西暦2059年4月14日(月) 21:47

 YOSHIの急速な上達を見て、いのりは壁と柱の建設をYOSHIに任せ、家具の制作を始めた。

 制作物はワールドクラフトビルダーズのシステムを使うにあたって便利なキッチンや錬成台、中に沢山の物を入れられるアイテムストレージが多い。

 家具作りは、上級者が担った方が良い、というのがワークラの定説である。


 たとえばこのゲームのタンスやベッドは、ゲームの基本形状各具80種から選んだ上で色も変えられるが、セルフクラフト機能を使えば細かいデザインも自分で決めることができる。

 いのりは軽く指を振ってメニューからデータストレージを開き、手描きのメモ帳を開く。

 そこに書き溜めておいた男性用家具の未使用アイデアを引っ張り出して、パッパッとYOSHI専用の家具のクラフトを開始した。


 伊井野いのりは、元は異世界のお屋敷に仕えていた錬金術師のメイドさんで、今は日本で洋品店を開いているという設定のVliver。

 物作りこそ彼女の真骨頂。

 洋風家具にオリジナルインテリアを続々と並べれば、それだけで家の中はハイセンスでマーベラスでスタイリッシュとなるだろう。


「せんせ~、せんせ~って家庭科の裁縫箱でドラゴンのやつ選んでるタイプの男の子だった~?」


 いのり本人が、ふざけなければ。


「今このタイミングでなんでそれ聞いた?」


「へっへっへ~」


「今このタイミングでなんでそれ聞いた???」


「へっへっへ~」



【26.好きな食べ物は?】


「わたしはやっぱり煮込み料理かな~鍋とかカレーとか~あったかくて栄養があって皆で同じものを食べられるのが好き~」


「特には無い。なんでも好きだしな」


「わぁ~、おかあさんが助かりすぎるやつ~」


「まあ、俺はプロジェクトチャイルドだから。そういうことを言う母親が居たわけじゃなかった」


「あっ、ご、ごめ……」


「いや、別に気にするな。それは失言じゃない。その辺気にしたことも無いしな」


「……そっか~。ありがと~。せんせ~の海より深い優しみに感謝~。失言はしばらく反省します~」


「気にしなくていいって言ったろうに……というか、思い返すと俺は子供に好き嫌いはするなって言う方の立場だったな。普通はこれを言うのは父親か母親なんだろうけども」


「へ~、好き嫌いのないお兄さんが弟妹にそうするみたいな話はちょっと聞いたことあるかも~。大人が子供に言い聞かせるより子供が子供に言う方がいいのかな~?」


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○好き嫌いしなくて偉い。男の中の男ですよ

○Vliver好き嫌い激しい人多いんよ

○センターの内情話だ

○センター出身の子供の頃の話初めて聞くかも



「むしろ大人が好き嫌い激しかったから俺が食わせてたな。クソガキ! と何度言われたことか。子供に残さず食えと言ってんだから自分も食えよと」


「おお~。恐れるものなし、勇者のYOSHIは子供の頃から勇者のYOSHIだ~。大人になって子供の前で好き嫌いするのはあんまよくないものね~」


「そもそもその大人が子供っぽくてなあ。大人嫌いで子供は嫌いじゃないっていう人なんだが、そのせいで子供からはほどほどに好かれる割に大人からは毛嫌いされてる人で、でも頭は悪くないし能力はあるしでクビになってないって人だった」


「へ~! せんせ~と仲良かったの~?」


「いや、特には。でも協力はしてたな。お互いできることが正反対で、あの人は俺に期待してたから」


「? 期待されると~、協力できるの~?」


「俺はそうだった」


「へ~」


「あれで性格が死ぬほど悪いって欠点がなければな……他人が嫌いで他人の不幸を望む気質は、表面上の付き合いを良くしておけば誤魔化せただろうし……頭が良くて人間を考察する能力があるんだから、もうちょっと愛想を良くするだけで人生百倍上手く行くとは思うんだが、そもそも俺が愛想良くないからな……あんま強くは言えない……」


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○草生える

○仲良いね

○少子化対策センターのイメージ変わったわ

○俺、弟にいつもこういうこと言われてたぜ…



「なんて名前の人~?」


「『先生』って俺達は呼んでる」


「! せんせ~の『先生』だ~!」


「こんなんできゃっきゃするな」


 いのりは何故か、会話中によくわからないところで喜び笑う癖があった。それは彼女の変わり者という印象を助長していたが、それは"よく笑う"という彼女の長所とセットであるため、それを欠点だと思う人間はあまりいなかった。


「あんまいいやつではないんだ。俺は別に嫌ってないが。嫌ってる人間や、あの男に傷付けられた人間も居る。性格が悪くて嫌味だからな。だけど、なんだろうな……俺を、利用する……? 俺に、試練を与える……? 俺に、俺の可能性を試す困難をぶつけてくる……? そういうところを気に入ってる」


