西暦2059年4月12日(土) 20:41

 フィールドが湿地帯で、脱落者が復活しない。

 このルールはYOSHIにとって非常に都合が良かった。

 機動力が地形に殺されることを嫌い、飛行を戦術に組み込んだYOSHIは沼地の類が不利にならず、100人が順次減っていき敗者がゲーム終了まで復活しないゲームルールは初見殺しが非常に強い。


 すばしっこく意表を突き、ハイテンポに死角を取り、加えて初見殺しの技巧の引き出しが多いYOSHIが目に慣れない技を次々放って相手を仕留めて行けば、戦いの主導権は常にYOSHIが握ることになるだろう。


 そう見ると、YOSHIにとってこのフィールドが選ばれたことは"全てが有利な豪運の鬼引き"と言えるのかもしれない。

 だが、本当にそうだろうか?

 不寝屋まうは、そうは思わない。


 まうは作戦を組み、ゲーム内との接続を切っていた配信画面の接続を復活させる。


「おー皆ごめんなぁ、画面に映ってたプレイヤーがちょっと今時珍しゅう顔の著作権違反野郎やったんで一時的に配信切っとってな」


 嘘である。

 風成善幸を見て、溜まり込んだ感情を吐き出すための時間が欲しかっただけだ。

 配信が再開されると、配信中断中も継続されていたコメントの流れが一変する。


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○おかえり

○そろそろ戻って来るでしょ

○おかえり

○おか

○おかか

○しゃけ

○こんぶ

○おかえり

○あ、きたきた



 生配信はコメントと共にあるものである。

 2018年頃から技術的に進歩したコメントチャット機能は不正防止、荒らし対策、旧時代の動画サイトでは不可能だった各機能の実装など、様々な面でめざましい進歩を遂げていた。


 コメントはリスナー層の反映。

 すなわち、配信者を映す鏡である。


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○また生存人数減ってて草

○YOSHIすげー

○YOSHIのファンになります

○まうちゃんのファン辞めます

○時代はYOSHIだよ

○がんばって~

○不寝屋、その無い胸で色仕掛けしてこい

○まうちゃん応援してるよー!

○YOSHIを倒せ、お前なら行ける

○貰おうぜ世界チャンプの称号

○失望しました、まうちゃんのファン辞めます

○YOSHIをいじめないで(><)

○とりあえずファン辞めます



 リスナーは、自分と気が合う配信者の配信に集まっていく傾向がある。


「おーいおいおいおい戻ってきいや! こっからまうまうちゃんの大勝利パートが始まる所やぞ!」


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○もうダメそう

○土壇場で失敗しそう

○また自爆しそう

○かませになりそう

○一周回って勝ちそう

○ワイは信じてるで

○このセリフが出てからの勝率は50%

○残機無限ならいつかは勝つんだけどな

○大勝利パートの行方不明届出してきた



 真面目なリスナーは不真面目な配信者に合わず、潔癖なリスナーは下ネタで笑いを取る配信者に合わず、刺激的な物語性を求めるリスナーは落ち着いた雰囲気の雑談を続ける配信者に合わない。どんな所でも、リスナーと配信者はある程度似た属性を1つか2つは持つようになる。


「あんたらぁー! 絶対許さんからな! 給食にカレーが出る日みったいにワクワクしてちょいと待ちや、勝算はあるんや勝算は!」


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○でも胸は無いんですよね

○ぶっちゃけキツいよ相手が悪い

○気楽に行きなー

○負けてもいいんだよ全然!

○勝算と引き換えに失った胸

○楽しんでこーぜ

○まうっさん……w

○ワンチャン運が良ければ勝てる?

○勝算も胸も無いぜよまうさん



「は? うちはKカップあるが? あんたらはネットの腐った海に沈みすぎて心が穢れて、もはや何も見えなくなってしまったんやで。かわいそう……もう妖精も、うちの胸も見えへん……綺麗なものは綺麗な心にしか見えへんのよ……その穢れた心を抱えて一生生きてくんやで……うちは聖母やから見捨てへんけどな。感謝せーよ」


 配信に満ちるリスナーのコメントは、多くの場合配信者自身のノリの鏡であり、配信者が作り上げてきた固定の空気感そのものであり、配信者がリスナーに許している発言の自由度の反映である。


「うちなぁ、最近裏でコソ練しとってん。このコソコソカサカサの練習の成果、今日こそ見せたろーって思っとってな」


 まうが二ッと笑う。

 嘘である。

 これから配信に映る『初心者なのにゲームに慣れている不寝屋まう』の姿に、リスナーが違和感を抱かないようにする伏線だ。


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○まうちゃんはいつも頑張ってるなぁ

○頑張れ! ワンチャンはある!

○全身風化には時間制限あるよ、行ける

○気軽に行けよ、負けても何も失わない

○楽しんでこーぜ!

○がんばって

○諦めない心よ

○ファイトー! ファイトー!

○参加者全員の生殺与奪の権を握れー!



