西暦2059年4月15日(火) 19:00

 YOSHIには戦う才能があった。

 だが、それ以外の才能はどうだろうか。

 たとえば、"失言しない才能"はどうだろうか?


 Vliverにとって最大の敵は……と、この世界ではまことしやかに語られている。

 まことしやかに、とは言うが、本当は誰もが心のどこかで思っている。

 それは真実であると。

 舌禍に勝る最悪はない。


 失言というものには、多様なパターンがあり、底抜けの善人・知識豊富な賢人・誰からも慕われるしっかり者でも失言はするものだ。


 冷静でない時の言葉。

 過度のストレスが発させた言葉。

 冗談だが曲解されやすい言葉。

 皆が常識的に思ってるけれど、思ってるだけで言わないようにしていて、言ってしまえばどこかの誰かが怒る言葉。

 派閥性の強い言葉。

 厄介な人間の心の柔らかい部分を刺す言葉。

 秘密をうっかり漏らしてしまった言葉。

 本人の影響力の強さゆえに結果的に失言になってしまう言葉。


 燃やしたい人間が大騒ぎして失言だったことにした言葉、火を着けたい者が大騒ぎしただけだったので騒ぎの割にノーダメージだった言葉、大騒ぎされるのが相応だった失言だった言葉。一見して見分けはつかないだろう。


 人間の多くは、「あのアニメつまんなかったよね」程度の発言ですら敵を作るということに、極めて無自覚である。

 「だってクソアニメじゃん」「皆クソだって言ってるよ」といくら言おうと、そのアニメが好きな人間から確実に敵視されるだろうということに無自覚なことが多い。

 何故だか、人間の脳というものは、他人の好きを踏んでしまったことに気付き難いように出来ている。


 つまり、失言のほとんどは、失言のつもりなく発された言葉であり、後になってから失言であることが判明するものがほとんどであるということだ。


 悪意無くとも、悪性無くとも、失言というものはしてしまうからこそ、タチが悪いのである。


「しかし、あれから」


 YOSHIが口を開いた、その瞬間。

 アチャ・東郷は、ここまでの会話の流れと、YOSHIの性格から、YOSHIが次に発する言葉を読み切った。

 高精度の先読みでYOSHIの発言を"察した"東郷の対応は、神速の中の神速だった。


「『ミーツミーツ』、お前名前も容姿も変え……」

「とんでもねえ奴と同じ時代に生まれちまったもんだぜェー!」


 東郷が大声を上げて突っ込み、YOSHIの言葉を潰しつつ、YOSHIを小脇に抱えて爆走した。

 驚くタツミ。

 笑うみみ。

 びっくりする観衆。

 ロビーの隅っこまで走りきって、東郷はYOSHIの側頭部を己の側頭部でごっつんと打ち付ける。

 そして戒めの拳をYOSHIの脇にどふんどふんと叩き込みつつ、2人して壁に額を引っ付けるようにして、誰にも聞こえないように内緒話を開始した。


「バカバカバカバカこのバカ野郎!」


「え? あ、ん? どうした東郷」


「どうかしてんのはオメェだってばよ」


 東郷がYOSHIの脇を更に拳でどすどすしようとして、状況が読めていないYOSHIが手刀で拳を叩き落としていく。

 小声の東郷に合わせ、YOSHIもなんとなく声のボリュームを落とした。


「タツミが『タツミになる前』の話を迂闊にするんじゃねえって! お前昔の配信であいつと絡んでんだからさぁ! 知ってるやつは全然知ってるけど皆が見てる公衆の面前でそういう話すんなって!」


「……? 何か悪いのか? 別にいいと思って話そうとしていたんだが……」


「よくねえよぉ! あいつは……」


 東郷は、一瞬言い淀む。


「……あいつと、千和と、僕。ここの同期3人は、同じゲームの配信界隈出身なんだ。そっから名前とアバターを変えて新人Vliverとしてデビューしてる。今のキャラ付けする前の、普通の女子やってた頃のタツミの話し方とか蒸し返されたら、タツミは困る。分かるだろ?」


 だが、結局、東郷は自分のことも含めて語る。

 YOSHIに隠さなかったその東郷の心の動きは、信頼か、誠実か、真摯か、あるいは、友情か。


 昔の彼女と、今の彼女の口調を脳内で比べ、YOSHIは非常になんとも言えない顔をして腕を組んだ。


「何となく分かった。その頃のことを皆が見ている所で言うのはマナー違反、という理解でいいのか?」


「それでいい。相棒とタツミが裏で話す分には全然いいけど、配信中とかにやるとかなりよくないからな。リスナーからやめろ聞きたくない! マンも発生してしまう」


「分かった。タツミと話すにしても後にしておく」


「僕らは転生してるから、前世の話は本当にちょっとな。Vliverになる前の試合で仲間だったやつと裏で談合してるんだ、みたいな適当な難癖付けられたりとか、色んなトラブルの元になったりする可能性もあるし……伊井野ちゃんとかも前世がある転生組だけど知ってるリスナーはわざわざ話題に出さないしな」


 東郷の言葉に、YOSHIは思いっきりびっくりした。


「お前達も……転生してたのか!?」


「え? ああ、おお」


「そうだったのか……俺は、てっきり俺しか転生してなくて、俺以外は前世の話とかそもそもしてないもんだと……」


「? 相棒、お前またなんか勘違いしてないか? お前の経歴を知らんやつおらんだろ。YOSHIが子供の頃から同じ名前で活動し続けてることも、転生してないことも、誰だって知ってると思うが……」


「……?」


「???」


 ちょっとどころでなく、互いの認識が食い違った。


「相棒がなんか変な憶え方してそうだから補足しておくぞい。転生ってのは、名義Aで配信活動をしてた人間が経歴をリセットして、名義Bで配信活動を始めたりすることな。この場合は名義Aが前世、名義Bが来世とか呼ばれたりするもんなんだ。ここまでがワンセンテンスだ、宜しいか?」


