西暦2059年4月15日(火) 08:27

 チーム名を決めなければならない時、一般人と有名人のチーム名決定会議における最も基本的な違いと言えば、"気軽に変えられない"が挙げられるだろう。


 ある時唐突に変えようとしても、書類処理は面倒、定着した検索タグが使用不可。要らない混乱を生むのみならず、頻繁にチーム名を変えるとあちらこちらから浮ついた集団と見られるリスクも生じ始める。


 ましてや、Vliverのチーム名ともなれば、ある程度特徴的で、記憶に残りやすく、検索しやすく、個性的すぎる奇抜さは避けて、されどチーム名を見ればパッとメンバーの顔が浮かぶようなものが望ましい。

 語呂合わせや特徴の抜粋があると理想的だ。

 なにせ、今後ずっと配信界隈の小規模ニュースに名前が載り、SNSで使うハッシュタグの名前にもなる名なのだから、肝要である。。


 そうして、名前の決め打ちをして、あとは安易に変えられない名前と共に、全員で最後まで走り抜けて行くのみ。


「ほんじゃ、意見招集やでー! うちら4人のチーム名の意見を募る! 求む、ナイスネーミング! Wikiに単独ページが残っても恥じない名前をよろしゅーな!」


「でもすぐにもう1人追加されるらしいけどね~、わたしたちのチーム~」


「そんときゃちょっとネーミング弄って対応や! チーム名の後ろに『@○○』って感じに名前足しときゃなんとかなるやろ!」


「お~天才~」


「これは流石に雑って言っとけ涼芽」


 善幸は腕を組み、瞳を閉じる。

 己の内面と向き合い、思案に思案を重ね、過去に見てきた世界中のチームの名前を思い浮かべて、参考にし、組み合わせ、組み換え、様々な名前を創造する。

 世界中のプロ・元プロ・アマチュア問わず、数え切れないほどの数の個人、途方も無い数のチームと戦ってきたのがYOSHIだ。

 記憶を探れば、参考資料はいくらでもある。


 そして、己の中で組み上げた。

 3つのネーミングを。

 無駄に気合いを入れて。

 渾身の名前を組み上げた。


 3つ全て、見るに堪えないゴミだった。

 主に気合いを入れたせいである。


「よし」


 善幸が力強く頷く。

 何も良くはない。

 何一つ良いところのない名前だった。

 このまま3つのネーミングを仲間の前で公開すれば、恥をかき、恥を恥で上塗りし、更に恥で塗り替えてしまうだろう。

 3つの名前で3度大恥をかくことは間違いない。

 風成善幸、人生の一大事である。



【兄さん!! 迂闊な提案は控えてぇー】



 と、そこで。

 ラジコンは蛇海みみの操作を受け付ける。

 善幸は少し考え、妹の忠告を聞いた。

 かくして、妹の愛の力により、ラジコンは人生最大の恥を3回連続で更新するという最悪の事態を回避するのであった。



【よ、よかったぁー……ラジコンの操作が戻ったぁー……この感想ロボアニメで乗機が暴走し終わった後くらいにしか書く機会がないやつじゃなぃー?】



 妹は胸を撫で下ろし、しかし再び不安になる。


 再会する前の『兄さんにまた会ったらいっぱい甘えるんだ』という妹らしい思考は家出し、『この壊れたラジコンさんどっかで失言して仲間にハブられたりしちゃったらどうしよう』という、どこか母性の混ざった心配が妹の心を満たすのだった。


 蛇海みみの心配を露知らず、4人のチーム名決め会議が始まった。


「はいはい~。『なかYOSHI』ってどうでしょ~?」


「む! ちょっと吹き出しそうやなと思ったけど、インパクトあるし意外にええんとちゃうか?」


「良くないが? 俺の名前が玩具だ」


「伊井野ちゃんが仲間の名前を組み入れて『仲良しでいよう』って祈りを込めたこの名前がいけないっていうのかよえーーーっ!! 僕は肯定!」


「いや俺は、そんな別にケチ付けるとかそういうつもりじゃ……涼芽が真面目に考えたなら別に何か言うことも……ってか、まあ、なんだ。こういうの普通の友達間とかだとよくあるイジりとか発案なんだろうな、って思ったと言うか。俺はそういう関係性とか人並みに経験してねえから、完全に未知で反応が下手っていうか……」


「あはは~、かわい~」


「可愛い!? おい可愛いつったか!? 別に可愛くはねえだろ今の俺は、おい! ちょっと待て!」


「のるなヨッシー! 戻れ!」


「いかんヨシ! こういう流れで会話入るとずっといのいののペースで話が進むんや! このままやとあんたもうちみたいに可愛くされてまうで!」


 案が出やすい空気、というものがある。


 今ここにあるのは、基本的に肯定があって、おふざけ程度の否定・修正があることがあっても、どこか適当な空気があって、意見が出しにくいということがなく、何かを思いついたらちょっと言ってみたくなる、SNSの盛り上がっている大喜利と似ているようで似ていないような、そんな空気があった。


「でも~、まうちゃんもせんせ~を可愛いって思うことたまにあるんじゃないの~? ね~、ね~?」


「!?」


「おいやめぇー! こっちにそういう話振るんやない!」


 になるよう、無意識の内に会話や掛け合いを調節する能力が、不寝屋まうには備わっていた。

 雑談技術の高い間野谷涼芽/伊井野いのりがそういう空気に乗ってくると、空気のが場にプラスの効果を次々生み出していく。


 不寝屋まうがリーダーとして存在する空間においては、多少特異に見えるほどに意見が言いやすい空気が存在している。

 おそらく新人の若手がこの場にいきなり放り込まれても、30分もすれば熱心に議論に参加していることだろう。

 色んな意見を尊重して肯定する空気や、誰かの変な意見を延々ネタにして笑いものにしたりしない倫理観の雰囲気が、不寝屋まうには備わっていた。


「うちは派手にリーダーというポジションの存在感を使わせてもらおっちゅー作戦で行くで。『不寝屋豪傑四天王』! どや!」


「わぁ~、いいね~」


「せやろせやろ!」


「いやゴッツ! 名前ゴッツ! 僕らもしかしてどっかの主人公の敵事務所の敵幹部だったんスか?」


「主人公ってなんや! 敵事務所ってなんやー! 変な設定いきなりねじ込んでくるんやない! あえて言うなら今はうちら以外に主人公なんぞおらーん!」


「俺、一回四天王になってみたかったんだ」


「ヨシが思ってたより十倍くらい乗り気やー!」


 感覚が鋭い人にだけ感じられる流れがある。

 まうが楽しげに笑うと、それに周りの人も、周りの空気も、さらさらと流されて行くような感覚があって、善幸も抵抗せずにその流れに身を任せていく。


 それは、仲間であるという意識を育てる、水のような空気だった。

 人肌の温度の、彼女から溢れる不思議な水。


「ヨシはなんかないんか? なんでもええで」


 まうが善幸へと笑いかける。

 人間というものは、チームに所属し、仲間と交流を深め、仲間意識を育み、その場所にある空気に癒やされたり笑わされたりすることが多くなってくると、話し合いの時に"何か役に立つことを言いたいな"という気持ちが湧きやすくなる生き物である。

 前世の野球部でも。

 数年前のチーム・Ghotiでも。

 そして、今も。

 善幸は、同じ気持ちを持っていた。


 しかし、気合いが入ると良い意見が出てこないのが善幸である。

 またしても生き恥回答エレクトリカルパレードをかましそうになった善幸に、ダウナーヤンキーで兄想いな妹がメッセージを届ける。



【兄さんの元チームの名前の由来とかを参考に教えるのがいいのではぁー?】



 なるほど、と善幸は小さく頷いた。


 妹とラジコンは、ようやく少し噛み合い始めた。

 兄の役に立ちたいという妹の思いは常に本物であったが、互いの違いゆえに本物の想いから生まれたズレは空回りを生み、されど今は徐々に修正されつつある。

 壊れたラジコンは妹のラジコンに進化しつつある、と言えるのかもしれない。


「じゃあ、少し長めの話だが、いいか」


「ええでー、ヨシ!」


「何を見てヨシ! と言うべきか思い悩む現場の猫と僕。ヨシ!」


「いけいけ~せんせ~」


 事あるごとに感じる、何をするにもやりやすそうなこのチームの空気が、善幸にとってはありがたかった。


「知っての通り、ポシビリティ・デュエルで『全国大会』『世界大会』と言ったら、一般的には年に一回行われる公式大会のことを言う。他の世界大会相当の大会はそう呼ばれない。俺が『世界大会』の団体戦を2度優勝した時、どっちも所属チームは一緒だった。ADAM's姉さ……ADAM'sさんが作り上げたチーム、『Ghoti』だ」


 それは、ポシビリティ・デュエルによって回るこの世界において、誰もが聞き慣れた名前である。


「せやな。誰でも知っとるチームや。世界各国を巡ってあらゆる大会を優勝しまくって、ある年には成し遂げた伝説のチーム───YOSHIがそこに所属してたっちゅーことは、誰でもよー知っとる」


 不寝屋まうが可愛らしい小顔でうんうんと頷いている。


「あのチーム名な。リーダーのADAM'sさんが俺をモチーフに考えて、チーム名決める話し合いのその場で、思いつきで付けた名前なんだよ」


「なんやて!? えっ、初耳なんやけど!」


 そして、まうも、他の2人も驚いた顔を見せた。


「Ghotiってのは、英語の面倒な不規則性を一発で分かるようにしたジョークだ。英語は、同じ綴りでも全然別の読み方をしたり、たまに発音しなかったりする。英語を勉強しようとした日本人がまず躓くのが、その"すぐには感覚的に理解できない不規則性"なんだ」


「あ~。わかるわかる~」


 善幸が語る英語の根本的ややこしさに、元留学生の帰国子女である涼芽が、心底同意という風に首を縦に振っていた。


 英語の授業に苦戦する学生の何割かは、ずっとこの英語の不規則性に悩まされることになるという。


「『gh』はグ? それともゴ? かと思ってると『laugh(ラフ)』とかいうのが出て来る。ghはフと読むんだ。『o』はオとしか読まないだろ? でも『womem(ウィミン)』ってのがあるから、oはィなんだよな。『ti』はチかティだと思うよな。俺もそう思う。でもこれは『nation(ネイシュァン)』だとti=シュになるから……Ghoti(フィッシュ)って読むんだよ、これは」


 Vliver達は戦慄した。

 遠くから覗いている妹も戦慄した。

 恐るべきイングリッシュ。

 これと戦う英会話教室という戦場は、どれほどまでに人の自尊心を抉り落として来たのだろうか。


「僕が英語苦手だった理由ちょっと分かったわ。それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」


「こわすぎ~」


「いやフッツーに洒落にならへんやろこ……あああああぁー! 魚! フィッシュ! YOSHIをモチーフにしてチーム名決めたってそういうことなんか!?」


「そういうことだ。まうはやっぱ思考が速いな」


 YOSHIには多くの異名がある。

 国内外問わず様々な人が、何らかの特徴をピックアップした呼び名で、思い思いの名前でYOSHIを呼んでいたからだ。


 八艘跳びならぬ、『八相跳び』。

 風を斬る、『風切羽』。

 そして、松尾芭蕉の"風の中を泳ぐ魚"の句から引用された……『祓う風の魚』。

 Ghotiをフィシュと読むのなら、つまりはそういうことなのだろう。


「これとはまた別の読み方もある。『though(ソウ)』はghを発音しない。thou(ソウ)だけで音は十分だしな。『people(ピープル)』もoを発音しない。『ballet(バレイ)』もtを発音しない。『business(ビズネス)』もi無しで発音が変わらないから実はiなんて発音してない。つまり……『Ghoti』と書いて"発音無し"、だ。ADAM'sさんは"発音が無いのは見えないのと同じこと。風みたいにねぇ"って言ってたな」


「あーはいはいはいうち分かった分かった! 『風の魚』か! 発音無しと、フィッシュで、『見えない魚』! 風は見えんので、転じて『風の魚』や! あーそういうことなんか!」


「うお~、まうちゃんの爆速推理すげ~!」


 涼芽が心底感心したように拍手をし、まうが「へへっ……」と照れた様子で髪先を弄っている。


 その個性に憧れを抱ける女の子に対し、誇張なし、虚偽なしに、純粋な憧れを向けていられる関係がある。


 涼芽は生まれつき考えるのが遅いため、いつだって思考が速く気付きも速く、会話応対が速いまうのなんてことのない姿に、いつもすごいと思っている。

 それは、涼芽が憧れる女の子の姿だ。


 まうは自分がガサツで気の利かない関西弁女だと思っているため、いつもごく自然に『すごい』『かっこいい』『さすが』といった言葉を述べ、拍手し、感心した笑顔を浮かべられる涼芽のような女の子こそが、理想の女の子の姿だと思っている。

 それは、まうが憧れる女の子の姿だ


 互いに対し、純粋な尊敬を向け合う関係がある。


「『このチームは魚だ。お前は子供だが、お前が先頭を泳ぎ、このチームの行き先を示す必要がある。正しさの海で、お前だけは決して迷わない。お前だけは決して溺れないからだ』……って、ADAM'sさん以外の仲間にも言われて……別にそんな風にやってた憶えはないんだが今なんか思い出したな……まあそういう感じだ」


「オシャレ魚チーム名かぁ、おんもろいなぁ」


 みみが発言案として考え、善幸が乗って発言した"Ghotiの由来"は、兄妹が思った以上にその場の発想の流れにいい刺激を与える形になったようだ。


 まう、涼芽、東郷の発想が、見るからに柔軟かつ流動するようになっているのが感じられた。


「あ、じゃあ僕もいいかね。『Ghoti'』とかどうだよ? 右上の点はアポストロフィーとかダッシュとか色々呼ばれ方があるけど、この場合はプライム。"○○に似たもの"って意味だな。『'』と『′』で使い分けろとかいう意見もあるが俺は知らん。俺は使い分けない派閥だ。……で。『Ghotiに似たもの』って意味で『Ghoti'』。どうよ?」


「お前……凄いな、それを俺の前で提案する度胸が」


 善幸は、アチャ・東郷のセーフラインギリギリを見極める能力の高さに、内心で少し驚いていた。


「え~、気に食わんのか?」


「正直ちょっとイカすなとは思った」


「だよな~~~! 僕はこれで一向に構わんッッ」


 男同士の気安い距離感で、東郷が善幸の肩をパンパン叩き、ニカッと笑う。


「Ghotiがヨッシー由来なんだろ? それにGhotiの中心がヨッシーだったことなんて誰だって知ってら。ヨッシーの新チームの名前がGhoti'でも文句言われる筋合いないんじゃね? よっしこれで決ま」


「だが、俺はやめとけと思う」


「予想通りの制止中止で僕即死ッ! まあ実はギリギリすぎてどっかで止められるとは思ってたよ僕。紛らわしすぎるしな」


「まあ、それもあるが。俺の経験則の話で悪いが、そもそも初心者だらけの弱いチームが強いチームの名前ほとんどパクった上で目立つと、なんか結構な確率で炎上するんだよな……」


「あー……」

「ああ~」

「せやなー」


「Ghotiには触れない方が良いと思う。俺はな」


 善幸の言葉に、3人が納得したような所作を見せる。


 、未熟者が人気者の真似を安易にかましたせいで炎上した事案に、いくつか心当たりがあるのかもしれない。Vliverゆえに。


「でも、せやな。よー考えてみたらもー、うちらの新しいチームは、"YOSHI"に注目してる人達の一部からは『Ghoti'』と見られてもおかしくないっちゅーわけで……半端なことしとったら、怒られるかもしれへんなぁ……」


