ち上がって弓矢を構えた東郷だったが、それでもなお時既に遅し。


 白い八岐大蛇やまたのおろちが───蛇海みみが、既に素早く接近を終え、東郷をスキルの射程に捉えていた。


「おやぁー、知ってる顔ですねぇー」


「っ」


 みみが攻撃姿勢に移った瞬間、みみが東郷に照準を合わせたその一瞬に、東郷は後ろに跳びながら手に生み出した矢を眼前に投げた。

 弓で撃つのではなく、投げた。


 構えて撃つより遥かに速く放られた矢は、東郷の眼前でちょうどいい塩梅で爆発し、東郷の体を爆風で押し流すようにして跳躍を後押しする。

 爆発で自分の体を押し出した形だ。


「!」


 すとファイが隠れていた大木を折った時に使われた矢の変化の1つ、『爆発』だ。


 東郷は知っている。

 みみのスキルビルドが銃であることを。

 東郷は知っている。

 照準を合わせた瞬間に目標が動くことほど、撃ち手にとって嫌なことは無いことを。


 みみの背中から生えた『何か』が無数の光弾を撃ち放ち、その全てが東郷には当たらず、ビルの壁面と路面に多くの穴を空けるだけに終わった。

 YOSHIなら見切れる弾幕。

 東郷には見切れない弾幕。

 ゆえに爆発を利用して速く大雑把に避ける。


「……いつもながら器用な人ですねぇー」


 そして建物と建物の合間に伸びる路地に素早く逃げ込んだ東郷と、追いかけるみみで追撃戦が始まった。先に攻撃を仕掛けたのは東郷。スキルビルドが狙撃系なのも既に判明している。


 みみからすればここで東郷を見逃すのは論外だ。見逃した東郷が遠視系スキルで遠巻きにみみを見張り、隙を見てまた狙撃してくるかもしれない。

 1度東郷を倒してマップのどこかに飛ばし、狙撃を受けるリスクを断ち切る、それが彼女の考えるベストの選択である。


「逃がしませんよぉー」


 逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。東郷は遮二無二逃走を図る。みみの針の穴を通すような精密射撃が路地の障害物の隙間を抜けて、東郷の右足ふくらはぎをかするように抉り取っていった。


「ぐっ」


 東郷はとっさに開いていた窓から巨大ホテルの内部に飛び込み、みみの追撃をひととき断ち切った。緊張と重なる疲弊が、東郷の息を切れさせる。

 みみの射線が遮断された僅かな時間に少しでも距離を広げようと、東郷はホテルの廊下を走り出した。


「ハァ、ハァ……クソッ……クソは下品すぎますわね。お排泄物ですわ~~~!」


______________


□東郷視聴者集会所▽   ︙


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯失言我慢えらい

◯よく踏ん張った

◯品性の勝利

◯新規層向けによく耐えた

◯キッズ向けチャンネルの意地を見せたな

◯今言い直したの意味あるんですか?



 東郷はみみに見失わさせるため、一旦ホテルの中央エントランスを目指してそのまま走り出す。エントランスは通過予定だ。東の窓から入ったのだからエントランスを通過して西側から脱出しよう、という目論見である。


 みみは東郷には無い経験からホテルの構造を直感的に推測し、東郷がそう逃げることを先読みする。みみが、東郷より遥かに速く移動できる優位を活かして、東郷が移動する先であろう中央エントランスへの先回りを行う。


 東郷、みみ、両者の読み合いが行われたが……ここで2人にとっての予想外が1つ。


「あちゃぁー、こらミスったねぇー」


 先にエントランスに到着したみみが見たものは、エントランスを根城としていた数十体のゴリラトパスが、一斉にみみの方に振り向く姿だった。


 数秒後、遅れて東郷がエントランスに到着する。東郷はエントランスから聞こえて来る戦闘音に、露骨に嫌な顔をした。

 ゴリラトパスのおかげで幸運にもみみの待ち伏せを回避した東郷が見たものは、背中から生えた蛇を思わせる八本の機械腕でゴリラトパスを殴り飛ばしているみみの姿であった。


「うおっ」


 東郷はとっさに大きなソファーの陰に滑り込むようにして隠れ、戦いを覗き込んだ。


 みみの背から生える八本の機械の腕は、それぞれが蛇を思わせるものだった。

 八本の腕には1つずつ銃口が備わっており、そこから光弾が発射されてゴリラトパスを蜂の巣にしていく。


 機械の腕の表面にずらっと並んだ小さなメタルプレートの集合は、まるで蛇の鱗のようだ。

 それらのメタルプレートを彩る模様は、日本人ならば誰もが『蛇の模様っぽい』と思うもの。


 メカニカルさを出すための角張ったゴテゴテ感をスマートなシルエットに仕上げ、ホワイトメタルカラーとグレーカラーを基調としつつ、ブルーメタルのラインでアクセントを加えた色使いは、男の子の性癖をくすぐる格好良さに満ちていた。


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□東郷視聴者集会所▽   ︙


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯いつ見ても美しい

◯作り込み細かいよなぁ

◯TTTで1番美しいスキルだと思う

◯すんげぇ生物的かつメカニカルよなコレ

◯いつかオリジナルのガンダム描いてほしい



 ミミは床に足も着けずに、八本の腕の内二本を足代わりにして素早く飛び回り、二本を用いて接近してきたゴリラトパスを殴り飛ばし、残り四本から光弾を連射してゴリラトパスを仕留めていく。


 この八本腕は近距離遠距離問わない攻撃を行うことが可能であり、移動手段や回避手段にも応用できる、優れた汎用性を持つスキルセットである。

 多数の敵を相手にしても複数の銃口で対応が可能で、相手が1人であれば圧倒的な手数による飽和攻撃を行えるだろう。


 構成要素は、腕と銃と弾の3種。



【名称:ローヌの腕】【形質:八の腕】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:15

同調力:5

変化力:10

知覚力:0



 スキルセットの中核を成す腕と、腕に備わった射出用の銃と、撃ち出される弾丸の3つが、中距離で回避しながら弾幕を張るスキルセットを実現する。


 本来ならばトッププロでもない限り、八本腕を個別に制御して殴打・射撃・移動を同時に行うのは難しい。同時並行処理が間に合わないからだ。だがみみの場合、腕と銃の両方に多少の同調力を振ってこの問題をクリアしている。


 同調力は、武器と使い手をシンクロさせる力でもあるからだ。



【名称:民衆を導く自由の女神】【形質:八の銃】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:15

同調力:5

変化力:10

知覚力:0



 同調力によってみみの意思に追随する腕と銃は、もはや彼女の体の一部となっている。

 ゴリラトパスの幼体程度では、何百体居ようが彼女の相手にはならないだろう。


 八本の腕で地を駆け、壁を掴んで這い上がり、接近するゴリラトパスは殴り飛ばして、追撃の射撃で確実に仕留める。

 みみの戦う美しき姿は、まさしく白い八岐大蛇と呼ぶに相応しい。



【名称:弾痕光華門外】【形質:八の弾】

破壊力:16

絶対力:14

維持力:0

同調力:0

変化力:0

知覚力:0


 腕と銃口の変化力を少しずつ割いて、弾を瞬時に腕を覆う『膜』に変化させて使い、破壊力も絶対力も無い腕に破壊力と絶対力を付与する制御技術は、器用なみみですら初歩を身に付けるのに猛特訓にて一ヶ月以上かかったという、見様見真似では扱えない絶技であるのだとか。

 弾を纏う腕で殴り、弾を撃ち、弾をひたすら織り交ぜる。


 だが、1番に恐ろしいのは、彼女のその強さでは無かった。強さだけならYOSHIが居る。みみはある1点においてYOSHIに並び、時に彼を凌駕する。


 のだ、みみは。


 赤い点をあしらった、たくさんのリボンで飾られた白いドレスがひらりひらりと舞う。


 雨水を吸った薄青の髪が、ホテルの室内灯を反射して、宝石のようにきらきらと輝く。


 八本の腕は豪快に緻密に縦横無尽に動き回り、清楚なドレスの背中から生えて敵を蹴散らすメカニカル。強さと美麗さの両方を印象付け、見るものの心を惹きつけていく。


 みみが八本の腕を足代わりにして跳躍し、空中でくるりとひと回り、月面宙返りムーンサルト。ゆるりと回ったみみが放った8つの弾丸が、8体のゴリラトパスの眉間を同時に撃ち抜いた。




◯芸術かよ、この女子




 そんな風なコメントがいくつも書き込まれ、東郷のコメント欄に流れていく。


 これこそが蛇海みみのこだわり。

 PDプレイヤーで、Vliverで、イラストレーターでもある彼女の真骨頂。

 Vliverは試合に勝てば勝ちなのではない。

 人気が出たら勝ちなのだ。

 よって、見栄えの良さは強さに並ぶ最優先事項であり、みみにはそれを追求できる技能があった。


 見惚れる美しさの戦いを魅せる。

 美しさを魅せながら勝つ。

 これを超える配信の究極など、そうそう無いだろう。


 かつてYOSHIの戦いの美しさに見惚れたことがある東郷は、みみの戦いにも目を奪われ、似てない兄妹の似ているところを見つけてしまって、頭を掻いた。


「よしぃー、これで終わりぃー?」


 群れる蛸の八本足は、大蛇の八本腕にはどう足掻いても敵わない。

 ……そしておそらく、東郷も敵わない。

 真っ当に戦ったところで勝ち筋は無い、そう確信できるだけの実力差があった。


 東郷はみみに気付かれていないと思っていたが、ゴリラトパスを一掃したみみが、一瞬だけ東郷が隠れているソファーの方に視線を向けたのを見逃さなかった。

 東郷はPD以外のフルダイブVR系対戦ゲームで、そういう風に誤魔化すプレイヤーをかつて目にしたことがあったから。

 気付かないフリをしてから、奇襲。

 蛇海みみにはそれができるだろう。


 みみは今の戦闘中も広く視野を保っており、エントランスにたむろしていた数十のゴリラトパスの内の一体が、ソファーの裏に隠れた東郷を見て反応していたのを見落とさなかったのだ。

 東郷はみみの視界に入らないよう隠れていただけで、ゴリラトパスの視線までは断ち切っていなかったからである。


 みみは東郷に気付いていることを隠そうとし、東郷はみみの気付いていないフリに気付いた。


 極めて高度な、互いの企みを読み合う心理戦。


 ゆえに東郷はみみが隠れている東郷に奇襲を仕掛けようとする前に、先の先を取って動き出した。ソファーの裏から飛び出し、弓を構えて連射する。


「戦えばすぐに分かるだろう、君は! この僕が初心者ながらに頑張っていると! だがなぁ、分からぬものには分からぬのだよ! 努力の労など! 勝たねばなぁ! ここで!」


______________


□東郷視聴者集会所▽   ︙


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯急にガンダム

◯急に富野

◯歯が立たず無様に死にそう

◯がんばってアチャさーん!



 東郷が横に走りながら放った1つ目の矢が高速で飛翔し、みみに迫るも、みみの八本腕の1つが素早く動いて矢を掴み止めたものだから、東郷は心底ぎょっとする。

 "ふざけんな"とすら思っていた。

 FPSシューティングではありえないことだが、PDは技能とスキルが可能とするなら、銃弾を掴み止めることすら許されている。


「おぉー来た来たねぇー」


 だが、その矢は囮だった。


 間髪入れずに放った二射目には『爆発』の変化力が込められており、一射目と同じように掴み止めれば爆発によってダメージを受けるだろう。

 一射目を布石とした連続攻撃による堅実で確実な攻め手の構築である。


「───」


 されどみみは、僅かな差異を見抜いた。


 一射目の矢が正確にみみの頭部を狙ったものだったからこそ、二射目の矢がみみの胴体を狙った『当たれば良い』程度の雑な照準合わせエイムによるものだったことに、みみは違和感を持った。


 アチャ・東郷が優秀な男だからこそ、彼の技術が十年以上のゲーマー歴に培われた確かなものであったからこそ、同期の者達が彼に向ける高い評価があったからこそ、二射目は違和感を持たれた。『この人は意味無く雑には撃たないだろう』と。


 みみは腕で掴み止めるのではなく、銃口を揃え、八の射撃を同時に放つ。


 放たれた八つの光の光弾は、小さく弾丸の『面』を作るようにして直進し、東郷の爆発矢を粉砕。弾はそのまま直進して、東郷へと迫った。


「うおおおおっ!?」


 東郷はその場に倒れるようにして弾丸の下をくぐってかわすが、髪にかすった弾が何本かの髪先を消滅させていく。


 東郷とみみは、奇しくも同様の王道射撃型ビルドを使う同類の射手。強い飛び道具を作るスキルと、それを遠くに飛ばすスキルで2枠を使う、シューティングポジションのアタッカーだ。


 だが、真っ向から力勝負を行えば、どちらが勝つかは目に見えている。



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

破壊力:7

絶対力:13


【名称:弾痕光華門外】【形質:八の弾】

破壊力:16

絶対力:14



 変幻自在の矢を放つために変化力に振っている東郷の矢では、純粋に攻撃能力を追求したみみの弾丸には打ち勝てない。


 東郷はまたしても矢を弓から撃つのではなく、手の中に生み出してすぐに投げる。破裂した矢が──ゴリラトパス成体を引き寄せた時同様──『轟音』をかき鳴らし、みみは反射的に耳を塞いだ。


「っ!?」


 その隙に東郷は脱兎の如く逃げ出し、来た道を戻ってホテルを脱出せんとする。


 大した時間稼ぎにはならないだろうし、すぐに追いつかれる可能性も高いだろうが、少なくとも今ここで負けることは免れたようだ。


 このルールでマップに出現するオーブは3つ。

 1つは東郷が、1つはみみが持っている。残り1つは所在不明だ。

 みみが東郷を倒してオーブを奪ってしまえば、オーブ2つの所持によって勝ちは目前となる。


 それは東郷のせいでYOSHIが負ける可能性がある、ということも意味している。

 それは、彼にとって最大の恐怖だった。

 絶対に見たくない未来であった。


「……負けたくねぇな」


 東郷は何がなんでも、ここで負けてオーブを奪われることだけは避けたかった。


 とにもかくにも走り、窓から飛び出すようにしてホテルを脱出する。


「ったく、にしてもブラコンだなあの子は……! あ、意味が分からんリスナーは分からんままでいいです。ヤンデレのみみちゃんに死ぬほど愛されて眠れないお兄ちゃんCD、発売日未定」


 東郷はみみのスキルの内実を振り返り、苦笑する。YOSHIは何も気付いてないんだろうな、と思いながら、兄を想う妹に想いを馳せた。



【名称:疾風】【形質:全身風化】

絶対力:12


【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

絶対力:13


【名称:ドラゴブレス】【形質:小型短銃】

絶対力:13


【名称:弾痕光華門外】【形質:八の弾】

絶対力:14



 YOSHIのスキルセットは有名だ。

 だから、YOSHIを多少なりとも意識した射撃ビルドは、YOSHIの風化を絶対力で1上回ろうとする。タツミがそうだし、東郷もそうだ。

 スキルがぶつかり合った時、絶対力が1でも上回れば競り勝てるのだから、必然そうなる。


 そうして、他のプレイヤーを殺すために、みみはそれを更に1だけ上回る絶対力を設定した。

 彼女の弾丸には、兄に対策すメタる者達をぶっ殺してやるという祈りが込められている。


「みんな本当に色んな基準でスキルの数字設定してるよな……僕まで楽しくなってくるぜ。いやまあそれで普通に強いスキルになってるのは勘弁だけど」


 YOSHIが12で、みみが14であるという絶対力設定には、部外者には絶対に計り知れない『兄妹愛』が秘められているのだ。

 東郷はエヴリィカの身内な上、他人の気持ちに目敏い男であるがために察したが、本当は説明されなければ理解できるような事ではないだろうけども。


 やがて東郷が逃げた先、歪んだ紫の木々蔓延る森で、みみは東郷に追いついた。


 遺伝子組換えによって異形に変貌した植物がひしめく森。サイバーパンクに相応しく、また森での立ち回りの技量が試されるエリアだ。

 暴風雨がある程度森によって防がれるものの、曲がりくねった木々は暴風を時に霧散、時に圧縮、時に捻じ曲げ、予想できない方向からの突風が常に発生し続けている。


「じゃぁー、始めよっかぁー?」


 みみは根っこに足を取られないよう、八本の腕を足代わりにして森を疾走。


「ここが始まりじゃない。ここがきっと終わりなのさ、ガール。というわけで戦いを始めるのはよしておこうぜベイビー。英語で言うと命乞いでーすBegging for life


 東郷は3つ目のスキルで離れた地点も含めた周囲全体に視線を飛ばしながら、勝ち目を探して逃げ続ける。


「あぁー。ガールぅー? へぇー。レディって呼んでくれなかったので死刑でいいよねぇー?」


「ああっ同期が僕に厳しいっ!」


 口調はおどけてふざけていたが、東郷は内心焦りに焦っていた。


 このままではあっさり負ける。

 オーブも取られる。

 仲間への譲渡か敵による撃墜以外でオーブは移動しないため、オーブを隠してからやられるといった小細工も不可。

 基礎実力の差が段違いだ。

 これで人気イラストレーター蛇海みみは他の仕事が忙しかったせいで鈍っているというのだから、たまったものではない。


「僕がやられたらYOSHIが黙っちゃいないぜ? 分かってるかい蛇海ちゃん」


「そうかぁー」


「あっすっげぇ無関心な声!」


 焦る東郷の脳裏に、最近の特訓でYOSHIが与えた言葉の数々が蘇る。


───全ては過去にしかない

───練習した過去、対策した過去

───積み上げた過去は体に染み付いている

───今の窮地を覆す方法は、過去にある


 過去。


 今日までに積み上げられた東郷の過去。


───過去だけが今の自分を作る。俺も、お前もだ


 今の東郷を形作る過去が、ばぁっと一気に思考の表面を流れ出す。


 東郷の強さも、弱さも、戦術も、技術も、考え方も、スタイルも。全てが彼の過去に根付いたもの。過去の記憶が足並み揃えて、今の東郷を救うべく動き出した。











 これは、ある少年が、Vliverアチャ・東郷になる前の物語。


 少年は、騎士になりたかった。

 漫画でよく見るフルプレートアーマーの騎士ではない。子供心に少年は「あれはダサい」とずっと思っていた。

 重く、分厚い、自分の命を守るための鎧を身に着け、素早く動けそうにもない、死を怖がっているようにさえ見える鈍重な姿。それがとてもダサく見えたのだ。


 少年は、映画で見る軍人や狙撃手というものもダサいと感じていた。

 物陰に逃げ込んだり、泥の中をうつ伏せで這い回ったり、遠くから一方的に撃ったりと、とにかく撃たれないため・死なないために手を尽くす者達が、ひどくダサく見えたのである。


 少年が憧れたのは、リアルな世界でリアルな手段を積み上げて結果を掴み取るリアルな軍人ではなく、もはやファンタジーなくらいに格好良くて、自分一人でなんでも解決出来てしまう騎士だった。

 『地味でも自分にできることをする主人公』より、『誰にもできないことをどんどん成してたくさんの人に尊敬される主人公』が、好きだった。


 少年は子供ゆえ、分かりやすい格好良さに飛びついた。ヒーローになりたい……といった定番の夢ではなく、少年は騎士に成りたがっていた。


 少年の夢の原点となったのは、2043年放映の、週刊少年漫画のアニメ化作品『騎至界』。

 風の妖精と契約した主人公が夜の東京で日々繰り返される戦いに巻き込まれ、様々な属性を得た少年達が戦い、戦いの中で『力と引き換えに妖精に支払ってしまったもの』と向き合わされる群像劇である。

 その作品に登場する、風使いの騎士の主人公こそが、少年が初めて憧れた人だった。


 現代異能系作品は、分厚い防具を付けるリアリティより、スタイリッシュでスマートな画作りを優先し、ファンタジー作品の鎧やSF作品のパワードスーツとはまるで違う、ファッション誌を参考にしたような現代日本の洋服で戦うことが多い。

 求められるのは伝説の金属で作られた鎧で戦う勇者ではなく、パーカーとヘッドフォンにシルバーアクセを組み合わせたようなデザインライン。

 そういうデザインラインが、少年の思う格好良さと合致した。


 嵐の妖精と契約し、騎士を名乗る主人公の少年は、第一話で運命的に出会った少女を守っていく。

 かっこよく戦う。

 悪を討つ。

 罪無き人々を守る。

 そして、女の子を守って好かれる。


 少年は、そういったものにこそ憧れた。






 つまり彼は、英雄になりたかったのだ。


 風を纏い、剣を振るい、女の子の味方で、男の子の親友が居て、たくさんの人に好かれ尊敬され、悪を倒して称賛される騎士の英雄に。


 そういうものに、なろうとしていた。


 そういうものに、なりたかった。


 けれど、なれなかった。


 少年は少し先の未来で、泥の中を匍匐前進してコソコソと狙撃して戦うスタイルだけが自分に向いているのだと、そう思い知らされてしまう。


 彼が皆に尊敬される騎士になれる場所など、彼が見渡す世界のどこにも存在しなかった。


 世界を救うために臨むべき戦いも、世界を滅ぼそうとする悪役も、彼にしか救えないお姫様も、どこにもありはしなかった。






「●●くんはできる子だねぇ」

「君の親も優秀だったもんね」

「どんな大企業に行くつもりなんだい?」

「まずは中学受験だよね」

「ご両親に恥じないようにね」


 少年は昔、期待されていた。

 小学校に入った頃には、周囲の大人が数え切れないほどの期待を少年に向けていた。

 両親が優秀な人間だったからだ。


 父は絵画で入賞し、陸上大会でも入賞、大学入試で主席、後に公務員になり上に立つ者として人心掌握の能力であっという間に管理職に。

 母は帰国子女でクレー射撃で入賞、高校・大学どちらでも執筆した論文が業界誌で取り上げられ、会社では非常に高い経済予測能力を買われて同期一番の出世頭。


 「これだ」という特化した単一の得意分野が無いながらも、大抵のことは人並み以上にこなせる能力がある、そんな両親だった。


 少年の両親は、とてもいい人だった。

 いい人だったからきちんと努力した。

 いい人だから怠けなかった。

 いい人ゆえに真っ当な社会人だった。

 いい人なので当然周囲の人間と上手くやり、慕われ、孤立したことがなかった。


 いい人だから、息子の才能を取り零してしまわないように、息子の自由意志を尊重しながら様々な習い事をさせて、様々なクラブへと通わせて、どんな才能があってどんなことが向いているのか、入念な確認を行った。


 全ての習い事、全ての競技、全ての勉学において、少年は頑張れば65点ほどの結果を出すことができた。


 それは普通に優秀であると言って良いものだったが、多くの分野で最初から90点以上を出し続ける両親と比べれば、見劣りする結果であった。


 「はぁ」と、誰かが溜め息を吐いた。


 「こんなもんか」と、誰かが言った。


 「遺伝しなかったか」と、誰かが見下した。


 『このくらいはできてくれないと困るよ? 私達は君がもっとできると思って期待してたんだからさ……』とでも言いたげな、周囲の大人の空気に小学校低学年から晒され続けた少年の心には、消し去れないヒビが入っていった。






 多くの成功したVliverは、成功した時点で『期待』という名の毒と向き合うことを余儀なくされる。人気になるということは、『期待』されるということと同義だからだ。


 人は勝手に有名人に期待し、期待外れの結果に終われば勝手にガッカリする。

 人によってはそこから罵倒したり、見下したり、バカにしたりし始める。

 期待外れは罵倒されて当然だ、と思っている人達がいるから。


 『期待』は常に攻撃的な側面を持ちつつも、期待し始めた頃には攻撃的側面を隠し、期待が外れた瞬間に攻撃性を発揮したりする。

 「栄養のフリをした毒だ」と、期待そのものを嫌う者も居た。


 ゆえに、『期待』され、『期待』を裏切ってしまい、インターネットのおもちゃにされ、心を病んでしまう配信者も少なくはない。


 だが、アチャ・東郷においてそういうことはなかった。

 彼は物心ついた時からずっと、『加害性の高い無自覚の期待』を周囲から向けられることに、ずっと慣れっこだったから。

 彼は周りの大人達からずっと、嘲笑に近い失望を向けられて育ってきたから。


 アチャ・東郷は、自分を信じられない。

 ずっと信じられないまま生きている。

 それは彼が、自分のことを『他人の期待を裏切りながら生きてきた恥晒し』だと思っているから。


 過去に在った無責任な期待が、彼の心に細い穴を空けていた。






 少年の両親はいい人だった。

 掛け値なしにいい人だった。

 アチャ・東郷は社会人になった今もなお、両親はとてもいい人だったと思っている。


 母は、息子が何度も挑戦し、何度も1番を取れなくても、それでも息子の優勝を信じていた。


「無理はしなくていいのよ。あなたはただ私達の子供というだけで、それだけで……」


「母さん、期待しててよ。次の僕は勝つから」


「……」


「信じて」


「ええ。息子を信じない母親などいるものですか。いつだってあなたを愛しているわ」


 少年は周囲の期待に応えるため、親が誇れる自分であるため、様々な競技やコンテストに挑み、それらに勝つために猛特訓を繰り返す。諦めず挑み続ける少年は、異様に多様なジャンルへの挑戦を繰り返していった。

 そして、全てに負けていった。


「次だ、次々、次に行かないと……僕は……」


 親にもっと子供の気持ちと、どの分野でも1番にはなれない才能の無さと、どんなジャンルでも頑張れば地方大会の4番目くらいにはなれる器用さ。


 子供が望むならやらせてあげたい優しい親と、子供が挑戦しているのだから信じてあげたい親の気持ちと、子供の選択・行動の全ての責任を取らなければならない親の義務。それらが混ざって渦を巻く。


 明確な悪人が居ないまま、少年の人生は真綿で首を絞めるように、ゆったりと締め上げられる。


 幼い頃に抱いた『騎士になりたい』という純朴な夢は、小学生の内にはもう消え失せていた。

 強迫観念が、期待に応えられない焦りが、少年の中から未熟な夢を追い出してしまっていた。


「次、次、次……何か……何か一つでも1番になれたら……きっと、そうなれば僕は……」


 両親が幼い頃に賞を取ったコンテストに挑み、全力を尽くした。

 そして負けた。


 両親の仕事仲間の息子と、習い事で習っていた競技の大会でぶつかった。

 そして負けた。


 なんでもやった。なんでも頑張った。自分に向いているものが見つかるまで。

 けれども、少年が1番を取ることは無かった。


 皆、少年の1/10も勉強・練習していない子供達がほとんどで、なのに少年は勝てなかった。

 頑張っても勝てなかった。

 死ぬ気になっても勝てなかった。

 特に深い理由など無い。

 ただただ、少年に向いているものが無く、他人と競って勝てる能力がなかった。それだけの話。


「母さん、ごめんなさい……」


「いいのよ」


 泣きそうな息子を、母親が抱きしめる。

 息子の頭を、父親が撫でる。

 少年が心の安定を欠いていただけで、この過程に親の失敗由来の欠落はなく、親は普通にいい人だった。

 息子の暴走を止めようとする、いい人だった。


「もういいの、もう頑張らなくていいの」


 両親は、息子を愛していた。

 ごく普通の愛で、誰よりも深く愛していた。

 だからこういう言葉が出る。


「ごめんなさい。きっと私が悪かったんだわ。もうそんなに1番を取ろうと頑張らなくていいの。世界にはね、1番を1度も取れないまま大人になった人だっていっぱい居るのよ。あなたも1番取れなくたっていいの」


 それは、人生における真理をまとめたとても大切な言葉。


「負けたって、1番になれなくったって、あなたの価値が無くなったりはしないのよ」


 親は、永遠に無条件に子供を信じ、子供に期待し続けるべきなのか。

 親は、あえて『期待しない』ことで子供の重荷を減らし、自由に生きさせるべきなのか。

 きっとそこに、明確な正解はない。


「……」


 けれどもおそらくきっと、少年は親にずっと期待していて欲しかったのだ。その期待の重さで自分が潰れて割れていることを自覚しながらも、親に期待されていたかった。


 『私の子が世界で1番よ』と、ずっと言っていてほしかった。その結果として自分が潰れてしまっても構わなかった。


 いつまでも、いつまでも、両親に「次こそ優勝だ」と言っていてほしかった。「もういいの」なんて言われたくなかった。だから、少年はこの時、心の留め具が外れてしまう。


 この瞬間、少年の自認識は、1へと転じてしまった。


「ごめんなさい」


 息子の謝罪の言葉の意味を、父親も、母親も、理解することはなく。


 そうして、消えない傷が残った。






 幼少期の経験が生んだ、薄ぼんやりとした自己不信と自己嫌悪は、少年がネットにハマっていく遠因としては十分だった。


 彼はネットに居場所を求めた。


 親の期待に応えられなかった自分が、出来損ないの己が、何の期待にも応えられないまま優しい親に愛され続ける日々に、少年は耐えられなかった。


 だから、ネットに逃げたのだ。






 そして、気まぐれで始めたFPSゲームの対戦で、あっさりと1番を取れてしまった。


「あれ?」


 初心者レート同士の対戦だったため、少年が凄かったとか才能があったとかそういうことではなかったが、少年はこの時初めて1番というものを取った。これまで人生をかけて欲しがっていたものを、いとも容易く取ってしまった。


 それはある意味当然だった。小学生のコンクールで金賞を取るのと、初心者同士のネットゲームで勝つのと、どちらが難しいかなんて比べるまでもない話だろう。


 更にそのまま新規アカウント限定のルーキースコアランキングで、週間1位まで取ってしまう。


「あれぇ?」


 この時、少年の人生が明確に動いた。


 『リアルの競争で負けた敗残者がゲームの世界で成功体験を得て、ゲームの世界にのめり込んでしまう。リアルでも本気で競争してきたのでゲームの世界でも強い』───典型的なプロゲーマーの発生経路である。


「銃を当てるのはエアピストルの感覚で、バイオリンの感覚でリズムを掴んで、戦いの駆け引きは将棋みたいに、サッカーを参考にして集団戦の皆の動きを見て……」


 この頃から少年は自分が色々できること、自分にできる色んなことを組み合わせて新しい技能を生み出せること、そして考えて器用に立ち回ることで勝てるということを学んでいった。


 60点ちょっとの仕上がりの技術を組み合わせて、70点80点くらいの技術を1つだけ持っているプレイヤーを手玉に取るのは、少年にとって不思議な快感を伴う成功体験だった。


「対戦ゲーム、おもろいかも。相手が人間のゲームは特に楽しいかも……」


 『ゲームが傷付いた子供の救いになることはある。安易に否定できるものではない』という言説が存在する。ゲームは時に子供の逃げ道となり、時に癒やしの時間となり、時に子供が再起するためのひとときの安らぎになるという言説だ。


 この時、少年を救ったのはゲームという"楽しいもの"であり、それがくれた夢中になれる時間であり、子供の彼と遊んでくれた対戦相手達であり、そして得られた成功体験だった。


「……あ! 負けた! くっ、次こそ……」


 勝って、負けて。

 負けて、勝って。

 一人で戦い、チームで戦い。

 幼少期に付いた心の傷は消えずとも、その上にうっすらとカサブタが出来上がっていった。


 少年の心を救ったのは、何も悪くない優しい現実の両親ではなく、仲間とふざけて暴れて七転八倒して虚言を吐きながら運営に強武器の弱化ナーフを要求する、行儀の悪いネットの友達であった。


 やがて少年はネットにも強敵が居ることを知り、強敵と戦い、次第に勝てない相手とも知り合うようになって、自分が1度も勝てたことがない女の子ともボイスチャットで話すようになっていく。

 少年が全く勝てなかったネットの強者の女性は、ネットで"ハウンド"と名乗っていた。


「あー、クソ、ハウンドにまた負けた」


『やーいやーい』


「煽るなボイチャで」


『私最強なんで~。今んとこチーム戦以外じゃ負けたことないよ。ソロ無敗ですわ』


「すご」


 ハウンドはまだ学生の少年から見てもなお幼気で、若々しい声をしており、何より向こう見ずで無礼な言動が如実に若さを感じさせた。


 されどハウンドは個人勢で登録者数12万のFPS配信者。この大配信時代においては「一応無名ではない」くらいのラインであったが、少年よりも年下らしき個人勢の女子がそのラインまで到達しているのは、純粋に天才と言って良い実績であった。


『あんた配信とかやんないの?』


「実は割と興味がある」


『いいじゃんいいじゃん、やんなよ。今度教えてあげよっか? 必要な機材とか』


「頼んだ」


 未来でTTTのアチャ・東郷と呼ばれる男と、TTTの十二支の戌……千和・ズルワーンと呼ばれる女は、ネットの片隅でこうして出会った。

 2人はやがて、互いの顔も知らない友達となっていく。


 それは、理性ある古参リスナー達が掘り返さないようにして、結果としてインターネットではあまり話題になっていない、彼らの過去……配信者としての前世の話。


 西暦2048年。少年が中1の時の出会いであった。






 配信者として活動を始めた少年だが、道のりは決して順風満帆とは行かなかった。

 配信チャンネルの登録者数は数十人からスタート、同時接続者数はいつも数人。しかもその数人も、全員がハウンドのリスナーだった。


 普段はハウンドを推している友達の友達くらいの距離感のリスナーと、小さな配信枠の中で、彼は配信者の活動を続けていた。


「今日は10勝! 10勝するまで寝ない!」


 気付けば、普通に人並み程度の実力しか無い少年と、県内大会で優勝までしていたハウンドの間には、明確な実力差が出来ていた。

 昔はハウンドをライバルだと思っていた少年も、いつしか勝つことを諦めてしまう。1番を取れず諦めることは、少年には慣れたものだった。


 やがて、ハウンドと少年がチームを組んで試合に臨むことも減っていく。

 強さに差があると、一緒に遊ぶ機会まで無くなっていってしまう。

 それもまた、対戦ゲームの世界の真実だ。


 寂しさを忘れるため、少年は更に配信とゲームにのめり込み、積み上げられた練習量は自然と彼の才能の無さを補っていった。


「お、いける? いける? いける! いけない! いけなかった! ぎゃぁっ!」


 配信をするようになって、少年はふざけるようになった。まだこの時期はオールド・スラングなどは使っていなかったが、『おちゃらけた配信者』に見えるように、努めてふざけるようにしていた。


 少年は、ふざけている自分がバカ扱いされて笑われるのには耐えられた。

 他人に期待されて、期待に応えるために戦って、全力を尽くした上で負けて、その果てにバカにされて笑われることには、耐えられなかった。

 バカにされるのはいい。

 期待を裏切るのに耐えられなかった。


 期待されないために更にふざけるようになった。バカだと思われれば期待されないだろうと、そう考えて、期待できないバカを演じ始めた。

 彼が周囲に向ける『こんな男に真面目な期待するなよ』という想いは、彼にとっては既に祈りだった。


「よし、10勝! 寝まーす、おやすみなさい。今日は配信見に来てくださってあざした!」


 期待を遠ざけることは、信頼を遠ざけること。『あいつなら絶対に勝ってくれるはずだ』といった信じる気持ちを拒むこと。少年は段々と、信じることも、信じられることも遠ざけようとする。


 他人から信じられることは、他人から期待されること。他人を信じることは、他人に期待の重荷を乗せてしまうことだ。だから信頼を遠ざける。


 少年は、自分の可能性を信じていない。

 大人の期待に応えられなかった時からずっと。

 だから周りに信じられたくない。

 その期待を裏切りたくないから。

 本当は、人と人の繋がりそのものを恐れているようなフシすらある。


「なんやかんや、数人のリスナーと配信すんのも楽しいな……何万人とか何十万とかのリスナーが見てる配信とかばっか認知してたけど、こういうのも楽しいって知れてよかったな……すやぁ……」


 そんな生き方をしながらも、人を求め、人を好み、人と繋がろうとする少年が、配信という在り方を選ぶのは、一種の必然だったのかもしれない。






 自分が1番になれなかった人間は、多くの場合、自分を徹底的に負かした誰かを過大に評価する。少年もそうだった。


 少年はハウンドを尊敬し、応援し、思春期特有の世界の狭さと純粋さによって、ハウンドがこの世で1番強いとすら思っていた。

 彼女がいつか誰もが尊敬する偉大な人間になると思っていたし、遠くない内に世界大会で優勝するとすら思っていた。


 だから、誰にも負けない女だと思っていたハウンドがFPSの有名タイトルの大会であまりに一方的に負け、手も足も出ないまま叩き潰されるのを見た時……しかもその相手が最近名を上げているだと気付いた時、少年が受けた衝撃は相当なものだった。


 何の言い訳もできない負け方で、運の絡まない負け方で、尊敬する最強の友達が正面から撃ち合って負けていく姿は、少年の認知を大いに揺るがした。


「……あ……」


 後にエヴリィカで再会してからも、アチャ・東郷が千和・ズルワーンにこの話を振ることがないくらいには、彼にとってこの日のことは衝撃的だった。絶望的だった、とまで言えるだろう。


 この時期、少年もハウンドも既に電子世界でアバターを使って活動するVliverに移行していた。

 一般のリスナーなどは入ってこれない、一定以上の対戦レートを持つプレイヤーだけが入れるクローズド・サーバーに入って、少年はハウンドがよく居る荒野のエリアで大会終了後のハウンドを探す。

 そして、彼女を見つけた。


「おつかれハウンド」


「あー、ありがと。今話しかけないで。これからちょっと負けた理由を考えたいから」


「おけ」


 大会を終えたハウンドの声は震えていた。

 涙が声に滲んでいた。

 敗北を糧に、ハウンドは荒野のマップで、いつまでもいつまでも負けた試合を猛省するような猛特訓を繰り返していた。


 少年が10歳になる前にはもう失っていた『負けん気』を、彼女はまだ持ち合わせている。そして、この先もずっと持ち続ける。

 言葉にできない情動を覚えて、何も言えずに、少年は唇を噛んだ。

 『こう』なれないから僕はダメなんだ、と、心の片隅が叫んでいた。


「あいつも、負けたらショック受けるのか……そうだよな……僕と違って、全然負けたことのないやつだもんな……」


 少年が中央広場に戻り、己の中の整理されていない気持ちを整理していると、広場入口ログインポートがパァッと光り輝いて、新しい利用者が広場に入って来た。


 ファンタジーの魔法使いのようなフードローブで姿を隠し、顔も隠している、おそらくは女性アバターらしき出で立ちの者。

 明らかに挙動不審。

 目的地が定まっておらずうろうろしている。

 どこに何があるかも分かっていなさそうだ。

 キョロキョロと道案内の看板を探しているようだが、FPSプレイヤー限定の身内サーバーにそんなものが置かれているわけがない。


 近くを通りすがっていくFPSプレイヤーに話しかけて何か聞けばいいものを、その人物はどうやらコミュ障の類のようで、人が通りがかる度にそそくさと離れて、そこから泣きそうな様子で落ち込むといったことを繰り返していた。


 やがて万策尽きたのか、その人物は広場の隅っこのベンチに座って動かなくなってしまった。

 はぁ、と溜め息を吐いて少年はその可哀想な新人ニュービーに歩み寄り、人一人分の距離を空けて隣に座る。


 少年は昔から、友人達から『面倒見の鬼スナイパー』とからかうように呼ばれていた。その理由は振る舞いからも読み取れる。

 相手が男でも女でも、大人でも子供でも、少年は等しく面倒を見る。自分に余裕が無くてもそうする。これまでずっとそうして彼は生きてきた。


「ようこそ、プレイヤーサーバーへ」


「ふぇ!?」


「何かしたいことがあってここに来たのかな。教えてくれれば案内できるけど……ん?」


 ベンチで隣に座ったことで、フードで隠れていた顔が見え、少年は目を見開いた。

 最近、知り合いによく見せられる顔だった。

 最近、ランキングでよく見る顔だった。

 今日、ハウンドを一方的に打ち倒し、そのまま大会を優勝していった新人だった。


「今日、大会で優勝してましたよね……ミーツミーツさん?」


「あ、あの、はい。ここなら思いっきり練習できると聞いて……よ、よよよろしくお願いします!」


「はい。歓迎しますよ」


 未来でTTTのアチャ・東郷と呼ばれる男と、TTTの十二支の辰……タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーと呼ばれる女は、FPSプレイヤーサーバーでこうして出会った。

 2人はやがて、互いの顔も知らない友達となっていく。


 西暦2050年。少年が中3の時の出会いであった。







 出会いと交友の中で、少年は段々と気付いていく。

 否、気付かされていく。

 年下の女子のハウンドに勝てなかった。

 自分よりずっと後に同じゲームを始めたミーツミーツが、あっという間に少年を追い越し、ハウンドを追い越していった。

 他のプレイヤー達も少年を追い越していく。

 少年は、追い越される側の人間だった。


 名もなきプレイヤー達も、少年の配信をきっかけにFPSを始めたという新人も、少年を追い越していく。追い越して行って、置いていく。少年は追い越していった彼らに実力で追いつけないから、段々と組む機会が減っていく。寂しい孤独の時間が増えていく。


 よくある話だ。


 才能がある人はどんどん有名人になっていき、才能が無い人間は実力が伸びないから同じステージで活動することができず、段々と疎遠になっていってしまう。


 少年は、置いていかれる方の人間だった。


 現実で折れ、ゲームの中を居場所とすることで救われた少年は、「1番になれない」を思い知り、「2番にも3番にもなれない」を思い知り、「自分が成長しないから皆とずっと一緒に居られない」を思い知っていく。それは、苦痛であった。


 それでも少年は、他人に優しくすることは辞めなかった。

 なんでかと理由を聞いても、少年は首を傾げるだろう。理由なんて無い。彼は幼い頃からずっと、そういう人間だったから。






 実際のところ、友達の片方が強くなって、有名になっていったからといって、交流が突然途絶えるわけでもない。

 ハウンドは一緒に遊ぶ機会が激減しただけで顔を合わせたら声を掛けてくる関係のままであったし、ミーツミーツはチームメイトも居るのに何故か少年に泣きついてくる事が多かった。


「あ、あの……なんかあたし昨日対戦相手の人怒らせちゃって……たぶんなんかタブー踏んじゃったみたいで……」


「また!?」


「あうっ」


 何度頼られても、少年は面倒見良く対応する。解決が難しい案件でも、一緒に真面目に悩んでくれる。そういうところが、彼が周囲から信頼されやすい理由であった。


「しっかりしろよ、あんた僕と違って大人だろ」


「だってぇ……」


 話を聞けば、ミーツミーツは少年の4つ年上で、もう就職もしていたらしい。

 しかしブラック企業で心を壊し、親の厚意で実家で療養中、ちょっと触ったFPSでちょっと尋常じゃないほどの才能が発覚し、今に至るのだとか。


「お父さんもお母さんも、あたしがいつか立派な大人になるって信じてくれてたのに……あはは。こんな毎晩ゲームしてるダメな大人になっちゃった。本当に申し訳ないよね。こんな、家を出ようとするだけで嘔吐しちゃうダメな娘になっちゃって」


 『子供に甘い両親』の話を聞いて、『期待』の話を聞いて、『応えられなかった後悔』の話を聞いて、少年の胸の奥がじわりと痛む。


 けれど"ネットの知り合い"でしかなく、子供ゆえにしてあげられることもない少年には、ミーツミーツの人生を上向かせる力など無かった。


「初心者なのにマジで強いなミーツっさん。いや、マジで強い。本当に世界で1番強いんじゃね? ちょっと引くほど強いぞ」


「えへっ」


 彼女が偶然開花させた才能は、桁が違った。

 少年とハウンドとミーツミーツが共通してプレイしていたFPSゲームだけでも3タイトルあったが、ミーツミーツはその3つ全てで最高ランクをあっという間に獲得したトッププレイヤーだった。


 ハウンドは低レートで戦ってる内はほぼ無敗という天才で、勝ち上がっていく内に壁にぶつかり、今は純粋に上位勢という実力である。

 対し、ミーツミーツは初出場の大会で優勝し、10年前に全国大会で優勝したというプレイヤーを圧倒し、そのままシーズン総合スコア1位を取るというレベルで、まさしく強さの桁が違った。


 少年とハウンドとミーツミーツのこの力関係は、3人がエヴリィカで同時デビューしてからもずっと変わらない上下の関係である。

 2人はどちらも少年から見れば天上人と言うべき強者であったが、ミーツミーツの強さはありえないほどに群を抜いていた。


「ミーツっさんはなんでずっとFPSやってんだ?」


「む、向いてるからやってるだけです。えへ」


「ミーツっさんはアクション系ならなんでも向いてると思うよ。一人称FPSゲームが得意ならまあ体感型VRとかもいけんじゃない? アレもFPSとはちょっと適性違うらしいけど」


「ポシビリティ・デュエルとか?」


「そうそう」


 少年は、ある種の願望を友達に抱くタイプの気質を持っていた。

 『自分が1番になれなくても友達が1番であればそれを代償行為として劣等感や悔しさを飲み込める』という気質だ。


 ハウンドに「彼女が1番になってくれれば」と思い、次はミーツミーツに「彼女が1番になってくれれば」と思うような、節操の無い願望の依託が彼にはあった。

 それは、代償行為の一種でありながら、少しばかり穏便で、少しばかり空虚なものだった。


 自尊心の欠片も無い人間が、メジャーリーグで大活躍している日本人選手を見て、その人が大活躍することで嬉しくなって、自分が何か成し遂げたような気持ちになって、満たされるはずのなかった人生が満たされていく……そういうタイプの人間にも似た気質。


 英雄の如き騎士になりたかったはずの少年は、いつしか『勝ってくれそうな人』に願望を託し、己の人生の主役になることすら諦めてしまった、そんな人間に成り果てていた。


「やっぱミーツっさんの目標は世界大会とかそういう感じなのか?」


「……目指すものとか、あんまりないから。楽しければいいなぁ、みたいな? 強くなりたいとかそういうのも無いかも。あ、でも、配信は楽しいかな。お喋りするの楽しいし、相手の顔が見えないから発作も出ないし……配信が好きかも」


「ミーツさんらしいなぁ」


「こんな壊れたポンコツでしかないあたしのこと、誰かが好きでいてくれるって確認できるから好きなのかな、配信。えへっ」


 少年は、ミーツミーツがFPS界隈の暫定最強になったことで心穏やかだった。

 友達が1番を取ったことで、幼少期に刻まれた癒えない傷は徐々に塞がっていく。間違った癒やし方であったが、少年にはそれしかなかったのだ。


 だが、その傷が開く日が来る。


 西暦2051年5月。

 その日、複数のゲームタイトルのトッププレイヤーが参加した、お祭りイベントがあった。

 複数ゲームのフォーマットを融合させ、全てのゲームのプレイヤーが対等の条件で戦える、全対戦ゲームジャンル混合のスマブラのような大祭典。

 世界中の人々が視聴し、あらゆるゲームのプロゲーマーが手に汗握って見守っている大勝負。


 少年はその日、数え切れないほどのプレイヤーを切り倒し、ミーツミーツを十把一絡げの敵のように一蹴し、個人MVPを獲得、歴代最高個人スコアを更新した男を見て、愕然とした。


 男の名は───YOSHIといった。






 願望を託した友が惨敗することは、彼にとっては目を逸らしていた絶望を再度直視することに等しい。夢を託した相手の敗退など、誰であっても見たいものではないだろう。


 上には上が居て、その上に更に上が居て、そこから更に上が居る。いくら上を目指しても1番上に辿り着くことなんてできず、どこかで負けて、負けた人達の中の1人にされる。


 この世には勝者と敗者しか居ない?