「…………………………………なるほど」


「なんか頭の中で別の単語と混ざってたろー。いかんぞ、Vliver初心者がうろ覚えの知識で突き進むのは。結構色んなところで事故るからな。というか僕は昔からよく事故る。ハハッ」


「そうだな」


 YOSHIは危うく試合前に余計なカミング・アウトをして東郷を混乱させるところだったが、運が良いのか悪いのか、なんとか余計なことを言う前に踏み留まることに成功するのだった。


 配信開始準備を始める東郷の横で、YOSHIは今日知ったこと、今更に気付いたことを熟慮し、複雑な表情で頭を掻き始める。

 誰にも聞こえない小声で、思考が漏れた。


「まいったな、マジで考えたことがなかった。もしかして、俺、何も気付かずに……と、結構戦ってるのか……? 道理で割と歯応えあるやつが最近多いなと……」


 周回遅れで"手遅れ"に気付くYOSHI。

 YOSHIは10秒くらい腕を組んで考える。

 そして「やっちまんたもんはしょうがないか……」と割り切った。

 明日の問題は明日の自分が解決してくれるだろう、という割り切りでYOSHIは心の整理をつける。今は目の前の試合が最優先だ。


「ってか相棒な、配信始める前に見所作るなよ。今の試合を配信できてたらめちゃくちゃ盛り上がってたんじゃないか? いちからか? いちからせつめいしないとだめか? ん?」


「すまん」


「すまんで済むなら警察は要らんがァ!」


「タツミは婦警だからタツミが要らんということか? 東郷、言葉を選べよ。相棒をクビにするぞ」


「話が飛躍するゥ! やめちくり!」


 相棒クビを断固拒絶する東郷が情けなくYOSHIにすがりついていく。YOSHIはすがりついて来た東郷を引き剥がそうとしつつ、聞くべきことを聞き始めた。


「ともかく。何か掴めたか、東郷」


「ちょっと思いついたことはある。特訓が終わった後にちょっと話してたのあったろ、あれを……」


「……待て、誰かの気配が近付いてくる。後でこっそり話せ」


「感知系忍者の台詞?」


 YOSHIと東郷が振り返ると、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーと、蛇海みみが歩み寄って来ていた。


 タツミの方が大人っぽく、背が高いのに、みみがタツミを先導する形で歩いているのが不思議と印象的であった。


 まるで、2人の心理的関係性を示しているようで。


「安心立命。アチャ・東郷が今の貴方の仲間か。男同士、仲が良いようで何よりだ」


「そう、僕だ。YOSHIの新相棒、アチャ・東郷、アチャ・東郷をよろしくお願いします。そしてYOSHIのチャンネル登録もよろしくお願いします!」


「ねえよ俺のチャンネルなんて」


「YOSHIちゃん寝る、今夜22時開幕───」


「普通に寝るだけだろ……!?」


 ふざける東郷。

 ツッコむYOSHI。

 "友人"の距離感ではYOSHIの口調がどんどん砕けていくということを、タツミは今日ここで初めて知って、興味深そうにYOSHIを見ている。


「タツミは、うちの妹のチームメイトだったな」


「そうだなのだぁー、いぇー。あ、タツ姉には兄妹だってこと教えてあるからそのへん心配はないよぉー。根回しが巧い妹で鼻が高いよねぇー?」


「……うちの妹が迷惑かけてないか? 普段みみに言えないことがあれば俺に言え。俺の方で叱っておく」


「兄さん!?!?!?」


 妹の普段を心配する兄。

 壊れたラジコンに雑に心配されてびっくりする妹。

 "家族"の距離感では、普段見れないYOSHIの顔が頻発して、純粋に家族の普段の生活が心配な兄の顔をするということを、タツミは今日ここで初めて知って、興味深そうにYOSHIを見ている。


「まあ、なんだ……俺達は生まれが生まれだからな。センター出の子供達はどう生きていくかを大人に心配されてたもんだが、タツミがみみの面倒を見てくれるなら安心だ。この妹、なんか髪の毛の先とか変な色してて心配だし……」


「おのれぇー、みみのこと完全に忘れてるくせにぃー、こういうところで無駄に家族愛があることはひしひし実感させてくるぅー……昔からこぅー……ん? 今みみのグラデ染めした髪を変って言った!?!? そんな風に思ってたのかぁー!?」


「瓜田李下。曲解できる発言は慎むべきだ、YOSHI。その発言だと、お互いに大して話したこともないこの関係性で、貴方が信頼をもって大切な妹をそれがしに任せているように聞こえてしまう」


「俺が懸命に生きてる人間を見て、妹にそいつを見習ってほしいと思って、そういう人間になら妹を任せておけると、そう考えるのは悪いことか?」


「……べ、別に、悪くないだろうけど……」


 照れて口調が崩れるタツミ。

 掴みかかってきた妹を押し退ける、仏頂面のYOSHI。

 "認めた強敵"の距離感では、YOSHIはその人格と能力を信頼する言葉をするすると吐き、明確に他の人間よりも優秀な人間として扱い、『人格』以上に『能力』に言及した褒め言葉が多くなることを、東郷とみみは今日ここで初めて知った。

 素直に能力を褒めるYOSHIと照れるタツミを、面白いものを見る目で東郷&みみは見ている。


 アチャ・東郷は、先程次々とプレイヤーがYOSHIに話しかけて来ていた時からずっと、会話の輪のちょっと外から、他人事のようにYOSHIの会話を眺めるのを割と楽しんでいた。


「俺とお前、前哨戦はいい勝負だった。だが、イベント本番じゃお前は勝てない」


「何故で御座ろうか」


「こいつが居るからな」


 YOSHIが東郷の肩を掴み、ぐっと引き寄せる。

 タツミの、みみの、そして遠目に見ているプレイヤー達の視線が、一瞬にして東郷1人に集まった。


 外野からいきなり中心に引き込まれた東郷は、"人魚に海に引きずり込まれて死ぬ男ってこんな感じ?"などということを考えていた。

 現実逃避である。


「瞠目結舌。それほどの才気が……?」


「おいおいおいおいおいおい? やめないか僕への期待感をアゲてくの、ダメだったら自殺するしかなくなってしまう!」


「負けても死ぬな、失敗しても死ぬな、次のために練習しろ。今日はマイティ・フォース初めてのチーム戦だ。まだ全員揃ってはないが、今日は『俺の』じゃなく、『俺達の』可能性を試しに来た」


