西暦2059年4月13日(日) 11:30

 うづき、タツミ、みみは善幸らの配信の邪魔にならないよう、フィールドの北方に消えていった。

 卯辰巳トリオは今日の配信前の打ち合わせと連携確認がしたかっただけで、一緒に配信をするわけではないのである。

 礼儀正しいうさみのうづきは、最後の最後までYOSHIに迷惑をかけたことを謝っていった。


「後日この御礼は必ずします!」


「構うな、うさみのうづき。俺も今はこの事務所のVliverを助けて当然である仲間の1人だ。時間ギリギリまで諦めず全力を尽くそうとした君を俺は評価している。今度全力で試合をしよう」


「は、はいっ!」


 うさみのうづきはどこか嬉しそうだったが、善幸の台詞は『今度全力で試合をしよう』のところに十割の本音が宿っていることに気付いていたまうは、善幸をどこか白けた目で見つめていた。


 時計の時刻が11時30分を指す。

 さて、配信の時間だ。

 まうの配信画面にネズミのマークが、いのりの配信画面にイノシシのマークが、アチャの配信画面に狙撃銃のマークが映り、配信が始まる。


「お、配信始またか? こんチュー! エヴリィカ4期生、無敵で素敵な疾走ネズミ! 不寝屋ぁ、まうやでー! 待たせたなぁチーズズの皆の衆!」



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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○こんチュー

○こんチュー

○こんチュー

○こんチューこんチューこんチュー

○こんチュー~


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□いのりへのコメント~▽   ︙

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○まうちゃんこんにちわ~

○いのの~

○まうまう~

○はじまた

○いのの~


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□東郷視聴者集会所▽   ︙

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○さあ始まったでガンス

○始めたのか? 俺以外の奴と……

○よその配信はいいよな、可愛い女の子が居て

○配信の夜明けぜよ

○画面奥にマジでYOSHI居て草



 3人の配信画面の中で不寝屋まうが可愛らしく動き、3つのコメント欄のコメントが加速し出した。


 まうを横合いから眺めるYOSHIは首を傾げる。


「なんだこんチューってのは。チーズズ……?」


「Vliver専用の挨拶と、そのVliverのファンネームだね~。ネズミだからこんにちはとこんばんははこんチューになって、『チーズはネズミが大好きなもの』だからファンはチーズsで……って感じ~」


「意味あるのか、それ」


「ん~、あるらしいよ~? 『仲間だけが使う言葉』は連帯感を強めるから、昔の軍隊とかでそういうことをしたり~? SNSでの会話中に好きな漫画の台詞を引用したり~? 皆が同じ言葉を使うのとはまた別に、特定の仲間とだけ使う言葉があると、そこで気持ちが繋がりやすくなるらしくて~、ネットで成立するそういうのを『ネットの定型』って言うんだって~」


「ああ……なるほど。理屈を言われると分かる」


「自分が所属してるコミュニティに名前が付いてるとね~、それだけでも一体感が高まるんだって~。『この人は●●かそうでないか』みたいな区分けもできるから、みたいな~? だから挨拶とファンの呼び方に特別な言葉を使うのは大事なんだよ~」


 名付けとは、現代に残る魔法の1つだ。

 闇の向こうに幻視した化け物も、名前を付けて創作で玩具にしてしまうと、なんとなく怖くなくなる。

 自分が集めた友達の寄り合いに名前を付けると、「○○の絆」みたいな言葉が自然と出てきて、結束が強まっていく。

 また、自分にとって都合の悪い集団に特定の名前を付けると、自分に都合の悪い発言をした人が全てその集団に所属しているように見え始めて、自分自身がその名付けに操られてしまうようになる。