 そんな生半可な話など、どこにもない。


 あるのは『勝者になった1番』『惜しくも敗者になった2番』『敗者に負けた3番』『表彰台にも上がれない敗者の4番』『憶えてもらえない敗者の5番』といった階層。人々は最後まで勝ち抜いた者を勝者として称え、それ以外全てを敗者と扱っていく。


 世の中には、1番優れた野球選手しか称えない人の方が圧倒的に多くて、「県ベスト4ってかなりすごいじゃん!」と敗者を称える人は、世に決して多くはない。


 ステージが輝いている。

 表彰台が歓声に包まれている。

 勝利者となったYOSHIを観客の誰もが褒め称え、絶賛し、感嘆している。

 大会主催者がデジタルのトロフィーをYOSHIに渡し、YOSHIが無表情にそれを受け取る。


 そんな栄光の舞台を、会場の陰になっているエリアから、ミーツミーツが見ている。そんなミーツミーツにも勝てなかった木っ端の参加者は、惨めな敗北を恥じて既に会場から逃げ去っていた。




 この世界は地獄なんじゃないか───そんな風に、少年は思った。




 大人なら誰もが「世界ってのはそういうものだよ」と知っている世界の常識でも、繊細な少年にとって、そういう世界の仕組みは地獄でしかなくて。


 「皆を笑顔にしていこう」と語られる配信の世界と、勝者と敗者の比較によって成立する競技者の世界との間に、大きな谷があることに、少年はこの時ようやく気付いて。


 『なんでみんなで1番になれないんだ』と、少年自身の心が幼稚な苦しみをずっと叫んでいたことを、何年も遅れて自覚して。


 少年は、ミーツミーツがYOSHIに手も足も出ず惨敗したこの日に、自分がずっと目を逸らそうとしていたと向き合わされた。


 少年は『最強のプレイヤーが負けたA、Aに負けたB、そのBがかつて負かしたCの1人』として、この世界に生きている。


 それは、空気と変わらない。

 誰にも見えないのであれば、空気と同じだ。

 誰の記憶にも残らない敗者にも負ける敗者。

 少なくとも少年自身は、自分がそういう存在であると定義するようになってしまった。


 ネットの熱心な人達も、ほとんどが勝者のYOSHIを語り、ごく一部が敗者の中でも強かったミーツミーツなどを語り、少年のような話題にするネタも無い弱者のことなど語りもしていない。


 本当に何もいいところが無いまま負け続ける敗者とは、誰かに見下されたりするわけでもなく、誰かにバカにされるでもなく、ただただ話題に出ることもなく、関心を勝ち取ることもなく。


 空気になるのだ。


 省みられない空気に。


「あ、ミーツっさん。今日YOSHIに本気で挑んで負けててキツいかなーって思って電話掛けたんだけどどう? 今話せる?」


『……ごめん、ちょっと泣いていい?』


「いいっすよ」


 それでも、なお。


 優しさを捨てない男がいた。


 自分自身も苦しみながらも、少年がまずしたことは、大会に負けて落ち込んでいるであろう友達を励ますことだった。






 少年の胸の内に巣食うものは、劣等感。

 今も昔も劣等感。

 少年は賢く、大体の事柄をまあまあこなせる才能があり、だからこそ天才には絶対に勝てない者であり、常に負け続ける者だった。


 期待に応えられない。

 人に信じられたくない。

 他人に1番になることを託す。

 全ては劣等感より生じたもの。


 誰も彼もに劣等感を覚え、抱えた劣等感を捨てられない少年にとって、全てを蹴散らしていくYOSHIという存在は、北極星のような人だった。


 いつもそこにある。

 手の届かない高さで輝いている。

 皆がYOSHIに手を届かせようとして、手が届かなくて、諦めていく。

 天上の天才ですらYOSHIという星には届かない。


 ずっと、ずっと。

 何度も、何度も。

 手の届かない星を、繰り返し見上げている。


 そんな人達を、少年は遠くから眺めていた。


 星を見上げる天上の天才達と、星をまとめて、見上げる凡人。


 そういうものに、彼はなった。






 人というものは、どの視点から見るかで全く違う面を見せるものだ。

 まうにとってのYOSHIは、振り向いてくれない、覚えてくれない、憧れの少年。星のような人。

 いのりにとってのYOSHIは、淀んだ人生に吹き込んだ鮮やかな風。星のような人。


 YOSHIと戦う機会が有るほどには強くなく、現実でYOSHIと生活圏が被っていない少年にとって、YOSHIは環境の破壊者だった。

 少年は配信者でもあったが、戦いの勝敗で価値が決まる対戦ゲームをやっていたという点で、競技者寄りの配信者であった。だからこそ、環境の変化を肌身に感じていた。


 世界的に活躍する自国の天才少年の出現、というものが人間は大好きだ。

 大体の場合、それは世間にブームというものを巻き起こしていき、流行りブームが環境に変化と偏りを発生させる。


「最近、人減ったな」


 たとえば、少年がやっていたFPSゲームのいくつかで劇的な人口減少が見られた。

 人が少なくなったゲームは対戦のマッチングもおぼつかなくなり、FPSプレイヤーは少しでも人が多いゲームをやろうと引っ越しを始める。人が居なくなったゲームは、まず対戦がしにくくなるからだ。


 こうして、一時的なFPSプレイヤーの一極化が起こっていった。

 一極化したゲームにおいても、人が多かった頃と比べると普通に人は少なかった……とオチがつくが。

 ゲーム人口の回復には、YOSHIの影響による若年層中心のPDブームが一旦落ち着きを見せるまで待つ必要があった。


「あのへんの人もPD行ったかぁ」


 新興のVliver事務所は見所がある在野のPDプレイヤーに声を掛けていくが、やがて在野の有望なPDプレイヤーの弾は尽きる。

 そして各事務所はPD対戦システムの拡張性・汎用性の高さから他分野のプロゲーマーでも十分通用すると考え、FPS界隈や格ゲー界隈に狩猟ゲーム界隈、果てはレースゲーム界隈等まであたって『使えそうな人材』を青田刈りしていく。


 が、少年に声がかかることはなかった。


「……皆プロの世界に行くんだなぁ」


 試しに少年がPDを始めてみると、低い対戦レート帯はYOSHIの真似をしようとして自爆していく若年層ばかり。『流行ってるから』というだけで自分の在り方まで変えてしまう子供達を眺めて、少年はバカにするように鼻を鳴らした。


 気付けば、プレイしていたVR系FPSタイトルの一つで、YOSHIを参考にしたような銃弾を避ける高速移動ビルドが流行り、その流行りに対抗したショットガンビルドが流行るなどして……少年は呆れ果てて、コントローラーを投げ捨てた。


「はっ……バカみてぇ」


 少年は、自分の内側に巣食い始めた感情を見ないようにして、目を逸らした。


 暗く淀む気持ち。

 醜くへばりつくような思考。

 消そうとしても消せない想い。

 間違っていると自覚していても、筋違いだと分かっていても、膨らむ一方の感情。


 その感情は、嫉妬と言った。






 何者にもなれない自分が、あっという間に『何者か』になったYOSHIに嫉妬し、その悪感情を隠してもいなかったこの時期を、アチャ・東郷は生涯の恥としている。






 少年がこの嫉妬と向き合わされたのは、YOSHIとミーツミーツが二度目の戦いを迎えた時だった。


 YOSHIとミーツミーツが初めて戦った2051年に、両者はもう一度戦う機会があった。今度はミーツミーツがPDプレイヤーとしてPD大会に参戦するという形での再戦である。

 ゲームに娯楽以上のものを求めていなかった彼女にとって、『あの人に勝ちたい』という気持ち一本で宿敵の土俵に上がる今は、魂が燃え上がるほどに気分が沸き立つシチュエーションだった。


「……試合の時間だ」


 そして、少年もYOSHIへの対抗心からこの大会に参加していた。彼がFPSで使っていた立ち回りがそのまま使えるよう、FPSを再現するスキルセットを持ち込んで気合いの入った出で立ちである。


 再戦に燃えるミーツミーツが熱い気持ちで真剣に勝負に挑んでいるのに対し、少年の心境はどこか暗く……楽しそうでないことは、間違いなかった。


「今日はよろしく、ミーツっさん」


「よろしくね。よーし、今日は勝つよっ」


 少年は試合前にミーツミーツにひと声かけてから、試合に臨んだ。


 後にアチャ・東郷はこの時期のYOSHIを振り返り、『手がつけられなかった』と語る。


 無論、昔のYOSHIが今のYOSHIより強いなどありえない。2051年時に12歳のYOSHIは磨き上げたPD技術など持っておらず、主に劣勢での対応力や勝ち筋の構築力に難があった。


 ただ、この時代のYOSHIは、単純に。YOSHI対策が明確に進むのは、この西暦2051年の年度末からである。

 研究されていない天才プレイヤーYOSHIは、彼を甘く見た相手の尽くを粉砕する。


 カードゲームの新弾最強デッキのような。

 入団即戦力の天才プロ野球選手のような。

 対戦型ソシャゲの新規壊れキャラのような。

 癖が判明していない新星の将棋棋士のような。

 この時期のYOSHIは、そういう存在だった。


 だから、ちゃんと準備してYOSHIを倒すつもりで来ていた少年は、試合でYOSHIと出会ってものの数秒で、真っ二つにされてしまった。


「速っ───」


 少年が練習に練習を重ねて技術を磨き上げた銃撃。それをぬるりとかわし、神速の斬撃を放つ動きの完成度は、既に芸術の域にあった。


 FPSの人間特有の、地形や遮蔽物を利用して射線を切って立ち回る手堅い動きを先読みし、綺麗に必殺を当てるYOSHIの攻撃動作には、理知と反射が融合した美しさが宿っていた。


「───ぁ」


 どんな人間であっても、その内側で矛盾する感情が潰し合いながら渦巻くことはある。

 少年がハウンドやミーツミーツの才能に嫉妬しながら、2人に友達としての友情を抱いていたように、少年はYOSHIにも矛盾した感情を抱いた。


 嫉妬と尊敬。

 私怨と羨望。

 敵意と好意。


 敗退した少年は、自分が退場した後の試合を眺め、最後に残った2人……YOSHIとミーツミーツが激戦を繰り広げているのを見た。


 実力はYOSHIが明確に上回っていたが、ミーツミーツは足りない実力を気迫で埋めて食らいつき、世紀の名勝負が繰り広げられていた。

 互いの全てをぶつけ合う2人が、まるでライバルのように見えて、少年はそこに自身の弱さを果てしなく憎む。


「……っ……」


 『俺もあんな風になりたかった』と、少年の拳が壁を打つ。


 壁を殴った少年は、もはや自分がYOSHIを妬んでいるのか、ミーツミーツを妬んでいるのか、その区別すらつかなくなっていた。






 頭のもやもやがどうしても晴れず、大会参加者用のオンラインロビーで大会終了後の少年がうろついていると、的当ての練習ができる部屋から誰かの会話が耳に入る。


「あ、貴方に勝つには、どうすればいいんですか。あたし……弱い自分をやめたいんです」


 その声の片方が、ミーツミーツだった。


「強い弱いと勝った負けたを混同するな。強い人間が俺に負け、弱い人間が俺に勝つこともある。勝敗は結果論で、強弱は能力の見方の一つだ」


 もう片方が、YOSHIだった。


 そうと分かれば、少年は放っておくことなどできない。部屋の入口手前で足を止め、耳をそばだて、片目だけでこっそりと覗き込む。


 壁に寄りかかり腕を組んでいるYOSHI。

 緊張した面持ちで、椅子の上で両手両足を揃え、ガチガチになって座っているミーツミーツ。


 見かけの年上年下感と、振る舞いの年上年下感がまるで逆で、子供のようなミーツミーツを、大人のようなYOSHIが諭しているような空気があった。


 リアルの自分に合わせて子供型のアバターを使っているYOSHIは、リアルの自分に寄せる程度にしかいじっていない男児用デフォルトプリセットアバターの姿で、ミーツミーツも成人女性用のデフォルトプリセットアバターで同様。


 どちらも自分の姿をいじることに頓着がない、おしゃれさもなく、こだわりもなく、世間慣れもなく、自分の服装が他人に見られることに一切興味が無い、ダメなゲーマーらしい出で立ちだった。


 2059年にアチャ・東郷が事務所で共闘するようになったYOSHIとタツミは、会社の意向やスポンサーの提言によってある程度目立つアバターを使っていたが……彼らは本来、放っておけばここまでだらしなく適当になってしまう人間達なのである。


「第一。君は別に弱くないと、俺は思うが」


「お、お世辞はやめてください」


「……」


 2059年ですら変わり者扱いのYOSHIだが、幼少期は更に輪をかけて奇人で、仮に「他人の悩みを聞いて優しい言葉を掛けてやれと言われても「無理」と返すような子供だった。


 それでも彼は、彼なりに言葉を紡いだ。


「俺からすれば君の自己評価はどうでもいいが」


「えっひどい」


「俺が見る限り、君には社会を生きていく適性がない。学校や会社で心を病んでないか?」


「もっとひどい!?」


 あんまりにもあんまりな言い草に、少年はカッとなって、一言言ってやろうと足を踏み出そうとして……その足が、止まる。

 少年の心は、そこから踏み出せなかった。


 YOSHIは目の前のビクビクしている女性がのタツミであることに気付かない。YOSHIが原作を読んでいる時に見たタツミは、その才能で常に連戦連勝の女であり、原作主人公に負けるまでずっと調子に乗りっぱなしの女であったからである。

 ザックリとした言い方をすれば、原作のタツミはもっと自尊心に溢れたイキり女であった。YOSHIさえ居なければ、タツミは勝ちを重ね、いずれはそうなっていた。

 だがこの世界ではもう、そうはなれない。


「勝手な見解だが、君は自罰的過ぎると言われるタイプだろ。自分が悪いと言い過ぎるタイプだ」


「……えっ!?」


「『謝ってないで改善しなさいって言ってるの!』とか何度も言われてたんじゃないか」


「……え、え、え、な、なんで分かるの!? 話したこともこれが初めてなのに!?」


 YOSHIと相対した人間の中で、感覚が鋭敏な者が揃って言及するYOSHIの個性が、一つある。


 瞳だ。


 何もかも見透かしてきそうな彼の瞳に、ミーツミーツは僅かに身震いする。こっそり覗いているだけの少年にも、その異様さは感じられた。


「今の自分は、全てが過去に作られている。過去の自分が何をしてきたかが、今の自分の全てだ。競技で強く戦える者ほど、今の自分に、これまでの自分がハッキリと反映されている傾向があると俺は思う」


「過去の自分……?」


「君の強さは、過剰なまでの反省の強さだ。自信満々な人間は試合において自分の強みの強調、才能の活用、得意分野の押し付けに走るが。君にはそういうのがない。君の強みはそれとは正反対だ」


 ミーツミーツはまだピンと来ていないようで、YOSHIの言葉を聞きつつ首を傾げている。


「様々な武器を初見で使いこなし、様々な状況に初見で適応し、初めて戦う相手にも最速で対応する……その異様な器用さは俺から見ても脅威だ」


「えへっ」


「反面、その器用さがあるのに社会不適合者のような気質もあると俺は感じる。それは何故か」


「はい……ゴミカスですみません……」


 持ち上げられて照れて笑い、すぐさま落とされてずーんと落ち込む。

 ミーツミーツは、高卒で社会に出てすぐに脱落してしまったため、歳の割に幼い女だった。


「君が自罰的で、自責の念が強すぎるからだ」


「……うぅ」


「君はまず、自分が悪いと考える。自分が悪かった部分を改善しようとする。どんなに褒められても自分が悪かったと考えるから、永遠に慢心せず、延々と自分の弱点や欠点を改善し続ける。しかも自分の欠点に対する認識に間違いがなく、欠点以外を欠点と認識する間違いを犯さない。自分の長所を欠点だと思い込んだりしない。だから成長が止まらない……俺はそう見ている」


「……あれ? もしかして褒めてくれてる?」


「ああ。素晴らしい才能だ」


「えへっ」


 落とされて落ち込み、また持ち上げられて照れて笑うミーツミーツ。


 YOSHIも最初は年上の女性を扱うような振る舞いをしていたが、彼は妹を持つ身であるからか、次第にミーツミーツへの対応が年下の女子を扱うようなものになっていった。


「俺は君のことを何も知らないが、戦いの中で向き合い、見通せた分だけなら理解している。技能は過去に沿った形でしか伸びないからな」


「知ってるのか知らないのかよく分かんないね」


「君の長所と短所は同じものだ。君は社会の中で生きられない程度に欠落しているが、だからこそ君は誰よりも強くなれる。と思えること……それが君の長所で短所だから」


「……!」


 その言葉を受けた女が何を思ったか、YOSHIは理解していないだろう。YOSHIは彼女のことを気遣ってるわけでもないし、彼女を励ましているつもりもない。

 ただ感想を言っているだけ。

 彼が見た彼女への感想を述べているだけ。


 YOSHIはミーツミーツの友達でもなんでもないから、彼女が会社を辞めた時の苦しみさえ知らず、彼女が普段何を考えているかも分からない。彼が語れるのは、彼が抱いた感想だけだ。


 だから。


「欠点があると思った程度で自分を恥じるな、ミーツミーツ。君が欠点だと思っているそれは、俺には黄金に輝いて見える」


「───」


 YOSHIがミーツミーツに掛けた言葉が、彼女が1番欲しがっていた言葉で、彼女に1番必要だった言葉だったと、覗いていた少年だけが理解していた。


 だって、少年は、彼女の友達だったから。


「無論、君はその欠点で散々に苦労してきただろうと予想できる。外野の俺にいきなり欠点を誇れと言われても受け入れ難いだろう」


「……ぁ」


「だが俺は、君のような自分の短所と徹底的に向き合うことで磨き上げてきた者だけが持つ技能を見たことがない。自分の短所と向き合うことで、相当な自己嫌悪と戦ってきたはずだ」


「っ」


「その過程が君の強さの足腰だ」


「強さの、足腰……」


「自分が悪いと思い続ければ、人の心はいつか壊れるが……自分が悪いと思うこと自体は、決して悪いことじゃないと、俺は思う」


 ミーツミーツにとっての少年が、普段話していて楽しい友達、日常に必要な隣人であるならば。


 ミーツミーツにとってのYOSHIは、自分の人生に付いた深く大きな傷を塞いでくれる、人生の転機に必要な救世主だった。


「君は自分の中の何が短所で、何が短所でないかを見分ける能力があり、だから……過剰に自分が悪いと思うようになり、自分を責めすぎるようになってしまった。そういう人間は付け入りやすい」


「え」


「先日の一戦目で俺が君の隙を突いて勝った以上、君はそれを自分の弱点と認識し、それを過剰に克服しようとする。今日の二戦目はそれで先を読ませてもらった。それだけだ」


「そ、そういうロジックが!?」


「俺だって何度もやれる自信はねえさ。今回1回こっきりの手だ」


 YOSHIが優しさや思いやりで生きているわけではないことは、少年にもミーツミーツにも分かっていた。分かっていても、自然と耳を傾けずにはいられなかった。


 それは、YOSHIが生きているだけで『なんとなく』壊していくものの中に、特に理由も無く、ミーツミーツの幸福を損なうものが含まれていたからなのかもしれない。


「人と人が戦う対戦ゲームは、様々な理由からチーム戦の要素がある方が基本的に売れやすいと言われてる。シューティングゲームなら複数のチームが1つのマップで入り乱れて戦うレギュレーションがある方が良く、格闘ゲームなら5対5で順番に戦える仕様が最初からあると良い……といった風にな」


「あ、うん。あたしも聞いたことある」


「そして、ライトなプレイヤーは皆、『他人のせいにすると成長できないよ』と周りに言う。だが……」


 YOSHIは考えながら喋っており、考えをまとめながら腕を組み替える。


「トッププレイヤーの大多数は、意外と負けると他人のせいにするやつが多い」


「え。そうなんだ……」


「ああ。上に行けば行くほど、自分のせいにするやつより他人のせいにするやつの方が多い。ま、配信やってるやつはイメージ気にして配信上ではあんま他人のせいにして語ったりしないらしいがな」


 驚いた様子のミーツミーツをよそに、YOSHIは話を続ける。


「何故、集団戦がシステムに組み込まれるゲームのが売れやすいのか? 何故、他人のせいにするやつを上でよく見るのか? 俺は一つ仮説を立ててる。ゲームで連敗しまくった奴が誰のせいにもできず、自分の無能と無成長を突きつけられると、嫌気がさしてそのままそのゲームを辞めるからだ」


「……っ、あぁー……」


 YOSHIが語る理屈は、ミーツミーツの胸の奥にすーっと染み込んでいく。


 それは、ミーツミーツの人生や生き方に備わった永遠の難問に対する解答の一つでもあった。


「誰かのせいにすることは、救いなんだよ。自分のせいじゃないと思えただけで救われる奴は居る。俺には分からん感覚だがな」


 少年は、ふと思う。

 自分の人生は、誰のおかげで、誰のせいなのか。


 くすりとミーツミーツが笑む。


「……ふふっ、YOSHIさん分かんないんだ、そういう人の気持ち」


「他人の失敗を分析することはできるが、他人の責任を問うことは苦手だ。他人と話さにゃならんし、他人を説得できなきゃ他人のせいにすることはできねえしさ。面倒なことしてんな皆……って思ってる。こっそりな」


「わ、コミュ障だ。あたし親近感湧くかも」


「こみゅ……何?」


「コミュ障も知らないのYOSHIさん!? こりゃたいそうな重症だぁ……」


 上手く行かない人生を、家族のせいにする。

 家族は身内で、人生に深く関わってくる存在だから、際限なく家族のせいにできてしまう。子のせいにする親さえ、世界には存在している。


 会社で、誰かのせいにできる。

 押し付けられた人は心が壊れ、辞め、家から出ることさえできなくなるかもしれないが、押し付けた側は痛くないから平気だ。


 自分が好きなゲームから人が消え、自分が好きなゲームがバカにされ、自分の『好き』そのものが否定されて荒らしになったような人間もまた、誰かのせいにしようとする人間であると言える。

 過去の自分の『好き』を守るために誰かを傷付ける亡者など、世界には腐るほど居る。


 みんな、みんな、そうだ。


「俺はこの事象を、他責長命型のプレイヤーと、自責短命型のプレイヤーと分けて呼んでいる。例外はあるが、他責型の方が長く続け、自責型の方がふとした時に消えやすいと思う」


「……あたし、短命なんだ」


「今のままならな」


 誰かのせいにしようとする人間で、世の中は溢れている。そして、誰かのせいにする人間の方が健全に生きられることが多い。誰かのせいにする人間は、抱え込みすぎて潰れたりはしないから。


「いいか、聞け。長生きしろ」


 だからもしも、そんな世界の中で『自分のせい』としか思えない人間が居れば、そういう人間は自責によって劇的に成長することもあるだろうが……いずれ自重で潰れていく。


 『ちゃんと自分のせいにできる優しい人』は、皆短命だ。


 ミーツミーツは、既に1度潰れている。

 放っておけば、また潰れるかもしれない。

 YOSHIは自分が使いやすい言葉を選んでいるだけで、ずっとそういう話をしている。


「君は誰かのせいにしていい。そのせいで誰かに嫌われようと、潰れてしまうよりはずっとマシだ。クソ野郎は、平気で君のせいにするんだからな」


 YOSHIの言葉には、他人の心をYOSHIの強さで引きずっていくような、そんな強引な力がある。


「ミーツミーツ、君は自分のせいにする。それを美しいと言う人間も居るかもしれないし、それを優しいと言う人間も居るかもしれん。君の強さがそういう気質に由来するのも事実だ。だがな」


 彼は他人の可能性に期待する。

 他人の成長を求める。

 自分よりも強い他人を待っている。

 だから、ミーツミーツにも期待して、言葉を掛ける。彼女がつまらない短命に終わらぬように。


「君が自分のせいにすることで救われる他人は居るかもしれんが、君が自分のせいにすることで救われる君なんて、どこにも居ないんだ」


「───ぁ」


「自責の短命を選ぶな。そんなことでライバルが消えたら、俺はつまらねえなと思うから」


 YOSHIは深く息を吐き、時間を見る。

 この時期のYOSHIは施設の『先生』に分単位で生活を管理されており、好きなだけ立ち話を続けていられる立場ではなかった。


 話はそろそろ終わりにしなければならない。


「もしも、生きていられないくらい自分が悪いと思った時は、俺に1度連絡しろ。一切の忖度無く、その1件に裁定を下しに行ってやる」


「ぁっ……」


「それで、君は悪くないと俺が判断したなら、必ず俺の判断を信じろ。君は自分を責めすぎているだけで、君は何も悪くないんだって」


 風成善幸/YOSHIは他人の未来に期待し、他人の可能性に期待し、他人が自分より強く逞しく素晴らしい人間に成長することを期待している。


 つまりYOSHIは───ことができる、そういう存在だった。


 期待に潰されてきたがゆえに期待を嫌う、そんな少年にとって、人生で初めて見るタイプの人間であり、常識の破壊者だった。


「君が強くなるために『今のは自分が悪かった』と思うのは良い。だが、君の周りの人間が、自分が楽になるためだけに君に『お前が悪い』と言っていたら……俺がぶちのめしに行ってやる」


「……いいの?」


「構わない」


「辛い時、助けてって言っていいの?」


「いつでもこい」


 YOSHIは、ミーツミーツのことが特段好きというわけではない。嫌いというわけでもない。彼女の人格面の魅力に対する彼の評価は『どうでもいい』といったところだろう。


 だが、飛び抜けた競技の才能があるのであれば、彼は誰でも気にかける。その才能が潰れないように命でも人生でも何でも賭ける。悪意によって潰れる才能など、見たくないからだ。


「次に会う時を楽しみにしてるぞ」


 そう言って、YOSHIは部屋を出る。

 そして、部屋の外から覗いていた少年と、バッタリ顔を合わせた。

 覗いていたことがバレ、少年はビクッとする。


「……」


「……」


 どこまで見透かしているか分からないような、深い瞳が少年を捉える。


「誰だ」


「……」


 少年はYOSHIの圧にたじろぎ、一歩後退あとずさるが、強い気持ちで睨み返した。


「誰だ」


「友達ですよ……あの女性の」


「……そうか」


 YOSHIの仏頂面から、少年は何の感情も読み取ることができなかった。


 アチャ・東郷は、後にこの時のことを振り返り、「今のヨッシーはともかくとしてあの頃のヨッシーはガチでよく分からなかった」という感想を抱いている。


「いいな、友達。そういうのがあるのは良い。ちょっと見てて心配なやつに友達が居るのを見ると、安心する」


「?」


「家族に友達が居ないと、心配になることもある」


 YOSHIがこの時、兄に懐くばかりで友達の1人もいない妹──後の蛇海みみ──のことを心配していただなどと、少年は知る由もなかった。


「さっき向こうでしてた話……対戦相手に随分とお優しいんですねYOSHI様は。勝利者の余裕? あるいは哀れみですか?」


 少年が口を開くと、少年が自分で思っていた以上に嫌味っぽい言葉が出て、少年は自分で自分がコントロールできなくなっていることに気付く。


「俺は別に優しいわけじゃない。優しくしたつもりもない。あの女は勝手に1人で立ち上がるだろう。ただ……俺は俺に勝てる可能性がある人間の未来が潰えることに、無性に苛立つタチなんだ」


 YOSHIは少年の言葉に滲んでいた『劣等感』を知ってか知らずか、特に不快感を示すこともなく言葉で応じる。


 YOSHIが少年の言葉の嫌味さに興味も示さず、ミーツミーツの未来ばかりを気にかけていることに、少年の胸の奥はざわついた。


「いつか強くなれるはずの人間が、誰かの悪意によって強くなる前に倒れてしまって、その責任は誰が取る? 誰が取れる? 取れるわけがない」


 少年よりも遥かに強い男が、遙か未来に想いを馳せて語る言葉は、少年の胸に染みていく。


「二度と戻せない人生の破綻は、誰のせいにすれば解決する? ……誰かのせいにしていいのか?」


 目の前の少年を特に気にかけてもいないYOSHIが何気なく語る言葉に、少年は胸を打たれてしまった。

 その言葉こそが、その少年に必要な言葉であったから。


 親が優秀で、周囲の大人から過剰な期待を掛けられ、その期待に押し潰され、期待に応えられなかった少年は、ずっと気付かないようにしていた。

 少年もまた、誰のせいにもしていなかったことに。自分のせいにして潰れていたことに。

 自分のせいにしがちなミーツミーツを少年が放っておけなかったことに、理由があったことに。

 気付いてしまった。



───君は誰かのせいにしていい。そのせいで誰かに嫌われようと、潰れてしまうよりはずっとマシだ。クソ野郎は、平気で君のせいにするんだからな



 YOSHIがミーツミーツへと向けた言葉が、ずっと少年の脳内でリフレインを繰り返す。


 やがて、記憶が次から次へと蘇り、少年が小学生だった頃、小学校の職員室で教師の大人達が──少年には聞こえていないと思って──していた会話を想起する。






『あのねぇ、■■先生。あの子の両親はねぇ、どっちも地元じゃ有名な神童だったんだよ。我が校始まって以来の天才だったんだ! 今でも思い出せるよ、学生時代のあの子の両親の傑物っぷりを。だから2人が結婚した時はそりゃもう感激で、私は結婚式で号泣しちゃったもんだよ』


『す、すみません、教頭先生』


『そんな2人の子供があんな普通で……君、教え方が間違ってたんじゃないのかい? 私はちょっと疑わしく思ってるんだがね』


『そ、そんなことありませんよ! 放課後に居残らせて走り込みや補習もさせたりしてましたけど、それでもああなんです! 才能無いんですよあの子。僕らは悪くないはずです!』


『本当かい? 君の教育の怠慢を子供の才能の無さと偽ってるんじゃないかね? 私はね、あの天才2人の子供を預かっている責任があるんだよ』


『間違いありませんよ! あの子は人並み以上に頑張った上で人並みなんです! 才能なんてありませんし、大人物になんてなれない子なんですよ』


『そうか……』


『一応言っておきますけど、教頭くらいですよ? そんなに子供の未来がどうのこうのって肩肘張ってんの。あの子に教えてるピアノ教室の先生やサッカークラブのコーチさんとも話しましたけどね、今時安い給料でそんな頑張る人って居ませんて』


『君なぁ』


『もう適当でいいんですよ適当で。うちの小学校の卒業生が将来ニートになろうが犯罪者になろうがどうでもいいじゃないですか。僕らの教育のせいでまともな大人に育てなかっただとか、お前らのせいだとか、言われたらたまったもんじゃないですよ。ガキなんて勝手に自分の人生台無しにしていくもんなのに』


『……』


『子供が凄い人間になろうとして、努力しようとして、それに大人が付き合わされて、子供の側に才能が無くて何も結果が出なくて……こういうのって、付き合わされて時間を無駄にされた大人が1番の被害者っすよね。普通に。才能の無いガキって他人の時間まで無駄にするから嫌いなんですよ』


『君がそう思うのは勝手だが、子供の前でそういう態度を取るんじゃないぞ。辞めさせないといけなくなるからな』


『あ、すんません、そっすね。……ったく、才能無いけど頑張ってるだけのガキを受け持つのって、疲れるだけでいいこと無いんだよなぁ……』






 誰かのせいにすることは救いなのだと、YOSHIは言っていた。押し付ける側はそれで楽になるのだと、そう言っていた。だが、それで……押し付けられた側は、その後にどんな人生を生きる?


 押し付けられ続けて大人になったミーツミーツが潰れてしまっているのだから、もしも、子供の頃に何からも逃げなかったIFの未来の少年が居たら、ミーツミーツのように潰されていたのではないか?


 少年は立ち去るYOSHIを見送ってからその場を去り、誰も居ない建物の物陰の隅っこで、うずくまって顔を覆った。


 誰かのせいで壊れた少年の人生があった。


 もう誰のせいにもできない少年の人生があった。


 他人の人生の責任を取れる者など、どこにも居なかった。






 少年がYOSHIに抱く感情は、何かの出来事イベントが1つ起こる度に複雑になっていく。


 嫉妬があった。

 尊敬があった。

 私怨があった。

 感謝があった。

 自嘲があった。

 羨望があった。


 友達の人生に深く踏み込む度胸が無くて、話を聞いていても割って入る勇気が無くて、友人の心を救ってくれたYOSHIへの感謝があって、自分にできなかったことをしたYOSHIへの嫉妬があって、自分がなれなかった『何か』になれているYOSHIに対する羨望があって。


 でも「ああなりたい」と思えずに、「ああはなれない」と最初から諦めてしまうのが、この少年の心に見える弱さだった。


 憧れは、原動力にはならなかったのだ。






 「変わるな」と誰かが叫んでも、世界は変わっていく。止めることはできない。


 「行くな」と言っても、人は止まらない。


 「このまま楽しい時間を続けていてくれ」と願う者が居たとしても、そうはならない。


 全てのものはいつか終わり、次が始まる。


 世界はそういう風にできている。






 長年身内が集まっていたVRサーバーからミーツミーツが抜けるらしいと聞いた時、少年は驚いたが、どこか納得していた。


 あの日、ミーツミーツがYOSHIとの再戦に敗北し、YOSHIと言葉を交わしてから、ミーツミーツはどこか様子が変だったから。

 少年は彼女の友達で、かつ他人の心の動きに敏感な優しい人間であったがために、友人の心の動きに気付かないわけがなかった。


「ミーツっさん」


「あ」


「ここ、抜けるんだって?」


 申し訳無さそうな顔をした彼女が、言葉に迷うように苦笑した。


「うん」


 その返答だけで、少年は全てを察した。


 ずっと友達だったから。


「ミーツっさん、変わったよな」


「え?」


「ちょっと前だったら『うん』じゃなくて『ごめんね』って言ってたと思う」


「……そうかも」


 すぐに謝ってペコペコしていた自尊心の無い女が、あっという間に変わってしまった。いや、変えられてしまった。少年はそこに嬉しさ、悔しさ、寂しさが入り混じった気持ちを抱く。


 彼女にとって、自分を変えてくれた強い人と、自分が変わったことに気付いてくれる友達は、別枠で大切な人であるのに……少年は、子供だった。そういうことに気付ける大人ではなかったのだ。


「なんでここ抜けるんだ?」


「……ここに居ると、あたしがずっと甘えちゃうなって思ったからね。貴方もみんなも、あたしの話を聞いていっつも励ましてくれるから……ずっとここに居たくなっちゃう」


「気にしなくていいのに」


「あたしが気にしちゃうから。逃げ道があるとずっとそれに甘えちゃうのよ」


 昔、彼女は社会人になってすぐに横暴な上司相手に『ごめんなさい』しか言えなくなってしまい、その果てに壊れて真っ当な生活もできなくなってしまった。


 でも今は、『ごめんなさいを言わなくていい友達』相手に、心からの言葉を届けようとしている。


 人は、生きている限り、変われるのだ。


「あ、あたし。もっとちゃんとした人間になりたいんだ……お父さんとお母さんが誇れるような人間になりたい……で、でも、家出るのも怖い壊れたポンコツになっちゃってて……でも……」


 ぎゅっとスカートを握って、僅かに震えた声で、想いを振り絞って言葉を紡ぐミーツミーツ。

 少年は、彼女を尊敬していた。


 彼女は、立ち上がったから。

 彼女は、目を逸らさなかったから。

 彼女は、親に報いようとしているから。

 彼女は、周囲のせいで取り返しがつかないほどに壊れてもなお、歩き出していたから。


 彼女が『タツミ』になった現代でもずっと、彼は彼女を尊敬している。永遠に変わらぬ尊敬が在った。


「だからこそ、やっと見つけたあたしにできることをやり遂げたい。あたしがやりたいと思ったことを、最後まで成し遂げたい。あたしに今できる唯一のことで、お父さんとお母さんが誇れるくらい、立派な人になってみたい」


 誰かの顔色を窺って生きてきた少年やミーツミーツだからこそ、抱く憧れがある。


 『ああなりたい』という憧れが在る。


「あたしは、あの人みたいになりたいんだ」


「……そっか」


 誰の顔色も窺わないあの男のようになりたいと、彼女がそう願う気持ちが、少年には痛いほど分かった。だから、止められない。


 寂しいと思っていても、止められない。


「自分を壊しながら生きるような弱いあたしをやめて、他人を壊しながら生きてるみたいな、あの人の強さが欲しい。きっとそれが『何も気にしないで生きられる』ってことだと思うから」


「なんて暴力的な憧憬なんだ……」


「あははっ」


 冗談めかした憧れを語って笑う女の姿に、少年は『これでよかったんだろうな』と自分に言い聞かせていく。

 昔の彼女は、こういう振る舞いも、こういう冗談も、こういう笑顔も見せない人だったから。


YOSHIあのひとに勝って、『強くなれた』って確信を得て、あの人に冗談めかして『あなたのおかげで強くなれました』って言って……あの日、あたしのダメなとこまでまとめて肯定してくれてありがとうって言って……挑戦してダメだったら『なんてこと言ってくれたんですか!』って文句言いに言ってやるんだ。うん」


「いいんじゃないかな。僕は応援するよ」


「ありがとう。うん、嬉しい」


 そうして、彼と彼女の道は離れていく。


 女は、自分の物語を見つけた。

 目指すべき目標を見つけた。

 ラスボスに相応しい最強の竜YOSHIを見つけた。

 それは屠竜之技の始まりの日。

 最後に竜を倒すことで完結する『討竜の物語ドラゴンクエスト』を、彼女は歩み始めた。


 もっとも、そうして意気込んだ彼女が──タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーが──企業所属のVliverになって与えられたアバターは、奇しくも竜人という設定だったのだが。


「いや、まあ、でもな……」


「? どしたの?」


「20歳の女が12歳の少年に諭されて人生の方針決めてんの見るのは、だいぶキツいもんがあるな……って思っただけだよ、ミーツっさん」


「!?!?!?!?!?!?!?」


 がーんと、女はショックを受ける。

 この時、西暦2052年。

 YOSHIとミーツミーツが再戦してタツミが人生の方針を決めた翌年度であり、YOSHIは13歳、少年は17歳、ミーツミーツは21歳という頃のことであった。


「……冗談冗談! 頑張れよ、ミーツっさん」


「もうっ!」


 笑って送り出そうという少年の心意気を汲んで、女は嬉しそうに笑む。


「またどこかで会おうね、───くん」


「ミーツっさんも、お元気で」


 笑って送り出された女は、不安と勇気の両方を抱き、新たな人生に歩き出していく。


 笑って送り出した少年は、誰も見ていない自室で、1日ずっと落ち込んでいた。






 前に進んでいく人を見送る度に、育まれていく劣等感があった。






 YOSHIが現れたことで刺激された界隈は動きを止めず、『自分の可能性を試してみたい』と思う人間は増加の一方で、少年の友人は次々と新たな世界に挑戦して行く。


 ハウンドもまた、停滞と安心を良しとするぬるま湯のコミュニティを抜けることを決めていた。


「ってわけで、今週中には抜けるから」


 少年とハウンドのある日の練習試合中、彼女が突然そんなことを言い出したから、少年は思わず反射的に聞き返してしまう。


「え、なんで?」


「あたしは、配信業ここに骨埋める覚悟が出来たわ。中学出たらすぐ配信実績作って経験積んで、大手のオーディション受ける。VR系のエンジニア技能はもう習ってるから、すぐに大成できなかったらそっちで日銭稼いでやってく」


「……配信に本腰入れるってだけなら、別に僕らのコミュニティ抜ける必要ないじゃん」


「あのさぁ……」


 呆れたように、ハウンドが目を細めて腕を組む。


 ハウンドは辛辣で厳しい女で、けれどもその内側に確かな優しさや気遣いがある、真っ直ぐであるがゆえに誤解されやすい女だった。


 その在り方はこの頃から、千和・ズルワーンに転生してなお変わらない、彼女の性根である。


「あたしがよく歌ってみた動画とかアップロードしてんの、知ってんでしょ?」


「ああ、アニメのオープニングとか歌ってるやつ? 時々聞いてるよ、上手いなって思ってた」


「あんがと」


 ハウンドは照れ臭そうに頬を掻く。


「あたしさ、元々は歌手になりたかったんだ。歌で食っていきたかったのよ」


「へぇ……」


「今のチャンネルも最初は歌動画上げるために作ってたんだけど、途中から趣味でやってるFPSの配信とかやるのに使うようになって、まぁその後にあんたとも出会った感じ。あたしは元々Vsingerジャンルの人間なのよ」


「その割に対戦動画の切り抜きとかばっか伸びてて歌はそんなにじゃなかったっけ?」


「うるせぇわよ」


 少年に痛い所を突かれ、少女は苦々しそうな顔をした。


「……あれはあれで伸びてんのよ、歌も。でもさ、あたしの歌って『普通に上手い』くらいなのよね。歌一本で成り上がれるってほどじゃないんだ」


「……」


「きっかけがあって聴いてもらえれば、それなりにファンになってもらえる。でも聴いてもらえるきっかけがないと、箸にも棒にもかからない。そんくらいのレベルよね。自覚はあるの」


「対戦動画はそのきっかけ? 歌を聴いてもらうための?」


「そゆこと。そんで、そのきっかけも意識的に多様に増やしていかないと……って、ずっと思ってた」


 娯楽産業の世界で活動する者には、常に『総合力で戦う』という選択肢がある。


 イラストレーターとして売れたい人間が、人気配信者とコラボして知名度を上げるだとか。

 仕事を増やしたい声優が、毎週ラジオで小気味の良い話を展開するだとか。

 歌で売れたい人間が、Vliverとして活動してとにかく固定客を作るだとか。


 活動者は様々な形で『本命の仕事で使わない技能』を駆使し、本命の仕事が来やすいよう、自身の人気を補強することができる。


 ハウンドはFPSで人気を稼ぎ、自分の歌枠へと人を誘導する、そんな配信者であった。


「歌で食っていきたいけど、あたしの今の実力は半端過ぎる。でも、それを言い訳にしたくない。半端者なりに全力疾走したくなったのよ」


 ハウンドの『半端者なりに』という言葉が、少年の胸の奥まで深々と刺さる。

 『何やっても半端だな』と言われてきた少年の人生が、あっちこっちのジャンルに手を出してどれも1番になれなかったこれまでが、ゆるりと少年自身に牙を剥く。


 彼女は己の半端な才能と向き合い、それでも諦めることはせず、全力で足掻くことを決めた。

 その遠因がYOSHIであることは、考えるまでも無い事実だろう。


 世界を震撼させた歳下の『本物』の登場は、ハウンドに日和っていた自分を自覚させる程度には、強烈なインパクトがあったらしい。


 会話したことさえなくても、他人を夢に走らせる。YOSHIはそういう男だった。


「決めたのよ。あんた達と遊んでるのは楽しかった。たまーに純粋にお遊びでつるむのが楽しかった。でもね、いつまでも遊んでるだけじゃダメだな、って思ったの」


「……楽しいだけじゃ、ダメなのか?」


「ダメよ。あたしは目に見える人みんな楽しませられるようなあたしになりたい。あたしは楽しませたい人間で、楽しませてほしいわけじゃない。遊びに遊んで自分だけ楽しければいいなんて思えない」


 少年は、ゆっくりと理解していく。


 ハウンドが強くなるにつれ、ハウンドが上に行くにつれ、この友人関係は疎遠になっていた。けれどハウンドの温情で、途切れること無く続いていた友人関係は確かにあった。


 それがここで途切れることを少年は理解し、それを苦々しく噛み締めていた。


「楽しけりゃいいみたいな今の自分を捨てて、本気でやりたいことのために死力を尽くせるあたしに戻りたいの。いっぺん歌を鍛え直して、並行してネットの話題になれるように1回くらいはPDあたりで大会優勝するのを目指すことにしたわ」


「……そっか。頑張れよ」


「うん」


 ハウンドは自分に厳しい。

 他人にも厳しい。

 そして、その言葉には一定の正しさがある。

 だからこそ。


「これ、聞いていいのか分かんないけどさ」


「?」


 時に、信じられないほど人の胸を抉る言葉を吐くことがある。




「あんた、やりたいこととかないの?」


「───」




 一瞬、少年の息が止まった。


 心臓の脈動が加速し始める。


 呼吸は荒く、視線は空を彷徨った。


「言っとくけど、あんたが先のこと考えないようにして毎日ゲームで暇潰ししてても、もうあたしはそれに付き合ってあげられないわよ」


「……ぇ、あ……」


「あたしは一旦、あたしの人生に集中するから」


 ハウンドの言葉は、心配と気遣いから生まれたものであり、だからこそ厳しく辛辣だった。


 やりたいこと。

 将来の夢。

 逃避でゲームを選んだ少年に、そんなものはなかった。いや、正しく言えば、かつてはあった。彼は理想の騎士になりたかったのだから。


 周りの大人の期待に応えたかった。

 両親に期待されたかった。

 ゲームに逃げたかった。

 それだけの人生を十数年続けてきた。

 だから、少年は未来を思い描けない。


「あんたもちゃんと自分の人生について考えたらどうなの? 厳しいこと言うけど、ゲームだけして生きていけるほど人気無いでしょあんた」


「……そう、だね」


 ハウンドの言葉には厳しさがあった。

 それは、彼女の優しさだった。

 彼の未来を案じる気遣いだった。

 彼は彼女の大切な友達だったから。


 少年は余裕ぶって微笑み、ウインクする。

 それは、彼の優しさだった。

 彼女を笑って送り出そうとする友情だった。

 彼女は彼の大切な友達だったから。


「ま、そんな心配すんなって! 僕には僕の人生設計があるから、ちゃんと考えてるよ」


「あっそ。じゃあいいわ、どうでも」


「つか僕は一応大学に進学する予定だかんな。配信一本に人生賭けてるヤバい女の人よりはまともな人生の進み方してると思うんですが~?」


「はぁぁぁぁ!? あんた、喧嘩売ってんの!? 出した言葉は引っ込められないわよ!?」


「歌で売れてからイキってくださいよぉ~」


「てめっこのっ……待ってなさいよ! メジャーデビューしたらCD100枚家に送りつけてやる!」


「うん。楽しみに待ってる」


「ふんっ!」


 挑発のようで、からかいのようで、激励のような、そんな別れだった。


 付き合いのある多くの人を切り捨てて次に進むような選択に、ハウンドは罵倒されることも覚悟の上で打ち明けたのだが、友に気持ちよく背中を押してもらえたことで、胸を張って堂々と歩き出す。


 そしてまた、「寂しいな」の一言も言えなかった少年はささやかに傷付き、誰にもバレないように部屋で1人で落ち込んでいった。






 置いていかれる日々の中で、育まれていく劣等感があった。






 伊井野いのりにとって、過去にYOSHIと出会った時の物語は黄金のひとときだった。


 タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーにとっても、YOSHIとの出会いは人生の夜明けと言って良かった。


 アチャ・東郷は、そういうものではない。YOSHIに何かを認められたわけでもないし、彼と戦って人生が一変したというわけでもない。彼はどちらかと言えば、物語の主役のような人間達が互いに影響を与えていく中で、それを横から眺める脇役のような人生を送っていた。


 脇役の人生。

 脇役の物語。

 脇役の苦悩。

 少年の自認識は幼い頃から続く出来事の数々によって、段々とそういうものへと寄っていく。


 自分に都合が良い出来事なんて、自分の人生には起こらない───そういう確信が深まっていく。


 気心知れた友人が皆彼を置いて行き、気心知れた友人が隣に1人も居なくなったことで、その確信は更に深まってしまう。











 少年は、なんとなく進学した。


 偏差値がちょうど良くて家から近い大学を選んで、進学した。


 それ以外にその大学を選んだ理由はなく、大学を卒業したら何をしたいかの展望などまるで無く。


 息子を大学に行かせる経済的負担などまるで無い家で、息子の自主性を重んじる両親に甘やかされ、何も目指さないままに進学した。


 少年の演技力は年々進化し、もはや少年が平然とした自分を演じてさえ居れば、家族も学友も誰もが彼を心配することなど無くなっていた。


 進学というのは名ばかりの、何も進展しない実感を伴った進学だった。


 空っぽで、目標も無く、熱意も無く、惰性で進み、なんとなくでこなされる大学生活が始まる。


 少年の胸にあるのは、透明で、ぼんやりとしていて、実体も具体性も無い、そんな不安だけ。


 『これでいいんだろうか』と少年が思おうと、彼の人生に変わるきっかけなど現れない。


 西暦2054年、少年は大学1年生になった。


 YOSHIとアチャ・東郷が出会う、ちょうど5年前のことである。







 界隈の人種層は、早ければ1年でごっそりと入れ替わる。たとえば飽きで、たとえば流行りで、たとえばアップデート改悪による人口激減で。


 ゲームが廃れること、ゲームから人が居なくなること、ゲームがオワコンになること、それらはゲーマーにとってはごく当たり前のことだった。


 だが、少年がハウンドやミーツミーツと別れ、それでもいつも通りに活動を続けている内に、周囲の人種層はごっそりと入れ替わってしまった。


 それも、かなり悪い方向に。


「最近さ~、運営ゴミすぎね~?」


「わかるわかる」


 少年が入り浸っていたFPS系雑談用VRサーバーが、徐々に、徐々に、本当に少しずつ人が入れ替わっていった。民度がどうしようもなく悪化していった。そのことに少年も気付いていたが、コミュニティの人の入れ替わりだけはどうしようもなかった。


