西暦2059年4月12日(土) 20:17

 主体となるプレイヤー・YOSHIが持つスキルは『全身を風にする』『風の刃を出す』『風で感知する』の3つ。


 敵は5人。

 セミカマキリバッタの虫キメラ。

 空を飛ぶ魔法少女。

 小虫使いのスーツの男。

 毒ガスを撒き散らすゴブリンの男。

 そして、推しが好きすぎて推しになるために全てのスロットを費やす狂った男。


 こうした前提を置いて、問いかける。

 『君ならどう勝つ?』

 答えは何でも別にいい。

 そうして出て来る人の答え、千差万別の答えを導き出すその過程が、この競技の娯楽性を示すものなのだから。


 どんな勝ち方があってもいい。

 どんなVliverがいてもいい。

 どんなポシビリティ・デュエル・プレイヤーがいてもいい。

 だから、楽しいのだ。






 YOSHIはとりあえず、風になって全速力で飛び、距離を詰めると同時、瞬く間に袈裟懸けの斬撃を放った。

 偽不寝屋まうが斜めに両断され、脱落を確定させるダメージを受ける。

 見ていて頭が変になる前に、この異端のTS男を倒す必要があったのである。


 偽不寝屋まうは、本物と同じ笑い方、本物と同じ声、本物と同じ喋り方で言葉を残していく。


「君、かっこええなあ。一度君にもなりたいなぁ」


【 残り 76/100 人 です 】


 YOSHIは、めっちゃ怖くてちょっとそわそわとしてしまった。

 完全に未知なる人種であったがために。


「……ふぅー……」


 この流れは、敵味方の合意によって成ったものである。

 国の戦争でも、個人の戦闘でも、当然ポシビリティ・デュエルでも、時に敵味方が無言の合意によって予想外が一切ない流れが出来ることがある。

 将棋や囲碁の序盤の定石などがその一例だ。


 今、敵味方は、『とりあえずこのド変態をYOSHIが最初に倒す』という初手から始めるという無言の合意を成していた。


 だから、YOSHIが倒すのを誰も止めなかった。

 だから、変態を倒した直後の、僅かな隙を見せたYOSHIに残り四人が殺到した。

 よって、この流れで誰かが驚くことはない。


「いっけー! むしのおじさん!」


 上空の魔法少女が無邪気に声を上げ、虫のキメラがバッタの足にて強く跳んだ。

 YOSHIは風になって後方に飛んだが、純粋な速度では虫キメラが上であった。

 飛ぶよりも速く跳ぶ、そのための虫脚。


 突き出されたカマキリの鎌が、先端の鋭さでYOSHIの腹を貫かんとする。

 YOSHIは風の刃でするりと受け流し、極めて自然に、カマキリの鎌先を背後にあった大木に突き刺させた。

 『抜けない』を作るために。


「!?」


 虫キメラ男は一瞬慌てるが、すぐにもう片方の鎌を打ち付けて大木を粉砕し、鎌が抜けずに瞬殺されるという事態をギリギリ回避した。

 YOSHIは追撃で虫キメラ男の首を刎ねようとするが、虫キメラ男は何千回と練習した人間独特の洗練されたモーションで、素早く大木を鎌で殴り、粉砕した木の弾幕をYOSHIに叩きつけんとするが全てかわされ、バックステップで距離を作った。


「カーマキリキリキリ! 破壊力を高く設定した鎌は物理破壊力が高くなるためにその手の小細工は通じないキリねえ」


 内心で、近距離からの木破片散弾を全て避けたYOSHIの反応速度に、冷や汗を流しながら。


「カマキリはそんな鳴き声しねえだろ」


「もっとエヴリィカの配信見て?」


「内輪ネタを振ってくるな! 俺に!」


 虫キメラ男はYOSHIに集中しているが、YOSHIはデジタルアバターの稼働限界まで眼球を動かし、視点を広く持っている。


 YOSHIが虫キメラを瞬殺できないのは、魔法少女が頭上を取ろうとしていて、湿地帯の巨木の上に陣取ったスーツの男が虫を回り込ませていて、毒ガスゴブリンがYOSHIの背後を取ろうとしている、この状況が原因に他ならない。


「行きな、ハイパー・メタル・スズメバチ!」


 YOSHIは虫キメラを右腕の風の刃であしらいながら、左手からもう一本風の刃を生やして振るい、雀蜂軍団をめった切りにして粉微塵にした。

 能力で生み出せる鉄の雀蜂は、無尽蔵だ。

 いくら切り落としても意味がない。

 本体を仕留めに行かなければ終わらない。


 しかし、数の差ゆえに上手く行かない。

 これが多対一の難しさである。


「よっ、と」


 湿地の合間の土の上を、猛烈な勢いで鉄の蟻が進軍していく。

 群がってくる蟻を避け、飛び上がったYOSHIは魔法少女のキラキラビームを紙一重で回避し、背後に回り込んでくる雀蜂に対し、背中に添えた右手から伸ばした風の刃を伸ばした。


