西暦2059年4月15日(火) 18:41
竜とは、最強である。
竜とは、強さの記号である。
竜とは、君臨者の象徴である。
かつて、エヴリィカ4期生候補として24人の配信者が採用され、その内の女性12人に十二支が割り振られた時、『
この者にしか、竜は任せられないと。
そして、今が在る。
"1秒目"。
タツミが、左手の短銃を撃ち放った。
無数の光り輝く銃弾が、渦巻く竜の形のエネルギーへと変化し、空中でジグザグに軌道を変えて、YOSHIへと迫る。
汎用性の高い、設定した軌道を飛翔する誘導弾だ。
YOSHIの風化を絶対力で上回るため、風の体を撃ち抜ける性能がある。
【名称:ドラゴブレス】【形質:小型短銃】
破壊力:5
絶対力:13
維持力:4
同調力:0
変化力:8
知覚力:0
と、同時。
タツミの背中に、竜の翼が生えた。
力強い、薄膜の翼だ。
それが移動補助のスキルによるものであると、YOSHIはひと目で見抜いた。
【名称:ドラゴウイング】【形質:高速移動翼】
破壊力:0
絶対力:0
維持力:9
同調力:0
変化力:21
知覚力:0
YOSHIの正面から、短銃の竜弾が迫っている。
YOSHIの横に回り込むように、タツミが翼での高速移動を仕掛けて来ている。
疾きに速い銃弾と本体の十字攻撃。
迫るタツミは、腰溜めに構えた大剣に体重を乗せ、思い切り振り抜いた。
正面から弾、横から剣。
【名称:ドラゴテール】【形質:メカニカルブレード】
破壊力:9
絶対力:21
維持力:0
同調力:0
変化力:0
知覚力:0
YOSHIは反射的に動き、風の刃で大剣を迎撃しようとする……が。
戦闘中のほんの一瞬、目の前のタツミがあまりにも"これで殺せる"という確信に満ちた顔をしていたのを目で捉え、直感が告げる「ヤバい」という声に従う。
YOSHIは既に迎撃モーションに入っていた体を強引に動かし、頭の中に入れていた動きのイメージをごっそりと入れ替え、体を風化した。
そして、風にした体で圧縮空気を生成・爆発させ、その反動で後方に転がるように避ける。
凡百の攻撃なら、これでかわせていた。
だが、この敵は凡百ではない。
極めた技術で振るわれた大剣が、YOSHI本人に直撃せず、されどYOSHIの手から伸びる風の刃を両断し、YOSHIの肩を浅く裂いた。
同時に迫る短銃の竜弾が空中で軌道を変え、YOSHIの全身に殺到する。
風の刃を"最悪のタイミングで壊された"YOSHIは弾を切り落とす手段がなく、風になった体に穴を空けるように変形させて"弾の通り道"を作って回避しようとするが、竜弾は空中で爆発し、風になったYOSHIの体が爆風に押し流される。
爆風で流され、崩れたYOSHIの姿勢。
そこで更に振るわれる、竜人の大剣。
再度の必殺が喉へと迫る。
「……!?」
YOSHIは、あえて逃げなかった。
足周りを風に変え、
地に足を刺すように体を止め、地を蹴る形で別方向へ跳び、YOSHIが全力で横に逃げることを読んでいたタツミの斬撃を回避する。
"2秒目"。
スレスレのところで竜の剣を避けたYOSHIだが、それでそのまま距離を取らせてもらえるほど、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーは甘くない。
YOSHIが風になって逃げるなら、タツミは翼を猛烈に
距離あたりの移動速度は、YOSHIよりタツミの方がずっと速い。素人が見ても分かるほどに。
「
「!」
YOSHI絶対不利の防御戦闘が開始される。
再び、短銃が連続して火を吹いた。
タツミが再度放った竜の弾がYOSHIの周囲で連続して爆発するのを見切って避けながら、YOSHIはタツミのスタイルを把握した。
【名称:疾風】【形質:全身風化】
破壊力:0
絶対力:12
維持力:8
