第17話 便利な道具
「それにしても、どうして先輩の夢に【文江さん】が出てくるのか……」
明寿は高梨からもらったノートに、自分の妻と自分のことが書かれていることが不思議だった。とはいえ、それによって高梨が明寿の妻であることに確信が持てた。【新白寿人】になった全員にこんな現象が起きるのだろうか。
【新白寿人】は、100歳の誕生日当日に新たに生まれ変わり、今までの記憶をなくしてしまう。そして、彼らは第二の人生を歩んでいく。
それが明寿の調べた限りでわかっている情報である。
(過去の自分の夢を見ている人がいるなんて、聞いたことがない)
だとしたら、高梨もまた、明寿のような【新白寿人】の中では特異な体質を持っているのかもしれない。そうなれば、彼女は過去の自分の記憶を取り戻せる可能性がある。つまり、【鈴木文江】としての記憶を。
「そもそも、どうして人間は【新白寿人】のような進化を遂げたのだろうか」
政府は少子化が進み、人口減少に歯止めがかからなくなったため、人類が進化したと説明しているが、明寿はその説明に納得していない。もしそうだとしても、100歳まで生きなければいけないというのは、条件が厳しすぎるのではないか。
(もっと、詳しく調べる必要があるな)
明寿は、カバンの中から、スマホを取り出して眺める。病院から支給されたスマホを明寿は使用していなかった。施設にいたころは、自分の子供がスマホで孫の動画や写真を見せてくれたり、最新の情報をスマホで調べたと言って自慢されたりもした。そのため、スマホが便利な道具であることは知っている。
しかし、明寿は実際にスマホを使用したことがなかった。明寿の世代では、スマホがない生活が当たり前で、そのまま年を取ってしまった。
(こんなことになるのなら、子供たちからスマホの使い方を学んでおくんだった)
病院では最低限のスマホの使い方は教えてもらった。だから、簡単な調べ物や電話、メッセージの送り方などの基本的な操作はできる。それでも、どこか明寿のスマホを扱う手はぎこちなかった。
(若い人はすごいな)
こんな小さな機械でたくさんのことが出来るのだ。これ一台あれば生活していけるとまで言われている。明寿の若いころには考えられなかったことだ。
スマホの電源を入れずに眺めていても、何も始まらない。明寿はスマホの画面を起動して、自分なりに【新白寿人】について改めて調べてみることにした。
「これは悲惨な事件だな」
調べようとウェブサイトを開くと、ネットのトップニュースとして、高校生の集団自殺が取り上げられていた。興味本位で記事をタップすると、その内容は。
明寿はまだ【新白寿人】となってから日が浅い。その前は高齢者施設にいたため、世間の出来事を知るための情報源はテレビが主で、そのほかに介護スタッフから聞く話がすべてだった。
どうやら、明寿が生まれ変わる前から、高校生の集団自殺が頻繁に起こっているようだ。そしてそれは、ちょうど明寿が編入した高校の周辺で起きているらしい。明寿はこの一連の事件を今、初めて知ることになった。もしかしたら、テレビのニュースで取り上げられていたかもしれないが、明寿は覚えていなかった。
高校生の集団自殺が流行りだしたのは、昨年の夏ごろからで、高校生たちはSNSを通じて仲間を集い、集団でビルから飛び降る、薬を大量摂取する、お互いをナイフで刺しあうなど様々な方法で命を絶っていた。
(若い彼らがどうして自殺なんて……)
人生、つらいことはたくさんあるが、それでも楽しいことはある。20年も生きていない彼らを自殺にまで追い詰めた原因がなにか気になった。しかし、明寿には明日も学校があり、あまり夜更かしするのは良くない。
その記事には、自殺の原因と自殺した高校生の特徴が記載されていた。しかし、明寿はそれらの部分を読むことはなかった。
スマホで時刻を確認すると、すでに夜の11時を回っていた。そういえば、学校の宿題はやっていなかったことを思い出す。ただでさえ、授業についていくのがやっとなのに、宿題を忘れたなんてことは明寿のプライドが許さない。
明寿はスマホを閉じて、急いでカバンから宿題のテキストを取り出して、机に向かう。幸い、宿題の量は少なく、それから1時間くらい集中して終わらせた。そしてそのまま、明寿は風呂に入り、ベッドに入って寝てしまった。結局、この日は【新白寿人】について調べることはなかった。
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