 ハウンドやミーツミーツといった民度の高さを担保する善良な中核的人物が抜けたことで、連鎖的に他の善良な人物も抜け、代わりに行儀の悪い人間が流入し、品性の無い人間が増える度に残っていた善良な人間も1人また1人と抜けていく。


 結果として、少年が生まれて初めて『自分の居場所だ』と思えた特別なその場所は、少年の力ではどうしようもないほどに、腐り落ち始めていた。


「あーもう世の中ゴミ過ぎるよなやる気出ねえ」


「俺ら以外みんなゴミだよなw」


「オマエもゴミだよ笑うわ」


「今日これからクソメスのVliverの配信荒らしに行くんだけど誰か来る? 人気配信者とかチョーシ乗ってるからよ、初心者の内に蜂の巣にして世間の厳しさってやつを教えてやろうぜ?」


「行く行く!」


「お前らじゃ対戦レート高すぎて初心者配信者とのマッチングは弾かれるんじゃね? 今時強いやつと弱いやつでマッチングするゲームないっしょ」


「新アカウント作れば対戦レートはリセットされるの知らねえの? 新アカウントで初心者のフリしていけばいいんだよ、初心者のフリしてけば! あのゲームの運営は新興の会社だから対策甘いんだぜ?」


「配信荒らしコメント連射用スクリプト欲しいって言ってたの誰だっけ」


 『ここが僕の居場所だ』と思えて、それが少年の救いになった"かつて"があった。


 『ここに居て良いんだろうか』と迷いながらも、そこからどこか別の場所へと歩み出せない少年の"いま"があった。


「なあ、おいセンパイ! 来週のイベは一緒にやれるかい? ミーツミーツの配信とかも荒らしに行こうぜ、視聴者参加型イベントやるんだってさ!」


 ふっ、と、少年の心が沸騰しかける。


 一瞬で、沸騰しかけた心を抑え込む。


 少年はにこりと笑って、柔和に対応した。


「いや、また今度にしとくよ。実は提出しないといけないレポートがあってさ」


「大学生は大変スねセンパイ。また一緒に遊べたら嬉しいっす!」


「うん、僕も楽しみにしとく」


 少年はやんわりと誘いを断り、行儀の悪いプレイヤー達が突撃しようとしていた視聴者参加型イベントの運営サイドのメールアドレスに、匿名で『荒らしが突撃しようとしている』と通報し、対策・対応を促す。


 これで何度目の匿名通報になったか、少年はもう回数を数えることもやめてしまった。


「僕はちょっとその辺で偏差射撃の練習してくるよ」


「いってらっせー! センパイ!」


 少年がサーバーの民度が悪い集団に一声かけて離れていく。離れていく少年に手を振って、集団の面々はまた品性の無い話を再開した。


 彼らはワイワイと、グラビアアイドルの乳の話や、気に食わない配信者の話、あるゲームの運営がいかにゴミか、現役の政治家の頭のおかしさ、治安の悪い外国の悪口などで盛り上がっている。


 彼らには、先輩に対する親しみがある。

 仲間に対する友情もある。

 ゲームを楽しむ気持ちもある。

 連携して物事を成し遂げる知性だってある。


 ただシンプルに、品性が無かった。


 他人の悪口を言うのが面白いと思っているし、嫌がらせをして相手が嫌がっているのを見るのが楽しいし、人気者に『調子に乗ってる』と制裁を加えるのが趣味になっているし、炎上した有名人を苦しませることが習慣になっているし、徒党を組んでSNSで一般ゲーマーに粘着するのも日常茶飯事だ。


 ニュースで腐るほど見る、威力業務妨害や誹謗中傷で捕まる無理性な底辺層の若年層ゲーマー集団。そう表現するのが1番的確だろう。


 それが、今このコミュニティの大多数を占めるゲームプレイヤー達だった。


 少年が愛したコミュニティは、もう影も形も残っては居ない。少年が愛した人達も、もうここには残っていない。愛したものの残骸を守り続ける少年と、害虫のような新参がたむろしているだけだ。


「よっ、先輩」


「……君か、ディス」


「やぁねぇ、こんなクズの集まりで何の生産性も無いことよくやってんなぁって思って、先輩を労いに来たってわけよ。ギャハ」


「……」


 集団から離れた少年に、話しかけてくる者が1人居た。彼のハンドルネームは『ディスりーランド』。名前の由来は、「皆が好きなものをバカにする名前ならなんでもいい」「ふざけてるのがひと目で分かれば良い」「どこまでやったら例の会社が訴訟して来るか見てみたい」という悪意的なもの。


 彼は今のこのコミュニティにおいて唯一、少年がことに気付いている男であった。だからといって、この男が善良というわけでもない。


「パイセンさぁ、まーた上手いこと言い訳して嫌がらせとか荒らしとかに手貸すの避けてんねぇ」


「死んでもやらんよ」


「いいねぇ、パイセンはそういうのがいい。朱に交われば赤くなるとか言うが、パイセンはこのコミュニティに染まりそうで染まらんねぇ。事務所に密告とかしてるから結果的に被害も減らしてるし」


「……」


「ギャハッ。なぁなぁパイセン、知ってるか? あいつらあのハウンドより、自分達の方が面白いと思ってんだぜ! 風俗の話とか元カノの悪口とかSNSのフェミニスト揶揄だのでかっけぇニヒリスト気取って、同レベルの品性の男達がコメントで爆笑してるからって、自分が面白い人間になったと勘違いしてんだよ! ギャッハッハッ! おもしれー話だよな、もっとおもしれーのは、そんなあいつらの配信にはパイセンの配信より人が集まってるってことだ!」


「……」


 パン、パン、パン、と上機嫌そうに手を叩きながら、ディスは笑っている。


 そんな彼を、少年は死んだ目で見つめる。


「カス男だけで集まって、下品で過激で、他人の悪口も侮辱も言い放題で、しょっちゅうアカウント消し飛ばされて、有名な配信者の配信を妨害する配信して……そういうのを見に来るカスが世の中には結構居るんだもんな? いやはや世の中ってやつはだいぶウンコみたいになってるんでございますねぇ」


 その日の配信同時接続者数の一覧で見れば、この集団の悪意的な配信は大して注目されていないことは分かる。せいぜい同時接続数1000か2000といったところだ。

 木っ端の害悪配信者を見に来る者の数など、その程度でしか無い。


 それにすら勝てないということは、ただ単純に、この少年の配信に人が集まっていないということを意味していた。


 害悪配信者が人気なのではない。

 少年に人気が無いのだ。

 目立つ理由が無い善人の配信より、毒があって何度も炎上している悪人の配信の方が伸びる、そういう醜悪もまた世の常である。

 だからこれは、ディスの嘲笑だ。


「いやーあいつらおもしれーよな。女配信者に嫌がらせして無い時はジャンプの女漫画家叩きとかしてる奴とかも居るじゃん。女にモテなさすぎて狂っちゃったのかね彼? ま、男女どっちの配信者にも等しく嫌がらせしてるヤツの方が多いけどなぁ……? ギャッハッハッ」


 全部まとめてひっくるめてバカにして、ディスは変に喉を震わせて笑う。


「僕を笑いに来たのか?」


「いやいやまさか。オレ、こう見えてパイセンのこと好きなんだぜ? センパイをバカにして笑うだなんてそんなそんな」


「……」


「ただよ、昔この社会は新聞で誰かの苦しみを楽しんで、次のゴシップ週刊誌で誰かの苦しみを楽しんで、次はまとめサイト、次は暴露系インフルエンサー、次はカスの嫌がらせゲーマー……人ってヤツは次から次へと『成功者が苦しむ姿を見れる娯楽』を求めるもんだよなぁ、って話で盛り上がりに来たのさ」


「盛り上がるわけがないだろ」


 何が楽しいのか、ディスはいつも笑っている。


 まるで、嘲笑以外の表情を1つも知らないかのように。


「センパイ、クイズしようぜクイズ。人類がゴシップだの暴露系だの迷惑系だのをずっと愛好しててこれらが世の中から消しされないのはなーんでだ?」


「知るか」


「正解はぁ、世の中の人間の大半は品性下劣だからでーす! ギャハッ! 当たり前だよなぁ? よく言われる『一般人』ってのは大体品性ねぇし、人生の成功者や金持ちにだって品性はねぇよ、SNSで普段の発言見てりゃ分かる。情報化社会は社会の上から下まで人類総無品性だってことを証明しちゃったんですわぁ」


「歪んだ世の中の見方してんなぁ……」


「いーや、これが世界の真実だね。誰のことも貶さない人間なんて、世界のどこ探したって居ねえさ。SNSの皆様にはもっとガンガン気軽に他人の悪口を語ってもらいたいもんだよなッ」


「カスの論理を胸張って言うな」


「おいおいおいセぇンパぁイ! 自分より成功してる人間の悪口で盛り上がることほど、楽しくてみじめな娯楽って他に無いんですよぉ!?」


 あまりにも下品にディスは笑う。


 少年は、いつだって劣等感を抱えている。

 いつだってみじめな気持ちで生きている。

 成し遂げられた事なんて無い。

 達成した事なんて無い。

 真っ当に生きていても良いことなんて何も無いまま、惰性の大学も3年目だ。やりたい仕事すら見つからないまま、今に至る。


 だから、ここ数年で周りに増えた品性下劣で悪党未満のカスどもを見ていると、少年は思ってしまうのだ。彼らのようにを捨てることができれば、いっそ楽になれるのでは……と。どうしても、思ってしまうのだ。


 でも、できなかった。


 少年は、そちら側には踏み出せなかった。


 誰かに迷惑を掛けながら生きていくことなんて、できない───少年の心の奥には、何があっても揺らがない、鋼のような善性があったから。


「オレがさぁ、仕事柄分析してんだけどさぁ……あ、センパイにオレの仕事の話したっけ?」


「してない」


「そうだったか。で、オレの仕事の話は置いといて今の話続けるけど」


「えっこの流れでお前の仕事の話しないの?」


「世の中の人間ってよ、色んな理由で他人に誹謗中傷したり、他人のゴシップに興味持ったりするわけよ! ま、人それぞれ理由はあるわな。粘着にも十人十色、クソ荒らしにも多様性。なのに一般人ほど推しを攻撃するクズ達の個性を画一的に語ろうとする! 粘着にもそれぞれの人生があるというのに、嘆かわしい! ギャハッ」


「社会のゴミがよく舌回るもんだなぁ」


「それはそう。で、まー、オレの個人的な分析によると、ネットで人気のコンテンツを攻撃してる層に共通してる特徴として、『非充実感』ってやつがあると気付いたわけよ」


 非充実感。


 "それは劣等感とも言い換えられるんだろうか"と、少年は思った。


「日本はぁ、腐っている! だよなセンパイ」


「SNSでお仲間でも探してなさい」


「SNSで政治語ってる奴らとか性根腐ってそうで会話したくないんですわ。皆さんお下品ですもの」


「お前……どの口で……」


 少年は昔から軽妙な会話を楽しむタイプではあったものの、ディスのように減らず口を連発するタイプではなかった。


 口から先に生まれてきたようだと、ディスは周囲から褒められるように貶されている。


 ディスが人格的に最低だと分かっていても、彼の軽妙で止まらないトークには不思議な魅力があり、適度な自虐を挟みながらふざけ倒す語りによって、『凄く面白い』とまでは行かずとも、『暇潰しに聞いているにはちょうどいい』といったコンテンツとして仕上がっていた。


 ディスは、自分をコンテンツに変換し終わった後の人間である。


「いやぁねぇ。それでオレ思うわけなんですよ。エリートさん達みんな大変ですねぇって。いやもうもはや可哀想だなぁとまで思ってるんじゃよ」


「エリートの皆さんもこんなところでディスりーランドとかいうふざけた名前の男に同情されてるとは思ってないだろうなぁ」


「小学校で同級生皆に勝って中学受験して、中学校で1番になって名門高校に入って、高校で1番になってGMARCHだのなんだのに入って、お偉い大学出て大企業に入って、そこで出世争いに負けて窓際になったらそれまでの人生が無意味になるのってちょっと酷くね? って! 思うんだがね、エリートの皆さんの人生可哀想」


「……ん、まあ、それはね……」


 少年はディスの暴論気味の語りに口を挟もうとしたが、一理あるような言い草に、少々言葉に迷ってしまった。


「どんなに頑張って勝ち続けてもいつかは負けて敗者扱い。運が悪けりゃそこまで頑張ってた努力全部無駄。社会とは残酷じゃのう、ギャッハッハッ」


「……」


「そんな中、小学校とかの時点で落ちこぼれて現実逃避にネット荒らしとかしてるのがオレらってわけだな、ギャハッ! 敗北者の中の敗北者よ! あ、でもパイセンはそこそこいい大学行ってんだっけ? 今大学3年とかだっけか」


「そこそこだよ」


「謙遜すんなって! 中学校の途中で不登校になった最終学歴小卒のオレよりは遥かに頭良いぜセンパイはよ! ギャッハッハッ!」


 人が人に対して悪意を持つ理由など様々だ。

 それを画一的に語ることはできない。

 しかしながら、少なくともこのサーバーに集まった悪意的な者達は、1人残らず自分の人生が上手くいっていない者達であり、だからこそ他人の人生の邪魔をすることに心血を注ぐ者達だった。


 『カスにはカスの多様性がある』という厄介な一点に対する解像度だけで言うのであれば、このディスりーランドというふざけた名前をした男は、この世界の源流の創造主であるの炎鏡ですら凌駕していた。


 ディスは自分ごとまとめてこのサーバーの全員を愚弄し、嘲笑している。


 そして、愛している。


「ここは今や少年漫画だとまとめて倒されるカスみたいな奴らの集まりさ。そんな奴らの配信見に来てる奴らも同類だろうよ。ケケッ。負け犬には負け犬のための友達が必要なのさ。『一緒に気に入らない奴の悪口を言ってくれる友達』がな」


「悪口雑言なんて人生賭けてやることか?」


「他人の悪口も自由に言えない人生なんて、生きてる意味が無いと思わね? パイセンも」


「……そこまでは思えないかな」


 だから、このコミュニティにおいて周りをよく見ているディスからすれば、この少年は酷く浮いて見えている。

 まるで、泥中の蓮のように。


「いいじゃねえか、オレ達が好き放題言って傷つく人間がどっかに居ても! オレ達が好き放題言えなくて息苦しく生きてるよりかずっといい! ついでに金になれば1番だよな」


「金に……?」


「内緒だぜ、パイセン」


 ディスは、この少年相手であれば打ち明けても構わないと言わんばかりに、自分が保有している『管理権』を空中に半透明ディプレイとして表示し、少年に見せた。


「うちのサーバーの奴らが皆見てるアンチスレ系まとめサイトの管理人、オレなんだわ。ここでVliverとかに粘着してるスレとかSNS発言とかまとめて、コメント欄で加熱化させてる」


「……ん?」


 Vliverなどの配信者をアンチするまとめサイトの管理人がディスである証拠が、空中のディプレイに表示されている。


「んでうちのまとめサイトとかで暴れてる格別ヤバい発言してる奴の発言とかを別人のフリして転載して、『Vliver粘着まとめ速報』とか運営して、粘着を晒し者にしててるのもオレでさ」


「ん????」


 配信者に粘着しているヤバい奴らをまとめるまとめサイトの管理人がディスである証拠が、空中のディプレイに表示されている。


「そしてオレは各Vliver事務所が連名してる誹謗中傷対策機構の業務委託弁護士と契約してて、これらのまとめサイトで活発に動いてるカスのアクセス情報を1件500円で売り捌いてるんだよな。それぞれのサイトの管理人として。オレが情報提供した配信者粘着専門の弁護士の法廷勝率は95%以上なんだぜ」


 少年は眉間を揉み、空を見上げ、深く深く息を吐いて、事態を飲み込み、ディスを睨んで。


「お前が1番クソ野郎じゃねえかっ!!!」


「そうだよ。ギャッハッハッ!」


 害悪まとめサイトと、害悪粘着まとめサイトと、弁護士の誹謗中傷対策の全てに手を出し、収益を得るという恐るべき寄生虫。

 広告収入や情報提供料の総合収入はいかばかりだろうか。


 世には特に理由が無い荒らしも居るだろう。

 同様に何かの理由があって恨んでいたり、妬んでいたり、憎んでいたりする荒らしも居るかもしれない。

 目立ってるやつを無条件で攻撃するような人間も山のようにいる。


 だが、悪意を一点に集め、悪意と悪意を争わせ、それら全てを糧として利用して金を稼いでいるディスより悪い人間がその中に居るかと言えば、かなり怪しいと言わざるを得ないだろう。


「あのさぇ、炎上ってのはコントロールして金にすべきなわけ。結構前に日本は台風の全エネルギーの風力発電転化に成功してたじゃん? 昔は台風って人を苦しめるだけの災害だったわけじゃん? でも利用して電気にできるようになったわけじゃん? 利用だよ利用。災害ってのが全て利益に転換してかないと! じゃないと損損、獅子歌歌」


 感情で動いている群の悪意が、理性で全てをコントロールしている個の悪意の餌になっている。あまりにもおぞましい光景であり、あまりにも綺麗な因果応報だった。


「ギャハッ、人間ってやつは自分の憎悪をセルフコントロールできないわけな。しかもそれに『俺はきしょい奴らをバカにしてるだけだぜ』とかてっきとーな理由を付けて、粘着に時間を使ってることを正当化しようとするわけよ。キモオタよりキモオタに粘着してる人の方が年間逮捕数多いでしょバーカって思うんだけどなぁ! 健常な人は粘着に時間使ってませんよウケるぅーって話だけどねぇ? そういうキモい人生を送ってる奴らが、オレは可愛くて可愛くてしゃーないんだ」


「何が可愛いんだよ……」


「何かが嫌いで嫌いでしょうがなくて自分が制御できなくなってる人は可愛いじゃんよ、動物みたいっていうか、ペットみたいっていうか。自分で望んで狭い所に入っていったのに、自力じゃ抜け出せなくなって鳴いて助けを求めてる子犬とか、可愛いとか思わねぇ?」


「……」


「開示請求されてるような奴は可愛いよな。自分がガキのまま体だけデカくなっただけの存在だって自覚が無い、可愛い可愛い奴らだ。人間未満の動物である自覚が無いのが何より可愛い。愚かさゆえに人生の楽しみの種類が少なくて、愚かさゆえに加害のリスクが分からず、愚かさゆえに何一つ得るものの無い嫌がらせに人生を費やす……そいつが愛おしい」


 この男は、『こんな悪意に溢れる世界で生きていけない』と繊細な人間が嘆く社会で、『悪意が溢れているからこそ愛おしい』と笑っている。


 繊細な配信者が悪意に負けて引退を決意する横で、悪意を愛でるこの男は笑い続ける。


 だから、少年は肯定しない。


「お前は、そういう人達を見下せるほど愚かじゃない人間なのか?」


 少年はずっと、ミーツミーツやハウンドにいい影響を与えていったYOSHIの、強者らしい何もかも見通す瞳に焦がれている。

 この世の全ての悪意を束ねても、YOSHIの心にさざなみを立てることすらできないと、信じている。YOSHIは少年にとっての北極星だから。


 そしてディスは、YOSHIのことは特に認めていない。

 なのにこの少年の、誰も見下していない真っ直ぐな瞳に焦がれている。

 この少年は、自分のことをひどく下等な人間であると確信している。自分が他人よりマシな人間であると思っていない。だからディスがどんなに最低であっても、ディスの在り方を否定していても、この少年はディスを見下していない。


 底辺の泥の中でずっともがいている少年だけが手に入れた、無自覚の『鈍い輝き』を見て、ディスは心底不思議な気持ちになって苦笑した。


「そりゃまーオレも愚かかもしれんけどな。パイセンがオレに下した評価が、パイセンの中のオレの全てだ。それでいいんだぜ」


「なんだそりゃ」


「なんだってよくね? ギャッハッハッ」


 YOSHIという人間が、誰が見ても輝いて見える天空の頂点の星であるならば。


 汚泥の中で転がる醜い害虫にしか見えていない、小さな輝きの星もある。


「人間ってのはな、何かをアンチするのもだーい好きだし、アンチをアンチするのもだーい好きなんだよなぁ! ギャッハッハッ! Vliverの不祥事も大好きだし、Vliverに粘着してた奴らが逮捕されるニュースも大好きなのさぁ!」


「だからってそいつらを裏で小馬鹿にしながら金稼ぎすることが上等な振る舞いかって言えば、違うんじゃないか?」


「パイセンの昔のお友達のミーツミーツに嫌がらせしに行こうってうちのサーバーの奴ら言ってたじゃん? ミーツミーツに嫌がらせしたら、先週ミーツミーツに誹謗中傷して炎上してた暴言系配信者に嫌がらせしに行くつもりだぜ? あいつらはネットで目立ってて嫌がらせできそうな相手だったら誰でもいーんだよ」


「カスだなぁ」


「有名人を叩くのも、有名人のアンチを叩くのも、大して変わんねーのよ。殴ったら音が出るサンドバッグになるならどっちも同じだしな?」


 だからアンチが好むまとめサイトも、アンチのアンチが好むまとめサイトも、同じようなことしかしてない……と、ディスは言う。


「小学校の時に友達で集まってモンハンとかやってなかったか? それの延長よそれの延長。リンチするのがモンスターか実在の人間かってとこしか違いねーのよ、あいつら的には」


「最悪だ」


「そのとーり、最悪だけどたのしーんだなぁ」


「分かってるなら心を改めてくれ……」


 こんなにもカス達の生き方を否定しているのに、どんなカスも見下さず一人の人間として見ようとしているこの少年を、ディスは気に入っている。


「オレはシンプルに、嫌悪の輪廻を見ていたいんだよね。普通は人間が主体で憎悪がオマケなんだけど、たまに憎悪が主体で人間がオマケになってるヤツを見る。そういう奴らはもう一生普通の人間には戻れないんだわ」


「怖い話だ」


「分かるぅ? これはさ、終末医療なワケ。もう助からない人達をオレが介護してあげてるわけよ。彼らの人生の長く続く最後の時間をさ、『他人をバカにしていい場所』を用意してやることで介護してやらないといけないんだ。何かを楽しんでる人間より、何かが嫌いな感情に支配されてる人間の方が、救いが必要なんだぜ」


「地獄を作るのは楽しいか?」


「楽園を作ってんだよ、オレはな」


 悪が産み落とした、悪意の楽園。


 文字にすれば大仰だが、実際のところ、21世紀以降のインターネットならばどこにでも在る、ありふれたものだ。


 『嫌いなものを嫌いと言いたい、誰かの心が傷付いたとしても知ったことじゃない、同じ意見の人を見つけたい』───そのルールが存在するならば、それがどこでも、それは悪意の楽園となる。


「天国ってのは、未来を無くした極端な奴らが行き着く先だ。地獄もそうだろ? じゃあオレが用意した場所を何て呼ぼうが変わらんさ、ギャッハッハッ」


 『そこに辿り着いた者はどこへも行けなくなる』という意味では、天国も地獄も楽園も、全て同じだ。分ける意味はない。


 少年はその会話を経てようやく、自分が生まれて初めて居場所を得られたこのサーバーが、なぜこの数年でこんなにも汚らわしいものになってしまったのか、その答えを得た。


「やっぱり、このサーバーに行儀の悪いヤツを次々引き込んだのはお前だったのか」


 にこりと、ディスは笑む。


「悪いねパイセン。カスを一箇所にまとめておいた方がコントロールしやすかったからさ」


「……いいさ、どうでも。阻止できなかった僕が悪いし、どうせ早くに気付いていても、僕なんかじゃ何もできなかっただろう」


 自嘲気味に、少年は己を嘲笑った。


「事務所のオッサンどもは感謝してんじゃね? 実際どうかは知らんけどさ。一箇所にまとめられたカスどもからの人望をパイセンが集めて、カスどもの計画を事務所に逐一バラすようになったのは実は結構笑ってけどな。いやーパイセンおもろかったわ。スパイの才能とかだいぶあんじゃね? ってかさ、パイセンの古巣を無茶苦茶にしたオレのことが憎くねーの?」


「人を嫌うのは、疲れるだろ」


 ディスはきょとんとして、笑いをこらえる。


「……いいね。パイセン、かなりいいぜ。やっぱ見てて楽しいわ」


 どんなコミュニティも、変わらずには居られない。永遠などどこにもない。


 少年の居場所は、少年がアチャ・東郷になる前には悪意によって崩壊していた。

 チーター・トーテツの古巣のゲームは、ただ単純な人気の推移によって人が居なくなり、終わったコンテンツの烙印を押されながら滅んだ。

 伊井野いのりの家庭の話も、広義では崩壊したコミュニティである。


 ずっと残っていてほしいと願ったものほど、いつかどこかで誰かに愛されていたはずの繋がりであっても、残ってくれず、消え去っていく。


「パイセンにはそんだけ倫理観あんのに、そんなパイセンですら自分の感情を制御できたりはしねーんだもんな、おもしれーわ。あんた、昔の友達が大会で優勝する度に劣等感で苦しんでるよな?」


「……」


「罪を憎んで人を憎まずとか言うけど、それを実践できてるパイセンですら劣等感は捨てられないんだから、人間ってのは救いようが無いねぇ」


 品の無い笑い声を響かせるディス。


 劣等感を否定できない少年は、ディスの言葉をただ事実として受け止める。


「本当はさ」


「ん?」


「僕は君が思ってるほど、人に迷惑をかけて回って生きている君達の気持ちが分からないわけじゃないんだよ」


「はーん? そうなの?」


 少年の表情が、静かに歪む。


「僕はさ、うんと幼い頃は、平和と女の子を守る騎士ってやつになりたかったんだ。剣を振って、飛び回って、信念を貫き通して、人々から尊敬されて、敵に囲まれても1人で全部倒して……」


「ベッタベタっすねぇパイセンも。それってたとえばYOSHIみたいな? 先週の試合のYOSHIは特にそんな感じだったよな」




 ディスが何気なく口にした言葉が、少年の心の急所を突いて、心の1番柔らかいところを深く抉った。それは純然たる事実であり、何の悪意も無いからこそ、少年の心を激痛と共に抉り落とす。




「……ああ、そうさ。僕が子供の頃に夢見た『なりたい自分』は、あのYOSHIっていう男そのものだよ。彼は僕の叶わなかった夢そのものだ」


 その表情に、ディスは上機嫌に鼻を鳴らした。


「いいね、パイセン」


「何が?」


「劣等感を全く隠せない顔、初めて見たぜ。案外似合ってるじゃねえか」


「……」


 少年は感情を隠すように顔をそむけた。


 人の醜さこそを、ディスは愛好する。


「YOSHIが世界大会で優勝してるのを見た時、ミーツっさんがチャンピオンシップで優勝してるのを見た時、ハウンドの歌が初めて10万再生を達成したと聞いた時、僕は『すごいなぁ』と素直に称賛の気持ちになった。……そして、すぐに、気持ちが暗くなって来てる僕自身に気付いた」


「……へぇ」


「なんでだろうな。才能が無い自覚があるのに、才能がある人達を見ると、劣等感が湧いてきちまうこの情けない心は……僕も、立派なカスなんだよ」


 少年は自分を嫌っている。

 少年は今でも、ミーツミーツとハウンドを大切な友達だと思っている。

 彼女らが成功する度に少年は喜び、彼女らがもっと成功すればいいなと本心から願う。


 なのに、彼女らが年々成功していく今に"喜びだけを抱けない"自分を、少年は心底嫌っている。


 そしてそういう少年の気質を、ディスは好んでいた。


 嫉妬があっても、劣等感があっても、どんなに苦しんでいても、絶対に他人を傷付ける選択は選ばない。悪意で動いたりはしない。他人に引っ張り出されなければ負の感情を顔に出すことすらない。そんな少年こそが、ディスのお気に入りだった。


「言ったろ。世の中の大半はカスで、他人の失敗や炎上を見て楽しむ奴らばっかだってよ。あんたは何も特別悪かねぇ、普通の人さ」


「そうかね」


「そうだともパイセン。普通のカスだ」


 此処は、悪意の楽園の1つ。


 ここでは何も悪いことをしていない成功者に理不尽な嫉妬を向けているくらいの罪ならば、無数の悪意に紛れて許されている。


「僕の人生の天井がさ、見えてくるような気がするんだよ。『このままならここまでしか行けないんだろうな』みたいなやつ。そういうのが見えてくると……あんまいい人生じゃなかったな、って思ったりもするんだ」


「大学生で既に達観してんなぁパイセンも」


「つってもさ、大学生に『君には無限の可能性がある』って言う大人居なくね? 大人も皆思ってるはずなんだよな。高校生か大学生の時点でもうどういう大人になるのかほぼ決まってるだろって」


「そりゃまあそうだろうけど」


「なんにでもなれると思ってていいのは小学生までだろって、僕は思っちまってるからさ。……『この人はどこまで高い所まで行けるんだろう?』『どこまで凄い人になるんだろう?』みたいに期待されてる人を見るとなんかこう、こうな……僕はそういう風になれなかったな、みたいな……」


「パイセンの昔のお友達みたいな?」


「ま、そだね」


 少年には、自分が可能性を失ったように見えていた。

 かつての友達が皆、まだまだ無限の可能性に満ちているように見えていた。


「僕は自分がこんな……友達に嫉妬なんてするクソ野郎になっちまうなんて、子供の頃は思ってもみなかったな。本当にキツい……」


「言うほどか? 普通じゃね?」


「そりゃ世の中の駄目な人間の煮凝りを四六時中見てるお前はなんとも思わないかもしれんけど」


 呆れたような顔をして、少年は自分を戒めるように、己の額に拳を当てる。


「僕が子供の頃に読んでた主人公は、皆胸を張って生きてた。自分が自分であることを肯定してた。……女の子に情けない嫉妬なんかしてなかったし、周りの同性からは尊敬される男だった」


「オレが読んでたのも7割くらいはそうだったな。世の中は善人主人公じゃないと読んでて不快になるから読みたくない……とかほざく人間が多くて生きにくいったらありゃしねぇよなぁ」


「僕も、そう思えたら良かったんだけどなぁ」


 拳を開いて、少年は己の手の平を見つめた。


「友達の女の子の成功を喜べないで、歳下の女子にすら嫉妬して、ゲームやれば友達の女の子に守られるくらい弱くて、頑張ってもまるで成長がない。こんな僕みたいなクソダサい創作の主人公が居たら、もう秒で打ち切り確定だからなこれ?」


 深く深く、溜め息が吐かれる。


「創作の主人公と現実の人間を比べるとか、パイセンは随分社会不適合者でいらっしゃる。そのへん区別した方がいいんじゃね?」


「分かってんだけどさぁ……」


「でもまぁパイセンって『創作の主人公はそんなクソみたいなことしない』で自分を律してるみたいなとこあるしな、しゃーねぇか」


「……」


 少年の本質を撫でるようなことを言ってから、ディスはまた下品に笑う。


 はぁ、と少年は再び深い溜め息を吐いた。


「僕さ、インターネット始めるまで、ここまで女性蔑視っていうか女性を憎んでる人って多いんだなって知らなかったんだよ。逆で男性憎んでる人もクソ多かったんだけどさ」


「あーね、うちのまとめサイトの記事の養分としてよう使ってるわ。ギャッハッハッ」


「で、何故か男を憎んでる女性より、女を憎んでる男性の方がシンプルで直接的な嫌がらせすること多い感じするんだよ。僕の思い込みかもだけど」


「……そういうこともある、か? いやオレそういうのあんま統計取ったことねぇけども」


「そうするとさ、僕の視界に入りやすいのは、女を憎んでる男性のヤバい人なわけじゃん。裏で陰口を繰り返してる女子と違う、配信とかに直接嫌がらせに行く男子とかの方が視界に入りやすくなるわけで」


「まぁ……そうなるか」


「そういう男の人がさ、女性の配信に『こいつら声は可愛いけどトークはつまんねえし何も面白くないよな』ってコメントしてさ、反射的に心が同意しかけた時にさ、なんか本当に僕のクソさが自覚できちまったっていうか……普通に何も悪くない人への悪口に同意してんじゃねえよ僕って思って、そもそもこの女性配信者達のトークより僕のトークの方がつまんねえから僕の配信に人来てねえんだよなってさ」


「……」


 ディスの顔に浮かべられていた気持ちの悪い笑みがすっと消え、困惑が浮かび始めた。


「うちのサーバーの女性を見下してる人らと僕の何が違うんだ、あー何も違わねえかって思って。あー、なんか、語ってる内にしんどくなってきた。誰にも嫉妬しない、誰にも劣等感抱かない、誰も見下さない人間になりたいよなぁ。それこそ僕が昔好きだった主人公みたいな、騎士らしい気高い精神みたいなのが、欠片でも僕に備わってたらこんな風にならなかっただろって思うし……」


「……パイセンさぁ」


「なんだよ」


「繊細すぎて死にたくならねぇの?」


「たまに」


 はぁ、と深い溜め息が1つ。


「誰の悪口も言ってねぇ良い人系のVliverとかが居てさ……ガチで僕の千倍くらい多い同接しててさ……『この人トークに面白いとこ無いのになぁ』とかカスみたいなこと思っちゃってさ……『ああこの人は面白いこと言えなくてもいい人だから評価されてるんだな』とか何様だよみたいなこと思っちゃってさ……『いやそれでも僕よりかはトーク面白いんじゃね?』とか思うともうなんかなぁ……『他人の価値を下に見れるほどお前はちゃんとした人生送ってんのか?』とか思って自戒したくなんねぇ? なったことないかい?」


「ならない」


「ディスはダメだな」


「あんたも大概ダメな生き方だと思うぞ」


 いい人に悪口を言う文化を牽引してきたのがディスなら、いい人に一瞬悪意を持ってしまったことさえ気にしてしまうのがこの少年だった。


 善良な両親の天才的な技能はまったく息子に受け継がれなかったが、その性格面は善良さという形でしっかり遺伝し、彼の奥深くに根付いている。


 劣等感と善性の綱引きこそが、この時期の彼の人格的本質であった。


「周りの皆が『女配信者は男配信者より楽だからいいよな媚びが楽で』って言ってるの見て、同意しそうになる自分が居て、もうなんか男としてダッサすぎて死ねよって自分に対して思うんだよな。僕」


「男が女に負けてる時点でダサいんだからパイセンがそういうの気にする必要無いぜ」


「グアッ」


「ジョークジョーク。真に受けるなよ。芸能人なんてもんが生まれた時点で、大人気の女に不人気の男が劣等感持って自殺するなんてこの世界じゃよくあることなんだぜ? ギャッハッハッ!」


「僕自殺すべきなんか?」


「どうせしないくせによォ」


「まあせめて両親に育ててくれた恩を返さないと、その前に死ぬのはちっとな……」


「パイセンそういうとこだぞ」


 ディスは、彼から1つの真理を学んだ。


 人に対して悪意を持つことを、申し訳ないと思うか、思わないか……たったそれだけのことで、人間は人の道を踏み外すかどうかが決まってしまう。そういうものなのだと。


「で、分かってると思うだろうけど、だから僕は真っ当に頑張ってる人の味方だ。君らには君らの人生の楽しみ方があるんだろうが……僕はきっと、君達と同じものにはなれない」


「おう、好きにしときな。パイセンが裏で何かやってんのを察してんのはオレだけだ。あいつらは素直にパイセンのことを慕ってるだろうから、パイセンが何かやっても気付きゃしないだろう」


「……」


「パイセンのリスナーも、パイセンがあんな行儀の悪い奴らと交流があるだなんて知らねぇだろうからな、ギャッハッハッ! パイセンが裏で何かやってても、行儀の悪い奴らもリスナーも何も気付かないまま終わるんじゃね? ま、行儀悪い奴らがパイセンに迷惑かけないよう表で関わらないようにしてるせいで、行儀の悪い奴らがパイセンの配信に集まってねーんで同接伸びてねーんだろうけども!」


「うっせ」


「ギャッハッハッ!」


 過激なことを言い、他人を攻撃し、斜に構えて世の中を批判し、有名人には噛みついて、汚い言葉で注目を集める者達が居る。そんな彼らを金に変える悪のディスが居る。


 そんな彼らと日常的に話し、けれど仲良くなることもなく、ただただ堅実にまともな配信をして、バズることもなく、有名人になることもなく、コツコツとファンを増やして、少しずつ楽しませる相手リスナーを増やしていく、あんまりにも地味な活動を続ける少年が居る。


 ディスの"語る価値も無いような人生"において、金が絡まず自分の益にもならない付き合いがあるのは、この少年だけだった。






 劣等感に蝕まれる者は、自分と向き合うためだけに1日を使い切る。


 しかしそういう気持ちと無縁な成功者達は、その1日で更に前に進んでいる。


 愚痴と嫉妬だけに生きる者は、前を向く者には追いつけない。






 翌週、YOSHIは過去に全国大会優勝者となった2人をあるイベントの決勝戦にて倒し、新たな伝説を打ち立てた。


 試合の舞台は、好きなコンビで出場し、2人でトーナメントを最後まで勝ち抜いたら優勝というシンプルなもの。


 YOSHIは所属チームのGhotiメンバーとではなく、幼い頃から付き合いがあるというVliver『花鳥風かとか雪月ゆづき』と共に出場し、破竹の勢いで連戦連勝。タッグマッチでも最強を証明し、息をするように自然と頂点に辿り着いていた。


 興奮気味の実況が会場に流れる。


『今年の優勝は風切羽・YOSHIと、氷雪の停理・雪月のコンビだぁー! 何度も名勝負を見せてきた風と雪のライバルが手を組み、頂点の座を掴み取ったぁー! 感動が止まりません! 夜風ソナタさんらも大健闘でした!』


 そんな伝説の一幕を、少年とディスは観客席から遠巻きに眺めていた。


「優勝してんなぁ」


「してんねぇ」


 何故彼らがここに居るのか?

 このトーナメントに、2人の知り合いである悪質なプレイヤーが一般公募枠から選出されコンビで出ていたからだ。

 無論、すぐ負けたのだが。


 YOSHIは今日も瞬殺だった。

 悪質プレイヤー2人も、無策で挑んだわけではない。徹底的な対策は行っていた。それでもなお瞬殺だった。

 事前に準備していた遅延戦術などの嫌がらせの類をする余裕も無く瞬殺で、観客はYOSHIの対戦相手が悪質なプレイヤーであることに気付いてすらいない。


 そこに悪意はあったはずなのに、ただただYOSHIがいつも通りに振る舞い戦っただけで、悪意は誰かを不快にすることすらできず、粉々に叩き潰されてしまっていた。


 打算も計算も無くただただ普段通りの自分で居るだけで、普通に楽しみたい人達が視界に入れるのも嫌なものが視界に入る前に叩き潰し、『悪』に何も成し遂げさせずに終わらせるYOSHIの姿に、少年は自然と『こういうのが主人公ってやつなんだろうな』と思った。


 今日も戦う風は美しかった。残酷なくらいに。


「本物はちげーよなー、パイセン」


「……ああ」


「実際さ、ネットで他人の悪口で盛り上がるタイプの集団が引きずり下ろすことに成功した有名人って、全体の何%くらいなんだろな。1%も居ないような気がすんだけどどうなんだろ? 大抵の粘着って、粘着対象をコロコロ変えることで生きてるからなおさら討伐率低いと思うんだよな」


「知らんて」


「泥の中を生きてる害虫が空の星を落とせると思い上がってても、実際は手すら届いてねぇことも多いんだよなぁ、おもれー。ギャハッ」


 2人は観客席を立ち、通路に向かって移動する。


「ディスの初YOSHIってどこだった? 僕は伝説のYOSHI対ミーツミーツ初戦の観戦」


「なんだよその初自転車の思い出聞くみたいな聞き方……えーどこだっけ? あ、思い出した。オレら初心者狩りリンチしようとしてたらYOSHIが現れてオレと仲間が全員惨殺されて、初心者の皆さんがYOSHIに一斉に拍手してたんだけど、それだ」


「殺され経験が聞けるとは思わんかったよ僕も」


 2人でつまらないことを話しながら、自動販売機の前を通り過ぎて、階段を降りていく。


「僕らみたいなパンピーの誰が過去を回想しても、どっかには映ってそうだよなYOSHI。有名人ってそういうもんかもだけど」


 ふわっとした口ぶりで、少年がそんなことを言うものだから、"何を当たり前のことを"とでも言いたげな顔でディスが嘲笑わらう。


「本当に強いやつって、誰の過去にも居るもんだぜ。昔の競技のプロとかにも居たらしいじゃん、野球のおーたにとか、将棋のふじーいとか。物凄く強い人って、それだけで誰かの人生の過去に1回は登場してるもんなのさ、ギャッハッハッ」


「なんじゃそりゃ、誰だよ」


「40年くらい前になんか……有名になった特定競技の最強選手……のはず。アレだ、昔YOSHIとほぼ同じ扱いをされてた日本人が何人も同時に居た時代があったんだよマジで、YOSHIが複数とかありえないと思うだろうけどマジであったんだよ! 2020年代にそういう時代が!」


「へー。でも生まれる前のことなんて話題に出されても僕は困るぜ。たいへん反応に困る」


「おいおいパイセンよ、00年代から20年代はネットのカスにとって黄金と言って良い時代なんだぜ。ニコニコ動画伝説を知らないのかよ」


「カスにとっての黄金って価値あんのか?」


「オルスラを学びな、パイセン。そしてオレの代わりに極めておいてくれ……」


「なんでお前が極めてないオールドスラングを僕が極めないといけないんだよ、嫌だろ普通に」


「チッ」


 その時。


 ある種の偶然か、あるいは会場を歩いていたがゆえの必然か。少年とディスが通路を歩いていると、曲がり角の向こうから───YOSHIが現れた。


 どくん、と少年の心臓が大きな鼓動を打つ。


「───」


 ディスはYOSHIを見た瞬間、嫌そうな顔をした。成功者がそもそも嫌いであるらしい。だが、少年はそれどころではなかった。


 かつて、ミーツミーツを倒したYOSHIに彼が複雑な気持ちを抱いた時、彼はYOSHIに対してそこまで大した感情を抱いていなかった。

 当時の彼が重い感情を向けていたのは友達で天才だったミーツミーツであり、YOSHIはそれを倒した更なる天才というだけの存在だった。


 だが、今は違う。


 彼の最強の友達をYOSHIが両断したあの日から、既に5年が経っていた。

 あの時12歳だったYOSHIももう17歳で、あの時16歳だった少年は21歳の大学生になっている。


 いや。もう、『少年』ではないのだろう。


 『少年』が『青年』になるまで、色んなことがあった。数え切れないほどの敗北があり、無数の劣等感があり、誰もが彼を追い越していった。

 YOSHIは偉業を積み上げる日々を過ごし、青年は自己否定じみた劣等感を積み上げる日々を過ごしていた。


 YOSHIとの距離が開くばかりだった5年間であり、違う世界を生き続けた5年間だった。


 青年は溜め込んだ想いの全てを吐き出そうと、YOSHIの顔を真っ直ぐ見て、緊張でこわばった体に更に力を入れて、言葉と想いを絞り出そうする。


 そして。


「ぁ」


 YOSHIは、には興味さえ持たず、そのまま青年の横を通り過ぎて行った。


「……」


 当然だ。


 YOSHIに食い下がるほどの才能を見せたミーツミーツならばともかく、1度だけ対戦した時に瞬殺されただけの青年をYOSHIが覚えているわけがない。


 弱い人間を覚えていることができない───それはYOSHIの魂に備わった、転生者の欠落なのだから。弱き者は、彼の伝説に刻まれない。


「……はぁー……」


 青年はその場にしゃがみ、俯いて、床に叩きつけるように大きな大きな溜め息を吐く。


 悲しみがあった。

 悔しさがあった。

 強い者達への嫉妬があった。

 覚えていてもらえているだろうと、そう思っていた自分の思い上がりを恥じる羞恥心があった。

 そして、納得があった。


 という、謎に歪んだ安堵があった。


「どしたよ、パイセン」


「前に1回、話したこともあったんだけどなぁ。流石にYOSHIの視点で印象に残るようなことはしてなかったから、忘れられてても当然か。流石にミーツっさんはあんだけの激戦を繰り広げておいて忘れられてるってことはないだろうけど」


「……」


「あー、なんか恥ずかしいな。昔1回話したことがあっただけで覚えてもらってたと思い込んでた僕が……ディス? どうした?」


 ディスが1度、不機嫌そうに鼻を鳴らし、すぐにそれを誤魔化すように品の無い笑いを始めた。


「ギャッハッハッ! いやぁ競技者系の有名人は世間知らずが多いから脇が甘くて良いよな。思い上がりが態度に滲み出ていらっしゃる。有名人になればなるほど木っ端の他人なんて忘れてしまうんですねぇ、例のYOSHI様でも。ファンの皆様はYOSHI様の記憶に残ってるかもと願望を抱いては、YOSHI様にはすっかり忘れられてて、さぞかし哀れなファン活を続けているんでしょうなぁ」


「なんだ、どしたお前」


「別にぃ~?」


 青年はディスのことを悪人だと思っている。

 しかし悪人は悪人でも、斜に構えて自分を含めた全てをバカにするタイプの悪人であり、他人をバカにしながら「なにムキになってんだよw」と更に煽るタイプだった。

 感情的になったら負け、感情を出したら負け、冷笑を維持するのが勝ち……というネットの歪んだ勝敗論が育ててしまった怪物である。


 そんなディスが、珍しく僅かにムキになっている。言葉に少量の怒りが滲み出ている。少なくとも、青年にはそう見えた。


 ディスが隠しきれない怒りを抱いたその理由に、青年だけがピンと来ていない。


 通路脇の長椅子にディスが腰を下ろすと、怪訝に思いながらもその横に青年も腰を下ろした。


「パイセンよ、悔しくねぇのかよ」


「何が?」


「片方だけが覚えてて片方だけが忘れてるなんざ、とんだ無礼だろ。これが配信だったら炎上待ったなしだ」


 青年は少し悩む。

 ディスが言っていることも、分からないでもない。青年だって他人のことを忘れるのが失礼だという感性は備えている。

 事実、青年はYOSHIに全く記憶されていないことにショックを受けたし、少しは傷付いた。

 痛かった。

 悲しかった。

 悔しかった。


 だが、それを口に出すのは違うと思ったし、感情をそのまま自分の意思として語るのも違うと思った。

 感情と意思は違うのだ。

 言葉は理性で語らねばならない。


「なんとも思わないって言ったら嘘になるけど……人が誰かのことを覚えていることは偉いことだけど、忘れてしまうことが悪いわけじゃないだろ。小学校の同級生のことを忘れてしまった大人は悪人か? 忘れたなら忘れたでいいんだよ、別に」


 ディスは思い切り表情を歪め、何かを言おうとして、それを言わずに飲み込んだ。


 この青年は聖人ではない。

 不快感や劣等感を覚えないわけではない。

 感じた上で振る舞いを選んでいるだけだ。

 そういうところに時々猛烈に、ディスは理不尽な苛立ちを覚えることがある。


 時々、"もっと怒れよ"と、ディスは思ってしまうことがある。


「よくはないんじゃねーの。YOSHIが性格悪いわアレ」


「いいだろ、他人のことを忘れるくらい。僕だって人生で出会った人全員を覚えてるわけじゃない」


「そうかい? オレは一方的に忘れられてたら普通に腹立つね。なんならYOSHIが昔会った相手のこと覚えてませんでしたー、強いからって驕り高ぶった傲慢なクズですぅー、って記事作って炎上させたくなってきたわ。日本人は競技者に人格者であることを求めるからな、きっとよく燃えるぜ? ギャッハッハッ」