 普段、ふざけていても。

 このチャンネルのリスナーは、応援すべき流れにおいては、全員が心を1つにして応援する。

 不寝屋まうが、プロゲーマー相手に勝てない戦いを挑んでいる時も。

 何十時間も配信している時も。

 何時間も同じボスに負け続けている時も。

 何百回と同じ穴に落ちて死んでいる時も。

 腹筋しながらクリア耐久の無謀に挑んでいる時も、超高難易度アクションゲームに悲鳴を上げながら挑んでいる時も、激苦料理完食チャレンジで転げ回っている時も。


 リスナーのコメントには、『必ず成功する人を信じる』ではなく、『好きだから信じたい』が満ちている。


 リスナーに対してさらりと嘘をついた少女の内心が、ちくりと痛んだ。


「おー! 待っとってーな! 今日も見せたるわ、窮鼠猫を噛む!」


 かくして、ネズミは走り出す。


 その背中に、優しい期待を背負って走る。






 爆音が、連続して聞こえた。


 この試合に参加している全員に聞こえるほどに大きな爆音だった。


「ん? ……誰か動いたか」


【 残り 31/100 人 です 】


 また1人首を刎ねながら、YOSHIは独り言ちた。

 音が聞こえた方向はフィールドマップ中央、つまりYOSHIが最序盤でフィールド全体を確認して情報優位を作るためによじ登っていた、あの巨大人型隕石の辺りだ。


 爆音の方にスロット3の風感知スキルを向けつつ、YOSHIは今首を飛ばした男の相棒に目を向けた。


「当たれえええええええッ!!」


 黒フードの魔法使い風の装いをした男の、赤い黄金の杖から、光り輝く魔法の矢がいくつも放たれる。

 矢はまばゆい光を放ちながら、ジグザグに空中を飛翔し、猛烈な勢いで四方八方からYOSHIへと殺到していく。


 6つのステータスの内の1つ、『変化力』に点を割いて意のままの軌道で飛ばせるようにした中距離攻撃だ。

 軌道変化だけでなく速度変化も付与したことで、魔法攻撃としては異例なほどの弾速を実現させている。


 その全てを"パッ"と切り落とされ、魔法使い風の男はぎょっとした。


「うっ……おおおっ……!?」


 氷上を滑るスケート選手のようになめらかに、すべるように、YOSHIが直進と斬撃を同時に繰り出し、魔法使い風の男の首が落ちた。


【 残り 30/100 人 です 】


「撃った後に『当たれ』って言うのは何かのアニメネタか? 配信の内輪ネタか? 分かんねえ……俺に分かるのは変化球だけだ……」


 急に手元で曲がるカーブやスライダーと同じ感覚で誘導弾を切り落としたYOSHIは、しみじみそう呟いた。


「さて」


 YOSHIは状況の確認に動く。

 感知系スキル・魔眼系スキルを誤魔化す隠密系スキルを持って来ていないのが不安だったが、3~4分の潜伏による情報収集を選択した。

 おそらくは、フィールド中央の巨大人型隕石の周りで何かが起こる。


「聞いたか、まうちゃんが中央に居るって!」

「マジ? 今は守りに行った方が良いかもしれないわね」

「まうまうー! うおー!」

「急いで中央の隕石の上に陣取ろう。あそこは全方位を見渡せる高台だ、YOSHI相手に有利を取れる」

「できるだけ合流してから中央に行きましょう、移動中が一番危険です」

「配信に映りてぇ、そう思う気持ちもあります」

「まうちゃんの後ろで踊ってろ」

「二酸化炭素感知スキルでYOSHIの位置を特定したから、これを中央に集まってる人に教えに行ければどうにかなるのか?」

「まうちゃんの位置は分かったけどYOSHIの位置が分かってないのがよくないなぁ……ちょっと怖いや」


 YOSHIは手早く状況を理解した。

 おそらく、中央の隕石辺りに今回の仕事相手、Vliver不寝屋まうが居る。

 爆発は、その近辺で起きている。


 不寝屋まうがそこに居るという情報が、意図的にプレイヤー間に流されている。

 おそらくは本人が流している。


 YOSHIは預かり知らぬことだが、視聴者参加型配信で配信者の配信画面に映ろうとする人間は結構多い。

 目立ちたがり、有名人の配信に残りたいキッズ、配信者の後ろで踊りたいだけの集団、意識的に配信に映らないように立ち回る人達、推しの目の前で自爆して死にたい人など動機は様々だ。

 ただ、活動期間がある程度長い配信者のリスナーは配信者の意図を汲んだふざけ具合に留めることが多い。


 今、参加プレイヤーの全員が中央に集まっている。

 ミーハー気味でまうのことをライトに好きな層は、主にまうの配信に映るために。

 ガチガチに好きなヘビーユーザーの層は、主にまうの援護をしてYOSHIという大怪獣に立ち向かうために。

 戦術眼があるリスナーは、少しでも戦術的有利を作るために。

 それ以外の人は、流れに流されて。


 YOSHIは状況を把握し、動き始めた。


「うわっおまッ」


 ついでに、1人か2人で行動していた感知系スキルの持ち主及びYOSHIが脅威に見ていた銃火器持ちのプレイヤーを、中央に向かう移動中を狙って背後から殺せるタイミングで殺していった。

 合計で、6人ほど。


【 残り 24/100 人 です 】


 王道の戦術テクニックとして、『敵にA地点を目指させた後にB地点に目標を変更させる』というものがある。


 そうさせる方法は様々だが、人間は個人でも集団でも、ある場所を目指して予定通りに進んでいる途中に予定外の目標変更が行われると、隙が出来たり行動が雑になることが多々あるのだ。

 レース中に急にコースが変更されると足元がおろそかになって石を踏んで転倒したり、囲碁や将棋で相手が予想外の手を打ってきた時に『よくわからんがここでいいか』と反射的に雑な手を打ってしまうのが、それにあたる。