 少しだけ、"自分の可能性にしか興味がない"YOSHIらしからぬ言葉が発されて、タツミは驚くも、すぐに対抗心がフツフツと湧き上がる。


 彼女の内には、個人として負けたくないという"タツミとしての負けん気"だけでなく、チーム『月面神話』の一員になってから自然と持つようになった、"みんなの仲間としての負けん気"もあるのだ。


「あた……それがしにもこの子が居るで御座るが?」


 タツミが、みみを後ろから抱きしめる。

 背の高い竜人が、小柄な蛇の少女をすっぽりと腕の中に抱え込み、YOSHIに誇るように見せつける。

 YOSHIとタツミの前哨戦は終わった。

 ここからは、マイティ・フォースと、月面神話……2つのチームが鎬を削る集団の戦いで、雌雄を決する時である。


「ごめんねぇー。今日勝つのは兄さんじゃなくてみみ達なんだぁー」


「獅子奮迅」


「僕にあまり強い言葉を使うなよ……言い返さない僕が弱く見えるぞ。ククク……」


「普段なら俺も"勝敗は全力を尽くした結果論"って言ってるところだがな。仲間の成長のために勝利が欲しい時もある。今日は勝たせてもらうぞ」


 4者の間で、チリッ、と火花が散る。


 戦意満点の竜人。

 やる気満々の蛇。

 飄々としているが裏に熱意を隠した狙撃手。

 泰然自若、風凪のチャンピオン。


 と、その時、司会進行の声が場に差し込まれた。


『YOSHIさん、タツミさん、タイマンバトルで最高の盛り上げありがとうございます! ではそろそろ始めましょうかぁ! 楽しい祭り、"デイ・ブレイク"を! 配信者の皆さんはそろそろ始めた方が良いかもですねえ!』


 タツミは無言で首を縦に振り、YOSHIの瞳をじっと見てから、ロビーの前列に向かっていく。

 みみは兄にはにかみ、手を振り、タツミの後に続いていった。


「また後でねぇー」


 配信が始まる。


 多くに見られる戦いが始まる。


「僕も始めるぜ、相棒」


「ああ」


 配信開始のボタンを押す直前、"今日は数え切れない程の人達に見られる"という恐怖と、緊張が、逃げたい気持ちを強くする。

 いっそ、全て投げ出して逃げ出すことが許されるなら、彼はどんなにそれを選びたかったことか。

 配信を始める瞬間に、ほんの僅かに怖気付き、手が止まってしまった東郷は、バレないように表情を取り繕いながら、助けを求めるように相棒を見る。


 YOSHIはいつも通りだった。


 東郷が自分を見た理由が分からないのか、小首を傾げたYOSHIに、東郷はフッと笑う。

 東郷が笑ったことが更に不可解だったのか、YOSHIは更に首を傾げていた。

 東郷が土壇場で怖気付いたなどと、微塵も思っていない信頼の顔。

 "この相棒に恥じない自分でいよう"と、東郷は決意で己を奮い立たせた。


「ポチッとな。……おーす、未来のチャンピオン! 待たせたな戦友の皆。アチャ・東郷だ。今日は知っての通り初めてのPDイベントに参加すんぞー。そして既に告知してた通り、今日はなんとYOSHI師匠が来てくれたぜー! YOSHIとVliverのコンビがPDのイベントに参加するって史上初なんじゃねえか!?」


「ども」


「今日は皆のコメントとぐだぐだトークとかはできねえんだが、代わりに熱戦を約束するぜ! 熱戦・烈戦・超激戦! でも途中だっせえ負け方しても勘弁な!」






 東郷らが配信を始める傍ら、他のチームも大会進行を円滑にするため、自然と整列を始めた。

 イベント参加が初めてなのはYOSHIだけであったらしく、皆が流れるように整列していく。


 魔法少女ネムは興奮気味にYOSHIとタツミの戦いを熱く語っていて、叔父さんの虫男ドン・バグに手を引かれて並んで行っている。

 まうの配信で2人と共闘した雀蜂&蟻使いのスーツの男は、「ククク……」しつつその後ろに行儀よく並んだ。

 すっとこどっこいファイターズなど、他の参加者達も行儀よく整列していく。

 これで大会運営が人数を数えるのに手間取ることはないだろう。


「トーテツ、並ぶぞ。トーテツ?」


「あ、はい、すんません匠リーダー」


 チーム『頑固一徹』のリーダー『匠』が、最近仲間入りした新人メンバー『トーテツ』に声をかけ、トーテツが慌てて匠の後ろに並んで行った。

 他の仲間達3人も、トーテツの後ろに並ぶ。

 匠は絵に書いたような"昭和の大工"なアバターをしていて、トーテツは何の変哲も無い"RPGのNPC"的なアバターをしている。


 『匠』は、チーム・頑固一徹のリーダーにして、このチームが掲げる目標「建築のエンタメ化」を設定した"言い出しっぺ"のおじさんである。


 匠は常々、土木・建設の人材不足、ひいては『あの辺の職業キツいだけで楽しくなさそうだしやりたくないよね』というイメージをなんとかしなければならないと考えていた。

 彼の同業者にも「まあそういう評判は正しいよな……」と諦めている者は少なくなかったが、彼は何もせず現状を受け入れることを良しとしなかった。


 ガキの頃は積み木で家を作るのが好きで、大人になっても誰かの家を作るのが好き。匠は、子供の頃から今に至るまでずっとそういう人間だった。


 ゲームの建設と現実の建設はまるで違うだろうし、ゲームの建築が楽しかったとしても現実で建築をやろうとするとは限らない。

 頑張った宣伝労力の割に効果が出るかどうか、そこは賭けになってしまうだろう。


 それでも、"でっけぇものを作ることは楽しいことなんだ"と、『自分がやってる物作りの楽しいイメージ』を皆に広めるため、彼はネットでポシビリティ・デュエルという媒体を使って、イメージ改善の活動をしている。