「どんな結果に終わるとしても、そんなバカな理由で君達が責められたら俺が許さん。だからそんなことにはならない。絶対にだ」


「ふふ……せやなぁ。せやったらええなぁ」


「せんせ~って炎上した仲間を絶対見捨てなさそ~。むこうみず~。ふふっ~」


 YOSHIがGhotiの次に選んだチーム。

 ほぼ移籍しないYOSHIに最近選ばれたチーム。

 現在一般的に知られている情報を見る限り、初心者のVliverばかりのチーム。

 なら、そうも見えるのか。

 世間からはGhoti'にも見えるこのチームの行く末は、各々の努力によって左右されるがために、まだ何一つとして決定されてはいないのだ。


「ヨッシー、ヨッシー、僕今検索かけてたんだけどGhotiolo(フィッシャー)ってスラングもあるらしいぜ! これにしね?」


「Ghotiから離れろって言ったが聞こえなかったか?」


「Ghotiは発音しない単語だから聞こえなかったわ」


「東郷……お前、口から先に産道を通って来たのか……?」


 ともかく。

 ネーミング事故からの炎上だけは避けねばならない。

 そうこうしていると、涼芽が穏やかな声で言葉を紡いだ。


「ねえねえ~、『マイティ・フォース』とかはどうかな~」


「おー、かっこええなあ。強い力マイティフォース? あるいは強い四人マイティフォースやろか? あ、うちら3人がエブリィカ4期生やから強者Mighty4期生4thか! トリプルミーニングかつ強そーな名前でえーんとちゃう?」


 まうのレスポンスは早い。

 最速の肯定だ。

 だが涼芽は最速の肯定を跨いで、自分が考えたネーミングの解説を続ける。


「あのね~。4人の名前の頭文字を1つずつもらって~、ghを足せば~、それで英単語になるな~って気付いたので~」


「頭文字?」


「ほー、ええんとちゃうか。そういう憶え方あるっちゅー話をリスナーにしとけば……ん? ああああっ! そーゆーことか! 確かになるわ! Mightyマイティ!」


「まうちゃん理解はや~」


 不寝屋"m"うから『m』。

 伊井野"i"のりから『i』。

 アチャ・"t"うごうから『t』。

 風成"y"しゆきから『y』。


 抜き出せば、アルファベットが4つ。


「それでね~、Ghotiの名前の成り立ちと同じで~、『mighty』のghは発音しないんだよね~。mityだけでもマイティって読めるもんね~」


「ほんまやんけ!」


「うわ……僕のチームメイト、創造性ありすぎ……?」


「俺も普通に感心したな。俺だと一生考え続けても思いつけなさそうなネーミングだ。名前の分解、再構築、そして意味の重ね合わせをするっとこなすとか地味に高等技術な……」


 Mighty Force/Mighty 4TH/Mighty 4th。

 4人の名前から取った4つの文字で作った、トリプルミーニングのチームユニットネーミング。

 涼芽の"創る力"に、仲間達は舌を巻かされる。


「パッとこういうの思いつくっちゅーから、いのいのヤベーって思わされるんやな」


「そう~?」


「そうだな。俺もそう思う」


「へへへ~。先生が褒めてくれた~」


「僕もそう思ってますが?」


「便乗おっそ! 逆にびっくりしたわホンマ」

「東郷、寝てたのか?」


「いくらなんでも僕に厳しくなぁい!?」


 相談するまでもない。


 チーム名は、マイティ・フォースで決まりだ。


 パパっとアカウント開設直後にアカウントに貼る用の、挨拶に使う動画と4人集合写真を撮って、準備は完了。


「ほんなら行くで。アカウント名をマイティ・フォースにして……」


 まうが善幸から預かった端末を操作し、アカウント名・パスワードを入力して、アカウント作成と同時にそれらを端末の記録に残す準備をする。


 まうがついでに、善幸が使うこのアカウントの『以後、自動でパスワードを入力してログインを行う』『ログインに失敗した時に信頼する人物に代理入力を求める』『R18を表示しない』のサブチェックボックスにチェックを入れているのを遠くから見て、蛇海みみは「ありがとうありがとう」とまうに向けて拝んでいた。



【兄さんぅー。なんか思ったこととかなぃー? こういう時はなんでもいいから言っておくとぉー、後々に問題が起こる可能性が下がるんだよねぇー】



 善幸は網膜に映った妹の助言を見て、まうの入力を横から眺めながら、自分なりの所感や見解をちょこちょこ述べていく。


「ああ、アカウントの正式名称は英語の方がいい。前にフランスの大会で話した憶えがあるんだが、外国人は日本人のアカウントの名前がアルファベットかどうかだけでも、見ようと思うかがだいぶ変わるらしい。外国人にも見てもらうなら英語が1番良いんじゃないか?」


「おけおけ、せんきゅーヨシ。ほんじゃま正式名称は……『MIghTY force』とかにしとこかな。いのいのと東郷もええ?」


「いいよ~。かっこいいよね英語~」


「ヨッシー式アドバイス、圧倒的感謝っ……」


 遠くから見ている妹は、妹が兄にアドバイスをし、その兄が更に仲間にアドバイスをしているこの状況なんなんだろう、と思い。だんだん何をしてるのかよく分からなくなってきていた。マトリョーシカ・アドバイス・スタイル。


「おけおけ。プロフィールにヨシのプロフィール入れて、と……2人ともアカウントの準備出来とるか?」


「おっけ~」


「おけまる水産」


 そうして、必要な情報を入力し終わり、後はワンタッチでアカウント作成が完了する、という段階に至った。

 そこでまう、涼芽、東郷が自分用の端末を取り出したため、状況が読めない善幸は首を傾げる。


「なんだ、何してる?」


「SNSとかにはね~、他人の発言を自分の発言みたいに引用して~、元の発言を拡散する機能があるんだよ~。当然これから始めるXeTエクセットにもあるね~」


「そうなのか?」


「そうなの~」


 『この当たり前機能に"そうなのか?"って言う人類って存在したんだ……』と、蛇海みみは思った。


 そして、みみもポケットからサブ端末を引っ張り出し、同じようにXeTの管理アプリを開き始めた。


「だから僕らでチームアカウントを開設して、まずチームアカウントで開設宣言を投稿。んで挨拶動画と集合写真を投稿。僕ら3人がそれを拡散して開幕最高速のホットスタートを切るってわけよ。くそっ、じれってーな、僕ちょっとやらしく拡散してきます! ってな」


「やらしくはするな」


「僕ら3人のXeTアカウントのフォロワー数は合わせたらギリ1000万。拡散力はこれだけでも悪くないんだが……企業Vliverはもうちょっと小細工ができる」


 関係各所に連絡を入れている不寝屋まうを、アチャ・東郷は横目で見やった。


「今回は早朝の内にほうぼうに頼み込んでな、エヴリィカの手が空いとるVliver全員に拡散を頼んだんや。ま、起きとったやつしか反応なかったんやけどもな! 今朝やねん! Vliver、朝起きてないねん! んで、こっちがアカウント開設して投稿したらすぐ反応来るはずやで。仁山さんも協力してくれとるしなぁ」


「にゃっちゃん、偉いんだよねぇ~」


「なるほど。分かった」


 知っている名前が出てきたため、善幸は理屈と状況をある程度理解する。

 知らない事務員の名前が出て来ても、彼にはよく分からなかっただろう。


「仁山さんが役職的に偉いかどうかは置いといて、仁山さんに任されとる権限がデカいのは間違いないっちゅー話やな。事故って炎上すんのを防ぐために運営アカウントを使って良いのは数人になったっちゅーんに、それでも仁山さんはまだ運営アカウント使えるんやからなあ……」


「自慢の親友~~~」


「おーおー、お熱い友情やなあ。ええこった」


「まうちゃんも自慢の親友~~~」


「おっ……酒も入っとらんのによくそんなこと平然と言えるもんやな?!」


「せんせ~は~、特別な人~……!」


「おお、さんきゅ。まあ師匠だしな」


「僕は? 僕は僕は?」


「仲間~」


「なんかこれ相対的にランク低くねえ!?」


 そして。


 一般人の視点における、『』が、始まった。


 始まりの日の、始まりの時。


「アカウント開設~! 始まったでー、皆ー!」


「わぁ~、どんどんぱふぱふ~!」


「えろえろぱふぱふ~!」


「東郷、女子の前で堂々と下ネタを言う男ってどうしたら言わなくなると思う? 俺が金玉引き千切ったら大人しくなるかな。俺やったことがねえからどうなるか分かんねえんだ」


「やめてくださいおねがいします」


 始まりは、4人だけの世界。



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 MIghTY force@mightyforce


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 YOSHI名義のチームアカウントと、仲間の3つのアカウント。


 そこに、ものの数秒で新たな登場人物がやって来る。



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 MIghTY force@mightyforce


 3フォロー中 4フォロワー

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 善幸は増える数字を見て、少しばかりワクワクした。

 有名人であれば、フォロワーが1人2人増減したところで何も思わないだろうし、喜びも悲しみもしないだろう。

 それはただの日常だからだ。


 だが、善幸は世間で知られる有名人ではあっても、こういうことに一切興味を持たないで生きてきた人間だった。

 フォロワーが増えたところでなんだよ、と言って憚らないタイプの人間だった。

 そういう数字を気にする人間の気持ちが一切理解できない、自分の可能性の研鑽にしか興味がない人間だった。


 だが、今は違う。


「このフォロワーが、俺達の"マイティ・フォース"を応援してくれてる人の数だと思っていいんだよな?」


「せやな。例外もあるやろけども、基本的にはうちらを応援してくれる人の数と見てええで。まあ本当に最初の最初は身内しかフォローしてへんっちゅー話やけどな! うははっ!」


「なるほど、分かった」


 善幸は相変わらず承認欲求というものが薄く、自分を応援してくれている人が増えたり減ったりすることに一切興味がない、自分が注目されることも忘れれることもどうでもいい、仙人のような求道者である。


 だが、仲間を応援してくれる人間が増えるということが、何故かじんわりと嬉しかった。

 だから、フォロワーが増えていくことを嬉しく感じている。


 この『フォロワー』の数字が増えるだけで、善幸は訳も分からずじんわりと嬉しくなってしまう。

 『フォロワー』がこのチームを応援してくれている人の数だと思うと、少し浮足立つような気持ちになってしまう。

 増えた1人は誰だろう、どんな人間だろう、とちょっとしたワクワクが生えてきて、フォロワー一覧を確認したくなってしまう。


 それがと完全に同一のものであるということに、善幸は全く自覚を持てていなかった。


「おー、早い人が1人フォローしとる。ってみみみやん!」


「ほんとだ~、みみちゃんだ~」


「フッ軽やん。僕惚れちゃうぜこういうの」


 まあ、善幸が喜んだフォロワー増加の1人は、物陰から見ていて即フォローした妹ちゃんであるのだが。


 "お前かよ"。そう思い、善幸は遠くの曲がり角の向こうからチラチラこちらを覗いている妹の方を見た。妹が親指を立てている。"なんだその親指?"と、駄目なラジコンは使い手の意図を汲み取るのに失敗した。


「相変わらず流行察知が早くてマメな子やなぁ。あ、ヨシは知らん子やっけ? いい子系ギャルの代表みたいなVliverで、うちらの同期や。ヨシは会ったことないやろけどな、めちゃくちゃお兄ちゃんっ子やねん。なんか名前とかは聞いたことあらへんけど、そのお兄ちゃんのこと大好きで大好きでしゃーないらしゅーてな。お兄ちゃんと結婚でもするんかいおのれは! ってくらいでなぁ。ふふふ、ええ子なんやけどね」


 善幸は率直に関係性を明かす返答をしようとして、一瞬思い留まり、"聞きたいこと"のために少しだけ、言葉選びを変更する。


「……。……そうか。3人はどう思ってるんだ、その子のこと。同期なんだろ?」



【兄さん!?!?!?!?】



 それは、兄妹関係を伏せた上で、『唐突に妹の友達に対して"妹は最近学校でどんな感じ?"と聞く兄の姿』、そのものであった。

 回答次第で妹は死ぬ。



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 MIghTY force@mightyforce


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 善幸の言葉の中に、涼芽は微かな違和感を憶えた。何かを隠したまま、問いを発したような違和感。けれど涼芽は善幸を信頼していたため、深く考えることなく、その違和感を突っつくこともなく、善幸のから生まれた問いかけに、素直に答えることを決めた。


「僕はあんま話さねえから自信持って人柄を語れるほどには知らんなぁ。僕ら、まだデビューしてから1年経ってなくて一緒に飯食いに行ったこともない相手も多いねん、許してたも~」


「絵が上手い子だなぁ~って思うな~。なんかね~、わたしと創作の話が合うんだ~。わたしはクラフトで~、みみちゃんがイラストレーターだからかな~? 綺麗なものを創るのが得意な子で~、作ったものと同じくらい心も綺麗な子だよ~」


「ギャルっぽいんやけども、話すと外見から想像した百倍ええ子やで。うちはあの子の家族思いなところも、他人の長所も短所もまとめて愛するところも、ちょっと繊細な短所もひっくるめて好きやなあ。あの真っ白なアバターも綺麗で儚くて好きなんやけども、素のあの子のオシャレなとこもめちゃくちゃ女子って感じで、なんちゅーか女子ウケがいいとこがええなぁって思っとるわ。最強の長所やね」


 善幸は、廊下の向こうの曲がり角のあたり、先程まで蛇海みみが潜んでいた場所に目を向ける。

 みみは覗き込むことをやめ、壁で体を隠して座り込んでいたが、壁からちょっとだけ耳の端っこが見える。

 ちょっとだけ見える蛇海みみの耳は、真っ赤だった。



【兄さん きらい こわれたラジコンめ】



 みみのそのメッセージは、『嫌い』と書いてあるだけの『大好き』だったのだが、駄目なラジコンにはあんまり伝わらない。


 善幸は後でちゃんと謝った上で『友達は大切にしろよ。お前の代わりにお前の可能性を見つけてくれる』と言ってやろうとしていたが、妹が網膜に映してきたメッセージの後半がちょっと分からなかったので、困惑した。



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 MIghTY force@mightyforce


 3フォロー中 38フォロワー

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 そして、東郷は、実は誰よりも先にマイティ・フォースのアカウントのフォロワー一覧を開いていた。

 真っ先にこのアカウントをフォローしたアカウントは誰か、を見張っていた。

 最初にフォローした奴が陰から善幸に助言を出している人間だろう、とあたりをつけていたからである。


「……」


 そして、東郷はみみのアカウントを確認した。

 こいつか、と。

 静かに、東郷は善幸をラジコンにしている人間、つまりが蛇海みみだと特定した。


 ただ、この行為に悪意や企みがあるというわけではない。

 東郷はただ、確認するだけだ。

 彼には状況を常に確認する生き方が染み付いている。

 ただそれだけ。

 東郷は昔から特に意味もなく状況を把握する癖があり、後から把握した内容を活かすスタイルでやっており、それが試合全般にも活かされている。

 ある意味では、それこそが彼の強さなのだ。


 FPSの試合などにおいてこの癖は、蛇海みみにあたる最速到着の敵の動きを先読みし、罠にかけ、罠にかかった敵を撃ち殺す技能として機能する。



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 MIghTY force@mightyforce


 3フォロー中 86フォロワー

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 善幸達は一段落したなぁと安心し、背伸びをし、涼芽製いのりスペシャル朝ごはんの残りに手を付けていく。


 アカウントの画面は、もう誰も見ていない。


「で、俺達はこっから何をすればいいんだ?」


「なーんも。なんならヨシは慣れないからっちゅー理由で何もしなくてもえーで? うちらがアカウント操作して告知とかすればえーしなー」


「告知」


「告知は大事やぞー。宣伝せん商品が売れんよーに、SNSで告知せんかった動画は誰も見に来ぃーひんからなー!」


「たいへん~」


「やっぱり……そうか……僕もそうかなとは……思ってたんだけど……」



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「ちな、ヨシが最初にうちの配信に殴り込んだ時の告知はうちのアカウントがやっとって、ヨシがいのちゃんと建築雑談しとった時はいのちゃんが告知しとったでー」