 今、この状況は、それに限りなく近かった。

 YOSHIはそれに便乗した。

 急に与えられた『とりあえず中央に行こう』という暫定目的地によって、立ち回りが雑になったプレイヤーを、YOSHIは見逃さずに狩ったのである。


「ゲームメイカーが居るな」


 ぼそっ、とYOSHIは言った。


 無秩序だった戦場の流れに、急激に秩序だった流れが見えて来ている。

 戦場を操っているゲームメイカーが居る。

 YOSHIの経験上、巧みなゲームメイカーが想定通りにゲームを進めた場合、YOSHIの1人の力でそれを覆すことはかなり困難になる。


 第一容疑者は不寝屋まう。

 だが、そうでない可能性も十分にある。

 "誘われている"と感じながらも、YOSHIはゲームエンドに持って行くためにマップ中央に向かわざるを得ない。


 この流れに、YOSHIはどことなく既視感があった。


「どっかで覚えがある采配ではあるんだが」


 この『無理無く集団心理を利用して流れを作る』采配に、YOSHIはどこかで覚えがあった。

 昔、いわゆる"ガチ勢の競争"に嫌気が差して大会にも顔を見せなくなった知人が何人かいて、その内の1人がこういう誘導の癖を持っていたことを思い出す。


 だが、自分の目で見たもので推論を組み立てるタイプのYOSHIはそれ以上脳内のみの推論を進めず、思考を目の前の戦場に戻した。












 それは、ちょっと昔の話。


 7年前、西暦2052年。

 ある大会があった日に、後に不寝屋まうになる少女はだらだらと、だらだらと、大会用に用意されたネット上のデジタルロビーをうろついていた。

 大会時にデジタルロビーで無料提供されている炭酸オレンジジュースは、コピーでいくらでも増やせるので原価0、飲めば美味しいが腹は膨れない、オンラインだけの飲み物だ。

 げっぷの出ない、不思議な炭酸。


 この日の大会は2つの地区で順番に予選を行う形式だったので、先に行われた方で既に負けた少女は、母と姉と一緒に"気になる人"が出ている第2予選も見に来ていたのである。


 結果としては、今日も優勝は第2予選から勝ち上がったYOSHI。

 天才少年は今日も強かった。

 同年代の少年少女は今日も皆、YOSHIに憧れや嫉妬を抱いて大会から帰路につくのである。


「ぬあー、やっぱ勝ち残りたかったー、決勝行きたかったー。大舞台でヨシのヤツ倒したいんやけどなーうちもなー」


 けれど、今日は成果があった。

 決勝でYOSHI相手に通用していたスキルセットを見ることができたのだ。

 スロット3に『念動力』を入れて高い汎用性で意表を突くスタイルは、戦いを読み合いの領域に引きずり込み、判断力の勝負にする強さがあった。

 惜しくも念動力使いはYOSHIに破れたが、そのスキルの魅力は少女の目に焼き付いていた。


 そこそこぶらついて『自分ならどう使うか』の考えをまとめてから、少女はロビーの外に出た。

 大会関係者が駄弁っているデジタルロビーから出れば、そこには広大に広がる電脳世界の草原がある。


 大会で負けた悔しさをぶつけるように反省の練習をしている少年。

 大会を見てポシビリティ・デュエルがやりたくなってしまって、初めてのスキルセットを作って試している少女。

 今日の大会の反省点を教えられている子供と、子供に優しく指導している大人。

 その他諸々、様々な人間に溢れる草原で、少女は念動力のスキルを自分なりに試してみた。


「あり?」


 しかし、全然上手く行かなかった。


 『大会で活躍する汎用性の高いスキルは大体使いこなすのが難しい。汎用性が高く、誰にでも使えて、誰も対策していないスキルというものが存在しないから』───そんな常識が存在していることを、この頃の少女は知らなかった。


 思ったように使えないスキルに首を傾げていると、少女の後ろから声がかかる。


「そこの子、イメージが曖昧なまま念動力を使っても上手く行かないぞ。念動力は目に見えない力場を正確なイメージで緻密に操るスキルだから、イメージが曖昧だとどう使っても上手く行かない」


「え」


 振り返ると、今日の大会の優勝者が、今日ずっと見ていた少年が、少女の目と鼻の先に居た。


「スキルの完成度は構築の思考、吹き込んだイメージ、完成後の練習量に左右される。大会を見て自分にも簡単に使えると思うなら大間違いだぞ」


「よ、ヨシ!」


「よしじゃないが。使いこなせてないだろ」


「いやちゃうねん」


 その日、電脳草原でどういう流れの会話をしたのか、内心ずっと大慌てだった少女は覚えていない。


 いつの間にやらYOSHIが助言する流れが出来ていて、YOSHIに助言されながら念動力の練習をして、それが無性に楽しくて、ずっと浮ついたような気持ちになっていたことは、ちゃんと覚えている。


「念動力の強みは、遠隔発生でほぼ迎撃されないことと、力の作用を直接発生させられることだ。『考えて思考で使う』と『反射的に思考無く使う』の両方が身につくと隙が無くなるぞ」