 そんな彼が最近注目しているのが、エヴリィカの新星・伊井野いのりであった。


 伊井野いのりはまったりとした声質の癒やしのトークに、退屈しない話題選びが評判の新人人気Vliverであり、何より建築センスがずば抜けていた。

 ワールド・クラフト・ビルダーズで発揮される彼女の建築センスはVliverの中でも群を抜いており、現実・ネット両方で建築のプロである匠の目から見ても、唸る建築物をいくつも生み出していたのである。

 だからこそ、匠はいのりの仲間となったYOSHIや東郷と同じイベントに参加できた今日という日に、運命的なものを感じていた。


 匠とYOSHIでいい勝負が出来れば、匠のリスナーがYOSHIから経由していのりを発見するかもしれない。もしくは、いのりの配信からYOSHIのファンになった人間が、匠の配信に流れて来るかもしれない。


 いずれにせよ、建築の楽しさを普及したい彼からすれば、願ったり叶ったりだ。


 匠は、『最強のチャンピオン』としてではなく、『伊井野いのりの友達』として、YOSHIを評価していた。

 YOSHI凄い、ではなく。

 あの凄い女の子の友達だ凄え、という扱いをしている。

 YOSHIのこれまでの人生において、これはめったに無いことであった。

 社会におけるYOSHIの立ち位置が、少しずつ変わり始めていることの証明と言い換えてもいいだろう。


 匠は年甲斐もなくワクワクしていて、今日のイベントをきっかけに、自分の配信もいのりの配信も盛り上がって、若い人達がでっかいものを作る楽しさに気付いてくれれば、と思っていて。


 彼がチームに受け入れた新メンバー、トーテツは……YOSHIと、思っていた。


「絶対に破滅させてやる」


 この世界に巣食った悪意は、常に在る。


 自然に生まれ、何度潰そうと、何度消そうと、何度裁こうと、誰かの『好き』を踏み躙りにやってくる。


 "世界からそれが無くなることはないだろう"という、原作者の諦めから生まれたものであるがゆえに。


 男のアカウントは捨て垢。

 アバターも適当。

 名前も適当。

 ただただ、"どこかでYOSHIとエヴリィカに嫌がらせできるチャンスを待って色んなチームにとりあえず参加していた荒らし"なる者。


 トラブル防止用のスキルセット事前確認もチート行為で突破して、誰にも知られず、炎上させるためだけに組んだスキルセットを持ち込んだ者。



【名称:炎上誘発A】【形質:炎上を誘発するため、相手の秘密を感じ取る】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:0

同調力:0

変化力:0

知覚力:30


【名称:炎上誘発B】【形質:炎上を誘発するため、相手の秘密に同調する】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:0

同調力:30

変化力:0

知覚力:0


【名称:炎上誘発C】【形質:炎上を誘発するため、上2つと連動させ、相手にその秘密を喋らせる】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:0

同調力:0

変化力:30

知覚力:0



 トーテツは、最高のイベントにしようと意気込む者達が集まるこの場で、ただ1人、違う想いを持つ者だった。






 かつてこの世界には、最悪の集団が存在した。


 名を、『アル・アヴァロン』。


 「楽園を」の意の名を持つその集団は、ポシビリティ・デュエルの過剰なまでの汎用性を逆手に取り、"クラッキング・デバイス"なるツールを用いることで、様々な配信を滅茶苦茶にしていった。


 普通のプレイヤーはチートツールを用いた彼らの『チートスキル』に為す術がなく、世界レベルのプレイヤーならば互角に渡り合うことも出来たものの、基本的には蹂躙され、自分達の楽しい居場所を踏み荒らされ、悔しさと共に悲しみを飲み込んでいくしかなかったという。



【名称:永続絶対バリア】【形質:豌ク邯夂オカ蟇セ繝舌Μ繧「】

破壊力:0

絶対力:100

維持力:∞

同調力:0

変化力:0

知覚力:0


【名称:対象無制限無限追尾ビーム】【形質:蟇セ雎。辟。蛻カ髯千┌髯占ソス蟆セ繝薙?繝?】

破壊力:1000

絶対力:1000

維持力:1000

同調力:1000

変化力:1000

知覚力:0


【名称:絶対不死状態付与】【形質:邨カ蟇セ荳肴ュサ迥カ諷倶サ倅ク】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:∞

同調力:0

変化力:∞

知覚力:0



 彼らは、である。

 ソーシャルゲーム版『わたかた』を作るにあたって、「本編には出て来ない強敵が欲しい」「ソシャゲで流行りのレイドバトルを担えるボスキャラが欲しい」「ぶん殴ってスカッとする奴らが良い」という要望がディレクターから提言された。


 その要望を聞き、原作者・炎鏡が机の引き出しから出した膨大な設定資料集から選ばれたのが、"世界の隅っこで活動している邪悪なチーター集団"。

 それが、アル・アヴァロンだ。


 彼らは意図的に低俗に設定され、下衆として振る舞い、否定されるべき存在が何かを知らしめ、未熟な腕、弱小としか言えない実力に、チートスキルによる圧倒的なブーストをかけている。


 彼らは少数ゆえに原作小説の物語に登場するような存在ではないが、ソーシャルゲーム版ではシナリオの中核を成す敵キャラであり、時折メインシナリオで暗躍する悪として、シナリオのボスとして登場する。