「わぁ~せんせ~の変な所と噛み合う人なんだ~」


「そうだな。変人だ。好かれない類の変人」


「変な人~」


 トントントン、とリズムよく建築しながら仲良さそうにしている2人の横で、コメント欄が動く。



○ふざけんじゃないぞ善幸君この次にセンターに戻ってきたら覚えてろよ僕は忘れないからな君がこういう僕の評判を外部に拡散してんの聞いてんのかおい



 コメント欄が盛り上がる中、怒りに溢れたコメントが1つ流れたが、コメントが盛り上がっていたため一瞬で欄外まで押し流されていった。


 そしていのりのコメント管理者モデレーターの仁山が「おっ荒らしだな?」と認識して排除キックしたため、怒りのコメントを送った者はその後コメントができなくなった。



【27.好きな飲み物は?】


「特には無い。ただセンターでは麦茶をよく飲んでたな。リットルあたりの費用が少ないから重用されてたんだ」


「いいな~。わたしも夏の麦茶すき~。いのちゃんはですね~、最近タピオカのチョコミントアレンジミルクが好きなんだ~、オススメだぜ~!」


「タピオカ……噂はかねがね……しかし飲んだことも見たこともないんだよな」


「今度みんなで飲みに行こうよ~! 第七次タピオカブームですよ~!」


「今度な、今度」


 いのりがベッドを1つ完成させると、YOSHIが3階から腕を伸ばしてそれを引っ張り上げる。「お~」といのりが見上げる先で、YOSHIが部屋の隅へと──精密なイメージによる精密なスキル操作で──それを置いた。



【28.嫌いな食べ物や飲み物は?】


「無い」


「なんでも好きな人だ~! ひゅ~」


「いのりも嫌いな食べ物は無さそうなイメージがあるが」


「そんなことないよ~! あのね~、顔がパンのヒーローさんの顔そのままの形のパンとか~、ああいうの食べるのめっちゃめっちゃに苦手~! わたしが食べた分だけ顔が欠けちゃうのがなんかいや~」


「……そういう人間も居るのか。勉強になる」


「やさしそーな人の顔を食べるのはなんか嫌じゃない~!?」


「いいんじゃないか、君はその考えのままで」


 いのりが作ったシックな窓を受け取り、YOSHIが壁に空けた穴に嵌め込んでいく。パチッ、と嵌る小気味のいい音がした。



【29.好きな漫画は?】

【30.好きなアニメは?】

【31.好きなゲームは?】

【32.好きな音楽は?】


「せんせ~だけを撃つ質問のラッシュだ~!」


「いや……なんか、凄いな。門外漢の無知だと思って気分を害さないで欲しいんだが、Vliverってこんな漫画とかアニメとか見てて当然な感じなのか? こう……なんて言うべきだ……? オタクがなりやすいもの? なのか?」


「あはは~。せんせ~、なんだか50年くらい前の人みたいなこと言う~」


「……」


 ころころ表情を変えて微笑むメイドに、YOSHIは己の核心近くを触れられ、少しひやりとした。


「今だと、漫画・アニメ・ゲームに全然触れないで育つのって逆に難しいんじゃないかな~? それにVliverってネットと密着したものだから~、Vliverに憧れる人って大体ネットに浸かってる人で~、ネットに浸かってる人はそういう娯楽をいっぱい楽しんだ人みたいな傾向はあるかもね~」


「それは確かにそうだな」


「ネットとかに全然触れない人~、たとえば現実のスポーツの……野球にだけ打ち込んでた人とかは~、アニメとかも全然触れないだろうけど~代わりに配信にも触れる気配がないだろうし~。オタクっぽい界隈はVliverの界隈と重なるけど~、オタクっぽくない界隈はVliverの界隈と重なりにくい~、みたいなのはあるのかも~?」