 その瞬間、スーツの男が慌てて右腕を振って、それに指揮されるようにして、雀蜂達が風の刃を回避する。


「……」


 今。YOSHIは、虫を操るスーツの男から見えない角度で、背中側から風の刃を伸ばした。

 スーツの男の方からでは見えなかったはずだ。

 だが、見えていた。


 ゆえに、YOSHIはスキルスロット推測の確信を強める。今のさりげない視覚的かまかけに引っかかった、ということは。


 スロット1、鉄の雀蜂。

 スロット2、鉄の蟻。

 スロット3、雀蜂と蟻とシンクロし視界を共有する。

 おそらくはこうだ。


 6つのステータスの内の1つ、同調力に強さの秘密があるタイプ。虫で偵察し、虫で攻撃する、頭の良さを強さに変えられるスキルセットだと言える。


 YOSHIは湿地帯というフィールドにおいては、飛べる魔法少女だけが極端にことに着目し、自分が大きく動くことで敵を分断することを考えた。

 速く飛んで、単独で追わせる。

 しかしYOSHIは僅かな光の屈折を見て取った。

 おそらく、進行方向に毒ガスがある。

 YOSHIは急制動をかけ、空中で静止した。


「っと」


 湿地帯は飛行者が有利。

 毒ガス使いはYOSHIが風になって機動力で翻弄できないよう、毒ガスで壁を作っているようだ。

 YOSHIがフィールドを広く使えないようになれば、それだけ飛べない他の者が相対的有利になるという理屈である。


 毒ガスを攻撃だけではなく壁の作成、及び飛行妨害に使って湿地帯の不利を相殺する発想に、YOSHIは少し感心してしまった。

 しかも。


「うおっ」


 毒ガスの壁を、魔法少女のキラキラビームと、鉄の雀蜂は突き抜けてくる。

 そこに毒ガスが効くはずもない。

 『まあいつも同じ推しの配信見てるからね』くらいのノリで生み出された即興の連携に舌を巻きつつ、制限された空間でYOSHIは攻撃を巧みに避ける。


 YOSHIは去年ゲストとして参加していたドイツプロリーグではナチス関連のイメージの悪さによって、毒ガスを使う人間が全く居なかったことをふと思い出すなどしていた。


「今はこういう飛行対策もあるのか」


 "そういえば、日本のVliver界隈での風遣い対策とかは全然研究していなかったな"と、YOSHIは今月の履修予定範囲を少し広げた。


 飛来する雀蜂と魔法少女の砲撃を、弧を描く飛翔で回避しつつ、右手に溜め込んだ風を毒ガスの壁へと撃ち放つ。

 されど、放たれた深緑の風は毒ガスの壁に直撃したものの、一方的に打ち砕かれ、雲散霧消する。


「ワァ……無駄無駄……」


 毒ガスを操るゴブリンが、にちゃっと笑んだ。

 YOSHIが拾った小石をプロ野球じみたサイドスローで投げつけるが、ゴブリンは煽るように光のシールドで防いで弾く。


 イマジナリスキルとイマジナリスキルがぶつかって、片方が一方的に打ち破った時、そこにはシンプルな理屈が存在する。

 6つのステータスの内の1つ、『絶対力』において、片方が明確に勝ったのだ。


 絶対力は、スキル同士の強弱を判定するもの。

 慣れた者なら、手応えから敵スキルの絶対力を推測できてしまうこともある。

 この毒ガスはおそらく、その強固さから見るに、スキルスロットを二枠を使って1つの強力な毒ガスとして完成させているスキルだ。


 すなわち。

 スロット1、毒ガス。

 スロット2、毒ガスの強化。

 スロット3、使いやすい光のシールド。

 これが毒ガス使いゴブリンのスキルスロットであることを、YOSHIはこの攻防で見抜いていた。


 おそらくは普段どこかのチームで仲間の援護を担当しているタイプのプレイヤー。

 不寝屋まうの配信に遊びに来たがYOSHIという大物の来訪を知り、一時的に協力できる仲間を探してサポート役を買って出た、といったところか。


 YOSHIは森の木々の合間に滑り込むが、木々を吹っ飛ばしながら魔法少女のキラキラビームが飛んでくる。


「あーもうジャマな森ぃー!」


 魔法少女が子供らしい苛立ちを口にするが、YOSHIは意にも介さない。

 吹っ飛ぶ木々、破片、泥土、石つぶてに紛れて、ひどく視認し辛い蟻が降り注いで来ているのを、YOSHIは見落とさない。

 小さな小さな蟻24体1つ1つを丁寧に、YOSHIは風の刃の刃先にて、速く華麗に突き殺した。


「これ決まんねえのかよYOSHI!」


 全身を風に変化させ、木々の密集地帯を上手く活かそうとしたYOSHIを見据え、駆け込んで来た虫キメラがセミの胴・セミの羽を震わせる。


「見ろ! おれが考えた最強の虫を!」


 そして、放たれた。

 音が。

 曲が。

 震が。

 それは、体を変身させた男だからこそ可能である、セミから導入した身体構造を応用した、大音響の音の衝撃を放つ技。


 推しの曲を、自分の体を楽器にして演奏して放つ、オーケストラアレンジの音響兵器だった。


 体を風に変化させようが、音は響く。

 頭がぐわんぐわんとなったYOSHIはたまらず、大木の背後に転がり込むようにして安全を確保しつつ、風化を解除する。

 服に跳ねた泥粒1つ付けず器用に着地したYOSHIに、虫キメラは得意げに語った。


「これが2059年1月Vliver週間オリジナル曲再生数第一位、まうちゃんの『真っ白な地平線』だ。既にカラオケ音源化してうちのサイトで配布しているのでDLどうぞ。虫のおじさんの宣伝でした」


