思考の補助輪:前編
少しだけ、時は遡る。
これは『ハントアンドシーク』に彼らが挑戦する、ちょっとだけ前の話。世界大会の覇者YOSHIが、教え子3人にちょっとした強くなるコツを教えた時のお話である。
そして、ゲームの中でどうなるか分からない試合が展開された時にはいつでも、アチャ・東郷の脳裏に蘇る教えの記憶である。
「なんでうちの横でこいつ踊っとんねん」
隣で踊っている男を指差し、
灰色のショートヘアにぴょこんと生えたネズミの耳が可愛らしい。小柄で細身、服装はいつもの鮮やかな差し色が入った黒ジャージ。十二支の子、ネズミの獣人のVliverだ。
「これは僕のヨッシーに反省を促すダンス。主にMPを減少させる効果があるんだもんげ」
まうに呆れられて居る男は、呆れられてなお見せつけるように不思議な踊りを踊っている。
白黒髪のオールバックで、軍服のような装いに狙撃銃を背負っている色白の美男子は、アチャ・
「俺何か反省することあったか?」
反省を促されたYOSHI──本名・風成善幸──がネットミームを何も理解できていない仏頂面で、ただひたすらに困惑していた。
白髪のオールバックに、和風要素を全身に足した黒褐色の革衣装は、彼の戦う姿が映えるようにデザイナーが仕立て上げた
世界大会の優勝経験もあるプロゲーマーである彼のアバターは、人気新人配信者である教え子3人のアバターと比べるとどこか華が無く、外見で人気を取ろうとする意思がやや薄く感じられるが、それが逆に彼の纏う戦士の雰囲気と噛み合っていた。
「ないよ~全然ないよ~」
猪の耳に表が茶で裏が紫のセミロングヘア、錬金術の飾り宝石をあしらった露出の多いメイド服を着た可憐な美少女がほにゃっと微笑む。
「まあ、俺も反省の心当たり無いしな……」
困惑するYOSHIに東郷が食って掛かる。
「いいやあるね! 僕はねぇ、ヨッシーにしごかれながらも合間合間にオススメの深夜アニメをオススメしてたんだよ! ネタバレを避けてねぇ! オススメのアニメのあらすじを魅力的に語りまくったんですよ! そしたらなんて言ってたと思う!? 『それ何が面白いんだ?』って! 言ったんですよ! YOSHIくんはよォ! 人の心とかないんか?」
「……ああ、それのことか。すまん。アニメをオススメされたことがこれまで全然無かったんだ。こういう時どういう対応すればいいのか分からなくて、無愛想な返答をした俺が悪いな」
「謝らんでええで」
「謝る必要0だよ~」
「まうさん!? いのりさん!? 一応同期デビューの僕の味方はしてくれないんすか!?」
クソオタク東郷のアニメ布教失敗事案に対し、まうといのりは辛辣だった。
「あとすまん。そのアニメの何が面白いのかは本当に伝わって来なかった」
「追撃やめぇ! 人の心とかないんか? その点まうちゃんは立派やね。僕がオススメしたアニメもちゃんと『わ~、おもろそうやん!』って反応してくれるし嬉しい嬉しい」
「すまん、そん時うち適当に相槌打ってたかも」
「まうちゃん!?」
"後でちゃんと見とくから!"と謝るまうの目の前で、東郷は頭を抱えてひっくり返っていた。
今日も今日とて、彼女らはVliverとして本業の配信をしつつ、その合間に試合のための勉強・特訓をこなす。
世界トップ級プロゲーマーYOSHIの今の仕事は、そんな彼女らに対戦ゲーム『ポシビリティ・デュエル』───通称PDで勝つ方法を教えること。
「ワァ……」
「わ~アチャくん泣いちゃった~」
「泣いてる僕がかわいそうで同情してくれてる……ってこと!?」
「20%くらいそうかな~」
「残り80%はどこ行ったんですか!」
抱え込みがちなまうも、のんびり屋のいのりも、ネットミーム汚泥人間の東郷も、将来的にガンガン勝てるようにしてやるのがYOSHIの仕事だ。
本日も教導中である。
そしていつものように、教導中に雑談が始まり、話は脇に逸れて行くのであった。