 そして、チートスキルを弱体化するプログラムを得たソーシャルゲーム版の主人公達の手によって壊滅する、そういう設定がなされた存在だ。


 彼らは、世界を、人を、配信界隈を、Vliverを、ゲームを楽しむ人々を、憎み・恨み・嫌う者達だ。

 誰かの『好き』を踏み躙ることが人生に組み込まれてしまった哀れな存在、と言い換えることもできるだろう。

 古典的な創作の"悪"がそうであるように、彼らもまた、倒されるべき存在であり、倒されることで「こういう人間にはなってはいけないよ」という反面教師となる存在である。


 されど、古典的な創作の"悪"というものは常々、安易には倒せない存在だ。

 アル・アヴァロンは『この世界の基幹に組み込まれている』ポシビリティ・デュエルの汎用性を利用していたため、警察でも中々手を焼く存在であった。


 ソーシャルゲーム版の設定に準じ、"警察が捕捉した状態で誰かがチーターを倒せば警察が個人を特定し立件できる"という状況こそ作れはするものの、その状況でチートスキルを相手にして倒せる者がいない、という最悪。

 この世界においても、ソーシャルゲーム版主人公達が現れ、彼らがチートスキル弱体化プログラムを持ち込んでくれなければ倒せず、チーターが笑う最悪の今は覆らない。そういう状況があった。


 アル・アヴァロンは、この世の春を謳歌していた。


 日々楽しげにしていて、推しが好きすぎるあまり痛いことを言っているような中高生が、自分チーターの破壊活動で本気で悔しがっている。


 自分チーターが嫌いな配信者を推し、自分が嫌いな配信者が没落するのを邪魔している忌々しいリスナーが、推しに対する嫌がらせを嫌がっている。


 世界的に普及していて、世界中で誰もが持ち上げているような大人気ゲームが、自分達チーターのクラッキング・デバイスによっていいように玩具にされ、自分達の指先1つで世界中から人が集まるような大会が台無しになるのが、最高の快感になる。


 それだけで彼らは満足だった。


 幼稚園で、昨日喧嘩した相手が積み木をしているのを見て、それを蹴り飛ばして、大泣きしている相手を見てぞくりとした快感を覚える子供のような。

 大雪の翌日、真っ白な世界を最初に踏み荒らし、汚しまくる、学生が好き好む喜びのような。

 職場で上司に理不尽に痛めつけられた大人が、理不尽な上司が没落する動画サイトのスカッと系動画を見て鬱憤を晴らす時の喜びのような。


 そういうものが、彼らを常に押し包んでいた。


 その感情の名は『楽しい』だったりもするし、『ざまぁみろ』だったりもするし、『まあ当然の報いだよな』だったりもするし、『特に理由なんてねえよ?』だったりすることもある。

 "荒らしは自分の人生を賭けるほどの誹謗中傷にも特に理由を持っていない"───これは、弁護士サイドからもたびたび出る見解であるからして。


 1990年代に登場したオンラインゲーム・チーターというものは、2020年代になってもなお、世から無くなる気配はない。

 この世界観においては、2050年代になっても無くなっていない。

 根本的な技術革新か、人の悪意の根絶か、そのどちらかが起きない限り、人の世からそれが消えることはない、と……原作者は考えていたからだ。


 アル・アヴァロンは、最強だった。


 アル・アヴァロンは、無敵だった。


 アル・アヴァロンは、無法だった。


 


「おい」


 ある時、1人の少年が彼らの前に現れた。


 成人にも達していない少年。


 だが、アル・アヴァロンでその少年のことを知らない者は居なかった。


 その少年は、天才であり、人気者であり、世界王者であり、世間の話題の中心であり、ポシビリティ・デュエルの人気を更に沸騰させた人間であり、なればこそであった。


「お前達が、アル・アヴァロンか」


 獲物がわざわざ向こうからやって来てくれたと、チーター集団はほくそ笑む。


 その日、少年が見つけたアル・アヴァロンのメンバーは3人。


 たった1人でも1つのイベント参加者全員を蹴散らして余りあるアル・アヴァロンメンバーは、3人がかりでその少年を潰しにかかった。卑賤、卑劣、卑怯。そんな罵倒は彼らにとっては褒め言葉である。嫌いなものを潰すことの方がよっぽど大事だ。


「お前達は、俺の可能性を試せるか?」


 アル・アヴァロンの前に現れたのは、義憤ではなかった。正義ではなかった。秩序ではなかった。裁きではなかった。被害者ではなかった。ソーシャルゲーム版主人公とその仲間達でもなかった。


 其は、アル・アヴァロンの話を聞いて、「へえ……そいつら、強いのか」と一言だけ漏らして、ただ戦うためだけに来た餓狼。

 と言い切る修羅。

 チートスキルで一般人相手にワンサイドゲームの大迷惑を繰り広げているチーターが居ると聞き、"なら一度戦いたいな"しか思わなかった怪物。

 それは善でもなかったし、正義でも無かった。

 つまりは、いい餌を見つけたケダモノである。


 戦いは、一方的だった。


「───は?」


 最強のバリアを永遠に張っていられる男は、調子に乗って少年を追い込んでいたつもりが、立ち位置を誘導され、立っていた場所を崩されて海に落とされ、窒息死判定であっという間に敗北した。


 敵が何人居ても、どんなに遠くても、どんなに速く動いても、必ず自動追尾で落とす最強のビームを持っていたはずの男は、少年を一度も認識できないまま物陰からの奇襲で首を刎ねられた。


 永遠に絶対に死なない肉体を持ち、どうしたって絶対に負けることがないはずだった女は、関節を極められ反撃を封じられた上で延々と頭を潰され、「ただの作業なら寝ながらでもできる」とのたまう少年に、100時間以上眠ることも許されず延々と頭を潰される時間が続いたことに耐えられず、泣いて「ギブアップさせてください」と許しを請うて、敗北を受け入れた。


 そして少年の活動に便乗した国際刑事警察機構インターポールの手で、敗北したチーターは敗退処理のデータログをキャッチされ、個人を特定され、司法の場に引きずり出されることになる。


「……はぁ」


 少年は、期待していた。

 最強の敵に。

 最強の悪に。

 最強のチートスキルに。

 実際アル・アヴァロンにはソーシャルゲームのシナリオにおいてレイドボスをこなせるだけの強さがあったが、少年がチートスキルに対し徹底した事前研究と対策を行い、実際に戦って全力を尽くせば、なんとか勝てるレベルでしかなかった。