「……ああ、そんな気がする」


 YOSHIは深い実感を伴い、深く頷いた。


「そもそも~、ちょっと話してて思った感じ~、せんせ~って好きなバンドとか曲とかそういうのもなさそうな筋金入りって感じが~……」


「音楽の授業で習った『エーデルワイス』とかは好きだが」


「……わぁ~。でもいい曲だよね~、エーデルワイス~」


 いのりが作った室内照明用の『消えない蒼炎の燭台』を、YOSHIが伸ばした腕が受け取り、部屋の壁にひょいひょいひょいと付けていく。


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○一周回って尊敬する

○これがプロジェクトチャイルド…

○好きな曲が音楽の授業のやつってお前

○困った…イメージ通りの男だ…

○全てを犠牲にして世界を獲った悲しき獣



【33.好きな季節は?】


「夏と冬。厳しい季節ほど自分が試されている気がする。同じ理由でポシビリティ・デュエルでも立ち回りの難易度が高いフィールドの方が好きだ」


「うお~、かっこいい~。わたしは春かな~? ぽかぽかしてて、風が一番気持ちいい季節だから~」


「そういう理由で好きになるもんなのか、季節は」


「人によると思うよ~。冬だけコンビニに並ぶ季節限定の肉まんが美味しいから冬が好き、みたいな人も居るだろうし~?」


「……ああ、そういえばあったな、そういうの……美味かった。他の肉まんも満遍なく美味いが。肉まんだけ腹いっぱい食ってそれから丸1日何も食わずに乗り切ったこともあったな」


「肉まん星人だ~。わたしのポトフも冬が一番美味しいよ~」


「何? ……あと七ヶ月ってところか……」


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○カウントダウン始めてて草

○マジで皆褒めるねいのちゃんのポトフ

○餌付けされてる…

○この人誰かが横で栄養管理しないと死にそう



 3階の壁が一通り完成したので、いのりも登って2人で建物の屋根を完成させにかかる。



【34.好きな数字は?】


「時期によって変わる。今は4。チームメンバーの数だ」


「流動的だ~。いのりさんはですね~、0と8が好き~。わたしが転んでぶつかっても~、0と8だったら絶対に怪我したりしなそうだから~」


「いのりが転んでぶつかったらってなんだ……いやまあ言いたいことは分かる。丸っこくて何も傷付けなさそうなフォルムが好きってことだよな?」


 いのりが誰も傷付けない丸っこい枕をYOSHIの背後から投げつけると、YOSHIは振り向かないまま回し蹴りで蹴り返し、跳ね返った枕がいのりの顔面にばふんっと直撃した。



【35.自分の配信・動画で好きなのは?】


「……いいな、この質問。いのり、ちょっと頼みがある。まう・いのり・東郷の人格・技能を把握するにあたってオススメの動画を教えてくれ。配信アーカイブが多い。どれから見ればいいのか分からん。どう検索すればいいのかも分からん。再生数多い順に見ればいいというものでもなかろうし……」


「……ふふ~。新人リスナーみたいなこと言ってる~」


「新人リスナーみたいなものなんだよ、俺は」


「おすすめと言えばこれ~! 『伊井野いのり伝説 障害物競走一着までの軌跡』~! ファンの人が作ってくれた回想ありエフェクトありの、わたしが障害物競走で一着になった時の配信まとめ動画~! 運動会でずっと足を引っ張っていたどんくさい伊井野いのりが、奇跡の大勝利を決める栄光のロードムービーだよ~!」


「なるほど。いのりに聞いたら一生いのりが自慢できる動画ばかり出てきて、いのりが大失敗してるような動画は出てこないことが分かった」


「……てへへへ~……」


「リスナー、オススメ動画を頼む」


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○「伊井野いのり 転倒」で検索

○「伊井野いのり 寝坊」で検索

○「伊井野いのり 下着 忘れた」で検索

○「伊井野いのり またこぼした」で検索

○「伊井野いのり 足元がお留守」で検索

○「伊井野いのり 一気飲み 顔に」で検索

○「伊井野いのり ポンコツ」で検索


「ああああ~! やめえ~!」


「うおっいっぱい来たな……後で検索しとく」


「やめれ~」


 いのりが作業を中断し、リスナーに向けて可愛らしいお説教を開始する。どうやらリスナーはこれをしてほしかったようだ。


 YOSHIは黙々と作業を継続しつつ、『現実で足が不自由な者はアバターに慣れるまでは転びやすい』という認知度の低い事柄を想起する。

 現実の自分の障害を隠してVliverをしているいのりを見て、それを知らずに"初期はよく転んでた可愛い女の子"程度に扱っているリスナーを見て、情報の半透膜越しに繋がっている彼女らを見て、YOSHIは少し不思議な気持ちになった。


 互いの正体を全て知ることはない、だから互いを全て理解しないという約束の下に結実した、配信者とリスナーの不思議な繋がり。



【36.ほかに好きなものは?】

【37.苦手なものは?】


「漫然としてるな、ここは」


「こういうのがあるとね~、たぶん質問の型に縛られない自己PRとかができるんだよ~。変な趣味とか~、変わったトラウマとか~、色んな個性を持ってる色んな人がいるんだもんね~」