「……まあ、俺はあんまアニメ見ない方だけど……今度見とくよ、東郷のオススメのアニメ」
「!」
仏頂面のYOSHIが甘さから隙を見せた瞬間、アチャ・東郷は飛びつくように彼との距離を詰める。
「じゃあよまだ見てないなら同時視聴配信しようぜ同時視聴配信! 僕んとこのチャンネルでさあ、リスナーも呼び集めて、皆で時計合わせて同時にアニメ1話から再生開始してさ、1話ごとに実況と感想会やってくってやつを! YOSHIくん、これが僕のチャンネルのリスナーよ。僕のチャンネルのリスナー、これがYOSHIくんよ。みたいにやってさぁ! これでアニメはお前とも縁が出来たなドンドンアニメ見てオタクブラザーになってこうぜドンドンゴーウィンって寸法よ、どう?」
YOSHIは、一息も入れず早口で語り切った東郷の言葉の八割も分からない。分からなかった。どうしようもなかった。しかし、東郷が言いたいことだけはなんとか拾って理解した。
面倒なオタクに優しいギャルはそうそういない。
もしかしたら滅多に居ないのかもしれない。
しかし、面倒なオタクに優しい世界チャンピオンは存在する。此処に存在するのだ。
それは揺るがぬ
「……いいぞ。よく分からんが、付き合う」
「シャァッ!!」
「いいんだ~?」
「ええんかい! 頼まれ事を断らんやっちゃな」
「でも今はポシビリティ・デュエルの勉強からやっていこうな。休憩の雑談は終わりにしよう」
「はい」
「はい」
「はい」
YOSHIが手を叩くと、教え子3人は木造りの椅子へと座り、また対戦に必要な知識を学ぶ授業を受け始めるのであった。
そして、しばし時が経ち。
アチャ・東郷はチーム戦における自分のポジションがやることの多さ、詰め込み教育のキツさ、そしてYOSHIが語る専門知識の難解さに発狂した。
「もうさァッ! 無理だよ! ルールわかんないんだからさァッ! 僕ら皆やめようぜこんなゲーム! ポシビリティ・デュエルなんてよぉ! もう明日からスプラトィーンだけしてりゃいいだろ!」
「お前ッ」
東郷が怒りの咆哮のままにぶん投げたデジタルボールペンが、電子世界の果ての壁にぶつかり弾けて消滅する。俯き、猿のように叫びながら地面を殴り始めるアチャ・東郷。
YOSHIは『お前は俺が前世で読んでたホビーアニメみたいな本のネームド登場人物なんだけど!? お前だけは捨てちゃ駄目だろ!?』と、言いかけたが、ぐっとこらえた。
「……分からない所があったら俺に言え。別に見下したり罰を与えたりはしない。俺はちゃんと用意したハードルを皆が越えられるまで付き合うから」
YOSHIができるだけ優しい声を作って、でもあんまり優しくは聞こえない声で、不器用に語りかけていく。
東郷が顔を上げた。
調子に乗っている顔だった。
東郷はYOSHIの隙を見逃さない。
「じゃ、もっと楽に僕らが勝つ方法を教えて下さいよYOSHI先生。できないんですか? まさか? 世界チャンピオンが? できますよね?」
「お前この野郎」
「待ちぃヨシ、こないな時は埋めて黙らせるんやこんボンクラをな」
ああ言えばこう言う東郷を、まうが一発しばいてから地面に掘った穴へと埋め始めた。そんな仲間達をにこにこと見守りながら、猪耳を揺らしたいのりがゆったりと疑問を口にする。
「でも、対戦ゲーム全部楽勝になる必殺の奥義とか無いのかな~? 楽々強くなるみたいなの~、あるならわたしも知りたいなぁ。世界最強になるコツみたいな~?」
YOSHIはいのりの願うような言葉に、腕を組み、こめかみを掻くようにして少し考え、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「『対戦ゲーム全部で強くなる方法』なら、無いわけじゃない」
「あんのぉ!?」
埋められた東郷が驚愕するが、驚きを顔に浮かべたのはまうといのりも同様であった。
そんな『反則』のようなものが、本当にこの世に存在するのか……僅かな疑念も、そこに混じる。