「せやかてヨシ、まず狙ったところを狙ったように動かすのがむっずかしーんやでこれ。念動力自体目に見えんから目隠しして枕元のスマホ探しとる気分や」


「練習しろ」


「はい……」


 その日のことは、とても大切な思い出になった。

 ずっと忘れる事のない記憶になった。


 帰り道、少女は少しスキップ気味に歩いて、一緒に来ていた母と姉を呆れさせる。

 そんなことは気にならない。

 雨が降りそうな空模様だった。

 そんなことは気にならない。

 車椅子に乗った誰かが、YOSHIと話しているのが見えた気がした。

 そんなことは気にならない。


 少女は、にこにこで、うきうきで、明日からの日々にもワクワクしていた。

 彼が教えてくれた。

 彼が面倒を見てくれた。

 誰にも興味が無さそうだった彼が。

 なら、もしかしたら自分は、特別な人間なのかもしれない。あるいは、特別な彼が特別に思う人間になれるのかもしれない。

 そう思って、少女は浮足立っていく。

 『自分は特別なんだ』という気持ちが、細かいことは気にならない気持ちにさせていた。


 少し、時は経って。


 東京大会の観客席で、少女はYOSHIを見つけた。


 見つけた瞬間、顔がにやける。

 ふにゃっと可愛く表情がゆるむ。

 まるで、撫でられている時の猫のように。


 浮足立って、近寄って。

 自分が変な服を着てないか、何度も何度も見直して。

 どう話しかけようか、なんて考えたりして。

 再会を喜ぶ数秒先を夢見て、口を開いて。


「よぅヨシ!」


「……」


「……その反応、さてはうちの名前覚えとらんか、すっかり忘れたな……?」


「……」




 少女は、風成善幸を嫌いになった。




 少女はその頃知らなかったが、YOSHIは他人の成長を期待する男だった。

 誰にでも助言し、求められれば特訓に付き合い、願われれば秘技を教え、懇願されれば既に使った戦術の内実を教える男だった。

 他人が強くなれば、それだけ自分の可能性を試せる極限の勝負が行える確率が高まっていくからである。


 誰もが彼のその在り方を讃えた。

 チャンピオンの鑑だと。

 スポーツマンの理想だと。

 競技者かくあるべしと。

 なんて素晴らしい人格者だと。

 彼は自分のことしか考えていないのに。


 少女が『自分だけの特別な出来事』だと思っていたことは、彼にとっては本当にいつものことだったのだ。


 YOSHIは他人の成長を良しとする男。

 他人が強くなって、自分が追い詰められて、果てに負ける可能性もまるで気にしていない。

 他人が強くなることで自分の可能性が試されることこそを待望している。


 風成善幸が自分の可能性を試すため、少女は成長を期待され、念動力の使い方のコツを教えてもらったのである。


 ゆえに、善幸は教え子を取った覚えがない。

 2059年まで、善幸は自分に指導の経験があるとは思っていない。

 彼は僅かな時間を使って、アドバイスや技術を与えたに過ぎないと思っているからだ。誰かを助けた覚えもないし、誰かに恩を感じられる理由も全く分からない。自分の都合で他人を強くしようとしただけで、礼を言われる理屈が分からないのだ。


「ふぁっきゅー、ヨシ。うちは忘れんぞぉ」


 憧れた人の記憶の中に、自分の席があると錯覚して。

 皆が特別扱いしている彼が、自分を特別扱いしてくれるのだと勘違いして。

 彼が教えてくれたこと、与えてくれたものが、自分だけしか持っていない宝物だと、何の理由もなく思い込んでいて。

 全部夢だったと、気付いてしまって。


 そうして、彼女は彼を嫌いになった。











【 残り 5/100 人 です 】


 湿地帯Qを舞台にした戦いは、終わりを迎えつつあった。


 最後に残った面々がYOSHIを迎撃するも、YOSHIは"相性の悪いスキルセット持ちを最後に数人残してしまった"といった愚を侵さない。

 配信を通して終盤のYOSHIの立ち回りを見ていた将棋趣味のリスナーは、『まるで将棋の王手をかける流れのようだ』と呟いた。


 残るは、4人。


「ケヒャヒャヒャーー!!!」


 残る4人の中で最も高い実力を持つ男、"ケヒャリスト田辺"が吠えた。

 紫の鉄で出来たハンマーを振り上げ、構える。


「ケヒャッケヒャッケヒャッケヒャッー!!」


 金髪の女騎士、"ぬこDEATH"が特に理由もなくケヒャリスト田辺にノッた。

 蒼い銀の槍と盾を構え、前に出る。


「ケェーヒャヒャヒャ!!!!」


 黒髪眼鏡の"東大の王"もなんとなくノッた。

 八本足と八本の大砲を生やした自動戦闘型コンビニエンスストアを召喚し、その中に乗り込む。


「「「 ケヒャァー!! 」」」


「……け、けひゃ?」


 『これ挨拶か何かか?』と思って何も分からないままとりあえずオウム返しをしたYOSHIの言葉が、最後の交戦の火蓋を切った。


 突っ込んでくる武装コンビニエンスストア。

 そこに突っ込む、風のYOSHI。

 泳ぐように、八の砲台から放たれる砲弾を避け、YOSHIはコンビニエンスストアに突っ込んだ。


 中の"東大の王"が瞬く間に両断され、武装コンビニエンスストアが爆散する。


「ケッヒャー!」


【 残り 4/100 人 です 】


 配信のコメントが、YOSHIには見えないコメントチャットに流れていく。


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○いけるか?

○いけそう

○マジで上手く行ってる

○位置的にバッチリじゃね?

