第30話 一斉帰宅

 結局その日、明寿は授業を受けることはなかった。緊張の糸が切れたのか、一時間目だけ保健室で休むつもりが、目を覚ましたら昼休みの時間になっていた。


「よく寝ていたみたいだけど、午後の授業は出られそう?もしダメなら、保護者を呼んで早退する?」


 明寿が目を覚ましたタイミングでベッドを仕切るカーテンが開かれた。そして、心配そうな保険医が明寿の顔を覗き込む。


「いえ、早退しなくても大丈夫、だと」


「ああ、ごめん。今思い出した。今日は午前で授業が終わりだった。だから、白石君を起こしたの。明寿君は朝から保健室に居るから分からないと思うけど、実はうちの学校で……」


 保険医は急に慌て始めた。明寿を無理やりベッドから追い出し、保健室に会った丸椅子に座らせる。素直に椅子に座った明寿を確認して、保険医は明寿が朝のHRで聞きそびれたことを話し始める。


「体調が悪い人にこんな話をするのはどうかとは思うんだけど、仕方ないね。そのせいで今日は急遽、午前授業になったの」


「ワカリマシタ。教室から荷物を取ってきます」


(やはり、自殺は本当だったのか)


 嘘であって欲しかったが、現実は無情にも明寿を絶望に引き落とす。しかし、既に感情を爆発させていた明寿は、保険医から改めて告げられた事実に冷静に対処することができた。


(今の私は完ぺきに感情を抑えられている)


「そ、そうね」


 明寿の重いとは裏腹に、保険医は明寿の表情を見て顔をゆがめて泣きそうな顔になる。そして、明寿の頭に手を伸ばそうとした。



『全校生徒の皆さんにお知らせします。本日は午前中で授業を終了いたします。授業後は保護者と連絡が取れ次第、帰宅してください。先生方は職員会議を行いますので至急、職員室にお集まりください。繰り返します。全校生徒の皆さんにお知らせします。本日は……』


 保険医の手は突然の校内放送により、明寿に届く前に引っ込められる。


「放送も入ったので、教室に戻りますね」


 明寿は椅子から立ち上がり、保健室のドアを開けて廊下に出る。


「と、とりあえず、放送の通りだから。保護者との確認が取れ次第、帰宅することになってるの。明寿君の保護者の方にも連絡していると思うから、いったん教室で待機してくれる?」


 保険医が明寿の背中に声をかけるが、明寿は返事をすることなく廊下を歩き始めた。外は明寿が寝る前はザーザーと雨が降っていたが、今は止んで曇り空の間から太陽が覗いていた。


 明寿が教室に戻ると、既にクラスメイトの大半は帰宅したのか、教室にいたのは10人ほどで、その中に甲斐の姿はなかった。



 明寿の保護者として佐戸が迎えに来た。歩いて15分程の場所のマンションまで帰るだけなのに、佐戸は車で来たので明寿は車に乗って帰宅した。校舎の外に出ると、校庭にたくさんの車が駐車されていた。皆、自分の子供の為に迎えに来たのだろう。


「何かあったら、いつでも私に言ってくださいね」


「わかりました」


 マンションの前に着くまで、佐戸も明寿も一言も話すことはなかった。車から降りて、ようやく佐戸が口にした言葉に、明寿は簡潔に返事する。佐戸は一つ頷くと、そのまま駐車場を出て走り去っていく。


「さて、調べてみようか」


 帰宅してすぐ、明寿はスマホで自殺の事件の概要をネットで調べることにした。カバンを床に投げ捨て、ソファに深く座り込んでスマホを操作する。


 学校側に権力があるのか、調べても明寿の高校で自殺者が出たことは書かれていたが、高校生の名前が出てこなかった。


 自殺した生徒は三人。そして、自殺した場所は明寿の住んでいる市内の空き倉庫の中だった。死因はお互いをナイフで刺しあった時にできた傷からの失血死らしい。倉庫の持ち主がたまたま通りかかったところ、鍵が壊れていることに気づいて中を確認して、今回の件が発覚したようだ。


 遺書のようなものは残されていなかったと書かれていて、警察は自殺した原因を調べているとのことだ。彼女達に共通していたのは、三人全員が精神科に通っていたという事実。


 ネットのニュース記事を漁り終えた明寿は、次にSNSでの検索を始める。調べていくと、自殺の詳細について書かれた掲示板を見られるサイトを見つけた。そこには自殺者の名前がはっきりと記されていた。


【死亡した生徒は三年の高梨恵美里と鈴木紗理奈、佐藤木の葉の三人だって】


【あいつら、全員引きこもり寸前の陰キャだったらしいな】


【例のサイトの信者だったらしいぞ】


【WWWW】


 掲示板には明寿の知らない情報がたくさんあった。そして、そこには。


 わかりきっていたが、改めて文字にされて読んでみると、悲しさと怒り、絶望などの負の感情がまた湧き上がってくる。


(ああ、これはダメだ)


 高梨の名前を見た瞬間、明寿はスマホを壁に思い切りぶつけていた。ガンという音がして、スマホは床に音を立てて落ちる。


「すぐに消してもらわないと」


 投げてすぐに後悔したが、幸い、スマホは画面にひびが入っただけで、中身は無事だった。


『もしもし』


「白石ですけど、今、お時間よろしいですか?」


『よろしくなかったとしても、どうせ頼み事はするのでしょう?今度は何ですか』


 今までネットなどと無縁の環境で生きてきた明寿に、掲示板のコメントの消し方は分からない。明寿が思いついた相談相手はすぐに電話に出た。


「今日頼んだ件に関係がある。ある人物の名前を掲示板から削除して欲しい」


『これはまた、難題ですね。ですがまあ、出来ないことは無いと思いますよ』


「お願いします」


 電話を切り、明寿は大きな溜息をつく。


(なんだか今日はとても疲れた)


明寿は重い腰を上げて、制服から私服に着替えて寝室のベッドに寝転がる。目を閉じると、保健室で寝たにも関わらず、眠気が押し寄せすぐに眠りに落ちた。

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