 挨拶に、ファンに、名前を付ける。

 Vliverの魔法はそこから始まるのである。


「感謝する、いのり。今後も分からないことを聞くかもしれないが、その時もまた教えてほしい」


「いいよいいよ~。でも逆になると思うなぁ。私が教わる側で、せんせ~が色々教えるってことで、このチームが出来たんじゃなかったっけ~?」


「せんせ~? 先生か。そうだな、俺は先生だった」


「そうそう、せんせ~」


 まうの挨拶と開幕トークが終わり、まうと入れ替わりで配信画面にいのりが入って行った。


「ほれ、次はいのいの!」


「は~い。日曜日のお昼からいのの~。エヴリィカ4期生、伊井野いのりだよ~。昨日も楽しく、明日も楽しく、今日も楽しかったらいいね~? うり坊の皆~、チーズズの皆~、観測手の皆~、お昼何食べた~? もしくは何食べる予定~?」


 『挨拶がいのの~で、ファンネームはうり坊か』と、YOSHIは心中で呟いた。


 いのりが配信画面に入ると、YOSHIの横で男が椅子に腰を下ろす。

 先程までYOSHIが座っていた椅子だ。

 男はYOSHIを見上げて、にぃっと笑む。


「よぉ、センパイ。よろしくな」


「配信業においては、俺が後輩にあたるが」


「先輩にして後輩……ってコト!? まあいいか、そんならそれで。これからのかけがえのない日常の中でヨッシーって呼ぶわ」


「好きに呼んでくれ。俺は東郷と呼ぶ」


 病的に白い肌、白い髪束と黒い髪束が交互に並ぶオールバックの髪、切れ長の瞳。既視感がありながらもどんな軍服ともデザインが一致しないソリッドな黒軍服。全体的に特殊部隊を思わせる装いながら、腰から吊り下がった銃はやや非現実的な構造で、設定上は異世界で作られた7丁しか無い『魔法銃』である。


 異世界で魔王を倒した十二人の男達は、魔王を倒しても人間同士で争う世界に嫌気が差し、平和な世界を求めて日本に異世界転生して来た……という設定のVliver。


 異世界十二勇士の1人、『狙撃兵』のアチャ・東郷。

 実際に会って話してみると、語り口は飄々としていて、言葉は小気味良いほどに軽かった。


「僕はアチャ・東郷。オルスラスタイルの配信者だ。先に謝っておくんだけども、配信中はあんたにはよく分からんことをよくほざくことになると思う。だがそれはあんたが悪いわけじゃなく、俺の配信スタイルが悪いだけだ。気にせず流してくれ」


「オルスラ?」


「オールド・スラング。いわゆる完全に死語になったネットスラングだな。検索すれば出るけど、今はもう誰も使ってないスラングのことさ。2020年代の作品に登場するキャラが、00年代の死語になったネットスラングを使う、みたいなキャラ付け文法と根本は変わらねえのさ。普通の理解力があれば確認は不要だと思うが?」


「すまないな、普通の理解力がなくて。俺は競技しかやってこなかったクチだ」


「……んにゃ、今のがオールドスラングだぜとっつぁん。ネットスラングを多用するカスの言ってることが分からなくても恥じゃあないし、分からないスラングは流しちゃっていいんだぜい。僕の場合は配信終了後に『東郷の意味が分からないオルスラまとめ』みたいな動画が大なり小なりバズって話題になるとこまで含めてコンテンツって感じだし」


「……テクニカルだな」


「クラシカルなのさ。古いスラングを一生擦りたいオタク、ってのは多いもんだぜ。失望しました、老害オタクのファン捨てます」


 いのりの挨拶と開幕トークが終われば、次はいのりと入れ替わりでアチャが配信画面に入る番。


「うぃーっす、こんチャ。エヴリィカで一番背脂ラーメンを食う男、アチャ東郷っす。いぇーいYOSHIガチ恋勢とうちの女子のガチ恋勢の皆さん見てるぅー? 皆さんの推しに囲まれてまーす! これはもう僕は勝ちましたね。最高のアガリ目前。エッチすぎんだろ、この状況がよ……!」