同調力:0
変化力:10
知覚力:0
【名称:牙閃】【形質:風の刃】
破壊力:5
絶対力:20
維持力:0
同調力:0
変化力:5
知覚力:0
【名称:ドラゴテール】【形質:メカニカルブレード】
破壊力:9
絶対力:21
維持力:0
同調力:0
変化力:0
知覚力:0
この女の剣は、YOSHIが風化しても容易にすり抜けられないよう、YOSHIが風になって小細工してもそれを上から切り伏せられるよう、そしてYOSHIと剣の剣のぶつかり合いになっても一方的に打ち負かせるよう、専用の点数振りが為されている。
絶対力は、1上回っていればいい。
そうすればスキルとスキルがぶつかった時、一方的に打ち勝てる。
これは、彼を殺すための剣だ。
彼を殺すついでに世界中の他のプレイヤーを殺すというデザインが為された剣だ。
ゆえにか、翼も、銃もそうだった。
【名称:疾風】【形質:全身風化】
破壊力:0
絶対力:12
維持力:8
同調力:0
変化力:10
知覚力:0
【名称:ドラゴブレス】【形質:小型短銃】
破壊力:5
絶対力:13
維持力:4
同調力:0
変化力:8
知覚力:0
YOSHIの風化の絶対力が12、タツミの弾丸の絶対力が13。
タツミの銃は、YOSHIが縦横無尽に逃げても当てられるように、軌道変化と弾丸加速を実現する変化力と、YOSHIの風化を粉砕できる絶対力が割り振られている。
【名称:疾風】【形質:全身風化】
破壊力:0
絶対力:12
維持力:8
同調力:0
変化力:10
知覚力:0
【名称:ドラゴウイング】【形質:高速飛翔翼】
破壊力:0
絶対力:0
維持力:9
同調力:0
変化力:21
知覚力:0
そして、スキルによる高速移動(移動補助)の性能は、基本的に変化力の高さと、変化力を使いこなす技能、その2つの総合力に依存する。
そして、高速移動の維持可能時間は、維持力によって決定される。
タツミの翼はあまりにも露骨に、YOSHIの風よりも圧倒的に速く、そしてYOSHIよりも少しだけ長く飛べるように造られていた。
風化の維持力が8、変化力が10。
竜翼の維持力が9、変化力が21。
同時に発動したスキルでも、YOSHIの方が少しだけ先に効果が切れる、そう決まっている。
これが5秒限定の試合でなければ、YOSHIの風化が切れた瞬間に畳み掛ければ、それだけでタツミに勝機が生まれていたかもしれない。
風が空気を切り裂いて飛ぶ。
翼が大気を打ち砕いて飛ぶ。
翼の方が、明確に速い。
「巧遅拙速」
タツミが両手で握った剣を振り上げる。
この剣は、風の刃では受け止められない。
絶対力で負けているからだ。
そしてYOSHIは今、速度でも負けている。
袈裟懸けに、振り下ろされる竜の剣。
竜の意匠を取り込んだ近未来的なメカニカル・ブレードが、唸りを上げてYOSHIに迫った。
「っ!」
タツミの初動が速すぎる。
風で半端な手を打つ時間がない。
YOSHIは足裏に風を圧縮し、真横から振り当てる形で、タツミが振り下ろす剣の腹を思い切り蹴った。
全身を風にして体重を0にしながら。
剣の軌道がズレ、体重0変化を加えられた軽い体が横に吹っ飛んだ。現実を完璧に再現した電脳世界の物理法則は、重量0ゆえ慣性をカットした物理演算を行い、YOSHIに奇跡の回避を許したのである。
それは、ゲームの仕様を極限まで理解した者にしかできないテクニックであった。
両者の距離、数m。
"3秒目"。
「……ふぅー」
YOSHIの緊張を機械が読み取り、デジタルの世界に"YOSHIが流したと推測される"冷や汗を流す。
タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーの斬撃は、YOSHIがこれまでの人生で見てきた中でも、間違いなく上位5人に数えていいレベルにあった。