○奇跡起きそう

○頼む気付くなよー



 風の速さで迫り来るYOSHIに、女騎士は槍と盾を構える。

 ここまでの戦いで、風の神速は嫌になるほど女騎士の目に焼き付いている。

 一回、二回であれば、いかなYOSHIの神速の斬撃であろうと防ぐ自信があるようだった。


 接近するYOSHIが、風の刃を振り上げる。

 ここだ、と、女騎士が盾を持ち上げる。

 そして。


 想定されたタイミングで、風の刃は来なかった。


 振り下ろされた風の刃が、今創出された強烈な向かい風で急制動をかけられる。

 かかった急制動を上手く利用し、YOSHIは体を捻って、風を圧縮した蹴りで盾を跳ね上げ防御をカチ上げる。

 刃を受け止めるつもりだった女騎士が驚いているその一瞬に、空中で体を半回転。

 風の刃で、胸を深々と貫いた。


 減速の技巧。

 まるで、連続の剛速球にバッターの目を慣らしてから遅い変化球でタイミングを外して仕留める野球の投手ピッチャーのようなフェイント・モーション。


「ケヒャ……君それは流石にズルじゃない?」


【 残り 3/100 人 です 】


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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○まうちゃんの予想ドンピシャだ

○いけるいけるいける!

○祝勝会始まったな

○頑張れケヒャリスト

○胸は無いけど勝機はあった

○いけーっ!



 紫鉄のハンマーを綿毛のように振り回し、ケヒャリスト田辺はYOSHIに殴りかかった。

 嵐のような豪快かつ俊敏な構成に、YOSHIは速さと技術で回避を成していく。


「ケッ! ヒャーッ!」


 推定スキルスロットはこう。

 スロット1、大きなハンマー。

 スロット2、身体強化。

 スロット3、身体強化。

 なんとも見てて気持ちの良い構成だ。


 攻撃速度は、おそらくYOSHIの風の刃の八割程度。

 YOSHIは意識的にの攻撃速度に調整し、風の刃と紫鉄のハンマーで互角の近接戦闘を吟じる。

 Cランクチームの前衛担当の平均より上のレベルはあるだろう。ハンマーから伝わってくる中々の実力に、YOSHIは一般リスナーの実力というものへの認識をまた少し改める。


「ケヒャケヒャケヒャーーーー!!!!」


「なるほど、分かった」


 そして、改めた直後に、左手を風に変えて右手の刃に纏わせ、風を爆発させて刃を急加速。

 想定していなかった刃の速度に反応が間に合わなかったケヒャリスト田辺の首を、刎ね飛ばした。


 加速の技巧。

 まるで、遅い変化球にバッターの目を慣らしてから剛速球で仕留める野球の投手ピッチャーのように、遅さに目を慣らして、最速の速度差で殺した。


 そのやり方はあえて全力投球せずに緩急を使うことで、無駄な球数を使わず、最小限の労力で勝つ、優秀な野球の投手を思わせる。


 おそらくは、最初から全速力で風の刃を振るうよりもずっと速く、無駄のないタイムで敵を仕留めたと言えるだろう。


 不寝屋まうの、想定通りに。


【 残り 2/100 人 です 】


 複雑な気持ちを抱えて、少女はずっと、ずっとずっと、何年もの間彼の物語の背景の1人としてその男を見てきた。

 だからかもしれない。

 予測が正確だったのは。

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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○頼む、成功してくれ

○いけ、いけ、いけ

○神様ァー!

○いけるか?

○頼む頼む頼む

○はらはらする

○同接38万草

○皆、まうちゃんのためによく頑張った

○リスナー勢マジすげえ

○いってくれー!



「……!」


 ケヒャリスト達の最後の誘導によって、YOSHIが予測通りの地点に着陸した、その瞬間。


 爆音と共に、巨大人型隕石が、崩落した。


 着陸直後の、YOSHIの頭上で。











 不寝屋まうがVliverになってから、3ヶ月目のことだった。

 大手事務所の力と援護はまうの予想以上に強く、全てがトントン拍子に上手く行っていた。

 まるで、この世界の主人公が自分であるかのように、錯覚してしまうほどに。全てが上手く行っていた。


「もーなんも怖いもんないわ!」


 こっからが本番だから気合いを入れないと、と。まうが更に気合を入れた、その日のことだった。


 SNSのメッセージ機能で、まうに一通のメッセージが届いた。


『この前の質問、お答えできないのであれば、そうであると言っていただければそれだけでいいのですが』


 それは、客観的に見れば大層なマナー違反であった。

 事務所の窓口も使わず、SNSでVliverに質問を投げ、返答してもらえて当然だと思っていて、返答が返ってこなかったら直接メッセージを送りつける。

 学生かな? と、見る者に思わせるほどの青さに溢れたメッセージ。こういうのが苦手なVliverも、おそらくはそれなりに居るだろう。


 けれども、不寝屋まうの心の傷になったのは、このメッセージではなく、自分が返したメッセージの方だった。


「すまん、誰やったっけ? 見落としてたらごめんなぁ、今からでも何かの確認ならするんやけど」


 まうは、今でもこの時のことを夢に見る。


 まうの返答に、そのリスナーが更に返答を返して、そして。


『ごめんなさい。忘れて下さい』


 その返答を見た、その瞬間。

 さっ、と、現実のまうの顔が青ざめた。


 急いでメッセージの送り主を確認し、名前を照合し、まうはこのメッセージの送り主が自分の配信初期に2回ほど中程度の投げ銭スパチャを投げてくれたリスナーであったことを思い出す。