「知らん」


 YOSHIは淡々と敵の技を理解し、今一度体を風に変えて飛び上がる。

 虫キメラがまたしても推しの曲を音響兵器として放つが、攻撃範囲が見切られており、今度はYOSHIにかすりもしない。


「二回同じ技が通用しないのどうなってんだ!」


「ワァ……!」


「……この数で囲んでて、初見殺しの技も次々当ててるのに、なんで傷一つ付けられない……?」


「うっはー、あたしより飛ぶのはやーい」


 一見して、リスナー達は渡り合えているようにも見える。

 しかし数の差が決定的な戦力差になるこのゲームにおいて、これだけの数的優位を作った上でまだ倒せていないということがそもそもおかしい。

 ましてや、YOSHIはまだ傷一つ負ってはいないのだ。

 ダメージも未だ皆無である。


 YOSHIは泥濘に転がる岩塊に降り立ち、こめかみを人差し指でとん、とん、と軽く叩く。

 そして、納得したように頷いた。


「なるほど、分かった」


 ここまで、YOSHIは敵プレイヤーを落とそうとしても、数の差に押され、一歩足りていなかった。

 だが、今。

 その一歩分を埋めるに足るものが成立した。


「お前達に、俺の可能性は試せない」


 可能性とは、なんだろうか。

 風成善幸が見極めたい己の可能性とは、その原動力となる可能性への興味とは、なんだろうか。

 自分の可能性。

 他人の可能性。

 勝利の可能性。

 敗北の可能性。

 成功の可能性。

 失敗の可能性。


 もしも、全ての事象の可能性を見極めることができるならば、全てを知ることができるだろう。

 そうでなくても、自分と他人の可能性の一部でも知ることができたなら、対戦という領域で非常に高度な先読みが可能となるだろう。


 作れるかもしれない、作れないかもしれない。

 できるかもしれない、できないかもしれない。

 あるかもしれない、ないかもしれない。

 かもしれない、かもしれない、かもしれない。


 『可能性への興味』とは、人類に最初から備わっている、人類を進化させる道標である。


 風成善幸は今、必要量の可能性の見極めを終えた。

 何が通用し、何が通用しないか。

 どの戦術が最善で、どうすれば勝てるのか。

 その見極めが、終了した。


「GO、ハイパー・メタル・スズメバチ!」


 スーツの男が、再び鉄の雀蜂を放つ。

 今度はゴブリンの毒ガスと、虫キメラの音波攻撃と複合して攻めていくつもりのようだ。

 だが、それをするには5手は遅かった。


 YOSHIの両手に現れる、深緑成す風の刃。

 それが振るわれ、鉄の雀蜂が切り刻まれて……一匹だけが、切られることなく掴み取られる。

 掴み取られた一匹の雀蜂が、YOSHIの手の中で握り締められ、風が生み出した超高圧空気によって瞬く間に撃ち出された。


 ズドン、と、鈍く重い音が一回。


 空の魔法少女の額に深く深く突き刺さる、鉄の雀蜂の姿があった。


【 残り 75/100 人 です 】


 スーツの男は、何が起こったか分からず呆けて。


「は?」


 驚愕に引きずられなかった虫キメラの男は止まることなく、全力で飛びかかった。


「おれの考えた最強の虫を見ろ!」


 YOSHIは今の自分の思考力において考え得る、"ここからありえる可能性"の全てを考慮し、最適な選択肢を取る。

 足を風に変えて気圧を溜め、振り下ろされた鎌を手の風の刃で受け止め、虫キメラの顔面を蹴り飛ばす形で、足裏から放った気圧で虫キメラを吹っ飛ばした。


「ぐえっ!?」


 だが、しかし。


【名称:疾風】【形質:全身風化】

破壊力:0

絶対力:12

維持力:8