 コメント欄が加速する。


 アチャ・東郷は、最終的に"憂う"者を作らないように場をコントロールする技術に長けていた。






 3人の開幕トークが終わって、YOSHIの発言と開始を待つ空気になった時、YOSHIは少しばかり自分の振る舞いを考えた。


 ……それは彼にとって未知の体験。冷ましてもいけない、滑ってもいけない、気不味くなってもいけない。

 『プロの配信者が作った空気の維持』は、経験の無い人間がいきなりこなすには極めて高いハードルで、YOSHIは必要な技能を備えていないのだ。


「じゃあ、始めようか。合同練習。といっても、聞いた話だと『初心者向け』でやってほしいという話だったから、本当に基礎の基礎からやっていくぞ」


 YOSHIは内心をおくびにも出さず、淡々と、いつも通りの振る舞いで繋いだ。

 自分の可能性を見極めることは、自分にできないことをありのまま受け入れることでもある。

 軽快なトークで繋ぐことなどできない。

 今できないなら、できないまま行くしかない。

 なら、いつも通りだ。


「リスナーの皆さん、YOSHIです。今日から皆さんの……推し? を教導し、共に試合に挑むことになりました。人を教え育てることは始めてなので上手くやれるかどうか分かりませんが、全力を尽くします」


 YOSHIは画面向こうのリスナーに向かって、深く頭を下げた。



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□うちのコメントチャット▽   ︙

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○頑張れ!

○若いのに本当に色々やってんなあ

○君が子供の時から応援してるよ~

○不寝屋、支えてやれ

○不寝屋、頭が高いぞ


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□いのりへのコメント~▽   ︙

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○礼儀正しいねえ、いい子だねえ

○いのちゃんとお茶飲んでてほしいね

○忙しいだろうに来てくれてありがとう

○気楽にね

○楽しむこと最優先!


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□東郷視聴者集会所▽   ︙

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○俺はYOSHIを信じている!

○俺達は選ばれしYOSHIの子! YOSHIの民だ!

○おおおおおおおおおお!

○おおおおおおおおおお!

○おおおおおおおおおお!




 各々のコメントは見れないため、YOSHIはリスナーの反応を把握しないまま、とりあえず指導の段取りをサクサク進めることとした。


 YOSHIがまたメニューから設定をいじると、YOSHI・まう・いのり・東郷の右手の甲が光った。


「うお、なんやこれ!」

「きれ~」

「なっちゃったからにはもう……ネ……」


「これはトレーニングフォーマット。普通の試合においてプレイヤーは規定数のイマジナリスキルをセットして戦うが、この状態では全員が常時スキルセットを変更できる。これを使ってまずは基礎から教えていくぞ」


 YOSHIが指を振ると、空中に光の文字が並んでいく。


 それが高度な『変化力』のコントロールと、高い『維持力』への振り分けで成立しているスキルであると、不寝屋まうだけが見抜いていた。


「ポシビリティ・デュエルは、スキルを作ってスキルを組み合わせて戦うゲームであり競技だ。スキルには6つのステータスがあり、そこに個別の特徴がある」




■破壊力

 物理破壊力。高いほどに一般的な『攻撃力』に優れる。対拠点ミサイル、一撃必殺の爆弾、遮蔽物ごと敵を消滅させるビームなどに必要。


■絶対力

 スキルの絶対性。他スキルを上塗りする力。高いほどに他のスキルと衝突した時、一方的に打ち破り、無力化することができる。敵の攻撃を打ち消すシールド、敵の防御を貫通する刀、敵が放った獣の操作権を上書きする、といった力に必要。


■維持力

 自身から離れたスキルを減衰させない力。遠距離攻撃、広範囲攻撃、長時間攻撃に必須。遠くまでスキルの剣を伸ばす、スキルの弾丸で長距離狙撃を行う、長時間仲間を回復できるフィールドを維持する、などの用法に優れる。


■同調力

 使い手と何かをシンクロさせる力。自分の分身を作って五感を共有したり、弾丸と同調して遠隔操作したり、難易度は高いが一時的に敵の心を読んだりすることもできる。最も扱いが難しい力。


■変化力

 スキルによる対象の変化、スキル自体を変化させる力。地面を鉄の床に変えたり、スキルを炎に変えたり、己の肉体を超人に変えたりする。加速、硬化、錬金など、用途は多様。


■知覚力

 スキルを感覚器として使う、あるいは感覚器をスキルで延長する力。透明になった敵を発見する、スキルでレーダーを構築する、武器に残された思念を読み取る、といった芸当が可能。




