Ghoti' 前世で読んでたガチ競技系世界に転生してバーチャル配信者達の師匠になった

オドマン★コマ / ルシエド

プロローグ 無自覚の破壊

西暦2050年9月17日 開幕の刻

 『自分を試したい』。

 かつてその少年にあった衝動は、それだけだった。


 頭脳、肉体、精神性、経験、全てを他者とぶつけ合い、勝利し、または敗北する瞬間、その少年は自分の可能性の輪郭を、己が命の限界点を実感することができた。

 その瞬間にのみ、生きる実感を得られる。

 そういう人種であった。


 だからもしも、彼が野球漫画やサッカー漫画の世界に転生していたならば、この物語はもっと単純であったかもしれない。

 だが、そうはならなかった。


(あれ。ここは、どこだろうか……?)


 目覚めた時、少年は無感情な白衣の男達に囲まれた赤子になっていた。

 輪廻転生である。

 少年は生まれ変わった。

 生前に暇潰しに漫画で読んでいたことがあった、『2060年の近未来を舞台にした創作の世界』に。






 『私が私を好きになるための、たった一つの冴えたやり方』……通称『わたかた』は、作中でVliverと呼称されるバーチャル配信者を題材とした書籍化WEB小説であり、コミカライズ・ゲーム化・アニメ化を成し遂げたかなりのヒット作品である。


 俗に言うVtuberバブルに上手いこと乗った作品であり、設定や独自性以上に地の文の完成度などが売りの渋い作品であったため、小説刊行時代は目立って売れた作品ではなかったが、コミカライズ担当作者で大当たりを引き、表情がコロコロ動く魅力的なキャラクターや戦術重視のバトル描写などで高い評価を受けた作品である。


 主人公である水桃みなもも未来みくはいじめられ引きこもっていた陰気な美少女であったが、生来の声の良さを活かして人気職業のヴァーチャル配信者・通称Vliverデビューを果たす。