次、もう一度同じことをやってタツミの斬撃を回避しろと言われても、YOSHIは同じことができる自信がない。
YOSHIは生存したが、代償は大きい。
足に風を集めて鎧としていたにも関わらず、足首から先はズタズタで、もはや2本の足で立っていることは不可能だ。
タツミの剣の破壊力は9。
もっと低い破壊力なら耐えられただろう。
だがしかし、このレベルの破壊力を宿した剣は、"触れた者に破滅を与えるイメージ"でスキルを作っておくだけで、触れるものみな全て破壊する魔剣となるのだ。
然らば、足は触れた瞬間壊れて崩れる。
風の刃を杖代わりにして立ち上がり、YOSHIは0.1秒で必要な戦闘思考を完遂させる。彼女のスキルセットに対する正確な推測を、YOSHIはこの時点で既に完了させていた。
スロット1、高絶対力の必殺剣。
スロット2、全状況対応汎用短銃。
スロット3、高速飛翔翼。
YOSHIと同タイプの、高速近接戦闘型スキルビルド。違うところがあるとすれば、戦闘の要所要所でYOSHIを殺せるような調整が為されているというところか。
風刃も風化も突破する、触れた者を砕く剣。
離れたYOSHIへの牽制を行い、変幻自在の弾道と指定したタイミングでの爆発で様々な状況に対応し、常に優位を作る短銃。
速度でYOSHIに優位を作らせない、神速の竜翼。
大抵の敵は高速移動と高絶対力剣で突破し、シンプルゆえに対策されやすい戦法を汎用性の高い短銃でカバーする、超が付くほどに王道な強者のスキルセットだ。
チームのエースの構築、と言ってもいい。
YOSHIと同じだ。
最前線に突っ込んで、素早く飛び回り、時には仲間のための撹乱も担って、敵を片っ端から斬り殺して行く、高速剣士。
"時間が無かったとは言え、試合前に対戦相手研究でこいつの試合を徹底的に見ておくべきだった"───YOSHIは、心の奥で自責する。
同時に、"ここで俺と東郷がこいつの戦いを見れて良かった"と、奇跡的な幸運にも感謝する。
戦闘は、1秒たりとも止まらない。
タツミが、凡人ではいつどう抜いたのか分からない動作で、無駄無く、隙無く、素早く、短銃を抜いて撃つ。
弾数は8。
1つ1つが竜と成り、空中で急激なカーブを描きながら、四方八方からYOSHIへと襲いかかった。
この弾は、風になったYOSHIを撃ち抜ける。
YOSHIが、片方だけの足で、踊った。
たんっ、と滑るように踏み込んだ。
踏み込んだ体を風に変え、タツミへと急速に接近しながら、四方八方から迫る竜の弾丸ことごとくを切り落としていく。
だが、以前の配信のような両手刃は見られない。YOSHIは右手1本の刃だけで、全ての弾丸を切り落とし、タツミの喉元を目指し飛翔していた。
刃を作り出すスキルは、刃を全壊されるとスキルが強制的に解除される処理に入り、5秒限定戦における勝敗を絶対的に決定付ける。
だからこそ、タツミの最初の斬撃は、かわさなければYOSHIが両断され、かわしてもYOSHIの刃が両断されたという時点で、YOSHIが死ぬか、刃を失うか、その二択を迫るものであったし───YOSHIは風の刃を両手二刃のスキルに設定しておくことで、片方が砕かれてもスキルが解除されないようにする事前のリスクマネジメントを行っていた。
ゆえに、タツミの剣に刃を一本砕かれてなお、YOSHIはまだ風の刃を使えるままで居る。
先手必勝、確殺の奇襲を放った竜人に対し、YOSHIはこれまでの戦闘経験を元にした事前のケアにて乗り切ったのである。
そしてタツミも動じず素早く次手を打ち、YOSHIも的確に対応し……を繰り返している。
1秒の攻防を完璧に解説するのに、20分かかる、そういう濃密な駆け引きによる殺し合い。一端のプロであれば、その密度に気持ちが窒息するだろう。