「破壊力、絶対力、維持力を『基礎3種』。同調力、変化力、知覚力を『応用3種』と言う。反射神経が必要なスポーツをやっていた人間は基礎3種を使う直球のスキルが得意で、ボードゲームが得意だった人間は応用3種を使う変化球のスキルが得意、みたいな傾向があったりもするな」


「お~、くわしい~」


 感心した様子で、いのりが手を叩いている。

 ワクワクした表情で、YOSHIの次の言葉を待っている。

 YOSHIは少しやりやすい心持ちになった。

 『教えやすい空気』とは、必ずしも教える方が技術的に作るものではない。

 教えられる方の素直さ、純朴さ、反応などによって、教えられる方が『教えやすい空気』を作ることもある。


「俺達がスキルに使える点数は1スキルにつき30点。どんな天才だろうと凡才だろうと1つ30点だ。それをこのスキルシートに振って……」



【名称:】【形質:】

破壊力:

絶対力:

維持力:

同調力:

変化力:

知覚力:



「点数を振って、イメージを吹き込み、名前を付けてイメージを固定する。これがスキル作りになる」


「なるほどの成歩堂だな」


「なるほどなー」


 感心した様子で、まうと東郷が頷いている。

 YOSHIはその演技に混ざる嘘を見抜いていた。

 伊井野いのりは本当に無知な初心者なのだろう。

 だがおそらく、まうはそこそこの経験者であり、東郷はまうほどでないにしろこの競技についての知識を持っていて、恐らく事前に予習をしてきている。

 YOSHIの話の内容を既に知っているが、「それ知ってる」といった発言で話に水を差さないように、とりあえず本当の初心者であるいのりの反応に倣ったのだと思われる。


 格闘ゲームのプロがバーチャル配信者に格闘ゲームの基本を教えている所で、他のプロが「知ってる知ってる」ではなく「なるほどね」と合いの手を入れているのに近いのかもしれない。

 加えて。



________________

□いのりへのコメント~▽   ︙

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○wikiだと絶対力に振るべきってのが主流

○人気のスキルのタイプって決まってるよ

○いのちゃんがんばれ

○ちょっとコメント鬱陶しいな

○風系は普通にスキルとしてはあんま強くない

○今流行りの散弾銃系構築強いからオススメ




 コメント欄ではまさに今、何の悪意もない『教えたがり』が目に付き始めていた。

 自分の好きな人が誰かから何かを教わっている時、自分が気に入っている若者が他の誰かから教わっている時、推している誰かが何かを学ぼうとしている時、人は『自分も教えたい』と思う傾向がある。

 誰からも聞かれていないのに、聞いてもらえたら嬉しいから、悪意なく助言する人間達。通称、指示厨。

 いのりが大抵のコメントは受け流して無視できるVliverでなければ、ちょっとした問題コメントになってしまっていたかもしれない。


 人は自分の知識を披露したいという欲求に振り回されてしまう。

 何の悪意もなしに。

 まうと東郷はちょっとした知識があっても『教えたがる』気持ちが前に出るのを抑えられる人間で、『一番上手いYOSHIの指導に不純物を混ぜない』ことを徹底して意識できる人間だった。