 そして世界的に大人気の同調型対戦ゲーム『ポシビリティ・デュエル』で才能を開花させ、多くの仲間・友・ライバルを得て成長していく……というストーリーラインである。


 少年は、その世界に生まれ変わった。

 だが、少年は原作のストーリーにも原作の主人公にも微塵も興味を示さなかった。

 興味があるのは、自分を試すことだけだった。


 そして齢11となった今日、少年はポシビリティ・デュエルの参加しようとしていた。

 言わずもがな、自分を試すために。

 11歳にして、彼はここまで勝ち上がって来た。


 受付嬢が、差し出された紙を受け取る。


「はい、こちらが大会受付です。こちらは決勝トーナメントまで勝ち残った選手の登録を……あれ、エントリーするのは君なの?」


 エントリー用紙を提出する少年の幼さを見て、受付の女性は少し驚いた様子であった。

 いかにも"こんな子供が勝ち残ったんだ"と言いたげな表情である。


 同調型対戦ゲーム『ポシビリティ・デュエル』は自由にデザインした人型アバターに精神を同調させ、デジタルの世界にダイブして行うリアルな対戦ゲームである。

 アバターの性能に個々人で明確な差はつかないため、子供だろうと大人だろうとひとたびアバターに同調すれば身体能力の差はなくなる。


 だと、しても。

 体格の差を埋められたとしても、子供が大人に将棋で中々勝てないように、子供は大人に中々勝てるものではない。

 本来は。


「名前は風成かざなり善幸よしゆき。エントリーネームは『YOSHI』です。子供ではいけませんか?」


「ううん、びっくりしただけよ。そっか……こんな子供が決勝トーナメントまで来るんだ……新時代だねぇ……はい、登録は終わったよ、少年。頑張ってね」


 驚いていた受付の女性は、驚愕から感嘆へと心情を変えつつ、善幸の申請用紙を受理した。


 善幸は丁寧に一礼し、申請用紙と引き換えに出場者識別用のタグを受け取った。


「ありがとうございます、受付の綺麗なお姉さん」


「ま! その歳でお世辞が上手いこと! お姉さんファンになっちゃおうかしら」


 善幸はその場に背を向け、会場に入っていく。

 歓声が聞こえる。

 それに負けない会場の陽気な音楽が聞こえる。

 遠くに、善幸を待つ大人の出場者達が居る。


 大人達の視線は、幼い善幸を哀れんだ──あるいは、舐め切った──ものであり、誰一人として善幸を対等のライバルとして見ている者は居なかった。






 控え室で一人、善幸は頭を掻く。


 善幸は、自分がどう死んだのか覚えていない。

 何歳で死に、どう転生したかもおぼろげであった。


「今が2050年。原作が……2060年だったか。原作が始まる時には俺は21歳だが……まあ、どうでもいいか」


 だが、覚えていることもある。

 それは、前世で高校生の時に出場した甲子園・高校野球決勝戦で、自分が積み上げてきた全てをぶつけて、完膚なきまでに敗北した記憶であった。


「目の前の試合に、集中する」


 努力して。

 積み上げて。

 人生の全てを懸けて。

 命の全てをぶつけて。

 何の言い訳もできないほど、完璧に敗北した。


 その瞬間に掴みかけた何かの感触を、善幸は覚えている。


「生まれ変わったのなら、もう一度試すだけだ」


 もう一度。

 あの瞬間に近い体験を、もう一度。

 自分を試し、その極限で自分を見つけられた瞬間を、もう一度。

 掴みかけたあの感触を、もう一度。

 叶うなら、それを何度でも。

 ただそれだけを渇望し、善幸は慣れ親しんだ野球ではなく、この世界で最も盛んなポシビリティ・デュエルを選んだ。


 原作の主人公と、主人公が出会ってきた強敵の全てを、使がために、彼はこの競技を選んだのだ。


 原作のキャラクター、全てに戦いを挑む。

 その全ての戦いで、自分の可能性を試す。

 宿した意思は鋼のように硬く、その欲求は烈火の如く熱く、されどどこか人間味に欠けていた。






 善幸は控え室から廊下へ移動し、試合の会場がある方向へと歩を進める。


「決勝トーナメント16人。四回勝てば優勝、と」


 善幸は目の前の試合のことだけを考えている。

 先のことは何も考えていない。

 のに、先のことを考えていないから気付いてもいない。


 真っ当な人間であれば、知っている作品の中に転生した時点で、考えることは山のようにあったはずだ。


 原作の教え上手な人間に弟子入りして、原作キャラのように劇的に成長する、だとか。

 原作キャラが発明した画期的技術を先に発明して、自分がその栄光を手に入れる、だとか。

 強い原作キャラの戦い方を真似る、だとか。


 原作キャラがどうしようもなく後悔するイベントに介入して、その後悔を事前になくしてあげる、だとか。

 原作でいじめられていた美少女を助けてあげて、感謝されて好かれる、だとか。

 原作キャラに原作の展開を教えて自力で運命を変えられるよう手助けする、だとか。


 だが、善幸はそれらに一切興味が無かった。


 あるのは、自分の可能性を試すことと、それに付随することだけだった。

 ゆえに、彼は『原作で強かったキャラクターとこの先戦うこと』にしか興味がない。

 それが自分の可能性を試す最短の道筋だから。


 シリアルキラーとは違う。

 彼は人を殺すことに興味が無いからだ。


 バトルジャンキーとは違う。

 彼に戦いそのものを楽しむ趣味はないからだ。


 ストリーマーとは何が違う?