同調力:0

変化力:10

知覚力:0


 YOSHIの全身風化は、破壊力に点数を振っていない。よって、これでダメージを与えることはできないのだ。

 あくまで吹き飛ばすのみ。


 YOSHIのスキルセットの中で、攻撃力があるのは1つだけ。


【名称:牙閃】【形質:風の刃】

破壊力:5

絶対力:20

維持力:0

同調力:0

変化力:5

知覚力:0


 風の刃で、斬らねばならない。


「あっ、ここ、沼、くそっ」


 そして、その布石は終わっている。

 YOSHIは虫キメラを底の深い沼に向かって蹴り飛ばした。

 風を使った異能飛行ではなく、物理的な虫の足や羽を使って移動する虫キメラは、沼に半ば沈んでしまえばもうすぐには抜け出せなくなる。


 鉄の雀蜂が刺さらない虫の甲殻を持っていても、こうして動きを止めてしまえば仕留めることは難しくない。

 YOSHIはまた飛翔し、風の刃の鋭い先端を、音もなく静かに俊敏に、虫キメラの喉に差し込んだ。


【 残り 74/100 人 です 】


 空中で振り向いたYOSHIが、無数の雀蜂と蟻を従えるスーツの男を見つめる。


 深く、深く、誰も知らないところまで見透かしてきそうなその視線に、スーツの男は震えた。


「うっ……うおおおおおおおっ!」


 鋼の虫の群れが、全速でYOSHIに殺到する。


 YOSHIは虫の海を泳ぐ魚の如く、するりするりと合間を抜けて、途中で掴んだ鉄の雀蜂を握り、風で勢いを付けて眼前の敵の額へ投げつけた。


 その姿、動きは、まるで甲子園の球児のようで、彼が何に囚われているかを示しているかのようだった。


【 残り 73/100 人 です 】


 毒ガス使いのゴブリンは、この時点で半ば諦めていた。

 あまりにも高いプレイヤースキル。

 それを活かす戦術構築。

 何より、必殺技と言うに相応しい超絶技巧の引き出しに際限がなく、敵を見極めてから的確な技巧を使う流れが脅威に過ぎる。


 サポートスキルセットのゴブリン1人で勝てるような男ではない。

 ゆったりと歩み寄ってきたYOSHIに、ゴブリンは最後の願いを口にした。


「ワァ……た、頼む! 俺を倒しても良い! けどその後に22時からのまうちゃんといのりちゃんのカバー曲聞いてくれませんか?」


「え。ああ、うん」


「ありがとう……」


【 残り 72/100 人 です 】


 幸せそうな顔で、ゴブリンの男は消えていった。


 どうにも調子が狂うようで、YOSHIは曖昧な表情でこめかみを指先で掻く。


「熱い戦場だ。色々と……」


 不思議な戦場だった。


 格闘技が好きな男が居て。

 虫が好きな男が居て。

 魔法少女が好きな少女が居て。

 それら皆が、1人の配信者のことが好きな世界。


 この戦場は、ずっと『好き』だけで回っていて、風成善幸だけが、『好き』を何一つ持たないままに戦っていた。






 事ここに至って、YOSHIの参戦は参加者の9割以上に認識されていた。

 6つのステータスの1つ、『知覚力』に点数を振ったスキルは偵察・調査・危機感知などに長けており、YOSHIと交戦していなくてもその存在を知ることが可能なのである。


 交戦したが生き残った者、スキルで知った者、教えてもらった者、一時的同盟に誘われた者……多くの者達が世界王者の参戦を知る、そんな中。


 不寝屋まうは1人、森の木を殴っていた。


「頭を使うんやない、風成善幸っ……! 正面から正々堂々やっとっても99人相手に勝ち目が無いわけやないような奴が、頭使つこうて立ち回るんやない……! ここが適当なお遊びの場であることを知れやっ……!」