 "この前の質問"というのが、まうのグッズ購入ページの致命的な不具合の報告であったことも、ここで理解する。


 このリスナーは、「まうちゃんは僕の名前くらいは覚えてくれているだろう」という認識でメッセージを送ったのだろう。

 メッセージを送るまで、まうに名前を覚えられていないだなんて想像もしていなかったに違いない。


 そして、まうは気付いた。

 気付いてしまった。

 気付かない方が、何の悩みもなく幸せに生きられただろうに。




「うちが、うちの方が───




 過去は追いかけてくる。

 良くも、悪くも。

 本気で生きれば名が知られ、どこかで誰かに尊敬され、どこかで誰かに恨まれる。

 野球選手も、配信者も、競技者も、皆そうだ。


「うちは、こんな……なんで……?」


 分かっていたはずだった。

 なのに、やってしまった。

 YOSHIに名前を覚えてもらえなくて酷く悲しい思いをした不寝屋まう自身が、リスナーの名前を覚えなかったことで、そのリスナーに悲しい思いをさせてしまったのである。


 憧れた人に、大好きな人に、名前さえ覚えてもらえないことが、どんなに苦痛か。分かっていたはずだったのに。


「……あああっ!!」


 後悔してももう遅い。

 最後のメッセージの"ごめんなさい"に込められた気持ちがどんなものなのか、同じ経験をしたまうには想像ならできるものの、正確に知ることなどできようもない。

 悲しみか。

 失望か。

 諦観か。

 自己嫌悪か。

 まうはそのリスナーではないから、分からない。


 少なくとも、名前も記憶されていなかったそのリスナーは、まうよりずっと立派であった。

 まうはYOSHIを嫌うことで乗り越えた。

 けれどそのリスナーは、この後もずっとまうの配信のコメント欄にいて、たまに投げ銭スパチャを投げてくれるくらいには、まうのことを好きで居続けてくれたからである。


 そんな立派なリスナーを見る度に、憧れたYOSHIを嫌うことで乗り越えたまうは、恥を覚えて顔を赤くし俯くしかなくなってしまう。


 『有名人が自分を慕うファンの1人を覚えてなかったくらいで恥じることないですよ』と言えるファンこそが、理想の形であるとするならば。

 そのリスナーは理想的なまうのリスナーであったし、まうは理想的なYOSHIのファンではなかったのである。


「ガチで自分が嫌いになりそうで、まいる。ごめんな、ほんまごめんな、うちがリスナーの名前覚えとらんかったとか、最低で、最悪にもほどがある……ほんまごめん……」


 デビュー配信に30万を超えるリスナーが集まって、新人なのにもう150万を超える登録者が居て、配信には毎日どんな時間でも安定して何万という人が集まって、投げ銭スパチャも一回の配信で最低数十人・記念の配信なら数百人と集まって来る。

 普通の人なら、「全員覚えられないのが普通だ」と言うだろう。

 まうは、「覚えておかなければならなかった」と自蔑する。


 今日の100Hundred vs.バーサスに参加してくれた常連リスナーの名前すら大半は覚えられていないのに、そんな自分が風成善幸に名前を覚えてもらえていないことを憤るだなんて、なんて身勝手───まうはそう思わざるを得ない。


 そう思っている。

 そう思っているのに。

 そう思っていてもなお。


「せやかて、それでも……」


 彼に記憶される自分になりたいと、ずっと、心のどこかで願い続けてしまうのだ。

 それは彼女が生来持つ、誰よりも諦めることのない、何にも食らいつく負けん気の強さが生むものなのかもしれない。


 不寝屋まうは、あの日自分が無自覚に踏み躙ったリスナーの気持ちと同じものを、今でも抱えたままでいる。


 自分の名前を、自分にとって特別なあの人に、覚えていてもらいたい。

 けれど、覚えてもらえない。

 その人にとっての特別な人になりたいだなんて思い上がった気持ちはもう無いけれど、せめて覚えていてもらいたくて、けれどその人にとってどこまで行っても自分は『その他モブ』でしかなくて。


 覚えてもらえていると思って、思い上がって、覚えてもらえていなくて、がっかりして、辛くなって、いっそ嫌いになった方が楽かもと思って、試しにその人のことを憎もうとしてみたりして。


 自分のことを覚えていないその人のことを嫌おうとして、でも本当は、その人の全てを嫌いになれないでいる。


 ずっと、ずっと。

 何度も、何度も。

 手の届かない星を、繰り返し見上げている。











 光なき星が降り注ぐ。

 それは『巨大人型隕石』だったもの。

 かつては星であったはずのもの。

 降り注ぐ先は、かつて彼女にとっての星であった男。


 星を砕いて、星にぶつける、流星群の如き衝撃。


「これか、戦術の肝は……!」


 YOSHIは素早く顔を左右に振り、眼球を忙しなく動かして状況を把握する。


 残り人数が30人になる直前、YOSHIが聞いた爆弾の音はこれだったのだ。

 YOSHIは知る由もなかったが、まうはまず巨大人型隕石をスロット2『ハイパーボム』で粉々に破壊した。破壊力を高く設定したハイパーボムには、それが可能であったから。


 次に、スロット3『念動力』で破片を集め、中に土を詰め、強い力で凝縮させ、金属の変形によって互いに食い込み合わせて人型に固めた。

 凝縮させた分、巨大人型隕石は小さくなってしまう。それでは敏いYOSHIが絶対に気付く。ゆえに中に土を詰めていった。


 そしてまうの位置の情報をリスナーに流し、中央に集まったリスナーに頭を下げて協力を求め、YOSHIが目に映る敵全員を倒して気が緩んだ瞬間に、巨大人型隕石を崩壊させる作戦を立てた。

