第29話 殺してやる

「ど、どうした白石。体調が悪いのなら保健室に行くか?」

「いきなり大声なんて出してどうしたの?甲斐が怒らせたのなら、謝りなよ」

「顔色が悪いな。いったい、どうした?」


 担任やクラスメイト達が心配そうに明寿に声をかける。彼らの声が耳に入ってきたところで、明寿は一気に冷静さを取り戻す。先ほどは感情的になってつい、大声を出してしまった。皆が明寿の次の行動を待つかのように、教室には静けさが訪れる。


 いつの間にか、クラスメイトは自分の席について、担任が教壇に立っている。それすらも気づかないほど、明寿は我を忘れていた。


 このまま授業を受け続けられる自信はない。


「先生、すいません。確かに朝からちょっと熱っぽいなと感じていたんです。保健室に行きます」


「同伴は」


「ひとりで大丈夫です」


 とりあえず、今はひとりになって考える時間が欲しい。明寿は担任の許可を得てひとり保健室に向かうことにした。甲斐はそれを黙って見つめていた。



(甲斐の大切な人を探そう)


 保健室に保険医はおらず、明寿は勝手にベッドを借りて横たわる。天井を見つめながら、今後のことを考える。高梨が本当に自殺してしまったのかはまだ確定していない。しかし、甲斐の言葉や佐戸の話から生存は絶望的だろう。


『おや、流星君。君から電話してくるとは珍しい。何か相談事でもありますか?』


 明寿はポケットからスマホを取り出して、ある人物に電話を掛けた。彼ならきっと明寿の要求を聞いてくれるだろう。電話の相手は直ぐに出たので、明寿は挨拶もせずに直ぐに用件を伝える。


「人を探してほしい。【新百寿人】で私のクラスメイトの恋人だ。年はおそらく20歳前後か20代前半だと思う。クラスメイトの名前は甲斐忠行。あなたも会ったことがあるでしょう?」


『おやおや、いきなりですね。調べるのは構いませんが理由をお聞きしても』


「言ったら探してくれますか?」


 電話の相手は面白そうに明寿の話を聞いている。明寿の突然の電話や要求にも戸惑うことなく、むしろ楽しそうだ。電話口の声は笑っていた。


『探すのは構いませんがねえ。その甲斐という人物は前々から不審な点が見られるから、どうしようかと思っていたんですよ。流星君が手を下してくれるというのなら、協力しますよ』


(不審な点、か)


 確かに甲斐には不審な点がいくつもあるが、電話の相手が気にしていたとは。彼らが出会った時に不穏な空気になっていたがそういうことか。 


「手を下すなんて、高校生に対してずいぶんと物騒なことを言いますね」


『だって、今の流星君なら何をしても驚きませんよ』


 まるで心の中が読まれているような感覚だ。しかし、明寿の考えが読まれたところで問題はない。


『では、一週間ほどお時間をください。私が調べてあげましょう。報酬は』


「先生が来たみたいなので、切りますね。よろしくお願いします」


『ああそうでした。電話をくれて舞い上がってしまいましたが、流星君は高校生でしたね。さぼりはよくありませんよ。では』


 明寿から切ろうとしたが、相手の方が先に通話を終了させた。



 ガラガラガラ。


 電話を終えたタイミングで保健室の扉が開けられる。廊下から足音が聞こえてきたので電話を終らせたが、保健医が戻ってきたのだろうか。


「白石、そこにいるんだろ。少し、話をしようぜ」


 保健室にやってきたのは、先ほど電話で依頼した恋人のクラスメイト、甲斐だった。


 甲斐は勝手に保健室奥のベッドのカーテンをめくり、明寿と対面する。そして、勝手に話始める。


「俺は【新百寿人】たちを楽園に送ることに決めた。この世から彼らがいなくなるまで俺は続けるつもりだ。彼らは俺の手によって楽園へ導かれ、あの世で救済される。政府の犠牲者は俺の手でひとり残らず俺が葬ってやるつもりだ」


 自分がまるで救世主であるかのように、両腕を広げて自慢げに語る。それは明寿にとっては信じがたい話しだったが、すでに一度聞いている話なので、そこまで驚くことはない。しかし、先日、明寿の部屋で会った時に話していた内容と微妙に異なっていた。


『だから、俺は彼らを楽園に送りだすことに決めた。政府が俺たち人間をこんな風に改造してきたことに対し、抵抗しようと考えた。それが』


「政府に抵抗しようとしたんじゃなかったの?今の言い方だと【新百寿人】を自殺に追い込みたいだけの快楽殺人者にしか見えないんだけど。それに、自殺の手伝いが楽園送りなんて、随分と都合の良い考えだね」


「白石もいずれ俺の考えを理解するようになるさ。記憶がないということは、それだけで不安になる。過去も現在も、未来さえもすべてがあいまいに感じてしまうほどの影響を与える。それを持ち続けて生きていくなんて、この先、耐えられると思うか?」


「それは彼らが決めることであって、甲斐君が決めることではないだろう?自分がつらいのなら、甲斐君が自殺すればいいだけだ」


「わかっていないな」


 クラスメイトの甲斐は明寿の思った以上に狂っていた。とはいえ、明寿にとっては赤の他人である【新百寿人】が何人自殺しようと特に心は痛まない。それは何度も思っていることだ。


 ただし。


「お前は俺の大切な人を奪った。お前にも俺と同じ目に合わせてやる!」


 犠牲者が身内だったら。甲斐は自分の最愛の妻を手に懸けたのだ。到底許せるものではない。


 保健室に、明寿の目の前に現れた時点でこの場で首を絞めて殺してやろうかとも考えた。しかし、ただ殺してしまうだけでは明寿の心が晴れることは無い。明寿の悲しみや憎しみをもっと甲斐に理解してもらう方法で殺さなくては気が済まない。


(そう、お前の大切な奴を殺した後に、こいつも殺す)


 明寿の心は壊れてしまった。記憶があるまま高校生の姿に戻ってしまったこと、二度目の高校生活をすること、自分の妻と高校生の姿で再会したこと、妻は自分のことは覚えていないこと、たくさんの心労が明寿にはのしかかっていたが、どうにか耐えてきた。


「そうかよ。じゃあ、白石との友人関係はここまでだな。まあ、せいぜいがんばれよ。俺は俺の目的を果たすまでは死ねないからな」


 明寿と甲斐の視線が絡み合う。火花を散らすような激しいにらみ合いが続いたが、先に目をそらしたのは甲斐だった。甲斐は大げさにため息を吐くと、保健室を出ていった。



「私がいない間に具合が悪い子が来ていたみたいね。大丈夫?」


 甲斐と入れ違いに今度は本物の保険医がやってきた。明寿はあいまいに笑う。


「少し寝たら具合がよくなりました。でも、まだ身体がだるいのでこのままベッドを使ってもいいですか?」


 甲斐には殺すと宣言した。こうなったら、確実に殺さなくてはならない。そのためには、何だって利用してやる。


「本当だ。一時間目が終わるまでまだ時間があるから、そこまで休んでいたらいいよ」


 明寿の心の内を知らない保険医は、簡単に明寿のベッドの使用を許可した。どうやら、甲斐は授業を抜け出して明寿に話をつけに来たみたいだ。


「ありがとうございます」


 明寿は礼を言って、ベッドに仰向けになり目を閉じる。精神的に限界が来ていたのか、すぐに眠気が押し寄せ、明寿は眠りについた。


 外では大粒の雨がザーザーと降っていた。

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