「やめんかボケナス」


 青年にはたかれ、ディスはまだ笑っていた。


「ギャッハッハッ! オレは出会ったヤツの大半覚えてなさそーなYOSHIより、出会ったヤツのほとんどを覚えてそーなパイセンの方がよほど人気商売には向いてると思うぜ? なんせリスナーは推してるやつに名前覚えてもらってるだけで歓喜でションベン漏らすくらいだからな」


「漏らすわけないだろ! ってか記憶力あったところで配信はそんな上手く行くわけねえんだよ! ……というか、僕は可愛くない男だから関係ねぇけども、可愛い声の女子なら記憶力の無さすら魅力になるもんなんだよ! 必要なのは記憶力じゃなくてYOSHIみたいな『華』なの、分かるか?」


「それってパイセンの感想ですよね」


「配信の常識だろうがよぉ!」


 "今日は妙に食い下がってくるな"と、青年は違和感を持った。


 青年はいつも通り、YOSHIを上に置いて、自分を下に置いているだけ。それにディスが食い下がっている。普段のディスなら青年の自虐寄りの発言に相乗りし、青年を小馬鹿にしていたはずだ。


 今日の彼は何かがおかしい。


「なんだお前。今日ずっと変だぞディス」


「……」


 配信というコンテンツを、異性間の恋愛感情によってのみ成り立つものだと勘違いしている声の大きい門外漢の人間は、それなりに居るという。

 しかしながら、人と人の繋がりによって成立するコンテンツが、そんな画一的で単調な関係性のみで構築されることはありえない。

 男が男を推すことだってよくあることだ。


 誰かの活動は誰かに似ているし、また似ていない。類似の存在しない関係性など無いし、完全に同一の関係性も存在しない。


 青年がYOSHIを『かつて夢見た理想の自分そのもの』と見ているように。

 ディスが青年に向ける視線の中にも、どこか青臭い、特別なものが含まれている。


 青年だけが、それを知らない。


「オレらみたいな人間には絶対にならねぇくせに、オレらみたいな人間ともそこそこ仲良くできるパイセンは、あの痴呆のYOSHIより低能な男なのか? パイセンはそう思ってるみたいだけどよ」


「痴呆言うなや」


 青年に伝わっているわけがない。


 ディスは行儀が悪すぎるから。


「パイセンは自分のことをすげぇと思ってねぇだろうけど、すげぇよ。普通の善人とも真性のカスとも仲良くできんのは、あんたの才能だ」


「才能ってほどのもんじゃないだろ」


「いいや。天才とも凡才とも仲良くできる、成功者とも落ちこぼれとも仲良くできるあんたが、きっと誰よりも特別な人間として扱われる時が来るさ」


「お前、今日は本当にどうしたんだ?」


 ディスはからかうように言う。


「なんせあんたは、オレみたいなカスの話でもいつもまともに聞いてくれる、奇人だからさ」


 青年は戸惑いつつも、冗談で返す。


「そこは偉人とか言ってくれよ」


「配信者ごときが偉人とか思い上がるなよ」


「こいつ……」


「言っとくけど、炎上系クソまとめサイト管理人は配信者より『上』だから」


「思い上がってんじゃねぇ」


 ディスがゲラゲラと笑う。

 ディスも本気でそう思っているわけではない。

 むしろディスは自分の生業を見下している方だ。

 ただ、ディスはこうやって他人に嫌悪される言動をしていないと話せない人間だった。


 相手が絶対に否定するであろう発言を出して、相手が反射的に自分の発言を否定するのを待って、否定されたら会話成功として笑う。

 そういう話し方しかできないから、一々会話に付き合ってくれる誰かを求める。


 それはいわゆる"かまってちゃん"に類する気質で───だからこそ、それがこの青年に向ける感情の答えだった。


「大体な、お前らがまともな話題振ってくれば僕はその方が良いんだよ! 僕は仕方なくお前らのカス話題に相槌打ってるだけだろ! なんだセックスの時に喘ぎ声が汚そうなVliverって、話題が汚いんだよ話題が! しかも喘ぎ声が汚そうな男も女もセットで挙げるのは最早なんなんだ!?」


「わろた」


 誰とも親しみ、誰にも寄り添えるこの青年こそが、ディスが敬う人間で。

 誰よりも強く、誰よりも揺らがないYOSHIこそが、この青年が敬う人間だった。


 憧れに正解など無い。


 皆、心の色も形も違うのだから。


「今日のディスは妙に僕を持ち上げるがなんなんだ? 普段は人気の無い底辺配信者だのなんだのって散々煽ってくるくせに……」


「底辺配信者はただの事実だが」


「てめっ」


「……でも、ま。パイセンに人気が無いのはただ運が悪かっただけだろうなとは思ってんよ。ギャッハッハッ」


「ん?」


 座る長椅子を、ディスがコツコツ叩く。


 電子世界の長椅子は、小気味の良い音がした。


「パイセンよ、『人から好かれる』って概念は地獄だよな。誰からも好かれない嫌われ者は人生終わり。見つからにゃ好かれないから面白い配信者でも普通に埋もれる。人気が出ても人気者同士で人気を比べられ、負けたら二流。1回人気が出ても人気が落ちたら終わった人扱い。金を稼いだ成功者でも人から好かれてないとしょっちゅう槍玉に上げられる……そして、人に好かれるのが苦手な奴が多すぎる!」


「世間の見方が悪意強いな相変わらず」


「ずっと人に好かれる者で居続けなければいずれどっかであれこれ叩かれるとは、なんとも苦しみに満ちた社会ではないかね? ギャハッ」


「……まぁ、なぁ」


 青年も思わず、腕を組んでしまった。


 ディスの言い草は極論過ぎるが、こうしたディスの語り口は時々、『荒らしの才能がある人間』によく刺さる。この青年にはあんまり刺さらない。


「オレからすりゃ、人に好かれるために生きてるパイセン達は正気じゃないぜ。嫌われながら金を稼ぐクソまとめサイトの方が正気あるよな?」


「いや全然正気じゃないが」


「目を覚ませパイセン! 人に好かれることは難しいんだ。特にカスみたいな人種は人に好かれることを諦めて生きていくしかないんだぜ!」


「いやぁ人に嫌われてることを自覚しながら平然として生きていくのも同じくらい難しいと思うけどな僕は……」


 うむ、とディスは頷いた。


「この社会はめっちゃ好かれることでもめっちゃ嫌われることでも金を稼げる、そうなってる。嫌わせてるオレと好かれたいパイセンは所詮交わらぬ生き方を選んだ正反対の天敵同士……」


「天敵ってほどではないだろ」


「しかし好かれるにしろ、嫌われるにしろ、興味も持たれない空気扱いじゃ意味ねーんだよな」


「ぐっ」


「人目を集めるきっかけは要るわけだ」


 ディスは取り出した端末を操作して、そこからファイルを送信する。


「あんたはオレから見たら『好かれる』とかいう愚行に挑戦し続けるバカだ。だけどまだ、挑戦する気持ちが萎えてないんであれば……」


 送信先は、当然目の前の青年。


「……オレはあんたが、ワンチャンに賭けて無様にもがいて玉砕する末路を見てえぜ?」


「そんなもん見たがるなよ」




 受け取ったファイルを見て、青年は首を傾げた。そこには、『エヴリィカ四期生募集のお知らせ』と書かれた、Vliver事務所の募集要項があった。




「これ何? 何これ? こ何れ?」


「オレ、ハッキングしてパイセンのメルアド使って代わりにオーディション申し込んでおいたからさ。おっと、お礼は要らないぜ」


「お叱りは要るか? お叱りはするぞ?」


 青年はファイルデータを電子物質化マテリアライズして、ディスの顔面に叩きつける。

 ビターンといい音が鳴った。


「本当に何勝手にやってんだテメェ……」


「いいじゃんよ。面接で『友達が勝手に申し込んでて~』とかほざきながら合格してこいよ、パイセンの小癪なイキりを見せてくれや」


「女性アイドル志望理由あるあるやめろ! 男がやっていいやつじゃないだろうが」


 ディスはどこか得意げだった。

 これが唯一無二の正解だ、と言わんばかりに。


「まあ聞けよパイセン。オレはな、パイセンに足りないのは注目が集まるきっかけだけだと思ってるわけよ。そこでオレの出番だ。なんせオレは人の注目を集めることにかけてはプロ中のプロ」


「だろうなクソまとめ管理人野郎」


「パイセンを陽の当たる場所に送り出すには、人気のある事務所にぶち込んで宣伝とプロデュースを他人に任せるのが1番じゃね? って思うんだぜ。だってパイセン、『僕は面白い配信者だよーん!』って外部に発信するのめっちゃ苦手じゃん」


「クソッ急にまともなこと語り始めやがって!」


 エヴリィカ。

 近年、急激に頭角を現している新興Vliver事務所である。

 今の推移であれば5年以内には最大手の一角に食い込むのではないか、と言われるほどに勢いがあり、ゆえにオーディションもトップクラスの激戦区であるとも噂されていた。


 事務所のデビュー第一陣、1期生から既に大成功。2期生も非常に優秀な滑り出しを見せている。3期生は今デビュー準備中で、3期生がデビューする前に4期生の募集を始めているようだ。


 次から次へとデビューさせていってもなお経営に不安が見られないのは、ひとえに経営戦略が的確で強力なのと、先輩が話題になっている内に後輩をデビューさせて話題を連鎖させようという、マシンガンのような経営選択があるからだろう。


 当然だが、自己評価が低い青年にそんなところの募集に行くよう勧めても──


「僕が受かるわけねぇだろぉエヴリィカに!」


 ──当然こうなる。


「ギャッハッハッ! 最初から諦めてんじゃねえよパイセン! 配信者を始めた頃の狂おしいほどの承認欲求を思い出してくれ! 大手に受かって人生大逆転だぜくらい吠えとけよ!」


「承認欲求って1回枯れるともう蘇らんのよ」


「実感こもってんなぁ……」


 他人と自分を比較はするのに、劣等感はあるのに、自虐の言葉はいくらでもあるのに、承認欲求の熱量は薄い。そういう人間はそれなりに居る。


 そういう気質は、上昇志向から遠く離れた現状維持を選ばせるのだ。


「ま、聞けよパイセン。古今東西、才能はあるけどパッとしない個人勢が大手事務所に入って超人気配信者になるなんて珍しくもねぇ。そういう人に嫉妬する名も無き凡俗共のために前世暴露記事を書いて介護してやるのがオレの仕事だったわけよ」


「カス……」


「いいじゃねぇかよ……パイセンだって思ってただろ! たまたま大手事務所に入れただけのつまんねー奴より僕の方が面白いこと言えんのになぁ~コンプライアンスとか気にしてる企業勢じゃなくて僕らみたいな個人勢こそが『真の配信者』なのになぁ~とかそういうこと!」


「思ったことねぇよぉ!」


「まあパイセンはそうでしょうね」


「なんなんお前?」


 クソまとめサイトにクソみたいな人間を集めて金を稼ぐタイプの人間は、基本的に大手の企業勢の配信者を狙う。

 個人勢より注目度が高く、話題になりやすく、金になるからである。逆にこの青年のような個人勢は失言しても無視されやすい。

 企業Vliverこそがクソまとめにとっての心臓なのだ。


 なので、クソまとめサイトの管理人は、企業勢をバカにする語彙ばかり豊富になっているのであった。

 こんなにも無駄な技能はそう無いだろう。


「オレからすればパイセンが下らない企業勢になることに寂しさを感じたりもするが、まあもうしょうがない。パイセンがこのまま個人勢続けて底辺抜け出せるかって言うと絶対無いもんな」


「お前僕のこと嫌いなん?」


「いや、特には。でもどうでもいい人の揶揄言える人間じゃないとまとめサイトの管理人とかやってらんないイメージあるんだけどどうなんすかね? ギャハッ」


「……まあ、いいけどさ。いやそもそも話を戻せ、受かるわけないんだって! お前が言ってる通り僕は普通に目立つ技能も無い底辺なんだから!」


「いや、そうでもないぜ?」


 ディスが不敵に笑い、青年は戸惑う。


「あんたはめちゃくちゃなんでもやってる。通ってきた習い事が多いし、関わった人間に大体慕われてっから、色んな人間に色んなゲームに誘われて全部に触ってる。大学でも経済系を真面目に勉強してるはずだったよな。すんげぇ多芸だわ」


「今のとこ全部結果が出てないんだから意味無いだろ? 何度も言われてきたんだよ、君はなんでもできるね、でも大体45点から65点くらいだねって。半端者って言うんだよそういうのは」


 ディスが更におかしそうに笑った。


「パイセンは『1番になれる凄い奴』を神格化しすぎじゃねえか? 歌が1番上手い奴より、5番目くらいの奴の方が数倍年収上だったりすることがあんのが人気商売ってもんだぞ」


「……僕は別に、そんな……」


「パイセンの言ってることも間違いじゃねえ。歌の再生数1位、月間視聴者数1位、登録者増加数1位、大会優勝、なんかのアワード受賞……人間はどんな形でも頂きを取ったヤツにばっか興味を持つもんだ」


「ああ、その通りだ」


「その点、パイセンは何をやっても1番を取れないタイプの器用貧乏。Vliverニュースに取り上げられるような結果は一切出せない人間。戦えばまあまあ、歌えばまあまあ、絵もまあまあ、トークもまあまあ。性別も男だから『あ~この女性Vliverさんのデザインめっちゃエッチで好き~』みたいな童貞も寄ってこない」


「常に一言二言多い奴だな本当に」


 口から先に生まれて来たのか? と思わせるほどに、ディスはつらつらと言葉を紡ぐ。


「個人勢はなぁ、器用万能も器用貧乏もバズんねぇから一芸のあるヤツ以外は浮かんでこねぇんだよぉ! 一芸無いヤツは一生話題にもなんねぇからなぁ! ギャッハッハッ!」


「おい! 暴論だぞ! 例外も居るだろ!?」


「例外は例外でぇーす。なので色々できる器用な配信者ってのは、個人勢より企業勢向きなんだわ。一芸も無いけどまぁまぁ人気ある企業勢のVliverとか時々見るだろ? あんま面白く無いけど人柄が良くて周りに慕われてるのだけが売りのヤツとか」


「常に十言二十言多い奴だな本当に……! 僕よりかは面白いだろ、ああいう人達は!」


 ディスは青年の主張を無視した。

 いわゆる失言も暴言も無い聖人系のVliverが、この青年より面白いとは思わなかったので。


「パイセン、お前もなれ……周りに慕われていて大体なんでもそこそここなせて、1番面白いわけでもなく1番強いわけでもない、そんなそこそこ人気のある企業Vliverに……」


「悪意あるよな? あるよな?」


「ないよぉ、ギャハッ」


「お前が僕の合格ワンチャンあると思ってるってのは分かった。でも器用貧乏は企業の方が向いてるって言ってもよ、それが僕が合格する理由にはなんなくね? 採用されるにしても僕の上位互換みたいなのが選ばれるんじゃ……」


「ああ、それは全然パイセンが選ばれる可能性高いと思ってんよオレは。パイセンは自虐しまくってるけど、パイセンは自分で思ってるほど総合的な能力低いわけじゃねぇしな」


「……えぇ~? 何言ってんのお前」


 ディスの遠回しな褒め言葉を何一つとして真面目に受け取っていない青年に、ディスは苦笑する。


「っていうか、オレはパイセンが神格化してるパイセン以外の配信者をそんな大したもんだと思ってねぇの。パイセンは他人のこと凄ぇ凄ぇ言ってっけどパイセンとそんな隔絶した奴らか? YOSHIとか見るからに口下手な陰キャじゃね? 流石にパイセンあれにトーク力では負けんだろ?」


「おい! お前お前お前、世界チャンプだぞ!」


「ただの世界チャンプだろ」


 他人を皆尊敬しながら生きようとしてきた青年と、他人をバカにしながら生きてきたディスでは、世界と社会の見方がまるで違うのだ。

 良くも悪くも。


「パイセンの配信に居着いてるリスナーなら、リスナーの名前も覚えなさそうなYOSHIと、リスナーの名前全部覚えてそうなパイセンと比べりゃ、パイセンの方が良いって言いそうじゃね?」


「まーたそれ言ってんな……いやリスナーの名前くらいなら全部覚えるわ普通。友達の名前覚えるのと大差ないだろその辺は」


「……はっ」


 ディスは今日初めて、悪意の無い笑顔を一瞬だけ浮かべ、すぐに嘲笑で取り繕うように笑む。


「いっぺんオレを信じて、全力で受けてこいよパイセン。そしたら受かるからさ、きっと」


「……お前を信じろって?」


「ああ」


「しょうがねぇなぁ。1回だけだぞ? 1回だけ、お前を信じて全力でぶつかってくるよ。どうせ落ちるけど、落ちてもバカにすんなよ?」


「……」


「お前が珍しく僕を褒めてくれたんだ、信じる」


 好かれることが苦手な男が居た。

 嫌われることが得意な男だった。

 バカにすることが得意な男だった。

 性格の悪い人間を操るのが得意な男だった。

 悪意を誘導するのが得意な男だった。

 他人に迷惑をかける人間達が自然に集まってくる便槽のようなコミュニティを作り、そこに悪意が収束するようにすることが得意な男だった。


 誰からも好かれず、誰からも愛されず、誰からも信頼されない、そんな男だったが──


「オレが言うのもなんだけど、こういう時は普通オレが詐欺仕掛けて来たんだとか疑うべきで、信じるべきじゃないと思うっすよパイセン」


「僕もそう思うわ! 日頃の行い改めろ!」


「うける」


「ただディスが善意で勧めてきた可能性だって全然あるだろ。それで僕がお前の善意疑うことになったらディスにとって最悪じゃね? じゃあまあとりあえずは信じとくよ。それが1番だろ」


「……ははっ」


 ──今日は、信じてもらえたらしい。


 ディスりーランドとかいうふざけた名前の男が、その時に浮かべたささやかな笑みが、"喜び"によるものであることを、誰もが知らない。


 あまりにもことをしている自覚があったからか、ディスは自分を心底嘲笑あざけわらうように、苦笑のような嘲笑ちょうしょうを浮かべた。


「なぁ、パイセンよ」


「何?」


「いつかオレが逮捕された時、オレがクソみじめなブタ箱にぶち込まれた時、アンタが正反対の栄光の中に居たら、最高に俗っぽい喜劇comedy of mannersで最高だよな? オレはそういうのが良いんだよ」


 エヴリィカ4期生の募集要項に目を通しながら、青年は心底嫌そうな顔をする。


「最高要素無いんだが?」


「因果応報を評価してくれ、必要だろパイセン」


「い、嫌だ~……知り合いが不幸になってる中成功したくねぇ~。絶対気持ちよく成功を喜べなくなるから嫌だ。お前が今現在不幸になってるって知って喜べる気がしない」


「その知り合いがカスならいいじゃん」


「その知り合いがカスでも嫌だわ。知り合いの不幸を喜べるやつなんて居るのか?」


 ディスは、鼻を鳴らした。


 呆れるように、親しみを持つように、バカにするように、嬉しそうに、鼻を鳴らした。


「パイセン、あんたそういうとこがダメなんだって分かってねーのか?」


「は? 何がだ?」


「パイセンのリスナーがあんたの成功を喜んでる中、オレなんぞが不幸になってるのを気にして喜ばねぇのか? そういう時、あんたには皆と一緒に喜ぶ義務があるんじゃねぇのかい?」


「む……」


「オレがあんたをバカにして、あんたのリスナーがあんたを庇ってあんたを褒めて、それであんたは自分を褒める言葉を否定してオレの意見を肯定すんのか? 自己評価が低いから? いつも自虐してるから? ……他の奴らが凄くて自分が凄くないから?」


「それは……」


「もうやめとけ、カスのことを気にかけんのは。あんたに必要なのは、自分の味方だけを気にかけて生きていく選択だ。あんたを肯定する言葉だけ拾っていく生き方だ。それでいいんだよ人生ってのは。自分の味方だけ見てていいんだ」


「……」


「大手でデビューしたVliverがうっかり荒らしに同情とかしたら、それだけで炎上するからな? オレみたいなクソ野郎を皆と一緒になって否定する人間になれ。必要なことだ」


 今日ずっと、ディスは様子が変だった。


 その理由の端っこに、青年の手が触れる。


「邪推かもしれないけどさ……今日お前の様子がおかしかったのって、なんか警察とか来たのか?」


 ディスは驚いた顔を見せ、観念した表情で、図星であったことを認める。

 青年の指摘は核心に触れていた。


「裁判所と警察から書面が来たぜ。いやぁ、オレの遊びもここまでってことだな。残念無念」


「残念そうに見えないんだが?」


「ま、いつかこうなるって分かってたからな! ギャッハッハッ! 言論の自由には他人を傷付ける自由も、他人を不快にさせる自由も、他人を貶す自由も含まれていないんだとさ! おお、なんと潔癖な社会だろうかね。綺麗な社会なんて1度も実現したことないのにな」


「……」


「しょうがねぇことさ! オレみたいなのが自然にポコポコ生まれるような社会じゃ、毎日クソを掃除してても綺麗な社会になるわけがねぇ! 毎日皆がそこら中にクソを垂れ流してんだからよ!」


 フッ、と、ディスは笑って──


「んでもな、そういうオレみたいな奴が逃げ切れず、絶対に裁かれるようになってるこの世界に……もしも、神様って奴が居るのなら。そいつはきっと、悪いことをした奴には裁かれて欲しいと願ってんだろうなって、オレはそう思うわけよ」


「神様?」


「ああ! 悪人は常に生まれ続け、悪人は誰かに迷惑をかけ続け、悪人は裁かれ続ける。そんな世界をお創りになられた神様だ。よっぽど繊細で鬱陶しい神に決まってらぁ! ギャハッ」


 ──何かに納得したように、深く頷いていた。


 この世界の原型であろう創作世界に創造者げんさくしゃが居るということを知っているのは風成善幸だけだ。ディスが知っているわけがない。

 だからこれは、ディスが世界に対して述べるただの感想だ。それ以上でも以下でもない。


 だがディスは、この世界が『嫌い』ではなく『好き』が最後に勝つ世界であることを、なんとなくに理解していた。

 「悪口を言いたい時に好きなだけ言いたい」という人間が残れる世界ではないと思っていた。

 だから自分はいずれ滅びるしかない存在なのだと、納得して受け入れていた。


 そして、自分なんかにも優しくできるこの青年が、『好かれる』側の人間で、ただ今日まで運が無かっただけの伏龍であり鳳雛だと……信じていた。


「パイセンよ、あのサーバーでの会話ログと活動ログを全部保存してんだろ? 提出用に。潜入してる奴が証拠を残してねぇと、法律ってやつは裁きの1つも下せないんだもんな」


「……ああ」


「オレも書き込みのIPログとか色々記録残してっからさ! 最後にめちゃくちゃ色々爆散させてからブタ箱行こっかな~? ギャッハッハッ! 世の中にカスが無数に居るのに目立ってるオレだけ法的対処するの気に食わね~。できるだけたくさん道連れにしーよっと」


「お、お前……」


「悪意の楽園の住民税をかるーく払ってもらうだけだって。かるーくな。やっぱ最後に打ち上げるのは最高にでっけぇ花火だろ! ギャハッ!」


 悪い人は、善い人だけを攻撃するのか?

 違う。

 悪い人は、誰でも攻撃するのだ。

 荒らしが荒らしを攻撃する事も珍しくは無い。


 全く話が合わない悪人も見下さず、皆に慕われていた青年の逆。ディスは話が合っていたはずの悪人の誰一人として好きになったことはなかった。

 だから、道連れにする。


「裏で悪巧みしてた面々もこれで終わり、と。いやはや、ちょっとの間だけネットの一部が平和になりそうだぜ。本当にちょっとだけだろうけど。なんせ世にカスは無限に居て人間ってやつは皆等しくカスの才能があるからな! ギャッハッハッ!」


 もはや『無敵の人』として完成したディスに失うものなど何も無い。かのサーバーの者達の人生を巻き込んで笑って爆散していくだろう。


 そんなディスに、青年は心底呆れる。


「ディスみたいな奴はそりゃもう普通には戻れないんだろうが……あのサーバーの嫌がらせしてる奴の中にも、若さのせいで愚かしいことをしてるだけで、反省すれば真人間に戻れそうな奴は居たよ」


「居たか~?」


「居た居た。いつか反省してまともな人の道に戻ってくよきっと。無論、そういう奴らが若気の至りで傷付けた人達には何の救済にもならないだろうけど、僕はそれでもな……自業自得だとしても、いつか改心して再起してほしいけどね」


 青年の甘い言葉が、ディスの嘲笑を引き出す。


「無いね。賭けても良い。他人の配信やらイベントやらに突っ込んで迷惑掛けるような奴らが改心するようなことなんてありえねえよ。ギャハッ」


「信じられないか? ディスは」


 青年は信じ、ディスは見下している。


「おー、信じられないね。パイセンはダメなヤツでも信じられるんだろうがな、オレはダメなヤツは絶対に信じないようにしてんだぜ。うちのサーバーに集まってるような薄汚ぇヤツらはなおさらな」


「僕はそもそも言うほどダメな奴らだとは思ってないよ彼らのこと。悪い奴らだなぁとは思ってるけどね。いや本当に」


「パイセンがあいつらに慕われてる理由、良くも悪くもこういうとこなんだと思うけどなぁ……」


 ディスは長椅子の上で頬杖をついて、青年の行く先に凋落が無いよう、もう一度活を入れる。


「底辺で生きてる人間がきっかけ1つで正道の人間に戻れるってんならさ、まずあんたが戻ってみろよパイセン。ネットのクソ荒らしに対応すんのに人生使ってるあんたも、今のとこは十分に虚無の人生送ってる負け犬なんだぜ?」


「グエー」


「しっかりしろよ、他人のこと気にしてる場合か? 場合じゃないよな? ギャハッ」


 何かを成し遂げたか?

 何かを達成したか?

 何処かに辿り着いたか?

 そんな点で見れば、青年もまた真っ当な人生のレールから落ちた後の人間である。

 惰性で大学に通う大学生活も、もう残りは2年も無い。やりたい仕事も無い以上、未来はそこまで明るくない方だ。


 だがもしこれから、青年がオーディションを受け、受かったなら……それこそが、彼の『やりたいこと』になってくれるかもしれない。

 その『やりたいこと』は、もしかしたら『未来』と言うのかもしれない。


 ディスが青年に本当に手渡したかったものは、そちらの方だった。


「今からでも夢追ってみろよ。オレが今までの人生で話したことがある相手の中で、パイセンが1番配信好きな男だと思ってるから、それだけやって食っていける勝ち組になってほしいぜ」


 そしてそれによって、青年もディスも意識していなかった部分に言葉が触れる。

 ディスが当たり前の事実であるとして口にしたそれは、青年にとっては青天の霹靂であった。


「……僕が、配信好き?」


「あ? いや好きだろ?」


「……。……。好き、かも……?」


「いやいや! めっちゃ好きだろあんた! 配信時間なげーし、配信頻度高いし、配信やってる時はちょっとテンション高いし! 何言ってんだ!? 小学生の頃から配信やって20過ぎてもまだやってるあんたが配信好きじゃないわけないだろ!?」


「……あぁ……」


 青年は納得した。

 心底納得した。

 思ったことも無い出来事だった。


 少年は、よき親に勧められるまま多くのジャンルに手を出し、やがて周りの大人の期待や両親の愛に応えるために多くに手を出していった。

 果てに破綻し、逃げるようにインターネットと対戦ゲームにのめり込んだ。


 だから、ずっと自覚が無かったのだ。


 『自分は配信が好きだから配信をしてるんだ』という、あまりにも当たり前なことにすら。




「そうか、僕……配信が好きだったのか」




 『嫌い』ばかりの人生を過ごしてきたディスからすれば、青年の『好き』はどんなものより分かりやすくて、言うまでもない当たり前のことだと思っていた。

 だから今日まで、言いもしなかったのだが。

 まさか青年が自分の中の『好き』をちゃんと認知できていないとは、ディスも想像だにしていなかったようだ。


「……まさか、今の今まで自覚してなかったのか、パイセン……? あんた、配信が好きでゲームが好きで、好きなジャンルで他人に負けてるから死ぬほど悔しがってたんだろ……?」


「あぁー……そっか、そうだったのか……」


「それも自覚無かったのか!?」


 誰もが自分を完全に理解しているとは限らない。

 人は多くの場合、他人の指摘で自分を知る。

 特に配信者は、で自分を知ることが多い。

 自分なんかよりファンの方が、ずっと深くまで自分のことを見てくれている……そういうことだってあるからだ。


 鏡が無ければ自分の顔すら見えない人間などという動物が、自分の目だけを頼りにするなら、自分で自分をちゃんと見れているわけがない。


 青年はディスの言葉によって己を見つめ直し、噛み締めるように頷いた。


「うん」


 青年には劣等感があった。

 苦しみもあったし、悔しさもあった。

 みじめさもあったし、悲しさもあった。

 比べられて下に見られたことは数知れず。

 でも、別にそれだけではなかった。


 一緒に配信をした配信者の友達が居た。

 配信を見に来てくれるリスナー達が居た。

 つまらないことを話すゲーム仲間が居た。

 勝てて嬉しかった試合があった。

 負けたけど仲間と笑い和えた試合があった。

 「今日は特に面白かった」と、コメントが付いた投稿動画があった。


 配信が好きだと気付いたことで、少年は長い長い遠回りを終えて、『自分が配信を好きな理由』を正しく見つめる。


 無数の混ざり合う気持ち全てと向き合った時、1人の青年が、人生の目標を定めた。


───あんた、やりたいこととかないの?


 今の彼ならば、あの日答えることができなかった問いに、迷いなく答えられるだろう。


 そして、今の彼ならば、期待に押し潰されたトラウマも、期待してもらえなかった後悔も、全てまとめて乗り越えていける。


「分かったよディス。やれるとこまでやる、行けるとこまで行く。エヴリィカのオーディション……頑張れるだけ頑張ってくるよ」


「そうだそうだ、頑張れ頑張れ」


 ここまで話してしまえば流石に、この青年が理解できないわけがない。今、ディスという男がこの世の誰よりも青年に『期待』しているということが、分からないわけがない。


 信頼とは期待だ。

 期待とは信頼だ。

 この青年は周りの人間に期待されないため、信頼されないため、適当で軽薄な言葉を選んできた配信者。道化になることを1度は選んだ男だ。


 けれども今は……友達の期待に応えたいと、そのために頑張りたいと、そう思っている。


「でも何度も言うけどな、僕がエヴリィカのオーディション受かるわけねーからな! 僕に『期待』しすぎだろいくらなんでも!」


 しかし言葉は裏腹に軽薄で、友達同士の冗談めかしたものになっていく。


 "期待するな"とそう言う言葉は、何故かどことなく照れが入っていて、ディスの言葉に青年が照れていることは明白だった。


「でもよぉ……パイセンが大手事務所入って新しい名前と姿で活動始めたら、新しいファンが『私があの御方のファン1号ですわ~』とかイキり始めても、オレは『転生前から知ってるからオレはファン0号だけど?』みたいなマウント取れそうじゃん」


「0号!? いやマジでやめろよお前! 僕の配信に来てくれてるリスナーに不快な思いさせるようなら流石に許容しねえぞ!」


「そんな顔すんなよ冗談ですやん」


「お前自分の肩書きのせいで何も冗談になってないこと気付いてる?」


 がははと、2人して笑った。


 青年が『アチャ・東郷』になる前からのファンで、その背中を押したファン0号。それがディスが新しく得た肩書きだった。


 絶対に口には出さないが、ディスは"オレが付けるには眩しすぎる肩書きだ"と……心の中で呟く。


「パイセンはよ、ずっとオレのこと否定してたよな。そんな生き方に先は無いぞって」


「ああ」


「先輩はオレの生き方は否定してたけど、オレのことを見下したりはしてなかった。しかも普通のダチみたいに付き合ってくれてて、完璧に奇人だ」


「言うほど奇人でもないだろ……」


「オレはパイセンの生き方を見てて、ずっと正反対だなって思ってた。オレと真逆の生き方をしてる人間なんて居るもんなんだなと思ってたよ」


「真逆……?」


「ギャッハッハッ」


 この日の会話が。


 終わりの会話で。


 別れの会話となった。


 ディスは、想いのままに心を述べた。






「オレは、人を嫌いになっていい場所を作った。誰かが嫌いであればいい場所を作った。そこはカスにとっての居場所になった」


「パイセンは、陽の当たる場所にさえ出られれば、人を好きでいればいい場所を作るだろう。きっとそうなる。あんたが作って皆に提供していく居場所は、きっと人を好きでいればいい場所になる」


「オレ達は本当なら一生交わらない2人だった」


「だってオレ達は、作ろうとする居場所の属性がどうしようもないくらい正反対だったから」


「あんたはオレみたいなカス相手でもいいとこ探ししようとするくらい、人を『好き』になるのが得意な人で……」


「オレはいつも他人の粗探しが得意で、他の人がするっとスルーした発言を切り抜いて、あたかも問題発言みたいに仕立て上げるのが得意だった。人を『嫌い』になる才能があったんだろうな」


「オレは消えるが、あんたは残る」


「それはあんたの方が強いからじゃない」


「あんたの方が望まれた生き方をしてるからだ」




「忘れんなよ」


「強いやつが残るんじゃないんだ」


「望まれたものが残るんだ」


「望まれるものになれよ、パイセン」


「忘れんな」


「今この瞬間にも、あんたが好きで、あんたの配信を見に来てる、あんたを望んでるやつらが世界のどっかに生きてるってことを」


「いつの日か成功者になっても忘れんな」


「あんたが成功者になったら、あんたのことを好きじゃないオレみたいなやつらが群がってくる」


「絶対にそうなる」


「だからオレが教えたことを定期的に思い出せ。悪い奴の手口を思い出せ。そういう奴がどういう失言を拾って捻じ曲げるかを思い出せ」


「忘れんなよ、オレが教えたワルのやり口を」


「そうすりゃきっと、あんたは運営から信頼される駒になれる。たとえばあんたの仲間がバズった時、バズのコントロールにあんたが頼られたりすることもあるはずだ」


「成功者は、落ちこぼれの嫉妬を甘く見がちで、それで炎上することもあるけど、きっとあんたはそうはならない」


「あんたは落ちこぼれの気持ちが分かる人だ」


「悪意ある愚か者の気持ちに共感して、理解して、その上で同じにならないレアものだ」


「あんたみたいな、ダサくてキモくて自分勝手な劣等感で、他人に悪意を持ってて……そんな自分を嫌いながらずっと踏み止まれるやつが、悪意が湧いても人を傷付けないようにしてるあんたが、レアものじゃなくてなんなんだ?」




「あんたはずっと泥の中で転がってたが」


「いつか誰よりも高くで星になれる男だと」


「泥の底から這い上がって空の頂に至る男だと」


「オレは、信じてる」


「いいだろ別に」


「勝手に信じるだけならタダだろ?」




「ほら、行けよ」


「二度と振り返るんじゃねーぞ」


「オレみたいな通りすがりのゴミのことなんか見んな」


「二度と、振り返るな。あんたは進め」


「泥の中のオレの手が届かない所まで」






 それから1ヶ月後。

 ディスはニュースになり、騒ぎになった。

 けれどそれも一瞬のこと。

 インターネットの世界で、何も生み出していない者達の存在は、ひどく儚い。

 『嫌い』で生きている者達は、後に何も残せない。

 誰かを中傷する形で一時的に目立てたとしても、そうして得られた注目は一瞬で、その加害者がネットから消えた瞬間、皆は忘れる。

 本当に、あっという間に。


 数ヶ月も経てば、ディスが運営していたサイトもコミュニティもサーバーも、全てが綺麗さっぱり消え去っていた。


 かつて青年が愛し、いつからか青年が愛せなくなった、悪意ある者達の集会所となっていたかのサーバーも、消滅した。


 摘発された悪意が世間を賑わせ、悪意の楽園がいくつか消えて、そして新たな悪意の楽園が現れ、悪意ある者はそちらに流れていく。


 けれど、多くの人の視界には映らない。


 多くの人にとって、それらの悪意はどうでもいいもの。たまに降ってくる害虫程度のもので、普段は忘れられているまである。悪意ある者達が普段どんなコミュニティで嫌悪を語り合っているかだなんて、大抵の人にはどうでもいいものだ。


 大抵の人の視界に映らないなら、空気と同じ。


 ディスという人間がやってきたことも、何も生み出さず、何も残せず、法の裁きを受けた時点で虚無へと還り、忘れられていく。


 嫌われたものは忘れられやすく、好かれたものは忘れられにくい……そんな当たり前の現実があっても、好かれることが難しいから、多くの人が好かれるために全力を尽くすのを止めていく。


 けれど、他人が傷付こうが苦しもうがなんとも思わず、悪意と悪意をぶつけ合って金を稼ぐ外道であったディスですらも、人をままではいられなかった。最後の最後に、好きになれた男の背中を押してしまった。


 誰も嫌わずに生きていくことが難しいように、誰も好きにならずに生きていくこともまた難しい。


 人は、好きという気持ちも、嫌いという気持ちも、自分ではどうにもできないのだから。


 かくして。

 人々に求められた地獄で、悪口を言いたい人の天国で、悪意の楽園であったかの場所は、そうして消えていった。

 嘲笑しながら悪意を肯定し続けた1人の愚者の人生を道連れにして。


 ミーツミーツとハウンドが人生を選び、やりたいことを決め、未来に進んでいったあの時から、だいぶ遅れて彼もまた歩き出す。


 止まっていた時間は、動き始めた。











 そして、この時期、ある国の、ある場所で。


「Mr.ヨシ、聞きました? 例のチーター集団の『アル・アヴァロン』の構成員と協力関係にあった悪質まとめサイトの管理人が1人逮捕されて、洗いざらい話してるらしいですよ」


「へぇ」


「知ってるアル・アヴァロン構成員の情報や、ターゲットの選定基準を片っ端から吐いてるそうです。前に打診されてた囮捜査の再打診が来てます。もちろんMr.ヨシ名指しです」


「どういうことだ」


「Mr.ヨシが望むなら、アル・アヴァロンのチーターと遊べるだろうってことですよ。どうします? 今ならチーターも玩具にできますけど」


「……悪くないな」


「楽しそうですねぇ」


 強い相手なら善でも悪でも構わない、自分の可能性を試せるならばなんでもいい……そういう生き方のけだものが、望外に悪なる餌を得ていた。











 西暦2057年。

 ディスと別れた年の翌年。

 青年は大学4年生、22歳になった。

 青年は1人寂しく渋谷の街中を歩いていく。


 何気なく青年の視界に入った街頭ビジョンが、『YOSHIさん(18)が前人未到の連覇を───』というテロップの付いたニュースを流していた。


「おお、18歳ってことはYOSHI成人したのか……僕が初めて話した時は12歳だったのに……」


 驚きと納得が入り混じった気持ちを抱えつつ、青年はスマートフォンの地図を見つつ、待ち合わせの喫茶店へと向かった。


 一階に喫茶店、二階にヘアサロン、三階にドラッグストア、四階にうどん屋があるという謎のビルが目的地。青年はするりと足を踏み入れる。


 2040年代に一瞬だけ流行った『陰気な陰の美トーナリズム』をメインに据えた喫茶店の装いは、なんとも言えない暗さに満ちている。

 されど大きめのサイズの窓が多くあるからか、暗い喫茶店に差し込む多量の陽光が、とても尊い価値ある光に見える……そんな喫茶店だった。


「さて」


 青年は喫茶店で目当ての人物を探す。目当ての人物の顔は知らないが、事前に『待ち合わせにはこういうスーツを着ていきます』という連絡は受けていたため、目当ての人物はすぐに見つかった。


 ブランド物『っぽい』ピシッとしたシングルのスーツ。ラルフ・ローレン『っぽさ』だけがある小洒落たノーブランドのネクタイ。その男が身に纏う服は全て、本物『っぽく』見える偽物だけでコーディネートされていた。

 一見してちゃんとした装いの社会人のようで、実際には偽物を本物より尊んでいるかのような、分かる人にしか分からない、異様な装い。


 顔には温和な微笑みが浮かび、細身と長身がひょろ長く感じるためかなんとなく弱そうな印象を相手に与える男であった。

 世の中の99%の人間が「優しそう」と言い、残りの1%が「胡散臭い」と言いそうな、そういう表情と雰囲気の組み合わせをしている。


 その胸には、輝く青金のバッジがあった。


 そのバッジが示す事実は1つ。


 この男は、比較的近年に創設された『電脳適性診断士』の資格を持っているということだ。


 この時代において、人脳と電脳が接続され、人がインターネットでフルダイブゲームなどを遊ぶにあたり、脳や神経の適性は非常に重要なものとなった。何せこれは遊びだけではなく、一部の職業においては必須の適性と言えるものだったから。


 脳の反応速度、神経の同調具合、長時間のフルダイブに耐え得る強度、アバターの操作精度、情報処理容量……そういった能力を正確に計測し、査定書類を公文書たる能力証明書として渡すことを許された国家資格の所有者たち。

 それが『電脳適性診断士』である。


 このバッジを付けている者は、たとえばVliver事務所の偉い人から依頼され、対象の人材の能力を見極めるなどの仕事をこなしていける。


「水桃さんですか?」


 青年が声を掛けると、男が青年に向き直り、警戒心を抱かせない柔らかな微笑みを浮かべた。

 温和な男の微笑みは、ディスの嘲笑に慣れた青年の心に、じわっと染み渡る温かさがあった。


「はい、そうですが……なるほど、あなたがそうなんですね。今日はご足労いただき感謝します」


「ども」


「この喫茶店は妻が経営している身内店舗であるので、機密漏洩の類を警戒する必要はありません。エヴリィカの太鼓判も押されています」


 男は青年に名刺を渡し、マナーの教科書をそのままなぞったような所作を見せる。


「自分は水桃みなももうつつと申します。エヴリィカの人間ではありませんが、社長の大奥大次郎から仕事の一部を委託されている、ざっくりとした言い方をすれば外部エージェントです」


「はい、聞いています」


 男は喫茶店の伝票をつまんでひらひらと動かし、悪戯っぽく笑み、"今日は奢らせてください"と言外に祝福の意を匂わせる。


「これは自分の個人的な言葉なので、仕事とは関係の無い発言になるのですが……合格おめでとうございます。私的に祝わせてください」


「……はい!」


 嬉しさを隠しきれない声を僅かに上擦らせる青年に、きらりと光るバッジの男は微笑んだ。


 とうとう辿り着いた1つのゴール。栄光の入口。青年が喜ぶのも無理はない。


 だがもしここに風成善幸/YOSHIが居れば、彼は青年の採用決定を喜ぶのではなく、青年と話している男の顔を見て驚いただろう。そして、困惑しながらこう言ったはずだ。


 「なんで原作主人公の水桃みなもも未来みくの父親が……?」と。


 現在、西暦2057年。

 『原作第1話』の日まで、あと3年。

 YOSHIとアチャ・東郷が出会うまで、あと2年。






「貴方は来年から『アチャ・東郷』です。新しい名前、新しい姿、そして新しい物語。貴方は1つの物語をこの世界で紡ぐでしょう。それがいいものであればいいと、自分は願っています」






 書類とデータのやり取りをして、青年は自分がこれから使っていくアバターを見つめる。


 病的に白い肌。白い髪束と黒い髪束が交互に並ぶオールバックの髪、切れ長の瞳。

 デザイナーが定番とオリジナリティを融合させて生み出した、異世界の軍服。

 ある異世界で7丁しか造られなかったという至高の魔法銃を腰に吊り、男は腕を組む。

 ……それが、『アチャ・東郷』の基本ビジュアルだった。


 異世界で魔王を倒した12人の男達は、魔王を倒しても人間同士で争う世界に嫌気が差し、平和な世界を求めて日本に異世界転生した。

 その旅の途中で出会った12人の女達と共に。


 十二人の男達は十二星座を、十人の女達は十二支をモチーフとし、彼ら24人はエヴリィカ4期生としてデビューした……という設定だ。


 不寝屋まうは十二支の子、ネズミ。

 伊井野いのりは十二支の亥、イノシシ。

 蛇海みみは十二星座の巳、ヘビ。


 そして、アチャ・東郷は十二星座の射手座。


 射手の星を与えられた男だった。


「ではこちらが確認用の書類になります。事前の打ち合わせ自体はほぼ終わっているとのことなので、完成したアバターの再確認と、契約書類の再確認のためのものになります」


「はい」


「あなたが……こほん、アチャさんがこれらの書類に目を通した後、表参道の国立研究所で貴方の各適性値を高精度に再チェックして、エヴリィカが貸与するフルダイブ用機材の最適化調整optimizationを行います。一般機材で配信をなされていたこれまでとは快適度が段違いになると思いますよ」


「よろしくお願いします」


 柔和な微笑みを浮かべる現が、早速新しい名前で青年を呼び始める。

 察する能力が高い東郷は、祝福と応援の意図をうっすらと感じた。

 柔らかい人当たりの良さの中に、ちょっとお茶目なところがある。現はそういう男であるようだ。


 現がぺらりと書類をめくり、アチャ・東郷のデザイン画を見つめる。


「アチャさんのこの髪型、何年か前に流行ったアバターヘアデザインを思い出しますね。YOSHIブームの時でしたか。皆が彼の真似をしていて……」


 風成善幸/YOSHIは、ほんの僅かにでも視界の邪魔にならないよう、髪型がオールバックのアバターを選択していた競技者だった。

 彼が世界で結果を残すと、当時の10代男子を中心として、オールバックが流行った。

 新たに創造されたアチャ・東郷のアバターもまた、白と黒のオールバックである。


「はい、僕が候補の中から選びました」


「これをアチャさんが選んだ理由は、やはり彼を意識してのものでしょうか。たとえば……彼のような強さを手に入れたい、とか?」


「僕じゃ彼にはなれませんよ。彼に憧れて彼を目指せるのは本当に才能のある人だけだと思います。でも、そうですね……」


 ふと、東郷の脳裏に、かつて友達と交わした言葉が蘇った。


───自分を壊しながら生きるような弱いあたしをやめて、他人を壊しながら生きてるみたいな、あの人の強さが欲しい。

───きっとそれが『何も気にしないで生きられる』ってことだと思うから


───なんて暴力的な憧憬なんだ……


───あははっ


 ふっ、と東郷が笑む。


「……願掛け、と言うのが近いかも知れません。僕にとってエヴリィカに転生して新たな活動を始めるということは、新しい人生を始めるのと同じことだと思っているので」


「なるほど……」


 かつて、東郷はアニメの中の風を纏う騎士を夢見て、それになれないと思い知った。


 やがて、かつて夢見た姿をそのまま形にしたかのような男───YOSHIを見つけ、叶わなかった夢を振り返り、彼のようにはなれないと知った。


 子供は少年になり、青年は大人になった。

 もうかつての夢を追うような歳でもない。

 けれど、憧れた過去を恥じるでもなく、無かったことにするでもなく、抱えて生きていく。


 そういう大人に、彼はなった。


「僕らも男ですし、一回くらいは最強に憧れたことってありませんか? 最強の主人公が活躍する作品を見ていた、子供の頃とかに……」


 東郷の嗜好を語る言葉に、現はきょとんとした顔を見せ、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「分かる感覚ですが、自分はあまりそういうことは思わない子供でしたね。自分はどちらかというと弱い主人公が知恵と勇気で勝つ作品を好む子供だったと記憶しています」


「あ~、いいですよね。そういうのも好きです」


「うちの子もYOSHIのファンみたいでしてね。自分ももう20歳ほど若かったらああいう熱狂に乗れたんだろうかなぁと思う毎日ですよ。やっぱりああいう競技の世界のヒーローは、若い頃の方が刺さりが良いものですから」