「一応言っておくが、すぐに強くなる方法は無いし、楽々強くなる方法も無い。俺はそんなもんは知らん。有効なトレーニングは皆すぐパクって自分でやるから皆すぐ条件が同じになる、それが競技の世界だ」
「がっくし~」
しかし案の定、『反則』と言えるほど強力なズルなんてものは無いようだ。
「だから『対戦ゲーム全てで強くなる』っていうのは、俺が昔のチーム・Ghotiに居た頃に周りの大人から教わった、『対戦ゲーム大体これやっとけばある程度大丈夫だよ!』の心構えの話になる」
「ええやん、心構え。かっこええやん。それに前に言うてたもんなぁ。皆で同じ考えを持つ強さと、皆で違う考えを持つ強さ、両方あるチームが強い……やろ?」
「ちゃんと教えたことを覚えてるな、まう。偉いぞ。やっぱり生徒としては君が一番優秀なのかもしれないな」
「……へへっ、せやろ? うちはマメな女やもんなー、良妻賢母の幼虫みたいなもんやねん」
「幼虫はなんか違くないか?」
けらけらとまうが笑う。
友達特有のふざけ合う空気感に、YOSHIが少しばかり呆れた顔をする。
YOSHIに褒められた時、少しだけまうの声に熱がこもること、まうの気持ちが僅かに重くなること、それに気付いている人間は多くない。
今ここに居る4人の中で、それを自然と察することができるのは、伊井野いのりだけだろう。
まうは地面から這い出して来た東郷が振り払うデジタル土埃をひょいひょい避けつつ、YOSHIの『知っていることは全て教えよう』と言わんばかりの姿勢に、少しばかりの引け目を感じる。
「でもなんちゅーか、会社が契約結んどるとはいえなぁ、そんなんいつまでもタダで聞いてええんやろか? 個別料金とか要らへんの?」
知識は財産。
プロのアドバイスには代金が必要。
まうは社会がそういう理屈で回っているのだと知っている。
世界大会覇者の助言には、それだけで金銭的価値があるのだが、YOSHIにはまるで頓着がない。
「俺の知識は自分で見つけたものもあるが、他人から教わったものの方が多い。俺が独占していいものじゃない。先輩から貰ったものは後輩へと手渡していくのが、責任……ってやつだと思う」
「かっくい~、なんか立派なスポーツマンみたいだね~。野球部の人とかが言ってそぅ~」
YOSHIは前世で甲子園球児であったためか、いのりの言葉に少しばかりひやっとした。
フッ、と笑った土まみれの東郷がYOSHIの肩に寄りかかる。
「なるほど、誰かがロリ巨乳という概念を生み出し、後続がロリ巨乳本を描いたとして、後続の誰かがロリ巨乳を独占せず、更なる後続に門戸を開き続けることで、ロリ巨乳というジャンルはずっと描かれ続ける……知識とは、継承とは、そういうものだ……ってヨッシーは言ってるんですよ。なんだそれ言ってねえよ」
「急激に話を低俗にするな」
はぁ、とYOSHIはため息一つ。
「……君達にとって知識は指針だが、俺達にとっての知識は足跡だ。俺達のこれまでが君達のこれからに役立つことが、一番大事なことだと思う」
「……」
言葉は、受け取り手の心の形によって、違う形にも違う色にも見えるもの。
まうは時々、YOSHIの語る言葉が、無性に綺麗に聞こえる時があった。
そういう時、まうが聞いたYOSHIの言葉は、ずっと忘れられない言葉になるのだ。
それは、ちょっとした特別な気持ち、彼女が彼だけに向ける特別な気持ちが生むものだった。
「まずはおさらいだ」
YOSHIは教え子達に分かりやすいよう、空中に文字を並べていく。
■破壊力
物理破壊力。高いほどに一般的な『攻撃力』に優れる。対拠点ミサイル、一撃必殺の爆弾、遮蔽物ごと敵を消滅させるビームなどに必要。
■絶対力
スキルの絶対性。他スキルを上塗りする力。高いほどに他のスキルと衝突した時、一方的に打ち破り、無力化することができる。敵の攻撃を打ち消すシールド、敵の防御を貫通する刀、敵が放った獣の操作権を上書きする、といった力に必要。
■維持力