「してました~、いぇ~、ふぅ~」


「そうだったのか。すまん、任せ切りで」


「ええんやで」

「せんせ~込みの告知する文面考えるの楽しかった~」


「平伏して感謝し僕に忠誠を誓えよ?」


「テメーはなんもしてねえだろ! 俺に!」


 もう、アカウント画面は誰も見ていない。



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「ま、僕がヨッシー込みの告知してあげたことないのは当然なんだけどな。今日は俺がヨッシーに教わる日じゃん? へへ、ワクワクが止まんねえぜ」


「そうだな」


「そんで僕のアカウントで色々告知しとこって思ったんだけど、じゃあむしろ急いで専用のアカウント作った方がいいだろ! って思ったんだよな。ヨッシー目当てのリスナーとか、チームで追いたいリスナーとか、そういう人達が脳死でフォロー・ブクマする受け皿がねえのは流石に不味いだろって思って」


「俺には正しい判断に思える。なるほど、だからアカウント開設直後に東郷が色々投稿してたのか」


「YES! YES! YES! オラオラですねぇ」


「俺が東郷を鍛えるのは昼から夕方までってスケジュールになってるが、東郷の予定は夜から通常配信か?」


「の、つもりだったんだけど。フッ。そいつが無理なことは貴様が1番知ってるはずだ……」


「知らんが?」


「僕から見ても大会まで時間無さ過ぎって言ってんだよ! なのでポシビリティ・デュエルのユーザー開催のでけえイベントに滑り込みで登録してきたから、夜はそっちに参加して武者修行して来る。僕の成長するとこ見てて……」


「なんやて!?」

「がんばりやさんだ~めっちゃえらい~」



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「武者修行か。俺も昔はやってたな、懐かしい」


「マジの武者と戦ってそうだなヨッシー」


「戦ってるわけねえだろ俺をなんだと思ってんだ! 全国のゲーセンとかの対戦激戦区を1000~2000箇所くらいピックアップして、北海道の北の端から沖縄の南の端まで普通に全部巡ってただけだ。スキル縛りとか色んな枷を自分に付けて強さをちょうど良くして、極限の環境で自分を試して回ってたんだよ」


「マジの武者と戦ってた方がマシだったわ」


「……当時のヨシと戦ってるやつの証言あるっちゅーから、マジでガチの話なんよなぁー、この話なー……」


「せんせ~、今度全国武者修行行く時は誘ってね~。一緒にご当地の美味しいごはん食べて回ろ~」


「今のところまた行く予定は無いけどな、俺は」



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「ってか期待してるなら悪いが、俺はご当地の美味しいごはんとか知らんぞ。安い食料を業務スーパーとかで買い込んでバッグに詰めてしばらくそれ食って、尽きたらまた業務スーパーに……ってのずっとやってたから全然知らんのだ」


「え~もったいな~」


「僕らも人のこと言えるほどご当地グルメとか食ってねえと思うけどな。男女混合な時点で旅行とかはちっと難しそうだけど、4人で遠出してご当地グルメ食ってくるとかくらいはありか?」


「4人で遊びに行くんかぁ。でもそんくらいならバリバリに行けそうな気もするなぁ。言うてしばらくは死のスケジュールが待ってそうな気もするっちゅーか……」


「隙間時間は全て俺にくれ。確実に強くしてみせる」


「かまへんで~」

「あいあいさ~」

「ま、しゃーないよな」


「ありがとう。即答してくれんのがありがたい。ま、でも、全員の成長を見て4人で遊びに行く時間くらいなら作ってやれるかもしれん。時間が残り少ないのはマジだが、成長が順調に行ってる時は、メンタル面から崩れないように遊びの時間を増やした方が結果的に崩れにくくなるらしいからな」


「おお~。プロの意見だ~」


「俺はメンタル崩したことねえから、実はイマイチ共感的な理解ができてねえんだけどな、メンタル崩すやつの気持ち……」


「余計な一言言いおってからにぃっー! 余計な一言をー!」


「せんせ~ってメンタル崩しても自分がメンタル崩したこと忘れてそ~」



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「あ、せやせや。ヨシはSNSやっとらんのは知っとるけど、SNSやっとる人間で"あの人みたいな感じが良い"って思っとるやつおるか? 誰でもえーよ。出来る限りそれに近付けるよう努力するで。皆が使えるアカウントやけども、ヨシのアカウントってことになっとるしなこれ」


「えー……あんま知らねえんだよなSNSやってるやつ……あ。ロナウドがあったか」


「どのロナウドだよ! 僕は困惑の渦の中に落とされた……」


「クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アヴェイロだよ」


「あかん! 名前聞いてもどのロナウドかピンと来ぃひん! 明らかに知らんロナウドが生えて来とるやんけ!」


「まうちゃん~。このロナウド1985年生まれだって~」


「70年以上前の生まれのやつとか知るかあああああああああああっ!!!」



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「せんせ~ってレトロなスポーツ選手が好きだよね~。野球でもくわたのますみさんが好きって言ってたし~」


「…………………………まあな」


「そうかい、僕もロナウドとかくわたとか好きだぜ! ヨッシー!」


「お前は知らんけどとりあえず俺の話に乗っただけだろ」


「うん」


「……この男……」


「今検索しとるけど、2020年代のフォロワー数最高記録保持者とかそういうのなんやな。ほーん。今見てたとこで2023年に5億9000万人フォロワーとか出てきたわ。……いや、こりゃ現代の基準で見てもとんでもない数字やな……」


「こわ~」


「ああ、思い出した。俺は『野球もこんくらいの規模感が出てもっと盛り上がったらいいのにな』って思ったから憶えてたんだロナウド。景気の良い数字だったしな。5億9000万人のフォロワーがいて、一回投稿するだけで広告表示によって4億6700万円がSNS運営から支払われるとか……なんかそんなだったはずだ」


「こわ~」


「まあどこの球技でもロナウドみたいなのを一から育てたい気持ちは持ってたんじゃねえかな。スターが居ればスポーツは盛り上がる、基本の考えだ」


「それができれば苦労はしねェ! 諦めること都合百度の百式観念、アチャ・東郷ですよろしく。マジな話、再現性ねーだろこういうのは」


「せやんな。再現性あったら困るやろ、経済とかが……お、ヨシ! ちょっとこれこれ、この欧州チームのSNS戦略のWikipedia記事のここのくだりなんやけど、このへんアカウント運用の指針にしてもええか?」


「どれだ」


「どれどれ~?」


「Wikipediaで義務教育を終えた僕に何か質問ある?」



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 本当はずっと、妹が兄へと報せを送っていた。

 炎上はしていない。

 何か問題が起きているわけでもない。

 ただ純粋に、があった、それだけだった。


【アカウント! 見て! 急いで!】


【兄さんぅー! 見えてるぅー!?】


【至急応答ください】


【開設10分以内にフォロワー140万以上は今後の伸びを考えるとマジでヤバいなのぉー!】


 妹はずっと、SNSのお祭り騒ぎと、ニュースサイトの速報と、予想外の騒ぎに混乱しているエヴリィカスタッフの連絡用チャットルームの混乱を見ながら、兄にメッセージを送り続けていた。


 兄が顔を上げる。

 顔を上げた兄の視線が妹を捉える。

 ぱぁぁぁっと妹の顔が明るくなるが、善幸はすぐまた仲間達とWikipediaを見始めてしまった。

 そして。


 『今端末は皆でWikipedia読むのに使ってるからちょっと待っててくれ』と、兄が心の中で言った。

 妹の息が一瞬止まった。


 その無言のメッセージは、何故か森羅万象を震わせるただ一度だけの奇跡となって、兄妹の絆を媒介として流れ、完全に誤解なく妹へと伝わる。


 兄妹の以心伝心。

 まさしく、家族の愛が為せる技。

 魔法も超能力も無いこの世界に生まれた、たった一つの、たった一度の、心伝わる奇跡の魔法。

 せかいでいっちばんにきれいな、きらきらのまほう。


 あるいは錯覚だったのかもしれない。

 愛ゆえ、兄の心が伝わったと錯覚しただけで、兄はそんなことを考えていなかったかもしれない。

 妹の弱い心が見せた幻だったのかもしれない。

 きらきら、きらきらとした、まぼろし。


 だが、妹は"幻聴でもそうでなくてもたぶん兄さんはそう考えてる、間違いない"と確信を持つ。


 "お願いだから誰かこのラジコン直して"と、妹は両手で顔を覆って天を仰いだ。


 だから。

 もはや全てを投げ捨て、妹は殴り込んだ。

 ラジコンを走らせる時間はもう終わり。

 自分の足で走る時間だ。


「うおおお止まれぇーこのラジコォーン!!」


「うおっ!?」


「みみちゃん!?」


「みみみ!?」


「うける」


 壊れたままコースアウトしたミニ四駆を追いかけて捕まえる子供のような疾走で、妹は兄に飛びつくようにして羽交い締めにして、4人にアカウント画面を見せつけるのだった。



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 エヴリィカの誤算は、ただ1つ。


 水面下の"待機インフルエンサー"の動向だった。



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 インフルエンサー。

 それは、ネットの拡散屋。

 インターネットにおいて強力な影響力を持つ者達であり、影響力があるからこそ発言が拡散され、発言が拡散されるために皆に知られて影響力を伸ばしていく、というサイクルが可能な領域まで到達した者達だ。


 現代日本において、大衆の注目を集めるということは、『自分がインフルエンサーになる』か、『インフルエンサーに取り上げてもらう』かのどちらかになるのが基本である、と言われるほどである。


 インフルエンサーは、話題性の高い新情報に飢えている。

 そのため、様々な界隈にアンテナを立てたり、常に情報を持って来る子分を飼ったり、巡回マクロを組んで細かく情報を集めたり、自分の足で特ダネを探して回るなど、様々な情報の収拾・創出をこなしている。

 飢えたインフルエンサーは、捏造にさえ手を出すこともあるという。


 だが、特ダネ獲得の不確実性に悩まされるインフルエンサーにとって、唯一情報獲得の確実性が高く、ほぼ確実に安定して跳ねることが可能なジャンルが存在する。


 それが、だ。


 定期的に行われる新作発表動画。

 大手が一斉に新作を発表する祭典。

 予告されていた重大発表日。

 そして、Vliver事務所の情報においては、や、から、近い内に何が行われるかを予想することが可能なのである。

 予想をしたら、後はそれっぽいワードを自動検索巡回に入れておけばいい。


 YOSHI名義のマイティ・フォースのアカウント作成は、極めてビッグな大ニュースではあるが、エヴリィカの基本的なやり方を把握していれば予想可能なニュースでもあり、2059年のインフルエンサー達はこれを予測し、待ち受けていたのだ。

 インフルエンサー達が一斉に話題にすることで、仙人YOSHIが俗世に降りて来たことを特大の話題にために。


 エヴリィカの誤算とはつまり、こうした"来ると分かっている情報"に待ち伏せを仕掛けていたインフルエンサーの数が、予想より遥かに多かったことに他ならない。


 結果として、この日の出来事は、『Vliver全盛期の近未来』という設定により、世界的に広範に定着した超巨大ジャンルVliver界隈全体に、勢力図を動かすほどの衝撃を与えてしまったと言える。


 と、いうわけで。


 ここで1つ、事象が確定した。してしまった。


 ここまであった多くの『ズレ』が、今日この日をトドメの一撃として、全てが連鎖で崩壊する。


 はもう、


 まるでうっかり転ぶくらいの気軽さで、原作主人公の人生は完全に明後日の方向へすっ飛んでいった。



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 何故、YOSHIがチームアカウントを作っただけでこんなにもフォロワーが殺到したのか。


 何故、インフルエンサーの待ち伏せは、エヴリィカの予想を超えて多く、アカウント開設からほどなくしてそれを大ニュースにまで育てる事態になったのか。


 何も不自然なことはない。

 その理由の断片を、善幸は常に皆の前で口にし続けてきたのだから。


 風成善幸は信頼できない語り手である。

 すぐ他人のことを忘れ、重要なことをどうでもいいことだと思い、社会を壊しかねないものに興味を持たず、虐待親に立ち向かう子供の勇気を尊び、生きたいように生きていく。


 風成善幸は信頼できる語り手である。

 彼が適当に話している言葉の中に、ここでこうしていればこうなるだろう、と推測できる情報の断片はあるのだから。


 2つは、矛盾しない。



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 まず、第一に。

 YOSHIは、ポシビリティ・デュエルで回るこの世界において、比肩する者が何人挙げられるかも分からないほどの知名度を持つ人間である。

 個人、団体、両方の公式戦で世界を2回ずつ獲っている。

 年に一回の公式大会を除いても、小規模~大規模大会の優勝数はここ9年の国内外合計で数百に到達している。

 そして、一戦しか戦っていない相手などを除けば、全ての相手に対して勝率50%以上を誇っているという稀代の傑物だ。

 しかも、デビュー時は11歳で、この時既に世界を制覇している。


 だが、活動形態がこの時代のゲーマーのそれとはあまりにも違っていた。

 SNSのアカウントも取ったことがないなどと、この時代においては希少を通り越して絶滅危惧種のレベルである。


 だから、YOSHIはネット活動自体をそもそもしてこなかった。

 そのため、YOSHIがネットで活動することで生まれる影響の大きさを事前に正確に予想できていた者など、どこにもいなかった。

 だってデータが無いのだから。


 実際のところ、「このくらい話題になるだろうから良い宣伝になるはずだ」くらいの見通しを立てていたエヴリィカ上層部も、「俺達で大ニュースにしていったろうぜ」のノリだったインフルエンサーも、全員『ここまでとは思いませんでした』と思っているはずだ。


 人気なのは皆分かっていた。

 競技の世界では強さこそが人気だから。

 だけどここまでのことになるとは誰も思っていなかった。

 不確定性の高い人気、それこそが今回の事故を起こした1つ目の原因。


 すなわちYOSHIとは、『人気投票をやったことがない人気漫画の人気キャラ』に近い存在だったのである。

 人気あるキャラなんだろうなー、と皆思いつつも、実際にその人気が数字になって目に見えると、「そんな人気あったの!?」と驚くしかなくなる。

 そういうキャラのグッズを出したら、予想の百倍の発注が来てしまって困る編集部……そういう事態と、今回の事態は根幹が近いものとなるだろう。


 YOSHIのファンを名乗る人達ですら、YOSHIがどのくらいの人気と注目度の存在であるのか、分かっていなかった。

 誰も把握できていなかったのだからしょうがない。


 今、世界中で、自称YOSHIのファンな人達が「何が起こってるの!?!?!?」と叫んでいる。

 「YOSHIを競技者としてじゃなく人間として推してるのは俺くらいだろうな……」という顔を長年してきたファンは、「嘘やん」と呟いている。


 叫びは注目度へと転換され───「Vliverって興味無かったけど見てみようかな?」「VliverになったらYOSHIとチーム組めるんですか!?」「Vliverなんぞと組み堕落したYOSHI。せめて元ファンの俺の手で葬ろう……」という人間が、世界中で生え始めた。



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 第二に、YOSHIは世界中のどこにでも知り合いが多い。

 単純に活動範囲が広く、強いプレイヤーが居ると聞けば翌日には海を越えて試合を挑みに行き、過程で物怖じせず誰とでも絡み、意識せずなんでもかんでもぶっ壊しながら進んでいくので影響力が大きいからだ。


 近未来の世界で、全国行脚武者修行すらしている。善幸はギャグのように言っていたが、その活動の本質は『餌を求めて延々と周辺を徘徊する肉食獣』である。


 全国を行脚するくらいには善幸は強者に飢えていたし、メキシコの麻薬王の膝下などの危険な地域も含めた世界中の大会を巡って食い荒らす程度には、善幸は本気の試合に飢えていた。