「たとえばなんだ」


「わたしは親が苦手でぇ~す~」


「やめろ! 急にアクセルを踏むな!」


「かなり親が嫌いです~」


「絶対ここの質問こういう解答のために用意したもんじゃないだろ! やめやめ! 次々!」


「え~」


 いのりはちょっと不満そうだった。

 けれどもすぐに、いつもの明るい笑顔の彼女に戻っていく。


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○いのちゃんの持ちネタだから…w

○YOSHIを置いていくアクセルベタ踏み

○恐ろしい女やで

○世界で一番陽な虐待経験者

○すみませんねYOSHIさんこの子いつもこんなで



 笑い話にする空気があった。

 虐待された話で笑いを取る恒例があった。

 気にしていないVliverが積極的に笑い話にしていこうとする流れがあった。

 空気が読めるなら、それに乗れたはずだ。

 けれど、YOSHIにはできなかった。


 まっすぐ目を見て、彼は言った。


「君が親にいじめられた話なんて聞きたくない」


「───」


「気分が悪くなるだけの話なら要らん」


 たとえふざけ半分な口調でも、好ましく思っている人間が苦しんでいた過去の話なら聞きたくもないと、YOSHIは言い切る。

 それは『辛い過去の話を聞いてあげる』だとか、『一緒に笑い話にしてあげる』だとか、そういう人間味から遠い所にある、どこか欠落した幼児性を感じさせる思考。


 何故ならこの言葉にある感情は、『いのりも話すの辛いだろうから』という気遣いではなく、『俺はいのりを気に入ってるからいのりが苦しんでた時期の話とか聞きたくない』という幼気な自分主体の思考だからである。


 風成善幸は前世からずっと、子供の"可能性"を狭める親の虐待というものを反吐が出るほど嫌っている。それは優れた他人との衝突で自分の可能性を試そうとする善幸によって、農作物を食い荒らす害獣に等しい存在であるからだ。

 善幸は、この世の全ての子供は親に愛されすくすくと育ち、自分の可能性を最大限まで発揮し、その上で自分のライバルになってほしいと思っているのである。


 善幸の言葉に、一般的な意味の優しさはない。

 けれども。

 あまりにも彼らしいその言葉を、いのりは嬉しく感じていた。


「そっか~。じゃあ~、しないね~」


 "変わらないなぁ"と、いのりは思った。


________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○ハッ。おもしれー男

○いい人だなやっぱ

○虐待経験トークリセットされたの初めて見た

○自虐系話苦手なのかなYOSHIさん

○フッ……おもしれー男……



 コメントが流れて行く。

 大まか、コメントの流れはYOSHIに好意的だ。

 Vliverのリスナーというものは、『自分らしさを強く主張しつつ不快感がない』という存在に非常に弱い。

 YOSHIの在り方は揺らがない自分らしさに満ちていて、いのりの作ろうとした話の流れを自分勝手に断ち切りながら、それでいてYOSHIの中のいのりへの好感が感じられる在り方だった。

 だから、リスナーも皆受け入れていく。


 少しずつ、少しずつ。


 風成善幸の個性を好きになってくれる人が、この世界に増えていく。






 同時刻。

 遠く遠く、少子化対策センター宿舎の一室で、コメントを禁止された『先生』が1人呟いた。


「君、そういうこと言うやつだったか?」


 ギシッ、と寄りかかられた椅子が軋む。


「……」


 先生は少し考え込み、深く息を吐く。


「だとしても、だとしても。今の時点で変化の良し悪しを判断するのは早計か……? 勝ち続けてくれるなら別に文句はないんだがね」


 先生の手の中でくるりと回された機械端末が、エヴリィカ事務所に所属するある者との通話を繋ぐ。


「もしもし、エヴリィカのマネージャーさんだったと思いますが。ええ、僕です。前に話は通しておいたと思いますが今彼女は電話に出れそうですか? ああ、じゃあ繋いで下さい」


 先生は誰にも伝えず、布石を打つ。

 その布石は誰かの足を引っ張るためのものではなく、善幸の長期的な活動の補助を行うためのもの。

 こういうことを誰にも伝えず黙ってやってそつなくこなしてしまうから、先生は善幸にその能力を信頼され、その人格を信用されないのである。

 彼は常に、先を見据えて布石を打つ。


「蛇海みみさんをお願いします」


 そんな話は聞きたくないでバッサリ拒絶して、身勝手に突き進み、力で敵を薙ぎ倒すのがYOSHIならば。


 他人の弱みになりそうな話は積極的に聞き、頭を使って立ち回り、YOSHIが暴れる前に道を作っておくのが『先生』の好む仕事であるがゆえに。


『なんだいのりお前、ここまでも機嫌良かったがもっと機嫌良くなったな……』

『ええ~いつも通りですよ御代官様~ぬへへ~』


「……」


 先生は、『君、仕事でやってるってこと分かってるのかい? ずいぶん楽しそうじゃないか。その女を抱きたいのか?』と嫌味のコメントを打ち込んで、送信した。

 できなかった。

 荒らし野郎にコメントの権利無し。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る