 まうは巨大人型隕石を遠巻きに見れる沼の泥の中に潜み、スロット1の千里眼で外の状況を把握し、YOSHIが巨大人型隕石の下で最後の1人を倒すタイミングを待てばいい。


 ガチ用ではない、配信用のスキルセットを最大限に活かして、かました、不寝屋まうの性格とスタイルをまとめて表すような奇策の奇策。


 念動力で巨大人型隕石を傾けて、ハイパーボムで崩落させて、崩落した隕石の破片を追加のハイパーボムで粉砕しながら加速させて、追加の念動力で加速させながら破片の落下軌道を不規則なものへと変えて、回避を困難なものにさせ、王手を狙う。


 不寝屋まうは、知っている。


【名称:疾風】【形質:全身風化】

破壊力:0

絶対力:12

維持力:8

同調力:0

変化力:10

知覚力:0


 6つのステータスの1つ、『維持力』は、スキルの発動時間や効果距離・効果範囲に関わってくるステータス。

 これが少なければ少ないほど、スキルは一瞬しか発動できないものになり、スキルのインターバルによって致命的な隙が頻発しやすくなる。

 隙を作らないためには維持力に多く振らなければならないが、ここに多く振れば他の所に点が振れなくなり、結果としてスキルが弱くなってしまうのである。


 YOSHIの戦闘スタイルの肝、全身の風化は維持力8。

 これは決して高い数値ではない。


 ポシビリティ・デュエルにおいて、人間は無制限に空気になれないし、無制限に鉄になれないし、無制限に空を飛んでいられないし、無制限に全身を包むバリアを張っていられない。

 強力なスキルほど長時間使えず、弱いスキルほど長時間使える、そういうものだ。


 今、3人の敵プレイヤー相手に風化を使い切ったYOSHIは、すぐに風になってかわせない。

 本来、破片がYOSHIに到達するまでの時間が3.6秒。

 まうがボムと念動力で加速させた結果、YOSHIに到達するまでの時間が1.2秒。

 次に風になれるまでの時間が、2.5秒。


 不寝屋まうの立ち回りは、完璧だった。


「ッ」


 だが、のが、YOSHIの恐ろしいところである。


 YOSHIのスロット3は、風の感知能力。


【名称:風読】【形質:感覚延長気流】

破壊力:0

絶対力:5

維持力:1

同調力:0

変化力:2

知覚力:22


 YOSHIは感知能力、判断力、そして持ち前の冷静さによって、降り注ぐ瓦礫に生き埋めにされない唯一の生存ルートを導き出した。

 そしてそこに転がり込むように飛び込み、遮二無二飛び込んだ先の地面を転がる。


 そして、そこには。


 不寝屋まうが投げ込んだハイパーボムが、放物線を描いて飛んで、ふわりと空に浮かんでいた。


「───」


「終わりや!」


 まうは、YOSHIが逃げる先など予想できていなかった。

 元より、まうにYOSHIの動く先を一々正確に先読みできる洞察力と予測力など備わっていない。

 しかし、風化を使えずスピードが足りていないYOSHI相手ならば、動き出すのを見てから、移動先にハイパーボムを投げ込むことは容易であった。


 異常な理解力によって敵の先を読むYOSHIに対し、まうはを意識的に作ることで、上を行ったのだ。


 今、スロット3の感知能力は使った。

 まだ、スロット1の風化は使えない。

 YOSHIが使えるのは、スロット2の風の刃のみ。


 そして、ハイパーボムは、YOSHIやYOSHIを真似したプレイヤーへの対策で流行った型のスキルであり、風になった相手も爆殺可能、かつ、迎撃で切り捨てればその場で爆発するスキルである。


 壁に当てれば跳ね返り、曲がり角や建物越しでも敵を狙えて、密室の中なら跳ねに跳ね、跳ねることで敵の目を惑わせ、強力な爆発で吹っ飛ばす、トリッキーな動きが人気の手投げ爆弾。


「くたばれや───!!」


_________________

□うちのコメントチャット▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○いけ!

○いけーっ!

○勝てー!

○まうちゃん最高ー!

○スクショ撮れええええええええええ

○うおおおおおおおおおおお!!!!!!



 全てを繋げた、最高の王手。


 それが勝敗の際を眼前まで寄せた、瞬間。


「なるほど、分かった」


 YOSHIの手の中に、風の刃が生えた。

 極めて器用に、YOSHIはポスターを丸めるように、風の刃を丸めて筒状にする。

 何も切れない、何も刺せない、筒状にされた風の刃を両手で持って、肩の上にゆらりと構える。


 


 そして、極めて完成度の高い神速のスイングにて、YOSHIはハイパーボムをまうへと『打ち返した』。


 ハイパーボムが爆発するまで、あと0.2秒.