 チーターが、チートスキルに胡座をかいて、チートスキルを極限まで使いこなした戦い方をしていないことが、少年にとっての不満点だった。


 "もっと真面目にチートをやってるやつと戦いたい"。

 それが少年の本音である。


 "俺がチーターを直接鍛えたらもう少しマシになるか……? でも俺は人を教えたことないしな……俺が倒したチーターは警察に捕まってるし……出所まで待つか?"と延々考えるも、いい案が出ないのでとりあえず次のチーターを狩りに行く。


「……悪くないんだが、69点くらいなんだよだな……」


 もうちょっと『こんなのにどうやって勝てば良いんだ!』感を期待していた少年は、ちょっとしょんぼりしつつ、次のチーターが使ってくるチートスキルに期待することにする。

 そうしてまた、アル・アヴァロンを探して彷徨うろつき始めた。


「姉さ……ADAM'sさん。チーターの人って俺になんて言われたらやる気出して本気で強くなろうとすると思います? 今原案考えてるんですけど、煽り台詞ってのがどうもあんま慣れてなくて……」


「あははははははっ!!」


「なぜ笑う」


 少年の名は、YOSHI。


 この日から一ヶ月をかけて、ソーシャルゲーム版の敵組織『アル・アヴァロン』は、彼と彼に便乗した国際刑事警察機構インターポールの手で、壊滅することとなった。






 トーテツは、アル・アヴァロンの残党である。

 とはいっても、正式な構成員というわけではない。

 アル・アヴァロンの正式な構成員だった半グレのリーダーから、クラッキング・デバイスと、イベント前のスキルセット確認においてスキルセットを誤認させるプログラムを貰っただけの人間だ。


 トーテツはチーム『頑固一徹』他いくつかのエンジョイ系チームに参加し、このスキルセットでポシビリティ・デュエルの界隈を荒らし、いずれはYOSHIの社会的地位も奪い去ってやることを目論んでいた。


 まさしく、悪意の残滓である。


「……」


 トーテツは、かつてポシビリティ・デュエルではない、あるゲームのプレイヤーだった。

 ポシビリティ・デュエルによって回るこの世界において、それ以外のゲームは決して多数派のゲームにはならない。


 それでもトーテツは、そのゲームが好きだった。1人で遊ぶのが好きで、友達と遊ぶのが好きで、それを遊んでいる配信を見るのが好きだった。


 だが、その『好き』は永続しなかった。


 気付けば、プレイヤーが減っていた。

 SNSでこの前まで毎日プレイ報告をしていたような人間が、ポシビリティ・デュエルを始めるようになっていた。

 大会も定員割れが出て来るようになった。

 配信者がそのゲームをやっている時だけ、配信者の同時接続者数が少なくなり、「このゲームもう人気無いよ」というコメントまで見られるようになってきた。


 友達が、ポシビリティ・デュエルを始めた。

 推していた配信者が、ポシビリティ・デュエルを始めた。

 掲示板の声が、SNSの書き込みが、配信のコメントが、段々と「PD始めました」「PDやったらどうかな」「今1番熱いのはやっぱPDだよ」と、染まっていく。


 誰かの悪意によるものでもなく。

 原作者の意向があるから、とかでもなく。

 ただ単純に、があって、それが彼にとって何よりも大きな絶望だった。


「なあ! このゲームもさ、面白いじゃん! やったことない人もやってみようぜ! みんなもこのゲームやってたじゃん!」


 トーテツは、じんわりと浸潤する"滅び"に抗うように、新人への布教を繰り返し、離れていった者達を呼び戻そうと尽力した。


 彼は、そのゲームを愛していた。

 そのゲームが形作る界隈を愛していた。

 環境がこう、流行がこう、これが強くて、これがロマン構築で、あいつが強くて、あの人のプレイが面白くて、次のイベントが、次のシーズンでは……そんな風に語らって過ごす毎日が大好きだった。


 だけど、ある日。

 あんまり話したこともないような男に、SNSの上で、何気なく、おそらくは悪気なく、こう言われた。


『でもお前が好きなゲーム、ポシビリティ・デュエルより人気無いじゃん』


『───』


 もしも、人生を賭けているような荒らしが居たとして、それは勝手に個人として生まれて来るものなのだろうか。

 違う。

 人は個として勝手に生えては来ない。

 どんな人間も、社会という集団の中から生まれて来るものだ。

 普通の人の何気ない言葉が、他人を傷付け、そこから救いようのない悪が生まれることもある。


『人気の無いゲームやってるのが辛いってんならさ、1番人が多いポシビリティ・デュエルやればいいんじゃない? 人が居ないのが嫌なんでしょ?』


『ポシビリティ・デュエル、神ゲー! 他のゲーム始めるくらいならまずこっちやろうぜ! 絶対にポシビリティ・デュエルの方が面白いから!』


『え? 君まだあのゲームやってたんだ』


 何気ない言葉が、いくつもいくつも、棘のように刺さって。トーテツは次第に"俺はこのゲームが好きだからこのゲームがずっと盛り上がっていてほしい"と言うこともできなくなっていって。


 「今は皆PDに引っ越しているよね」と誰かが言って、トーテツが推していた配信者もポシビリティ・デュエルに移行して、それを見た誰かが「あの人気者まで始めたんだ」と言って、やがてトーテツの好きなゲームを「あのゲームすっかりオワコンになっちゃったなあ」と言い始めて。


 トーテツが嫌いな語り方をする奴らの主張を、昔推していた配信者が後押ししているように見えて、昔好きだったはずの人達が、嫌いな奴らの味方をしているように見えて、好きだったはずなのに嫌いになってしまって、昔推しだったはずの配信者がポシビリティ・デュエルの配信をしているのが視界に入る度、苛立ちは募って。