 強者が居なければ、自分を試せないからだ。


 複数回世界を制覇したことで善幸はようやく落ち着いたが、そこまでの過程で、世界中にYOSHIを知る者は増えていった。


 だから、実際のところ今YOSHIのチームアカウントをフォローしている者達のフォロー意図は、善幸が思っているほど均一ではない。


「おーテレビで見た子だ」

「九年前応援してたよ」

「こいつ、あの時俺を負かした!」

「名前も知らなかったアイツ……YOSHI」

「今は違うチームなんだ、へー」

「あの時のゲーセンのクソ強あんちゃん!」


「YOSHIをうちのチームにスカウトに行くぞ!」

「絶対に貴様を倒してやる……!」

「リベンジの誓い、日本に行けば果たせるか」

「でっかくなったなぁ」

「流石に知名度が凄いな、風成くんは……」


「素人と大会制覇目標!? 相変わらずだなぁ」

「自分が強いだけじゃ無理な挑戦じゃん」

「ぼくあいつ嫌い!」

「動画サイトでよく見る人だぁ」

「天才は生きてるだけで嫌味っすよね……」

「これが今の君の仲間か。そうか」


 そして、大体の相手に対してYOSHIはこう言う。たった3文字。


『すまん』


 憶えていないからである。

 メキシコのマフィアのボスは戦ってみたら強かったので憶えていたが、メキシコの道中で命を助けた可愛い女の子のことはどうでもいいので憶えていない。それが風成善幸であるから。


 善幸が憶えていないだけで、善幸のことを憶えている人達は世界中に居て、そういう人達は善幸が生まれて初めて開設したXeTのアカウントを見た瞬間、ほぼ反射的にフォローを入れ、周りの人間にその話題を振って、またYOSHIのアカウント開設事案を拡散する。


 これもまた、事態を誰も予想できない方向へと導いた原因である。

 世界中に点在するYOSHIのことを知る人間全員が、全員無自覚にYOSHIのことを拡散する準インフルエンサーとして機能しているのだ。


 『インフルエンサー→民衆』という上下の繋がりによる情報の拡散だけでなく、『世界中のYOSHIの知り合い→YOSHIの知り合いじゃない人』という横の繋がりまでもが拡散経路となった。


 この2つの経路は知名度を上げたいVliverにとっては基本中の基本と言えるもので、「インフルエンサーに拡散されたい」「熱心なファンが知り合いに布教してほしい」は、どちらもVliverにとって心底欲するものである。


 だがこの規模で、かつ世界中で同時並行的にこの2つの経路が活性化したのは、他に似た事例すら見つからないだろう。



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「大会に出るんだって?」

「無理だ。素人3人連れじゃYOSHIも勝てない」

「いつなの大会」

「5/15に一回戦だって」

「トナメの発表が5/12」

「今日は4/15だからちょうど一ヶ月後か」

「お、まだ大会エントリーできるじゃん!」

「参加チーム数は無制限」

「今から参加しようとすれば誰でもOK?」

「うわ新エンジンだこの大会、処理能力高っ」

「1000チーム参加しても捌けるんだなこの大会」

「頼れる仲間が居ない状況でどうする、YOSHI」


「YOSHI入りVliverチームが参加できるんだな」

「うお、参加表明してるメンツ凄いな」

「日本の有名配信者とプロゲーマーばっかだ」

「世界ランク上位勢も何人かいるやんけ」

「YOSHIが参加しようとしてる大会すごくね」

「私も参加してみようかなぁ」

「現役復帰するか。血が騒いで来たぜ」

「ドイツ勢、日本に来るつもりなのか?」


「大会詳細まとめ画像が今バズってる!?」

「俺の推しはYOSHIだからそこ応援だな」

「私はアイリスね」

「相良びゆは今めちゃくちゃ強いよ!」

「そういやYOSHIのライバルの子いたよね」


「誰だよ大会参加チームまとめwiki作ったの!」

「YOSHIがアカウント作ってから2時間くらい…」

「初心者にも分かりやすいな、チーム特色」

「PD興味なかったけど見てみようかな?」


「YOSHI、今の仲間と仲良いんだな」

「いのりちゃんかわいいね」

「なんかYOSHI、柔らかくなった?」

「こんな雑談してるYOSHI初めて見たよ」

「この家センスあるなぁ」

「ガチのデザイナー女子じゃん……」

「うおおお! 俺も配信してえッ! 女子と!」


「エヴリィカならこの子もオススメ」

「僕の推しはこの子ですね」

「便乗Vliverオススメ記事が山のように!」

「奴らこの機に推しを世界にアピるつもりだ!」

「Vliverオタクどもが元気すぎるよぉ!」

「この歌みたすごくいいなぁ」

「今の3Dライブの技術すごすぎない?」

「個人勢Vオススメリストです」

「過去イラスト再掲しまくるかなぁ」

「この動画切り抜きおもろいよ~」


「うるせー! もうオススメはいいわ!」

「しかし!」

「聞いてない時にオススメ洪水はやめろ!」

「ごめんちゃい」

「ぼくがオススメ聞いた時に教えてくれい」

「すまねえ!」


「おい! YOSHIのアカウントが出来たなら……」

「! YOSHIも推せる……?」

「YOSHIのイラストを書いて反応してもらえる?」

「YOSHIに迷惑はかけるなよ!」

「分かってるさ」

「かっこよくイラスト描けたらいいなぁ」

「検索避けしてYOSHIのBLを2年書いてる者です」

「失せろ」

「正気?」

「そういうオタクも居る」


「いのりちゃんとまうちゃん可愛いね」

「アーカイブ見始めたけどいいなエヴ4期生」

「羨ましいぞYOSHIのやつめ」

「まうちゃんになってYOSHIと肩を並べたい」

「アチャ君、FPSかなり上手いなこれ」

「これ大会組み合せ固定なの?」

「まういのりより、タツミ千和の方が強いな」

「ってかタツミつよ……YOSHIと組ませないの?」


「五目並べ対戦まとめに草生える」

「他の事務所ともコラボしてるんだここ」

「不寝屋、これ本当に初心者? うーん」

「仲間の子達も推しになっちゃいそうだ」

「男だけど初めて男V推すかもしれん。東郷」

「まうちゃんマジで胸無いな」

「YOSHI、これキツくね?」

「大会のレベル高いから厳しそうだな」

「YOSHIに先生としてレベル高いイメージないよ」


「応援しようか」

「応援したいな」

「応援してかねえと」

「頑張れいのりちゃん、負けるなよ」

「まうまうー! 練習配信見てるぞー!」

「東郷君はそろそろ報われてほしいよね」

「YOSHIはワイの応援がなくても勝つんや!」


「雲雀。愛しの彼がアカウント作ってるぞ」

「もうフォローしてる」

「……そうか……」


「新規さん、推しを見つけようぜー!」

「誰かに勧められるのを待たなくてもいいんだ」

「適当に探して、誰かを好きになろう」

「人を好きになればいいんだよ」

「誰かを好きになるだけでいいんだ」

「儂も好きな配信見とるだけだしのう」

「好きって気持ち以外必要なもんはないぜ」

「推し活に難しいことはないよ」


「炎上したけどあの子まだ好きなんよなぁ」

「推しが先月卒業してぇー! おんおん」

「よしよし」

「辛かったね」

「なんか普通にまうちゃん好きかもなわたし」

「よう同志!」

「酒飲みで大人な女性が好きなんです」

「うちの1番の推しのこの子なんてどう?」

「おもしれー男を探してます」

「どうぞ、こちらのURLを……」



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 第三に、この世界は、ある原作者の創作によって生まれた世界であり、ある『祈り』を世界の芯に抱えていることが、原因として存在している。


 この世界は小説のように気軽に書き換えられない確固たる1つの世界であり、そこに生きる人々はそれぞれが作り物でもなんでもない人間である。

 原作知識とは、彼ら彼女らを理解するための思考の補助輪に過ぎず、言わば単なる杖に過ぎない。


 もしもこの世界にYOSHIではない人間が転生し、原作のシナリオと原作のキャラ付けを盲信した決めつけで動いていた場合、どこかで盛大に事故を起こしていた可能性もあるだろう。

 『原作』とは、この世界の源流を示すものであって、絶対の基準には成り得ないのだから。


 ただ、少しだけ、考慮しておくべき事がある。


 この世界の原型と言うべき世界の『原作』の創造主が、ただ1人の人間であるということだ。


 聖書を持つ者達は言う。

 神は、自分に似せて人間を創りたもうたと。

 だから、人間は神に似ているのだと。

 人間が持つ長所も短所も皆、オリジナルである神に倣っているのだと。

 被造物はそれぞれが個性を持ちながらも、創造主にどこか似るものなのだと、聖職者は言う。


 なら、ここに生きる人間達はどうだ?

 この、創作の世界はどうだ?

 では、この世界の創造主にあたる存在は?


 この世界に生きている被造物にんげんは、原作者かみさまに、どこか似ているのではないか?

 聖書に記された天地創造の聖四文字かみさまと、この世界の原作者かみさまで、世界の造り手が違うのであれば、被造物に反映される性質というものも、変わるのではないか?


 此処に、何か大きなイベントが起こるたびに顔を見せてくる、にも見られる、誰も把握していない世界の気質が存在している。


 聖四文字の神には配信を見る趣味はなく、原作者には配信を楽しむ趣味があった。

 聖四文字の神は許しと裁きのバランスで人が獣に落ちるのを予防したが、原作者は人が人を許さぬ世界で許し合える場所を探していた。

 そして、原作者が生きた世界を創りたもうたと語られる聖四文字の神より、この世界の源流を創った原作者の方が、ずっと人間が好きだった。


 ここは、人間を愛した小説家が生み出した世界観を源流として、変わり、混ざり、進み、今も広がっていく世界。




 漫画の世界では、主人公が世界中に呼びかけ、主人公の奮闘が人々の心を打ち、世界中が1つの行動を取って、世界が救われるということがままある。


 だが、ひねくれた読者はこうも言う。


「こんな都合がいいこと、現実じゃ起こるわけないだろ」


 実際、その意見を人前で言うことの是非などは脇に置いておくとして、その見解は正しくもあるのだろう。

 世界は、個人にそんなに優しくない。

 どこか冷たく、乾いていて、時に残酷だ。

 世界に救われる人間は多くないが、世界に見捨てられる人間は多い。


 実際のところ、原作者が創った小説世界から転じた善幸の今の世界より、原作者や善幸の前世が生きていた世界の方が、『人間の悪いところ』が目につきやすいというところはあった。


 その世界・その時代──『現実』とも呼ぶべき世界──において、YOSHIのアカウント開設のような出来事が起こる可能性は、決して高くはないだろう。


 どんな世界であっても人はお祭り騒ぎや楽しいことが大好きだろうが、それにも限度はある。

 原作者が生きた世界より、原作者の心を源流として生まれたこの世界の方が、人々の『お祭り騒ぎに乗ったれ!』『もっとバカ騒ごうぜ!』という気質は強く発されている。

 何故ならば、原作者が「その方が楽しいだろ?」と思っているからだ。


 この世界には、原作者かみさまの気質が反映されている。

 ゲームが上手い人が好き。

 話が上手い人が好き。

 感情豊かな人が好き。

 偉業を成し遂げた人が好き。

 優しい人が好き。

 面白い人が好き。

 盛り上げるのが上手い人が好き。

 そして、知っている人が話題になって盛り上がっているのを見たら、一緒になって盛り上げていきたいという気持ちが抑えられなくなる。

 原作者は、そういう人間だった。


 反映された気質は、世界に大きなイベントが起きた時、この世界に生きている人々の予想も超えて、強く明確に形を見せる。

 YOSHIのアカウント作成の件においてもそう。

 この世界に生きる人間は──全員ではないが──原作者かみさまの『楽しいこと大好き気質』を、どこかに引き継いでいることが多い。




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 この世界には、原作者が意識して設定した部分と、原作者が無意識に設定した部分と、原作者の無意識が反映された部分が存在する。


 原作者は、自分が好きなバーチャルと配信の世界を小説に落とし込む際、にはしなかった。

 することもできただろう。

 しかし、しなかった。


 『好き』で回るVliverの世界を描いたこの世界には、自然と原作者の『好き以外』も大いに取り込まれていた。


 そも、いわゆる"やさしい世界"であるならば、少子化対策で作られ差別される子供達など設定されているわけがないし、名有りのキャラクターの過去に家族からの性的虐待があるわけがないし、原作Vliver達が炎上対策などしているわけもない。

 優しくない人がいるからこそ、悲劇があり、対策もあるのだ。


 原作者は、自身の創作を安易な理想郷にはしない創作者だった。

 ここは、『優しい世界』ではない。

 決して、『優しい世界』ではない。


 原作者は、現実の中を生きる過程で、自分が生きる現実を"優しい世界ではないんだろうな"と定義した。

 現実に優しい人は居る。

 けれど、現実は優しい世界ではない。

 原作者は、優しくない現実を生き、優しくない世界を小説として描き出した。


 だからなのだろうか。

 原作者が、『楽しいという気持ちで人を救える娯楽全て』を、素晴らしいものであると肯定し始め、その果てにVtuberの配信なるものに傾倒していったのは。



───あまり人を信じてない原作者なんだろうな、と、善幸は考えている。



 風成善幸の対人観察眼は、原作の登場人物に対してのみならず、原作越しに原作者を見る時にさえ発揮され、正鵠を射る。


 原作者は、諦めることで大人になった。

 善幸の前世も生きていた世界で、様々な困難、苦労、残酷、悪辣を見て来たが、それらが世界から無くなることはないだろうと確信しながら、世間の文句をおおっぴらに言うこともなく、ただぼんやりと世界の一部として生きている人間だった。


「大半の人が変わりたくないから、世界も変わりたくないんだろう」


 作品で『既に解決されたもの』として登場する少子化や紛争などの社会問題は、原作者が"もう解決しないだろうな"と諦めたものの1つに過ぎない。

 原作主人公・水桃未来が『いじめられて引きこもった女の子』という設定なのも、原作者が"いじめはどんな未来にもなくならないだろう"と、諦めてしまった結果生まれた設定である。


 諦めから小説のストーリーを生み出せてしまう才能が、その原作者にはあった。


「こんな諦めで何かが書けても、何も嬉しくはない」


 楽しそうな配信を見ても、湧き出してくる余計なものが気持ちを損なっていく。

 炎上。

 失言。

 荒らし。

 配信者側の失態。

 リスナーの暴走。

 悪意ある者達の害意。

 彼が失望した人間の醜さは、どんな界隈に移動しても、何かしらの形で噴出し、楽しいものだけ見ていたい彼の心を苛んでいった。


 2020年前後ともなると、信じられないことにVtuber粘着はとなる。

 自尊心を満たせない人間でも簡単に批判できるテンプレの拡散。

 後の2022年-2023年頃に法的対処で次々と消えていった、捏造にも躊躇が無いVtuber批判的まとめサイトの大量勃興。

 Discordなどで組織的に行われていた、特定Vtuber事務所への嫌がらせ計画会議、集団での嫌がらせの実行、配信を妨害するツールの配布、憎んでいるVtuberのAI絵を有料販売して得た資金でVtuberに対する攻撃を行う話し合いなども、記録に残っている。


 おおっぴらに認知はされていなかったが、Vtuberに対する『批判』というものは、2020年代からとっくに『反社会的犯罪行動』を平然と行うものとなっていた。

 そして組織的な工作を可能としたことで、最悪なことに、それらの工作に一般人も増えてしまった。

 反社会的犯罪行動を勧めるだけで自分は安全圏から動かない人間と、そういう人間に使われて犯罪じみたアンチ行動を取り法的対処を取られる人間も増えていく。


 最悪に、最悪が重なっていく。


 やがてそういった実態が徐々に拡散されるにつれ、バーチャル配信者が嫌いな人間ですら、「Vtuber叩きって実質犯罪やってる奴らがちょっと」と距離を取ることさえあったという。


