第39話 嘘の関係

「まさかあいつが荒島先生と爛れた関係だったなんて」

「甲斐が年上好きとは知らなかった」

「まさか、甲斐が教師と恋仲だったなんて」


 クラスは甲斐と荒島の欠席の件で盛り上がっていた。


 明寿が三人を準備室に閉じ込めた事件から二日後には、教師たちが口にしなくても、自然と噂が広まっていた。普段休まない人間が二人も休んでいるのだ。彼らに何らかの関係があるのを疑うのも無理はない。そして、荒島には赴任当初から黒い噂もあった。そのため、安直に荒島と甲斐を結びつける噂が広まったという訳だ。


(まあ、噂は私が広めたんだけど)


 実際に荒島と関係があったのは明寿である。彼らの噂を広めることで明寿が得るメリットは多い。甲斐へ精神的なダメージを与えられること、同時に荒島にも同様のダメージを与えて明寿との関係を断つことができる。


『一年の甲斐と英語の荒島が恋仲らしい』

『今、彼らが休んでるのは、その関係がばれたからだって』

『放課後、準備室でヤッテたみたいだ』


 担任との放課後の話し合いを終えた次の日、明寿は精力的に噂を広めることにした。噂など顔が知られていない赤の他人に小声で吹聴するだけで、面白いように広まっていく。



「白石君って、甲斐と親しかったよな。荒島先生とのこと、知っていたか?」


明寿が甲斐と親しくしていたことで、クラスメイトが噂を広めた当人にその話題を振ってきた。あまりにもうまくいきすぎて、笑いたくなるがぐっとこらえる。


「さあ、私も甲斐君とは親しいと思っていたけど、何も聞いていなかったなあ」


 あたかも今、クラスメイトの話で初めて知ったかのような驚いた反応をする。


「そういえば、白石君って荒島先生と仲良くなかった?補習を受けていたみたいだけど」


「確かに受けていたけど、いたって普通の補習だったよ。授業でわからないところを教えてもらうとか」


「そうだよね。白石君、マジメだもんね」

「そうそう、白石君が荒島先生と……なんて、ありえないでしょ」


 明寿が荒島の補習を受けていたことをクラスメイトは知っていた。とはいえ、普段の明寿の授業態度や生活態度を比較して、疑いは晴れたらしい。そんなうわべだけの行動でだまされるとは、まだまだ彼らは子供だ。


(清水については、事務員だから噂にならないな)


 クラスメイトが口にするのは、荒島と甲斐のことだけだった。事務員のことは話題に上がらない。やはり、生徒と接点の少ない事務員は影が薄いのだろう。噂も荒島と甲斐のことだけしか広めていないから当然かもしれない。


 だれも、甲斐の真の恋人が事務員の清水だと気付く者はいなかった。クラスメイトの大半は甲斐と荒島が生徒と教師の禁断の関係に発展していたことに興味を持っていた。


(面白いほどにうまくいった)


 それなのに、なぜあまり心が晴れないのだろうか。とはいえ、あとは仕上げを佐戸がしてくれるだろう。甲斐にとって、一番効果的な復讐だろう。


「誰にだって秘密にしたいことの一つや二つあるでしょう?荒島先生のことは、友達の私にも言いたくないことだったんだよ」


「まあ、甲斐ってなんだかよく分からない奴だからな」

「確かに、クラスの人気者だったけど、実はあいつのこと、何も知らないな」

「情報通ではあったけど、あれってどうやって手に入れていたんだろうな」


 明寿の言葉に疑問を抱くクラスメイトはいなかった。




「面白い事件が起きたよねえ」

「おい、不謹慎だぞ。まあ、僕たちからしたら興味深いのは事実だが」


 放課後、明寿はミステリー研究部に顔を出した。視聴覚室にはすでに部長と多田が椅子に座って雑談をしていた。


「こんにちは。何だか楽しそうな話をしていたようですが」


明寿が挨拶すると、二人は急に表情を変えて席を立って詰め寄ってくる。


「白石君は、何か知ってるよね?これは僕の勘だけど」

「こらこら、いきなり主語もなしに問い詰めてはだめだよ。白石君が困って」


「甲斐君のことですよね。僕も気になっていました」


 多田の暴走に部長が苦笑しながら止めようとしたが、それを明寿は遮った。なんとなく、今回の件をミステリー研究部の彼らがどう読み解くのが気になった。


「話が早くて助かるよ。それで、白石君は甲斐君と同じクラスだったよね?あんなことする子だと思う?僕は、彼がそんな軽率な行動をとるような子だとは思わない」


「僕はその甲斐って子は知らないけど、荒島先生の噂なら知っている。あの噂通りだってわけだ」


 明寿たちはいったん、席に着くことにした。部長と多田が隣同士に座り、明寿は彼らの正面の席に座った。この配置は、二人から尋問を受けているかのような気分になる。甲斐たちを準備室に閉じ込めたのは明寿だが、彼らはそれを知らない。どう明寿と結びつけるだろうか。彼らは明寿が思う以上に鋭い視点がある。