その駆け引きを理解できるほどの実力者は、この場に多くは居ない。
だからこそ、YOSHIが両手それぞれで風の刃を扱って戦えることを前提とした、次に行われる駆け引きも、この場のほとんどのプレイヤーには理解できない。
YOSHIを見てきた妹の蛇海みみと、YOSHIに鍛えられているアチャ・東郷以外には、理解できない。
「!」
YOSHIが、両手に風の刃を出した。
ありえない。
YOSHIは発揮される能力との兼ね合いで、風の刃を最大二本までしか扱えないスキルを設定していたはずだ。それは世界中が知っている。
砕かれた1本は、流石に2秒や3秒では戻って来ない。スキル再発動程度の時間は必要なはずなのだ。YOSHIの手元にある刃は一本しかない。
だと、すれば。
「これは……!」
片方は偽物。
風に変えた体の中身を刃状に固めただけのもの。
片方は本物。
竜人を一撃で仕留める必殺の刃。
一息で互いの首を刎ねられる間合いで、タツミがどちらの刃が本物なのかを見誤れば、YOSHIはタツミの迎撃・回避・防御の全てを見切り、惑わせながらタツミの首を切り飛ばすだろう。
"4秒目"。
「───!?」
だが。
YOSHIには、容赦というものがない。
強者に勝つため彼が打つ手はいつだって、相手にとって、最悪の中の最悪である。
その瞬間、YOSHIの両足からも刃が生えた。
「はぁっ!?」
観客からも、驚愕と困惑の声が上がる。
YOSHIが過去の試合で一度も使っていない、けれどいつでも使えるようにしておいて、いざという時に強者をその場で殺すために用意してある489手の1つ。
両手両足、4本の刃。
当然、YOSHIは足でも刃を操れる。
対応直前に2択を4択にして思考を混ぜっ返して時間を奪う───YOSHIらしい、相手に選択を迫る精神的暴力の一手。
この瞬間までに"こう対応する"と頭の中で決め打ちしていたら、驚愕に思考を引っ張られて詰み。
一瞬でも"どうしたら"と迷えば詰み。
迂闊に剣を振り回してもYOSHIにかわされ刺されて詰み。
どれが本物か分からないためどれを防御しようとしても詰み。
タツミに残された正解の選択肢は、"YOSHIより速い翼で逃げる"しかない。
そうすれば、少なくとも仕切り直しにはなる。
しかし。
「ッ!!」
タツミはその場で、新たな選択肢を創造した。
翼を広げ、YOSHIに叩きつけたのだ。
彼女は逃げではなく、攻めを選んだ。
「!?」
戦闘に目がついていけている一部の観衆が、驚愕の声を漏らす。
だが、レートレベルが高い者達はすぐに気付いた。
YOSHIの風化には、破壊力が設定されていない。
物を破壊する力がないのだ。
だから。
【名称:疾風】【形質:全身風化】
破壊力:0
絶対力:12
維持力:8
同調力:0
変化力:10
知覚力:0
【名称:牙閃】【形質:風の刃】
破壊力:5
絶対力:20
維持力:0
同調力:0
変化力:5
知覚力:0
4つの刃に衝突するよう、翼を数mまで広げて叩きつければ……本物だけが貫通する。
本物の風の刃にだけは、破壊力が設定されているから。
鈍く響いた、翼が人を打つ打撃音。
そうして、タツミはYOSHIの右足の刃が翼を貫通したのを視認し、そこが本物であることを確定させた。
「心願成就。勝ったぞYOSHIっ───!!」
あとは、翼を叩きつけられて姿勢を崩したYOSHIに、必殺剣を叩き込めば、それでしまいだ。
……と、タツミが思考した、その瞬間。
「ミスったな、タツミ」
アチャ・東郷だけが、そう呟いていた。
"5秒目"。
「───」
YOSHIが全身をくまなく風にしていた場合、翼が人を打つ音は響かない。
風が翼に当たる音がしたはずだ。
だから、YOSHIは翼が当たった瞬間に、全身の風化をほとんど解除して、破壊力0の翼を生身の体で受けたことになる。
それは何故か?