 おそらくきっと、彼に承認欲求はない。


「待ちや!」


 歩く善幸を、怒声に近い静止の声が引き止めた。 善幸は感情の無い顔で振り返る。


 振り返った先、廊下の曲がり角の前に、11歳の善幸とそう変わらない年頃の──おそらく2つか3つか年上の──少女2人が立っていた。


 一人はセミロングの茶髪に灰色の服の少女。

 どこか活発な印象を受ける。

 一人はロングヘアの銀髪に黒衣の少女。

 どこか冷徹な印象を受ける。

 両方とも、地方大会の一次予選でぶつかった覚えがある……と、善幸は思い出す。


「……」


「ようやっと見つけたでー! YOSHIヨシ!」


 声を上げている茶髪の少女はともかくとして、として設計された少女の銀髪は、その少女が『原作のメイン格のキャラクター』であることを示していた。


 その銀髪の少女がしている『川』の字の本数を六本にしたような髪留めを、善幸はよく覚えている。

 前世で読んだ漫画で、見た覚えがあったから。


 『アトリビュート』という概念がある。

 西洋美術などに見られる、『このアイテムがあればこの人物だ』と判断するための物のことだ。

 月桂樹ならアポロン、弓矢ならアルテミス、三叉の槍ならポセイドンという風に、一箇所の『飾り』がそのキャラクターの固有名を意識に浮かばせる。


 よく髪型を変えるVtuberでも、顔の一箇所に特徴があれば誰でも見分けがつくように。

 現代パロディで洋服に着せ替えられたキャラが、髪飾り一つで誰なのか理解できるように。

 ファンアートで闇落ちさせられデザインを大幅に変えられたキャラが、持っている武器一つでどのキャラかひと目で分かるように。


 アトリビュートの概念は、アトリビュートの存在を知らない者に対しても有用に働く。


 この銀髪の少女は、10年後に始まる原作にて『氷雪の停理アイスエイジ』と呼ばれ、2非常に強力なキャラクターである。


 善幸を呼び止めた茶髪の少女ではなく、その後ろに居る無言の銀髪の少女に気を引かれ、善幸は声に応えた。


「なんだ、君達」


「お前やなくてちゃんと名前で呼びーや」


「……」


「……その反応、さてはうちらの名前覚えとらんか、すっかり忘れたな……?」


「……」


 銀髪の少女は沈黙を保ち、茶髪の少女が心底嫌そうにジトッとした目で善幸を睨みつける。


 善幸の申し訳無さそうな沈黙が、回答だった。


 前世からしてあんまり熱烈なオタクではなかった善幸にとって、『特典小説にしか実名フルネームが出てこない茶髪の少女』と、『原作で目立つ強敵だがこの時期はまだ未来のハンドルネームを使っていない銀髪の少女』の名前は、前世からずっと記憶に刻まれた忘れない名前……とは、言えないものだったのである。


「まあええ、今は覚えとらんでも。どーせその内忘れられん名前になるやろからな……! うちらでぶっ倒してそっから名前を脳裏に刻み込んだる! 待っとれや! なぁ、ひばちゃん!」


「ん」


「見とれよヨシ! 来年こそは勝ったるからなぁー!」


 茶髪の少女の熱い宣戦布告を、善幸はつれない表情で聞き流した。


 『原作キャラを本編前に倒して目をつけられてしまった』。

 『原作で病欠を除けば主人公以外に負けたことのない最強の女を成長前に倒してしまった』。

 『それがきっかけで原作キャラ同士に原作にない繋がりが出来てしまった』。

 善幸が認知していない今の状況を簡潔に文章にすれば、そうなるだろう。


 これが善幸が前世でやっていた野球であれば3アウトチェンジと行ったところだが、善幸はまるで気付かない。

 もうこの時点で、『物語』という列車は『原作』というレールを大いに外れてしまっていた。


「なるほど、分かった。で。俺にそれを言いに来ただけなのか?」


「余裕オブ余裕って顔しくさってー! せや、そんだけやぁ! うちらには負ける気もしませんってか天才少年! マジで見とれよ来年!」


「いや、普通に今やっても俺が負ける可能性はあると思うぞ。必勝を継続できるような競技性のゲームではないしな」


「へ?」


「君ら2人にも、予選で負けていた可能性は普通にあったと思っている。俺は……まあ、大会の空気に慣れてたからな」


 善幸は仄かに、前世で出場した甲子園の空気の感触と、今日ここまでの『ポシビリティ・デュエル』の大会の空気の感触、そこに共通する肌触りを思い出していた。


 観客。

 喧騒。

 応援。

 緊張。

 圧力。

 大会の緊張感に慣れていたから君達に勝てたのだと、君達はまだ大会に慣れてないから負けただけなのだと、善幸は遠回しに言っているのだ。


 そういう善幸のニュアンスを幼いながらになんとなく感じたのか、茶髪の少女はふにゃっと可愛らしく表情をゆるめる。

 まるで、撫でられている時の猫のようだ。

 銀髪の方の少女の表情は微動だにしない。


「ひばちゃーん、もしかしてうちら天才なんとちゃうー? テレビに出とるような奴からも認められるとか、こら近い内に天下取るのも間違い無いんとちゃうかぁー?」


「かもね」


「せやせやせやろ!」


 茶髪の方がちら、ちら、ちら、と善幸の方を見てくるが、善幸はこの後戦う対戦相手達のことばかりを考えていて、目の前の愛くるしい少女達にあまり思考を割いていなかった。


「話が終わりなら、俺は行っていいだろうか。これから決勝トーナメントなんだが」


「……」


「塩対応ー! なんやひばちゃんもヨシもお前さんら塩対応だから強いんか!? 話は終わっとらんわ! あんな、うちらを倒してここまで来たんや! 負けたりしたら絶対許さへんからな! 勝て! 行けるとこまで行け! そう言いに来たんや!」