「そういえば、白石君も荒島先生の補習を受けて居たよね。先生から何かされなかった?」


「私は大丈夫だよ」


 多田が明寿に質問する。実際には全然大丈夫ではない。不純異性交遊を教師と生徒がしていたと知れ渡れば、大問題になる。しかし、明寿の口からはすらすらと嘘が出る。


「ずいぶんと熱心に補習を受けていたみたいだったけど?」


 多田は不満そうにしていたが、部長の不破もまた、明寿の言葉を信用していないようだ。明寿を見つめる視線が嘘だと訴えている。


 明寿は荒島が赴任してきてからずっと、放課後、部活がない日は補習を受けていた。甲斐との事件が発覚して、明寿を不審に思わない方がおかしい。とはいえ、証拠がない限り、荒島との関係が違法であること、甲斐たちを閉じ込めた犯人が明寿だと決めつけることはできない。


「本当に何もなかったよ。甲斐君と荒島先生がそうなってしまったことは、本当に残念だよ。甲斐君と荒島先生がどうしてあんな風になってしまったのか、私は不思議でならないよ」


「別に僕たちは白石君と荒島先生が放課後、実際に何をしていたのか、誰かに話すことはないけどさ」


 多田が前かがみになり明寿の顔を覗き込む。その瞳は面白いことを見つけたかのように輝いている。


「僕は白石君と甲斐君が同じクラスで親しいことは知っているからね。だからこそ、今の君の発言に違和感を覚えるよ」


 あまりにもスラスラと言葉が出て来たので、怪しまれたようだ。部長もまた、あごに手を当てて何やら考え込んでいる。


「そういえば、荒島先生と甲斐君以外に今回の件はもう一人、被害者がいたみたいだけど、白石君はその人とはどういう関係なの?確か、うちの学校の事務員だったよね」


 彼等はやはり、クラスメイト達とは違って、情報をしっかりと集めている。さて、どう答えたら怪しまれずにすむだろうか。明寿は正直に答えるかどうか迷っていた。


 実際のところ、明寿と事務員の清水は大した関係ではない。荒島のようにただれた関係ではないので、ただの事務員と生徒という関係と言ってしまえば、それが真実となる。ただし、甲斐が絡んでくると話は別だ。部長も多田もその辺の詳しい関係が知りたいに違いない。


「誰にも言わないって約束してくれるなら、話してもいいですよ」


 誰かに話したところで、明寿が今回の件で不利になることはない。そもそも、今回の件は荒島が未成年に手を出したことが大きな問題となる。そのほかの些細なことは、明寿と荒島の関係が暴露されることでうやむやになるはずだ。それでも、明寿は二人に口外しないことを約束させる。


「それって、かなりやばい関係ってこと?もしかして、荒島先生と清水さんと白石君の三角関係で、それに甲斐君が乱入してきたって感じ?」


「部員のそんな女性関係は聞きたくないけど、でもまあ」


【気になります!】


 二人の声がきれいにハモりを見せた。明寿は大きな溜息をはく。


(まあ、彼らが誰かに言いふらすということはないだろう)


 自分と荒島と清水の三角関係ということは、否定したい。荒島とはただの肉体関係だけで、清水に至っては手も出していないし、好きでも何でもない。ただ、甲斐の復讐の為に利用しただけの女だ。


「最初に言っておきますが、先生たちとは三角関係でも何でもありません。私は既に心に決めた人がいますから」


 たとえもうこの世にいなくなっても、明寿の心は自分の妻に捧げている。この先誰に出会っても、その心が動かされることはない。【新百寿人】として生まれ変わった彼女が亡くなった今、明寿が愛する女性はこの世界に一人も存在しない。


 部長と多田は明寿の真剣な言葉に黙って頷いた。明寿は二人の誤解を解くために、甲斐と清水の関係を話すことにした。

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