自身から離れたスキルを減衰させない力。遠距離攻撃、広範囲攻撃、長時間攻撃に必須。遠くまでスキルの剣を伸ばす、スキルの弾丸で長距離狙撃を行う、長時間仲間を回復できるフィールドを維持する、などの用法に優れる。
■同調力
使い手と何かをシンクロさせる力。自分の分身を作って五感を共有したり、弾丸と同調して遠隔操作したり、難易度は高いが一時的に敵の心を読んだりすることもできる。最も扱いが難しい力。
■変化力
スキルによる対象の変化、スキル自体を変化させる力。地面を鉄の床に変えたり、スキルを炎に変えたり、己の肉体を超人に変えたりする。加速、硬化、錬金など、用途は多様。
■知覚力
スキルを感覚器として使う、あるいは感覚器をスキルで延長する力。透明になった敵を発見する、スキルでレーダーを構築する、武器に残された思念を読み取る、といった芸当が可能。
「PDはこれら6つのステに30のポイントを自由に振り、その配分に沿って自由なスキルを創造し、そのスキルを3つセットして様々なルールの競技に挑んでいく世界最大のオンラインゲームだ」
「うん~、基本だね~」
「ま、これは頭に入ってるだろうから良い。今回はそこから、どういう考えを構築するのが正解になるのか? という話だな」
空中に描かれた文字が脇にどけられ──それが『3人の教え子がいつでも顔を横に向ければ見れるように』という気遣いの産物であることを、3人全員が分かっていた──新しい文字列が並ぶ。
「ほぼ全ての対戦ゲームは、3つのフェーズに分かれ、それぞれで3種の才能及び能力を要求されるもんだと俺は思う。『準備・思考・感覚』だ」
「ゾンビ・志向・監督?」
ボケる男。
「東郷が突然意識高い系のゾンビ映画撮り始めたんやが?」
突っ込む鼠。
「ゾンビ映画の人がいがみ合うパートがなんか苦手であんま見てない~」
ほわほわの猪。
「……もっかい言うが、『準備・思考・感覚』な」
東郷のふざけから始まり、YOSHIが頑張って話題を戻す。この間数秒である。
「これが全ての対戦ゲームに共通する骨格的な考え方になると俺は教わった。格闘ゲームでも、将棋でも、サッカーでも、全て同じだと」
「ほぇ~」
「要点を抑えると、こうなる」
YOSHIが指を降ると、3つの項目が並び、その下に個別の文章がずらりと並び出す。
●準備
・対戦環境の研究
・高難易度な手の練習
・次の対戦相手の癖を見つける
・最も強い戦術の考案
●思考
・考えて正解を導き出す
・相手が今何を考えているかを読む
・未知の状況に熟考して対応する
・敵の動きを見て的確な反撃を選ぶ
●感覚
・瞬時に正確に最適な選択をする
・磨き上げた直感に身を委ねる
・肌で相手の動きを感じ取る
・体に馴染ませた技を瞬時に繰り出す
子供時代からそれなりにPDをやっていた不寝屋まう、そしてFPS界隈でしのぎを削っていた過去があるアチャ・東郷には、なんとなくピンと来るところがあったようで、2人の瞳には納得の色が垣間見えていた。
「競技者の解決できないスランプは、この3つのどれかが狂ってることが多い。逆に言えばこの3つがちゃんと出来てるんであれば、大抵の対戦ゲームはそれなり以上に勝てるようになる」
「せんせ~もやってるの~?」
「俺もやっている。ただ俺は比較的準備が苦手なタイプだ。事前に対戦相手の研究をして、弱点を見つけて、計画を立てて、その通りに試合を進めて勝つ……みたいなことを自力でやれた覚えがない。全国大会でも世界大会でもそういう知的貢献はチームメイトに任せっきりだったから」
「ふふ~、せんせ~っぽいね~」
「……どういう意味だ?」
「かわいいな~って」
くすりと、いのりは笑った。
女の子のそういう不思議な振る舞いに対してどう反応するのが正解なのか分からないYOSHIは、ほんのりといのりに手玉に取られつつ、遠回しに『頭脳戦が苦手な可愛い男の子』扱いされた事実を飲み込み、話題を変えるしかないのであった。