答えは1つ。
ここで『翼を生身の手で掴む』こと、それこそが───YOSHIが勝つための一手であったからだ。
なればこそ言える。互いに『敵のスキルの破壊力0』を人並み外れた洞察力で見抜き、それを利用して風の刃を見分けたタツミと、それを利用して最後の攻め手を作ったYOSHIは、限りなく同類の戦闘者であった、と。
「!?」
YOSHIは足周りを再度風化し、風の足で空中を"踏んで"、今度は体重を0にせず、掴んだ翼ごとタツミを振り回す。
一本背負いと似て非なる動きの投の体術。
そうして、スキルの補助と体捌きのみでタツミを下にぶん投げた。
その過程で、どさくさに紛れてタツミの握っていた剣を、風を纏わせた左ストレートで殴って弾く。使い手から離れた長大剣が、宙を舞う。
その代価として、YOSHIの左手はズタズタになるが、構わない。
そうして凄まじい勢いで、タツミは床に叩きつけられた。
「きゃあっ!?」
あまりにも予想外の事態に、普段のタツミの作った声とキャラが剥がれて、可愛い声が漏れ落ちる。
YOSHIは自分の可能性を磨き上げている。
風の刃は彼を象徴する武器だが、彼は剣術だけで戦ってきたような人間ではない。
追い詰めれば蹴りを繰り出し、剣がなくとも相手を投げる。そしてその1つ1つが一級品だ。
宙を舞う竜人の剣。
投げ落としたYOSHI。
床に叩きつけられたタツミ。
風が上、竜が下。
両者の距離は今この瞬間、3m。
舞い降りる男、床に背を着け迎え撃つ女。
『一手足りなかった』と、両者が思った。
YOSHIが右手で神速の抜刀。
風の刃が翻る。
タツミが左手で爆速の抜き撃ち。
竜の銃が撃ち放たれる。
直後、竜人は避け、達人は風を奔らせた。
避けた竜人の顔の横、床へ深々と突き刺さる風刃。
避けられたがゆえに、刃は当たらず。
圧縮された風が針の如く放たれ、銃を弾き、床を転がる短銃。
妨げられたがゆえに、弾は当たらず。
そして、5秒を迎え。
勝敗は決まらず、試合が終わる。
たった5秒の決闘は、かくして終わりを迎えるのだった。
周囲から、自然と拍手が湧く。
称賛の声もぽつぽつと湧いて来る。
「ナイスファイト!」
「いやあ名勝負だった」
「速すぎてわけわからんかった」
「あの2人の対策どうしよっか」
「やっぱ5000台と6000台だと凄いな……」
「解説! 解説をください! なんかすごかったことは分かったけどそれ以外が分からなかったんです!」
プレイヤー達の中で、誰かが誰かにぼそりと言う。
「いや、これはイベント本番で、ランダムセレクトのルール次第じゃYOSHIとタツミの勝敗が分からなくなってきたな……面白いぞ。俺達も負けてられないぜ」
あのまま続いていたら、次の一手はなんだっただろうか。
彼の刃か、彼女の翼か。
どちらかが勝っていたかもしれないし、勝ちきれずに仕切り直しになっていたかもしれない。
5秒の後が完全に読めない、そういう5秒の戦いだった。
スキルの相性ではタツミが優位だったが、事前の戦闘研究・戦闘中の細かい先読み・隠していた初見殺しの発動でYOSHIが上を行き、結果として5秒の間は勝敗の天秤が動かなかった、と評するべきだろう。
床に倒れ込んでいたタツミに、YOSHIが手を差し伸べ、タツミがきょとんとしてから笑って、YOSHIの手を掴んで立ち上がる。
これまでの苛烈な表情がなんだったのか、と見た者の困惑すら生むほどに、柔らかで女性的な笑みだった。
「十全十美。腕は鈍って無さそうで御座るな」
「……全然、今日が初めての手合わせじゃなかったな。俺はむしろ懐かしさすら感じている」
「憶えていてもらったようで何よりで御座る」
「つかなんだその口調。ござる?」
「辰巳芸者。Vliverゆえキャラ付けで御座る」
「………………………………そうか」