 反日感情が強い中国の反Vtuber勢力と組んで、Vtuberのイラストを描いたアカウントを虚偽の理由の通報連打で凍結させようとする勢力も存在した。

 Vtuber界隈を荒らし回っていた人間に開示請求が通ると、荒らし回っていた人間は障害持ちだったと訴えた人間が語り、財産も賠償を行う能力も無いと公開した。

 多くの者に次々と法的対処が成立し、開示請求が通って人生が終わったはずの人間が、アンチ仲間に裁判所からの通達を見せて回っていたこともあったという。


 どうしようもないが、法治国家であればどうにかしなければならないものばかりで、Vtuberという人間による界隈への攻撃は、常に絶え間なく継続されていった。


 そして彼は、こういった醜悪な事態を配信界隈以外でもよく見ていた。


 漫画でも、アニメでも、小説でも、配信でも、人気があって人が多い所では、騒動が起こるたびに界隈単位で批判する者達は現れる。

 興行収入400億円を超える国民的劇場人気アニメのファンですら、その知名度ゆえか「あの界隈はおかしなキッズばっかで」という界隈単位の攻撃を受けることは多くあったという。


 批判には、何かしらの理由が付けられる。

 皆、自分が正しいと思いながら批判したいからだ。

 その中には正当な理由の批判も多く存在した。

 正当な理由で批判されるVtuberと、攻撃される界隈という構図もあった。

 だがそれは、界隈が悪いからではない。

 界隈が、人間によって形作られているからだ。


 完全なる善の人間などいない。

 完全なる悪の人間などいない。

 成功する人間も、失敗する人間も居る。

 失言しないようにいい人でいようとする人間も、面白いことを言おうとしてギリギリのラインを攻める人間もいる。

 生涯やらかさない素晴らしい人間も居れば、気を付けていても頻繁にやらかす人間も居るだろう。


 だからこそ、どんな界隈であろうとも、絶対に炎上する。

 そこに、人が集まるからだ。

 そこに、人が居るからだ。

 そこで、皆が注目しているものを燃やすことでしか生を実感できない人間が暴れるからだ。


 絶対に燃えないコンテンツというものは恐らく、コンテンツしかない。

 流行ったものは必然炎上する。

 炎上するコンテンツに絶対触れない人間というものは、おそらくは、流行り物に絶対に触れない人間ということになるのだろう。

 流行り物をある程度でも摂取している人間ならば、一度は自分が好き好んでいるコンテンツを燃やそうとする誰かを見たことがあるものだ。

 それが現代であるから。


 つまるところ、"これ"は近年突然現れたものではない。

 昔から常に存在する、"流行り物に乗れない人達の中でも特に目につくヤバい人"という存在現象である。

 そういった人間が界隈全体をひとくくりにして語っている時、そこには途方も無い醜悪が宿る。

 法的には、それは裁くべき確定の社会悪だった。


 名誉毀損、侮辱罪。様々な罰が世に溢れても、人は「他人の悪口を言うだけで犯罪になる。言論の自由はそんなものを保護していない」という当たり前のことさえ理解せず、気に入らないものを批判するためだけに人生を懸ける。

 まるで、自分の人生が無価値だと証明するためだけに人生を使い切るような、空虚で熱狂的な生き方をする。

 『愚か』以外の言葉が似合わない生き方だ。


 世界の原作者は、『わたかた』を執筆する前から人間のそういった悪性を憎み、されど憎むと同時に、決して無くなることはないだろうと確信していた。


 何故ならば、裁いても裁いても、新たな世代が、新たな界隈で、同じように誰かの好きなものを引きずり下ろすために人生をかけ、誰かを不快にし続けるからである。

 人間が世代交代をする限り、根絶は不可能だった。

 ただただ、改心をする可能性も無い者達が法に裁かれ、失うものが無い人生を賠償で台無しにし、無数に屍が重なっていく。

 ただそれだけの繰り返しである。


 少子化だの、環境問題だの、紛争だの、貿易問題だの、他にも様々な問題が世界には存在していたが、彼から見れば、世界中の人間が一斉に心の持ちようを変えればそれだけで解決する問題ばかりのように見えた。

 だが、解決しない。

 大多数が心改めず、そのままでいようとするからだ。


 だから、彼は段々と人と世界を嫌いになっていった。


 世界の悪口、社会の悪口、他人の悪口をSNSに書き込むと賛同が集まり、あまりにも情けない承認欲求の満たし方が成功し、やがてそれはまとめサイトの金儲けに転じて、他者への悪口で金儲けをする人間も現れて……悪意が、人を満たしていって。


 彼は日ごとに、世界を嫌いになっていった。


 原作者は諦めている。

 諦めから創作を生み出していく。

 この諦めからも、創作は生まれるということだ。


 だが、原作者は、矛盾していた。

 世界の醜さを、人の醜さを憎みながらも、自分が憎んだものを、自身の創作から排除することができなかった。

 そんなものが無い世界を書いていけばいいのに、それらが残ったままの世界を書いていった。


 "世界はそういうものだから"という信条が、原作者を縛り上げてしまっていた。




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 ───これは、時の流れと共に振り返られる、原作者・炎鏡の物語。


 原作者は、世界を憎み、人を憎みながらも、それと同時に自分を憎んでもいた。

 何もできていない自分。

 何も変えられていない自分。

 何も、他の誰かより偉いことなんてしていない自分。


 何かを許せないくせに、許せず憎んだ何かを攻撃したり消し去ったりすることもできず、何も変えようとしない愚かしい周囲と同じように、世界の醜さを受け入れた人間として生き続けた。


 世界が嫌いで、けれども彼は世界が醜いだとか、人が醜いだとか、そういった言葉を、人生で一度も吐き出さなかった。

 吐き出すことで傷付く誰かもいるかもしれない。

 不快になる誰かも居るかもしれない。

 それだけを理由に、一度も口にしなかった。


 世界に生きる、人生というひとときの時間に、原作者は本を読み、アニメを見て、趣味のVtuber配信視聴を繰り返す。

 何度も、何度も。

 その合間に、原作者は生きていく。

 楽しさと楽しさの合間に、嫌いな世界を生きていく。

 矛盾しながら。

 想いのままに。











 配信が好きだ。

 執筆が好きだ。

 実は他の娯楽も大体好きだ。

 だから見る。

 だから書く。

 だからやる。

 今日も『わたかた』を書いていこう。




 あるVtuberが差別発言をして炎上をした。

 こんな口が滑っただけで炎上させようとするなんておかしいやつだな、と思った。

 そのVtuberへ、応援のコメントを送った。




 別のVtuberが失言で炎上した。

 あんまり好きじゃないVtuberだった。

 昔、自分が好きなVtuberの女の子にとんでもなくセクハラなことを言った男のVtuberだった。

 見れば、SNSとかでは「こんな失言をしたんだからこういう人格の悪さがあるんだろうな」と、会って話したこともない相手の人格を想像して確定事項として語る、色んな人の書き込みに溢れていた。


 自分も、それに同意した書き込みをしようとする。

 心のどこかで、ざまぁみろと言っている自分がいることに気付いて、書き込む手を止めた。

 平然と他人の悪口を書き込もうとしていた自分に、それが何かの正しさを備えているかのように思っていた自分に、何か怖いものを感じる。


 憎しみは、自分の中だけで消化すればいいと、それを外へと吐き出す意味はないと、そう思った。


 自分は、リアルで友達が失言しても、ただの失言でしかないと思い、"失言したっていいやつさ"と思うのに、なんで今は『あいつの性格は悪いからね』と書き込もうとしたのだろうか。

 今の自分が怖くなった。


 そうしている内に、別の炎上も目に入った。

 炎上したVtuberを庇った別のVtuberが燃えている。

 仲間の失言を庇うな、と責められている。

 昔、自分が好きだった女の子のVtuberで、今は忙しくてあまり見なくなっていたVtuberだった。

 今炎上しているVtuberの男に、昔あったコラボ企画でセクハラ発言を言われて、あははと曖昧な微笑みで返していた女の子のVtuberだった。


 自分は今初めて、あの男とこの女の子の仲が良かったということを、あの時の自分はそれさえ知らずに不快に思っていたのだということを知った。


 失言した責任を取るべきだとは、自分も思う。

 失言に相応の罰があってこそ界隈の自浄作用が働くのだと、そういう理屈には自分も同意だ。

 舌禍は小さくない、正論だろう。


 だけど。

 人間の品性、というところで見るならば……話したこともない赤の他人を小馬鹿にしようとしていた自分より、自分の身も顧みずに友達を庇ったあのVtuberの女の子の方が、ずっと素晴らしい人間であるように見えた。


 女の子を責める書き込みが多く見える。

 女の子をバカにする書き込みが多く見える。

 捨て垢による書き込みは、もはや見るに耐えない嘲笑と愚弄とネットスラングに満ちていた。


 何故、こんなにも品性の無い人間達が、特に理由もなく自分の在り方を正しいと思えているんだろう。

 何故、こんなにも人間として尊敬できる献身をしている子が、間違ったことをした人間なのだと、当然のように語られているんだろう?

 過程は分かる。

 理屈は分かる。

 主張は分かる。

 ただ、何か、根本的な部分で、自分は感じ方を間違えているような気がして、拭えない気持ち悪さのようなものを感じていた。


 ひどく、自分が、醜く見えた。

 今の自分が、気持ち悪くて、気持ち悪くて、胃の中身を全部吐きそうだった。


 自分はこのネットの海で、何を基準にして、失態を擁護してあげたい人と、失態に悪口を言ってもいい人を、仕分けようとしていたんだろう?


 正しさってのは、どこにあるんだろう。


 だから、筆を執った。


 文字を通してしか、自分は真理に近付いていけないと思って、今日まで生きてきたから。




 Vtuberへの全否定を娯楽コンテンツとする、訴えられたらかなり負けそうなアカウントがバズっていた。

 と、思ったら、翌日にはアカウントを消していた。

 ふと、『ずっとVtuberを批判している有名アカウント』というものが全然目につかないことに気付く。

 もしかしたら、定期的にそういうアカウントは消されているか、法的対処をされるのが怖くて自分で消しているのかもしれない、と気付いた。


 他人の好きを否定することは、自分が思っているよりもずっとずっと、重い罪なのかもしれない。


 いや、そもそも。


 他人の好きを否定することを許した法なんて、古今東西、どこの国にも無いんじゃないのか……?


 ただ単に、国の運営を担っている方の人達が、ちょっとした発言の罪なら寛大に許してくれている、ってだけなんじゃないのか?


 なんで人間は、一度も許されたことのない悪口っていう罪を平然と行うことが出来るんだ?


 なんで人間は、一度も話したことのない相手の悪口を言って、楽しい気持ちになれるんだ?


 本当に悪いのは、生まれた時からそういう風に出来てる人間の体の仕組みで、他は何も悪くないんじゃないのか?


 わからない。

 でも。

 傷付いてる人は居る。

 画面の向こうで泣いてることもあった。

 それで笑ってる人もいるんだろう。

 他人を傷付けて何も思わない人が居るなら、そういう人には相応の罰があってほしいとは、思う。


 でも、実際には全員裁かれることなんてなくて、逃げ切るやつだっているよって教わって、そんなことが許されていいんだろうか、って思って。


 だから、筆を執った。


 自分にできることは、それだけだ。




 世界も、人間も、ろくなもんじゃない。




 Vtuberを全肯定しろと言っている人を見た。

 それは違うんじゃないか、と思った。

 ダメな発言はダメだし。

 つまらない動画はつまらない。

 そういうのも自由に言っちゃダメだと言われたので、自分もちょっと反発を憶えたが、なんか他の人がめちゃくちゃ反発してるのを見た。


 好きに何か言う権利を奪うな、好きに発言できる俺の居場所を奪うな、自由で気ままで誰でも入りやすい場所だからいいんだ、お前が何かを見たくないってだけで窮屈にするな、新規も入りにくくなる、と。

 なるほど、もっともだと思った。


 反論が出た。

 好き勝手発言したら人は無自覚に人を傷付ける、配信だって社会の一部だ、最低でも社会人として発言しろ、普通の社会人は本人の前で不快にさせかねない発言は念入りに避ける、皆の居場所で皆を不快にさせる発言は要らん、と。

 なるほど、もっともだと思った。


 "好きに発言しながら自重していけばいいんじゃないか。全肯定を強制せんでも"。

 "何がセーフかどう判断する? お前の判断基準でか?"。

 "個人的には自分の意見が問題だと思ってない人ほど発言がヤバいんだよな"。

 "不快の基準線どこ? 人によって違うよね"。


 色んな意見があった。


 "素直に、このゲーム面白くないね、いつもやってるゲームの方がいいんじゃね? ってアドバイスするのもよくないのかな"。

 "アウトに決まってんだろ!"。


 "でもこういう助言もできなくなったら、最悪誰も楽しみにしてないゲームを延々と配信して時間を無駄にするんじゃないですか、推しが"。

 "全肯定の弱点だよなあ"。


 間違ってると思えた意見もあったし、正しいなと思えた意見もあった。


 "推しのことを大切に思ってるなら、時には推しも否定しなきゃダメだろ。推しが減っていく数字に病んで引退してくのを黙って見てろってのか?"