「じゃ、このお題を感覚的に理解するための小テストを始めるぞ。別にとんでもなく的外れな答えを書いても構わん。気軽に自分らしく答えてみろ」
「男の人っていつもそうですね! 小テストも期末テストも嫌いな僕達のことなんだと思ってるんですか!?」
「そうやそうやー!」
「そうだそうだ~」
「うるせぇ奴らだな……」
YOSHIは電脳世界が無限に吐き出す紙を取り出し、文字を刻み込み、3人の前に置く。
3人に出された小テストは、問題の形式が完全に同一で、ただお題だけが違っていた。
「3人それぞれ、紙のお題に沿って『準備・思考・感覚』の3種の何を行うべきか、1行で書いてみろ。1行で良い。繰り返すが、どんな回答でも別にいい。それで君達が自分を知り、仲間を知り、またその答えが次の思考の足がかりになってくれる」
むむむ、と東郷が唸る。
「そんなこと言って生ぬるい答えで提出したら『この中に日和ってるやついるぅ!』ってヨッシーに晒し者されるんじゃないですか~? 正解みたいなのあるんじゃないですかぁ~? 僕こういうので正解出す自信ないですぞ」
「無い。俺が知る限り、個性を知るためのテストに正解なんてものはない。それぞれの違いが出て来るだけだ」
「……ほーん」
3人が、じっとお題を見つめる。
東郷のお題は『麻雀』。
まうのお題は『配信』。
いのりのお題は『カードゲーム』。
3人は大なり小なりと考え込み、自分の中で答えがまとまると、その答えに沿った答えを書き込み始めた。
3人が、それぞれの答えを書き終える。
東郷はこの小テストにおいて、回答を書き上げるのが一番早かった。
「この答えで……僕はファイナルアンサー」
「なんだよファイナルアンサーって」
お題:『麻雀』
●準備
・牌効率とか言われてた基本を覚える
●思考
・とにかく狙える時は1位の奴を狙う
●感覚
・対戦相手の一瞬の迷いを見逃さない
「……ど、どうすかね、僕の回答」
「いいんじゃないか。少なくとも俺はこの考えが間違ってるとは思わない」
「! 才能を見せつけてしまったかな?」
少し自信なさげだった東郷が、一瞬で調子に乗り始める。YOSHIは東郷を『おちゃらけた振る舞いをしているが根底にはしっかりと大人らしい部分がある男』と評価しているため、大まか予想通りの評価の回答が来たと言っていいだろう。
「東郷は準備を練習に使い、思考を1位への妨害に使い、感覚を敵が一瞬見せた隙を突くために使うという思想なわけだ。いかにも対人戦で強いタイプの思考だな」
YOSHIは東郷を、人と戦うにあたって有利な気質を持っている人間、と評価している。
「いやでもまあ、こんなもんじゃないか? 人と人が勝負するゲームって。ひたすら事前に練習して、本番になったら自分以外の勝ちそうな奴を狙う、相手の隙を見逃さないのが大事……みたいな?」
「堅実だな。頼もしい」
「褒め言葉パクパクですわ」
「思った通り、東郷はこの手の問題には既にかなりちゃんとした答えを出せてるな……」
続いては、不寝屋まうの回答用紙。
「自分の考えに沿って書けばええんやろ? こういう小テストの結果でヨシがうちらの理解深めれば今後やりやすいんやろなって
「……よく察するな、君は」
「クックック、先生のことよう見とるからな」
お題:『配信』
●準備
・最近の流行りのゲームを把握しておく
●思考
・リスナーのコメントを拾ってすぐ面白そうな返答を考える
●感覚
・事あるごとに一瞬で大きめのリアクションを取る
「どや!」
「まあ俺は配信専門じゃないから実はまうがどういう回答書いてもよく分かんないんだけども……」
「なんでや!」
爆速のレスポンス、連撃のツッコミ。
「と、いうわけで。まうはこの回答の理由を俺に説明してみてくれ」
「ええ……まあええか。まず最近の流行りのゲームを把握しておく、これが大事や。小説も漫画もアニメもファッションも音楽も配信も、流行にすぐ乗る以上に強いことってあんまないねん」
「かもな」