 YOSHIの本名は、有名ゲーマーの本名と同様に興味がある人にしか知られておらず、YOSHIという名前の知名度と比較して、風成善幸という本名の知名度はさして高くない。

 けれども、不寝屋まうは知っていた。


 彼の本当の名前だけでなく、彼が現実の世界でどんな姿をしていて、どんな生き方をしていて、インタビューの前ではない日常でどんな性格をしているかさえも、知っていた。


 けれども、善幸は不寝屋まうが自分のことを多く知っているということに気付いていない。

 不寝屋まうも、どうせ彼は自分のことなんて覚えてないんだろうと半ば確信している。


「うちの今日のスキルセットはリスナー相手のお遊び仕様でガチやない。あいつ相手に使うんはどうしたって不足も不足。けども、あいつはうちくらいの実力レベルのやつがここに居ることを知らん……奇襲が成功するなら、どーやろ? あいつ自身の言葉や。『正しい技術で先手を取られて奇襲されれば、どんな最強でも九割は負ける。最強は無敵では無いから』……って」


 不寝屋まうの今日のスキルセットは、配信用ベーシックスタイル。


 スロット1、千里眼。

 リスナーの状況や全体の戦況を確認し、配信的に面白い展開を作れそうなチャンスを見逃さず、配信的に面白そうな場所に移動していくためのスキル。


 スロット2、ハイパーボム。

 高い破壊力を設定された手投げ爆弾であり、配信を盛り上げる視覚的な派手さと、いざという時はうっかり自爆で笑いを取るためのスキル。


 スロット3、念動力。

 これだけはの1つであり、習熟度が違う。もし本気で戦うのであれば、これを多用することになるだろう。


 手持ちは不足。

 されど、奇襲にさえ成功すれば。

 数の差で余裕が無くなっているタイミングを狙えば、あるいは、チャンスがあるかもしれない。


「勝てるかどうかは、怪しいやろけども」


 そうすれば。

 ずっとずっと楽しみにしていた、今日からの共に過ごす日々の中で、風成善幸にちょっと一目置いてもらえたりするかもしれない。

 不寝屋まうはそう考えて、自然とあてのない期待を膨らませていく。


「……一回くらいは、勝ってみたいなぁ……」


 風成善幸がまず名前を覚えてくれるのは、風成善幸に才能や実力を見せることができた人間だけだと、不寝屋まうは考えている。


 それは彼の傲慢でも無いし、思い上がりでもない。

 そもそも風成善幸は元々他人に興味がなく、自分の可能性を試すことにしか興味がない人種。

 そんな人種にとって、自分の可能性を試せる強者以外、必要な他人は存在しない。

 だから、善幸は天才や強者から記憶していく。

 それだけのこと。

 赤ん坊が最初に、自分にとって必要な母親から存在を記憶していくのと仕組みは同じなのかもしれない。


 善幸はむしろ、自分の価値を正しく測りたい他人にとっては、己の才能や努力の成果を確認できる鏡に近いところがあった。


 善幸に実力を見せられなかったから大して覚えてもらえなかった女と、実力を見せてすぐに覚えてもらった女を、不寝屋まうは知っている。


「ええよなぁ、ひばちゃんは。もうあんちくしょうに名前覚えててもらえとって。ひばちゃんはちゃんと強かったもんなぁ……」


 はぁーーーと、深く深く、まうはため息を吐く。

 ふつふつと、昔のことが思い出されてきた。

 姉に手を引かれて、初めて大会の会場に行った日のこと。

 夢中になってスキルを作った日のこと。

 ライバルに負けて泣いた日のこと。

 そして。

 YOSHIという手の届かない星を、初めて見た日のこと。


 記憶を糧に、熱意を湧かせる。

 それが不寝屋まうという少女が持つ強さの1つ。

 ぐるぐると無駄に腕を回し、千里眼のスキルを発動して、不寝屋まうは戦況を確認し始めた。


「うし、やったるかぁ!」


 過去は追いかけてくる。


 良くも、悪くも。


 本気で生きれば名が知られ、どこかで誰かに尊敬され、どこかで誰かに恨まれる。


 野球選手も、配信者も、競技者も、皆そうだ。


【 残り 59/100 人 です 】


 けれど、そんなことはどうでもいい。

 善幸だって気付いたことだ。

 ここは『好き』で回る世界。


 まうが善幸のことをどう思っているかは別として、まうは善幸がこと、善幸にとって自分が『どうでもいいやつ』であること、それがどうにも、気に食わないのだ。数年間、ずっと、ずっと、ずっと。理由は、自分でも全然分からない。

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