 "推しのことを大切に思ってるなら、推しを全部肯定して応援し続けるくらいでいいのさ。反感があるたら離れればいい。だって、推しの一度きりの人生なんだよ? 好きなことさせてあげたいじゃない。「君の好きにすればいいんだよ」ってさ"


 "自分が1番推しのことを想ってると思ってんだよなぁ、どいつもこいつも"。


 "推しはお前のラジコンじゃねーんだよ。指示してえなら壁に向かって言ってろ。推しがお前に否定してくださーいって頼んだのか?"。


 "「君の好きにすればいいんだよ」って推しに言うのはいいよな。自分は悪者にはならないし、誰にも否定されない。実際これほど無責任で邪悪な言葉もないんだけどね。方針に悩んでる時に「君の好きにすればいい」ってリスナー全員に言われたら、そのVtuberは何をすればいいのか分からなくなるって思わない?"。


 時々意見に共感しながら、議論を見る。

 醜い議論だと思った。

 本気の好きをこじらせた、互いの主張を否定して自分の考える正しさを押し付け合う、醜い押し合い圧し合い。


 『好き』が原動力でも、その過程で一歩も引かず他人を否定し続けるなら、人はこんなにも醜くなるんだなぁと、ぼんやり思った。


 この議論を見て共感したなら、自分の中にも、きっとあるんだろう。


 推しを皆に全肯定してほしい気持ちが。

 推しに自由に生きてほしい気持ちが。

 推しに少しでも成功する道を歩んでほしい気持ちが。

 誰かの発言を否定したい気持ちが。

 対立意見を軽蔑する気持ちが。

 彼らと同じ気持ちが、自分の中にもきっとある。


 ……自分が嫌いだ。


 いつだって嫌いだ。


 自分が誰かを軽蔑する時、いつもその軽蔑した醜さと同じものが、自分の中にあるように感じる。


 本気で議論をして、喧嘩している彼らの方が、黙って議論を見ているだけの自分より、本気で推しのことを考えているような気がする。


 自分はこんなにもこの議論を醜いと思っている、なのに……そこまで本気で『好きになった推しの未来が幸せであってほしい』と願う姿に、その熱量に、何故かと思ってしまった。


 他人を否定しなければ、他人に強いていなければ、誰にも迷惑をかけなければ、きっと醜くなんてならない、綺麗なままの『好き』でいられたはずなのに。


 だから、筆を執った。


 言葉と文字を書き連ねて、感じたことを、知ったことを、全て物語に仕立てよう。




 プロジェクトチャイルドの設定を書いた。

 少子化はもう尋常な手段では解決しない。

 他の環境問題や社会問題もそうだ。

 もう分かった。

 人は人のことを気遣ったりしない。

 だから世界のことも気遣ったりしない。

 なのでゆっくりと終わっていく。

 当たり前のことなんだ。


「……」


 だけど本当は、どんな問題もいつか解決すると信じていたい。

 本当に追い詰められたら、人は問題を解決するために動き始めることができると、信じたい。

 人は気付きによって愚かでなくなると信じたい。

 信じたいだけだ。

 根拠なんてない。

 そんな自分が、永遠に嫌いだ。


 信じるための理由すら、今すぐパッと紡げない。

 言葉を操る小説家なのに、未来に希望を持たせる理屈を、ハッタリと大嘘でもっともらしく書いたりもできない。

 そもそも、救えない世界、救えない人間ばっかり憶えている自分は、世界が救われて幸福な理想郷がやって来る物語というのが想像できない。


 世界が救われる物語が嫌いだ。


 世界は救われたりしない。


 誰も救えない世界が、ゆっくりと色んな人を苦しめていって、誰かに嫌がらせをすることに人生を懸けるやつが居て、ずっとじんわりと嫌な空気が広がったまま、ぼんやりと皆の楽しい居場所が奪われていく毎日が続いていくだけだ。


 だから、筆を執った。


 救われたりしない世界の中で、誰かと出会って、楽しい日々を過ごして、心だけでも救われて、いつか幸せになっていける世界を書きたかった。


 残酷な過去に心を傷付けられて、癒えない傷を刻み込まれても精一杯生きて、努力の報酬のように優しい人と出会って、「色々あったけど、今はこんな人生で良かったと思えてる」って言って笑い合えるような、そんな物語を書きたかった。


 『世界に絶望した君だっていつか幸せになれるよ』と教えられるような文章を書きたかった。


 『世界はきっとよくなるよ』と、自分さえも騙し切って、世界も人も好きになれるような小説を書きたかった。


 書ける人間に、なりたかった。




 でも、やっぱり自分は、他人を好きになることはできても、自分を好きになることはなさそうだ。

 自分は無力だ。

 無力な自分を好きになる理由がない。


 何もできない自分が嫌いだから、好きになれない自分の分だけ、何かを成している配信者の皆をもっと好きになれる。


 創作は人を救ったりしない。

 創作は世界を変えたりしない。

 創作は醜いものを滅ぼしたりしない。


 筆を握り走らせるこの手は、創作や芸術が世界を救うだなんていう偉い人の綺麗事を、何も信じてない。


 昔、辞めていった女性のVtuberの推しが居た。

 本人は何も悪くなかった。

 本人も続けたがっていた。

 燃えたのは国と国の問題によるものだった。

 悪意ある人間の攻撃によるものだった。

 彼女には何の罪も無かった。

 だけど、どうしようもなかった。

 だから辞めるしかなかった。


 その女性は、ある配信で泣いていた。

 後日、その配信は消えていた。

 ほどなくして、その女性はVtuberを引退し、その事務所から消え、何万という人間が集まってワイワイと楽しんでいた小さな世界が1つ、滅びた。


 それからゆっくりと時間をかけ、引退したその人の名は、世間から忘れられていき、悲劇は過去の記録になっていった。


 悪意に対して、特に裁きはなかった。


 だから、筆を執った。


 書いた作品のストーリーの中で、元ネタが分からないよう、本人には全く悪意なく他国の人間からヘイトを集める炎上事案を起こしてしまったVtuberの女の子を、友達が助けて、全てから守って、他人を傷付けた人間には相応の裁きを与えて、全員が笑って終われるハッピーエンドを書いた。


 主人公の水桃未来に、自分がしたかったことの全部を任せて、こうなってほしかったという願望を全部任せて、絶対に世界から無くならない人の悪意を全力で描いて、全力の主人公に打ち砕かせた。


 自分に出来たことは、たったそれだけ。


 あまりにもささやかで、つまらなくて、くだらなくて、何の意味もない抵抗に、自分が情けなくて、自分が嫌いで、『好きだった』のに推した人に何一つ報いることができなくて、いっそ死んでしまいたくなって、一晩泣いた。


 その人が好きだったはずなのに、その人が作った皆の居場所が好きだったはずなのに、いつもそこにあった人の繋がりと暖かさに救われていたはずなのに、自分がしたことと言えば、読者にバレないように、自分が書いた小説の中で、痛々しくて無意味な妄想を披露しただけ。


 自分が書いた主人公は、好きになれた人間を誰であっても守りきって、誰が敵でも守りきって、そこにある『好き』を守りきって、皆が笑い合える居場所を守りきって、明日からもそこで笑い合えるようにしてくれていた。それを書いている自分は、好きになれた人1人守ることも叶わず、失われた『好きの在り処』を時折思い返すことしかできない。


 泣いて、眠って、起きて、朝が来て。

 世界は何も変わらない。

 皆の『好き』がいつでも誰かの『嫌い』に潰されかねない、そんな世界が今日も変わらず続いている。


 世界が嫌いだ。

 人間が嫌いだ。

 自分が嫌いだ。


 『好き』1つ、世界に残しておいてくれない。


 ああ。

 なんて素晴らしい、最悪な世界だ。

 こんなにも、好きになれるものが沢山あって。

 こんなにも、好きになったものを押し潰す醜さと悪意に溢れてる。


 愛せる人達を生み出してくれたこの世界が大好きで、その人達を苦しめるこの世界が、大嫌いだ。




 それでも、明日は今日より良い世界であってほしいと願って、今日も筆を執った。


 叶わないだろうと分かっていても、それでも、いつか来てほしい未来を夢見て、近未来の世界を描く小説の始まりの一行を書き始める。






 作品に、醜い人間達を設定した。

 主人公達が立ち向かうべき人間で、倒すべき人間である者達だ。

 生来の悪も、境遇でなった悪も居て、それと戦う過程で皆のキャラが立っていくという予定を立てていく。


 本当は醜い人間なんて書くのも嫌だ。

 顔も見たくない。

 弱い人間だってそんな好きじゃない。

 弱さを免罪符にして他人を傷付ける人間は、荒らしにも、リスナーにも、配信者にも居て、自分はそういう人種に全体的にうんざりしている。

 醜い人や弱い人を支えるのは、いつだってその周りに居る人格者の配信者などで、そこに一気に負担が集まってしまう。

 時には、それが心強い人を壊してしまうことさえある。


 けれど、そういう人達が居ない世界があるだなんて信じられないから、世界に世界としての質感を出すため、自分は苦しみながら世界に悪を配置する。

 醜い人が居ない楽園、善人だけの理想郷なんて、自分には想像もできない。


 だから描く。

 そんな醜い世界の中で、誰よりも多くの人達を笑顔にする、素晴らしい輝きを持つ人間達を。

 そして、弱い人達が少しずつ成長していって、成長した後の弱かった人達もまた多くの人達を笑顔にしていく物語を。


 醜い人間達を倒す話を書いた。

 信じたいからだ。

 悪は、必ず果てると。

 善は、必ず最後に残ると。

 そうして、少しずつでも世界が良くなっていく、そう感じられるエピソードを仕立て上げることが出来た。


 隣人を愛せる者が最後に笑う世界であれと、祈りながら、願いながら、更に地の文を書いていく。


 それは精一杯のファンタジー。

 リアルじゃない。

 もっと悪意が溢れていて、皆の善意が報われない方がずっとリアルだ。

 そんなことは分かってる。


 だけど、善き人達が世界の醜さに苦しめられるのは当たり前だけれども、善き人達が世界の醜さに負けることだけは、許せなかった。


 世界に巣食う醜さに、人の拭えない醜さに、醜くないものが立ち向かって、その姿が世界中に応援されていくような、名もなき人々が『優しくて楽しい方がいいよ』と選択していくような、そんな物語を書きたかった。


 でも、まだ、上手く書き切れない。


 地の文ばかり上手くなってきた気がする。






 虐待は無くならない。

 人間はそういうものだから。


 いじめは無くならない。

 人間はそういうものだから


 差別は無くならない。

 人間はそういうものだから。


 自分からは逃げられない。

 逃げようとすると筆が止まってしまう。

 世界は醜い。

 そのはずだ。

 世界も人も綺麗なら、こんなにも泣いている子供が多い、救いが足りない社会のまま変わらないはずがない。

 人の悪意で傷付けられた人達が、傷付けられたまま放って置かれて、救われずに自殺してしまうような今があるはずがない。


 世界は醜いと信じてる。

 でも、きっと良くなると信じたい。

 人は醜い。

 だけど、自分が愛したものも人間だ。

 矛盾した自分の気持ちを小説に吐き出すと、自然と筆が走っていく。計算でキャラクターは書いていけない。


 虐待された子供は、誰かに救われていた。

 いじめられていた子供は、幸せになっていた。

 差別されていた子は、居場所を見つけていた。


 いつもそうなる。

 皆、いつの間にか幸せになっている。

 別に狙って書いてるわけじゃない。

 なんとなく、筆が走るとそうなるだけ。


 昨日の自分が、絶対に幸せになれない設定のキャラクターを作っても、明日の自分が絶対に幸せになれる設定と展開を思いついていて、それが本編に採用されている。


 不思議なこともある話だ。

 自分で自分がよく分からない。

 そう思いながら、今日も筆を執る。


 出来た書き下ろし特典原稿を取りに来た編集が、今日も原稿を読んでにっこりして、不思議なことを言い出した。


「炎鏡先生は、置いて行きたくないんですよね」


 質問の意図がよく分からなくて、首を傾げた。

 いつも理知的で、落ち着いた編集だった。

 常に相手に分かりやすいように話す編集だった。

 だから、こんな風に抽象的なことを話していることがそもそもなくて、余計に困惑してしまう。


「炎鏡先生の、世界のどこかで苦しんでいる人間をそのまま書き出したようなキャラクターと、リアルな閉塞感と絶望感、それをぶち壊して掴む幸福。この作風、私は個人的には本当に好きです。この世界のどこかで苦しんでいる誰かがこれから幸せになることを切望してる、って感じで」


 少し、思考が止まった。


「昔、先生が書いたキャラの苦悩が、私の抱えていた苦悩とそっくりだったんです。そうしたら、先生の書いた主人公や、仲間のキャラ達が、その苦悩と向き合った上で救ってくれて。"ああ、よかった"と思って、自分も救われた気持ちになったのを憶えています。ああ、自分の気持ちも連れて行ってもらえたんだ、置いて行かれなかったんだ……って」


 言葉が、胸に刺さった。


「炎鏡先生は、世界が救われて、ハッピーエンドになって、みんなが幸せになる物語が大好きですもんね。ってか主人公の未来ちゃん、やっぱめっちゃめっちゃに先生の性癖ですよねこれ。引きこもりをヒーローにして、リアルに見えて細かい所にっていう世界観の構造になるような仕込みをしてるのがかなり先生らしいというか……」


 編集の彼には、作品の全設定を教えてある。

 まだ全く明かしていない設定から、細々とした雑設定、シナリオの伏線まで全て。

 まで、彼は誤解せず正しい設定と解釈を持っている。


 つまり、彼は自分の作品のであるからして……つまり、そういうことだ。

 この言葉は、真理を突いている。


「分かり難いですけど、先生の家の本棚見れば分かる人には分かるんじゃないですか。BADエンドの作品1つもないですし。最終決戦前にキャラが沢山死ぬ作品も1個も置いてないですし。苦難を乗り越えて全員でハッピーエンドになる作品しか置いてないじゃないですか」


 何か、納得があった。


「何も変えられたことの無い自分の小説なんぞに、よくもまあそこまでのめり込んじゃって……」


「変えてますよ! 読者も、私も! 先生の作品に出会って変わったんです! 別に作品読んだだけで立派な人間になれたわけじゃないですけど……『こういう人には優しくして生きていこう』って思う機会が、人生の中に沢山増えたんです!」


「───」


「何も変えられたことがないなんて、絶対にないですよ!」


 そうか。

 自分は、自分の作品は、そうだったのか。

 言葉がするっと、心の中に入って来る。


「炎鏡先生ほど世界と人間を愛してる人って居ないと思ってますよ。だって……今はどんなに醜くても良くなって欲しいと世界に思っていて、今はどんなに不幸でも幸せになって欲しいと人に対して思ってるなら、それは愛してるってことじゃないんですか? そう考えながら小説を書いてらっしゃいますよね。え、違うんですか?」


 自分は、ずっとそうだったんだろうか。


 ずっと1人で考えていたことが、他人の意見1つで、一気に別の見方ができるようになっていく。そんな不思議な感触がある。


「あ」


 ああ、そうか。

 これか。

 これなのか。

 自分の手で、ずっと自作に書いてたことじゃないか。


 こんなこと、現実にあるわけないよな、なんて思いながら小説で多用して、小説の中で色んなキャラが救われる理由にして、キャラが幸せになれるきっかけに使って、それでいて現実で一度も見たことがなかったもの。


 これが、『親しい人の何気ない言葉で救われる』ってことなのか。


 うん。

 悪くない気分だ。

 夢に見ていた幻想が、1つ現実に降りて来てくれたことが、なんだか無性に嬉しく感じる。

 起こらないと思ってたことが起きてくれた。


 現実の世界も、思ってたよりはマシなのかもしれない。


「1つ、聞いていいかな」


「はい、なんでしょうか。先生」


「作品を見て思った、くらいの考えていい。君から見て、自分は……作品の中で、どんな配信者の関係性を1番好き好んで書いてたと思う?」


 1つだけ。

 これから作品を書いていくにあたって、他人の目から見た自分の嗜好を、1つだけ確認する。

 自分の書き方は変わらない。

 自分の書く物は変わらない。

 世界が変わらないように、自分もすぐに変わることはないだろう。

 けれど。


 世界に少しずつでも変わってほしいと願っている人間が、自分が変わりたくないだなんて言っていいはずがない。まずは他人の目に映る自分を改めて確認して、そこからだ。そこから1つ1つ確認していって、少しずつ自分を最適化していこう。


「先生が1番好き好んでた配信者の関係性ですか? つまりこの世界観において、先生が1番に祝福している関係性ですよね。うーん……」


 自分は、近未来の世界を書く人間。

 変わった後の未来を書く人間。

 『こうなってほしい』という願望で書き始めようとして、『でも世界は綺麗じゃない』と自分で自分の邪魔をして、自分で自分を嫌ってたくせに、嫌いな自分を変えようともしなかった。

 そんな自分が、他人から見ても明白なくらい何かを好んでそれを書いていたなら、それは。











「『疑似家族』でしょう?」











 季節が流れて、冬に遅刻した木枯らしが吹いていた。


 執筆。

 執筆。

 執筆。

 適当な3時間程度のゲーム音楽まとめ動画を流していたブラウザが、自動再生機能で別の動画を開いて、自分が1番よく見ている白狐美少女Vtuberの動画がオートで流れ出す。