YOSHIは、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
昔の知り合いが誰が見てもちょっと……結構えっちなアバターを使って、ござる口調のVliverになっていて、それでいて腕は鈍っていないなどと、YOSHIは想像もしていなかったのである。
憶えてはいたくせに、以前初めての合同練習の日、一言だけ声を聞いた時には、声だけでは彼女だと気付けなかったあたりに、YOSHIらしさがあった。
「元から強かったが、もっと強くなったな。お前には果てしなく強くなる可能性があると、分かってはいたが……こんな短期間でここまで磨き上げて来た人間はそう居ない。素直に手を打ちたい気持ちだ」
タツミはYOSHIの褒め言葉を受け、もじもじし出して、くすぐったそうにして、照れた微笑みを見せる。
ぼんやりと生き、だらだらと人生を浪費し、暇潰しに匿名で悪態を吐き、特に何も頑張っていない人間は、YOSHIに褒められることはない。
YOSHIに褒められる人間というのは、何かしらの形で人生を懸命に生きている人間か、そうして頑張っている人間を素直に褒められるような人間性を持つ者達だ。
だが、そういう者達の中でも、タツミのように褒められる人間は決して多くはない。彼女は、『本物』の領域に到達した人間だからだ。
「それがしは、貴方が居たから強くなれた」
「お前の努力だ」
「いいえ。貴方が居なければここまで来れなかった」
「今日再会するまで、お前が配信者の世界に生きていたことも気付いてなかった俺だ。お前がお前らしく強くなったことと、俺は何一つ関係がない」
「毎日隣に居ることだけが、人の心を支える手段ではないで御座りましょう。遠くに在り、人に見上げられ、人に失望されない者で居続けること……貴方のそれは、それがしにとって、隣で支えてくれる伴侶のそれに等しかったので御座る」
YOSHIは自身の全身全霊を戦闘だけに集中させるモードに切り替わっていた頭を戻すと、そこでようやく思い出す。
"原作のタツミ"を。
原作のタツミは、ここまで強くなかった。
間違いなく強くはあった。
だがここまで強くはなかった。
だからYOSHIは、事前に警戒せず、タツミの研究をしていなかったのだ。
原作のタツミは、高い実力と並外れた才能によってネットの世界で常に勝ち続け、対戦の世界で大した挫折を知らないまま勝者となり続け、敗北しても『頑張れば勝てるだろう』と心のどこかで驕っており、実際に誰かに負けてもしっかり努力すれば再戦であっさりと勝ってしまうキャラクターだった。
しかし原作主人公・水桃未来に負け、本気で努力するものまた負け、悔しくて更に本気で努力をするが原作主人公の成長には中々追いつけず、「もっと早くから本気で努力しておけばよかった」と後悔するという、天才型のキャラであったはずだった。
少なくとも、善幸が前世で見た原作の範囲ではそうだった。
高速剣士というスキル構成は原作もこの彼女も同じだが、原作の彼女がスキルの点振りにおいてYOSHIを意識していたなんてわけもなく、見かけ上のスキル構成は似ていても、スキルを作るにあたってタツミが考えていたことは全くの別物だった。
普通、YOSHIという異物を倒すため、専用のスキルの点振り調整なんてことをすれば、その分だけスキルの汎用性が下がり、弱くなるものだ。
だが、彼女は違った。
調整をしたスキルを使いこなす猛特訓をして、原作より遥か前から努力を重ね、スキルの強みを伸ばす技と、スキルの弱点を埋める技を極め、YOSHIに迫る配信者最強の一角として君臨したのだ。
「貴方を倒すため、それがしは強くなれました」
そうして、強くなった彼女は。
YOSHIの味方として、ではなく。