 トーテツは、ポシビリティ・デュエルを憎み始めた。


 ポシビリティ・デュエルに引っ越していった知り合いも、配信者も、ポシビリティ・デュエルを盛り上げている有名人も、何もかもを憎んでいった。


「こんなものがあるから」


 トーテツは昔から、流行りが生む比較というものが大嫌いだった。

 新しい人気のソーシャルゲームが出る度、古いソーシャルゲームのプレイヤーが皆引っ越したーだの、古いソーシャルゲームのキャラクターがプレイヤーを待ってて病んでるーだの、そういったイラストを描く人間が大嫌いだった。


 やがて流行っていたソーシャルゲームも人気が落ち、次の流行りの踏み台扱いにされていく。

 その次もまた、何かが踏み台にされる。

 『不人気』を『人気』が踏み躙る光景があって、それを楽しんでいる他人のことを、彼は軽蔑してすらいた。

 人間が捨てられない『比較』という業に、トーテツはずっとずっと辟易していた。


 世界が、彼を悪意に走らせていった。


 彼は始まりこそただゲームと配信者を愛した普通のプレイヤーだったが、今はもう見る陰も無い。


「無くしてしまえばいい……! 『一番人気のゲーム』なんて……! ポシビリティ・デュエルなんてもんは、めちゃくちゃにして、この世から跡形も無くしてやる……! 許すものか……!」


 誰の心にも、郷土心というものは大なり小なりある。

 ここが自分の故郷だと思う心。

 ここが自分の居場所だと思う心。

 この場所がいつまでも賑わっていてほしいと思う心。

 その心が良い結果に繋がるか、悪い結果に繋がるかは置いておく、として。


 自分が所属するコミュニティが終わりそうになった時、「ここから人が居なくなったら寂しいな」と思うか、「ここから人が居なくなった原因が許せない」と思うかは、相当に人によるだろう。


 トーテツは後者だった。

 自分の原風景の衰退を許せず、受け入れられない方の人間だった。

 『他のゲームからプレイヤーを吸い上げる大人気ゲーム』とはつまるところ、他のゲームにとっては『プレイヤーを吸い上げてくる侵略者』である。

 トーテツは、PD界隈を敵と認定したのだ。


 自分の人生なんてどうでもいい。

 絶対にポシビリティ・デュエルを滅ぼす。

 界隈を盛り上げてる奴も破滅させる。

 トーテツは、そう誓っている。


 それが絶対に不可能であったとしても。


 たとえるならば、1つのホビーによって支配的な環境が構築されている世界で、ような……そんな無謀で無鉄砲な悪意。

 この悪意に、勝ちの目は無い。

 悪意は世界を塗り潰せない。

 この世界は、悪が大勝利できるようには出来ていない。


 、悪が最後に笑う結末を許していないから。


 されど、"人1人の人生を台無しにする"ことくらいは可能であるから、この悪意は世界を変えられない小人でありながら、『みんな』が大好きな有名人の人生を終わらせる最悪に成ることができてしまう。


 荒らしやチーターというものは、そういうものである。

 世界は変えられない。

 社会は揺るがせられない。

 だけど、1人の人生を狂わせることくらいはできる。


 彼の立ち回りが成功してしまえば、今日ここで、イベントもしくは誰かの人生が滅茶苦茶になってしまうことはありえるのだ。


 ゆえにこそ、彼は卑小な最悪だった。






 界隈の頂点、最強に数えられるYOSHIとタツミ。

 2人の足を引っ張らないよう、2人の仲間として全力を尽くし、チームで勝利の栄冠を掴みたい東郷とみみ。


 本気で楽しもうとするエンジョイ勢。

 YOSHIとタツミの戦いを見て俄然燃えてきたガチ勢。


 わちゃわちゃやるのが楽しみな参加者達。

 実況に気合いが入る運営勢。

 そして、全てをめちゃくちゃにしてやりたい悪意持つ荒らし。


 我も人、彼も人。

 然らば全て人である。

 此処に在るのは、全て人のみ。

 人が全力をもってぶつかり合った果て、その先にどんな結末が待つかは、神ならぬ身の人では知る由も無い。




 チーム『マイティ・フォース』。

 風切羽、YOSHI。

 レートレベル6000

 狙撃手、アチャ・東郷。

 レートレベル1518。


 チーム『月面神話』。

 赤き竜人、タツミ・ザ・ドラゴンスレイヤー。

 レートレベル5206。

 白い八岐大蛇、蛇海みみ。

 レートレベル2917。


 チーム『男子が好きなやつと女子が好きなやつ』。

 夢見る魔法少女、ネム。

 レートレベル1982。

 蝉・蟷螂・飛蝗の虫キメラ、ドン・バグ。

 レートレベル2998。


 チーム『すっとこどっこいファイターズ』。

 リーダー、恥まみれの一歩。

 レートレベル2285。

 レスラー、バキバキ。

 レートレベル2460。

 総合格闘家、陸奥の睦月。

 レートレベル1213。

 ハードパンチャー、東北の県。

 レートレベル1344。


 チーム『頑固一徹』。

 リーダー、匠。

 レートレベル2676。

 新入り、トーテツ。

 レートレベル500。

 他3人、レートレベル2417、レートレベル1999、レートレベル1816。


 チーム『ネームレス』。

 蟲使いのスーツの男、タナカリギュラ。

 レートレベル1918。


 その他多数。


 1人チームなども含めて、合計参加チーム数62。


 戦士が揃った。戦いが始まる。


 勝者となるのは、一組のみ。






 司会進行の声が響く。


『……というわけで、基本のルール説明はこんなところでいいかな? それでは皆さんお待ちかね! 試合の基本になるバトルルールの公開だ!』


 誰かが唾を飲んだ、ような音がした。


 電脳世界ゆえ、気のせいだったかもしれないけれども。


『抽選の結果、バトルルールは……"ハントアンドシーク"に決定しましたっ!』


 ざわっ、と空気が揺れる。


 聞き覚えの無い名前に、"予習範囲外だ"と東郷が嫌な汗をかき、横のYOSHIの肩に肘を乗せる。


「相棒、ハントアンドシークってなんだっけか。たぶん僕はやったことないやつだ」


「『逃げて狩る』ルールだ。フィールドには桁外れに強い怪物と、その怪物が産み落とした弱い仔が無数に居る。その仔を倒すと一定確率でオーブを落とす。そのオーブを3つ集めたチームが勝ちだ」