「ははは。僕の周りの学生も皆YOSHIがーYOSHIがーって言ってましたよ。僕にとっても……憧れの人だったんだと思います」


 成功者への劣等感を抱えたまま、その成功者への素直な憧れと尊敬を口にできる。そういう大人に、東郷はなった。


「名前も、東郷さんがお選びに?」


「はい、候補がいくつか挙げられていたので、そこから選ぶか自分で考えて検討に上げるか、といった感じでしたね」


「Archer to go……弓兵が往くアーチャー・トゥ・ゴー、という言葉遊びで作られた名前らしいですね」


「ええ。僕、こういう駄洒落好きなんですよ」


「ははっ」


「あと昔の漫画のキャラで、世界で1番有名だった狙撃手のキャラに『東郷』という名前を名乗ってるキャラが居るって、友達から教えてもらったことがあったので、ああそういう名前のネタなんだな……って思ったのも選んだ理由ですね」


「そうなんですか。仲が良かったんですね、そのお友達と」


「……はい」


 かつて、昔のオタクコンテンツにやけに詳しかった荒らし系まとめサイトの友人から教わった、なんてことのない知識。今はもうどこに居るかも分からない、どこでどう生きているのかも分からない友達を思い出して、東郷は少し懐かしくなった。


「僕はデビューするわけですけど、差別化とかしていかないといけないわけじゃないですか、昔のVliverと属性が被らんように」


「はい」


「それで合格が決まってから色々話してたんですけどね。僕が昔1回だけ配信で取り上げたオールドスラングを配信に使ったらどうかみたいな提案をしてもらいまして。そのオールドスラングを僕に教えてくれたのも、その友達なんですよ」


「ほぉ……?」


「『オレはどっかで元気にやってるからお前も元気でやってろよ』とか言ってた男だったので、今もどこかで元気にやってるかと思います」


「優しいお友達だったんですね」


「いや、かなりの悪人でしたよ」


「かなりの悪人!? 友達なのに……?」


「口が減らない奴で、僕が1言えば10返して来るやつで、四六時中悪口言ってて……」


「本当に友達なんですか?」


「一応友達だったと思います、一応は」


 過去が人間を作る。

 出会いも。

 別れも。

 友達も。

 仲間も。

 全てがその人を作る過去だ。


 アチャ・東郷は、何十年も前に流行ったネットスラングを配信中に回し、独特のマシンガントークを回す配信スタイルを選んだ。


 この選択は2050年代の配信環境にマッチし、東郷はデビューからほどなくして『東郷の意味が分からないオルスラまとめ』というファン謹製の解説動画がバズったことで、リスナーの総数をだいぶ増やすことに成功したという。


「僕の私情なんですが、連れて行けたら連れて行きたいんですよ。ダメだった奴の無念とか、仲間の試行錯誤とか、友達の話とか……『色んな奴がこの世界のどっかに生きてた証』みたいなのを、僕が生きていくこれからに連れて行きたいんです」


「……」


「これまでを忘れないように、これからを生きていたい。じゃないと、弱い僕はどっかで間違えそうな気がするんですよね……」


 アチャ・東郷になることが決まったこの日に至ってもなお、彼の自己評価は低めだった。


 くすりと、水桃現が笑む。


「これは自分も伝聞の伝聞くらいの話で、確かな話ではないんですが……今回のオーディションで、アチャさんを推薦する声があったそうですよ」


「え?」


 予想外の情報に、東郷は目を丸くした。


「アチャさんからすれば知ったことではないでしょうが、オーディションだけでデビュー者を決めると、応募者の規模に平均レベルが左右される上に、欲しい人材が揃わないかもしれない……というのはこの業界の難しい所です」


「はい、分かります」


「なので、普通はスカウト枠を織り交ぜたり、事前に勧誘をかけてオーディションに参加してもらったりするそうです。それこそ事務所にもよるそうですが……エヴリィカは今回24人同時デビューと聞いています。数人は事務所が欲しい人材を入れておきたかったんでしょうね」


「24人同時デビュー、何度聞いても正気じゃない数字してますね。大手じゃないと大失敗した時に事務所ごと死にそう……」


 女の十二支。

 男の十二星座。

 全員合わせて24。

 この大配信時代においても大した数である。


「なので、オーディションの前に有望な人材に勧誘をかけていたんだそうですが、その内2人が『他に有望そうな人材は居ないか?』と聞かれて、貴方の名前を挙げていたそうですよ」


「……えぇ~?」


「今回のオーディションは実力勝負なので、採用における推薦の影響はほぼ無いそうですが……一次選考の書類審査で落とされない、くらいの効果はあったかもしれませんね」


「僕を? 何かの間違いじゃないですかね。この大配信時代に配信者合同箱企画に参加して、調子良い時に同接500超えたことも無い元個人勢ですよ?」


「さあ……自分も伝聞の伝聞で聞いたくらいの話ですからね。理由までは分かりません。でも推薦した配信者が2人居たというのは確かなはずです。そもそも、貴方のようなエヴリィカの審査を通るほどの才人ならそういう推薦をしてくれる他人が何人か居てもおかしくはないと思いますけどね、自分は」


「それは……」


 『誰かに認められるようなことをした覚えはない』と言いかけた口が、自虐を押し留める。



───パイセンは自虐しまくってるけど、パイセンは自分で思ってるほど総合的な能力低いわけじゃねぇしな



 知らないところで、誰かに推薦されていて、「自分は推薦に値する人間じゃない」と反射的に否定しそうになった東郷を、いつかどこかで誰かに言われた言葉が押し留める。



───あんたに必要なのは、自分の味方だけを気にかけて生きていく選択だ

───あんたを肯定する言葉だけ拾っていく生き方だ

───それでいいんだよ人生ってのは

───自分の味方だけ見てていいんだ



 『味方の評価』を、ちゃんと受け止めて生きて行けと……そう、以前に、友達に言われたのではなかったか。東郷は自省し、事実と向き合う。


「……もし、僕を推薦してくれたという人が、本当に居るのなら……まず感謝したいですね。次に聞いてみたい。僕のどこを評価したのか」


「アチャさんはそんなに不思議ですか? 自分が誰かに評価されていたということが」


「それは、まあ、はい」


「器用な人ってそれだけで頼り甲斐があると思いますけどね。自分は少し担当の試験官から話を聞いたくらいですが、大抵のジャンルをまあまあこなせる人材というのは貴重なのではないでしょうか」


「器用貧乏ですよ、実際の僕は」


「ふむ……自分が見る限り貴方に能力の不足は無いように思えるのですが……」


 東郷の自己評価は、まだ低いままのようだ。

 水桃現は、配信者でもなく、リスナーでもなく、運営側の視点を持っている人間である。

 だから、自分が受かった理由が分かっていない東郷と違い、東郷が何故選ばれたのか、その辺りの理由にも大体見当がついていた。


 ただ、現からすればそれは、と思えてしまうようなもので。現は説明の必要性を感じなかった。なので、しない。


「まあでも、デビューすれば実力勝負ですからね。自信があろうとなかろうと、行動を選んで、その結果と向き合う、その繰り返しが配信者です」


「おお、怖いこと言いますね、水桃さん……」


「聞いていますよ、最初の一ヶ月連続デビュー配信企画。週に6人がデビューするのを4週連続やって話題を作るらしいですね。東郷さんはいつ?」


「ええと、デビュー自体は来年なので変更もあるらしいですが……3回目の月曜日の20時ってことになってますね」


「当日その時間は絶対に空けておきます。格好良い所、見せてくれますよね?」


「! はい……頑張ります!」


「ふふっ」


 社交辞令なのかもしれない。

 実際に当日に現が東郷のデビュー配信を見に来るかなんて分からない。

 それでも、背中を押された実感は、東郷の胸の奥に小さな火を灯してくれていた。


 滞り無く、この日の仕事の諸々は終わっていく。


「では、これにて全て検査完了です。お疲れ様でした、アチャさん。自分はエヴリィカの人間ではないため、会う機会はもう無いかもしれませんが……たとえそうなっていても、応援しています」


「ありがとうございます。……あ、そうだ。1つ質問してもいいですか?」


「なんでしょうか?」


「この書類にある……『2060年には海外主導の大型大会が多く開催予定であり、事務所代表チームの選出候補は多い方が良いと考えられ』っていうくだりがよく分からなかったんですが。水桃さんは何かご存知ですか?」


 2060年。

 の年。

 そんなメタな設定など知らない彼らはただただ、たった1つの現実を生きている。


「アチャさんは、知っていますか? アイザック・ニュートンが……2060年にと予言したという、英語圏でよく知られた話を」


「……世界が、滅ぶ?」


「ええ。まあでもそうですね、大したものではありませんよ。そういう風聞ミームに乗っかって大会を開こうという人が多かっただけです。実際に世界が滅ぶかは……どうなんでしょうね?」


「曖昧な話だぁ……」


「ははっ、そうですね。2060年に世界が滅ぶという、その予言の実態は……」


 東郷は説明を受け、そのくだらない面白さにちょっとばかりワクワクし、そしてなんとなく事務所の意向を察した。


 大きな大会が連続するのであれば、そこで活躍するのが人気商売の花道だ。

 その年に活躍する『本命』のVliver達……『主役』に相応しい者達の補助をする。それが自分に求められた役割であると、東郷は解釈する。

 それが事実であるかどうかは別として。






 そうして翌年、西暦2058年となり、エヴリィカ4期生Twin Twinkle Twelveはデビューを迎える。


 デビュー日の直前に、4期生24人はクローズド・サーバーに1つの世界を創り、そこに集まって決起集会を開いていた。


 色とりどりの木、草、花が世界中に満ちる虹の森に、澄んだ水の川のせせらぎ、黄金の太陽が優しげに輝く理想郷のような世界。

 絵が得意な者がコンセプトアートを書き、それをAIが『世界』の形にまで拡張し、サーバー管理が得意なものが調整した、4期生だけの楽園だった。


「4期生 我は蠍座 ヴェノムなり」


「え? あ、ああ……自己紹介か? アチャ・東郷だ。よろしくの4×9しく=36」


「喋り方 癖がありすぎ 草生える」


「お前ほどじゃないよ」


「明日からは 共に戦う 仲間なり」


「ああ、よろしく。僕はアチャ・東郷なんだ、誰がなんと言おうとアチャ・東郷なんだ……」


「射撃など 得意な君が 射手座かな」


「お、マネージャーさんから聞いてる感じか? ヴェノムは何が得意なん? 言ってみな 飛ぶぞ」


 同期の盗賊……十二星座の蠍座、『ヴェノム・ニードル』がやたらと俳句と川柳を連打して絡んできて、それをきっかけに同期と話していく東郷。彼には能動のコミュ力があった。


 彼が不寝屋まう、伊井野いのり、蛇海みみと初めて出会ったのもここだった。


「おーいそこの女子3人! 可愛いねぇ、おじさんとお話しない? かくいう僕は経てばポンコツ、座ればポンコツ、歩く姿はポンコツ男と呼ばれたしっかりものの射手座の紳士でね。ほらほら怖くないよ」


「全部ポンコツやなかいかいっ!」

「あはは~」

「言うほどおじさんじゃなさそぉー」


 一部のTTTメンバーは、老若男女の垣根なく積極的に話しかけていくアチャ・東郷に、この時点で畏敬の念を抱いていた。


 東郷は誰彼問わず話しかけていき、話しかけてから相手の反応を見て話し方や話題を調整し、相手が反応レスポンスしやすいように立ち回りを調整するスタイルで、どんどんと初対面の同期との友情を築き上げていく。


 今日のために話題を考えて『準備』してきたいのりとも違い、同期に話しかけられれば反射的に返答を返して会話を面白く繋ぐ『感覚』のまうとも違う、東郷は『思考』の会話者だった。


 目の前の人間と会話しながら、その過程でとことん考える。それができるのであれば、たかだか23人相手とあっという間に友達になることなど、造作もないことであった。


「ガハハハ! 東郷、今日終わったら焼肉食いに行こうぜ! オレのおごりでよ!」


「ガハハハ! 僕ミノ食べたーい!」


「ガハハハ! 好きなだけ食え!」


「あざーす! ガシッ」


 アチャ・東郷のこういう一面が、あまり人気が無かった時期に目立たず正当に評価されて来なかったことは、想像に難くない。


 配信者が成功するために必要なのは、バズる面白い15秒の動画を生み出せる生き様などであって、ちゃらんぽらんのおふざけ男を演じて誰とでも仲良くできる技能ではないからだ。


 アチャ・東郷が保有していた対人技能の数々は、底辺からソロで這い上がるために使おうとしても、あまり役に立たない。しかし、たとえばここに集められた、放っておいても自然と目立つようなスター性を持つ者達の中に放り込めば、話は違う。


「アチャー君って~、わたしが1つ喋る間に100くらいしゃべってそう~」


「伊井野ちゃーん!? なんかそのあだ名の伸ばし棒感さぁ! 『あちゃーあいつやっちゃったねぇ』みたいな感じがしてよくない気がしなぁい!? する!? しない!? どっちなんだい!? 熱くて熱くてアッチャッチャのアチャ・東郷をよろしく! 決して『あちゃーあいつやっちゃったねぇ』の東郷ではなく! アアッ小学校の頃のトラウマがッ」


「そんなこと言ってないよぉ~」


「あははっ」


 男相手には適当に、雑な話をして。

 可愛い女の子相手には、相手のノリや嫌いそうな話題を避けつつ、ふざけてボケ側を担って、女の子が話しやすい空気感を維持する。


 相性が悪そうな2人が居ても、間に東郷が入って潤滑油になれば問題無し。ちょっと意見が対立した2人が居ても、東郷がささっと間に入って、気付けば東郷を入れた3人で仲良くしている始末だ。


「あん? うち、そういうのはあんま好かんけど……まあ好き嫌いは人それぞれやしなぁ」

「気が強いなーまうちゃんは。俺は……」


「あ? 待て待て! 僕の方が強い! 気の強さなら僕も負けない! 僕最強だから。勝つさ……僕の気の強さを褒めてくれ、必要だろ」


「入ってくんなや東郷ぉ!」

「わろす」


「僕とさっき話してた時にさぁ、二人ともマック好きって言ってたじゃん? 何好き? 僕はいつでもダブチ食べ男だからダブルチーズバーガーかな。僕は嬉しくなるとすぐダブチ買っちゃうんだ」


 成功者だけを集めたチームというのは、往々にして上手く行かないことが多くある。

 笑えるトークで大人気の配信者を複数人集めたチームが、リスナーが思ってたほど面白くならないことなど定期的にあることだ。


 それは何故か?

 成功を繰り返せる人間というものは、自分の中に『成功の法則』があるからだ。

 そしてそれは、人を集めて組み合わせる度に衝突する。


 たとえば、1つのボケにボケを重ねて膨らませてノリツッコミをする有名配信者と、誰かがボケる度に一瞬で「なんでや!」とツッコミを入れる有名配信者が居るとする。


 ノリツッコミをする配信者はボケを『育て』てからツッコミを入れて笑いを取りたいので、すぐにツッコミをする人が横に居ると笑いを取りにくい。

 すぐにツッコミを入れる人も、誰かがボケた瞬間ノリツッコミのためにボケが先延ばしされると、即ツッコミができなくてどう会話に混ざればいいのか分からなくなってしまう。

 この時点で、この2人の成功の法則は矛盾……否、激突する。『いつも通りに話して笑いを取る』ができなくなってしまうのだ。


 東郷はそういうタイプの2人を見ると、間に入ってボケとツッコミのリズムを調整して、2人両方が自然と笑いを取れるように会話を誘導する。

 結果、全員が話しやすそうにして、笑いを取ることができるようになる。


 昔、東郷はそういうタイプの成功の法則の衝突を見たことがあるし、間に入って調整したことがあるから。経験値だけでどうにかできる。


「オッス! オラ東郷! どしたどした~?」


 伊井野いのりはソロ雑談配信で人気が取れるタイプで、何時間でも1人で雑談を続けられるタイプだが、男性配信者に多い下品な話題・ギリギリを狙って暴言で笑いを取る話題・下ネタなどにはあまり上手く乗れないタイプだった。


 逆に下品な話題・ギリギリを狙って暴言で笑いを取る話題・下ネタで瞬間的に笑いを取りに行くタイプの男性配信者は、こまめにふざけて笑いを取りに行くため、笑いを取りに行くことを考えずダラダラまったりと会話するいのりとは、まず会話のテンポが噛み合わない。


 男が、自虐気味の軽い下ネタを振る。

 いのりが上手く反応できず「お、おぉ~?」みたいな反応をしてしまい、そこで会話が途切れる。

 男が滑ったと思い焦る。

 男が確実に笑いを取るため、普段の配信で鉄板の失敗ネタを振る。

 いのりはよく分からないので「お、おぉ~?」みたいな反応をしてしまう。

 そして男はギリギリの暴言みたいなギャグで笑わせようとして……と。


 もはや地獄であった。


 そういう地獄が展開されているのを嗅ぎつけると、東郷はささっと会話に入り、上手いこと両方の面白さを立てながら、会話にオチを付けに行く。


「やめろー! 下ネタは女の子を傷付けるためのもんじゃねー! 僕と下ネタバトルだ! 伊井野ちゃんは下がってろ! ここからは僕がやる!」


 アチャ・東郷は、成功の法則が正反対の2人の間に入っていい感じに噛み合わせることができるという、平凡で特殊な能力を持っていた。


 それは生まれつきのものではなく、彼が苦しみながら生きてきた人生の中で自然と身に付けた、いわば十年ものの修練技能だ。


 色んな人間が居た。

 配信者もリスナーも。

 善い奴も悪い奴も。

 穏やかな女も口が悪い男も。

 歌が好きな人も戦いが好きな人も。

 東郷は、そういうやつらの多くが好きで、そういうやつらが仲良くしているのが好きだった。


 だから、彼はこうした技能を身に付けた上で、今此処に居る。


「東郷よ お前がいた事 幸運だ」


「なんだ~? 褒め殺しかヴェノムよ」


「我々は お前が居れば 長続き」


「僕がいようがいまいが長続きしようね!? お前らこれから24人25脚でデビューすんだからね?」


「わかりみと 難しいよな 2面性」


「小癪な一句を瞬時に読む才能に溢れてやがる」


 そして。


 決起集会が開かれてから少し経った頃、アチャ・東郷に話しかけてくる、2人の女性が居た。


 2人は最初遠巻きに東郷を見ていて、東郷が動き始めたのを見守って、東郷が色んな同期達の間を取り持っているのを見て苦笑し、東郷が道化を演じて楽しげな空気を作っているのを見て笑い合い、そして今、待ちに待ったと言わんばかりに、東郷へと話しかけていった。


 かくして東郷は、ほぼ名も知られていない自分を推薦していたという『2人』の正体を知る。




「あんた、本当に相変わらずね。全然変わってないようで何よりだわ。でもここまで上がってくるのにどんだけ時間掛かってんの? あたし達だいぶ待たされてたんだけど」


「ね」




 見慣れない姿。

 聞き慣れた声。

 東郷は納得して、ふっと笑った。


「もしかしてさ。エヴリィカのスカウトに有望な人間聞かれた時、僕のことを推薦した2人って、お前らだったりする?」


「……は? あんたなんか調子乗ってない?」


「そだね。あたし達だね。この子がね、『能力はあるけどバズれないってだけで目立てないなんて間違ってるんだから』って素直じゃないこと言いながらね、私達が2人で同じ無名の人を推薦したら、流石に事務所の目にも留まるだろうって……」


「ちょっあんたバッカッ」


「あ。ごめんごめん。これあたし達の秘密だったっけ……」


「バカーッ!」


 かつて幼さゆえの無鉄砲さと攻撃性があった『ハウンド』は、マイルドなツンデレのような性格に育ち、十二支の戌『千和・ズルワーン』に。


 怯えと自信の無さばかりが印象に残っていた『ミーツミーツ』は、成功体験を積み上げてすっかり自信を付けたのか、歳下の親友をいじることもできる大人になっており、『タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤー』に。


 それぞれが新たな名前と姿を得て、アチャ・東郷と再会した。


 かつて仲間で友達だった。


 昔、離れ離れになり、それぞれがそれぞれの人生を進むために歩き出した。


 そして今また、仲間になった。


「タツミのドラゴンモチーフかなり良いな……設定過剰積載だけどかなり強そう」


「そりゃ今回の24人で対戦ゲーだと2強って言って良い実績あるものこの人。獅子座の人くらいしか並べて語られる人居ないんじゃない?」


「えへへ」


「ってかあんたなんで銃持ち込んで来てんの? 誰か撃ちたいの? やめなさいよ、こんなめでたい席で人撃つなんて……路地裏とかでしなさい」


「撃たねぇよ。この銃は飾りです飾り。男の方は十二星座+RPGの定番職業ってデザインモチーフ縛りだから、僕は射手座かつ弓兵&銃兵なの」


「「へ~」」


「さっきそこ通り過ぎたヴェノム・ニードルは蠍座+盗賊で……」


 3人とも、恥ずかしいから顔にも言葉にも出さないようにしていた。けれど、嬉しさが言葉の節々ににじみ出ていた。

 少し何か流れが違えば、互いに抱き合って再会を喜び合っていたかもしれない。

 そのくらいには再会を喜び、互いが元気にやっていたことを喜び、また3人で一緒にやっていけることを喜んでいた。


 だが、周りの人達の目もあり、新しい同期とも仲良くやって行かないといけないということもあり、3人ともに自重していた。

 もう、子供のようには振る舞えないのだ。

 周りの目を気にする歳だから。


 ……と、3人とも思っていたはずだったのだが。

 はずだったのだが。

 一番年上のタツミが真っ先に、踏み留まろうとするのをやめて、東郷と千和をがばっと抱きしめてしまった。『また一緒が嬉しい』と言わんばかりに、東郷の頭を撫でて、千和に頬ずりする。


「……やっぱダメだ! 我慢できないっ」


「わっ」「ぷっ」


「また一緒に遊んで競って頑張って、ってできるの、嬉しいよー!」


 三人を遠巻きに見ていた不寝屋まうが、ふふっと笑って、まだ大して話したこともない三人を好きになる。まうはそういう女子だったから。


 出会いがあり、別れがあるなら、再会もある。


 彼らの物語は、ここから再び始まった。











 TTT24人の中だと、東郷の初動登録者数や同時接続者数はかなり下の方であった。

 理由は簡潔で、彼には目立つ武器が無かったからである。


 ただひたすらに対戦が強かった十二支の辰・十二星座の獅子座、提供コンテンツが多様な十二支の酉・十二星座の魚座、歌が強い十二支の戌・十二星座の双子座、人間離れした長時間配信のまうなど……エヴリィカ4期生は全体的に強かったが、伸びた人間にはそれぞれ目立つ武器があった。


 人間にはそれぞれ個性がある。

 そして、個性には個性とそうでない個性がある。話題にしやすい個性を持つ者こそ、配信者としての天才と言えるだろう。


 東郷の個性は、『普段Vliverを見ない人まで名前が届きにくい』といった側面も持っており、そういった点でも不利だった。


 だからこそ、彼をまず評価し始めたのは、一般層ではなく、配信者達だった。


「え? どうした不寝屋ちゃん。ん? ああ、VRシューティング系のゲームの交流戦があって出たいけどメンツが足りないみたいな感じね。オッケーオッケー、僕行くよ。結構やってたから」


 歴史に名を残した名画家達に称賛されながらも名画を残せないまま死んだ画家はよく居る。

 漫画家達に評価されるが爆売れはしない漫画家もよく居る。

 ロックスター達に褒め称えられていたのに日の目を見る前に自殺したギタリストだって居る。

 属性としては、東郷もまたそれだった。


 『やってる』人達にしかその良さが分かり難いという、玄人好みのVliver。


「どしたー千和ー? ほうほう、弾き語り配信。いいぞ、行く行く。ギターとピアノは昔習ってたから。でも思い出すためにちょっと練習しとかないと……いやコンクールで最高記録が小学一年生の部の銅賞とかそのレベルだったから根本的に腕が低くてさヘッヘッヘ」


 東郷は日常的にやっている分野でも良くて65点、やや苦手な分野やあまり触ってない分野だと45点という男である。


 だが逆に言えば、大抵の分野には手を出している人間であり、それが非常に便利な男だった。


「うさみちゃんが頼み事って珍しいのぅ、仕事関係はしっかりしてるイメージあったからさ。ぷよぷよ? あー僕は昔やってたやってた。大会やんの? オッケー、数合わせなら僕の真骨頂よ! いい負けっぷりを見せてやるぜ!」


 東郷は全力で1つのことに打ち込んでも、あまり強くはなれない。でもちょっと触っただけで、どの分野もまあまあ程度にはやれる。


 だから数回練習しただけの初心者には勝つし、2週間猛特訓した中級者には6割負ける。上級者には絶対に勝てない。たまに初心者にも負けてしまうし、東郷が本気で食い下がれば上級者にいい勝負をしてから負ける。

 このバランスが、配信で見ている分にはとてものだ。


 初心者が東郷に負ければ「流石にアチャには勝てないよなー。よく頑張った」となるし、運良くアチャに勝てば「うおおおお!」と大盛り上がり。


 初心者が猛特訓して中級者になって東郷と互角の勝負を繰り広げれば「推しの猛特訓が分かりやすく結果に繋がる! 見守ってて良かった……」といった味わいまで発生する。


 上級者相手にも戦えないわけではないし、東郷は様々な工夫でなんとか食い下がろうとするため、最終的に負けても「いや大健闘だった。でもやっぱあの人は強いなぁ」という風味に持っていける。


 こんなにも配信論理における理想的なは居ない。

 なにせ、東郷と戦った相手も仲間もある程度輝くのだから。

 東郷は配信における『ちょうどいい弱さ』を備えた上で、人柄も良く、配信者にもリスナーにもある程度好まれた上で、多芸なためどんなイベントや大会にも顔を出すことができる。

 だから、皆が彼を頼り、助けを求める。


「え? なんだねヴェノム君、僕は忙しいのだよ。え? テレビ局とのコラボ配信? やるやる! タイトルは金曜どうでしょう? いいねぇ……ボケまくり枠として呼ばれてると判断するけどええんか? 良さそうじゃのう! 待ってろよ~」


 YOSHIを『最強』と形容するならば、東郷は誰にとっても『最良』の隣人だった。


「え? デカい企画やりたいけど人を集められるか不安って話してる? 分かった、僕に任せとけ。暇な人集めとくよ。ただ企画説明は君がやんないといかんよ? 僕はあくまで人集めまでだからの」


 SNSで、エヴリィカのVliverがバズった時、話題のVliverの横になんかちょくちょく居る感じのVliver。それがアチャ・東郷だった。


「お絵描き配信? まあイラストはちょっとは触ってるけど本当にちょっとだけだぞ。ちゃんと習ってたの油絵だけでデジタルは20時間も触ってないんだから僕」


 いつだって、助演男優賞のような男だった。


「エヴリィカ1期生、偉大なる先輩の皆様、今日は来てくださってありがとうございます! あんま高くない寿司ですみませんが今日は僕のおごりですんでヘッヘッヘ、皆さんの門外不出の苦労トークとか色々聞かせてくださると嬉しいなぁと……あ、全員分のお茶淹れますよぉ! 座っててくだせぇ!」


 いつだって、脇役で在り続ける男だった。


「お、花鳥風ちゃん。どしたの? え? ほうほう、つまり花鳥風ちゃんの知り合いの他の事務所の女子がエヴリィカの女子とオフコラボしたいけど先に話を通しておきたいと、ふむふむ。おっけ、こっちから総務部と演者本人に話し通しとくよ。ただ、僕は話を通しておくだけだから話を受けてもらえるかは別だかんな~? 分かってるならいいよ。で、誰とオフコラボしたいん? 伊井野ちゃんね、おっけおっけ。楽しいコラボになったらいいねぇ」


 一等星の脇に添えられ、『ほらこんなにも強く輝いているのが一等星だよ』と比較されるために隣で小さく輝く六等星……そういう生き方を喜んで享受する男だった。






 その繰り返しの中で、決して主役にはなれない自分を蔑み、劣等感に苛まれることがあっても、それで不貞腐れることはない。

 他人に迷惑をかけようだなんて思わないし、劣等感ゆえに暴走することもない。

 ありのまま、その劣等感を受け入れ生きる。


 彼は、それができる大人になった。


 たとえ、1番に輝く星に成れなくても。


 たとえ、1番人気の人に成れなくても。


 たとえ、夢見た自分に成れなくても。


 自分を好きでいてくれる人が居る。

 他人を好きで生きている人が居る。

 ならいいじゃないかと、彼は想う。


 自分を好きで居てくれる人達のために全力を尽くして、仲間のVliverを好きで居てくれる人達のために全力を尽くす。それがとても素晴らしいことだと、今の東郷は知っている。


______________

□東郷視聴者集会所▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯おつかれー!

◯おつかれさん

◯今日も頑張ってたでザウルス

◯あ、アンタのことねぎらってるわけじゃ(ry

◯アウラ、スパチャ投げろ



 アチャ・東郷の良さを知り、理解し、それを好きだと言ってくれる人達が居る。


 そんな流れの中で生きていけることは幸福なのだと、東郷はそう思うのだ。


 東郷は、今の自分に満足していた。






 アチャ・東郷がそういう風に納得し、穏やかな満足と共に整理をつけていた人生があった。劣等感と折り合いを付ける大人の人生があった。


 その人生は、破壊される。


 もう二度と、元には戻らないほどに。


 狂うように、輝くように、磨かれるように、吹き上げられるように、徹底的に壊される。


 いつ? 誰に? どうして?


 そんなものは分かりきっている。




「アチャさんにはまうさん・いのりさんと一緒に、あのYOSHIと組んでこの企画を進めてほしいんです。どうでしょう? 受けていただけますか?」




 その日、星が落ちてきたからだ。











 人間関係関連に優秀な能力を発揮し、対戦ゲームに十分な経験値があり、多様なジャンルのコラボを仲介できる何でも屋。アチャ・東郷がエヴリィカのYOSHI招聘企画に推薦されたことは、さしておかしなことではなかった。


 東郷は『YOSHIがエヴリィカに馴染めなさそうだった場合能動的に動いてYOSHIと他Vliverを仲良くさせる』ことを期待されていた。

 また、YOSHIが配信界隈に不慣れゆえに炎上しそうになった場合、その状況をコントロールすることなども期待されていた。


 運営視点、東郷は他のVliverからの評判が良く、ファン製切り抜き動画『東郷の意味が分からないオルスラまとめ』がSNSでバズったばかりで各種数字の伸びも良く、そういう面でも任せるのに不安は無かった。


 ただ、東郷関連の企画を担当するプロデューサーや、東郷専属のマネージャーは、これに便乗して"アチャ・東郷"を世に売り出そうという気が大いにあった。


 彼らの考えは、ディスと同じ。

 『見つかりさえすれば彼は皆に支持される配信者になれる』……そういう、信じる気持ち。

 「この人はもっと上に行ける」という曇り無き評価こそが、東郷にチャンスを与えていた。


「分かりました。難しそうな仕事ですが、僕に任せといてください。悪い結果にはしませんよ」


 この時点で東郷は、周りが自分に向けている期待に気付いていなかった。

 気付いたのは、しばらく後である。


 部屋に戻って、受けた仕事の内容を再確認し、ベッドにごろんと寝転がる東郷。


「ふぅー」


 バーチャルの世界の東郷は長身の美形だが、現実の東郷は身長がギリギリ160無いくらいのチビで、童顔なので甘く見られやすく、威圧感が無く性根が悪そうな目つきのせいで初対面の印象は悪く、楕円の黒縁眼鏡が妙にオタクっぽい印象を醸し出す。


 ただ普段着にはかなり気を使っているので、身内から容姿の悪さを指摘されたことは1度もない。そういうバランスで生きている。


 いのりに彼の現実の容姿の印象を聞けば、「よく笑う賢そうで優しそうな人~」と言うだろう。


 参考までに。

 彼の両親はどちらも美形である。

 東郷本人にも思うところはあるが、彼がそれを口に出すことは無いだろう。きっと一生。


「……」


 無言で東郷は端末を起動し、ベッドの上に動画再生パネルを空間投影し、寝っ転がってぼんやり動画を見始めた。


 東郷が部屋でだらけている時の動画視聴スタイルは常にこう。

 結構昔に、寝っ転がりながらスマホで動画を見ていた時、手が滑ってスマホが鼻に直撃してちょっと折れたことがあったからである。

 痛みが彼を強くした。


「……お」


 オススメに、YOSHIの名勝負切り抜き動画が表示される。

 東郷の指が、今後の仕事のために予備知識を付けておこうかと、動画をタップしようとする。

 なんてことのない1動作。


 なのに、指が一瞬迷った。


 自分が何故動画を見るのも避けようとしたのか、その気持ちにも自覚を持てないまま、東郷は迷う指でオススメの動画を押す。

 すると余計な前フリを削ぎ落とした切り抜き動画が、パッとYOSHIの活躍シーンを映し出した。


 YOSHIは変わらない。

 変わっているのに変わらない。

 皆がそう言う。

 彼は成長し、適応し、使う技も扱う知識も頻繁にアップデートしているのに、何故か周りの人が彼を見る目は全く変わらない。


 成長し続ける不変。


 YOSHIの試合を見ながら、東郷はそんな感想をぼんやりと抱いた。


「……ふぅ」


 YOSHIの戦う姿は、あいも変わらず、磨き上げられた刀のような無駄の無い美しさがあった。


 配信者は、自分がどう見られたいか、自分をどう見せたいかが命になる職業だ。

 いや、配信者でなくても、多くの人はそこに重要性を見て生きているだろう。

 他人の目を全く気にせず生きていける人間というものは、そう多くはないものだから。


 だから、そういうことを意識しながら生きている人間ほど、YOSHIを見るとすぐ気付く。

 この男は、自分が他人からどう見られているかという点を、全く気にしていないということに。

 何も飾っていない生き様に気付く。


「うお、立ち回り上手っ……すげえな、バスケの超ロングシュートがするっとゴール決めたみたいな……人間ってこんな綺麗に動けるのか」


 YOSHIはただ自分を高めているだけだ。そして眼前の人間に成長を求めているだけだ。鍛え上げられた者同士の対決をしたいだけだ。

 そこには余分が無い。

 完成されている。

 自分をよく見せようとする飾りっ気が無い。

 だからこそ美しい。

 ただ1つの目的のために鍛え上げられたYOSHIの戦い方は、一種の機能美を備え、敵の両断と試合の勝利をもってその美しさは完成する。

 まるで、鍛え上げられた刀のように。


 花束が多様なる美の完成形の1つであるとするならば、YOSHIはその逆、究極の一。


「……うわ。今の斬撃の動き、漫画の主人公の必殺技シーンみたいな見栄えだったな……なんてことのない風の刃の斬撃だったのに……」


 ゆらゆらと掴みどころの無い自由な風。どんな隙間にも攻撃をねじ込む不定形の風。いかなる敵も止められない暴風。全てを吹き飛ばす嵐。されど、味方にとっては優しい春風のようでもあり。

 見る者によってその評価は変わる。

 誰もが違うものを彼に感じ取る。


「……本当に、僕に才能とか実力があったら……いやこんなん考えてる時点で僕は相当ダサいな。めっちゃダサい。情けない……」


 かつて夢見た風の騎士の姿を完璧以上に体現しているような男だからこそ、東郷はYOSHIに対してだけは冷静で居られない。

 斜に構えて受け流せない。

 真っ向から見据えてしまう。

 憧れと嫉妬は同じ気持ちの2つの顔だから。


「なんであんたはいっつも、そんなに真っ当に格好良いんだろうな……本当に眩しいよ……見てられねえ……」


 変わらない。

 変わらず強く輝いている。

 本物のヒーローはずっと変わらず輝いているものなのだと、東郷は心底痛感する。


 西暦2059年4月10日、木曜日の夜のことだった。






 心の中で折り合いをつけていたはずの劣等感が、じわり、じわりと、大きくなっていく。






 東郷は、皆が自分と同じような目でYOSHIを見ていると思っていた。

 だが、違った。


 嫉妬も劣等感も持たず、ただ「すごいなぁ」程度の気持ちでYOSHIを見ている者が居た。

 また、「対戦ゲームが強いくらいでなんで皆がそんな持ち上げてるのか分からん」と身も蓋もないことを言う者も居た。

 「生まれる時代を間違えたらただの無能な社会不適合者で終わってた可能性も高いと思う」と述べる大人も居た。


 東郷は大手事務所に所属し、生きる世界が広がり、様々な意見の者達と会うようになって、自分と違う知見と出会う度に驚きを得る。


 不寝屋まうもまた、東郷とは全く違う視点でYOSHIを見ていた女子の1人だった。


「1つ、助言したろか?」


「助言?」


 それは、YOSHIとまうがしばらくぶりに再会した後のこと。


「ヨシと話す時は、自分がホラー映画の登場人物になったつもりでおるんや。ヨシはホラー映画の敵キャラ。最初はそのつもりがええ」


「は?」


 ある日の昼飯時、東郷とまうの2人で話している時に、あまりにも東郷と違う知見を述べるまうに、東郷は思わず変な声を出してしまった。


「ヨシにはヨシのルールがあんねん」


「ルール?」


「ホラー映画のヤバい存在ってそれぞれのルールがあるやろ? この祠を壊したやつを殺す、とか。条件を満たしたやつを7日後に殺す、とか。特定の救済法を実行しないと必ず死なせる、とか。怪物は音に反応する、とか。せやからホラー映画はルールの特定に必死になるパートとかちょくちょくあったりするやん」


「あー……まあ、あるか」


「ヨシにはヨシのルールがあって、ヨシはそれだけに沿って生きとるんや。そのルールに沿っとるんなら、赤の他人でもヨシは全力で味方する。そのルールに沿って人を見とるから、それまで仲良くしとった相手をパッと見限ったりもするねん」


「なんて厄介なやつなんだ」


「せやろ! 厄介やろ! 人間失格まである! でも自分の中のルールがかっちり決まっとるから、『思わずYOSHIの地雷踏んじゃった』とかも起こりにくいねん。そういうとこは話しやすいとこやで」


 不寝屋まうは、面倒臭い男を貶すように、けれど宝物を語るように、得意げに語っていた。


「もしかして、不寝屋ちゃんYOSHIと仲良かった感じ? ポシビリティ・デュエルは昔よくやってたんだよな、そういや」


「……あー、いや……」


「?」


 東郷が素直な疑問を口にすると、まうは何故か口ごもって、髪の先を弄り出す。


「うちは昔ちょいと話したことあるだけなんや。うちの友達が、ヨシのライバルやっとんねん。だからヨシの話もよぅ聞くねんなぁ」


「……ああ」


 "お前も覚えられてない側か"と、東郷は納得し、まうに共感した。憧れに記憶されない気持ちが、東郷には痛いほど分かる。

 その上、東郷にはYOSHIのライバルをやっているというまうの友達に心当たりがあった。


 氷雪の停理アイスエイジ花鳥風かとか雪月ゆづき

 YOSHIさえいなければこの年齢世代の代表格は彼女だったのではないか……とさえ言われる、PDプレイヤーの天才少女。YOSHIとは違い、競技者としてだけでなく配信者としても名高いという。

 東郷も知っている、まうの友達だ。


 まうが忘れられ、雪月が覚えられている。

 東郷が忘れられ、タツミが覚えられている。

 何故なら、YOSHIには見る目があるから。

 彼は非凡な人間をきちんと見分けられるから。


 ───まうがそういう風に抱いた気持ちが、東郷には痛いほど分かった。


「ま、うちは凡人やから、色々しゃーないねん」


 そして、それと同時に。

 『不寝屋ちゃんは僕の数段上の人気があるのに自分は凡才みたいな顔するのやめてくれよ』なんて、理不尽な嫉妬と劣等感が混ざり合った気持ちもあって。

 そんなことを友達に思うこと自体が間違いだと、東郷自身が思っているのに、気持ちは消えず。


 前日の配信で、同時間帯に東郷とまうが配信した時、まうの配信の同時接続者数が東郷より5倍ほど多かったことを、東郷の脳の片隅が思い出す。

 淀んだ気持ちを、東郷は眉一つ動かさず平然と心の棚にしまい込んだ。


「ホラー映画ね、覚えておくぜ~」


「そうしとき~」


 東郷はふざけた風味に笑う。


 自分の心が顔に滲まないように。


 この優しくて頑張り屋の仲間に、自分の内心が絶対に伝わらないよう祈りながら。


 東郷を気遣ってYOSHIについての助言をしに来てくれたこの気配り屋の友達が、どこかでちゃんと報われてほしいと願いながら。


 ……心の片隅が、昔あのサーバーで見た、『女配信者に数字で負けて嫉妬で荒らしていた男配信者』の姿を、思い出させていた。






 東郷の中で、風成善幸/YOSHIは『共感のしようがない天上人』になりつつあった。軽度の神格化を伴っていたと言っても良い。自分のような人間とは絶対的に違う、人外じみた何か……そういうイメージに半歩ほど踏み込んでいたのである。


 だから、伊井野いのりを理解していく内に、東郷は少しばかり驚いたのだ。

 あんな……恋愛感情なんてまるで無さそうで、異性に興味が無さそうで、仮に誰かと付き合ったとしても恋人とデートの1つもしなさそうなあの男に、恋愛感情を持つ女が居るということに。


「伊井野ちゃんってヨッシーのこと好きだよな」


「!?」


 東郷も最初は少女が俳優に憧れるようなものかと思っていたのだが、もっと普通に汎的な恋愛感情であったらしく、よく分からなかってしまった。


 いのりのその気持ちが、大枠では『推しにガチ恋する』に近いものであると東郷は思っていたし、それが報われるものではないと思っているからこそ、なおさらに。


 YOSHIがいのりに振り向くことはないだろう、と思っているくせに、東郷はいのりのことも友達だと思っているから、その恋を応援しようとする。

 現実を見ている理性もあれば、"友達の恋は成就してほしいよな"と思う感情もあり、その2つの板挟みになっているのがいつもの東郷である。


「内緒にしておいてね~」


「応援してるぜ。何かしてほしいこととか、協力してほしいこととかあるかい?」


「ん~。応援してくれてるだけで嬉しい~」


「そか」


 東郷はまうに対して抱いた暗い気持ちと同様に、いのりに対しても暗い気持ちを持っている。


 エヴリィカ4期生のデビュー後一ヶ月のスーパーチャット総額は、いのりが1位であった。

 いのりは『のめりこませる力』や、『素直に好きになれる性質』が強く、それが現れた形である。

 対し、東郷は最下位だった。

 加えて、現実のいのりの容姿は目が覚めるような美人である。


 『そんなに容姿も声も良いなら配信者なんてしなくてもどこでだってチヤホヤされるだろ』……そう思ってしまう自分を、東郷は嫌っている。負の感情は消えろと願えど、消えてくれない。


 でも、だとしても。


 いのりを友達だと思う気持ちも、いのりの幸せを願う気持ちも、決して無くなったりはしない。


「どの辺好きなん、あの男のどの辺?」


「え~、恥ずかしぃよ~」


「まぁまぁ、言いたくなかったら言わなくていいけど? 僕も無理して聞く気は無いし? でもさぁ……恋バナしたい気持ちありますよォ~」


「え~? どうしよっかな~?」


「気になるぅ~。教えてくださいませよ~」


 おどけてみせる東郷に、いのりは楽しげに笑って、ちょっとばかり恥ずかしそうに語り出す。


「……なんかね~、昔色々あったから好きで~、でもでも最近は思ったより人らしいとこあったな~って~? 思って~?」


「……あー、まあ、分からんでもないっすね」


「でも昔の方が無愛想だったというか~。今の彼みたいな他人のボケにツッコミ入れるみたいなことは~、昔の彼だったらしなかったと思うな~」


「そうなんだ……」


「『勝手にボケてろ』って感じだった気がするな~、昔のあの人~。相手の発言の意図さえ気にしてなかったよね~、みたいな~? わたしが知らなかっただけで昔からそうだったのかもだけど~」


 YOSHIに恋する女がYOSHIについて語っている光景は、東郷からすれば妙に新鮮で、未知の観点を与えてくれる体験だった。


 いのりは風成善幸の塩対応を喜べるタイプの変な女だったので、なおさらに。


「いい出会いがあったのかもね~。せんせ~が変われるような出会いとかが~」


「……あれほどの男が、他人の影響で変わるものなんだろうか? 僕には想像もつかない。ナイジェリアくらいない」


「変わるんじゃないかな~? 分かんないけど~。あの人は忘れるだけで~、どんな他人とも真剣に向き合ってるような気はするし~?」


「……」


「アチャ~君の影響も受けたりするかも~?」


「は、まさか」


 "自分なんかが"、と東郷は自嘲する。


 回る思考は、自分なんかが彼に影響を与えられるとは思えない、彼が自分なんかの影響を受ける人間であってほしくない、本当に強い人間に変わる必要なんてあるんだろうか……といった考えをぐるぐると巡らせ続ける。


「あんな雲上人、僕のことなんかどうでも良いに決まってるって。たまたま仕事で同じチームになったからって、そこまで思い上がれませんよ我は!」


 眼の前の友達いのりが、『アチャ~君なら良い影響を与え合う関係になれるかも~?』と思っていることに、東郷は気付かない。


 東郷が東郷を過小評価しても、東郷の友達は、東郷を過小評価したりはしない。


 そして……YOSHIもまた、東郷が考えているほどには、東郷を過小に評価していなかった。











 東郷は、ハッキリ言えば、YOSHIを嫌っていた。

 その嫌悪よりも大きな尊敬と憧憬があっただけで、嫌いという気持ちは確かにあった。


 それはあまりにも理不尽な、劣等感から湧き出した嫌悪であり、東郷自身、そんな気持ちを抱いていることを恥じていた。

 何故ならば、東郷自身が「YOSHIが僕に嫌われる妥当な理屈なんかない」と思っていたからだ。

 なのに、東郷はYOSHIに対する負の感情を無くせず、消せず、忘れることもできなかった。


「東郷、お前レートレベルは?」


「……1518です……」


「来月一週目には4000まで上げるぞ。東郷」


「お待ちになって??????」


 なのに。


 YOSHIは何故か、出会ってほどなくしてからすぐにアチャ・東郷のことを信じ、アチャ・東郷に大きな期待を向けていた。


 東郷はずっとそれに戸惑っていた。

 YOSHIに評価される何かを自分が備えていないことなど、自分が1番分かっている……そう思っていたからである。

 東郷の反応は正しい。


 風成善幸が彼に向けている信頼の理由は、という、この世界の誰もが目にすることのできない所にあるのだから。






 YOSHIによる特訓は、厳しくも的確だった。


 どこまでも見透かしていそうな、あの目。あの観察眼が教導に役立てられているのだと、東郷が気付くまでに時間はかからなかった。


 対戦において敵を倒すために使われる観察眼を、ニュービーのVliver3人を鍛え上げるのに使うことで、教育効率を引き上げる……そんなやり方で生まれて初めての師匠業をこなすYOSHIの姿が、東郷の目には、いつも通り眩しく見えていた。


「いのり、君はパターンを覚えろ。まう、君は一瞬で下す判断の精度を上げろ。東郷、お前は建物の周りを走ってこい」


「なんで!?」


 東郷に対しては、何故か別種の厳しさがあったような感じもあったのだが、本当にそうだったかもしれないし、気のせいだったかもしれない。


 まうが素直に全力の期待をYOSHIに向け、YOSHIがなんてこともなさそうな顔でそれを受け止めている姿も、東郷には眩しく見えた。


「ヨシよヨシよ、うちを最強にするプランもたくさん考えといてーな!」


「分かった。最強になる保証はないが」


「っしゃぁ! ほんまは『そこは絶対に最強にしますと言い切らんかい!』と言いたいとこやけど! 流石にそこまで求めたらうちがいくら代金払えばええか分からんしな! 妥協したるで」