 教える人が1人で、他の人がそれに感心するだけの空気を作っておけば、教わる側が混乱しないということを知る2人だった。


 地味なことだが、そこに非凡さは宿るもの。


「実例を交えて教える。転ぶなよ」


 YOSHIがパッとスキルをセットして起動すると、四人全員が一瞬で島の中央の山の上に移動する。


「!」

「わ~、すげ~」

「動画でしか見たこと無いやつだぜ。穏やかじゃないわね」




【形質:ワープゲートA】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:0

同調力:0

変化力:30

知覚力:0


【形質:ワープゲートB】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:21

同調力:0

変化力:9

知覚力:0




 『遠くにワープの基点を作る』、維持力高めの調整がされたワープゲートB。

 『そこに飛ぶ転移門を作る』ワープゲートA。

 スキルの枠3つの内2つを使う、実戦的ではないが非常に非現実的な現象を起こす組み合わせだ。

 かつ、複数人を長距離移動させるには高等技術とそれなりの練習が必要なスキルでもある。


 まうは一瞬、目を細めた。

 この器用さ。

 スキルの種類を選ばないイメージ力の精細さ。

 大抵のスキルへの理解を深めているために、大抵の敵のスキルに対応可能で、大抵のスキルを使いこなせるという、異様なまでの強さの多様性。

 これがYOSHIのスキルツリーということなのだろう。


 格闘ゲームで、全キャラを使いこなせるほどに満遍なく深く研究したプレイヤーは、どんなキャラが敵だろうと巧みに対応できるというが、それに近いことを無限に多様なポシビリティ・デュエルでやっている人間というのは決して多くはない。

 一度戦っただけのまうでは彼の強みの全貌は見えていなかった。

 YOSHIは確実に、数年前より成長している。


 そして、だからこそ、YOSHIはどんなVliverだろうと指導できるのだろう。

 どの分野のスキルにおいても、YOSHIは大抵のアマチュア相手に単純技能で劣ることはないに違いない。



_________________

□うちのコメントチャット▽   ︙

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

○ワープとかできるんだ……

○あんま見ないスキルだね

○便利そう

○どうして皆このスキル使わないんだろ?

○やっぱYOSHIなんよな

○俺を温泉に連れて行ってほしい




「あれを見てくれ」


「お~?」


 YOSHIが指差した先には、ユーザービルドの鉄の恐竜……メタリックダイナソーが歩いていた。

 ここは恐竜島フィールド。

 山の上にワープすればフィールド全てを見下ろせて、そこから島に跋扈する様々な恐竜を視認できる。


 YOSHIが指差した遥か彼方、相当に離れた森の中には、両肩に巨大なビーム砲を積まれた、全身が鋼鉄の装甲に包まれたメタルティラノサウルスが闊歩していた。

 全長約15メートル、体重は数十トンというところか。

 迂闊に手を出せば、足で踏むか、尾で叩くか、歯で噛むか。あるいは最初から、その両肩のビーム砲をぶちかましてくるかもしれない。


「戦いの理想の1つは、『先手を取って一方的な攻撃で無傷で勝つ』ことだ。今回はそれで考えてみよう。あの鋼鉄の恐竜に無傷で勝つにはどうするか?」


「遠距離必殺、わかりみの翁だな。僕も狙撃兵Vliverだからよく分かるぜよ」


「じゃあ翁、お前ならここであれを倒すためにどういうスキルを構築する? トレーニングフォーマットだからな。どんなスキルだって今は使えるぞ」


 東郷は少し、真面目な顔で考え始めた。


「えー? うーん……破壊力が欲しいな……あのサイズの敵を倒すには大火力が必要だ。逆に、ティラノサウルスはスキルを使わないから、スキルのぶつかり合いで必要になる絶対力は必要無い。YOSHIの要求に答えるなら維持力を高めて遠距離攻撃でもいいよな。ちょっと遠いから、正確な狙撃には知覚力での観測もあるといいだろうし……破壊力10維持力10知覚力10でいいんじゃないかの? ティラノ君、あんたはここでヨッシーと死ぬのよ」


「俺をついでに殺すな」


 YOSHIの右手が眩く輝く。

 YOSHIは東郷が考えながら呟いた案に沿って、その場で1つスキルを仕上げた。



【形質:狙撃ビーム】

破壊力:10

絶対力:0

維持力:10

同調力:0

変化力:0

知覚力:10



「ほんま上手いやっちゃなぁ」


 即興のスキルのはずが、即興のスキルに見えないイメージ構築の完成度に、まうは妬ましいと思うこともないほど心底感嘆する。


「だけど、正解だ東郷。君はいい生徒だな」


「へへ」


「ただ、少し見立てが甘いな。あのサイズの鋼鉄生物を一撃で倒すなら破壊力15以上で見立てておくべきだ。より正確なところだと、おそらく破壊力18以上必要……だと思う。確かめたわけじゃないが」