まうが身振り手振りで説明を始めるのを、いのりはほわほわした気持ちで見守り、東郷は『生徒ごとに適した違うやり方』をしているYOSHIの教え方に少し興味を持っていた。
「流行のゲームをすぐやる、これが配信者の強いスタイルや。ま、流行ってればゲームに限らんけどな。やから常に流行りにアンテナを張っておく、これが一番大事な準備やと思う」
「俺にも分かる理屈だ」
「で、えと……うちはそんなトークの天才とかそういうのやないねん。考えながらトークせんと笑いが取れへん。なんでな、配信中はずっと考えながら話しとんねん。うちにとって一番大事な思考ってこれやなって思う」
「ああ、大事なことだ。PDも試合中ずっと頭を回してるプレイヤーは、平均的にレベルが高い」
「でも、考えてから発言すると間に合わんこともあるわけやん? ホラーゲームの実況で幽霊が出て来たら、素のうちのびっくりを、瞬間的にちょっと大げさにするとか。RPGで大ダメージ受けた時に瞬時に悲鳴上げたりとか。コラボ相手のボケに反射的に『なんでや!』ってツッコミ入れたり。まあそういうのやな」
「大変だな、配信者も」
まうが可愛らしい顔で苦笑する。
「大変やねん! ってか、うちこうして話してて気付いたんやけど、これ適性が見れるテストなんやな。『配信前に人気者を集めて企画を実現できるコミュ強配信者』、『思考と返答が速い面白配信者』、『反射的な動きが面白いリアクション配信者』……人気配信者もパターンによって分けられるんやなコレ。ヨシがさっき準備が苦手言うてたのってつまり……」
「……答えに至るのが早いな。俺が説明する前に骨子まで掴んでるのは予想以上だ」
YOSHIは、舌を巻いたような様子を見せる。
まうは彼の言動から称賛の感情を感じ取り、ほんのり照れ臭そうだ。
が、彼は一旦その話を脇に置いておく。
「その話の前に、いのりのを片付けておこう」
「はいどうぞ~」
ふわりと笑むいのりが、回答用紙を差し出した。
お題:『カードゲーム』
●準備
・今の環境で一番勝ってる一番強いデッキを買って、世間の人がそのデッキにどういう対策をしてるのかを調べる
●思考
・試合中、相手のデッキが何か、戦法が何かを考えて、ありえる可能性を全部考えて動く
●感覚
・自分がカードを引いた時じゃなくて、相手がカードを出した時に一瞬一瞬判断する
「……」
「カードゲーム全然やってないから~、聞いた話から想像した感じになっちゃったけど~、こういうのでいいのかな~?」
「ああ。いいと思う。いのりはこれでいい。というか、これがいいんだ」
「やった~」
「勝てる準備をして、その準備がどう対策されたら台無しになるかを考慮して、本番が来たらあらゆる可能性を考えて相手を封殺し、相手の動きの一瞬一瞬から目を離さない。頭が良い人、計略が上手い人の回答だな」
「やたぁ~、褒められたぁ~。こういうのが一番確実かな~って思ったりしました~。ゲームってそういうのだもんね~」
「ああ。その通りだ」
子供のようにいのりが喜ぶ。
YOSHIはいのりのことを、大まかには『一般的に可愛いとされる女性』と認知している。
しかし。
おそらくYOSHIの教え子3人の中で最もチームブレインに相応しいのが誰かと言えば、この伊井野いのりしかいないだろう。
「……」
「……」
いのりの回答を見ていた東郷とまうは、自分の回答を見返しながら考え込んでいる様子であった。
3人の回答に大した差があるわけではない。
ただ、少しだけ解像度が違った。
組み立ての意識が違った。
東郷とまうが『最善を尽くす』という論法で答えを書いたのに対して、いのりは『どうしたら確実に結果が出せるか』という論法で書いていた。
たとえばいのりのお題が麻雀だったなら、準備の項には『他プレイヤーの1人を買収する』と書かれていたかもしれない。
いのりは悪人ではないし、ズルを好むわけでもないが、ただ単純に"結果を出すための思考"とでも言うべきものを備えていた。