 1番見ている1番の推しの動画が自動再生されやすくなるのが、動画サイトの地味にいいところだ。


「ん」


 執筆の手は止めない。

 聞き心地の良い声が、少しやる気を高めてくれる。

 性格も姿勢も関係性も好きな推しのVtuberだけども、声も良いから、そこも推せる女子だ。


 ちらりと、動画画面を見た。

 いつもの笑顔。

 推せる笑顔だ。

 知っている顔が笑っていて、上機嫌な声でリスナーと話し、今日は何をするかを語っている。


 "いつものように笑っている"。

 何気なくそう思って、そんな自分と、笑っている彼女にささやかな疑問を持った。


 フェイストラッキングは、配信者の両手がゲームに費やされていても、顔の動きを自動で読み取り、それを配信のアバターに反映する。

 だから、よく笑うVtuberというものには、実際によく笑える人でなければなれないという。

 彼女は自然とよく笑う人なのだろう。


 彼女につられて笑ってしまったことは、自分にも何度か経験がある。

 それで、思った。

 彼女は毎日笑っている。

 いつ見ても笑っている。

 笑顔を反映するトラッキングがそれを証明している。


 デビューしてから数年間、どんなに疲れていてもどんなに苦しくてもどんなに悲しくてもどんなに辛くても、途切れることなく毎日毎日、ファンに向けて笑顔を見せ続けている。


 それは、偉業なのではないだろうか。


「……」


 自分の指で、自分の顔をなぞる。

 しばらく笑っていない顔だった。

 つまらない男の顔だ。

 こんなつまらない顔で笑いもせずにゲーム実況なんてした日には、誰も見に来てくれないまま配信が終わってしまいかねない。


 窓ガラスを見て、笑顔の練習をしてみる。

 ヘタクソな笑顔だった。

 というかブサイク。

 全くもって魅力というものがない。


「笑顔の才能がないな、自分には」


 『笑顔の才能』。

 自然と口をついて出た言葉を、小説に組み入れる。


 笑顔の才能がある人、ない人。

 確かに、そういう分け方もできる。

 1配信あたりに何回笑うかを統計取ってみたら、たぶんこの曖昧なイメージも明確なタイプの違いとして説明できそうだ。

 推しが引き出してくれた言語化を用いて、小説のクオリティを少しばかり押し上げることに成功する。


 寒い風の日の執筆だった。

 暖かい空気の配信が、耳から流れ込んで来る。

 かじかむ指先。

 少し白くなる吐息。

 けれど、執筆の速度が落ちることはない。


「もうひと頑張りしようかな」


 心が世界の寒さに負けない限り、元気になれる推しの声が聞こえている限り、筆が走る速度が鈍ることはない。




 アニメが好きだ。

 漫画が好きだ。

 映画が好きだ。

 資料が好きだ。

 歴史が好きだ。

 研究が好きだ。

 競技が好きだ。

 配信が好きだ。

 小説が好きだ。


 だから、筆を執った。


 好きなものが沢山あるから、書きたいことも沢山ある。


 こんなにも世界中に好きなものが沢山あるのに、それでも世界が嫌いなんだから、本当に自分はしょうもない。

 インタビューとかでは多少取り繕ったことを言えるくせに、自分の内面と向き合って創作しようとすると、すぐにいじけた自分が出て来る。

 なんで世界は頑張ってる人を守らないんだとか、なんで人は優しくなれないんだとか、すぐにそんなことばかり考えている。


 そして、考えたことを作品に変えていく。


 あいも変わらず優しい世界からは程遠くて、人を苦しめるものが無くならない世界が舞台で、登場するキャラはどこまで行っても苦労して、絶望の中で歯を食いしばって前に進んで、そうして誰かを笑顔にしていく、そんな鬱屈とした物語だけど。


 その中でしか見えないものがあると、信じたい。


 書き続けよう。


 自分だけは。


 いつまでも。


 自分が生きるこの世界を愛しながら否定する、世界のアンチ・ヘイト小説である、この作品を。




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 原作者は世界を憎んでいた。

 人を憎んでいた。

 より正確な表現をするのであれば、人が抱くささやかな幸福を奪っていく、人の内なる醜さが永遠に消え去ることがない、この現実を憎んでいた。

 転じてそれは、ということを意味している。

 それは、素朴な善良からひどく遠い性情だろう。


 彼は、常に矛盾していた。


 彼は優しさゆえに、『人は弱くても醜くてもいい』と言いたかった。

 だけど、言えなかった。

 人の醜さに苦しめられるバーチャルの配信者は、10人や20人どころの話ではなかったから。


 人の弱さゆえの醜さを肯定してやりたかった優しい男は、人の弱さゆえの醜さが他人にかける迷惑を知ってしまったがために、どんな弱さや醜さも肯定するのに迷ってしまい、されどその性格が筆先に現れるという奇妙な文体で読者達に愛された。


 現実で諦めた『何か』から創作を生み出す男は、その創作スタイルを、読者から『愛だ』と受け止められていった。




 彼は決して楽園を書かない。

 彼が書けるのは『世界』だけだ。

 彼が思う『世界』とは、夢のような異界ではなく、誰も苦しまない理想郷ではなく、誰もが傷付かない楽園でもない。

 理想郷から程遠い、楽園からも程遠い、人の正と負の感情が延々と渦巻いている質感の世界だ。


 その中で輝く勇気、優しさ、気遣い、思いやり、絆を描く。

 それこそが、原作者・炎鏡のスタイルである。


 原作者は、自身の創作を安易な理想郷にはしない創作者だった。

 ここは、『優しい世界』ではない。

 決して、『優しい世界』ではない。

 そこは、『優しい者が苦しみの果てに報われる世界』である。


 だから、読者の誰もが言うのだ。


『炎鏡先生の書く世界は、優しくて、愛があって、残酷な過去もあるけども、好きになったキャラが未来で幸せになってる確信がある。だから、いいんだ』


 そんな評価を聞くたび、原作者は苦い顔をしてきた。

 自分の作品がそんな綺麗なものなわけがない、という確信をもってこれまでずっと書いてきたからだ。

 嫌いなもの、憎いもの、諦めたもの、辟易したもの、そうしたものへの想いを創作にぶつけてきた自覚が、彼にはあった。


 そんな作り方をして生み出されたものが、結果的に綺麗だと読者に思われるものになるのだから、間違いなく原作者は天才だったのだろう。


 汚泥に花を割かせるように、憎しみから美しいものを生み出す才能が、彼にはあったのだ。




 自分が聖人になれなかった原作者は、他のリスナーに聖人になることなど求められなかったし、配信者に聖人になれなんて思うこともできなかったし、誰からも批判されない界隈であれだなんて思えなかった。


 自分が嫌いな人間だったからこそ、自分を下等に置いていたからこそ、他人に多くを求めず、界隈に完璧であることを求めず、リスナーに理想的な存在であることを求めず、推しに清廉潔白であることも求めなかった。


 善のみの人間はいない。

 悪のみの人間はいない。

 善だけの界隈も、悪だけの界隈も、きっとない。

 どんなコミュニティだって、きっと黒と白が入り混じって出来ている。


 『だからいつだっていい人が頑張っている』この世界を原作者は愛していたし、『だからいつだって悪い人が台無しにする』この世界を原作者は憎んでいた。


 だけど、それでも。


 本物よりも、本物になろうとする意思を持つ偽物の方が好きだ、と思う人間がいるように。

 聖人に生まれついた者など居ない、現実というこの世界で、努めて炎上しないように生き方を律し続ける者を愛する人間を愛する、そういう人間も居る。


 創作の世界に作られた人工の完璧超人ではなく、現実の世界に生きる不完全な頑張る者達の方を、原作者は愛した。

 それはインタビューなどでも語っている、彼の真実の嗜好である・


 原作者は、『そう在る』人ではなく、『そう在ろう』とする人間を愛した。

 ……憎む時も、あったけれど。

 原作者は、『理想的な配信者として作られた創作のキャラ』よりも、『炎上して引退してしまうまで精一杯頑張っていた現実の配信者』の方を──心の中で──上に置いてしまう傾向があった。


 引退際に醜態を晒していくような配信者を心底軽蔑しながら、そうした配信者が現役だった頃にくれた笑顔を忘れられないからずっと好きで、そんな矛盾した心もまた、彼の創作の原動力だった。




 全てが、彼の創作の礎だった。




 原作者は、沢山のものを憎み、沢山のものを愛していた。

 愛せるものに溢れた世界を愛していた。

 それを失わせる世界を憎んでいた。

 素晴らしい人を愛していた。

 それを害する人を憎んでいた。


 だから、筆を執った。


「書くか」


 何も変えられず、書くしかできない自分の無様な無力さを、原作者は知っている。


 架空の世界の物語を書いていく。

 我も人。

 彼も人。

 神もなく、崇拝もなく、隷属もなく。

 そこに在るのは人と人だけ。

 敬いと親しみを持ち、好きで回していく世界。

 それを書く。


 好きなものを楽しんで、好きなものを見ていればいい。

 好きだけで生きていていい。

 好きを損なう敵も居るけど、抗って生きていけばいい。

 そんな世界を、全力で書く。


 ある原作が変じたこの世界の源流は、原作者の世界への望みと、祈りと、願いで作られている。


 全て都合良くは無いけれど。


 悲劇も辛さも、そこかしこにあるけれど。


 現実の厳しさが無い理想郷などではないけれど。


 という祈りが、世界の1番根っこの部分に、強く強く、埋め込まれている。


 だから、虐待される子供は居なくならないけど、その子供に救いがある。

 貧しさからひどく飢える子供は居るけれど、その子供が何の救いもないまま死ぬことはなく、その子供を助けてくれる大人が居る。

 いじめられた子供は、いつかいじめた子供よりずっとずっと幸せになる。

 どん底の不幸まで落ちきっても、人が目の前の困難に挑み、乗り越える世界。


 作られた世界の形に現れる、作家の心から湧き出る祈り。


 一流の編集者はそれを、『作家性』と呼ぶ。




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 原作者・炎鏡の理想の関係性とは、つまるところ『疑似家族』に帰結する。


 原作者が受けたインタビューを見れば、Vtuber疑似家族関係の代表例に挙げられる男女4人のVtuberユニットがすぐに出てくるというほどだ。


 距離が近い。

 親しみがある。

 色んなことを許し合える。

 互いに対する理解もある程度ある。

 けれど分かっていないことも多くあり、理解者面をすると嫌がられるが、それでも赤の他人よりはずっと互いを理解し合っている、そういう関係。


 互いに対してある程度影響力を持ち、されど互いに奴隷にはならず、互いに命令を聞かせることもできず、相手にすることと言えば助言のみ。


 Vtuberの常ではあるが、毎日顔を合わせ、いつも同じ小さな世界で共に生き、同じ映画を見て、同じゲームのストーリーを見て、まるで本当の家族のように共に過ごすことも珍しくはなく。


 血の繋がりや一緒に居た時間が無くとも、一定の距離感が作るほどよい近さ・ほどよい遠ささえあれば、ふざけ混じりの疑似家族にならすぐなれる。


 まるで家族のような配信ユニットも、節約のためにシェアハウスをしている女子達も、親戚の集まりようになっていく対戦チームも、なんとなく気が合うので集まっている内に誰よりも仲良く共同生活をしていた集団も、配信者とリスナーで家族同然のコミュニティになっていく配信も、等しく原作者にとっての理想であった。


 という、配信界隈の疑似家族に共通する性質が、原作者は好きだった。

 許し合う。

 受け入れ合う。

 度を超えて失礼にならない程度に、互いに気安く接し合い、思ったことを言い合っても互いを嫌いにならないという確信がある、そういう独特の距離感が好きだった。

 彼が好むそういう距離感・繋がり・場の空気を正確に言語化すると、『疑似家族』となるということである。


 心の繋がりが、血の繋がりを超える濃さの繋がりを見せてくれるような、そういうなんだか素敵なもの。

 大抵のことは「もうしょうがないな」の一言で許してしまえる、居心地のいい空気があるところ。

 そういうものを、原作者は『疑似家族』に見た。




 古来より、宗教は言う。

 皆を家族と思いなさい、と。

 神は誰にとっても父であるとされ、教えを説くのは神父であり、ブッダは親子は友に等しくあるべしと語り、イスラム教は世界の中心に家族主義がある。


 家族とは、関係性の中でも特別なものの1つであり、人の争いや醜さを抑制するために目指される目標地点の1つであり、数人で集まって構築する関係性が自然と行き着くいくつかの形の1つでもある。



 そして、配信者が顔出しをしていた時代とは比べ物にならないほどに、バーチャルの世界の配信者達は、『疑似家族になる』という遊びをするようになっていった。

 時には、Vtuberが望まずともリスナー達が勝手に擬似家族として見て、それが定着するほどに。


 疑似家族は、『なる』ものだ。

 『最初からそうである』ものではない。

 『なる』過程を経て、互いを受け入れて、そうして初めて血の繋がりの無い者達は家族になれる。


 誰もがそうだ。

 例外は無い。




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 もしもこの世界を、"原作者にとっての理想郷"に近付けたいのであれば、が要る。

 何故ならば、原作者が生み出したキャラクターは、何らかの形で原作者の影響を受けているため、原作者の信念に基づいた法則性を打ち倒せないからである。


 原作者自身にさえ拭い去れなかった『世界斯く在るべし』という、世界に悪性を残してしまう最悪は健在である。

 原作者・炎鏡の創作した世界には、決して消えない悪性と、その悪性に負けない人間の輝きが、必ずセットで備えられている。


 それを否定し、打ち倒せるとするならば、『原作者が創っていない存在』以外にはありえないだろう。

 原作者が自分でどうにもできなかった感情であるならば、それは原作者と関係の無い"外野の他人"にしか倒せまい。

 編集が外から放り込んだ一言が原作者の考え方を破壊したように、必要なのは他人なのだ。


 たとえば。原作者かみさまが生み出した源流から流れ出た世界に、外側から流れ着いた異物に等しい魂……なんてものがあったなら、理想的だろう。

 それは世界の理と真っ向衝突し、魂の方が世界より強く在ることができれば、理を破壊する力として機能するはずである。




 そして、その存在は、この『好きで回る世界』において""であればなお望ましい。


 勿論、世界そのものに意思などなく、世界が人間的な感情で個人を好きになって贔屓をするなどということはない。

 だが、この世界が原作者かみさまの嗜好などが大なり小なり反映された世界であるならば、原作者かみさまが「こういうやつを配信で見るのが結構好きなんだよな……」と思うような人間であれば、その存在は"世界と噛み合う"可能性が高いと言えるだろう。



 たとえば一例として、どんなに罵倒されても気にせず、失敗してもなんのその、嫌がらせをされても辞める気配がなく、アンチの1000の声の中でもファンの1の声をしっかり見つけてくれて、強く、格好良く、仲間達を連れてちゃんと勝って配信を盛り上げてくれて、仲間との信頼にエモいカラーがあり、リスナーにも敬意を払ってくれて、リスナーと喧嘩せず、リスナーの無責任な指示で自分を見失うことがなく、恋愛に興味がなさそうすぎて熱愛疑惑炎上をすることがほぼなく、男女どちらとも仲良くできる平等性を持っていて、そっけなくて愛想の無い素振りの中に確かな絆と信頼が垣間見えて、悪意で他の配信者の悪口を言うことがなく、むしろ絡んだ者全員に対して肯定の言葉を述べる良さがあり、コラボ相手の良さを言語化して口にする素晴らしさがあり、熟練者の旨味と、初心者の旨味を併せ持ち、『好き』で回る世界を肯定してくれて、素直な気持ちで色んな配信者を推してくれて、原作者かみさまの推しも推してくれて、血が繋がっているわけでもない相手と後天的に仲良くなり『家族』となっていって、その人物が個性を見せると自然と画面に楽しさが生まれ、配信を見る前まで見せつけられていた世界の醜さを忘れさせてくれるような、そんな人物ならば原作者かみさまの嗜好に合致するため、この世界との相性が極めて良いはずだ。きっと。



 厄介なオタクとは、性癖量が多いものである。

 それは摂理だ。

 どうにもならない。

 しかしながら、原作者のこれまでの人生と経緯を見返してみれば分かる通り、これは非情に妥当な性癖の育ち方をしたと言わざるを得ないのが悩みどころである。


 そういう、にピッタリ一致する奇跡の存在が居れば、それこそまさに"世界に好かれる者"なのだろうが、そんな奇跡の存在がそうそう存在するわけもないだろう。




 まだ、この"崩壊した原作から展開される物語"は序章に過ぎない。


 原作うんめいが残した闇は多く存在し、それと相対し、戦うのであれば、そう。




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 この世界を壊してしまうほどに『規格外』な男が、そしてその男に足りないものを補う仲間達が、絶対的に必要になるだろう。