 YOSHIの打球速度は、大まかに時速200km。

 秒速に直すと、秒速55m。

 YOSHIとまうの今の距離が、10mと少し。


 殴ってどうにかなる爆弾ではなかった。

 蹴ってどうにかなる爆弾ではなかった。

 切ってどうにかなる爆弾ではなかった。


 だから、彼は打ってどうにかした。

 その動きは、一つ一つが風に揺れる稲穂のようにごく自然で、風に揺れる花畑のように美しく。

 まうが見惚れている間に、爆弾は目と鼻の先まで迫っていて。


「───ほんま、いつも、一々動きが格好良くてなぁ……」


 爆発と、爆炎と、爆音に、少女が飲み込まれる。


 不寝屋まうは心底悔しがりながら、どこかほっとしている自分に気付いた。


 あのYOSHIが自分なんかに負けなくてよかった、と思う自分が心のどこかにあって。


 次こそ絶対に勝ってやる、と、熱く燃え上がる心がそんな弱さを飲み込み、めらめらと熱く滾っていた。











 ハイパーボムは、高い破壊力を持ち、複数人をまとめて脱落させる威力があった。

 しかし、YOSHIを倒すために投げられたものをYOSHIが打ち返したのだから、まうを確実に脱落させられる位置で爆発させられるはずもない。

 ボムがまうを確実に消し飛ばすには、あと1mでいいから距離を詰めなければならなかった。ボムは少しだけ、致命のラインまで届かなかったのだ。


 とは、いえ。

 ボムで全身ズタボロになったまうが、全スキルのインターバルを終えた今のYOSHIに勝てるはずもなく。

 もう実質試合は終わったことを、まうも、リスナーも、脱落して観戦に回った参加者も、全員がちゃんと理解していた。


 立ち上がれないまうは笑って、問いかけた。


「な、友達から聞くよう頼まれとったんやけど。昔、念動力のコツとか誰かに教えた覚えあらん?」


 YOSHIは、いつも笑わない。


 笑まず答える。


「いや、心当たりはない」


「そか」


 まうは、何かを飲み込んだ。

 それは、吐き出したかった何かだった。

 そして、吐き出してはならない何かだった。

 それを吐き出さず飲み込めた分だけ、不寝屋まうは大人になれた。

 たぶん、そういうことなのだろう。


「不寝屋まう。願いを言え。仕事は受けた。俺は自分の可能性の全てをぶつけてそれを叶える」


「願い……?」


 真っ直ぐなYOSHIの視線を受けて、まうは少し考える。


 まうの複雑な感情から生まれる、YOSHIとまうの間の不思議な空気を、配信越しに見ているリスナー達も、なんともなしに感じていた。


「どこまで行きたい? 俺が連れていく」


「一番……上まで。誰も見たことがない所まで」


「───分かった」


 この時の自分の発言を、不寝屋まうは一生微妙に後悔していくことになる。

 Vliverとは炎上するしないに関わらず、常に自分の発言を微妙に後悔しながら生きていく生き物だ。

 『あの時もーちょい違うこと言っとったらなあ』と、まうは今後事あるごとにちょくちょく思うようになる。


 まうのその言葉を受けた時のYOSHIは、彼にしては珍しく、感銘を受けたような顔で頷いていた。


 YOSHIが手を差し伸べて、立ち上がれない不寝屋まうを助け起こす。


「YOSHIだ。戦うことが出来る」


「不寝屋まうや、よろしゅう。徹夜が得意や」


 しかと握られた手と手をもって、2人は握手を交わし、ここに始まりの仲間となった。


「奇妙な体験だった。全てが新鮮で、未知で、俺にとっては深く記憶に残る試合だった。今日という日に見たリスナーと配信者の全てを、俺が忘れることはないと思う」


「……あ」


 YOSHIが不寝屋まうと紐付いた彼女を忘れることは、もうありえない。

 TTTの十二支は原作キャラではあるが、話はそういうことではない。


 まうになる前の少女は、YOSHIに覚えていてもらえなかった。

 けれど、まうが好きで集まったリスナー、まうが作り上げた『この』配信上のコミュニティ、そしてまう自身をひっくるめた『電子の世界の人の輪』が、YOSHIの記憶に残ったのだ。


 『うち』は覚えてもらえなかったけども。

 『うちと皆』は覚えてもらえた。

 それがなんだか無性に嬉しくて、まうはふにゃっとして、にやにやしてしまう。


「敗者を従えていけ、不寝屋まう。俺はお前に従う」


 そしてYOSHIは、突然自分の首を風の刃にて両断した。


 ぎょっとしたまうの目の前で、切り落とされた頭が転がって、YOSHIが決めた最後の勝者が決定する。


【 不寝屋まう さんの勝利です! 】


 勝者が決まって、フィールドが消えていく。


 ゲームの仕様に従い、全員が個人部屋の待機ロビーへと帰還して、参加した100人が1つの部屋に勢揃いした。


「ホンマに、常時変なやっちゃな」


 まうは苦笑して、待機ロビーの99人と、配信を見ているリスナー全員に向けて、声を張り上げる。


 運営が決めたチームメンバーにおけるまうの役割は、熱意ある牽引役。そして、声が大きく活動が活発な宣伝役。


「皆ぁ! 今日の配信終わった後にダラダラする予定やった重大発表、今ここでするでー! うちこと不寝屋まう、伊井野いのり、アチャ・東郷は明日から世界チャンプYOSHIを仲間兼師匠に加えて、エヴリィカの名を世に知らしめるため、あっちの大会にもこっちの大会にも出まくるでー!」


 コメントチャットが、爆速化する。


「目標は一に優勝しまくること! 二にチームランクA到達! そして三に、YOSHI以外の全員のレートレベル4000到達! できんかったら罰ゲームやー! 詳細は公式が告知しとるさかい、そっち見てなー!」


 かくして、この日の大勝負は終わり。


 コメント欄は、驚愕のコメント、困惑のコメント、歓喜のコメント、心配のコメント、そしてオタクの悪ノリのようなコメントにて、爆速で流れていた。

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