「……まあ、俺もやれるだけやるよ。君が満足できるように」


「なんも心配してへんわ。だってヨシはヨシやん? きっと何でも上手くいくに決まっとるやん!」


 世間から。

 仲間から。

 取引先から。

 そして、有象無象から、無数の期待を受け続ける毎日。それを幼少期から現在に至るまでずっと続けているのが風成善幸だ。


 東郷は自分の子供時代を思い出し、子供の頃の自分がここまでの『期待』を向けられていたら、きっと潰れていただろうと考える。


 そして、潰れた自分が「それでも期待されたかった」と嘆いていただろうと、そんな風に思って、苦々しい気持ちを噛み潰した。


「お疲れ様です、風成さん」


「お……ええと……いのりのマネージャーのにゃっちゃんちゃん」


「仁山です、仁山。うちの子にもぴったりのスキルセットを見繕ってくれてありがとうございます。うちの社長も、YOSHIさんはいつも期待以上のものを返してくれると喜んでましたよ」


「今はチームメイトだ。俺が与えられるものなら全部やる。それでもしもいのりが俺より強い存在になれたなら、俺は全身全霊をもっていのりに挑戦し、それまでの俺が知らなかった地平に到達できるかもしれない。俺にとっては悪くない話だ」


「……本当に、期待して損が無い男ですねぇ」


 誰かが期待すれば、いつも期待以上の結果を出して戻って来るくせに、誰かの期待を裏切ることを恐れていなくて、誰かの期待を背負った上で負けてしまうことを何とも思っていない。


 ただただ眼の前のことに全力を尽くし、それを結果に繋げるだけの怪物。


「どうした、東郷」


「え~? どうもしてないけどー? 強いて言えばちょっとトイレ行きたくなってきた。それも、結構デカいやつを流しに……」


「はよ行け」


 他人に期待されるということを、何も気にしていないその姿が。他人の期待を裏切ることを何も恐れていないその姿が。他人の期待に見事に応える天才らしいその姿が。


 憧れだった。


 ずっと、憧れだった。


 悔しいくらいに。


「寄り道せず早く戻って来るんだぞ、東郷。このチームの要になるのはお前だ」


「……っんで、そんなに……」


「ん? 何か言ったか?」


「うんこ漏れそうって僕は言いました」


「はよ行け!」


 そんな憧れの人が、アチャ・東郷に向けてくる期待の理由が分からなくて、でも嬉しくて、心が浮足立って、だからこそ『僕はまたこの期待を裏切ってしまうんじゃないか』と思えてしまって、東郷の心の中は、ずっとぐちゃぐちゃだった。






 『デイ・ブレイク』の直前に、YOSHIと東郷が2人でイベントに出場するにあたって、YOSHIが東郷に特訓をつける流れになった時も、東郷はちょっと困っていた。


 YOSHIと2人きりになったら、何を話せば良いのか分からないから。話題を出してくれるまうといのりが居なくなって、東郷は少しばかり心細くなっていた。そんな気持ちをおくびにも出さず、東郷は常におどけてみせる。


「なんつーか1度でもヨッシーの指導でPDを猛特訓したら、『大会の前に猛特訓』って選択肢が、僕の生活に入り込むと思うんだよね。そうなったらたぶんアニメ見る時間も無くなっ」


「入れとけ」


「しょんなぁ……」


 東郷が内心に抱えた苦悩や劣等感を、YOSHIは感じ取っていなかった。

 なのに、東郷の才能や能力を素早く見抜き、あっという間に東郷にピッタリなスキルセットを用意するなど、人外じみた所業も見せる。


 共感が無いのに理解がある。

 だから敵を理解して倒せる。

 そして敵に同情することがない。

 不思議な男だと、東郷は思った。


 あるいは……からこそ、それを補うために『他人を理解する』能力が伸びたのではないかと、東郷は考察する。


 盲目になった人間の聴覚が、人間離れして鋭敏に発達していくのと同じように。


「僕が思うにですねぇ、そんだけ他人を見通せる目があるんであれば、仲間なんかいなくてもヨッシー先生1人だけで大抵の試合乗り切れるんじゃないかと思うところでして~」


「……お前が俺をどう評価してるのかは大体見当がつくが。俺はお前が思ってるほど、人を見る目があるわけじゃないぞ」


「またまたぁ」


 善幸の語る自己評価は、半分正しかった。

 彼に異様な理解力があるのは本当だ。

 彼が目の前の東郷をよく理解し、スキルセットを東郷にピッタリ合うように微調整して渡したのもまた本当である。


 だが、善幸は、『既にある解答欄』を見て、それを最適化して使っているにすぎない。……と、少なくとも、善幸本人はそう思っている。


「俺はカンニングしただけだ」


「カンニング?」


 彼はこの世界で唯一、『原作』の知識を持つ者であるからだ。


「俺は、お前に何が向いているのか、お前に何ができるのか、お前が最終的に何を目指すべきなのか……そういうのを知っていただけで、別に優れた人間でもなんでもない」


「え、何? 何何何の何? 超能力とか未来予知の話? 怖くなってきた」


「……」


 善幸が『カンニング』に使ったものは2つ。

 1つは『原作』。

 そして、もう一つ。


「東郷のスキルセットは、原作だと詳細が不明……ああいや、なんて言ったら伝わるか……ええと、俺の既存知識でお前のスキルセットを考えようとすると、細かい部分を詰めるのが難しかった」


「ふむふむ?」


「だから東郷が過去の対戦ゲームで使っていた武器や属性を選別して6つ搭載した。『加速』、『爆発』、『凍結』、『煙幕』、『閃光』、『轟音』」


「……え? あ……」


「お前に渡した矢は、お前が過去に積み重ねてきた努力の結晶だ。しばらくはPDの感覚に馴染めてないだろうからそこそこの使い心地だろうが、すぐにお前の体の一部になってくれる」


 恐れの混じった尊敬が、東郷の胸中に満ちる。


「もしかして……僕の過去の配信ひと通り見て、僕に合ってるスキルを考えたって言うのか……!? あれだけの量の過去配信を、アチャ・東郷になる前の分まで含めて!? やはり天才か……」


 『普通は不可能だがYOSHIなら可能かもしれん』みたいな顔でそんなことを言い出した東郷に、善幸は呆れ顔を返した。


「いや、いくらなんでも数百時間、ともすれば数千時間のお前の過去配信に全て目を通すなんてことは不可能だ。時間が無さすぎる」


「でしょうねぇ! ごめんね変なこと言って」


「お前の過去の活動を全てチェックできれば、確かにお前に最適化したスキルセットは作れる。スキルセットを用意するならそれが1番だ。だが時間が無かった。だから……」


 答えは、ずっと前世の彼を、あるいはアチャ・東郷として生まれ変わった男を応援してきた者達───が、知っていた。


 風成善幸が知らないまことを、風成善幸が知りたかった答えを、彼らはずっと知っていた。


「お前のマネージャーに聞いて、お前の過去の活動における活躍シーンをまとめた切り抜き動画を挙げてもらって、それを確認させてもらった」


「……ぇ」


「お前の活躍はお前のファンが過去にしっかりまとめてくれていたからな」


 YOSHIが手元の端末を操作すると、東郷のマネージャーがYOSHIに推薦した動画がずらりと並ぶ。


 アチャ・東郷になる直前の試合の切り抜き。

 アチャ・東郷になってから4期生と遊んだゲームの切り抜き。

 東郷が死力を尽くして格上に食らいついた名試合の切り抜き。

 エヴリィカ参加前にFPSのチーム戦で仲間を助けて八面六臂の活躍を見せた時の切り抜き。

 昔の名義で、活動初期の頃、まだ声変わりもしてなかった時期の東郷の拙いプレイと、その時期に愛用していた爆発する榴弾武器の切り抜き。


 個人配信者時代の東郷は特に専門の切り抜き師があまりおらず、他の有名配信者のついでに切り抜かれた物が多かったが、彼だけを切り抜いたものもあり、それらは多くて数百再生程度の切り抜き動画であったが、確かにこの世に存在するものだった。


 いつかどこかで、『この男はきっといつかたくさんの人を笑顔にできる人気者になれるぞ!』と信じたファンが居て、切り抜き動画を作って。

 ネットの海に埋もれていたそれを、東郷のマネージャーはちゃんと見ていて、ネットのファンコミュニティに疎いYOSHIへと渡して。

 YOSHIがそれを参考に、過去の東郷と相性が良かったスキルを見抜き、彼用のスキルセットを熟考して構築した。


 原作知識で、東郷の適性にあたりをつけ。

 東郷と向き合い、彼の個性を理解し。

 ファンの力を借りる形で完成させた。

 それこそが、東郷のスキルセットである。


「これは俺がお前のために作ったスキルなんかじゃない。……お前に手渡す、力の贈り物だ。俺は仲介したに過ぎない」


「───」


「お前は愛されている。多くの人間に」


 東郷は、号泣してしまいそうな自分を必死で抑えていた。

 叫びたくなる気持ちを、必死で押し込む。

 自尊心というものを諦めた乾きの心に、善幸の言葉がダムの水を流し込むように感嘆を押し込む。


 東郷の心の一部は、ずっとYOSHIが嫌いだった。

 今もそうだ。

 その負の感情は消えたりはしない。


 けれども善幸は、東郷に負の感情など何も無い。善幸が東郷に向けるものは、純粋な仲間意識と……敬意であった。


「俺はそれを力に変える、最後の一助を行おう」


「ヨッシー……」


「お前は自分の満足しか考えていない俺とは比ぶべくもないほど立派な人間だ。そんなお前の価値を先に見抜いたお前のリスナー達は、俺にとっては先輩にあたる。後輩が先輩の宝を損なうわけにはいかないだろう」


「……なんだよ、それ」


 あまりにも真っ直ぐな善幸の瞳が、東郷の瞳を真っ直ぐに捉える。

 東郷は耐えられず、顔を逸らした。

 憧れた人に、『そんな目』を向けられる今が、現実なのか夢なのか……東郷にはその判別もつかなくなってしまっていた。


「俺は、お前にはなれない」


「ならなくていいだろ、僕なんかに」


「違う。俺なんかではお前になれないんだ」


 善幸は、迷いなく言い切る。


 世界最強は揺らがない顔で、"疑うまでも無い事実だろう"と、言外に言い続けている。


「東郷。お前はきっと、俺にできないことができる。俺が辿り着けない場所に行ける。お前のリスナーはきっと、全員がそれを知っている」


 東郷は、かつて憧れたアニメの格好良い主人公のような男になりたいと願い、そうなれない自分と向き合って生きてきた。

 そうして捨てた夢の姿そのままに生きているYOSHIに、複雑骨折した劣等感を抱いている。


 では。


 たとえば、風成善幸のは、どうだったのだろうか?






 前世の善幸は、『私が私を好きになるための、たった一つの冴えたやり方』……通称『わたかた』が好きだった。


 主人公も。

 仲間も。

 ライバル達も。

 リスナーの面々も。

 そして、名前すら付いていないモブみたいな周りの人間も、全体的になんとなく好きだった。


 転生の影響で記憶関連の機能が不安定な人間であるくせに、原作についての知識はかなり保持しているというキテレツな善幸の現状を見ても、善幸の前世の『原作』への思い入れの強さは窺える。


 根本的に、『好き』という感情に理由はない。

 理由がくっついて更に大きく複雑な『好き』になることはあっても、『好き』の根源にあるものは、『好きだから好き』という単純な原理だ。


 善幸の前世も、好きだから好きだった。


 原作主人公・水桃みなもも未来みくのライバルとして登場した、エヴリィカの射手座の男───アチャ・東郷というキャラが好きだった。

 強かったから好きだったのか?

 確かに前世で彼が読んだ『原作』のアチャ・東郷は強かった。

 だが、善幸の前世が東郷を好きになったのは、彼が試合の中で強かったからではない。


 試合が終わった後に、勝敗などというものを置き去りにして、誰をも照らす光であったからだ。


「ドンマイドンマイ! 試合で1回ミスったくらいで気にすんなよ! 反省点は僕の方が多いんだよなぁ~悲しいことに! 僕が奢るからさぁ、みんなでファミレス行こうぜファミレス!」


 試合に負けても、とにかく明るい。

 「私のせいで負けた」と自分を責める仲間を励まし、おどけて、とにかく笑える空気にする。

 負けたはずの東郷のチームが、勝ったはずのチームよりずっと明るいこともザラだった。


 頑張って頑張って、試合中も死力を尽くして、その上で負けて、笑っていられる。

 心の底から勝ちたいと思っていたイベントで負けても、笑っていられる。

 そして、落ち込んでいる仲間も積極的に笑顔にしようとしていく。


 善幸の前世は、そんなアチャ・東郷というキャラクターが好きだった。

 心奪われていた、と言ってもいい。


「しゃぁぁぁぁぁっ!! 勝った勝った勝ったァ! こりゃ僕ら明日も勝てるぜ! 乗るしかありませんよこのビッグウェーブに! 打ち上げに食べ放題の回転寿司行く人募集ぅー! 奢るぜ!」


 善幸の前世は、負けた時にこそ強く東郷の輝きを感じたが、勝った時に全力で大喜びする東郷にも惹かれていた。


 敗北の陰鬱の中に希望の火を灯すのが人間の長所と言えるなら、勝利の歓喜を全身で体現するのも人間の長所と言えるだろう。


 東郷の喜びようは『この喜びのためにこの試合があった』と錯覚させるほどのものがあり、敗者ですら時折「あんなに喜んでるなら……まあ、いいか」と納得してしまうほどの歓喜に溢れていた。


 勝っても負けても、試合の直後にこそ魅力が見える男。敗北の痛みを和らげ、勝利の喜びを倍にする気質。東郷が敗者の気持ちが分かり、勝利の希少価値を知っているのは、東郷がその人生で負け続けたからだろう。


 その性格は、原作主人公に対しても、悪くない影響を与えていた。


「水桃ちゃん、これから決勝トーナメント進出者のみんなでオムライス食いに行くんだけど、この後暇だったりする?」


「ふえっ」


「あーね、嫌だったら断ってくれていいからね? ほら、僕ら皆優勝した水桃ちゃんに一目置いてて、ちょっと話したいと思ってたりしてて? 女子の子達は水桃ちゃんと友達になりたいみたいだし? 不安なら水桃ちゃんの事務所のお友達なんかを連れて来ても全然別に……」


「あ、いえ、そのっ、嫌とかそういうのじゃなくて……い、行きまひゅっ!」


「はは、可愛いねぇ。可愛すぎてスギ花粉になったわね。ブルルルブォンブォン」


「う、うちの家、お母さんが花粉症なので杉は見つけ次第殺せって言われてて……」


「えっ僕コレ殺されるやつ?」


 『原作』は、ひきこもりだった主人公・水桃未来が持ち前の才能を目覚めさせ、配信者としてのスターダムを一気に駆け上る、人生逆転ものである。


 水桃未来の物語には、多くの人物が登場し、彼女の物語を彩っていく。

 優しいが踏み込んで来ない家族。

 最初から仲良くしてくれる親友。

 同じ事務所のライバル。

 面倒見が良くて色々教えてくれる先輩。

 未来に片思いする少年。

 そして、他事務所のライバルに、他界隈からの乱入者に、大会やイベントで出会う他の配信者達。


「えっ、水桃ちゃん若いな……僕もうアラサーだよ。なんか気付いたらアラサーなんだよね、怖くない? 15年くらい配信してたらこれですよ」


「15年はすごいですねぇ」


「昔僕が遊んでた恋愛ゲームの近所のお姉さんキャラより僕の方が年上になっちゃって泣く」


「かわいそう……」


 アチャ・東郷の『原作』の物語における役割は、『事務所という新しい居場所』を自分の力で手に入れた未来に、試合が終わればノーサイドで仲良くしてくれる『他事務所のライバル』が居るということを示すこと。

 そして、もう一つ。


 水桃未来とは全く違う考え方を持つ他人が現れることで、『主人公の考え方』を相対化し、世界観の広がりを示すと共に、主人公のスタンスに影響を与える。それも東郷が任された役割だ。


 だから、東郷は原作主人公の仲間にはならない。

 試合ではいつもライバルの1人として登場する。

 時折コラボ配信にも誘ってくる。年上の男として、年下の女子である主人公に美味しいご飯を奢ってくれる。

 そして、原作主人公のライバルにあたる女の子の心強い味方として存在感を示すのだ。


 違う陣営で。

 違う考え方で。

 違うスタンスを示す。

 そのために、アチャ・東郷という大人は、水桃未来の物語に登場する。


「負けて悔しくないのかって? ……難しいこと聞くねぇ。僕だってそりゃ負けたら悔しいよ? でもまぁほらさ、勝者は楽しくて敗者は苦しい、みたいな構図だけ見せてたら、楽しいものを配信に見に来た人達が楽しめなさそうじゃないか?」


「東郷さんはいつもリスナーが第一ってことなんですか?」


「いやぁー、流石にそこまでじゃないと思うけど。でもさ、勝っても負けても楽しそうな男の方が見てて気分が楽だろうな、って思ってはいるかも。適当な男の配信を、何も期待しないで見るのって、たぶんそんな悪いもんじゃないと思うから」


 そうして、原作主人公に自分の考え方を述べる原作のアチャ・東郷を、善幸の前世は見ていた。


「僕は、人生ってのは『頑張って生きていたら何かの結果が出る』の繰り返しだと思う。頑張って報われることも、報われないことも、どっちもあるものだ。縞模様のようにね」


「……そうですね」


「だからほら、報われない結果に終わったとしても、それまでに努力した時間が無意味だったと思わないでほしいんだ。君にもね」


 本の中の東郷がそう言った時、読んでいた前世の善幸の心臓は、とくんと強く脈打った。


「?」


「これはまだ若い君への老婆心になるのかな。いや僕はアラサーの男なので老婆ではないんだが」


「それは分かってます、分かってます」


「結果はとても大事だけど、時には『最高の結果』よりも『感動的な過程』が高く評価されるのが配信の良いところだと思うんだよね」


「……確かに? そうかも……」


「いいよねぇ、評価される軸がたくさんあるのってさ。かっこいい、かわいい、面白い、強い、明るい、頑張ってた……皆色んな軸で評価して、評価されていくんだ。『好き』が基準点だからだろうな」


「好きが基準点だと何か特別なんですか?」


「『俺はこれが好き』がある限り、永遠に絶対の1番なんか決まらんもんだからね。世界で1番美味しい食べ物が決まらないのと同じだ」


「なるほど……」


「誰にでも好かれる人は、誰にでも勝てる人より価値があるって思ったりするよ。ま、誰にでも好かれる人になるのが1番難しいと僕は思うけど」


「難しいですよね!!!!!!!!」


「うおっ急に大声」


「あの、あのっ……実はこの水桃未来、本当は陰で色んな人に嫌われてるんじゃないかと怖くて怖くて怖くてビビってるタイプの女でっ……!」


「……あぁ、なるほどね。大丈夫大丈夫。水桃ちゃんはあんま嫌われないタイプだと思うよ。万人に嫌われないとまでは言わないけど、少なくとも今の時点で熱心なアンチはいないんじゃないかな」


「そうでしょうか……?」


「信じなさい、信じなさい。君を好きな人の言葉を信じなさい。どうせ君が調子乗ったら君の事務所の先輩が何か言ってくれるからね。君が卒業して喜ぶカスに君のオールを任せるなよって話」


「……???」


「おお、何も通じねぇ。まあいいか。まあほらね、君が大抵の人より強くなるより、君が大抵の人に好かれるようになる方が速いのは間違いないさ」


 本の中のアチャ・東郷は、勝つことよりも好かれることの方が良いことなのだと語っていた。


 勝者と敗者がそれぞれ愛されているならば、誰が勝っても負けても、誰が1番になってもなれなくても、そこを楽しい場所にすることはできると、信じていた。


 その上で、勝ち続けて1番を取った水桃未来の健闘を素晴らしいものであると褒め称えていた。


 原作におけるアチャ・東郷のキャラクター性とは、『勝者が勝ち取ったものと敗者の努力した過程の両方を肯定する』というものに他ならない。


「最愛が最強に勝つ。そういうのが僕は好きなんだ。ま、めったに見るものじゃないけど」


 創作の中の登場人物たちは、皆知らない。皆無自覚だ。誰もが気付いていない。


 彼らの物語を読んだ現実の人間の一部は、彼らの主張に、生き様に、言葉に、救われているということに、気付いていない。


 創作は、現実のほんの一部を救うのだ。


「水桃ちゃん、君は強い。君は勝ち続ける限りファンが増え続けると思う。雑談しても試合をしても喜ばれるタイプだ。……だけど、君がちゃんと人に愛される人間で居続けることができれば……君はきっと、負けても何も失わない」


 それは、水桃未来にいつか掛けられていたかもしれない呪いを、事前に弾いてくれる護りの言葉。




「君を愛する人々が、君を見ていてくれる限り」




 転生の影響で、善幸の前世の記憶は部分部分がおぼろげだ。彼の記憶が転生を経ても完璧に残っていたなら、アチャ・東郷を見た瞬間にすぐに気付き、もっと驚いていたに違いない。


 何故ならアチャ・東郷こそが、前世の彼が心の底から大好きだと思っていた数人のキャラの、その内の1人なのだから。


 転生した善幸は誰かを推すという事柄にてんで疎い。今エヴリィカで1から学んでいるという状況にある。彼もいつかは「この人を推している」と言い切れる日が来るかもしれないが、それはおそらく今ではないだろう。


 だが、善幸の前世が、素直に尊敬し、素直に感嘆し、その心を救われた"推せる"キャラクターは、本の中に確かに居たのだ。











 東郷が、幼い頃に見たアニメの主人公を見て、「ああなりたいなぁ」と思い、夢破れ、「YOSHIは僕の叶わなかった夢を自然に体現する人なんだな」「僕はきっと一生あんな風にはなれないんだな」と、嫉妬と劣等感にまみれた尊敬と憧憬を抱いたのと同じように。あるいは、正反対に。


 善幸の前世もまた、アチャ・東郷に対して、「この上なく素晴らしい男だ」「俺は一生こんな風にはなれない」と、諦めのような尊敬と憧憬を抱いていたのである。


 東郷は配信者としての生き方を極めていく。

 だから競技者に憧れていく。

 『勝ち続ける彼は凄い』があるから。


 善幸は競技者としての生き方を極めていく。

 だから配信者に憧れていく。

 『敗北を終わりにしない彼は凄い』があるから。


 憧れているのだ。

 ずっとずっと。

 彼のようにはなれない、と思いながら。


 魚が鳥に憧れるように。

 鳥が魚に憧れるように。


 彼方の星を見上げるように、相手を見ている。






 善幸は前世で、甲子園の決勝戦まで登り詰め、そこで敗北を迎えた男だった。

 無数の敗者を踏み越えて頂上の手前まで辿り着き、けれど頂上まで辿り着けなかった男だった。


 いただきを争う最後の勝負の中で、極限の精神状態で見た『向こう側の何か』に、風成善幸は今も取り憑かれている。


 そんな前世で敗者の誰かが善幸に打ち込んだ『何か』が、今も善幸の心を呪い続けている。


 前世で、誰かの言葉が善幸に釘を打ち込んだ。

 呪いの釘を。

 その釘は死んでも抜けず、生まれ変わっても抜けず、今もまだ抜けず、ずっと刺さったまま。

 言葉の釘は、永遠に抜けることがない。



「そりゃそうだろ。基本的には皆に努力を称賛されるのはただ1人の優勝者だけ。デカいコンテンツになればなるほど、準優勝とかも持ち上げられるようにはなるが……それでも大半の人は、優勝者だけを見てるもんだ。3位までの入賞者全員見てるだけでも大したもんだと思うぜ」


「───」


「断言するね。大半のやつは覚えてねえよ。野球の中継を見てるやつで甲子園出場校とかいう選ばれた奴らの名前を覚えてるやつは何人居る? サッカーファンは全員が前回のワールドカップのベスト8を言えるのか? ニュースでめちゃくちゃ勝ってるプロの将棋指しの名前は覚えても、そいつの次に勝率が高いやつの名前なんざ憶えてねえもんだろ?」


「───」


「そりゃあ、お前が憶えてるだけだ。お前が憶えてるそいつらの名前を、大半の人間は憶えちゃいない」



 呪いがあるのだ。

 善幸が否定したかった呪いが。

 善幸が否定できなかった呪いが。

 世界に『かくあるべし』と変わらぬ形を強いるメカニズムが、善幸を呪いの中に置き続ける。



「誰も憶えてなんかいねえよ、負けたやつのことなんか。憶えるだけ無駄だって言われるさ。お前は勝ってるからいいだろ、憶えていてもらえる」


「───」


「いいや、ない。そんなことは起こらない。だからな。お前に負けたやつも。お前に負けたやつに、負けたやつも。そいつに負けたやつも。そんなやつにさえ負けたやつも。世の中には溢れてるし、世の中に溢れてるものに価値なんてねーんだ」


「───」


「人々は勝ち残ったやつのことしか憶えねえのさ。じゃあ、お前に負けたやつに負けたやつは、誰に認めてもらえば良いんだろうな?」



 皆頑張ったからいいじゃないかと。

 皆楽しそうだからいいじゃないかと。

 努力したこと、頑張ったこと、それらの意味が消えてしまうだなんてこと、絶対にあってはならないんだと、善幸の前世は祈っていた。



「ねえよ。結果に繋がらない努力に意味なんてない。敗者の努力は時間の無駄って言うんだ。お前が勝ったから、お前以外の敗者の群れの努力は99%無駄になった。お前に負けたオレも含めてな。お前のせいと言えばお前のせいなんじゃね? お前がそう思ってんなら、だけどよ」


「───」


「何言ってんだお前。他の奴より努力してる奴が潰し合うから意味があるんだろ? その辺の誰も知らん奴らを集めて大会開いても、誰も見ねーよ。優勝者がすげーとかも言われねえ」


「───」


「いいか? 世の中の大半の奴らはな、頑張ってねえんだよ。娯楽も全部断ち切って3年間努力してるやつなんて全然いねーの。ぼくは頑張ってます! みたいなこと言ってる奴らですら、時間さえありゃSNS見てて、暇な時間に漫画さえ読めねえ生活とかには耐えられねえんだよ。そんな奴らにとって、頑張ってる奴らは特別なんだ。だからそういう奴らを集めた大会が、意味があんだよ」



 頑張った人達が、皆褒められてほしかった。


 頑張った人達が、皆笑っていてほしかった。


 頑張った人達が、皆幸せであればと願う。


 けれど、世界はそんなに優しくはなかった。



「勝ち残ったやつの努力にだけ意味がある。成功者の言葉にだけ意味がある。当たり前だろ。って、皆無意識の内に思ってるもんだ。だから勝ちまくった奴、成功した奴、そういう奴らの書いた本だけ売れるのさ。敗者の意見に参考にする価値なんてないだろ」


「───」


「そうだよ。だから負けたくねえんだよ、誰もが。負けたくねえから本気で勝ちに行く、当たり前だろ? 勝っても負けても同じなら誰も本気でやったりしねーよ。負けたやつが悲惨じゃねえと、勝った奴がとびっきりに特別に褒め称えられてねえと、人は命を削るくらいに本気でやったりしねえんだ」



 競技の世界の論理で回っている世界でしか生きられないくせに、競技の世界にしか馴染めないくせに、無数の敗者を作って勝者になっていないと生きられないくせに、敗者に同情してしまう善幸の前世は、哀れなほどに『斜に構えて生きる能力』というものが無かった。


 『世界の残酷さ』なんてものを語る言葉には、「それがどうかしたのか?」と返して、鼻で笑ってしまえばよかったのだ。

 前世の彼にはそれができなかった。


 この一点において、前世の彼は凡人未満だった。



「いい疑問だな。やっぱお前、天才だよ。そうさ。気取った奴らが言うだろ? 『この世には勝者と敗者しか居ない』ってさ。だけど、勝者と敗者がきっちり半々になるのなんてじゃんけんかよ、って話だよな」


「───」


「本当に世の中にあんのは、『勝者になった1番』『惜しくも敗者になった2番』『敗者に負けた3番』『表彰台にも上がれない敗者の4番』『憶えてもらえない敗者の5番』……そういう階層だ。だってそうだろ? 世の中に勝者と敗者しかいねえなら、スポーツの個人戦なんて勝者1人、敗者数万人とかになるんだぜ。こんな分け方、とんだバカだろ」


「───」


「世の中には勝者と敗者しか居ない? 世の中には『順番』があるだけだろ。人間は平等? 教師くらいしか言わねーな今時。短距離走でもさせてみりゃ分かるだろ? ただ、順番が出来て、1番前の奴が勝者扱いになるだけだっての」



 前世も今世も、風成善幸は勝つことしかできなかった。勝敗の後を弄る能力が無かった。敗者に掛ける言葉を持たなかった。勝負の世界の残酷さに答えを見つけることができなかった。


 だから、アチャ・東郷の存在が刺さったのだ。


 負けたら勝者と笑い合い、勝っても敗者と笑い合う、そんな男に、彼は憧れた。



「『敗者』で一緒くたにするには敗者は多すぎる。勝者と、1番上の敗者には実力的に大した差はねえ。だけど1番上の敗者と1番下の敗者には、実力的には天と地ほどの差がある。本当に違いがあんのは、そこなんだけどな」


「───」


「だけど現実的には勝者と敗者の間には無条件で天と地ほどの差がある。1番と2番の差が1番でけえ。変な話だろ? 実力的にほぼ変わらねえ1番の勝者の敗者の扱いが、めっちゃくっちゃにデケえのさ。ま、敗者で一緒くたにして全員バカにしたいカスとかにとっては都合がいいんだろうけどな、こういう世相は」



 善幸の前世は、勝って、勝って、勝って、勝ち続けて……敗者と笑い合えたことなど、その人生でのだから。



「……お前、正気か?」


「───」


「こいつはたまげた! お前の口から、『負けたやつも頑張ってる』なんていうクソつまんねえ大人の定型文的美辞麗句みたいな台詞が聞けるなんてな! たまげた!」



 願っても、叶うことはなく。



「あのな? 頑張ってることそのものに価値なんかないんだ。だから頑張ってることに価値を付けようとする奴が居るんだろ? こんな人生と物語を生きています、とかさ。この成功者は昔こんなに苦労しました、とかさ。これは他のジャンルのあれの基礎になりました、とかさ。だけどそれでも、大半の頑張りには価値なんて付きやしない。頑張り自体は無価値だとガキに思わせたくないから、大人は価値が後付けできそうなもんを探して、価値を後付けしようとするもんなんだ」



 祈っても、叶うことはなく。



「お前に負けた頑張りは、ただの無駄な時間になるんだよ。ここに付けられる価値なんてない。お前に負けたオレがそう言ってんだからさ、少しは信じてくれや」


「───」


「頑張ったら勝敗関係なく褒められ、認められ、周りに人が集まって、仕事として成立するもんなんてあったら、それこそ夢みてえな話だろ。少なくとも競技の世界にあっていい理屈じゃあない。そんな生温い馴れ合いの中に勝者の栄光は生まれない」



 世界はどこまでもいつも通りで。



「違う。敗者の頑張りも等しく称賛されてほしいっていうその気持ちは、お前の願いだ。お前がそうであってほしいと思ってるだけだ」


「───」


「やめてくれよ。お前のそんな人間らしい言葉なんて聞きたくねえ。負けたやつのことを想うお前なんて見たくねえよ。不安になるだろ」


「───」


「分からないのか。その不安。そうか。まあ、お前には分からないのかもな」



 斜に構えられなかった前世の善幸が『どうしたらいいんだろう』としか思えなかった、それらの言葉は、東郷であれば「お前も辛かったんだな」の一言で片付けてしまうようなもので。



「絶対に忘れるな」


「お前が勝ち続ける限り、誰かはお前を悪者にする」


「お前が悪いことをしたからじゃない。敗者の全てを引き立て役にして、たった1人の勝者という太陽を輝かせて、雑魚は負け犬の遠吠えしか許されない。それが競技の世界であり、そうでなけりゃ競技の世界を名乗っちゃならねえからだ。技を競うからこそ競技なんだからな。人は特別な人間が競い合い、勝敗を決める娯楽に飢えてる。いつでもだ」



 きっと、世界のほんの一部を曲がった角度から眺めたようなこれらの言葉を真に受けず、受け流して適当に生きることができる者こそが、よく居る『大人』になる資格を持っているということなのだろう。


 けれど、前世の善幸は、その資格を持っていなくて。だからこそ、勝者と敗者という理に答えを出せないまま生きてしまった。


 答えを出せなかったから、心は『忘れろ』という言葉に従ってしまった。



「オレは、黙ってなんていられなかったが……オレは、お前に何かを言わずにはいられなかったが……オレは、お前を心底恨んでるが……」


「お前は何も悪いことをしてない。だからどっかで開き直れ。お前には……オレみたいな、お前に負けたことを恨みに思うようなゴミ野郎のことはすぐ忘れる人間であってほしい。敗者のことなんてすぐに忘れる人間であってほしい。オレなんかの恨み言を憶えてるような人間であってほしくない。お前が負かした雑魚のことなんて、一瞬で忘れていくお前でいてくれ。でないと」


「お前が、敗者の声を聞いて。敗者を想って。敗者の恨み言を真に受けて。敗者に同情して。それが何万と積み重なって。もしお前が、万が一にでも、野球を嫌になったら……もし、負けを受け入れでもしたら……お前のチームに負けたオレたちは、どうしたらいい? お前のチームに負けたチームにも負けたオレたちは、どうしたらいいんだ? ……そんなを真に受けて、お前自身が、どうしたらいいか分からなくなったら、お前はどうすればいい?」



 善幸の前世が、そんな馬鹿げた間違いに進んでしまうだなんて、きっと誰もが思っていなかった。


 皆が思っているよりずっと、風成善幸という男は単純で、幼く、無知で、馬鹿だったのに。



「忘れちまえよ。敗者の言葉なんて、敗者の存在ごと。敗者を気にしてる今のお前を捨てていけ。お前はきっと、純粋なままのお前で居るのが1番強いさ」


「雑魚を忘れろ。お前は雑魚を自然に忘れるほど傲慢じゃないが、忘れられるようになっとけ。きっとその方が、お前はずっと楽に生きられる」


「お前に負けた奴らは全員、お前が敗者を気遣うだけの情けねえ奴になることなんて、求めてねえ」


「期待してるんだ。お前が……オレたちに勝ったお前が、本当に誰よりも強くて……オレたちは誰よりも強いお前に負けただけで……お前と戦えただけでも、誇りに思えることなんだって……」


「期待していたいんだ」



 前世で、その男が掛けてしまったその呪いは、今も続いている。


 だがその呪いを前世でほんの少しばかり解いてくれたのが、本の中の登場人物。前世の善幸にとってのヒーロー。アチャ・東郷だった。


 呪いを打ち払う、泥中より駆け上がった星が在ったのだ。











 誰が気付けるのだろうか。


 いや、気付けるわけがない。


 風成善幸は打ち明けない転生者なのだから。


 彼の内心の"それ"を、理解できる者は居ない。


「おうよっしー! おはこんばんちわ! 朝も昼も夜もご機嫌であってくれという意のごきげんようだぜ。どーよ、エヴリィカには慣れたか?」


「……東郷」


「どしたー?」


「……」


 善幸は東郷の前世を知らない。

 そして、東郷も善幸の前世を知らない。


「今日も相変わらずクールだねぇヨッシー。女子は君のそういうところにメロメロよ」


「お前は今日も適当でフワついてるな」


「あっ辛辣ゥ!」


 誰が分かるというのだろうか。


 風成善幸にとって、アチャ・東郷こそが、空に輝く手の届かぬ星だった、などと。






 東郷は、心のどこかでYOSHIを嫌っている。恵まれた者、持つ者、得た者。強さも人気も総取りしていく頂点に何も思わないはずがない。


 YOSHIが東郷にマンツーマンで指導している時も、東郷は最初、「自分は彼の指導を不快に思うだろう」と客観視していた。

 嫌いな天才から的確な指導をされて、それで成長しても、納得はできないだろうと、そう思っていたからだ。


 だから東郷は、表情と態度を取り繕うつもりでいた。自分の不快を表に出さないように。決してYOSHIを不快にさせたりしないように。

 何も悪いことをしていないYOSHIが自分の負の感情で傷付くなど、あってはならない……その覚悟が、東郷を突き動かしていた。


 マンツーマン指導中、YOSHIが見慣れない何かを空中へと浮かべる。


「東郷、これに矢を当ててみろ」


「なんじゃこら。動く的?」


「スキルで行動パターンを設定した的だ。ランダムに動く的と違って、人間に近い『思考と癖』を持ってる。だからちゃんと動きを先読みして当てようとすれば当たる的だ」


「ほへー」


「渡したスキルセットの弓で当ててみろ」


 広がる摩訶不思議な荒野の世界。

 電脳空間を飛び回る赤い的。

 東郷の実力を信用して……あるいは実力に期待して、腕を組んで待つYOSHI。

 東郷の手の中に現れるスキルの弓。


 "格好悪いところを見せたくないな"なんて思考が一瞬脳裏をよぎるだけで、東郷の体に若さゆえの緊張が走る。


「こういうの一発で当てたこと無いんだよな僕……あんま期待しないでほしい」


「一発で当てろとは言ってない。ただお前は最善を尽くせばいい」


「……OK」


 空中を舞う的に、東郷の一射目は案の定当たらず。二射目も外れ、三射目でようやく当たった。


 YOSHIはそれを眺めながら、何かに納得した様子で頷き、手元にメモを取っていく。


「うん」


「ど、どんな感じ? 20点? 30点? しょーじきに言ってくだされ、しょーじきにな」


 てへぺろ、とふざけた様子で不安を口にする東郷に、YOSHIは「お前本気で言ってるのか?」と言わんばかりの顔をした。


「東郷。たとえば、天才は動いてる的に最初の一発で当てる。本能の当て勘、高度な未来予測、桁外れの動体視認能力……様々な力によって、理外の的中率を一発目から出す奴らだ」


「ウゲェーッ! その通りでございます。僕は一発目から当てられない凡才でございまして、平に平にご容赦を、猛特訓して絶対に今後のチーム戦では足を引っ張らないとお約束しますので! なにとぞ、なにとぞ……」


「だから、東郷みたいなのが欲しかった」


「へ?」


 東郷の口より、素っ頓狂な声が漏れる。


「そもそも、その手の生まれつきの感覚を頼りにした当て勘なら俺が担える」


「あ、そっすね」


 妙に納得したような声も漏れた。


「その点、東郷の射撃は良い。生まれついての当て勘が無い人間が膨大な練習で身に着けた当て方だ。一射目で外して、二射目で調整して撃って、それも外れたら更に調整して当てた。あれはたぶん、才能0で努力100の射撃だった」


「え? あ、えっと、そうなるのか……?」


「昔、恐ろしい使い手が居た。変化力を広範囲にばら撒き、天才が生まれつき持っている感覚を狂わせて攻撃を外させるという男だった」


「?」


「その男が能力を発動しても、あるチームのガンナーの男には効いていなかった。そのスキルは生まれつきの感覚を狂わせるものであるがために、感覚に頼らない修練で身に着けた技術を使えば戦闘を続行することが可能だったからだ」


「感覚に頼らない技術……」


「東郷。その時の俺は、そのスキルになすすべがなかった。だがお前なら、そのスキルを受けたとしても問題なく勝てただろうと思う。俺が勝てなかった相手にも、お前なら勝てる」


「え」


「俺は、仲間に俺とは違う人間であることを求める。俺にできないことを果たすことを求める。お前はそれができる男だと思っている」


 YOSHIの真っ直ぐな目が東郷を捉える。


 東郷がずっと苦手に思う眼だった。


 東郷がずっと憧れる男の瞳だった。


「自分がこれまで積み上げてきたものを信じろ。過去が作った今の自分を信じろ。足りないものがあれば俺がその時々に言う。信じて撃て」


 YOSHIは東郷を信じている。

 東郷に自分を信じろと言う。

 アチャ・東郷、お前に足りないものはそれだけだ……と言わんばかりに。


 そこまで揺らがない自信をもって、他人に期待し、肯定できるYOSHIのことを、東郷は尊敬し、嫌っていた。


 期待に押し潰されることにはもう慣れていたつもりだったのに。期待されない寂しさにも慣れたつもりだったのに。リスナーの期待を背負って戦うことにも慣れていたつもりだったのに。

 憧れた男からの期待は、何よりも重かった。


「次の練習を始めるぞ」


 YOSHIはフィールドを変え、状況を変え、課題を変え、東郷へ投げかける問いを変えた。

 何度も、何度も。


 その度にアチャ・東郷の可能性は試され、アチャ・東郷は課題を乗り越え、自分の中の可能性を開花させ、ほんの少しずつ成長を繰り返した。

 YOSHIは東郷がこれまで積み重ねてきたものを繋ぎ、忘れかけていたものの錆を落とし、東郷が普段使いできる『強さ』として組み上げていく。


 それはある種、レゴブロックを組み直して整った形にしていく作業に似ていた。無論、東郷がレゴブロックで、組み直しているのがYOSHIである。


 『成長しない自分』に慣れていた東郷からすれば、少しずつでも自分が成長していく実感が得られるのは新鮮で、だからこその悔しさがあった。

 「お前がこれまでしてきた努力は効率が悪かったんだ」と、そう言われているようで。


 『YOSHIはこんくらい有能じゃなきゃ困るぜ』という喜びに、『やっぱ僕なんかとは違うんだな』という悔しさが混ざり、混ざりに混ざった感情の海に、ぽつりぽつりと「嫌いだ」という子供のような感情が浮かんでは消えていく。


「東郷の仲間を援護する時の動きは気遣いが細やかでいいな。合理的なのもそうだが、何より援護された側が徹底して不快にならないようにしているのが素晴らしい。何年も仲間の心の中まで気遣って援護してきた経歴があってこそだな」


 嫌いなのに。


「いいな、東郷は攻撃範囲の視点がよく頭に入ってる。敵味方の攻撃範囲をきちんと把握し、戦場を俯瞰して見ているな。滅多な事が無い限り、お前は仲間の射線を自分の体で塞いだりしないんだろう」


 嫌いなのに。


「いいぞ、攻めの組み立てが悪くない。天才は直感で攻撃を組み立てるが、秀才は理論で攻撃を組み立てる。お前は後者だ。考えて布石の攻撃を撃って、敵を攻撃して狙った通りに動かして、トドメの一射が撃ててる。これができてるなら後はもうちょっと応用を学ぶだけでプロ相手にも通用するぞ」


 嫌いなのに。


「いや……凄いな、東郷。お前どれだけ広いジャンルのゲームに手を出してるんだ? 俺の百倍くらいゲームやってるんじゃないか? 多芸だな本当に……ちょっとした技能が山程身に付いてるじゃないか……お前はきっと、とてつもなく強くなるな」


 嫌いなのに。


「東郷の根気は武器になる。自覚が無いだろうが、お前は根性のある強い男だ。数え切れないほどの挫折を越えてきたと見える。ちょっとやそっと失敗が連続しても、失敗に慣れているお前はへこたれない。それは強さだ。お前は失敗に負けずに試行錯誤を繰り返せる強さを持ってる」


 嫌いなのに。


「お前がいつでも痩せ我慢してふざけて笑っていることが、いつか仲間を救うこともある。好きなだけ笑っていろ。文句を言う奴は俺が叱る」


 嫌いなのに。


「何? お前もメロンパンが好きなのか。俺も好きだぞ。やはりお前を見込んだ俺の選択は間違ってなかったな、うん。お前は分かってる男だ」


 嫌いなのに。


「東郷のこれまでの人生には、俺が仲間に求めるものが詰まっている。お前のこれまでの人生は何一つ無駄ではない。お前が積み上げてきたもの全てがお前のこれからを助けてくれる。まず、俺がそれを証明しよう。そうしたら東郷、お前は自分自身の力でそれを示していけばいい。……お前のスキルセットは、お前を愛した者の力で出来てるんだからな」


 嫌いなのに。


 褒められる度、東郷は思わず跳び上がってしまいそうなほどに嬉しかった。


 他の誰もが見つけてくれなかったアチャ・東郷の長所や可能性を、YOSHIは次々と見つけてくれて、それを掘り出し、東郷がいつでも使える強さに変えてくれた。


 "見つけてくれる男なんだな"───と、東郷はYOSHIの輝きの理由の1つを知っていく。


「ヨッシーってさ」


「なんだ」


「いいやつだよな」


 アチャ・東郷は、心の底からそう思って、何の虚飾もない本音を口にした。

 本気でそう思って、本気でそう言った。

 YOSHIを嫌っている自分の心が、今ここで消え去ってくれればいいのに───そんなことを思いながら、本気で言った。


 YOSHIは難しそうな顔をして、腕を組んでうんうんと唸っていた。


「俺はいいやつではない」


「んだよぉ、照れてんの?」


 YOSHIは喋るのが得意ではないためか、しっかり考え込んで、自分の考えていることをどう言葉にすればいいのか熟慮し、ようやく口を開く。


「俺は昔、『ありがとうございます』を言うのが苦手だった。『ごめんなさい』を言うのも苦手だった。今でも得意だとは言えない」


「は?」


「『おはようございます』もまともには言ってなかった。『さようなら』も言ってなかった気がする。だけど、今は少しは言っている」


「……」


「欠けていた俺を、周りの誰かが少しずつ人間らしくしてくれている。時々煩わしく思うこともあるが、そういうものが、俺には必要なんだと、姉さ……前に居たチームのリーダーの女性に言われた」


「……誰かと出会って、変われた、みたいな?」


「そうなる」


 いのりの言葉が、東郷の胸中に蘇る。


───いい出会いがあったのかもね~

───せんせ~が変われるような出会いとかが~


───アチャ~君の影響も受けたりするかも~?


 同時に、ディスのことも思い出す。


「……」


 とても悪い奴で、救えない奴だったのは間違いないが、ディスと出会ったことが東郷の今に繋がっていることもまた事実。

 人は出会いで変わるのか?