YOSHIとその仲間の勝利を阻むライバルとして、強く大きく成長して、彼の前に現れたのである。
竜人の表情に浮かぶ笑みは、確かな尊敬と、揺るぎない好意と、底無しの挑戦心に溢れていた。
手を取り合うYOSHIとタツミ、2人の
「あのスキルセットをまとめて
隣の東郷が、拍手をしながら首を傾げた。
「とりょ……何?」
「あたしも知んねぇー、あはぁー」
「ええ……」
『
『壮子』を出典とする言葉である。
この世界に竜は居ない。
それは当たり前のことだ。
誰だってそれは知っている。
空想上の生き物が地球に実在すると信じる者はいない。
だから、竜を倒す技を磨くことに意味はない。
竜の強さを想定することに意義はない。
竜の体格に合わせた剣技に価値はない。
居ないものを倒す戦闘思考に使い所はない。
そういった、"使い途がなく身につけることに意味がない技や知識"のことを、中国では古来より『
普通、世界に竜は居ない。
当然、この世界にも竜は居ない。
居ないはずだった。
だが、違う世界から、
タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーは、YOSHIという男が異世界からやって来たとは知らないままに、彼をこの世界唯一の竜であると定義した。
竜とは最強の象徴。
嵐と風は竜の象徴、竜にたとえられる竜そのもの。
古今東西、竜を討つために旅立った果てに、人は人々から畏敬される英雄へと成っていく。
竜を殺せるなら、竜以外だって殺せるはずだ。
その者は、
YOSHIがこれまで伊井野いのりなどに対して行ってきた、『他人の可能性がいつか結実することを期待した人助け』が身を成した、到達者の1人。
彼に極限の向こうを見せられる可能性がある域の強さの人間だった。
『これを僕に撃ち落とせってのか』───アチャ・東郷は、YOSHIの意図を汲んでいるため、YOSHIがどれだけの期待をしているのかも理解できてしまい、拍手しながら引きつった笑みを浮かべていた。
「それがしが勝てば、認めてもらえると思っていたで御座る。YOSHI殿は強い者のことしか憶えていないと、高レートプレイヤーの間ではまことしやかに語られていたことでござったからな」
「別に、俺に勝たなくても俺はお前を認めていたが。お前は最初に戦った時から十分な強さと可能性があった。試合結果こそ一方的に見えたが、内容としては全然悪くなかっただろう?」
「……そもそも、憶えてもらっていないと思っていたで御座る。前の戦いは、YOSHI殿が言うように、ボロ負けで御座ったゆえ……」
「お前の戦い方は綺麗だった。忘れるわけがない。あの年のあの季節に俺が戦った中で、お前ほど美しい女は存在しなかった。何かにずっと打ち込んだ人間は、綺麗だ」
「きれっ……ははっ。いやあ、それがしもそう褒めてもらえると鼻が高いで御座る! 今後は試合の中で、これまで培って来た技をYOSHI殿に披露し、敗北の味を何度でも味わわせて差し上げるで御座る!」
「しかしアレだな。本当に変だなお前の口調。Vliverは差別化とか大変なんだろうけど、頑張れ」
「……あたしの口調はほっといてよ、もう……」
タツミが、顔を赤くした。
『異世界で魔王を倒した勇者一行に一時期協力していた、魔王軍の裏切者である竜と魔族のハーフの戦士で、日本に転移してからは政府との契約で婦警として活動し、その過程で昔ながらの日本にかぶれ、古風な喋りや陣羽織を好き好んでいる竜人』という設定のVliver。
それが、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤー。
ファン曰く、設定過剰積載ドラゴン。
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