「3人とも、他2人の回答は見たな。繰り返すがこれに別に正解は無い。ただ、なんとなく掴めてきたんじゃないか? 準備、思考、感覚ってのが」
3人が頷く。
「まうが気付いてた、後回しにしてた話をしよう。俺は基本的に『準備』のレベルがそんな高くない。俺は試合中に『思考』で立ち回りを決めて勝ち筋を作って、ピンチを『感覚』の反射神経で回避して乗り切ることが多い。思考・感覚型だな」
「ああ……」
まうがひどく納得したような顔で、電子世界の空を見上げた。
YOSHIのそういう強さに最近、それはもうめっためたにやられた者特有の納得があった。
「たとえば、俺が知る限りカードゲームは準備と思考が大事だ。準備でデッキを用意して、思考でカードを扱う。感覚はそんな優れてなくても勝てると言えば勝てる。……まあ、カードゲームでも直感は大事らしいから、そういう意味では感覚もおろそかにしちゃいけないとか聞くが……」
「たし蟹」
うむうむと、東郷が頷いている。
「昔ながらのアクション対戦ゲームだと、逆に思考と感覚があれば勝てるみたいな話は聞くな。反射神経が事前研究に勝るから、とかなんとか」
「おじいちゃんは若者に勝てないってやつだ~」
「……嫌な例だな。的確だが」
脳の速度には個人差があり、それは加齢によって落ちていく。『準備』は誰にも使える力だが、『感覚』は競技によっては若者の特権であることも多い。
反射的に回避するのも、指に馴染ませたコマンドを瞬時に入力するのも『感覚』であり、また加齢によって失われていってしまうものである。
「俺が見る限り、君らは得意分野がそれぞれ違う。補い合えば準備・思考・感覚全てでそれぞれの長所を活かせるチームになれるはずだ」
「ほぇ~」
「でもそれなら、ちゃんとやっておかないといけないことがある」
YOSHIが指を走らせると、空中に様々な試合用マップが映し出されていく。
摩天楼。
山岳地帯。
猛毒の森。
真っ赤な氷河。
轟雷響く廃都。
「俺にも得意な環境と苦手な環境はある。たとえば……こういう組み合わせだ」
バトルルール、『モンスターハンティング』。
フィールド設定、ユーザービルドマップ『実験体に占拠されたサイバーパンクの摩天楼』。
天候設定、『暴風雨』。
……の、近似。
奇しくもそれは、西暦2059年4月15日のイベントにて、YOSHIと東郷が2人で挑んだ戦いと非常に似た設定のマップ設定であった。
YOSHIは自ら苦手な環境を開示し、それを次なる思考のための取っ掛かりにしようとしている。
「さて、次のお題だ。君達がもし俺の敵だったとして、こういう有利なマップで俺をどう落とせばいいと考える?」
YOSHIとどう戦うか。
「そして、もしこのマップに俺と一緒に放り込まれた時、どうすれば俺と一緒に勝てると思う?」
あるいは、どうやってYOSHIと共に勝つか。
「こういうのを事前に考えるのが『準備』で、当日のマップのランダムセレクトを見てから作戦を考えるのが『思考』。『感覚』も込みで考えて、ちょっと答えを考えて見ると良い」
YOSHIの言葉を受け、三人が思索を始める。
勝つために積み上げて来たプロゲーマー。
楽しませるために積み上げてきた配信者。
2つの人種は違う思考で生きているが、知識を渡すことはできる。
そして、人に勝つために必要な準備・思考・感覚があり、人を楽しませるために必要な準備・思考・感覚があるがゆえに、ここを取っ掛かりにすることで、勝負のための思考の片鱗が身につく。
YOSHIはこうした考え方の鍛錬の先に、3人の確かな成長があるはずだと、信じていた。
「ヨッシー!」
「なんだ、東郷」
「どんなマップでも僕達じゃお前に勝てないということで3人の意見が一致した!」
「馬鹿野郎」
成長があるはずだと、信じようとしていた。
たぶん。
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