 変わるのだろう。

 それで良い方へと変われるのなら、きっとその出会いには意味があるのだ。


「……ヨッシー、僕は……ぁー……」


「どうした」


「……僕と出会えたことを、いつか君が『いい出会いだった』と語れるようにしてぇや。頑張ってくよ。この出会いを良いものにするために」


 そう言ってから、"我ながら臭いこと言ったかな"と照れる東郷。


「もう語れるぞ。お前と出会えたことは、間違いなく素晴らしい出会いだったと言える」


「───」


 そして、照れもせずそんな返しをするYOSHI。


「俺はお前から色んなことを学んでいる。出会って間もないが、もう多くを学ばせてもらっている。だからこれは、いい出会いだ」


 『勝てないな』と、東郷は思った。


 不思議と、負の感情は湧いて来なかった。


「……照れるねぇ! 僕なんかから何を学んでるんだって話だけどね?」


「何を言ったらまうを怒らせるか、などの学びが多いな。デリカシーが無いのはいかんらしい」


「おいおいおいおい!?」


「冗談だ」


 そうして男2人、ガキのように笑い合った。






「東郷。俺は勝つための人生ではなく、楽しむための人生が1番価値があるとしているお前を、ずっと尊敬している」






 アチャ・東郷は、今もYOSHIに負の感情を全く持っていないとは言い切れない。

 不寝屋まうや伊井野いのりのような、自分より人気のある同期のVliverに何も思う所が無いとは言い切れない。

 純粋な気持ちで好意を向けることができていない。

 東郷はそのことに、罪悪感を抱いてすらいる。


 その上で彼は、YOSHIが大好きで、まうが大好きで、いのりが大好きだ。


 それが揺るがない真実であるから、彼は皆の仲間で居られる。











 猛特訓の最中さなかの休憩時間にて、東郷は何気なく聞いてみた。


 ずっと気になっていたことを。


「ヨッシーくぅ~ん。ヨッシーくんてさ、僕のことやたら信じてない?」


「信じてるかもしれんな」


「いつからそんな信じてくれてんの? まだ出会って数日とかじゃね? ねえねえいつからよ?」


 鬱陶しい動きと笑顔でYOSHIの周りをくるくる回り始めた東郷に、YOSHIは深く溜め息を吐く。


 そして、答えた。




「生まれる前からだよ」




 嘘偽りなく、真実だった。


 だが、東郷はジョークと受け取り、吹き出す。


「ぶはははっ! お前そんなジョーク言えたのかよ! いつものマジなのかジョークなのかよく分からない冗談ネタより百倍おもろいぞ!」


「お前……」


「ああいや、言いたくないならいいわ。無理に聞くつもりはないッピ。ヨッシーに信じてもらってるって事実だけで、僕には十分だ」


「いや、それはな」


「そろそろ特訓再開しようぜってばよ! 休憩は十分だ。さっさと強くなんないと罪深くて目が乾くぜ~」


 YOSHIはどう説明したものかと悩んでいる内に東郷がやる気を出してしまったので、"まあいいか"と説明をぶん投げてしまった。

 なので、本当に『善幸が生まれる前から東郷のファンである』ことは伝わらない。


「時間も無いし、何より僕がこの世で1番尊敬してる男から学ぶチャンスなんだ。全力で学ばせていただきますよグッヘッヘ」


「東郷が? 俺を尊敬? またつまらん冗談だな。お前が俺を尊敬する理由がどこにある」


「えっいやお前」


「ここ数日でよくよく分かった。東郷、お前の発言はほとんど意味がない。昔のネットミームをねじ込めるタイミングがあればねじ込んでるだけだ。お前が不真面目な人間だとは思わんが……発言に適当な部分が多すぎる」


「それはそう」


「俺を尊敬してるだなんだというのは何のネットミームだ? 俺は昔のネットミームなんぞ分からん、通じやしないぞ」


「わぁい。仲間としての相互理解がガンガン進むにつれて、同僚として発言を信用されなくなってしまっているぞ。終わってんな僕」


 そして、東郷本人は信用されても、適当過ぎる東郷の発言はイマイチ信用されていなくて。


 アチャ・東郷という男を誰よりも高く評価しているYOSHIは、『東郷がYOSHIを1番に尊敬している』という言葉も信じない。







 出会う前からYOSHIのことが嫌いだった東郷と、生まれる前から東郷のことを信じていたYOSHI。


 2人は互いの心の深奥を何も把握しないまま、相棒になっていった。


 それが良かったのか悪かったのか、創造神げんさくしゃにも計り知れないことである。






 特訓を経て言葉にし難い絆を育んでいったことで、善幸と東郷は段々と互いへの遠慮が無くなっていく。段階的に互いの扱いが雑になっていく。


 まうに言わせれば、「普通の男男の友達になっとってるだけやろ」といったところだろうが。


 気安くなればなるほどに、互いの振る舞いが適当になればなるほどに、男の友情というやつはシンプルかつ頑丈になっていく。


「ヨッシー、じゃあテストするぞ! ぬるぽ」


「ガッ」


「完璧だヨッシー……もうお前に教えることは無い。師匠として僕も鼻が高いよ」


 東郷はアバターの黒白の髪をかき上げ、得意げな顔でふんぞり返る。


「……なぁ」


「なんだね?」


「いつから俺と東郷、教える側と教えられる側が交代したんだっけ……?」


「気付くのおっそ」


「!?」


「いやぁ世界最強を言いくるめてぬるぽガッすんのめちゃくちゃ楽しいわこれ僕」


 たぶん、おそらく、と頭に付くが。

 善幸と東郷は、ありとあらゆる因縁を無視し、ありとあらゆる前提を取っ払っても、友としての相性が非常に良かったのだろう。

 生まれつき気が合う2人、と言っても良い。


 たとえ東郷が天才で、善幸が凡才だったとしても、何かのきっかけでこの2人がチームメイトになっていたならば、きっとすぐに仲良くなっていたはずである。


 善幸はいつも笑っている東郷を気に入っていたし、東郷は何をやらかしても東郷を嫌いになることがなさそうな善幸の気質が好ましかった。

 話していて楽しく、話題を回すのが楽で、雑談しているだけで娯楽になる。

 ただシンプルに友達として好き。

 そんな関係がそこにはあった。


「ヨッシー、お前もう風使うな」


「なぜ……?」


「お前が風使ってると、めちゃくちゃな実力差をビンビンに感じすぎて僕の自尊心がガリガリ削れ落ちていく。僕の心が折れる前に手加減してる感じのスキルセットに変更してくだち」


「どうせ折れんだろお前は」


「ああっ、扱いがどんどん雑に」


 ふと疑問が湧き、東郷は訊く。


「ヨッシーってなんで風使ってんの? それが1番強そうだったから?」


「俺の持つ能力を活かすにあたって、1番強くなれる選択肢はいくつかあった。風はその中の1つに過ぎなかった。別に他のスキルでも構わなかった」


「じゃーなんで風選んだんだい」


「俺は施設育ちだった。俺には弟や妹がかなり居たが、娯楽の類は言うほどそんな贅沢じゃなかった。皆アニメはTVの再放送ばかりを見ていたな。だから皆、古いアニメを繰り返し見ていた」


「……ああ、そうだったっけか。蛇海ちゃんと兄妹だったっけ」


 プロジェクトチャイルド。

 少子化対策、労働人口の減少対策という大義名分を得て、人権の領域に踏み込んで作り出された、社会維持のための量産人造人類。

 提供された精子と卵子から作られ、国家のみを親とする存在。日の本の子ら。


 風成善幸はその第4号であり、蛇海みみはその妹である。


 『兄さんが活躍してくれたおかげでみみ達も期待されるようになって生活が良くなったんだよねぇー、だからずっと感謝してるんだよねぇー』とみみが過去に少し照れ混じりに言っていたのを、東郷はぼんやり思い出す。


「確か、妹が好きだったんだ。何かのアニメを」


「……え」


 東郷の心臓が、軽く跳ねる。


 思い当たるものがあった。


 かつて彼に夢を見させたアニメがあった。


「1歳か2歳の妹だったと思う。俺が……5歳か6歳の時だったか? このスキルをその子の前で使って見せると、その子が喜んだから。だから最後には風を選んだ……気がする」


「……」


「その妹が泣きじゃくってて、泣き止ませろって大人が怒鳴ってて、そのせいで他の子まで泣き出して、俺はその子を抱き上げてあやしたけど……俺はあんまり器用でもない。抱き上げてあやすのも下手だった。妹はもっと泣いててな。早く黙らせろって俺は大人にゲンコツ落とされてた」


「控えめに言ってクソ施設では? ボブ・東郷は訝しんだ」


「ボブ誰? まあ、そういう施設だったさ。で、まあ、そんな子の前にモニター出して、俺が色々やってみせたんだよ。無料配布のダンジョンクエスト攻略とかやってみせたりして……俺も5歳の頃で、施設には子供用のダイブ機材とか無かったから、既存機材いじって……まあそんな感じだ」


「弟も妹も喜んでたろ。ちっちゃい子って自分のために頑張ってるお兄ちゃんのこと好きだからな」


「覚えていない。忘れた」


「……そっかぁ……」


 この男は、欠けているから自分で自分が見えていないのだと……東郷は、そう思った。

 ついでに、兄に振り回されていそうなみみが兄を慕う理由も、少しだけ理解する。

 そして、問うた。


「そのアニメって……」


 東郷の声がほんの僅かに震え、その震えを端末の雑音修正機ノイズアメンダーが僅かに補正して、その震えは善幸にまで届かない。


「『騎至界』って作品じゃなかったか?」


「……そう、そうだな。たぶんそれだ。たぶんそんな感じのタイトルだった」


 ふぅ、と小さな息が東郷の口の端から漏れる。


 2059年現在、善幸が20手前の19歳。

 となると彼が妹と風で遊んでやっていたのは、14年ほど前のことになる。

 ならばおそらく2045年頃。

 東郷が8歳の頃『騎至界』が放送されたのが2043年なので、2年後再放送だと考えれば、十分ありえる範囲だということだ。


「奇縁だなぁ、本当に……」


「何がだ」


「ああ、いやぁね。僕も好きだったんだよ、そのアニメ。偶然だなと思って」


 そう、偶然だ。

 本当に偶然なのだ。

 幼い頃の東郷が憧れたヒーローと。

 大人になってからも憧れる男と。

 その2つが、こんな形で重なるなんて。


 あるいは、もしかしたら、運命と言い換えてもいいのかもしれない。


「……」


 東郷は、YOSHIが何一つ気遣わないまま、何一つ気付かないまま、何一つ尊重しないまま、どこまでも無自覚に、アチャ・東郷の内にあった『好き』を肯定してくれた気がした。


 捨てた夢が、追いかけて来てくれた気がした。


 YOSHIがただYOSHIらしく生きてきた証、それを見た今この瞬間が……東郷の心に刺さっていたトゲを、抜いてくれたような気がした。


「うちの妹が好きなアニメなんだ。機会があったら話し相手になってくれ。東郷なら楽しませてくれるだろう、たぶんな」


「おけまる水産。……なんだヨッシー、意外といい兄ちゃんやってんじゃんお前。へへっ」


「違う。いい兄になれないからお前に頼んでいる」


「は?」


「俺は妹が好きなアニメの感想を語れないし、妹と同じように好きになれる自信もない。だからお前に任せようとしている。いい兄というのは、妹と一緒にアニメを見て、同じように楽しめる兄のことだ」


「なるほど、確かに一理ある……言うほど一理あるか? 判定厳しくない? 自分に厳しくね?」


「お前の方が俺よりいい兄をやれていただろうよ。もっとも、そうしたらお前はしっかりしてる妹に尻を叩かれる兄になっていたかもしれないが」


「それはそう。っていうか堂々と胸張っとけ、どうにかなるから! お前ほど家族に居てくれて誇らしい兄なんていねーよばかたれ!」


「それは何のネットミームだ?」


「グエー褒めるとすぐかわされるンゴ」


 東郷がなれなかったものに、なんてこともないように成った男がYOSHIである。劣等感と嫉妬はずっと消えずに心に燻るだろう。


 けれど、YOSHIが『そうなった』理由が、東郷が愛した作品がきっかけであるのなら。同じ素晴らしい作品を愛した誰かの気持ちが始点にあるのなら。そして、家族を笑顔にするためにYOSHIがそれを選んだという過程があるのなら。


 東郷は、ありとあらゆる負の感情を無視して、風成善幸という男を好きになれると───そう、確信することができたのだ。






 そんな話があった、ちょっと後。


 東郷はエヴリィカ事務所の休憩室の前を通りがかった時、たまたまタツミとみみが話しているのを見かけた。

 ベンチに座ったタツミがみみを膝の上に乗せて抱きしめ、よしよしとみみの頭を撫でている。


 十二支の子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥……の並びの中で、辰のタツミと巳のみみはセットで扱われる事が多い。竜と蛇ということで視覚的な属性の相性も良い。

 だがそれ以上に、歳下を可愛がる傾向があるタツミと、兄が居るリアル妹のみみは、性格的な相性が良い年の離れた親友でもあった。


「ん? なんか話してるのか……」


 東郷は「何度も親しげに話して一緒に飯を食って初めて仲が良くなったと言える!」という考えを持っているが、たとえば陰キャの同期から見ると「いやお前はもう誰とでも仲良いよ……」と言われても仕方がないような生き方をしている。


 そこら中ぶらぶらしているし、あちこちに知り合いが居るし、東郷が『まだあまり仲良くなっていない』と思っていても、相手側からは『1番の親友』と思われていることもたまにある。


 だから、あまり表沙汰になっていないYOSHIとみみの兄妹関係についても東郷は以前から知っていた。YOSHIがエヴリィカで上手くやれるよう舵取りするのが、東郷が任された仕事であったから。


「タツ姉ぇー」


「なぁに?」


「みみはねぇー、とっても恵まれててねぇー、その理由は周りに居る人達のおかげだと思ってるんだぁー。タツ姉もそうだよぉー」


「……うん、ありがとう」


「……あのね、昔ねぇー……」


 東郷は話に入ろうかとも思ったが、みみがタツミに深刻そうな様子で何かを吐露し始めたので、廊下の角に隠れてそっと立ち聞きする。


「昔のみみ達が施設で頼れたのはぁー、皆の凄いお兄ちゃんだった善幸兄さんとぉー、善幸兄さんを贔屓してる嫌われ者の『先生』くらいだったんだよねぇー」


「苦労したんだね」


「うんでもぉー、兄さんが居たからねぇー。兄さんが活躍するとちょっとずつ生活が楽になったりぃー、ご飯が美味しくなったりしたんだぁー」


「いいお兄さんだったんだ」


「うんぅー、最高の兄だったねぇー」


 兄に面と向かって言ってやってください、と東郷は思った。


「みみちゃんが面と向かって言ってあげたらいいのに。喜ぶんじゃないかな」


「……」


「みみちゃん?」


「……恥ずかしぃー」


「わ。かわいい」


 確かに、と東郷は思うのだった。


「みみは兄さんのこと好きなんだけどねぇー、兄さんはみみのことすっかり忘れてたんだよねぇー。『先生』に兄さんのことを頼まれてみみはうきうきで話しかけに言ったのにねぇー」


「ひどい男だねぇ」


「タツ姉は普通に覚えられてるよぉーたぶん」


「や、まっさかぁ……」


「兄さんそういうタイプだもんさぁー」


 だろうな、と東郷はしきりに頷いていた。


 それは善幸の困った忘却癖と、友達として誇れるタツミの強さが覚えられているだろうという2点、どちらにも向けられた頷きである。


「昔ねぇー。兄さんは人をパンチするのに躊躇いがない人でねぇー。兄さんは人の痛みが全然分からないから人を殴ったら相手が痛いってことが分からない問題児でぇー、『先生』と話し合って問題にならないように立ち回るようになったんだったかなぁー? よく覚えてないなぁー」


「こわ……」


「でもねぇー。兄さんには兄さんのルールがあってやってるのが分かるから困っちゃうんだよねぇー。普通の人と違うルールで人にパンチしててぇー」


「ホラー映画のモンスターか何か?」


「たとえばぁー、みみがいじめられてたらぁー、兄さんはすぐパンチしに来てくれたんだよねぇー。プロジェクトチャイルドって普通の学校だといじめられること多かったからぁー……」


「……あぁ」


 納得したように、タツミが頷く。


「確かに、それはあたしのイメージ通りのYOSHIかも。子供の敵を嫌う人だったもの……」


「兄さんはねぇー、善意でやってるわけじゃないんだよねぇー。たまたま嫌いな人種が悪人なだけの人って感じがするんだよねぇー」


「……うーん、確かに」


「みみがいじめられた時にも来てくれてぇー、いじめっ子の男の子をやっつけてくれてぇー……でも兄さんが活躍していじめっ子をやっつけたらぁー、今度はいじめっ子が『有名人にしばき倒されたダサい悪者』になって学校でいじめられ始めてぇー」


「かわいそうだけど、因果応報だね」


「そしたら兄さんがまた殴り込んで来てぇー、いじめっ子をいじめてた子達を全員ぶっ飛ばしてぇー、学校が平和になったんだよねぇー」


「えっ」


「みみさぁー、子供だったからさぁー。兄さんが助けてくれた時は嬉しかったんだけど兄さんがいじめっ子を助けた時は『なんで?』ってなっちゃったんだよねぇー」


「いやそりゃそうだよ、普通普通」


「みみがいらいらしながら『私をいじめてた男の子だよ?』って言ったらねぇー、兄さんなんて言ったと思ぅー? 『お前が気持ち良くなるためにお前の言うことを聞けという意味か?』だってさぁー。やー、兄さんはマジで兄さんだよねぇー」


「うひゃあ」


 なんでだよ、と東郷が心中でツッコむ。


「その時気付いたんだよねぇー。兄さんはみみが好きだから助けたわけじゃない。みみに喜んで欲しいから助けたわけじゃない。いじめっ子が悪で許せないから来たわけでもない。正義も義憤も仁義もない。兄さんはねぇー、他人の未来の可能性が狭まる『何か』がたぶん嫌いなんだってねぇー」


「……未来の、可能性」


「『強い人間になって風成善幸の前にまた現れる可能性』って言い換えた方が当たってるかもぉー? うんそんな感じぃー」


 確かにそうだと、東郷も陰で頷く。


 それが、まうが東郷に教えたような、『ホラー映画の怪物のような彼の中にある絶対のルール』なのだろう。


「兄さんが助けに来てくれた時ねぇー、みみは本当に嬉しかったんだぁー。兄さんは特別でみみは普通だったからぁー、ずっとそうだったからぁー、兄さんにとってみみってどうでもいいのかなぁーなんて思っててぇー? でもそうじゃなくてぇー、兄さんにとってみみは特別だったんだぁー……って、その時思えたからねぇー?」


「……みみちゃん」


「ま、兄さんは弟妹みんなの面倒見ててくれたんだからぁー、忘れられてたからって文句言う筋合いとかないんだけどねぇー?」


 兄の眩しい光に目を焼かれ、グレても仕方がない生まれと育ちの中で全くグレることなく、真っ直ぐに正道を歩く兄を追いかけている内に、とても真っ直ぐな女の子に育ち……けれど、兄はまだ振り向いてくれていない。そんな妹。


「対戦ゲームとかは人よりちょっと上手いくらいで兄さんを満足させられるほどじゃないしぃー、兄さんはみみの絵の上手い下手も分かんないしぃー、みみの中に兄さんの基準で評価されるものって無いような気がして……じゃあみみがどうしたら兄さんの視界の真ん中に映れるのか……分かんないんだよねぇー。あはっ」


 みみの気だるげなダウナーの雰囲気に、ギャルっぽいふんわりとした明るさの中に、ほんの一欠片の寂しさが混じった。


 タツミはそんな少女をぎゅっと抱きしめる。

 愛おしさを伝えるように。

 背中から伝わる感触に、"この人バカみたいに胸でっかいなぁ"とみみは思った。


「みみちゃん」


「んぅー?」


「文句を言う筋合いなんてないかもしれない。でも、寂しいって言う権利も、悲しいって言う権利も、誰にでもあるんだよ。……みみちゃんが我慢しないといけないなんて、誰も言ってないんだから」


 みみの雰囲気から、ゆっくりと小さな寂しさが抜けていくように見えて、東郷は誇らしさで胸を張った。かつてタツミの友達であることを誇った者として、東郷は再び誇らしい気持ちを得る。


 誇らしいことなのだ。誰かの心を救える善人の友達であるということは。


 同時に、『やっぱ僕はああいう主人公みたいなやつにはなれないな』と、東郷はまた自然と自分を他人の下に置いていた。


「……タツ姉は優しいねぇー」


「みみちゃんが頑張ってるからだよ」


 タツミが膝の上のみみを抱きしめたまま、また頭を撫でる。

 2人は真っ当な姉妹のように、けれど年の離れた友達として、真っ当な仲の良さを深めていった。


 善幸をここに連れて来れば、『ずっと妹のそばに居なかった俺よりずっと妹に必要な人間だ』とコメントしたりするかもしれない。


「兄さんってねぇー。きっと味方のために命を賭けてくれる人だけどぉー……欲しいのは味方じゃなくて敵なんだよねぇー」


「敵?」


「兄さんは誰に助けてほしいとか救ってほしいとか思ってないんじゃないかなぁー? 『自分1人の力でなんとかできなかったなんて情けない』とかは思うかもしれないけどぉー……兄さんは負けないために味方が欲しくなるタイプじゃなくてぇー、自分を負かしてくれるくらい強い敵に全身全霊をぶつけるのが好きなタイプに見えなぃー?」


「……なるほど」


「みみはきっとさぁー……兄さんの『敵』になる才能がないんだよねぇー」


 『敵』。


 みみが家族として見つけた1つの答えが、納得と共に東郷の胸中へすとんと落ちる。


 アチャ・東郷の中で、全てが繋がっていく。きっとそれが、風成善幸の仲間としてずっと上手くやっていくために必要な、最後の1ピースだった。


「大丈夫、大丈夫だよみみちゃん。……そうだ。チャンスを見つけて、あたしとみみちゃんでお兄さんを倒そうね。そしたらお兄さんもみみちゃんを見直すはず」


「ええぇー……難しくなぃー? 兄さんに勝つのってすごく難関そうじゃなぃー?」


「それは……そうだけど! あたし、頑張るから。みみちゃんがお兄さんにとって特別な記憶に残るよう、頑張るから! そしたらみみちゃんも、お兄さんに認められて、お兄さんにいっぱい甘えられたらいいよねっ」


「……」


「み、みみちゃんに前に描いてもらったあたしのファンアート、むっちゃ可愛くて、何か恩返しできないかなって思ってたんだよね! でもあたしってホラ、人を殺すゲームばっかやってきた女だし、根本的にドジだからさ。他にできることあんまないし。こういう形でみみちゃんを助けられたら嬉しいなって、そう思うんだ」


 昔の彼女なら言えなかったであろう言葉。

 今のタツミなら言える言葉。

 離れてそれぞれの道を進んでいる間に随分と心が成長していたタツミに、東郷の鼻の奥がつんとなる。"泣くなよ"と東郷は自分に言い聞かせた。


「……タツ姉さぁー」


「うん?」


「やっぱ、いい人だよねぇー。みみはきっと兄さんみたいには一生なれないけど……なれるなら……タツ姉みたいな大人になりたいなぁー」


「だ、ダメだよ!? あたしみたいなダメ人間になっちゃダメだからね絶対!」


「あはっ」


 昔は子供で、新人で、新参だった東郷達も、何年も経つ内に、後輩や歳下を導くような立場を得るようになってきている。


 誰かに憧れて物語を始めた者達も、いつかは誰かに憧れを向けられる側になる。


 子供が大人に憧れ、新人が先輩に憧れ、凡人が天才に憧れ、敗者は頂点に憧れていく。


 世界は、そうして回っている。


「みみちゃん、今日はお昼配信するみたいだけど何するの?」


「んとねぇー、若いご新規さんと海外リスナーの人が見たことないって言ってたから『騎至界』のアニメ同時視聴とかしようかなーって感じぃー?」


「おー。みみちゃんが好きなやつだ」


「なんか好きなんだよねぇー」


「あれ、好きな理由ハッキリしてないんだ?」


「なんか好きでずっと好きなんだけどなんでこんな好きなのかよく分かんないんだよねぇー。うんとちっちゃい頃に見てたからかなぁー? 今のアニメの方が絵も話もちゃんとしてるってのは分かるんだけどそれでもこのアニメが好きなんだよねぇー」


「お兄さんに聞いてみたらみみちゃんが好きな理由とか覚えてたりしないかな」


「無い無いってぇー。兄さんはきっとみみが好きなアニメとか知らんてぇー。全然帰って来ないしそもそも兄さんみみにあんま興味無いからさぁー」


「ひどいねぇ」


 東郷は思わず笑い出しそうになってしまい、口を抑えて無音を貫く。


「……蛇海ちゃんが思ってるほど、ヨッシーのやつは君に興味無いわけじゃないんだぜ」


 東郷はぽつりと呟き、その場を離れた。

 これ以上居たら見つかりそうだったから。


 妹のことを忘れてしまうようなダメな兄。

 そんな兄にあやされながら、好きなアニメを兄と見て、その時そのアニメを好きになって、兄も好きになったのに、赤ん坊の頃のことだから覚えていない可愛い妹。

 相互に大事なことをお忘れの兄妹。

 似てるようで似てなくて、似てないようで似ている、そんな兄妹に東郷は苦笑した。


 家族とのことを細かく覚えているのが愛、それは間違いない。


 ただきっと、家族とのことを忘れてしまっていても、互いを大切に思う気持ちは忘れていなくて、互いを大切にすることができる……そんなヘンテコな兄妹も居ていいんだろう。『好き』で回るこの世界なら。


「なんて似てる兄妹だ……でもまあ、ほっといても普通に問題は解決しそうな兄妹だよなぁ。心配する必要は無かったらしい、うん」


 『善幸とみみの兄妹関係を心配して盗み聞きしていた』東郷も、どうやら安心できたようだ。

 どうも善幸の普段の振る舞いから「家族関係大丈夫なのかな」と思っていたりしていたらしい。

 妥当である。


 東郷が見る限り、求道者の兄と、甘えん坊の妹は、ちょくちょく問題を起こしつつも、互いに歩み寄りながら家族としてやっていけるように見えた。


 ただ、みみが兄を追いかける限り、あの兄は妹を振り回し続けるのだろう……とも、東郷は思うのだった。追いかけても、振り向かない男。周りの全てを引きずりながら進んで行く男。


「伊井野ちゃんと、あとはたぶん、不寝屋ちゃんも……ああいう男が好きなんだねぇ。良い男の趣味してるわ。いや男の趣味が悪いのかこれ? よう分からん。何も分からん……」


 東郷は小腹が空いたので近場のコンビニに行き、パンとおにぎりと定番の揚げチキンを買って事務所に戻る。


 その途中、事務所の裏庭のベンチに座って、大量のデータを分析している善幸を見つけた。


「お」


 チキンをかじりながら東郷が遠目に覗き込むと、どうやら東郷の過去の対戦データを整理しつつ分析しているようだった。

 自動で働くソフトウェアが次々とデータを類型にまとめ上げているのが見える。

 善幸の耳にイヤホンが見える辺り、音声も使って分析を行っているようだ。


 東郷はまたこっそり覗いていようかとも思っていたが、善幸が振り向く。

 東郷は物音1つ立てていなかったし、気配もほぼ無かったはずで、距離もそこそこにあったはずだった。イヤホンで音は聞こえていないはずだった。善幸は東郷に背中を向けていたはずだった。

 なのに、気付いた。


「何をしている?」


 善幸の見透かすような瞳に、冬の夜を思わせる冷暗の眼差しに、東郷は僅かに身震いする。

 しかしニヤリと笑って、湧いた感情を不敵な笑みの奥へと隠した。


「……軽食買って来たけど食う?」


「いいのか」


「おお、食え食え。今だけダブルチョコスティックパン食べ男になれ」


「ならんが」


 東郷がおにぎりをかじり、善幸も受け取ったパンをかじり始めた。パンを片手に、片方の手で端末を操作し、善幸の両目はデータに視線を滑らせる。


 きっと東郷が話しかけない限り、善幸から東郷に話しかけたりはしないのだろう。

 善幸にしたい世間話など無い。

 今すべきことだけをしている。

 無視されている東郷が機嫌を損ねることなど、善幸はまるで気にしていないに違いない。


 そういう善幸の研ぎ澄まされた無骨なひたむきさが、ただひたすら周りを気にしない唯我独尊な生き方が、東郷にとっては羨ましくて、好ましい。


「なあヨッシー……気になる女の子とか居る?」


「なんだ突然」


「日和ってんのか?」


「なんだお前」


「周りに女子が居て……日和ってるやつ居るぅ!? 居ねぇだろ!? 周りに女子が居たら可愛くなくても気になってくるのが男だろうがよ!」


「知らん」


「義妹のみみちゃんとか可愛いとか思ってねぇのぉ? 1つ屋根の下で暮らしてたんだろこのこの」


「何だお前は……」


「男ってのはですねぇ、女のことを常に考えて居るもので、その対象が女優かアニメキャラかVliverかみたいな差異しか無いんじゃねーかって僕は思うわけですよ分かりマスカレーナ?」


 東郷からすれば、会話の取っ掛かりでしかなかった。まうやいのり、はたまたタツミやみみなど、繊細な女性陣らと善幸の間を取り持つため、善幸が彼女らをどう思っているのか軽く聞き出すだけのつもりだった。


 もしも善幸が誰か女の人を好きになったなら、東郷はそれを全力で応援する気で居た。たとえ熱愛報道のリスクがあっても、それで迷惑を被る可能性があるとしても、応援してやるつもりでいた。


 善幸が特別だからではない。アチャ・東郷という男は、友達ならば誰に対してもそういう風に助けようとする者であったからだ。

 彼の中には、そういう優先順位がある。


 けれども、しかし。


 善幸の返答はいつだって、東郷が予想していたものを超えていく。


「今はお前のことしか考えていない」


「───」


「お前を強くし、お前を栄光の台に立たせる。それが今の俺の仕事だ」


 胸を打つ言葉だった。

 心を揺らす言葉だった。

 夢の灯を点けるような言葉だった。


 今、彼の中で……と。そう気付いたことで、胸の奥に燃える炎があった。


「お前達が成し遂げられれば、あるいはどうしようもないほどに失敗すれば、俺はまた1つ自分の可能性を試し終えるだろう」


「試し終えたらどーなんの?」


「次の挑戦に行く。俺の人生は一生挑戦だ。挑戦者でなくなることはないと思う」


「……なるほどねぇ」


 風成善幸は挑戦し続ける。

 自分を試すように。

 可能性を確かめるように。

 極限の領域を見るために。

 そうして生きていく途中に、『たまたま』誰かの人生を救っていくのが、この男の根幹に根ざす本質である。


 赤の他人から見れば、風成善幸は完全無欠の聖人であり、年相応の拙さを備えながらも懸命に人を助けようとする慈悲の者に見える事もあるだろう。

 だが、そうではないのだ。


 そういう風に虚像を抱けば、幼き日のみみがそうであったように、彼に向けた『期待』はいつの日か必ず裏切られるだろう。


「しかし俺もお前達の人生を任せられている以上、半端はしない。俺にできることは全てやりきり、死力を尽くすつもりだ」


「わーってるよ」


 風成善幸は自分を試し続け、極限の向こうにある『何か』を見たがっている。その妄執に囚われている。しかも、望んで囚われたままでいる。

 だからそのために、他人の可能性と成長にのみ興味がある。

 そして、その未来を閉ざす者を許さない。


 つまり、善幸は仲間の失敗を恐れていない。

 他人にかけられた面倒や迷惑に興味がない。

 他人のせいで発生した自分の損得に頓着がない。

 実のところ、他人が善幸に向ける善意や悪意すら気にしていない。


 ゆえにか、教え子の失敗は全て自分のせいであり、教え子のせいではない。彼はそう考えるのだ。

 たとえ教え子が自分勝手な理由からグレたとしても、彼にとっては『自分の能力不足』で結論がつくだけである。自分が上手くやればよかっただけの話、で終わるだろう。


 だからどこまでも真摯に懸命になれる。

 彼にとって教導とは、教え子を教え導くことではなく、自分自身の『教育能力の可能性』を試す過程でしかないからだ。


 善幸が他人に向ける『期待』は、他人にとって都合の良い形に歪んでいる。


 善幸が他人を救う行動には普通の善意がなく、ともすれば『自分勝手』ですらあるのに、それもまた他人にとって都合の良い形に歪んで行使されている。


 結果論として善幸が人を救うことはある。

 そうして善幸は味方を増やしていく。

 あるいは支持者を増やしていく。

 だが、彼にとってそんなものはどうでもいい。

 彼が欲しがっているのは、敵なのだから。


 だから、味方ばかり忘れ、敵ばかり覚える。


 タツミを覚え、みみを忘れたように。


「パン、美味だった。感謝する」


「……」


「東郷?」


「な、ヨッシーさ」


 東郷は、他人に求めず、他人に与えられる必要がなく、他人に救われることも助けられることも求めない、けれど他人に恩恵はもたらすであろうこの男が……どうすれば喜ぶのか、考えた。

 何が至上の報酬となるのか考えた。


 そして、それを言葉にする。




「僕がいつか、お前をタイマンでボコボコにしてやるよ。いつになるか分かんないし、できるかも分かんないけどさ……それが嬉しいんだろ?」




 それこそがきっと、風成善幸に感謝の意を伝える言葉の中で、最も『正解』に相応しい言葉であった。善幸を理解した上で、真に感謝し、彼に対する最大の報酬を考える力がある者にしか言えない、そういう言葉であった。


 驚愕。

 呆気。

 歓喜。

 戦意。

 獰猛。

 感謝。

 その他多くの感情が、代わる代わるに善幸の顔に浮かんで、口から漏れるは感謝の言葉。


「ありがとう」


 東郷はこんなにもな響きを宿した善幸の言葉を、初めて耳にした。


「そう言ってくれた男は、お前が初めてだ。本当に嬉しい。俺のことを分かってくれてるんだな」


「よせよ。僕はお前のことだいぶキチガイ野郎だと思ってるからな」


「なんだとこの」


「ははっ」


 東郷は善幸に対しちょくちょく"こいつ分かってないやっちゃな"と思っている。

 けれど同じくらいの回数、東郷も善幸に同じようなことを思われている。


 前世の善幸が好きだった、本の中の格好良いキャラクターに、こんな風に『最高の言葉』を掛けてもらえたのである。誰もが望んでも叶わないような、望外の夢であるに違いない。オタクの夢・オブ・オタクの夢だ。


 きっと、星というものは皆、自分が輝いていることに気付いていないのだ。

 いつだって、自分の隣で生きている誰かを照らしても、照らした自分に無自覚なまま。

 いつも何かを照らしていることこそが、星の条件なのかもしれない。


「ヨッシー、まだ裏庭で分析してく感じ?」


「ここの事務所のデータベースを無線で使わせてもらっている。事務所の中に居ると他の人の仕事の邪魔だ。次の作業が始まるまではこうしている」


「あーなるほどね。僕の特訓準備もあるからそうか。んじゃー僕は事務所行って音響調整とか手伝ってくるかな。今日確か調整できる人が風邪引いて急に休んだから予定してた作業を後に回すとかなんとかかんとか言ってたし」


 善幸が少しだけ意外そうな顔をする。


「演者が事務員の手伝いに行くのか」


「ん? だって頑張ってんじゃん。みんな頑張ってるなら助けてやりたくならね? 同じ事務所で頑張ってる仲間ならなおさらさ」


「……そうか」


「頑張ってる他人っていいよな。頑張ってる人を見ると、僕だけ頑張ってるわけじゃないんだなって思える。僕もまた頑張んなくちゃなってなる。僕以外の頑張ってる人って皆最高だよ、僕に力をくれるパワー源なんだワ」


「……」


「ヨッシーもそう思わね?」


「そんな風に思ったことは一度も無い」


「薄情マンめぇ」


「……お前が特別なんだ、東郷」


「えー」


 善幸は去っていく東郷を見送った。


 地平線に消えていく流れ星を見送るように。


 水平線に消えていく月を見送るように。


 善幸は、去っていく彼を見送った。











「東郷。どんな状況でもフラットな意識を保つことを心がけろ。狙撃手は強力なポジションだが、意識の持ち方に偏りがあると強みが薄れる」


「あいよ、相棒」


「……特訓が終わるや否や、その呼び方を定着させようとするのはどうにかならんのか、お前。なんだ突然相棒って」


「なんだよ、この呼び方は嫌か?」


「呼び方を変えたところで何かが変わるものでもない。好きにしろ。俺の方は別に何も変えないが」


「ヘッヘッヘッ、圧倒的感謝……!」






「分かった。相棒の言葉を信じる」


「俺もお前を信じる。気負うなよ、東郷。お前達の教育と成功に責任を持ってるのは俺だ。何も上手く行かなかったとしても俺が……」


「バカ野郎! どんな結果に終わっても、責任は僕とお前で半分こだ。1番強いからって全部責任背負わなくてもいいんだよ! 相棒がなんだか知らねえのか? 一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に地獄に行く奴のことを言うんだぜ?」


「……そういうもんか」


「そういうもんだよ。へへ。今のところ1番強いやつと、その内強くなりそうなやつでだって、相棒にはなれるってもんよ。そんで相棒にさえなっちまえば、遠慮なく互いに頼り合えるってもんなんだぜ?」


「そういうもんか……」






「とはいえ、今のとこお前が僕を頼ってくれそうな気配は無いからな。しゃーねえ、今日中にめちゃくちゃ強くなって、YOSHI様が僕に背中を預けてくれるようになるしかないな?」


「頼むぞ」


「頼まれた。好きだよアタイ、そういうの」











 過去が今を創る。

 今を過去だけが救う。

 東郷は1つのを出し、望む結果を掴み取るべく、戦術を組み立て走り続けた。


 バトルルール、『ハントアンドシーク』。

 フィールド設定、ユーザービルドマップ『実験体に占拠されたサイバーパンクの摩天楼』。

 天候設定、『暴風雨』。


 オーブを1つ、みみが持つ。

 もう1つを東郷が持つ。

 3つ目の所在は不明。

 3つを手に入れた者が、この試合の勝者だ。


 歪んだ紫が揺れる、漏洩した実験植物が繁茂する異形の森。その中を東郷は走る。

 それを追う蛇海みみ。

 森が暴風雨を遮る壁となり、東郷は両足で、みみは機械の八本腕で、大きな根っこだらけの森を走る。風をひたすら追い越して。


(僕の弓矢のスキルに搭載されているのは、6種+1種のスキル……だけど、7つ目のスキルはまだ実戦で使えるレベルにない。奇襲に使うつもりだったが、今回は使わない。捨てる。多くある選択肢に惑わされるな。……重点的に練習した6種のスキルで、狙った結果を導くんだ)


 東郷の脳裏に蘇るは、YOSHIの教え。



───俺は散々研究されている

───俺のスキルセットは周知のものだ

───……よって

───俺はスキルの応用以外で意表を突けない


───だが、お前は違う


───東郷、お前には権利がある

───初見のスキルで意表を突く権利が

───お前は俺が失った、未知という武器をまだ持っている



 東郷は既にみみに『爆発』『轟音』を見せている。7つ目の変化は使わないとして、残るは4つ。それが意表を突く選択肢となるだろう。


 と、その時。

 みみの背中の機械腕八本が、すっと消えた。


「むぅー……」


 維持力が尽きたみみのスキルが消失し、みみが足を止めている間にも、東郷は走る。東郷は移動にスキルを使っていない。ついでに言うと、ちょくちょく走り込みをしているタイプの成人男性だ。


 みみのように素で走るのが苦手なインドア女子は、こういうフィールド──雨に濡れた根っこだらけの夜の森──を全力疾走するためには、スキルを使うしかない。

 ゆえに、スキルの維持力が切れれば止まるしかない。東郷からのカウンター狙撃を防ぐため、みみはささっと木の陰に隠れる。



【名称:ローヌの腕】【形質:八の腕】

維持力:15


【名称:民衆を導く自由の女神】【形質:八の銃】

維持力:15



 これはゲームなので走り続けても息切れすることはない。なので東郷はみみが維持力が切れている間にもトップスピードで走り続けられる。

 東郷は何年か前に悪路走行の技術を猛練習で身に付けている。素人にはまず負けない技術だ。


 スキル発動中はみみが距離を詰め、みみの維持力が切れると東郷が距離を稼ぐ、その繰り返し。

 しかし総合的に見ると、みみは確実に東郷との距離を詰めており、東郷の余命はあと数分だろうと思われるところであった。


「器用に走りますねぇー……」


 みみは雨中の走行技術など、東郷が定期的に見せるそういう技術……"ちょっとした便利な小技"に事あるごとに感心している。

 東郷は良い意味でも悪い意味でも、小手先でどうにかしようとする男なのだ。


「普段、蓋が開けられない瓶とかをアチャやんとかにお任せするとぉー、なんかぁー豆知識使ってパッと開けてくれるんだよねぇー」


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯頼りになる人ですからね

◯器用な人だと思います

◯みみさんが不器用なのではないでしょうか

◯みみさんは可愛いからいいのです



 みみの配信を見ているリスナー達の反応も、大まか東郷の小器用さを褒めていた。しかしながら、東郷を褒めながらも全てのコメントが、推しみみの勝利を信じていた。


 走る東郷の背中が多少なりと離れた頃、みみのスキルが復活する。

 銃口を備えた白き八本腕が蘇り、みみは再びスキルで悪路を踏破し始めた。


 然れども、すぐにバキッという音が鳴り、左右からそれなりの太さの木がいくつも同時にみみを狙って襲いかかった。


「!?」


 みみは驚くも、冷静に機械の腕で殴って壊す。

 八本の腕があれば、走る腕と迎撃の腕の役割分担も自由自在だ。


 植物系の操作スキルかな? とみみは一瞬思うが、すぐに木の表面に付いた『氷』に気付いた。


「……『凍結』?」


 それこそ、東郷の矢の3つ目の変化力。

 おそらくは、逃げる途中に東郷がこの樹木の板バネ金属のような弾性に気付き、木を曲げて氷で固定し、繋がった氷をみみが踏み砕いた瞬間に木が跳ね上がってみみを襲うようにしていたのだ。


 おそらくこの罠を仕掛けるためにあまり時間は使っていないはずだ。慣れた手つきで素早くこなせなければ、みみに気付かれていたはずなのだから。


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯雨を使って変化力以上の氷を作っていますね

◯環境を利用してスキルを強化したのでしょう

◯雨があれば氷を多く作れるのですね

◯弱い力を器用に応用したのだと考えられます

◯みみさんにはできない高等技術です

◯みみさんは可愛いからいいのです



 だが防御行動と移動行動を同時に行えるのがみみのスキルセットの強みだ。

 八本の腕の内、二本を移動、二本を防御に使えば、彼女は減速無しで追撃を続けられる。


 だが東郷も打つ手を緩めない。

 最後に襲いかかる一本の木を殴り壊した瞬間、みみは額の前に迫る『氷の塊』を見た。


 おそらくは曲射。

 『凍結』の変化力を加えた矢を直上に打ち上げて、矢が触れた雨を次々取り込むように凍らせて大きな氷の塊となって、みみの頭上に落ちてきたのだ。

 速度は時速20km程度。

 ダメージは通らなくとも頭は揺れるだろう。


 みみは瞬時に反応し、思うだけで動かせる機械腕にてそれを殴る。

 弾かれた氷の塊が粉砕され、雪化粧となって嵐の中へ溶けていった。


「こんなんじゃーみみはぁー……」


 そうして、みみの意識の隙間を突くように、一本の矢が真正面から飛来する。


「!」


 ひやり、とみみの背筋に怖気が走った。


 走るのに使っている腕が二本。

 氷の罠に対処するのに使った腕が二本。

 今氷塊を殴り弾くのに使った腕が一本。


 残り三本でとっさに防御するが、案の定矢は『爆発』であり、このタイミングでは防ぎきれない。

 みみの全身を爆発が揺すり、飛んだ破片がみみの頬を浅く切り裂いていった。

 くらりと、みみの視界が揺れる。


「ぬぅー……!」


 罠を作って左右から襲わせ、曲射して上から落とし、その後に真正面から直射する。これによって擬似的な三方向以上からの同時攻撃を行う。逃げている側とは思えない攻撃の組み立てだ。


 『撃ちながら逃げる』のは、『引き撃ち』と言ってFPSゲーマーの基本中の基本である。これはそれのPD版応用と言えるだろう。


 みみが直線的に追ってきていたため、罠を仕込むのも、曲射を当てるのも、東郷にとっては容易なことだったに違いない。

 PD経験値ではみみが東郷を圧倒しているが、対人ゲーム経験値では東郷がみみを圧倒している。

 これは、先読みの戦い方だ。


 罠や曲射を警戒しつつ追おうとするみみの追撃速度は目に見えて下がり、そんなみみを遅延ディレイ配信で見ていたリスナーの一人が、見解を長文コメントで述べる。



◯これ、とてもYOSHIっぽい戦い方ですね。相手の考えることを増やして、相手が警戒しないといけないことを増やしていく。戦闘の択を増やして相手を迷わせる。強いスキルで力押しして倒すんじゃなくて、スキルの応用でちょっと相手の予測を外して勝つ。戦いを読み合いに持ち込むやり方です



 コメントが見えていないみみは、少しばかり熱くなり、お返しとばかりに撃ち返す。

 8の銃口で狙うのは、木々の合間にかすかに見える東郷の影と、その本体。

 同時に火を吹く、八岐やまたの銃口。

 しかし、銃弾は届かなかった。


「……っ」


 弾のスキルで1枠、発射するスキルで1枠を使うビルドは、発射するスキルの維持力がそのまま射程になる。手元から離れたスキルを維持する力が維持力であるからだ。

 銃、弓、大砲、スリングショット……飛び道具の使い手は、発射台にあたるスキルに振った維持力がそのまま射程になることをよく分かっている。

 だからこそ、東郷は維持力16射程以上の距離をずっと維持し続けていた。



【名称:L'Arc】【形質:7種の矢放つ虹の弓】

維持力:25


【名称:民衆を導く自由の女神】【形質:八の銃】

維持力:15



 距離があるから、妨害する余裕がある。

 妨害で減速させているから、距離を維持できる。

 反射神経や達人の絶技に頼らない、余裕をもって優位を保つ、教科書に載せて新人に見せたくなるような手堅い戦術の運用だった。


「もっと速く追……ん?」


 罠を食らうのも覚悟で加速しようとするみみだが、それを読んでいたかのように、地面に打ち込まれていた矢が『轟音』を響かせた。


 ダメージは無い。

 ダメージが目的ではない。

 集中してスキルを行使しようとしたみみへの単純な嫌がらせだ。


「んむっ」


 人間の脳は、何もしていない時に騒音を聞いても、多少のストレスが掛かるだけで、1日2日程度ならそのままでも問題はない。


 しかし、たとえば集中して作業をしている時に大きな騒音を聞かせられ続けるだとか、複数の映画を同時に集中して見るだとか、『矛盾する音の差し込み』が起こると、脳は急速に疲労する。そういう構造になっている。東郷はこれを利用していた。


 おそらくは変化力3相当の音。

 短く大きな不快音と、弱くて長く続く深い音が交互に連続でやってくる。

 高変化力の轟音のように、相手を少しの間行動不能にする……といった効果は無いが。集中力を多少削ぐ効果はあるようだ。


「むぅー、器用ぅー……」


 配信画面には遅延込みでフィルターがかけられた音が流れるためリスナーは平気だろうが、至近距離で食らっているみみからすれば、煩い事この上ないといったところ。


 更にそこに追い立てるように、次々と矢が飛んでくる。あいも変わらずの引き撃ちだ。

 破壊力で暴風を破壊しながら突き抜けてくる矢は、森の木々の隙間をすり抜けるように飛来し、優位に追っているはずのみみを攻め立てる。

 自然の風にこの矢は止められない。



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

破壊力:7



 東郷の次なる手は、新たな変化2種。

 片や『煙幕』。

 片や『閃光』。

 1つ目の矢の煙幕でみみの視界が覆われ、煙幕を突き抜けてきた2つ目の矢がみみの目の前で破裂。闇夜に目が慣れ、かなりの近距離で大きな光を浴びたみみの視界が、一瞬真っ白く染まる。


 正確には、フルダイブVRのシステムが"そうなった"視界を再現し、みみの視界を損なった。


「ッ」


 追撃が来る。

 そんなことは分かっている。

 分かっていても、みみの視界は真っ白だ。

 次の矢は見えない。

 凡庸な人間相手なら、これで決まっていたかもしれない。しかしこれを捌けないような人間では、レートレベル3000には届かない。


 みみは既に、変化させた弾を『膜』として展開した八本腕に対し、東郷が突破する手段を持たないということを看破していた。

 何故ならば。



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

絶対力:13


【名称:弾痕光華門外】【形質:八の弾】

絶対力:14



 みみの弾の方が、絶対力が上だから。


 みみは八本の腕を並べて斜めの壁にするよう構え、飛んできた矢を防ぐ。

 一本目、二本目が『閃光』。

 三本目が『爆発』であった。


 二本の光は空の彼方へ飛んでいき、三本目が爆発して腕越しにみみの体を揺らす。


「これで───」


 そこに。東郷の攻撃の最後の組み立て、4射目の矢が放たれた。


 力の配分を計算して限界ギリギリまで力を使い切る形で放たれた最後の矢は『加速』。みみはその矢が『爆発』であると思い込み、離れた地点で撃ち落とそうとするが、空中で矢が加速したことにより、撃ち落とし損ねる。


「!?」


 みみは咄嗟に、その矢を右掌で受けた。


 みみの積み重ねたPD経験。

 咄嗟に諦めず足掻ける気質。

 そして、東郷のスキル制御の未熟さと、無理な連射による4射目の破壊力の低下。それらが相まって、矢はみみの掌を軽く貫通しただけで止まってしまった。


 溜息を軽く吐く東郷。

 安心してほっと息を吐くみみ。

 デバイスを通じて、システムが事前の設定範囲で擬似痛覚をみみの掌へ流す。


「あいだだだだだぁー、アチャやん男女平等すぎぃー」


 フェイント込みの連射攻撃に、みみは的確な防御を回答として返した。

 手に穴は空いたが、全ての攻撃を凌ぎきったと言っていいだろう。


 そしてみみは追撃の手を緩めない。距離を縮め続けることをやめない。ここまでを明かした上でみみを仕留められないのであれば、その時点で東郷は不利になっているからだ。

 東郷は、未知という名の武器をどんどん使い切っている。


 みみは東郷の丁寧な奇策に惑わされることなく、自分の優位を見失っていない。

 このまま東郷がみみの射程に入れば、そのままするりと東郷は負けるだろう。


 ブレないみみの表情を第3スキルの遠見で垣間見て、東郷は困った顔で頬を掻いていた。


「この能力の多様さぁー……1つ1つの変化の弱さぁー……矢自体の威力から見るとぉー……変化力10で6つか7つの能力を備えた感じかなぁー?」


 もう既に、東郷のスキルセットのタネはほぼ割れかけている。


 変化力をいくつかの変化パターンに限定して振り分け、それぞれの変化パターンを『そこそこ』の効果で使えるようにしたスキルセットタイプ。今の東郷の技量ならば変化力2~3程度の変化が使えるのではないかと、みみは推測していた。


 『爆発』は直撃させなければダメージにならない。自分の周りのそこそこの範囲をまとめて消し飛ばせるミサイル男と比べると、その威力は数十分の一にも届かないだろう。

 他の矢より強く見えるのは、矢自体に備わっている破壊力7が上乗せされるから。


 『轟音』もそうだ。モンスター寄せや嫌がらせには使えるが、音系スキルに求められるスタン効果が備わっていない。


 『凍結』も敵を倒せるほどの氷結効果が無く、機械腕をまとめて凍らせて動きを止める出力もない。雨水を使ってトラップ作成程度が精一杯。


 『煙幕』も『閃光』も、本来は周囲への全体妨害や、味方全員を逃がす性能を発揮できる属性だ。しかし東郷のものは効果範囲が狭いため、矢に効果を乗せて敵の目の前で発動しなければ視界を奪うこともできない。


 『加速』も、プロで剣に加速を付けているプレイヤー達が皆一撃必殺の攻撃になっているのに対して、東郷のそれは意表をついてなお掌で受けられてしまう程度の加速力だった。


 全部全部が、1つでは決定打にならない変化の能力。それを複数組み合わせて使う……使だった。

 人間にしか与えられないような、そんなスキルだった。

 これを設計したYOSHIが、どれだけ大きな期待を東郷に向けているのか、誰が見ても分かる、そういうスキルだった。


 みみには読み取れなかったが、このスキルセットには世界最強が彼へと向ける揺るぎない『期待』があった。

 それが東郷を強くする。



【名称:flèche】【形質:変幻自在の光の矢】

破壊力:7

絶対力:13

維持力:0

同調力:0

変化力:10

知覚力:0



 ここまでみみが見てきたのは1『爆発』、2『轟音』、3『凍結』、4『閃光』、5『煙幕』、6『加速』。これらの"ちょっとした"能力を組み合わせて、細かく相手の意表を突く弓矢のスキルセット。

 使いこなせれば相当脅威だろう。

 特に集団戦で果たせる役割数は計り知れない。


 だがみみが予想するに、このスキルセットが技能と合わせて完成するのは、まだ先だ。

 YOSHIが牽引するチーム……『マイティ・フォース』がまだ本格始動していない今なら、如何様にも勝ち筋は在る。


 みみにあと必要なものは、勇気だけだ。


 罠にも迎撃にも飛び込んで、全てを弾いて、東郷を仕留められる距離まで迫る勇気。


「……」


 ふと。

 みみの脳裏に、言葉が蘇る。

 試合前、兄の善幸/YOSHIが述べた言葉だ。


 YOSHIは今回相棒となる東郷の肩を引き寄せながら、こう言った。



───俺とお前、前哨戦はいい勝負だった。だが、イベント本番じゃお前は勝てない


───何故で御座ろうか


───こいつが居るからな



 兄は優しい人だと、みみは思っている。

 強くなければ妹のことすら忘れてしまう人だけども、妹を大切にしてくれたこともあると、みみは覚えている。

 妹のことさえ忘れてしまう人だから、めったに連絡もくれないし、会いに来てさえくれないけど、それでもみみは兄のことが好きだった。

 兄の生き方が好きだった。


 ただ、本当に、兄は優しいだけだったし、みみは大切にされただけだった。

 みみは兄に『期待』されたことも、『頼られた』ことも、1度も無かったのだから。


 当然だ。

 YOSHIが家族を頼ることなど無い。

 困難を自分だけの力で乗り越えてこそ、自分の価値と可能性が証明できる───そう考えている男が、可愛い妹を頼るわけがない。


 けれど、みみは本当は頼られたかった。


 大好きな兄の助けになりたかった。


 兄に可愛がられる妹ではなく、兄に信頼され、兄に感謝される女になりたかった。


 だから。


 湧き上がる気持ちは、『兄に頼られるくらい優秀なアチャ・東郷』への、黒い嫉妬だった。


「……っ」


 その黒い嫉妬を、みみは気持ち1つで輝ける勇気に変換する。


 嫉妬も羨望も、勇気も決意も、全て等しく蛇海みみの原動力。

 "強い気持ち"を全部ひとくくりにして踏み出す速さは、本日最速。

 機械の腕が泥の地面を踏み締め、踏み出す。

 かくして、蛇はうねるように駆け出した。


「よしぃー……あともうちょいぃー……」


 無数の迎撃と罠を伴う東郷の引き撃ちを越え、無数の工夫を踏み越え、みみは距離を詰めていく。


 かわして、弾いて、撃ち落として、走る。


 みみが恐れ無き勇気を見せ、一直線に最高速度で突っ走れば、いかな妨害も足止めにはならない。


________________

□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯頑張ってください!