「え、マジ? アチャ東郷と不寝屋まうが腹を切ってお詫びします」


「うちを巻き込むな! ネットの数十年の汚泥の蓄積が生み出してしまったモンスターが……闇へと還りぃ」


「へ~ハイパーつよつよ生物さんだ~」


 YOSHIの手がまた光る。

 ビームスキルのステータスを振り直し、イメージを細かく修正して、スキルを作り直す光だ。


「そうなると、火力的にはこのくらいあると安心だが」



【形質:大火力ビーム】

破壊力:20

絶対力:0

維持力:10

同調力:0

変化力:0

知覚力:0



「こうなると、観測用の知覚力を0にしてしまった分、遠くに正確な狙撃をすることが難しくなる。これで遠距離狙撃を成功させるには専門性の高い超技巧が必要だ。だから、まう」


「ほいほい」


「シンクロ系の探知スキルは知ってるか?」


「動画サイトでちらっと見たことあるくらいやから、レベルは低いと思うでー。別にええかな?」


「構わない。たぶんこの距離なら十分だ」


 YOSHIがステータスに点数を割り振って、基本イメージもセットしたスキルのデータをまうに送信し、まうがそれに沿ってイメージを吹き込み、シンクロ系探知スキルが完成する。



【形質:シンクロレーダー】

破壊力:0

絶対力:0

維持力:0

同調力:10

変化力:0

知覚力:20



「こういうシンクロ系の探知スキルは、知覚力で探知した情報を、同調力で仲間に共有して補助することができる。さっき俺が作り直したビームは、知覚力を10下げて破壊力を10上げた分、長距離狙撃が困難になってしまっていたが、こういうスキルの補助があれば……」


 YOSHIが右手を上げる。

 掌の前にオレンジのガラス状のエフェクトが現れ、そこからサンライトイエローの巨大光線が発射された。

 まうが『このラインに沿って飛ばしたビームは必ず当たる』という誘導を行い、そこをなぞるようにビームが飛んでいく。

 両肩にビーム砲を持つティラノサウルスは着弾直前に気付くが、時既に遅く、ビームの直撃を受けて一瞬で蒸発。データの塵へと還っていった。


「……こういう風に。2人の仲間が協力し合うことで、ちょっとしたスキルは弾いてしまう強敵であっても、ひどくあっさり倒せてしまうわけだ」


「お~たのしそ~」


 これが、YOSHIが"アマチュア相手なら1対99で何の考えもなく楽勝だろう"と思わなかった理由の1つ。

 この競技において、連携は非常に強いのだ。

 仲間の組み合わせ、スキルの組み合わせで、無限に予想外の強さが生えてくることがありえる上に、それは格上を瞬殺する力となるのである。


 YOSHIがプレイヤーとして強いと扱われるのは、個人戦で世界を獲ったプレイヤーだからではない。団体戦で世界を獲ったプレイヤーだからなのである。


「俺達はこれからチームになる。だからこそ本当に基本的なことだが、これだけは忘れるな。ここに主役は居ない。脇役も居ない。全員が支え合って1つの生き物になろうとする、俺達全員が"勝てるチーム"のパーツだ。欠けるな。諦めるな。支え合え」


「OK牧場」


 ニヒルに笑って、東郷が頷く。


「仲間が居たから勝てたと思えるプレイヤーであれ。仲間が居なくても勝ちにしがみつく諦めないプレイヤーであれ。1人でも勝てる人間が寄り集まって力を合わせていくチームが、俺の知る限り最強のチームだ」


「せやな。うちも同意見や」


 うんうんと、まうが頷く。


「強くなりたければ聞け。俺が教える」


「ありがと~! 優しく教えてね~?」


 陽気に微笑むいのりが、小さな拳を小動物的な動きで突き上げる。


 まだ名前も無いチーム。


 まだ一緒に戦ったこともないチーム。


 そして、ここから始まるチーム。


 まだまだ、これから。

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