「そういう感じ」


「君、この関西弁に全部代弁させとけば喋らなくてよくて楽だなって思ってないか?」


 善幸がそう言うと、銀髪の少女は静かに頷き、茶髪の少女がその頭を無言ではたいた。


「うちらずっと応援しとるからな! うちらは『あんな弱いガキに負けたのか』とか言われとーないで! 『あんな強いガキに負けたならしょうがないな』ならギリ許したる! なんでな、勝ちーや!」


「頑張って」


 熱が入っている茶髪の少女、冷たさすら感じる銀髪の少女に対し、善幸はどこまでも淡々としていた。

 銀髪の少女にあるのが感情を感じさせない冷たさならば、善幸にあるのは一見して内心を理解させない難解さ。


「俺に勝利を期待してくれるなら、君のために勝ってこようか」


「んなっ」


 善幸の言葉に茶髪の少女は何を思ったのか顔を赤くして、対照的に銀髪の少女はその言葉の意味を汲み取りきれず、首をかしげる。


 今の善幸の言葉に不可解な違和感を覚えつつも、未だ幼い銀髪の少女はそれを言語化できるだけの経験を持たない。


「君が俺の勝利の可能性に期待するなら、俺はその期待に頑張っても構わない。ただし……」


 彼の口から発せられる『可能性』と『期待』という単語には、それを言葉通りに素直に受け取れない・飲み込めない、どこまでも拭い切れない違和感が滲み出していた。


「俺は、俺に期待した人間が、俺に期待を裏切られた後に───」


 ここは、バーチャルの世界の配信者を題材に使った、電子の世界の競技の世界。


 彼は自分の可能性を試すために強敵に挑む。

 より高い戦いの場を求める。

 『自分はここまで行ける人間なんだ』という結論が出るまで。

 『自分は所詮ここまでの人間なんだ』という結論が出るまで。

 風成善幸は、自分を試し続ける。


 幼い彼がそう生きると他人からどう見えるのか、前世でも今世でも無自覚なままに。






 そうして、勝って、勝って、勝って。

 風成善幸は、勝ち続けてしまった。

 特に深く考えることもなく、勝ち続けた。


 個人戦全国大会で優勝し。


 個人戦世界大会で優勝し。


 団体戦全国大会で優勝し。


 団体戦世界大会でも優勝して、そうしてようやく善幸は原作の存在を再び思い出し、『原作が始まるまで待った方が良いんだろうか』と考え始めた。


 原作『わたかた』が始まってから登場した人物達は、歴代最強世代とも呼ばれていた強者つわもの揃いだ。

 才能に溢れた原作主人公とその仲間及びライバル達だけでなく、世界王者をかませ犬にするキャラクターさえ登場し、物語を盛り上げるための強さインフレーションが発生する。

 そんな原作の時間軸がやって来れば、今とは比べ物にならないほどの強敵と出会えるだろう。


 ならば、本気で自分の可能性を試しつつも、10年後の原作開始を待とうと彼は考えた。

 善幸よりも強い敵とぶつかればぶつかるほど、善幸の目に移る善幸の可能性の輪郭とその限界は、ハッキリと見えることだろう。


「待てばいいか。俺が知っている主人公は、水桃未来とその仲間は、誰にも負けない。俺にも負けない。なら……戦いながら待てばいい」


 彼が待つ、『原作通りの原作』とやらが───本当に来るなら、の話だが。


 結論から言えば、彼が知る原作のストーリーなどというものが始まることは、ついぞなかった。


 始まるのは、風成善幸という悪意なきブラックホールが生み出す、輝く星々の戦国時代。

 誰かに見てもらうため輝く人々のストーリー。

 そして、ただただ強いだけの転生者が、『推し』を見つけてしまってからの物語、である。

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