◯負けないでください!

◯勝ってください!

◯でも遅延あるからこのコメント届かないですね

◯みみさんは可愛いからいいのです



 見えない応援に背中を押されるようにして、跳び上がったみみが8つの銃口を東郷に向ける。


 もはや、銃の弾が届く距離。


 東郷にそれを防ぐ手段はない。


「捉えたぁーねぇー?」


 東郷の表情に苦悶が満ちる。

 打てる手は全て打った。

 今も仕込みは進めている。

 だが、みみに倒されるまでに間に合うかどうかはだいぶ怪しいところだ。


 弓のスキル、矢のスキル、そして遠くを見るためにも使える第三のスキル。この3つに防御も回避も無い。凌ぎ切るためのベターな手段がない。

 諦めが心を撫でる。

 諦めが胸に染み込む。

 諦めが耳にささやく。

 東郷の心の奥に、無数の言葉が蘇る。


───君に才能はない


 無数の言葉が。


───あの両親から面白みの無い子がねぇ


 無数の言葉が。


───ヘタクソ、FPSやめな


 無数の言葉が。


───10年配信者やってて登録者少ないねw


 無数の言葉が。


───先輩って上達しませんね


 無数の言葉が。


───真面目に生きてないんですよね、貴方


 アチャ・東郷を、諦めに誘っていく。

 生温い諦観に誘導していく。

 楽な終わりへと引っ張っていく。


 彼の脳内に次々と蘇る無数の言葉、無くならない過去、忘れられない悪意の数々を。




───俺もお前を信じる。気負うなよ、東郷




 相棒の言葉が刻んだ記憶が、切り裂いた。


「……っ」


 東郷が顔を上げ、強く一歩を踏み出す。


 品の無いいつものリスナー達が、時間も距離も離れた彼方の東郷へコメントを打ちまくった。


______________

□東郷視聴者集会所▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯は? お前これで試合負けたら晒すよ

◯アチャの流星群は強い

◯東郷の勝ちフラグ気持ち良すぎだろ!

◯止まるんじゃねえぞ……



 何も見えない。

 東郷には何も見えていない。

 透明な応援だ。

 でも、もしも、それに僅かであっても誰かの背中を押す力があったなら。


「諦めるな……」


 自分に言い聞かせるように呟く東郷を、新規のリスナー達が応援する。


______________

□東郷視聴者集会所▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯がんばれー!

◯負けるなー!

◯勝て勝て勝て!

◯正念場だぞっ!



 東郷には見えていない声援の熱量は、試合が盛り上がっていくにつれ、加熱していく。

 無音の応援だ。

 どこにも届いていないはずのそれらの声に呼応するように、声を背中に受け走り、自らを叱咤する東郷の咆哮が響き渡る。


「諦めるなっ!」


 その背中を。


______________

□東郷視聴者集会所▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯うちといのりも見てんやから負けんなやぁ!

◯かっこいいとこみせてね~



 仲間達の声が、押していた。


「くっ……おっ……!」


 八岐大蛇やまたのおろち、蛇海みみの八成りし腕から銃弾の雨が降り注ぐ。


 闇夜に輝く銃火のともしび

 嵐に溶けて行く多重の発砲音。

 サイバーパンクの街に降り注ぐ水の雨が、少女の放った鉄の雨に食い破られていく。


 迫る弾の群れに背を向けて走る東郷が、走り幅跳びの要領で全力の跳躍を行い──


「うおおおおおおおおっ!!!!」


 ──空中で東郷の体が、全ての弾を空中でかわし切った。


「!」


 みみは驚くも、間髪入れず追撃を放つ。

 破壊力16の集中砲火。

 8の銃口から同時に放たれている分、1発1発の威力は下がっているが、その分だけ発揮される面制圧の脅威は絶大だ。


 だが今度も、走っている最中の東郷の体が不自然に回転するよう向きを変え、滑り込むように紫の大木の陰へと東郷の体が逃げ込んだ。

 弾は大木をあっという間に削っていくが、大木が倒れた頃にはもうそこには東郷は居ない。


 不自然な挙動。

 ありえない力のベクトル。

 それを制御して弾を回避していく東郷。

 その奇妙奇天烈な回避行動の正体を、みみは既に見抜いていた。


 だ。


 東郷の両手に、矢が握られている。

 その矢が東郷の手に握られた状態で『加速』を発動し、東郷の体を引っ張ったのだ。

 移動スキルほどに便利なものではないが、東郷の跳躍や回避行動に少しの力を加え、弾幕の攻撃範囲外まで逃げおおせたり、弾と弾の隙間に滑り込むには十分な力があった。


 銃と弾ならイメージは難しい。

 だが弓と矢なら、いくらでもできる。

 矢は弾より大きいがために、こうしたイメージの応用に使いやすいのだ。


 東郷は更に『凍結』で雨に濡れた地面を凍結させ、そこに助走をつけて飛び込み、『加速』を発動させた矢を握ってアイススケートのように滑走。

 みみに縮められていた距離を、再び広げた。


「う……うわぁー。感心する器用さだぁー……」


 感心するみみ。

 "今思いついたんだろうか"とみみは考えるが、そうではない。

 東郷にそんな『正解の発想』を瞬間的に捻り出す能力はないし、瞬時の発想によって窮地を乗り切れるような才能はない。


 物体を加速させる能力の応用や、滑る路面を利用した滑走……それらの技は、何年も前に東郷が別のゲームで使っていた戦法の1つだ。

 何度も何度も練習を重ねた動きの1つだ。

 東郷ですら忘れかけていた技の1つだ。


 それを、当時のファンが切り抜き動画にしていた。それを東郷のマネージャーが拾っていた。それを提供された善幸が、今の東郷に最適なスキルにチューンして東郷に渡した。

 だから、今がある。


 『爆発』、『轟音』、『凍結』、『閃光』、『煙幕』、『加速』。

 "ちょっと色々何かができる"を束ねて、格上の強敵にも食らいつく。

 それがアチャ・東郷のスキルセット。


 東郷は再び『轟音』によって強く短い騒音と弱く長い騒音を繰り返し、みみの集中力を削いで、煙幕で目潰しをして逃げ切りにかかった。


 みみが東郷を見失えば、東郷はそこから逃げるも良し、狙撃でもう一度みみへの奇襲を狙うも良しで、一気に優位性を取り戻しに行ける。


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯難敵ですね

◯しかしみみさんが勝つと信じています

◯普段の練習の成果が出るはずです

◯みみさんは可愛いですからね



 だがそこで、東郷は逃げようとしたルートに落ちてくるいくつもの木々を見た。

 飛来する木。

 揺れる森。

 連続する落下音。


「っ!?」


「あんま思い通りにはさせないからねぇー」


 みみが走行のスピードを緩めぬまま、近くに立ち並ぶ木々を銃撃で片っ端からへし折り、それを余った腕で投げつけているのだ。


 投げられた木々は破壊力がない。しかし、木の下敷きになれば東郷は動けなくなってそのまま仕留められるだろう。つまりは負けだ。

 みみのような力強い機械腕を持たない東郷ではなすべがない。


「ならッ!」


 東郷は地面を凍結させ、後ろ向きに滑って逃げつつ弓矢を構える。

 まるでフィギュアスケートのバック・スケーティングのように。

 一歩間違えれば転倒しかねない動きであったが、東郷はセンスの活用ではなく練習量の反映によって、氷上の転倒を防止する。


 放たれるは『爆発』の矢。

 東郷は自分にぶつかる軌道を飛んでいた木の数本を爆発によって粉砕し、かつ変化力制御によって木々の破片をみみへとぶつけた。


 水の雨の中を突き抜ける木片の雨。

 みみは目に破片が入らぬよう両手で目を覆い、されど追撃のペースを緩めない。

 投げつけられた木々によって逃げ道を制限された東郷を、みみの熾烈な射撃が撃ち抜き、東郷の肩と脇腹に穴が空いた。


「ぐっ!」


______________

□東郷視聴者集会所▽   ︙

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◯アイススケートしかなかったけどいいかな?

◯やっぱ怖いスね蛇女子は

◯もしやこれ負けそうな感じですか

◯窮地窮地逆転逆転教育教育死刑死刑

◯狙撃ビルドでタイマンはキツいって!



 みみの方のコメント欄に勝利を確信したようなものが増え、東郷の方のコメント欄に敗北を憂うものが増えていく。

 工夫で乗り切ろうとする東郷。

 工夫を踏み潰していくみみ。

 勝敗の天秤はゆっくりと、しかし確実にみみの方へと傾いていっているように見えた。


 だが、そんな中、東郷の配信に1つのコメントが打ち込まれ、盛り上がっているコメント欄の中に呑まれ流れて消えていく。




◯今一瞬見えたけど、もしかしてアチャさんはあれを目指して走ってたのか? 遠視系のスキルがあるなら森に入った時点で見えててもおかしくはないよなアレ……




 逃げる東郷。

 追うみみ。

 降りしきる雨。

 叩きつける暴風。

 そして、森を抜けた先にあったもの……東郷が3つ目のスキルで遠視していたもの。


 が、そこにはあった。


 この歪んだ森は研究所から漏洩したもの。

 植物系の生物兵器の成れの果て。

 研究所を稼働させるための太陽光発電施設と、漏れ出した植物の森が隣接しているのは、ある意味では必然であった。


 大規模な太陽光発電施設は、その効率を高めるために大きな鏡を並べていることがある。

 鏡で太陽光を集め、効率よく太陽光発電を行うのだ。たとえば2020年代発の近未来SF作品ではこうして太陽光を利用する文明を描いた『ソーラーパンク』が描かれることがそこそこあったという。


 東郷は太陽光発電施設に素早く駆け込み、弓を構えた。みみが追いつき、東郷に照準を合わせる。

 東郷はそれを待ち受け、上に一射、そして鏡に一射を放った。


 上方に放たれし矢は『凍結』。

 薄く冷気を広げ、降りしきる雨を氷の粒へと変える。


 鏡に放たれし矢は『爆発』。

 鏡を粉砕し、鏡の破片を大量にバラ撒く。


 そして東郷が一息置いて、最後に『閃光』の矢を放つと───氷と鏡が凄まじい勢いで光の乱反射を開始した。


「これは……!?」


 東郷の矢は能力が多い。

 能力が多い分、1つ1つは弱い。

 『閃光』もみみの眼前で発動しなければ目眩ましにならず、光量が少ないため長時間視界を奪うこともできない。


 だが、下準備を重ねれば話は別だ。


 鏡、氷、光……複数の要素を組みわせることで、東郷はみみが東郷を見失うほどに光が折れ曲がりながら満ちた空間を作り出す。

 SFチックなパンク世界の鏡とスキルの氷を併用したその空間は、いわば広がる万華鏡。

 みみは当然、東郷を見失ってしまう。


 東郷はみみの弾丸に既に体を貫かれており、継戦能力を既に失っている。

 みみに仕掛けるならば、オーブ2つ取得を目指すならば、おそらくこれがラストチャンス。


「───!」




◯みみさんの努力はきっと報われます


◯逃げたら1人進めば2人殺せ東郷ー!


◯みみさんは可愛いので勝つのです


◯蛇海みみ 邪魔だ ゴッ やめろよ卑怯者!


◯うちらも見とるで全力出し切りや東郷!


◯まうちゃんが興奮しすぎてお茶こぼしてるよ~




 東郷は位置を移動し、スキルの完全な再使用ができるまで、一息置く。

 その間に、光の万華鏡は消え去った。

 いかなるスキルも、連続で使い続けることはできない。必要なのは、スキル使用の隙間をノーリスクなタイミングに持ってくること。


 一息置いて、渾身の力を込めて、弓の連射をすべく構える。矢に込めるのは『爆発』の変化力。視界外からの1発で仕留められなくとも、みみが東郷を完全に見失っている今ならば、追撃で畳み掛ければ確実に落とせるだろう。


「……」


 氷を使ったこのスキルの応用は、かつて東郷がディスと一緒に観戦に行った、YOSHIと花鳥風かとか雪月ゆづきのコンビ戦で雪月が使っていた氷の技を参考にしている。


 東郷がいつか見た憧れの姿を……YOSHIの相棒に相応しかった天才の女を真似ている。


 氷使いであった花鳥風雪月は、こういう風に氷を運用し、敵の視界を奪う技を得意としていた。敵として相対した時は、そうした運用でYOSHIを追い詰めたこともあったほどである。


 東郷は自分を信じず、自分に期待されることを恐れ、いつも他人を見上げるように生きてきた。

 だから、自分より優れた人間を観察し、記憶し、劣化した形で真似るという選択肢がある。


 今、YOSHIの相棒として戦っているという自覚から、かつてのYOSHIの相棒の技を真似るという選択肢を選べる。そういった手札の多さこそ、アチャ・東郷が『原作』でも発揮した真骨頂だ。


「っ」


 そして、東郷は最後の矢を放った。


 脳裏に、相棒の言葉が蘇る。


───もう語れるぞ。お前と出会えたことは、間違いなく素晴らしい出会いだったと言える


───俺はお前から色んなことを学んでいる。出会って間もないが、もう多くを学ばせてもらっている。だからこれは、いい出会いだ


 いい出会いだったと。


 そう語るために。


 今を『目標達成』に繋げるために。


「僕も、そう思う」


 最後の矢が、みみの後頭部へと迫った。


 それこそが、最後の勝敗を決める一撃。











 みみは、兄が好きだ。

 兄が大好きだ。

 プロジェクトチャイルドは皆遺伝的には血が繋がってないと聞けば、家族であってもみみが兄へ向ける感情が深読みされてしまいそうなくらいには、兄が好きだった。


 だから当然、東郷とディスが観戦していた試合も見ていたし、東郷と違って試合後のインタビューもちゃんと見ていた。


 東郷はYOSHIが戦っている姿に憧れたファンであり、みみは兄が喋っているところは全部見ておきたいブラコンの家族だったからである。

 試合後インタビューを見る、見ないの違いは、そこに明確に表れていた。


 東郷は憧れだった。


 みみは好きだった。


 だから覚えている。


『今回は俺がキルスコア1位でしたが、コンビ貢献で言うなら雪月の方が遥かに有能でした』


『仲間と連携して戦う能力であれば雪月の方が俺より圧倒的に高いですよ』


『雪月が見せた氷の結晶をバラ撒いて光の乱反射で敵の視界を奪うあの技は、仲間と連携した時に真価を発揮する技術の代表格かと思います』


『逆に俺が雪月のあの技を攻略するなら?』


『俺ならまず動いて、次に攻めますね』


『この手のスキルは非常に有効です。ほとんどのプレイヤーは視覚を頼りに戦うので、目眩ましが役に立たない場面ってのはあんまりないです』


『相手が感知スキルを持っていないことが分かってるなら、なおさらに。視界を奪えば確実に勝てるでしょう』


『ただ、雪月と同じレベルでこういう凍結系スキルを運用してる人間が居るかというと、俺はそう居ないと思います』


『雪月はああいう相手の感覚に対する妨害をそれなりの頻度で使いますが、それは雪月に相応の実力が備わってるからです。雪月の小細工は強者が効率良く勝つためのものであって、弱者が強者相手にワンチャン作るものとは属性が違う』


『たとえば雪月の氷の目眩ましは強力ですが、あれの発動にスキルが必要で、そこに一手使ってるのは考え所ですね。妨害スキルの展開に意識を取られて妨害中に攻撃されて負ける可能性もありますし、何よりその後の段取りが正着じゃないと反撃を受けてしまう可能性がある』


『どんなゲームでも妨害戦術はあります。カードゲームでもボードゲームでもテレビゲームでも。ただ、妨害した後に確実に勝つ段取りを組めてない人っていうのは多いんです』


『妨害した後に勝ちまで持って行けない状況は意外と多いんです。妨害だけして満足して負ける人ってのもいるんです。妨害ってのは前段階なのに、平均的なプレイヤーは妨害の後がしっかりしてないことが案外多い』


『だから』


『俺なら相手の実力を見て、まず動いて、次に攻めます。相手の実力が大したことないなら、目眩ましを食らってもまず走るだけでリスクは減らせると思います』


『そしてすぐに攻めます。妨害は本質的に足止めなので、俺が動き出すのが早ければ早いほど敵は困るはずなので』


『狙い所は……』


『俺に目眩ましを食らわせたやつのパターンを読んでから決めます』


『でも、そうですね。俺が敵に一番居てほしくない方に攻撃を向けます。敵が強いなら、敵が賢いなら、それが一番の対応になるはず』


『敵を信じられるならそれで勝てます』


『敵の強さ、賢さ、そして厄介さを信じられるなら、それで俺の攻撃は当たるはずです』


『これまでは全部それで攻撃当たってきたので、まあたぶん行けるんじゃないですかね』


 淡々とした声が、みみは好きだった。


 "インタビューが心底つまらない"みたいな顔をしながらそんなことを言っている兄が、けれど回答自体はとことん真面目な兄が、好きだった。











 配信を見ていた誰かが、絶句した。


 誰かが、興奮した様子で膝を叩いた。


 誰かが、感嘆の声を漏らして椅子を立った。


 誰かが、小さな悲鳴を上げた。


 見ていた者達全ての予測を裏切り、みみが放った弾丸が、東郷の胸と腹を貫いたからである。


「……ふぅー」


 みみは、アチャ・東郷を配信者として優れた素晴らしい同期であると信じていた。

 東郷が同期の『仲良し感』を維持するためにどれだけ尽力してきたか、これまでどれだけ多くの試合で奮闘してきたか、同期だからこそ知っている。


 自分を過小評価しがちな東郷の自己評価と違い、みみが東郷を過小評価したことはない。


 だからみみは撃った。

 東郷に一番居てほしくなかった所を。

 そこに東郷が居れば自分が確実にやられてしまうであろう所を。

 横っ飛びに跳んで東郷の『爆発』の矢を交わすと同時に、全力の掃射をぶち込んだ。

 みみの背後を取っていた東郷に対し、振り向きもせずに撃った、背面撃ちだった。


 みみの8方向同時攻撃が可能なスキルセットは、対多人数相手に非常に有効だ。

 しかし腕・銃・弾で3枠を使い切っているみみは、感知系のスキルを積む余裕がない。

 全方向をスキルで感知することができないのである。つまり、敵を視認するために目や耳を頼る必要があり、後方が死角になりやすいのだ。


 みみは、東郷がそれを見抜いていると確信していた。東郷の優秀さを信じていたのだ。


 だから、東郷はみみの後方に居た。

 みみの後頭部を狙って弓を引いていた。

 ゆえに、みみが後方に広くバラ撒いた弾丸の内2つが急所に命中してしまったのだ。


 銃口と弾を増やした関係で1発あたりの破壊力はだいぶ下がっており、一瞬で即死とまでは行かなかったが、おそらくもう5分と保つまい。

 撃破判定によって東郷の所持しているオーブはみみへと渡り、みみとタツミは勝利へとリーチをかける。オーブは仲間への譲渡か、自身が撃破されることでしか移動しないのだ。


 この時点で、ゲームにおける実力の格付けはほぼ終わったようなものだった。


「っ……!」


 東郷は"こうなるかもしれない"という憂慮から先に見つけていた発電施設の大きな排水経路に身を投げた。

 そこはダストシュートなどに似た滑り台に近い構造となっており、東郷はそこを滑り落ちる形で高地から低地へ移動する。


 そしてサイバーパンクの街を歩きながら、のために、『閃光』の矢を空にぽんぽんと撃っていく。


「ここまで見てくださった皆様には申し訳ないことに、僕は一旦やられます。ま、ちょっと時間置いて復活するんで、リベンジするならそっからっすね。でもまあ……さて、どうなるか」


 東郷は配信の見栄えを多少意識しつつ、余裕ぶった顔で不敵に笑う。しかし、心の奥にはぐつぐつと煮え滾る悔しさもあった。

 全力を尽くした。

 みみを撃破できた可能性もあった。

 それでも負けた。

 悔しくないはずがない。


 ここで颯爽とみみを倒してオーブを2個持って帰り、YOSHIに「どうだ俺も役に立つだろ?」とドヤ顔をしたい……そんな気持ちもあったのだが。

 そんな青臭い男の気概だけで勝てるほど、ポシビリティ・デュエルは甘くない。


 しかし。

 しかし、である。

 競技者としてはもう負けたとしても。

 配信者として、まだすべきことはある。


「ではでは、ここからはついでの一興。皆様に今日のイベントをもっと楽しんでいただきましょう」


 盛り上げるのだ。


 この試合を。


 そして、ここからの戦いを。


「今から別タブ開いて、蛇海ちゃんの配信を開いておくと、きっとかなり楽しいぜ」


 そして、東郷がずっと待っていたものの『片方』が、空から飛来する。


 東郷は陽気に笑って、取り出したオーブを見せ、その男に語りかけた。


「よぉあんちゃん。取引しないかい?」


 かくして、視聴していた全員が思い知る。


 負けるな、勝て、というコメントが大量に流れる中……アチャ・東郷は冷静に、『どう負けるか』を考えていたのだということを。











 蛇海みみは、愕然としていた。


 を見上げ、頭を抱え、アチャ・東郷という男を敵に回すと何故厄介なのかを思い知らされていた。


「やっられたぁー」


 東郷はもう居ない。

 飛び去ったのは例のミサイル男、ノハラ・ミサエルである。

 みみの手元に2個目のオーブはない。

 おそらくはミサエルが持ち去ったのだ。


 つまり、みみが瀕死に追い込んだ東郷を、横合いから突っ込んできたミサイル男が吹っ飛ばし、撃破カウントごとオーブを横取りして去ったのだ。


 機動力の差は圧倒的で、みみが追おうとしても追えるものではない。

 逃げられた以上、みみが先手を取って奇襲するチャンスは失われてしまった。

 次に接敵した時にどちらが先手を取れるかは、とんと分からないところである。


「……あれかぁー、あの辺かなぁー、光る矢を放ってた辺りのあれぇー……」


 みみは確信していた。

 ということを。これは偶然ではない。おそらく必然なのだ。


 みみが先の戦いにて掌で矢を受け止めた直前、みみは斜めに構えた機械腕で矢を上空に弾いた。

 だが、それ以前の『閃光』の矢は、みみの目の前で弾けて強い光を放っていたはずだ。

 なのに何故、その時だけ『閃光』の矢はみみの前で弾けず、みみが上に弾ける余地があったのか?

 みみはその時は気にしていなかったが、一度気になれば答えは明白である。


 決まっている。

 それが東郷の狙いだったからだ。


 東郷はみみに矢を次々と撃っていた。

 それはみみを倒すためのものであったし、みみに倒されないため彼女を足止めするためのものであった。それは間違いなく事実だろう。


 だが東郷は、みみに攻撃を仕掛けるフリをして、ノハラ・ミサエルをここに呼び寄せるための布石も並行して打っていたのだ。

 戦っていたみみ本人にすら気付かせずに。


 東郷はここまでの試合の中で、ノハラ・ミサエルがこの暴風雨の空を自由自在に飛び回っているのも見ていた。

 YOSHIすら飛行に苦難するこの暴風雨の中で空を飛んでいる人間は間違いなく多くなく、されどノハラ・ミサエルが飛んでいることだけは確実。

 しからば上空に光る矢が通れば、ミサエルは遠くからでもそれを視認できるだろう。


 虫の叔父さんと魔法少女の姪が既に吹っ飛ばされているのを見れば分かるように、ミサエルは気になるものが見えればそこに飛んで来て、攻撃を仕掛けようとするタイプのプレイヤー。そしてYOSHIと違い、東郷はミサエルの過去配信に目を通していたため、そのパターンを知っている。ならば『目印』を光らせるだけでいいのだ。


 『閃光』だけではない。ミサエルが近ければ『轟音』も聞こえていたはずだ。『閃光』も『轟音』も相当な数を撃っていた。それは撃たれていたみみが一番よく分かっている。


 そうして呼び寄せたミサエルに東郷は「自分を倒せばオーブが手に入る」と言い、「素直に倒されてやるからここをすぐ離脱しろ。ヤバい敵が来る」とでもミサエルに囁いたに違いない。


 ミサエルはオーブを手に入れ、一旦この場を離れて様子見することにしたはずだ。

 なにせ、途中から来ただけのミサエルはみみがオーブを持っていること、そして近くにみみが居ることも知らない。

 この場に残るメリットが見えていない。

 逆にこの場に残ることで東郷を倒した者に奇襲される可能性はあり、リスクだけは見えている。


 しからば、ミサエルはノーリスクでオーブ1つを手に入れて一旦離脱すれば、次の立ち回りを自由に決められる。

 真っ直ぐでオーソドックスな判断だ。

 東郷からすれば、一番利用しやすいタイプの人間だったに違いない。


 そして東郷は、オーブ2個所持者という圧倒的優位のプレイヤーを産まずに済む。

 東郷が勝てたわけではない。

 勝敗を逆転できたわけではない。

 しかし、東郷はとてもと言わざるを得ないだろう。


 現にみみは、指先がかすかに触れていた『勝利』が徐々に遠ざかっていくのを感じていた。


 少なくとも、これは勝者の感情ではない。


「強い弱いとか勝ちやら負けやらとは別の所で競えるのがアチャっちの強いとこだよねぇー……」


 みみは『やられた』という気持ちになりつつも、同時に東郷に感嘆もしていた。

 同期の仲間の優秀なところを見た時、どうしても嫉妬してしまうのが東郷ならば、自然と称賛してしまうのがみみである。


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

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◯よく考えて立ち回ってる人ですね

◯勝負に負けても試合で負ける気は無いようです

◯頭のいい方です

◯でもみみさんの方が可愛いですよ



 そういうみみを見に来ているリスナーだからか、コメント欄も自然と東郷を褒める流れになっているようだった。

 弱者の工夫、敗者の一手。

 自分が負けた後を弄るための工作。

 格好良くはないかもしれないが、こういう敵は厄介だし、こういう味方は心強いだろう。


「……タツ姉探しに行くっかなぁー」


 東郷があの手この手を尽くした強さを見せたがために、それを打ち倒したみみの強さも際立つ。

 ちょうどいい強さを持っているがために、配信に予想外の旨味を盛りつつ、東郷以外の配信者に見せ場を作っていける。

 かつ、東郷の見せ場もそれなりにある。

 こういう所が、配信者としてのアチャ・東郷の強みであると言ってもいいだろう。


 ほどほどの実力者相手に名勝負っぽいものを繰り広げ、最後に負ける……そういう試合を作る才能で言えば、アチャ・東郷に勝る者はいない。


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯でもナイスファイトですよ

◯強くない人では東郷さんには勝てません

◯昔の猛特訓が活きましたね

◯みみさんは可愛くて強くて素晴らしいです



 いい空気だった。

 勝者も敗者も称える空気。

 みみはしてやられた悔しさを少々にじませていたが、みみのリスナーは構わずみみのことを褒め、その勝利の価値を認めていく。


 東郷もすごい、彼に勝ったみみも凄い、という意見でコメントが埋め尽くされる。

 温かな世界。

 検討こそが称賛に値する空気。

 みみの配信は特に、名勝負を推しが制した喜びに満ちていた。


 そんな、ふんわりと暖かな空気が広がっていた、その時に。


「……ぁ」




 嵐の中。

 夜闇の下。

 暴風雨の間のそこに。


 とん、と軽やかな着地音を立て。


 YOSHIが舞い降りた。


 昏い瞳が、みみを捉える。


 風向きが、変わる。




「……あぁー、ぁー……」


 みみの『もうダメだ』感が溢れる声が配信に流れると、コメント欄の空気は一変した。


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□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯あっ

◯あっ

◯あっ

◯あっ

◯あっ

◯あっ



 『終わった』と。


 誰もが思った。


 誰も楽観などしなかった。


 誰も希望など持ちはしなかった。


 この先に待ち受ける勝敗の結末を、その配信を見ていた誰もが確信した。


 かくして蛇海みみは気付いた。


 東郷が呼び寄せようとしていた相手が、あのミサイル男1人ではなかったということに。






 アチャ・東郷のプランは、三重だった。


 ファーストプランは、まずYOSHIをここに呼び寄せること。

 そのために東郷が選んだのは、爆発や轟音によるモールス信号の送信だった。


 みみは最後まで気付かなかったが、東郷は音でみみの集中力を乱しながら、音でどこかにいるでろうYOSHIに繰り返し情報を送信していた。

 強く短い音と、弱く長い音……たとえばこれを短音3回、長音3回、短音3回の順に繰り返せば、「助けてくれ」という意図になる。


 モールス信号には短い音回数で情報を送れる文字列があり、たとえばMは最も音数が少なくていいものの1つである。

 長音4回ならば『MM』という意味になり、「みみがここに居るぞ」という情報を送信するだけなら、最小の矢数でこなせてしまう。

 それはみみにとって想定外の事実であり、東郷にとっては望外の幸運でもあった。


 東郷は音によって、みみに気付かれないよう、戦いながらYOSHIに情報を伝えていたのだ。

 だからYOSHIは、みみがオーブを持っていることも既に当然知っている。

 みみもオーブ2個が手に入っていればリスク管理ですぐ近場に隠れようとしていたかもしれないが、所持数が1個であったがゆえに僅かな油断があり、YOSHIが視認できる道路を走るという小さな失態を犯してしまっていた。


 東郷の『轟音』はそれなりに破壊力が備わっているために、雨や風によって物理的に打ち消されるということがなく、それなりの範囲に届けることができる音である。


 だが、YOSHIが音が届かないほど遠くに居る可能性も十分にあった。

 なればこそのセカンドプラン。

 空を飛んで移動しているであろうノハラ・ミサエルの呼び寄せプランである。


 東郷にとってここまでの逃走劇は、ファーストプランとセカンドプランが達成されるまでの時間稼ぎが主である。

 最善は自分だけで2つのオーブを確保すること。次善は誰にも2つのオーブを独占させないこと。そのために東郷は手を打ってきた。


 そして、YOSHIもミサエルも来なかった場合や、予定外の事態に備えるために、東郷自身の力でみみを倒すための戦術を組み立てる。

 これがサードプランである。


 東郷からすればずっと逃げていても良かったのだが、みみが予想以上に優秀だった。

 ずっと逃げていられそうにない上、東郷自身の被弾も増えていく始末。

 東郷はやむなく、YOSHIとミサエルの到着前に、みみを仕留めるサードプランの実行を余儀なくされてしまったのだ。


 本来、攻撃に使うスキル・妨害用スキル・通信用スキルは別々にスキルセットのスロットを使って用いるものである。

 しかしYOSHIは東郷に期待した。

 東郷はその期待に応えた。

 なればこそ、無限の応用が戦場において無制限に織り編まれ続ける。

 まだ初心者の東郷がここまで応用で手を尽くせるなら、経験を積めば将来的にどこまで辿り着けるのか、みみにはもはや想像もつかない。


 YOSHIが来れば絶対に負けないという信頼。

 ミサイル男を利用するという発想。

 1つのプランに頼り切った戦術を使いたがらない臆病。

 、筋金入りの悲観主義者ゆえの3重戦術トリプルプラン


 此処に、風成善幸がアチャ・東郷を信頼して期待した理由の全てが詰まっていた。






 俺は彼にはなれないと、YOSHIは語り。


 僕は彼にはなれないと、東郷は語るのだ。






 夜を踏むように、YOSHIが一歩前に出た。


 押されるように、みみが一歩退がる。


 YOSHIは少し周りを見て、戦闘の跡を眺めるだけで、ここでどんな戦いが繰り広げられていたのかを把握したようだった。


「……東郷は……」


 真っ直ぐな瞳がみみを捉え、少女の心臓がどきりと跳ね上がる。


「間に合わなかったか」


 みみは兄のこの眼が好きだった。

 敵をこの眼で見て、倒す。

 仲間をこの眼で見て、活かす。

 嘘つきを見通し、暴く。

 そんなこの瞳が好きだった。


 幼い頃、まだまだ全然子供だった頃のみみは、たまに嘘をついた。

 お菓子が欲しい時。いたずらがバレそうになった時。11歳からもう有名人だった兄に、もっと傍に居て欲しかった時に、嘘をついた。

 その度に兄に見透かされ、兄にやんわりとたしなめられていたことを、妹は覚えている。


───嘘をつくのは、やめておけ

───許してくれない人は居る、どこにも

───俺が許しているのは、家族だからだ


 怒らない兄が大好きだった。

 許された日々が嬉しかった。

 怒らない兄が寂しかった。

 たまには叱られてみたかった。

 全然帰って来ない兄と、もっと毎日遊びたくて、嘘をついては見抜かれた。


 みみはふと、強く自覚する。


 ああ、自分は───と。


「東郷の仇討ちをする、というのがここで俺のすべきことなのだろうが。蛇海みみ。お前に俺に勝てるだけの策と勝算はあるか?」


「そだねぇー。勝っちゃおっかなぁー?」


「虚勢か」


「……あっさり見抜かれると困っちゃうねぇー」


 東郷の矢に貫かれた掌をぐっと握って、胸の前で構えるみみ。機械の腕が動き出す。

 八なる腕は八岐大蛇。

 その美しさは神話の如しだ。


 ふと、機械の腕が視界に入って、みみはこのスキルを作った時のことを思い出した。






 みみは蛇だ。

 蛇をモチーフにしてデビューするのだと、オーディションを抜けた時から決まっていた。

 そのモチーフからアバターデザインを決めるべく毎日話し合いを重ねていた頃、みみと仲良くなり始めていたタツミが、こんなことを言った。


───みみちゃんのお兄さんは、竜だよね


 タツミにとって、YOSHIは竜だった。

 ラスボスの竜。

 超えるべき最大の壁。

 この世で最も強い生き物。

 タツミは自分が竜をモチーフにデビューすると聞き、この世で最も強い竜という生き物を考え、その過程で自分がYOSHIをどう思っているかを定義していった。


 屠竜之技を振るう、竜殺しの竜人───それが、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーである。


 竜を殺す者もまた、竜である。

 竜を屠ったことで竜に近い生命となった、竜殺しの英雄ジークフリートがそうであるように。


 最強を倒す者もまた、最強である。

 YOSHIという最強を倒した者もまた、YOSHIと同じ最強という枠に押し上げられて行くだろう。


───あたしはそうなりたい


───みみちゃんは何になりたいの?


 『何になりたいか』で自分の在り方を決めたタツミに引きずられるように、みみも真剣にスキルの内容を考えた。


 そして行き着いた。

 嵐神スサノオに搦め手を選ばせるほどの最強最大の強敵であり、最も多くセットで語られる存在、ヤマタノオロチに。


 スサノオは日本神話で最も知名度が高い英雄神の一角であり、その存在は嵐を体現する。

 その名の『スサ』は暴風雨の意であるという。

 名に風が含まれる、最強の英雄。

 その姿が、みみの中で兄と重なった。


 この妹は、ブラコンだったから。

 なりたかったのだ。

 兄とずっとセットで語られるような存在に。

 スサノオにとってのヤマタノオロチのような存在になってみたかったのだ。


 敵になって、兄の前に立ちはだかって、兄を満足させる敵になって、兄に認められて、褒められて、ずっと兄と一緒に暮らしていく───そんなヤマタノオロチになりたかったのだ。


 結局、蛇海みみは声が可愛くて絵が上手いだけのイラストレーターにしかなれなかった。

 兄の相棒にも、強敵にもなれなかった。

 ここに在るのは蛇の抜け殻。

 ヤマタノオロチのなり損ないだ。


 嵐の神威スサノオの最大の強敵であった八岐大蛇きょうてきになろうとして、なれなかったただの女の子。


 だけども。

 けれども。

 それでも。


________________

□みみとおはなししよぉ▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

◯きっと勝てます!

◯YOSHIと言えど勝率は10割ではありません

◯私はみみさんを信じますよ!

◯みみさんなら伝説を作れるはずです

◯みみさんは可愛いですからね



 兄の影を追うような人生の中で、みみが得てきたたくさんのものが、みみに『何もかも投げ出さないで今を全力で生きよう』という意思をくれる。

 背負っているものが。

 応援してくれる人が。

 今のみみを好きだと言ってくれる、数え切れないほどにたくさんの声が。


 という気概をくれた。


「さぁー。始めよっかぁー、戦いってヤツ」


 八本腕が銃口を構える。

 YOSHIの手に風の刃が現れる。

 対峙する兄妹。

 実力差は歴然だ。


 肌が粟立つような強者の気配。それを感じるみみの脳裏に蘇るのは、先ほどまで戦っていた東郷の姿。東郷は最後の最後まで、格上であるみみに諦めることなく挑み続けていた。


 みみは、強者相手に諦めず、最後の最後まで食らいつき、全ての手を打ち続けたアチャ・東郷を思い出して、"勇気ある人だったねぇー"だなんだと尊敬の念を新たにしていた。


「全力で藻掻いて、楽しませてあげるねぇー」


 だが、気持ちだけで勝てるような実力差ではない。みみの実力はBランクチームの下位平均に相当する。だがYOSHIは元Sランクチームのトップエース。加えて、みみは範囲制圧型のガンナーで、YOSHIは対単体特化の高速剣士。


 YOSHIが跳んで、弾をかわして、首を刎ねて、それでおしまい。

 そうなってしまうだけの実力差があった。


 YOSHIの右足が踏み込む。

 靴が泥を踏む。

 跳ねた泥の粒が宙を舞う。

 それが地面に落ちる前には、YOSHIの風刃がみみの喉に振るわれていた。

 既に、みみの目では追い切れない速度だ。


 刃の切っ先。

 少女の喉元。

 その距離が3cm、2cm、1cmと、瞬き1つに満たない刹那の間に、迫って、迫って──


「───」


 ──舞い降りた剣が、風の刃を両断する。


 両断された風の刃が宙を舞う。

 風の刃を両断した燃える大剣メカニカルブレードが、返す刀の切り上げを放つ。

 大剣らしからぬ神速の太刀筋。

 その剣速は弾丸にも勝る。


 YOSHIは絶殺の一太刀を舞う木の葉のようなひらりとした動きでかわし、両断されなかった左手の方の風刃を振るう。


 大剣では防げぬ位置への風刃の刺突。

 しかし、乱入者はなんとみみの機械腕を掴み、上に放り投げた。

 みみを上に投げて攻撃から逃がし、みみを上に投げた反動で下方向への反作用を得て、その勢いで素早く伏せて風刃をかわす。


 再度振るわれる大剣。

 再度振るわれる風刃。

 みみの目では追いきれない再度の攻防を経て、僅かに競り負けたYOSHIが後方に跳んだ。


「───!?」


 兄が退ことに、放り上げられたみみは驚愕の表情を浮かべる。


 そして乱入者は持っていた大剣を地面に突き立て、落ちてきたみみを優しく受け止める。


 YOSHIは間に合わなかった。

 東郷が倒されるまでに間に合わなかった。

 しかし東郷が『上手く負けてくれた』がためにチャンスを得て、東郷の残したものを繋ぐようにして、みみを倒そうとした。

 たった1人で。


 しかし『彼女』は間に合った。

 だから『彼女』は、仲間と共に戦える。


「同気相求。約束したで御座ろう」


「……タツ姉……」


「今日は、それがしら2人で勝つと」


 試合前、彼女らは売り言葉に買い言葉で、YOSHI達にコンビで勝利宣言をした。


 それを見ていた者達は、大層盛り上がった。


 そして今、彼女らの配信を見ている者達も、コメント欄で信じられないほど盛り上がっている。



───あた……それがしにもこの子が居るで御座るが?


───ごめんねぇー。今日勝つのは兄さんじゃなくてみみ達なんだぁー



 彼女らの勝利宣言が、今形になりかけているのだから、盛り上がらないわけがない。


「……そうだったねぇー」


 最強の技と、最強の絆。

 それらが戦う時、観戦者は夢を見る。

 『もしかしたら』と夢を見る。

 ジャイアントキルこそ対戦の華だ。


 YOSHI。

 タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤー。

 蛇海みみ。

 競技者界隈も配信者界隈も見たことがないようなドリームマッチが、ここに火蓋を切る。


「一緒に頑張ろうねぇー」


「で、御座るな」


 タツミが挨拶代わりに放った短銃の弾を、抜刀術じみたYOSHIの風刃が切り裂き、弾けた弾が光の破片となって飛び散っていく。


 先の試合前の決闘で、タツミは一時とはいえYOSHIを追い詰め、戦いを引き分けに終わらせた。

 YOSHIに明確な戦闘技量の優位は無い。

 そこに、みみの援護と連携が加われば?


 YOSHIの背中に、ほんの僅かに、ひんやりとした『敗北の予感』が走り始めていた。






 タツミにとって、YOSHIは夢だ。

 夢を見せてくれた人。

 憧れをくれた人。

 手が届かないほどの高みの最強。

 彼に勝つことは、タツミにとっては一種の自己実現でもあるし、ある種の偉業の達成でもある。


 対し、東郷は夢を追おうとしたタツミの背中を最初に押してくれた友達だ。

 離れていても、ずっと大切に思っていた。

 だからだろう。


 戦場で飛翔中のタツミがかすかな遠くの音を拾った時、ふと『前に彼が使ってた裏技の連絡手段ってこんなんじゃなかったっけ?』と直感的に気付いてしまったのは。


 昔、東郷とタツミは友達で、仲間で、戦友で……だから、タツミだけがうっすらと感づいた。


 友情があったから。

 友が優しかったから。

 いつまでも輝く想い出があったから。


 タツミが、どんなに勝ち続けても、どんなに有名になっても、どんなに離れていても、友達のことを片時も忘れない女であったから、ありえぬ奇跡が此処に顕れる。


 かつての友が、タツミを今の友の下へと連れて来てくれたとも言えよう。

 東郷本人かつての友がこれを見れば、『呼んでねーよ!』とどこかで叫んでいるかもしれないが。


「さっきの俺とお前は、引き分けだった」


「委細承知」


 鮮美透涼に、YOSHIが風刃を構え直す。


 夷険一節に、タツミが大剣を構え直す。


 YOSHIを倒して追撃を潰すか、みみを倒してオーブを奪うか、この戦いの決着は2つに1つ。


「決着は、今此処でつけよう」


「承知」


「二人とも楽しそぅー」


「「……」」


 東郷が、YOSHIをここに連れて来た。

 相棒にチャンスを手渡すために。


 東郷が、タツミをここに連れて来た。

 かつて友を助けた過去が、意図せずそうした。


 友の奮闘を結果に繋げようとする男と、昔の友との思い出を抱えて今の友を守らんとする女。


 風が弾ける。

 翼が羽撃はばたく。

 銃火が吠える。


 今、此処に。


 多くの過去が1つの点を結ばんとする、頂点を決める熱戦が始まった。




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