「なーるほど? えっと、親から逃げながら、仔を倒して、オーブを集めて……オーブは他人から奪えるのか?」


「いい理解速度だ、東郷。奪える。だからオーブを手に入れた他のチームを倒すことに意味が出て来る。それと、ベースルールから変わってないなら、このルールでは倒されても脱落にはならない。フィールドのどこかで自動で復活する。気楽に殺されていいが、復活する場所を選べないことには気をつけろ」


「怪物の親から逃げて、怪物の仔を倒してオーブ確保、他チームにはやられないようにしつつ、他チームを倒して……あ。敵チームが何人か固まってたら狙撃すんのは数人でいいか? 敵チームの1番強いやつだけ残して、楽に落とせる周りの弱いやつ」


「……本当にいい理解速度してるな。そうだ。このルールは倒されたプレイヤーがフィールドのどこかですぐ復活する。敵チームが5人なら、4人倒せば4人をバラバラの位置に飛ばせる。敵の集合を頻繁に邪魔することも戦術になるんだ」


「ふんふん。結構悪用できそうだな……」


「今からその悪用をいくつか教える。今覚えろ」


「うっへぇ、お勉強じゃあ」


 YOSHIがテキパキと"ハントアンドシーク"の基本的な立ち回りや、有効なテクニックを伝授していく。


 このルールでは親から逃げながら仔を狩ってオーブを集めないといけないため、怪物がどういう種類かにもよるが、YOSHIが親の気を引いて、その間に東郷が仔を倒すといった連携も必要になってくるのである。


 だがルール発表から試合開始までの短い時間では、多少の伝授しか叶わない。

 あとはぶっつけ本番の勝負だ。


『では転送までのカウントダウンを開始します! 皆さん準備はいいですね! 10、9、8、7……』


「相棒。アレ言おうぜ、アレ」


「あれ?」


「決めたんだろ? 伊井野ちゃんと。始める前の合言葉……っていうか、掛け声? アレだよ」


 東郷の語りは友人の距離感で非常に適当極まりなかったが、YOSHIはそこまで言われてピンと来る。


「ああ、あれか」


「言おうぜ、一緒にさ」


 東郷が、握り拳を見せる。


 はぁ、と溜め息を吐き、YOSHIも握り拳を見せる。


「しょうがないやつだな」


 "しょうがない"だなどと言いつつも、YOSHIの様子はどこか楽しげで。

 YOSHIのそういう内心を、東郷もなんとなく感じ取っていたから、彼もまた機嫌良さげにニッと笑う。


 こつん、と、2人の拳が打ち付けられた。


「「 さあ、遊ぼうかLet's hang out. 」」


 そして転送が始まる。






 そびえ立つ摩天楼。

 西暦2400年という設定の黒黒としたビル群。

 そこかしこで輝く七色のネオン。

 あちらこちらに積み上がった空飛ぶ車の残骸。

 分厚い雲に隠された夜空。

 それら全てを飲み込む、圧倒的な暴風雨。


 そして、廃墟になった未来の街を徘徊する、八本脚のゴリラトパスゴリラ+オクトパス

 体長1mほどのゴリラトパスの仔らを守るように、体長10mほどのゴリラトパスの群れが咆哮する。

 ゴリラトパスの咆哮の合唱は、まるで地震のように、暴風雨に飲まれた街を揺らしていった。




 バトルルール、『ハントアンドシーク』。


 フィールド設定、ユーザービルドマップ『実験体に占拠されたサイバーパンクの摩天楼』。


 天候設定、『暴風雨』。




◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 GAME START

________◢






「よし! この暴風雨なら奇襲もしやすい。勝った……!」


 荒らしのトーテツは、成功を確信した。

 この暴風雨の中で1番実力を発揮できないのはYOSHIで、その次に実力を発揮できないのはタツミであると、そうあたりをつけたから。


「ぐえー格闘家スキルセットはこういうの苦手なんだって……! さて、どうするか……?」


 恥知らずの一歩は足首まで水溜まりに浸かりながら走り、仲間を勝たせる方法を考え始める。


「ぬあっー! 魔女帽が飛ばされるぅー!」


「ふむ」


 魔法少女ネムは吹っ飛ばされた帽子を追いかけ、ドン・バグは近くに姪っ子が居ないことを確認してから、自分がどう動くかを考え始める。


「仕事をしようか」


 スーツの男・タナカリギュラは格好付け、YOSHI相手には通じなかった鉄のスズメバチとアリの群れを放って索敵を始めるも、暴風雨に流されてしょんぼりする。


「うわぁー。運悪っ」


 蛇海みみは、ゴリラトパスの親の群れに囲まれた森の中に出現してしまったことを把握し、あんまりにも運がない自分に舌打ちをする。


「……考えて動くか」


 アチャ・東郷は、ビルの3階に飛ばされた現状を把握し、ここからどう動くのが最善かを考え、少し迷ってから、上ではなく下に向けて走り出した。


「千載一遇。勝った」


 ビルの頂点に飛ばされ、暴風雨に横殴りに濡らされているタツミ・ザ・ドラゴンスレイヤーは、最大のライバルに吹いた逆風に、勝利を確信した。


「運が良かったな」


 風遣いのスキルを邪魔するはずの暴風雨の中で、YOSHIは冷静に計算を行い、独り言ちた。交差点の中心から走り出す。




 全員が走り出す。

 仲間を探して。

 仔を探して。

 親から逃げて。

 有利な位置を探して。

 悪意をもって。

 そして、勝利を目指して。


 そこにこそ、宿る個性があった。


 そして、運命がどの個性を愛するか分からないという1点をもって、この試合の参加者に特別な1人など存在せず、誰もが平等であった。




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