 たとえば、様々な偶然と、巡り合わせと、世界観の特殊性を味方に付けたとは言え、たった1日でフォロワー1億人に到達した男、とか。











 蛇海みみは、風成善行の妹である。

 そう名乗ると、"似てないね"と必ず言われる。

 それは容姿的な意味でもあったし、人格的な意味でもあったし、能力的な意味でもあった。


 みみは、気にしないように生きてきた。

 気にすると辛くなることが多すぎた。

 いつからか、色んなことを気にしないようにすることが得意になった、そんな女の子だった。


 兄が妹を忘れたことは、悲劇ではない。

 家族のように互いを理解できなかったことだって、悲しむ必要はまるでない。

 気にしなければ、色んなことを乗り越えて行ける。

 全てはこれからだ。

 再会できたなら、これからの時間はいくらでもあるだろう。


 血が繋がらないこの2人でも、兄妹であることに変わりはないから、これからちゃんとした家族に『なる』ことができる。

 それはみみにとって、何よりも嬉しい現実だった。


「壊れたラジコンがぁー、SNSまで壊して突っ走って行ったぁー。全てを壊してぇー」


 アカウント開設から数時間後。

 てんやわんやの打ち合わせと緊急会議がそこかしこで開かれる中、いくつかの会議を終わらせた妹が、呆れた目をした兄の前で、ダウナーにテンションを上げていた。


 Vliverのガワとは関係無く"ダウナーギャル"の性格を持つみみは、拳を突き上げて興奮を示す時にも独特のダウナーさを見せることが多く、それゆえに興奮が微妙に伝わらないことも多い。


「ようやく分かったぞ。お前……俺のこと、内心でこっそり壊れたラジコンとか呼んでたなこの野郎」


「兄さんとんでもなさすぎで笑っちゃぅー」


「俺のこと壊れたラジコンって呼んでたな?」


「なんかすっかり家出しちゃってた尊敬する気持ちも戻ってきちゃって困っちゃうのなぁー」


「俺のこと壊れたラジコンって」


「兄さんのお給料上がるかなぁー?」


 妹が露骨にごまかしにかかって来たので、兄は深く溜め息を吐き、頭を掻いて"まあいいか"とそれ以上の追求を諦める。


 それが、強さを認めた相手に対するものとは違う、チームメイトに対するものとも違う、蛇海みみという家族に対してのみ見せる態度であると、今の時点では誰も気が付いていなかった。


 兄は率直な言葉を妹にぶつける。


「今日は助かった。お前は賢い子だな」


「!」


 善幸は、いい大人と出会ってから、よく褒めるようになった男だった。

 今も、昔も。


「……兄さんは何も助かってないんだよぉー」


「それを決めるのは俺だ」


「あはぁー。……この感じ、兄さんだなぁー」


 今日、妹は兄に申し出た。

 自分は兄を助けたいと。

 兄はそれを受ける義理がなかった。

 だが、兄はそれを受けてくれた。

 兄は妹の可能性を確認するなどの目的もあったのだが、端から見れば、妹が甘えて、兄が甘えさせてやったような構図に見えることだろう。


「次は上手くやるねぇー」


「頼んだぞ」


 しかも、妹の助言は半ば役に立たなかった。

 後半は変人がすぎる兄によくチューニングし、助言も上手く機能していたが、兄にいい所を見せたかった妹からすれば、それは満足のいく結果ではなかったのだろう。


 申し訳無さそうにするダウナーギャルの妹に対し、兄は"雑談は難しいからな"くらいのシンプルな思考で、頑張ってくれた妹に褒めを述べる。

 妹から見れば、それは優しい兄の在り方だ。

 妹が、兄の言葉に許された気持ちが湧き、兄に手を引かれているような気持ちにもなるのは、当然のことで。


 かつて付き合いのあった大人の影響で、基本的に褒めを用いる兄の姿が、妹の目には、"知らない間に大人になっていた立派な兄"のように映る。

 それが妹の脳内の壊れたラジコンイメージと衝突し、どんがらがっしゃん、どんがらがっしゃんと崩れていく。


 その過程で、妹の思い出の中の『とんでもないことをする兄』のイメージと、今日の善行の『とんでもないことをする兄』のイメージが、合致した。


「うん。思い出したぁー……忙しくなってみみ達と遊んでくれなくなる前の兄さんはぁー……無茶苦茶でぇー……台風みたいな人でぇー……走ってるだけでなんか周りをぶっ壊しながら進んで行ってぇー……気付いたら悪い大人みぃーんな倒しちゃってぇー……気付いたらついて来る人が増えてるような子供だったぁー……」


「そうだったか?」


 妹が、ぶんぶんと首を縦に振る。


「みみが大好きになったの、こっちの兄さんだったぁー……なんてことだぁー……そうだぁー、見てて楽しい兄さんが好きだったんだぁー……」


「そうだったのか……すまんな。成長して、大人にって、落ち着きと貫禄が出て来てしまって」


「んぅー。そのへんあんま変わってなぃー……」


「ん? 待て、俺これバカにされてる?」


 妹は今日、色んな兄を見た。

 成長した兄、変わらない兄。

 ポンコツな兄、ズレた兄。

 壊れたラジコンな兄、憧れる兄。

 知っている兄が居て、知らない兄も居た。


 受け入れられないものは、1つも無かった。

 生理的に無理な個性など無かった。

 変わった部分に驚き、変わっていない部分に安心し、知らなかった一面に感嘆し、ダメな部分さえもちょっと愛おしいと思えてしまった。


 それは、家族に"なれる"感情である。


「みみはですねぇー。兄さんをテレビ越しに尊敬するより、兄さんとなんでもない日々をおもしろおかしく毎日一緒に過ごしてた方が楽しかったかもなぁー、と今ちょっと思ってるとこぉー。……それが許されなかったから今があるんだけどぉー」


「……? 何? どういう意図で?」


「兄さんを尊敬しなくなったという話ぃー」


「なんで!?」


 家族は、愛で繋がるものだ。


 愛とは、許すことだ。


 愛とは、受け入れることだ。


 愛とは、ダメなところやしょうもないところに気付いても、『それでも』、でい続けることだ。


 失望したから荒らしてやろうなどとは思わず。

 ガッカリしたから否定しようなどとは思わず。

 思っていた人間じゃないから離れようなどとは思わず。

 ダメな人間を導いてやろうなどとは思わず。

 "好きにしな"と放任しようとも思わず。

 理想を押し付けず、自分の都合で相手の都合を無視しようとせず、互いに対する理解を互いの幸福のために用いて、一緒に生きていくために使うことができることを、人間倫理は『愛』と呼ぶ。


 愛とは、望む形で共に生きていくことだ。


「兄さんがダメダメでも最終的に『好きだなぁー』って思っちゃってるのでぇー。『厳しく直してあげないと』とか全然思えなかったのでぇー。なんかみみもダメな妹みたいなんですなぁー」


「俺は確かに今、未知の環境に放り込まれて何も上手く出来てないが。仮に俺がダメダメだとしても、お前はダメじゃないだろう。既に新人Vliverとして大成功してるならお前はダメなんかではないんじゃないか?」


「やぁー。一緒にダメダメ兄妹になろうよぉー兄さんぅー。ふっふふぅー」


「持て、上昇志向を」


「そういう話じゃないんだけどなぁー」


 一緒にダメ兄妹と呼ばれても、まあいいかと思えること。

 一緒に落ちていくことも、同じ罵倒を向けられることも、それでバカにされることも、この人とならまあいいかと思えること。

 Vtuber見てるなんてキモいね、という『嫌い』の声に傷付いても、自分の中の『好き』を信じて、好きになった人の配信をまた見に行こうと思えること。

 それもまた、愛である。

 受け入れられるから、共に在れる。


 理想的な関係性を構築できたVliverとリスナーのように、『疑似家族』の関係性を完成させた者達のように、大抵のことを受け入れて生きていくことができれば、共に生きていくことができる。


「兄さんぅー、5月の大会に出るんだよねぇー」


「ああ。それがどうかしたか」


「みみも出るぜぇー。チーム名は『月面神話』ぁー」


 手元を操作し、みみが掌の上に紋章を出す。


 それは所属チームを証明するチーム・クレストであり、大会運営が参加を受理したチームにのみ付与される参加認証確認用権利性特殊文字コピーライトコードを埋め込まれた、先行大会登録者のみが持てるはずの空間投影紋章である。


 それが示す事実は、ただ1つ。

 彼女は大会の参加者募集より先に、大会に参加することが決まっていた、"大会側の嘆願により客寄せのため仕事で参加する"チームの一員なのだ。


 『人を集める星スター・アトラクション』と呼ばれる役割を果たすべく、大会で目立ち、見所を作り、話題性を生み出して、その上で勝たねばならないという、最も被要求量が多いメイン・エンターテイナーを任された者なのだろう。


 そして、善幸の血の繋がらない家族であると同時に、一ヶ月後に善幸が倒さねばならないライバルであるということでもある。


 善幸がみみを見る目が、変わる。


「ふふぅー」


「? どうした」


「兄さん今日1番嬉しそぅー」


「ん、そうか? 自分じゃ分からんな」


 こういう時の兄は、ギラギラとしていて、過剰なくらいに他人に期待していて、まるで他の星を求めて引き寄せるブラックホールのようだと、妹は思う。


「そうだよぅー。うん、自分じゃ色々分からないからぁー、それで自分が変えられないものは他人に変えてもらうしかないからぁー、人間って他人が必要なのかもねぇー。……ホント、困った兄さんだなぁー」


「悪いな。どうも昔から、俺が憶えていられる強い奴らにも、そう言われて嫌われていたことがあった気がする」


「兄さんのそういうトコが嫌いとか一言も言ってませんぅー。発言捏造はやめてくださぃー。兄さんが嫌いな人の発言とかその人ごと忘れるくらいでいいんじゃなぃー?」


「……ああ。そうだな。そうするのがいい」


 こくりと、兄は何かを飲み込むように、妹の意見に同意して穏やかに頷いた。


 妹が、ダウナーなりに機嫌良さそうに笑う。


「かっこよくみみに負けてねぇー、兄さん。ふっふふぅー」


「負けてはやれん。俺にも仲間が居る」


「もっと妹に優しくぅー」


「妹より仲間と約束の方が大事だが……」


「あぁー、いけずぅー。恨んだるぅー」


「お前が負けたら慰めてやる。それで我慢しろ」


「どうやってぇー?」


「お前が何をどう頑張ったのか、努力によって何が身に付いたのか、どのくらい期待に応えてきたのか、それを今後どう活かせるか、お前が示した可能性はどんなものか教えてやる。俺にはそのくらいしかできん。お前がこれまでちゃんと頑張ってきたことを正しく振り返ること以上に、お前の慰めになるものはないだろう」


 妹は目を見開いて、反射的に口元を抑えた。


 衝撃だった。

 不意打ちだった。

 思ってもみなかった嬉しさが少女の身を打つ。


 今も、昔も、何も覚えていない人が同じ人に同じことを言うならば、それは紛れもなくその人の本音なのだろう。

 みみにとってそれは、懐かしくて、頼もしくて、また聞けたことが嬉しくなってしまう言葉。


「十年前と言ってること変わんないねぇー」


「何? そうだったか……そうなのか……」


「あんねぇー、他の人にも言ったげてぇー」


「?」


「兄さんはねぇー、自分でもよく分かってない内にぃー、他の人に『頑張ってよかった』『これからも頑張ろう』って思わせてるのが上手いんだよぉー、たぶん世界で1番ねぇー」


「俺と話したくらいでそうなるかぁ? そもそも頑張ること自体、勝者にとっても敗者にとってもキツいことだろう。ちっと話したくらいですぐやる気になったりとかはしねえよ。また自分の可能性を磨き上げる気になるまで、少し休ませとけ」


「ふふふぅー」


「何笑ってんだ」


「別にぃー」


 ここは、『好き』で回る世界。

 それを邪魔するものも在る世界。

 創作をしているどこかの誰かの祈りと共に在る世界。


 世界は少しずつ善くなっていくだろう。

 限り。

 特別な誰かのチートじみた異能によって、ではなく。

 誰かが誰かを好きだと思う気持ちが、世界を善い方向へと導いていく。


 それを邪魔する壁となるものは、この大嵐が壊し尽くして終わらせるだろう。



───YOSHI? ああ、『善し』か

───いい名前だねえ。え、違う

───ごめんごめん、名前の通りだって思って



───推し? 面白い名前じゃん

───あ、ちゃうんか。YOSHIか

───誰かのOSHIになろうとしてんのかと思った



 ふと、何気なく、ごく自然に、何の意味もなく、何の理由もなく、善幸の脳裏に、昔言われた言葉が蘇った。

 誰がそう言ったのか、善幸はさっぱり憶えていない。

 ふわりと蘇った言葉は、特に何かを成すこともなく、善幸の記憶の本棚にまた収められる。


「ねぇー、ねぇー、今日また一緒にお風呂入ろぉー。かわいいかわいい妹にその成長をお見せなさいよぉーへへへぇー」


「嫌だ。1人で勝手に入ってろ」


「昔は入ってくれたじゃんぅ~」


「肉体は温度によって発生する発想が微妙に異なるんだ。風呂の温度で体調を整えつつ、体の状態を変化させ、高体温状態で多少変化した思考でシミュレーションをしてる。邪魔されたくない」


「女子とのお風呂イベントをそんな理由でガン拒否するなぁ~。さっきまで妹の言うことは何でも聞いてくれそうな兄モードだったのにぃ~」


「お遊び気分で風呂に入るな。なんで風呂でも強くなろうとしないんだお前は、俺の妹なのに……」


「なんで風呂で強くなろうとしてんのぉ~!」


 家族は、愛で繋がるものだ。

 愛とは、許すことだ。

 愛とは、受け入れることだ。

 愛とは、ダメなところやしょうもないところに気付いても、『それでも』、でい続けることだ。

 愛とは、望む形で共に生きていくことだ。


 前世などというものがあっても。


 血が繋がっていなくても。


 ずっと離れ離れになっていたとしても。


 人は後付けで、家族になれる。


 それは、誰の『好き』も奪うことなく、『好き』を失わせる様々な事柄から『好き』を守る、2人が受け入れ合うことによって生まれ出た、人と人との繋がりの形の1つであった。


 もしも、いつか。

 原作者がかつて嘆いた時のように、蛇海みみが何一つ悪くない炎上事案が発生し、それによって蛇海みみが引退を余儀なくされた時には、風成善行がいかなる者とも戦い、打ち倒し、彼女が望む未来を守るだろう。

 YOSHIは全てを破壊する。

 そして、善幸がなんらかの理由で同様の形で炎上事案に巻き込まれた時も、蛇海みみはそれを守るだろう。

 2人は、家族に『なった』からだ。


 善幸は、素晴らしいと思った他人の可能性があれば、それを押し潰す悪意を許さない。絶対に。

 敬意を持った人間の未来が潰されることを、その人がやりたいことを邪魔されることを、許さない。絶対に。

 彼は人間の可能性絶対主義者であるがゆえに。


 ここは、原作者かみさまの願いが叶う世界。


 原作者が嘆いた"小説の中でしかこんな夢想は叶わない"という現実は、回り回って、その創作を源流としたどこかの世界に『理不尽を打ち倒す理不尽の少年』を組み入れることで、原作者にとっての理想郷を生み出しつつあった。


 世界を憎み、世界を愛し、人間を憎み、人間を愛した男の祈りは、今日も世界を回している。


 YOSHIと共に。



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